目隠しをされた状態で、誰かに手を引かれて行動するのは、不安。
目隠しをされた状態で、手を離され、言葉だけで誘導されて行動することはもっと不安。 
 手を引く相手が、親から教師、言葉をかける相手が、友人、同級生・・・大人になってからは社会。
自分を取り巻く、人間関係、組織関係の仕組みと背景が見えないまま。
ゴールがどこなのか、そこで何をすればいいのか悟れないまま。
安全だと信じて、レールに乗り。
押されるまま引かれるまま 。
それが、24歳までの息子です。
息子は、自慢もできない履歴ですが、かろうじて大卒です。
五体満足。中肉中背。中学、高校卒業時に皆勤賞を頂くくらい健康で育ちました。
10歳の頃までは、機嫌が悪い顔を見たことが無いくらい笑顔の多い子でした。
担任から、絵がうまく、ひょうきんで、成績や情緒で良い評価を受けていました。
その顔が、曇り始めたのは、小学校高学年から。
中学の頃から、親の目から見て、何か歯車が空回りしていく感覚がありました。
特に、高校入学からは、大変でした。
そこからは、笑顔をほとんど見られなくなりました。
勉強についていけないのではなく、環境についていけないのではなく、何かについていけてない。
それが何なのか、何が嚙み合わないのか、中学の頃からの見えない正体がさらに大きくなり、ただ振り回され、押され、引かれ、戸惑い悩む表情の息子。
それに、気づかないふりをするしかない私。(いろいろあったんです。)
きっと、自力で成長してくれる、いつか、追いつける時期が来ると言い聞かせて見守ることしかできなかった。
大学に入れてやる!その時、母として力を貸せる最大限はやってました。そう信じて。
しかし、息子は、自力で気づきました。
「否定形自閉症」
大学病院で診断された時には24歳でした。
とうとう明かされた。そう思いました。
小さいころから、親として疑問に感じていた通りの回答でした。
現在、息子は障がい者認定を受け、障がい者雇用制度のもと、IT企業にパート採用され会社員となりました。勤務体系はインターネットを使って、自宅勤務。定期的に出社。
自分の特性を理解し、社会とのズレも理解し、身の丈に合った歩幅で生活しています。
社会の中での、自分と同じような当事者への待遇や、福祉に不満と意見を持ち、自分をモデルに、何か行動できないかと心に秘め、今は、自分の生活を充実させることが先決だと頑張っています。
思春期から、一番光り輝く年代を苦悩の表情で過ごしてきた息子。
今、笑顔を取り戻しています。