2010年03月04日

若い知性と教養の手帖「みどり]

森茉莉の話はこの後やります。
「みどり」についてはネットにあまり情報が出てないようなので
本当はコピーしてきた目次を転載したいけど、どんな雑誌かだけでも。
最後はちょっとだけ森茉莉関連話。

「みどり」は若い人向けの文芸誌で、1958年6月号が創刊。
日本近代文学館にあったのは創刊号から翌年の12月号まで。
文学鑑賞のページを執筆していた塩田良平が寄贈したものらしい。

「脚光を浴びる若い作家たち」というグラビアで石原慎太郎、開高健、
大江健三郎を紹介したり、中里恒子の連載小説があったり、文学鑑賞の
コーナーでは源氏物語や「愛の名歌鑑賞」なども。作家訪問という欄
では丹羽文雄や平林たい子などが取り上げられ、随筆欄には、室生犀星や
幸田文も書いています。国内海外の文壇の傾向を紹介したり、国内作家の
ゴシップなんかもあったりする。
巻末には「みどり文壇」という小説、詩、短歌などの投稿欄もあります。

特集では大学の同人雑誌に関わる人々が座談会をやったり
「学生作家のすべて」で大江健三郎などを紹介したり、美智子様ご成婚
の際は「正田美智子さんと文学」など若い人を意識した内容です。
昔の文学青年・少女は真面目だなあ。現在の若者向け雑誌で「名詩鑑賞」
「健礼門院右京大夫集鑑賞」なんて絶対無理そうだ。

1958年8月号には森茉莉の長男、森じゃくの
「生きのいい文学―スタンダール―」
が掲載されています。スタンダールの略歴と作品解説。

1959年2月号には妹の小堀杏奴が「結婚について」という随筆を寄せている。
娘の結婚が話題なんだけど、

学歴・容貌の美醜、背丈の高低、一切問題にしない。

健康で誠実な、思いやりのある人が望ましい


と書いてるけど、鴎外の遺産第3巻の森茉莉書簡によると

桃子の結婚について、アンヌが所謂感心な非のうち所のない家庭同士の
結婚を希んでゐるらしいのを私は始めて知つた
(昭和28年12月12日)

森茉莉は、杏奴が娘の結婚に対してこだわりがあると感じていたようだ。
Wikiで杏奴の娘息子の結婚相手を見ると「ああ書いてはいるけど誰でも
いいわけじゃないよね〜やっぱり」と私も思ってしまいましたけど。

小堀(横光)桃子 - 長女、横光佑典(作家横光利一の二男)の妻
小堀鴎一郎 - 長男、国立国際医療センター名誉院長。妻は嘉治隆一の娘玲子。


鴎外の遺産の3巻に名前が登場したのでもしやと検索したら、森茉莉のエッセイ
にも時々出てくる上田敏の娘瑠璃子さんは↑の嘉治隆一(朝日新聞副主筆)の妻だった。

嘉治隆一 とは - コトバンク 「上田敏の娘婿。」


chiwami403 at 20:48|PermalinkComments(0)脱線 

「みどりに三枚半たのまれた」問題がビビビで解決

「森茉莉 円地文子」で検索してたとき(だったと思う)に
見つかった古書店のサイト内にある雑誌の品揃え

全集に掲載のタイトル全部覚えてるわけじゃないけど、
森茉莉の名前の横に見慣れないタイトルがあった。

みどり 若い知性と教養の手帖 S34/1月号 
森茉莉「私の恋人森鴎外」

みどり 若い知性と教養の手帖 S34/7月号
森茉莉「藤紫の夏」


筑摩の森茉莉全集の索引見てもこのタイトルでは掲載なし。
みどりって『鴎外の遺産III』の森茉莉書簡に出てたあれか?
と思い出した。あれとは↓

2008年03月11日 『鴎外の遺産?』森茉莉書簡の日付一覧

■昭和34年5月11日 封書
「「みどり」に三枚半たのまれたのが二十日まで」


このリストを作ってたとき「みどり」で検索してたんだけど
よく分からず、みどり問題は棚上げしていたのでした。
「みどり」7月号に掲載の原稿と考えると時期も合う。

調べたら、駒場にある日本近代文学館で所蔵していたので
閲覧してきました。
みどり問題解決の糸口となった古書ビビビのサイトに感謝、
というか買わなくてすみません。該当の号は両方在庫ありです。

お店のトップページはこちら……かな? 古書ビビビ

それぞれの文章の詳細と「みどり」については別エントリで。

chiwami403 at 20:40|PermalinkComments(0)森茉莉全集未収録? 

2010年02月20日

神奈川近代文学館所蔵の森茉莉書簡

私はずっと神奈川県に住んでるのですが、神奈川近代文学館へは
数えるほどしか行ったことがない(隣の公園はデートスポットだしさ……)。
閲覧室にいたっては敷居が高く感じられて一度行ったきり。

文学館閲覧室の特別資料に森茉莉の書簡があると教えていただき、
会員登録をして閲覧してきました。会員登録や閲覧は神奈川県民で
なくても可、無料でできます。

1. 書簡 木下杢太郎 宛
 森茉莉 1936.2.27 
2. 書簡 谷田昌平 宛
 森茉莉 1958.7.14消印 
3. 書簡 中村光夫 宛
 森茉莉 1962.8.26 
4. 書簡 埴谷雄高 宛
 森茉莉 1962.8.26 


所蔵はこの4点です。私がブログでかけるのはここまで。

論文やネットなどに、書簡の文章を転載するのはもちろん、
書簡の概要を公表するのでさえも色々手続きが必要とのことで、
そういうのは専門の研究者や出版社の人にお任せしたいな〜と。
要は面倒なのでそこまでしませんよ、ということです。

文庫で年譜を見ると
1936年は4月に森茉莉の母、しげが死去。
1962年は7月に『枯葉の寝床』を刊行。

谷田昌平は名前で検索すると、2007年に亡くなったときのお悔やみ記事が
あった。「「新潮」編集長や新潮社出版部長を経て文芸評論家に」とあるので、
森茉莉担当だった小島さんの上司ということか。

asahi.com:「新潮」元編集長、文芸評論家の谷田昌平さん死去 - 出版ニュース - BOOK

谷田昌平には『回想 戦後の文学』という著書があり、
目次には森茉莉の名前はないが、幸田文と円地文子の項がある。

谷田昌平『回想 戦後の文学』(筑摩書房) - 目次録


chiwami403 at 20:22|PermalinkComments(2)森茉莉全集未収録? 

2010年02月18日

神奈川近代文学館 長谷川時雨展メモ

神奈川近代文学館/(財)神奈川文学振興会|生誕130年 長谷川時雨展

もう終わってしまった展覧会ですが、神奈川文学館の長谷川時雨展。
会期初め頃見に行ってブログに書かなきゃと思ってるうちに終了してました。
もう2月も後半になってるけど、展示内容のメモだけでも。

残念だったのは図録がなかったこと。
でもあったとしても買う人は少ないだろうから、写真たっぷりの
パンフレットを来場者に無料で配る式で正解なのだろうな。

日本近代文学館での展示は長谷川仁氏の寄贈品が多く、
中央区の展示は時雨研究家の森下真理氏が精力的に集めたものが中心。
今回の展示は、過去2回の展示で見たことあるものも多かったけど、幅広い
収蔵品とネットワークを持つカナブンが集めた時雨資料ということで、
他の文学館ではこのような企画は無理だったであろう、素晴らしい内容でした。

気になった展示や資料を箇条書きですが挙げていきます。
文学的に貴重かどうかではなく「個人的に」気になった、です。

・時雨の妹の長女(みすず)が生れたときに送った歌(個人蔵)
歌や句が染め抜かれた布を入れて屏風にしたものが展示されていた。
左側「しなの路のかかるみすずのなにしおはヾすくすくそだちけたかくもあれ」
右側「年玉や子福者にて子煩悩」

・黒田米子に形見分けした着物

・時雨の父、深造についての資料
深造の編著書の写し、関わった疑獄事件の新聞記事写しなど。

・時雨の母が経営していた箱根の「新玉の湯」についての資料
牛丼会(旧白馬会の親睦会)の写真。温泉に入ってる男達に混じって長谷川春子が!
早稲田文学1912年1月号「箱根と佃島の二日」

・鶴見の花香苑関係資料
鏑木清方画「花香苑の浴室」(鎌倉の清方美術館蔵)

・広津和郎宛書簡(1935年2月) 旧聞日本橋の書評依頼の手紙
「いやみな紙でごめんください 他になかつたので――」(最後の部分)

・昭和16年海軍文芸慰問関係資料(尾崎一雄コレクション)
写真に洋装の時雨、寄せ書き、宮尾しげをが似顔絵を描いた名簿

・長谷川時雨追悼号「輝ク」掲載の林芙美子原稿

・長谷川春子の写真(今まで見たことなかったもの)

・若林つやに形見分けした帯留

・時雨の死後も三上の手元にあった時雨の写真4枚
今まで時雨関係の書籍などでは見たことないものだった……と思う

長谷川時雨といえば、3月には「女人藝術」誌上の座談会についての本
雑誌『女人芸術』におけるジェンダー・言説・メディア
という本が出るみたいです。


chiwami403 at 20:27|PermalinkComments(0)長谷川時雨 

2010年02月15日

森茉莉全集未収録? と思われる文章一覧

ネット古書店の商品案内をもとに、お茶の水図書館で該当する号を
閲覧することで森茉莉全集未収録の作品をいくつか紹介してきましたが、
お茶の水図書館には所蔵していない雑誌もあったので、そのリストを
出しておきます。

ネット古書店の雑誌の品揃えから検索しただけでもこれだけ未収録
と思われる作品が見つかったので、まだまだ探せばたくさんあるん
じゃないかな〜と思っています。

このリストの中で私が気になるのは三越の記念誌掲載のもの。
学研の『暮しの知恵』というパクりっぽいタイトルの雑誌、
ぐぐってもあまり情報がないのだけど、こんな雑誌もあったのだなあ。

太陽 1963/9 NO.4
味〜ベッドの上の料理づくり:森茉莉〜

1980/10 VOL.1 NO.1 経済界 創刊号 『 出会い/Deai 』
『 熱中してます! 』森茉莉

1974/9 NO.211 カネボウ化粧品販売株式会社 『 BELL 』
『 エレガンスを考えよう:森茉莉 』

1964 株式会社三越
『 MITSUKOSHI femme:株式会社三越創立60周年 』
室内のデコオルについて:森茉莉

芸術新潮 1977/3
池田満寿夫を語る〜吉行淳之介 、西脇順三郎 、森茉莉〜

1965/4 VOL.5 NO.4 学研 『 暮しの知恵 』
随筆〜旅:森茉莉〜

1962/10 VOL.29・秋 男の服飾:MEN’S CLUB
空想のインテリア〜アルジェの少尉:森茉莉〜


ブログ左側の柱にある「記事検索」ですが、以前あった「blog内検索」
は本当に役立たずでしたが、こちらはキーワード入れるとちゃんと
検索が出来るようです。
カテゴリ分けを面倒がってるブログなのでお役立て下さい。

chiwami403 at 19:37|PermalinkComments(0)森茉莉全集未収録? 

2010年02月09日

ミセス1971年11月号「二つの想い出」

ネット古書店の検索から見つけたものではなく、お茶の水図書館で
バックナンバーの目次を見ていて発見したものです。

この号はミセス創刊十周年ということで、
『ミセス』とその周辺―創刊10周年にあたって諸先生より皆さまへ―
という小特集があり、11人の作家が文章を寄せている。
冒頭の文章は「灰皿抄」を2年にわたり連載していた永井龍男の
「若さと美しさ」で、森茉莉はその次。

十周年を迎えた『ミセス』のために私は、二つの想い出を書いてみたい。
『ミセス』との約八年のお附合いの間に私の記憶に深く残った二人の人、
それは横綱大鵬と升田九段である。


書き出し部分引用してみました。
大鵬については引退したときの口惜しさや相撲協会への不審などを述べ、
升田九段については、何気ない会話から「偉(おお)きな人物」を感じ
たことを書いている。



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2010年02月02日

美しいキモノ1982年3月号「着物」

婦人画報社の着物雑誌『美しいキモノ』の「きもの随想」という欄。
見開きページの上部左右に南博の「和洋折衷から和洋融合へ」
という随筆があり、森茉莉の随筆はした半分の左右。

現在では若い女がキモノを着ることがなくなり、自分で着物を
着ることも、帯を締めることも出来ないのが普通になっている。
だが着物というものは着るときの気分も、そのよさ(原文傍点)
の中に入っているので、着付師に着せて貰ったのでは他人の着物の
ような感じだろう。


以上冒頭の文章。そして着物の季節感について。

昔は季節のうつり変わりに、家で単衣ものに着かえたり、又、
秋口にあって、紺地なぞの浴衣、紺がすり、なぞに着かえたり
するのもなんともいえず季節感があって、恋人があったら
いいなあ、なぞと思う気持ちにもなったものである。


更に冬の着物の重ね着について、森茉莉の母親やお芳さん、
山田珠樹の姉がどういう着方をしていたかを回想している。
後半は他の随筆で既に語られているエピソードがほとんど。
婚家でのクリスマスの際の買物風景、16歳で写真を撮ったときの黒の
羽二重の着物、3歳のときに鴎外が三越で作らせた着物のことなど。

お茶の水図書館で探した未収録(と思われる)文章はとりあえず
次回分で終わりです。


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2010年01月28日

主婦の友1980年7月号「沢田研二とドラマ」

特集「沢田研二のプロフェッショナル人生」という特集に
寄せられた文章。1ページの半分のスペースの囲み記事なんだけど、
本文の文章よりかなり字が小さい。依頼された原稿枚数を
かなりオーバーしたのだろうか。タイトルの右上には
「沢田の映画はパリでもうける」とあり。

ドッキリチャンネルなどで沢田について書いてるものと内容は
大体同じで特に目新しいものはない……と思う。
というかもしかしたらこの文章、他の原稿からの抜粋?
と思えるほどです。文中に、前に「新潮」に書いたとき云々」と
いうくだりがあるのでたぶん違うと思うけど。

最初の文章。

沢田研二は歌手だが、私は彼の歌より芝居を買っている。
「太陽を盗んだ男」の予告を見た時、彼が椅子の横木に足を
かけ、膝を高くしてシンナーを膨らませながら笑っている写真を
見て、そのドラマが多分面白いだろうという予感がした。


以下、ノンシャランな沢田、印象に残った場面、日本の観客は
フランスの映画は沈黙して緊張して見るのに、日本の映画はバカに
して軽蔑してる、などなど。

この映画は巴里へ持って行って上映しても、現在世界を暗く、重く、
圧しつけている原爆というものを、子供の玩具のように扱っている
奇抜な発想(イデア)に、巴里の観客は拍手を惜しまないだろう。
森茉莉がそう言ったから、巴里へ持って行ったがうけなかったと
言って、私に五十億円よこせと言ってくる気遣いは、絶対にないだろう。
もっとも、私にはそんな大金は払えないが。


以上の引用は最後の部分。

chiwami403 at 19:56|PermalinkComments(0)森茉莉全集未収録? 

2010年01月23日

主婦の友1963年6月号「紅茶と薔薇の日々」

「随想さろん」というコーナーに1ページ分のエッセイで、
タイトルは「酒と薔薇の日々」をもじったもの。

家族と一緒に住んでいた頃には、とくに自分の湯のみ茶碗に凝る
というようなこともなかったが、アパートに一人だけの部屋を持つ
ようになった頃からは、部屋全体に、自己主張のようなものが出来て
きて、自分のすきなものだけを置くようになった。ふだんお茶を
飲む茶碗も、それで一つ一つ覚えている。


以上最初の文章。浅草のアパートで使っていたのは

渋い薄茶に、赤い椿(葉は黒)の模様の、形もちょっと、お茶の湯の茶碗のようなの

濃い藍色に、何かわからない花のある、この方はどこかハイカラな感じ


の二種類。その後現在のアパートでのいわゆる「贅沢貧乏」な部屋のことにふれ
後半は「ボッチチェリの薔薇の茶碗」で紅茶を飲むことについて書いている。

薄紅色の花に、青みがかった薄緑の葉の薔薇を散らした紅茶茶碗で、
その花が、昔イタリアの美術館で見たボッチチェリの「ヴィナスの誕生」
の、空や海の上に散っていた薔薇によく似ていることと、その葉の色が、
やっぱりその空や海の色の薄青であることから、名をつけた茶碗である。



chiwami403 at 16:13|PermalinkComments(0)森茉莉全集未収録? 

2010年01月20日

装苑1966年11月号「私の直感」

この装苑は創刊30周年記念号で、随筆コーナーに森茉莉が書いている。
全体のタイトルは「ずいひつ 女性の直感」で、見開きページに4人
が文章を寄せていて、森茉莉は一番最初。冒頭の文章は

私は何の取柄もない人間だけれども、直感だけは相当に当る方である。

直感でなく思い込みなのではないだろうかと個人的には思う。

具体例として、パリに滞在していたときの、暗い紅薔薇色のドゥミ・
デコルテに白い革手袋、黒のエナメル靴に偽真珠の首飾り
という服装のことを書いている。洋裁雑誌の装苑だから洋服の話題を、
ってことなのだろうか。

それは私のカンで、巴里の春から夏への季節の若い子供っぽい女の
服装(なり)の感覚をかぎあてたのである。


その証拠に劇場で見た若い女優が同じような格好をしていた、
と自信満々な森茉莉で、あった。
講談社文芸文庫の解説欄などに出てる、パリで4人で撮影した写真
があるけど、あの洋服のことなのかしら。

又、カンというものはキチンとした立派な奥様より、ふだん
オバカサンの女の人の方が働くようでもある。お茶の水の特待生
だった奥さんがサギに引懸り、私のような間ぬけな人間が一度も
サギにかからない、というようなものでもあるようだ。






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2010年01月15日

婦人画報1974年11月号「明治風西洋料理もキャベツ巻き」

この号の特集は「洋食物語」で、「明治風西洋料理もキャベツ巻き」
というタイトルの前には<<私と洋食>>とある。冒頭の文章は

明治何年かわからないが、英国人のコックがわが国の宮廷の
台所に入りこんで西洋料理の技術を伝授し、それが町の中
にも流れたものだらう。


以下気になった点。
・幼い頃連れて行かれた上野精養軒で食べた料理はコンソメ、
 ステェキかロオスト・ビイフ、野菜料理、プディング、珈琲
・ローストビーフとうどの入ったポテトサラダも好物だった。
・鴎外は嫌いだったシチューも好きでよく注文する
・他の西洋料理も入ってきたが、英国風西洋料理が好き
・家でもキャベツ巻き、コロッケ、ポテトサラダなどの洋食を作っていた

最後に森茉莉らしいエピソード引用。

私はくひしんぼうで、自分の皿の上のキャベツ巻きを
アッという間に平らげ、父の分を一つ貰った。



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2010年01月09日

婦人画報1970年1〜12月号「季節の風景」

ファッション誌のネット古書店サイトで見たのは、
10月号の「蝋人形の館」だけだったんですが、図書館でこの年の
婦人画報の目次を見てみたら「季節の風景」という年間連載だった。

目次をめくった次のグラビアページで、左側にヨーロッパの風景写真
(撮影は奈良原一高)その写真と関連づけた400字程度の森茉莉の文章が
右側に掲載されている。ヨーロッパの風景ということで、戦前にフランス
に滞在、周辺各国に旅行していたときのエピソードが多い。
奈良原氏の写真を見て森茉莉が原稿を書いたのだろうか。

1月「太陽」の書き出しは以下の通り。

この写真にはフランスの太陽が写っている。私がマルセイユで、
パリで、ロオマで、トレドで、ブリュウジュで、見た欧羅巴の
太陽である。それらの太陽は、障子に竹の影を水色に映し出す
日本の太陽ではない。


各月のタイトルです。
1月:太陽
2月:白い鳩の胸の血
3月:城(シャトオ)
4月:欧羅巴の幻想
5月:巴里の街の色
6月:馬徳里(マドリッド)のマンダリン売り
7月:運河(キャナアル)の水と、赤い花形
8月:白い彫像の男たち
9月:黄金色(きんいろ)の光の筋の郷愁
10月:蝋人形の館
11月:水色の霧の中の巴里
12月:欧羅巴の街燈

前の記事で紹介した、結婚前の男女について云々の文章よりも
こういう連載のほうが安心して読んでいられる……と思いました。

写真の奈良原氏について。
Nikon | ウェブギャラリー | 2004年11月 | 奈良原 一高(ならはら いっこう)

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2009年12月28日

婦人画報1962年10月号「"少し歩きましょうか"の時代について」

この号は「結婚特大号・婚約時代」という特集でかなり分厚く、
今よりも結婚というイベントにかける情熱と金はすごかったんだろうなあと。

森茉莉の文章タイトルの右上には「婚約時代の純潔」という副題があり、
モノクロ4ページに渡って(うち1ページの半分はワリショーの広告)
書いてるのだけど、文章量のわりには何が言いたいのか要領を得ない
印象。当人も最初のところで

私は原稿をおうけした時、何かかけるやうな気がしてゐたが、
書き始めた今になつて、全く興味ないのに気づいた。


と書いている。文章のほとんどは、当時ありがちな若者の
生活スタイルやデートについて妙に具体的な批判的描写。
冒頭の文章はこちら。

最近妹の娘が結婚したが、妹も実務のやうなことはあまり話さない
ので、そんなことを私は知らなかったが、このごろは式場や宴会場
なぞが申し込んでから六ヵ月待たないと確保できないのださうで、
すべての婚約者たちが所謂「永すぎる春」――いやな言葉だ――
といふ期間を持つことになつてゐるのださうだ。


今とは「永すぎる春」の意味が違うんだなあ。
それに「結婚決めてから半年後に式」も今では普通なんだけど。
むしろそれより短いほうがスピード婚だねーて言われそう。

テーマは「婚約時代の純潔」なのに、この年に『枯葉の寝床』
前年に『恋人たちの森』を刊行しているせいか、最初のページ
では、東京の一流の男性の間にソドミズムが蔓延しているという話
になってて、かなり唐突な印象。同性愛の男の存在が原因で婚約
解消される女が出てくるだろうとまで書いている。

その後に副題に沿った話題に一応変わるのだが、あっという間に
終わり、2ページ目後半からは、型にはまった日本人についての
描写が延々と。

日本の人間といふのは、どの人もどの人も、大体において似てゐて、
人間と人間とが出会ふと、同じ挨拶をし、同じ会話をする。
さうして同じ笑ひ方で笑ふ。

若い婚約者同士がデートでフランスの恋愛映画を見ると
恋愛場面の素晴らしさに二人とも圧倒される。雷に打たれた
のと同じである。それが問題である。
自分がそれを演ずることが可能かどうかは別として、フランス
映画の恋愛場面に驚くやうでは困るのである。
(中略)それを見たのが生れて始めて(ママ)だったとしても、
同じ人間の仕科(しぐさ)として、どこかで響いてくるものが
あって、すでに経験したものでもあるやうな気分になるはづである。


「はづ」って言われてもなあ。
ちなみにタイトルの「少し歩きましょうか」は映画を見た後
喫茶店に入り、短時間で追い出された後に男が言う科白を
指している。昭和の婚約者たちって微笑ましい。

二度離婚して独り身の森茉莉にこういうテーマで原稿を頼んだ
編集者、すごいぞ。


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2009年12月16日

家庭画報1959年11月号「初冬のヴィナス」

ゴージャス奥様雑誌、家庭画報の創刊は1958年と意外と歴史が浅い。
といっても比較対象が明治38年創刊の婦人画報なわけですが。

家庭画報の歴史−雑誌家庭画報 公式サイト

創刊して間もない時代の家庭画報、現在書店で売っているものに比べると
かな〜り薄く、100ページちょっとしかなかった。この頃の婦人画報や
主婦の友など老舗主婦雑誌と比べると見劣りしたのではないだろうか。
今は立派になったんだなあ……

森茉莉の随筆は風間完の挿絵つきでモノクロ1ページ分。
活字がかなり小さく無理やり詰め込んだ感があります。

私の幼い記憶の中で、ヴィナスはいつも片腕で立つてゐた。西洋の本の、
麺麭の匂ひのする滑らかな頁は、或種の大理石のやうに微かな黄色味を
おびてゐた。乳酪(クリイム)のやうな色である。


以上冒頭の文章。
その後結婚して夫とパリを訪れたときに見たヴィナス像のことや、
最近新聞で見た「欠けた腕を再現したヴィナス像」の写真について。
その辺りの文章から一部引用。

私達はどうかすると不均衡なものに、美を感じてゐる。視点の
いくらか不均衡な眼差し。不安定なツボ。絶えず揺れてゐる
不安定な心。さういふものが私たち(ママ)の心を、捉へる。


講談社文芸文庫の年譜を見ると、1959年には「暗い目」「禿鷹」
「濃灰色の魚」を発表、12月に『濃灰色の魚』を筑摩書房より刊行。


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2009年11月27日

ミセス1979年11月号「父の好物 野菜」

モノクロ特集の「父の好物」で最初に出ている森茉莉の文章。
森茉莉の名前の上には「野菜」とタイトルがある。
この年の3月に森茉莉は日赤病院に入院し、5月に退院している。

文章の横には大正5年の鴎外の写真と新潮社提供の森茉莉顔写真。
この文章は旧仮名。冒頭の文章は下記の通りです。

私の父の好きだつたたべものといふと、先づ野菜の料理である。

焼茄子、白瓜や茄子の糠漬、南瓜の煮物、ふろふき大根など。
じゃがいもを茹でたものを輪切りにし、それに醤油をかけたものが
鴎外は好きだったが、森茉莉は「ちつとも美味しくない」と書いている。

そして鴎外の留学期間は「八年もゐたために」と実際の期間の倍設定。
ドッキリチャンネルでも8年と書いているが、森茉莉の頭の中でいつ頃
4年→8年と変化したのだろうか。

後半は、鴎外がドイツの惣菜料理(コロッケやロールキャベツ)
を作らせた話や、漬物に鰹節と醤油をかけて食べるようになった話、
葬式饅頭の話などで目新しいものはなし。

森茉莉の次は、室生朝子が犀星の魚好きのことを書いている。

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2009年11月21日

ミセス1971年3月号「料理控え」

モノクロの記事で「私と料理」という小特集。
冒頭の文章は

――人参のうま煮を自慢する私――大変に残念なことだが、
誰一人として私が料理の名人だということを信じる人間はない。


他のエッセイで読んだ料理やエピソードが多く本当に未収録か疑問。
以下文中に登場する料理やエピソードを列記します。

・入院中の萩原葉子にぬたを振舞った
・編集者に人参の直がつお煮を食べさせた
・キャベツと牛肉を煮たもの
・オムレツにトマトケチャップがかかったものが嫌い
・甘鯛の切身の白味噌漬けを焼いたもの
・白味噌で蜆汁
・ほうれん草の木の芽和え
・ロシア風サラダ
・ムウル貝のサラダ(日本ではアサリで作る)
・トマトのバタア焼き、玉葱のバタア焼き
・皮を剥いて茹でた栗を醤油と清酒で煮る
・輪切りにした固ゆでの卵を醤油と清酒で煮る
・生椎茸で作る茸のボルドオ風
・お芳さんから教わった牛鍋
・麺麭の温菓(ブレッド・バタア・プディング)

最後の文章は

又料理の味は春とか、夏とか、その日その日の天気の加減、
涼しかったり、暑かったり、又、たべる人の気分にも変化が
あるから、匙に何杯、何点の何グラムなぞと杓子定規にいく
ものではないのである。



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2009年11月20日

12月に宇野亜喜良挿画の『マドゥモァゼル・ルウルウ』が出る

e-honもうすぐ出る本の予約より - 悪漢と密偵
によると、12月に河出から『マドゥモァゼル・ルウルウ』
が刊行予定だそうです。

河出書房新社|マドゥモァゼル・ルウルウ
の内容紹介を引用します。

おしゃまな貴族のおてんば娘、ルウルウが繰り広げる日常の大冒険!
薔薇十字社からの単行本刊行より三十余年、ついに待望の新装復刊。
本文二色刷の豪華仕様。解説=中野翠/挿画=宇野亜喜良/
装丁=名久井直子


薔薇十字社本のかわいい装丁は有名だけど、装い新たにまた別の
ルゥルゥ本が出るんですねー。でも私はこの作品苦手なので
本屋で手にとってはみると思うけど買わないであろう。
宇野亜喜良のルゥルゥはどんなかちょっと気になりますが。
装丁はユリイカの表紙やってる人だそうです。森茉莉特集の
表紙はいい感じだったな。


chiwami403 at 21:28|PermalinkComments(0)森茉莉 

2009年11月19日

ミセス1971年10月号「下北沢界隈の店々と私」

今回いくつか未収録作品と思われるものをコピーしてきて
個人的に一番興味深かったのがこれ。モノクロ5ページ分。

冒頭の文章。

どれも、第一に書きたいが、想い出した順に並べると「スコット」である。

以下、バンガロール、蕎麦屋の砂場、鰻の大井川、駅前市場、
古道具屋イトウ商店、森茉莉がもめん屋と呼んでいる布の店
コットンについて書いている。

写真は、下北沢駅前にオープンしたパチンコ屋とチンドン屋、
バンガロールの主人夫妻、駅前市場の3点、あとは編集部作成と
思われる下北沢周辺の手書き地図2点。各店の描写から一部引用します。

スコット:コオンのスウプと鶏肉入りのグラタンが美味しい。
御飯もよく炊けているし、野菜も新しい。番茶と漬物も出してくれるし、
ハムエッグを頼むと、グラタン皿で焼いた儘出るので猫舌の私は一寸困るが、
ハムも上等で美味しい。


バンガロール:この店で私のすきなのは、卵カレエ(茹卵が添えてある)
とビイフ・ピカタ、バンガロール焼きめしである


主人の似内さんは背が高い人で、それについての描写もあり。

砂場:ここの天麩羅は海老が大変に新しいので、天丼、天蕎麦、天麩羅御飯、
どれでも素敵だ。唯一の欠点は番台のようなところに座っているお内儀さんが
不機嫌な面構えで、私が行き出してから十八年有余、一度として笑ったことが
ないことである。


が、猫にやる鰹節を買い忘れたので鰹節を分けてくれとお内儀に
申し出た森茉莉(勿論断られている)も強烈。

大井川:たれに酒が、たっぷり入っていていい。第一、大井川という
名がいかしている。


駅前市場:このマァケットの中に一軒ある、大きな魚屋は冬の大晦日
近い頃なんかに遅く行くと、ビニイルの袋に入った数の子が二百円で買えたり、
夏の夜、閉店頃に行くと、お刺身の新しいのがばかに安く買えたりするのだ。


他に、このマーケットで買った安物の指輪、アメリカ製ニットのワンピース、
マシュマロをチョコでくるんだお菓子、ウールの靴下などについて贅沢貧乏
ぽい描写もあり。

イトウ商店:私が通る度に、ものほしそうに一応のぞく店である。(中略)
ボッチチェリの女神の頸に似合う感じの鎖があって、買ったことがあるからである。


もめん屋:昔この店で、濃い橄欖地に薄い白茶の細かい小紋的な模様のある
木綿を買って、極く薄いクリイム色の裏をつけた掛布団に縫わせたが、まるで
ボッチチェリの画の色調で、自分の顔に似合うと信じていて、気取って寝ていたものだ。


chiwami403 at 19:27|PermalinkComments(0)森茉莉全集未収録? 

2009年11月14日

ミセス1970年12月号「芝居と情緒〜16歳の時に見た芝居」

ネット古書店のサイトでは「情熱」となっていましたが、
掲載誌見たら「情緒」が正しかった。
ミセスの白黒ページで、最初の1ページはタイトルと加山又造
のカットのみ、文章は3ページ分です。

冒頭の文章。

昔、岡本綺堂という劇作者がいた。(狂言綺語)の綺をとったらしい
名の、この作者は、黙阿弥なんかとは又ちがった、新しさのある、
一種いうにいわれない清新なものを持った、歌舞伎というより日本古典劇、
といった方が当たっている芝居を書いた。


そして綺堂の芝居に出ていた左団次のことを回想。

ヨーロッパ帰りの左団次が新作歌舞伎で学者などを演じると素晴らしかったこと、
白い歯を見せて微笑うと素晴らしく、父鴎外とどこか似ていたこと、
「鳥辺山心中」など左団次の恋愛劇は、上等の仏蘭西映画のように十六歳の
自分に恋愛の美しさを教えたことなど。


chiwami403 at 20:50|PermalinkComments(2)森茉莉全集未収録? 

2009年11月11日

ミセス1969年1月号「杏子のタルトレット」

文化出版局の「ミセス」は森茉莉が「私の美の世界」を連載していた
こともあり、大抵全集に入ってるのですが、いくつか未収録作品と
思われるものがありました。

この「杏子のタルトレット」は「西洋菓子12か月」というタイトルで、
雑誌の目次コピーを見ると1月から12月まで色々なお菓子の名前が出てたから
「これはもしや森茉莉のお菓子エッセイ12ヶ月分?」と血湧き肉躍った
のですが、閲覧してみると森茉莉が執筆したのは1〜2月分だけで残念。
2月は「シュウ・ア・ラ・クレエム」です。『貧乏サヴァラン』に出てるやつ。

見開き2ページで26種類のパイの写真+森茉莉の文章。
このタイトル、作品索引には見当たらなかったのですが、
「パイでなくピー」とかシラノからの引用とか「どこかで読んだ感」
がすごくあるので全集に掲載されてるようにも思えてくる。

私は一匹の肉食獣であって、というと恐ろしいが、他人(ひと)
の好意にも、着るものにも、硝子で出来たいろいろなものにも、
すべて食いしん棒の子供のようによくばりなのである。


以上冒頭の一文。

杏子や林檎が、ねっとりと艶をおびて、外側はこんがりと焦げ、
中の方はムニャムニャしているメリケン粉を焼いた皮の間にはみ出さん
ばかりに挟まっている、あのおいしい焼菓子は、やっぱりパイでなく
タルトレットである。

私は十八世紀の、「シラノ」のような男のいたころのフランスの
麺麭屋の造らえた杏子入りタルトレットが口に入れたい。


パリを褒めちぎった後に東京の菓子屋が作ったアンズのパイは
ノンメルシイとけなすなど、森茉莉の文章にありがちな流れ。

chiwami403 at 19:27|PermalinkComments(3)森茉莉全集未収録?