2014年07月19日

かわじもとたか『序文検索  2箇目』 に長谷川春子

けやき出版の『序文検索 2箇目』を著者のかわじさんから頂戴しました。

191ページの 「47.長谷川春子』のところで、このブログのことが書いてあります。
ここ数年全然更新してないブログですが、見てくれる人もいるんだなあと
嬉しかったです。どうもありがとうございました。

長谷川春子については、2011年にイメージ&ジェンダー研究会の例会で、

研究報告1:「戦時下の長谷川春子――<Harouko HANOI, 1939>の絵を中心に」
報告者:北原 恵


という報告があって、気になっていました。古本屋に春子の油絵があったのか。

あとは2012年の丸木美術館の企画展「発掘:戦時下に描かれた絵画」
長谷川春子の《少婦国防》が出ていて、これも見に行きたかった。



chiwami403 at 23:53|PermalinkComments(0)長谷川時雨 

2013年05月27日

辰野隆から見た山田夫婦の離婚

検索してて偶然見つけたページ。

辰野 隆 著「鴎外と私」より抜粋

辰野隆が語る山田珠樹と森茉莉の離婚。全文読んでみたいが、
辰野の随想全集の目次にはこのタイトルはなかった。
いつごろ書かれたものなんだろう。森茉莉のデビュー前なのか後なのか。

どの本だったか忘れたけど森茉莉の作品には「子供は渡さないよ」と言われたから
一人で山田家を出てきた、と書いてあった気がする。
あと与謝野晶子に「子供を置いてきて悲しいという顔をしなければなりません」というような
ことを言われてたよね、森茉莉。

chiwami403 at 21:09|PermalinkComments(3)

2013年04月07日

河出書房新社『増補新版 森茉莉』出ました

増補新版 森茉莉|河出書房新社

10年前に出た森茉莉総特集ですが、全集未収録の7作品を収録した新装版が出ました。

担当編集者さんが私宛に連絡のメールとブログへのコメントを下さってたのですが、
ブログもメールも放置中で返事もせず大変申し訳ないことに……
巻末にブログの名前が出ていて、書籍にブログの名前が載るのは初めてのことで
返事しなかったのに、ブログの名前出してくださってありがとうございました。


下北沢のお店の文章が出ていて嬉しい。あと新しい表紙もかわいい。
久しぶりに他のも読み返したけど、やっぱりいい本だなあ。
10年前にこの本と『贅沢貧乏暮らし』が出る→他の森茉莉ファンサイトの掲示板で
書き込みをするようになる→その頃無料でできるブログがあるのを知る→これなら私でもできるかも?
というわけで、このブログができたのでした。

色々ありまして1年以上ブログ放置していました。
文章作るのに時間かかるので、頻繁な更新は無理ですが、少しずつまた書きます。

放置中に鴎外記念館がオープンしていた。私はまだ行っていない。


chiwami403 at 20:56|PermalinkComments(5)

2012年03月31日

大槻憲二の奥さんが森茉莉と観劇に

リンク先のブログを書いている人の祖母が森茉莉と一緒に観劇に行っていたらしい。

森茉莉: 東京 風便り

まだ30歳代のころ、ふたりは一緒にお芝居に行ったり音楽会に行ったり、
お互いの家を訪ねあったりして親しくしていた。


ブログを書いている長井那智子さんは心理学者・大槻憲二の孫だそうで、
(訳書名で検索したら、祖父がかつて翻訳した作品を新たな訳で出版、と解説しているサイトがあった)

翻訳のことから祖父との交流が始まり祖母とも親しくなった

と書いている。リンク先にある森茉莉についてのコメントは早稲田大学図書館紀要
に掲載されたインタビューでの発言で、pdfで読めるようになっています。ありがたいなあ。

森茉莉のことは全13ページ中6ページ目でふれています。
http://www.wul.waseda.ac.jp/Libraries/kiyou/48/pdf/039-062.pdf

大槻憲二については神保町のオタさんが森茉莉との関係についてかなり前に書いています。

大槻憲二の東京精神分析学研究所 - 神保町系オタオタ日記

神保町のオタさんといえば、このエントリ↓を書いていただいたのに全然気づかずにいた。
すみません。gooブログ検索をいつも見ているのですが、この日の日記はヒットしてなかったようです。

国会図書館の「デジタル化資料(貴重書等)」のお得な使い方 - 神保町系オタオタ日記

森茉莉で検索してみたら確かにすごい。
はてなのID持ってないのでそちらのブログコメントできないのですが
ありがとうございました。

chiwami403 at 14:10|PermalinkComments(3)

2012年02月19日

文芸誌<アピエ>19号 鴎外と森茉莉


APIED 文芸誌

が、鴎外と森茉莉特集だそうで、買ってみました。森茉莉、愛されてるのだなあ。
販売店が近所にないのでタコシェのオンラインショップ利用。

目次はタコシェのオンラインショップに出ています。
http://taco.shop-pro.jp/?pid=39821916

最後のページに、「父鴎外の書いた『堺事件』と青年俳優たち」掲載の
読売新聞紙面の写真が出ている(1933年9月23日朝刊)。
森茉莉の顔写真が結構でかい。



chiwami403 at 14:44|PermalinkComments(2)

2011年07月24日

森於菟『耄碌寸前』

やっと図書館の本の順番がまわってきて読んだ『耄碌寸前』。

書名にもなった冒頭の「耄碌寸前」。
森茉莉は「夢を見ることが私の人生」「夢こそこの世の真性の現実。そして宝石」
と言っていますが一方兄は

ただ人生を茫漠たる一場の夢と観じて死にたいのだ。そして人生を模糊たる霞の中にぼかし去るには耄碌状態が一番よい。

以前紹介した卵についての文章も掲載されている。
(ご参考)森茉莉街道をゆく:森於莵も卵が好き - livedoor Blog(ブログ)

他で面白かったのは「放心教授」。

私の周囲には私に比肩得る放心家はない。
そこで一家の伝を以て満足をせざるを得ないのである。
蝙蝠傘を一月に一本、万年筆を二月に一本の割で紛失するなぞは取るに足らない。


と以下いかに自分がぼんやりさんかというエピソード羅列で、今こういう
エッセイを誰か書いてもきっと面白くもなんともないんだろうけど、森兄弟の中では
一番しっかりした人だと思っていた兄さんはドジっ子なので、あった。
森茉莉もぼんやりさん自慢なエッセイが確かあったけど、鴎外遺伝なのか?

徴兵猶予願いを出すのを忘れて検査を受けることになった、というのと
結婚式の日は教室で実験していて時間を忘れたというのがすごい。

あと、「蛙の臍」という文章でに出ていた『解剖台に凭りて』の表紙が黒猫、
見返しに大きな蛙が腹を上にしてひっくり返っている、という図があるらしいんだけど
実物を見てみたいものだ。黒岩比佐子さんのブログに出ている本画像は別の版みたい。

古書の森日記 by Hisako:森於菟『解剖台に凭りて』(昭和9年) - livedoor Blog(ブログ)
(その2)

あと森於菟の文章を読むと森茉莉たちの母しげの発言がすごくて
こりゃ悪妻と言われてもしょうがないよね、と印象が変わりました。
森茉莉は素直で悪気がなくてと言っているけど、だからってなあ。

chiwami403 at 21:07|PermalinkComments(2)

2011年07月01日

萩原朔美『劇的な人生こそ真実』

河出書房新社から出たムックと、ユリイカの特集の両方で
萩原朔美は森茉莉のことを書いているので、今回の本も同じ話かと
思って読まずにいました。で、やっと図書館で借りてきました。

プロローグで美輪明宏が出てきて枯葉の寝床の舞台のときに
楽屋で森茉莉が怒った話。
本文の森茉莉の話は読んだエピソードも多いけど、より詳しく書いて
あります。あと萩原葉子の手術に森茉莉も付き添った話は初出?

萩原葉子が亡くなる前のことを描いた本も気になってきた。

劇的な人生こそ真実―私が逢った昭和の異才たち
劇的な人生こそ真実―私が逢った昭和の異才たち




死んだら何を書いてもいいわ―母・萩原葉子との百八十六日
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chiwami403 at 21:12|PermalinkComments(0)

2011年05月04日

暮しの手帖に小島千加子さんの随筆、森於菟「耄碌寸前」の解説

とりあえずネタがあったので書いてみるが、今後もしばらくは数ヶ月に一度
程度しかブログ更新しないであろう。

友達から教えてもらったのですが、現在書店で売っている『暮しの手帖』
で小島千加子さんが森茉莉について書いています。

暮しの手帖社 | 暮しの手帖 第4世紀51号

お一人さんの先駆者 気儘な森茉莉さん(小島千加子)


あと、去年、世田谷文学館で見て気になった『耄碌寸前』、
図書館の貸し出し予約をしてるんですが、まだ順番がまわってこない。
新聞の書評に出ていたから人気なのだろうか。

森於菟「耄碌寸前」: ハッチのライブラリー

に引用してある巻末の解説(池内紀)が気になりました。
こちらには転載しないので、リンク先を見てください。

この解説を読んで思い浮かぶのが、ちくま文庫『記憶の絵』の
中野翠の解説「森鴎外の最高傑作は森茉莉」。
別に中野翠に対して言ったわけでなく、森茉莉には熱烈な
ファンが多いからこういうふうに書いたのかなあ。

今回検索して、中野翠は名前を尾崎翠からとってること、
私の親と同年代であるのを初めて知った。


chiwami403 at 21:52|PermalinkComments(1)

2011年03月23日

計画停電終わるまで更新しません

3月くらいになったら少しは余裕できるかなーと思ったのですがそうでもなかった。
計画停電やってる間は更新しません。節電のためではなく、ただでさえネットできる時間が少ない上に、計画停電実施で色々大変になったので。

chiwami403 at 14:20|PermalinkComments(0)

2010年12月29日

しばらく更新休みます

一ヶ月に一度の更新を目指してたのですが、
無理そうなのでしばらく更新休みます。とりあえず3月くらいまで。
ネットやる暇がないわけじゃないのですが、ついぼやーと見るばかりで
ネタを集めたりまとめたり推敲したりは重い腰が上がらず……

時々は森茉莉関連キーワードで色々検索してるので、
これは今すぐブログにしなきゃ! ってものがあったら更新します。
メールはたまにチェックしてるので何かあったらコメントよりも
メールでお問い合わせください。

chiwami403 at 20:31|PermalinkComments(0)脱線 

2010年11月17日

『舞姫』モデルの実像を追う番組が19日に

森茉莉関連ニュースということで、森鴎外『舞姫』モデルについて

「エリスの実像を追う番組「鴎外の恋人」は19日夜8時からNHKのBS―hiで放送。
私は録画したのを後日見るかもしれません。
森茉莉は舞姫のモデルについて何か書いてたっけ……と考えてみるも全然覚えていなかった。
それにしても杏奴と類の名前は別れた恋人から取ってたのか〜
長男のオト、長女のマリに比べるとアンヌって無理やり感があったんだけど、
杏奴の随筆で命名にはこだわりがあったようなことを書いてあったような
気がするし、そういう事情だったのか。

朝日新聞サイトの記事はしばらくすると読めなくなってしまうので、転載しておきます。

リンク先の画像にある刺繍の型、世田谷文学館に確か展示されていたような。

(朝日新聞社):「舞姫は15歳」説に新証拠 刺繍用型金にイニシャル - テレビ・ラジオ - 映画・音楽・芸能

31歳人妻説も出されていた森鴎外の小説「舞姫」の主人公エリスのモデルについて、15歳少女説を補強する証拠をテレビディレクターの今野勉さん(74)が見つけた。鴎外のドイツ留学体験に基づく恋物語の発表から今年で120年。女性から鴎外に贈られた刺繍(ししゅう)用の型金の分析などから判断したという。
 この女性は1872年12月16日生まれのアンナ・ベルタ・ルイーゼ・ヴィーゲルト。

 エリスのモデル女性は、鴎外の帰国4日後の1888年9月12日に船で横浜に着き、鴎外と連れ添うことを反対されて1カ月後に帰国したとされる。当時の横浜の英字紙に載った同日の乗船名簿に「ミス・エリーゼ・ヴィーゲルト」の名があることが1981年に明らかになっていた。

 89年には、この名前に似たベルリンの「エリーゼ・ワイゲルト」がモデルとの説が出された。皮革商店主の妻で31歳、2人の子供がいた。

 これに対し、ベルリンの大学で客員教授を務めた植木哲・朝日大教授(民法)が2000年、当時の戸籍簿や不動産登記簿などをもとに、ルイーゼ説を提起していた。

 今野さんは1978年に鴎外のドラマを演出した際、ハンカチなどにモノグラム(イニシャルを組みあわせた記号)を刺繍する際に使う型金を、鴎外記念本郷図書館(東京都文京区)で見た。鴎外の本名森林太郎の頭文字R・Mのほか、クロスステッチ部分からWとBは読み取れたが、解明しきれなかった

今年7月に現地調査のためドイツを訪れた際、ステッチ部分を拡大してベルリンの博物館に見てもらった。W、BのほかAとLがあり、ルイーゼのイニシャルと一致することが確認された。鴎外が次女に杏奴(あんぬ)、三男に類(るい)としたのはルイーゼの名から取ったとの見方で、今野さんと植木教授は一致している。

 ルイーゼ説は、乗船名簿の名前とのずれや、15歳の少女が一等船室をなぜ使えたのかが疑問とされてきた。しかし、今野さんが当時の旅券制度法を調べたところ、パスポートは不要で乗客は自由に名前を記せたことがわかった。高額の渡航費も、ルイーゼの祖父が所有していたアパート十数室の家賃2カ月分で賄えることを突き止めた。

 ルイーゼはガラス職人と結婚し、78歳で亡くなった。今野さんは「彼女の父母は宗派の違いを乗り越えて結婚した。母は若死にしたが、15歳の若さで日本に行くという娘を父は後押ししたのだろう。エリーゼという名は鴎外とルイーゼの間で決めた愛称だったのでは」と話している。

 今野さんが演出したエリスの実像を追う番組「鴎外の恋人」は19日夜8時からNHKのBS―hiで放送される。(編集委員・川本裕司)


chiwami403 at 21:08|PermalinkComments(1)森茉莉 

2010年10月30日

世田谷文学館『鴎外と娘たち展』


世田谷文学館の森鴎外と娘たち展 見てきました。

横浜の森鴎外展で見たことあるものもいくつかあったが、
杏奴が所蔵していた資料や個人蔵で初めて見たものも多数。

会期途中で展示品入れ替えがあります。一部の展示品に10月2日までとあった。
展示パネルによると観潮楼跡は「森鴎外記念館」を2012年開館に
向けて準備中。サイト見たら2008年から閉鎖中とのこと。

今までの展示で見たことあるものは省略して、個人的に気になったもの。

・鴎外作、杏奴の時間割 類のは見たことあったけど杏奴のは初出?
・鴎外の外套 『晩年の父』に「灰色の外套」と出てくるらしい
・鴎外自筆「膳部之事」(東大図書館所蔵) 三膳と向づけの鯛の絵。森茉莉の「父と私」に記述がある。
・レクラム版の料理本(東大図書館蔵)

・大正11年6月26日 しげ代筆のおと宛て手紙
「珠樹ヤ茉莉ニハ己カラモ妻カラモナンニモイッテヤラナイ 
タブン原家カラオマヘノトコロヘ病気ノコトガ伝ヘラレテ
オマヘカラ珠樹に知レルトイフコトニナルダラウ」
※原家:この手紙の最初に原素行が病気を診察したと出てくる

・杏奴所蔵の奈良の雛人形(日本近代文学館蔵)
・子供たちに送った奈良の地図
・鴎外が亡くなったときの杏奴の手紙
・鴎外の書 解説に森茉莉が持っていたのを山田じゃくの奥さんに贈った、とある。

鴎外の書の入ったガラスケースには神奈川近代文学館にも展示された
じゃくの命名由来の他に鴎外が珠樹あてに送った手紙やハガキが特に興味深い。
乳母を雇うことや牛乳を与えることについて色々書いている。今は粉ミルクがあるけど
昔は大変だったんだなあ……大抵の乳母は食事に注文が多い云々。

・パリの森茉莉から山田富子あてのハガキ(個人蔵)
枚数が多いのは幼いじゃくを山田家で預かっているからか。
じゃくをよろしく頼むという文面が何枚かにあった。
余白の部分に珠樹のボヤキみたいなコメントが小さい字で入ってるのがあってちょっと笑えた。

・茉莉が杏奴に書いたパリの地図(『鴎外の遺産』にも出ていた)
リュウ・ラ・クレ、カフェラヴィラント、ホテルジャンヌダルクなど
『記憶の絵』で見た名前が地図に出ている。

・森茉莉の嫁入り道具、コーヒーカップのセット
・10代の森茉莉の記念写真 (本では見たことあるけど実物は初めて)
・「西生田の家」草稿ノート

・原稿類 清書してある『贅沢貧乏』に比べて、『恋人たちの森』は鉛筆で
だらだら書き連ねて後半は枡目や行を無視、余白にも字がびっちりで校正さん大変そう。

・『森茉莉 贅沢貧乏暮らし』に写真が掲載されている赤いカップやお菓子の箱、
手鏡、カメラ、ボールペン、リモコンなど
・ドッキリチャンネル掲載の週刊新潮(連載当時に読んでみたかった)

・新聞のテレビ欄 広告の余白に「忍者ハットリ君 ニンニン ニニニニン」
・丸芳露(まるぼうろ)のしおり 検索すると佐賀の北島というお店のものみたい

・森家のレシピ再現 展示場所が目立たないけどレシピのパンフレットも
置いてあった。ついでに企画展のパンフレットのデザインもかわいかった。


展示品ではないけれど、入口近くの売店においてあった森於菟の
『耄碌寸前』が気になった。書名にもなっている冒頭の文章がなかなか素敵。
萩原朔美の『劇的な人生こそ真実』も置いてあって森茉莉のところだけ見たんだけど、
ユリイカの特集に掲載していた文章とは別物のようだ

chiwami403 at 11:14|PermalinkComments(0)森茉莉 

2010年09月18日

世田谷文学館「森鴎外と娘たち展」概要

10月の土日に世田谷文学館に行けたらいいなあ〜

世田谷文学館のサイトに10月からの企画展のプレスリリースが出ていました。

父からの贈りもの 森鴎外と娘たち展(pdf)

最初に出てるポスターが森茉莉特集のユリイカの表紙っぽい。
楽しみなのは初公開の資料が多いこと。でも企画内容を見ると平福百穂の絵
とか、神奈川近代文学館の森鴎外展で見たものも結構あるかも?
森茉莉に関しては贅沢貧乏と甘い蜜の部屋の原稿が出るとのこと。

図版の目玉は鴎外作の教科書「歴史」全頁カラー掲載なのですが、
お値段は1300円。私でも気兼ねなく買える値段でよかった。

ブログの更新は今のところ「せめて月1回は」を目指してるので
次はたぶん世田谷文学館の展示を見に行ってから。
余裕があれば、3月に出たエッセイ集の「全集未収録作品リスト」を
作りたいが、予定は未定。



chiwami403 at 22:30|PermalinkComments(0)森茉莉 

2010年08月28日

下北沢の駅前市場見るなら今のうち

asahi.com(朝日新聞社):画材屋のおじさん 〜下北沢駅前市場にて〜 - 小さな家の生活日記 - 住まい
によると、森茉莉も通っていた駅前市場がもうすぐ取り壊しらしい。
ゆかりの地を見てみたい人はお早めに。
私が何年か前に見に行ったとき、昔からやっているようなお店は
もう既にあまりないんだろうな〜という感じでしたが。

下北沢ブログ@しもきた商店街:駅前市場一部取壊しは来年以降。
には来年とあります。

ついでに気になった話。結構前のブログなのですが。
森茉莉で検索してひっかからなかったら見ることがなかったであろうジャンルのブログだ。
塾の懇談で勧められた本: スタディ!むすこ

中学受験の塾の懇談で読書の話になり、エッセイを読めと勧められたそうで、
その中でちょっとびっくりした記述↓ 本当に出題されてるのだろうか。

向田邦子や幸田文、森茉莉は家族をテーマにしたエッセイが多く、出題されやすいそうです。

向田邦子や幸田文は小学生には古そうだけど、出題されやすいと聞けば
納得はできる。でも森茉莉で出題できるの? 受験対策に小学生が
講談社文芸文庫『父の帽子』とか買うのって想像もつかないや。


chiwami403 at 21:42|PermalinkComments(0)

2010年07月25日

『わが愛と性』と黒柳徹子『小さいころに置いてきたもの』

タイトルの最初にある本については後でふれます。
これも例によってLe passe-tempsさんのところで知った。

小さいころに置いてきたもの〔黒柳徹子〕 Le passe-temps/ウェブリブログ
森茉莉との出会い、そして晩年の森茉莉の部屋の詳細。
森茉莉の部屋については小島千加子『作家の風景』が詳しいけど
晩年の部屋は更にすごかったんだなあ……

と森茉莉の部屋話が印象に残った文章でしたが、ふと読み返したら
『わが愛と性』に出てる写真って森茉莉と黒柳徹子の初対面のときの
ものではないか? と思い当たった。

(ご参考)
2004年10月23日 荒木経惟が撮った森茉莉
2004年10月24日 荒木経惟が撮った森茉莉写真の詳細

『わが愛と性』は荒木経惟と田辺聖子夫妻の対談本で
対談後に田辺聖子が出席した「話の特集」のパーティーに
荒木経惟も一緒に行ってスナップを撮影したものと思われます。

『小さい頃においてきたもの』には森茉莉と会ったのは『話の特集』の
女性ばかりが発起人のパーティーで、場所は赤坂プリンスホテルの旧館と
あるが、『わが愛と性』では田辺聖子が取材で中座するのだが、取材後
6時半に赤坂プリンスホテルで、と待ち合わせを決めている。

「小さいころに置いてきたもの」からの引用を太字、
このブログの過去ログの写真解説転載を斜体で

仕事があり『話の特集』のパーティーに遅れてきた黒柳徹子、

そのとき、部屋の隅にあいさつとかをやったらしい金屏風と小さい
ステージが目に入った。ステージ上に、椅子が三つ四つ並べてあり、
そこに、チョコンと女の人がすわっているのが見えた。


このくだりが2枚目の写真↓の状況?
ギターの演奏者が熱唱する写真ですが、マイクスタンドの奥の
窓際に森茉莉だけ1人座ってます(森茉莉だけ移動しなかったのか?)。
本当にちいさく写ってるだけ。


『話の特集』の矢崎氏の母親かと最初思ったが、発起人に森茉莉の名前が
あったことを思い出し、矢崎氏に確認してその人が森茉莉であることを知る。
森茉莉の服装は「頭にグレーの花もようの地味なネッカチーフをかぶり、
黒っぽいスーツにハンドバッグを膝に乗せた」とあり、写真(白黒だけど)と合致。

「大変!」私は、走っていって、椅子の前に行き、「私、黒柳徹子でございます」
とあいさつした。そして、いつも、テレビで見て頂いて書いて下さってること、
感謝しているとも伝えた。


これが3枚目↓に相当するのではないか?
黒柳徹子と森茉莉2人の写真。森茉莉は右側。
森茉莉が座っているのは2枚目と同じ場所。
服装は全身黒っぽくて、スカートはひざ丈少し下くらい。
両足を少し投げ出す感じで、足首のあたりで組んでます。(後略)


パーティーの後、青山の洋食屋での二次会に黒柳徹子と森茉莉も行く。
二人で次々と料理をたいらげたそうだが、1枚目の写真は洋食屋で
撮影したものかもしれない。本文によると二人はお酒を飲んでない、とある。

1枚目:左手前から右奥に、カモカのおっちゃん、田辺聖子、
森茉莉、黒柳徹子、岸田今日子が椅子にかけて談笑中。
ワイングラスを手にした黒柳徹子と話している森茉莉(横向きで写ってます)。
指を折り曲げて両手を胸の前で合わせています。頭にはスカーフ巻いてます。


以上、本当にそうなのかは分からず、写真をブログに出せないのも残念ですが
もしそうだったら興味深いなーってことで。
気になる人はネット古書店などで『わが愛と性』買ってみてください。


chiwami403 at 10:50|PermalinkComments(0)森茉莉 

2010年06月27日

世田谷文学館で秋に「森鴎外と娘たち」

世田谷文学館開館15周年記念 Le passe-temps/ウェブリブログ

前回の冒頭で紹介したのと同じブログで、世田谷文学館の企画展について。
このブログで言及されてなかったら直前まで知らないままだったかも。
ありがとうございます。

世田谷文学館-文学を体験する空間

年間スケジュールのところに

10月2日〜11月28日「父からの贈りもの 森鴎外と娘たち展」

とあります。小堀杏奴も生前世田谷区在住で没後に資料の寄贈が
あったようなので、人気は森茉莉なんだろうけど杏奴の資料も
貴重ってことで、兄弟を除く「娘たち」ってことになったのだろうか。

企画展は楽しみだけど、以前この文学館で見た暮しの手帖の企画展は
ロハスに結びつけるあたりとかおしゃれほっこり向けな展示が物足りなかった。
今度の企画展はどうかなあ、楽しみにしてます。


chiwami403 at 13:35|PermalinkComments(0)

2010年06月12日

日本図書センター『私の中のアリスの世界』

復活しました。が、今後はそんなに頻繁に更新しません。

私の中のアリスの世界〔森茉莉〕 Le passe-temps/ウェブリブログ

で知った。表紙の写真が河出書房新社から出たムック本と同じで
紛らわしいなあと思ったが、もうあのムック発行から7年も経ったのか。

リンク先で言われている通り、どれが全集未収録なのかは明記してない。
底本一覧が出ているのは有難いと思うんですが。
じゃあ全集の索引で確認を……と自宅にある索引コピーを探したのですが、
見当たらず、現在絶賛捜索中です。えーとどこにしまったんだろなあ。
発見したら掲載作品と照らし合わせしますので。

タイトルと本文と掲載雑誌(新聞)見て「うーん、これは未収録?」と
見当をつけたのもあるけど、どのエッセイも他で読んだことあるような
話が出てくるので、全集未収録認定にまったく自信がありません。

以前このブログでも取り上げた「独逸の本屋」「私の直感」なども掲載。

未収録作品探しと掲載作品選定は誰がやったのだろう。
森茉莉といえば『森茉莉かぶれ』著者、早川茉莉さんが有名ですが、
早川さんが編者だったら名前や文章が出るはずだし……ってことは違うのか。
名も分からぬ熱心な編者さんのおかげで、全集未収録作品読むことが
できてありがたいことです。

chiwami403 at 10:58|PermalinkComments(0)森茉莉 

2010年03月04日

ブログ更新&コメント欄返信しばらく休みます

今日まとめて4つ更新しましたが、
都合によりしばらくの間ブログの更新をお休みします。
ブログ自体をやめるつもりはないのですが。

ついでにコメント欄やプロフィールに出してるメールも
3ヶ月間くらいの間は返信しないのでご了承ください。
本当はコメント欄をしばらくの間なくそうと思ったのですが、
設定の仕方が分からないので放置しときます。

(追記)
せっかく見に来たのに更新されてないとがっかりする人は
http://reader.livedoor.com/
登録お願いします。

chiwami403 at 22:27|PermalinkComments(0)脱線 

みどり1959年7月号「藤紫(モオヴ)の夏」

同じく「みどり」7月号掲載の随筆見開き2ページ分。
藤紫と書いてモオヴと読む。

私が一年ばかりいた時の夏の巴里は、藤紫の夏で、あった。
その夏の流行の色が藤紫だったのである。私は全くの黄色
人種なので、藤紫という色は着られなかった。


以上冒頭の部分。
でもどうしても流行色が着たくて、薄い藤紫の木綿のブラウス
を買った森茉莉。

夫の留守中にそのブラウスを着て窓辺に立ち、薄汚い街を
見下ろしながらモウパッサンの小説を思い浮かべ、妄想を
繰り広げてしまう話が続く。
そして最後の部分は妄想とは対照的に、夫と一緒に歩いた
夏の巴里の街のさわやかな様子を描写している。

これは随筆だけど、妄想の部分とかパリの街の描写が
小説っぽいな、というのが私の感想。

(ご参考)
■昭和34年5月7日 封書 
「私の今後の生活は小説を書いて行くよりないことを自覚してゐる」
「いづれはフィクションをかかなくてはならず(中略)もとのずゐひつにかへれば
生活して行かれぬ程度になるのは眼に見えてゐる」


2008年03月11日 『鴎外の遺産?』森茉莉書簡の日付一覧

chiwami403 at 22:03|PermalinkComments(0)森茉莉全集未収録? 

みどり1959年1月号「私の恋人森鴎外」

46〜50ページに「私の恋人森鴎外」が掲載されている。
最初のページはタイトルと森鴎外、森茉莉の写真で文章は4ページ分。

タイトルと森鴎外の写真の横に

鴎外は私の恋人――ゆたかな詩情と特異な感覚で作家生活の
スタートをきった筆者がつづる、文豪への愛


というキャッチコピー(?)がついている。
森茉莉の写真は淡い色のブラウスに、濃い色のカーディガンを着て
どこかの喫茶店で撮影したのか、コーヒーカップを持って微笑んで
いるもの。『森茉莉 贅沢貧乏暮らし』の表紙などに使われている
写真に比べると、カメラ目線でポーズ決めて笑顔を作ってるような印象。

文章の最後の著者紹介欄。

森茉莉氏は作家。鴎外の長女。さいきん仏文学者山田珠樹氏との
離婚の真相を素材にした小説「記憶の書物」(「靴の音」所収)
によって注目をあつめた。


本文は三部構成(?)になっていて、これは編集部でタイトルをつけた
ものかもしれないけど

「幼い恋」:幼い頃、鴎外に甘えた思い出
「薔薇の棘のいたみ」:十六歳で婚約後の鴎外の変化、渡欧時の別離
「私の恋人、父と息子」:息子と二十四年ぶりに再会、父と息子の微笑

「幼い恋」と「薔薇の棘のいたみ」に書かれてる内容は、森茉莉読者なら
読んだことあるエピソードばかり。全集未収録作品じゃないかも
しれない気がしてきた。

冒頭部分。

上野の森を見晴らす本郷台の崖の端に、大きな二階建ての家が、あった。
泰山木、百日紅なぞの枝で半ばは隠された二階の下には、二階を首にして
獣の体のように、長く東に延びた平家(ママ)があり、それを両側から
挟んでいる広々とした庭が、あった。


庭の花で森茉莉が最も親しんだのは「細かな提灯の花」だそうです。
提灯花=ホタルブクロなのですが、文章には提灯の花の下が安らぎの場所
であったと書いているので、ホタルブクロでなく森家の人々がそう
呼んでいた別の花なのか?

最後の「私の恋人、父と息子」は長男と再会して頻繁に会い、文学談義
などをする楽しさを、「薔薇色の時刻(とき)が、飛び去る」と表現している。

彼は父の周囲にあった、軽い、フワリとしたような雰囲気を、その体の
周囲(まわり)に漂わせて、いた。私は再び父を視た。私は再び父を
取り戻したので、あった。


森茉莉は再会した息子にかつての父親の姿を重ね合わせてるのだけど、
妹の小堀杏奴は、当時の森茉莉の長男を山田珠樹の若い頃にそっくりと
書いている。見た目は山田珠樹で雰囲気は鴎外なのか?

(ご参考)2006年02月07日 小堀杏奴『人生舞台』
の「夢と現実」のところ。


chiwami403 at 22:00|PermalinkComments(0)森茉莉全集未収録?