2005年03月

2005年03月31日

「トミノの地獄」の西条八十は相場師・他雑談

作成中の森茉莉の記事は放置中です、すみません。
森茉莉に関係ない雑談、最近読んだ本の
「○○の本に××の話が出てる」ネタ↓

・「トミノの地獄」で最近評判の西条八十は相場師であった。

日本橋・八重洲・京橋:日本橋倶楽部連続講演
日本橋を彩る12人の相場師


八十が詩人会館の建設を夢見て兜町に通ってたという話が出ている。

獅子文六の『大番』を読みたくて検索してたら発見した。
戸板康二の『ぜいたく列伝』には出ていなかったけど意外だ。

【ご参考】
真があって運の尽き: 絶対に声に出して読めない『トミノの地獄』

・中山あい子『水割りおかわり』(講談社文庫)に殿山泰司
殿山泰司の本によく出てくるかいば屋とかゴールデン街とか。
田中小実昌など文壇周辺の飲み話。

・開高健『ずばり東京』(文春文庫)に洲之内徹
「画商という神秘的な商人」で洲之内徹に話を聞きに行っている。
この前髪切りに行って出された雑誌(FRAUで)、誰かが洲之内徹
の文章紹介してたけど、記事のほとんどが引用だった。手抜きじゃないかそれ。

・「おしまいのページで」(文春文庫)に
 獅子文六のところに、獅子てんや瀬戸わんやが会いにきた話。

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2005年03月26日

谷内六郎と森茉莉

このスカアトに白いブラウスと、濃紺の襟附カアデガンを
とり合わせて、谷内六郎の描く表紙の女の子、といった感じである。
中老の御婦人には違いないが、中身は少女で、十三四歳の心境だから
そういうなりがぴったりしている。(『贅沢貧乏』より)


ドッキリチャンネルを掲載した週刊新潮を私は読んでないけど
週刊新潮=谷内六郎の絵が表紙、と刷り込まれているのは
「しゅーかんしんちょーはッ きょーはつばいです!」の
CMで知っていたから。今はもうあのCMやらないのだろうか。

『私の美男子論』の「抽象と夢の画家、谷内六郎」に森茉莉は

谷内六郎という名の人の、きれいな世界に、愕くと同時に、鋭い、
弱い神経が、殻を剥がれた柔らかな虫の体のように露出されている
のを、見たように思った。


と、谷内六郎の絵について書いています。
『私の美男子論』は、仲代達也、立川談志などの写真を見て、
「おおー若い!」とびっくりしたり、福田恆存とは会話が成立したのかと
お節介にも想像したり。後半の対談では森茉莉の天然っぷりがなかなか。

この対談で私がすごく意外だったのが、渡辺淳一と酒の話をしてて↓

次男のほうもこの間酔って尻もちをつく恰好が、主人とそっくりでしたけど。

って発言。ぼやっとしてても、こういう所は観察眼が鋭かったのだな。

【ご参考】
青山〜赤羽、谷内六郎壁画めぐり
新潮社本社・ガラスモザイク「なかなか、どかない」(画像有)
モザイクエッセイ7 谷内六郎氏の傑作「なかなか、どかない」
Collection Showroom 谷内六郎「赤とんぼよ今日は」
※リンク先で「一覧」をクリックすると、まー色々と。
 大丈夫かなって思うけど、個人的にそっとしておいてほしい。

表参道の谷内六郎看板

写真は表参道にある谷内六郎の絵の壁画の一部分、「傘の穴は一番星」。

■追記
この壁画がある山陽堂書店の建物は、戦前に
建てられていたものだった(道路拡張で縮小もした)。
詳細は、トラックバックされた記事を読むか
コメント欄でも紹介されたサイトをご覧下さい。

chiwami403 at 20:10|PermalinkComments(4)TrackBack(2)森茉莉 

2005年03月24日

4月の更新・昔の週刊新潮の記事

更新さぼってます。土曜日に更新します。

4月から仕事の環境と内容が変わって少し忙しくなるので
そっちに慣れるまでしばらく記事の更新が少なくなる予定。
今までのんべんだらりーんと働いて来ましたのでねえ。

あと、現在準備中の記事は、本から引用する文章が多かったり
森茉莉の本で該当箇所探したりとかで時間がかかっています。
もうちょっといじくってから記事出します。

古本ねこやが売りに出した(?)
「週刊新潮 昭和36年 通巻255号〜305号揃い」の内容詳細。


↑ちょっと昔の作家やタレントの伝言がわんさか出てて
面白く、じーっと見入ってしまう。
森茉莉の名前もあって『記憶の絵』にちょっと関係ある話。

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2005年03月22日

下北沢スコットでハンバーグ

下北沢のスコットでハンバーグを食べてきた。

『森茉莉 贅沢貧乏暮らし』の「昭和45年の下北沢駅周辺」に
お店の場所と紹介が出ているのでそちらもご覧下さい。

ポタージュスープ、ハンバーグ+サラダ、ライス
コーヒーがついて1800円。他にクリームコロッケ、チキングリル、
チキンカツレツ、グラタン、ポークカツレツ、ポークソテー(以上2000円)
エビフライ(3000円)のメニューがあります。これは税抜きの価格。

洋食にしては高いけど、隣の席とはついたてで仕切られていて
お座敷でゆっくり食べられます。私はこういうの慣れてないので
逆に落ち着かなかったけど。森茉莉も好んだハンバーグを注文。

ヤフーグルメには「昭和初期の風情を放つ、異空間の和洋食」とあるが
部屋を見回してみると、建材の質感などが昭和初期〜30年代のレトロというよりは
昭和40年代後半に建った我が家と似てると思ったので、帰りに聞いてみたら
その頃に一度建て替えてこのビルになったそうだ(メニューは昔と変わらない)。
このまま15年位寝かせたら「昭和後期レトロ」として更にいい味出すんでないかい。

ヤフーグルメによるすこっと紹介
東京都世田谷区代沢2-29-14
電話 03-3421-2295  月曜休み
営業時間 11:30〜13:30、17:00〜21:00

下北沢スコット
下北沢駅前市場

そして今回もよく分からないまま下北沢の駅周辺を適当にうろうろ。
月天という古道具屋の店先に出ていた紺の前掛け(酒屋とかで使うやつ)
が使い途もないのにすごく欲しくなる。が諦めた。

あと、森茉莉の贅沢貧乏だかに出てくる駅前マアケットの
看板写真を撮ろうと見に行ったら、看板の文字が新しくなってて無念。
金色の立体的な文字で古くなってるの、あれがよかったんだけど。

chiwami403 at 22:38|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉 

2005年03月19日

タルホvs野坂のblog記事2件

森茉莉と関係ない話。

早稲田コラムWasedaSideWalk: 古書現世店番日記 3月13日(日)

↑この日記に出ている「野坂昭如と稲垣足穂の対談」って
「Hugo Strikes Back!」の記事「Taruho Kissing to Nosaka」
に写真が出てたやつかな。
花田紀凱の『編集者!』は読んでないけど、野坂もタルホも
ちゃんと本読んだことないけど、店番日記に引用された2人の
やりとりを思い浮かべ写真を見ると、一層感慨が深まるのであった。

ところで、古書現世店番日記の文中に出てきた
「セドリーヌ浅生」(セドリ時の浅生ハルミンさんの名前)
を見て思い出した、小伝馬町駅付近の看板。一字違うけど。

セドリーナ看板

古本屋で安く本が買えると嬉しく思う女性の皆様に是非見ていただきたく。
セドリーヌがシックなフランス娘なら、セドリーナは陽気なイタリア女とか(適当)。

古書店の人のblogや日記は、普段の仕事の様子とか業界内の交流とか
読んでて面白く、いいなあ楽しそうだなあと憧れると同時に自分には
絶対無理で勤まらないという現実を思い知らせてくれるありがたい存在。

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2005年03月18日

『官能小説家』の主人公は森茉莉のはず

現代文学会のサイトの2002年例会報告で
高橋源一郎のインタビューが掲載されてまして、

●第2部 〜我は一葉なるぞかし〜−『官能小説家』の周辺−

によると、当初の予定では森茉莉が主人公だったそうな。
あーあーどうして予定通りじゃなかったのかしら。
読んでみたかった。以下引用。

橋:(前略)で、非常に細かく考えたんですよ。で、主人公は正式には森茉莉。
森鴎外の娘が主人公。で、少女の森茉莉が新しい世界を求めていって、
まあその周り作家が多いんで。で、そのうち実は鴎外と漱石と明治天皇は
すごい仲良くて、その中であの、森茉莉と明治天皇が密かに恋をするっていう
そういう話を書くっていう予定だったんですよ。

菅:明治天皇のお相手は茉莉ちゃん。

高橋:茉莉ちゃん。

菅:そうですか。

高橋:うちの娘もマリちゃんなんですけど。で、そういう話の予定だったんですが、
これなんでやめちゃったんだっけな。

菅:何か、ものすごく読みたいかもって……。

高橋:ええ、いい話でしょう?

高橋:何かね、自分でどんどん話ができてしまいまして、で、そのまあ要するに
「ローマの休日」みたいな胸がキュンとする明治天皇が主人公の。まあ森茉莉とは
ちょっと年齢が離れてますが、ちょっとベタ(ベター?)な青春小説。甘酸っぱい
カルピスの香りとか言ったら、朝日の人が持ち上げて「それでいきましょう」と
言ったらですねえ、いざ書いたら明治天皇も出てこなけりゃ、茉莉ちゃんも出て
こないっていう。代わりに僕がでてきたっていう。(笑) 



官能小説家

chiwami403 at 23:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉 

2005年03月15日

森茉莉と菫色のインク

森茉莉が手紙に紫のインクを使っているってどこかに
書いてなかっただろうか、と該当箇所をお探しの方がいたので
道化は踊る2月18日記事「茉莉さんの紫のインク」

『記憶の絵』の「続・仏英和高等女学校」に菫色のインク
のくだりが出てくるのを思い出してその旨コメントしました。

その後、道化は踊る3月6日記事「続・茉莉さんの紫のインク」
フランスの小学校における紫のインクについて詳しく紹介。
もしかしたら森茉莉も使っていたかもしれない菫色の
インクの写真も出てます。

フランスで小学校時代のことを「菫色のインクの頃」って言うの
ロマンチックな響きですね。
日本だと、クーピー? ロケット鉛筆? 筋肉マン消しゴム? 
ジャポニカ学習帳? 何か情緒があるものはないのか。

ぱいたんさんのblog「道化は踊る」は、万年筆を主として文房具の話題。
私はインクのブランドまで考えたことなくて、森茉莉の作品読むのでも、
気になる箇所が人により違うのが面白く、記事読んでなるほどと感心。

【探索願】「万年筆で手紙を書く森茉莉」のエピソードを引続き探し中です。
お心当りのある方はぱいたんさんのblogかこちらのコメント欄にお願いします。

chiwami403 at 23:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉 

2005年03月14日

森茉莉の慰問袋

長谷川時雨の『随筆 きもの』(昭和14年実業之日本社発行)
の「四人の兵隊」という文章に森茉莉の名前。
どの程度の内容で戦争に協力的と見なされるのかは分からんけど
戦時下の話なので、読みたい人だけ↓
続きを読む

chiwami403 at 22:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉 

2005年03月13日

森茉莉が長谷川時雨を偲ぶ会に

長谷川時雨を調べてるときに『長谷川時雨 人と生涯』の「時雨の譜」
(甥の仁氏が時雨の生涯を語ったもの)に思いがけず森茉莉の名前を見つけた。

昭和三十一年七月七日丸の内日本工業倶楽部にて、円地文子、平林たい子、
佐多稲子など発起人となり十六年目の命日を控え「時雨を偲ぶ会」を開催、
大谷竹次郎、久保田万太郎、佐佐木茂索、白井喬二、平塚らいてう、生田花世、
村岡花子、横山美智子、森茉莉ら約六十名が集まり、故人をめぐる思い出を談合。


集まった人々の名前の最後のところに森茉莉。昭和31年というと、
『父の帽子』が出版される1年前で、いわゆる贅沢貧乏生活を
していた頃でないかと思われます。

時雨を偲ぶ有志の集まり「時雨会」は時雨の没後妹春子のもとに
設けられ、昭和17年に追悼記念会を行なっています。
戦後の昭和23年八年目の命日にも「知人有志多数墓参」とある。
この二つの集まりについては、参加者の具体的な名前はないものの、
森茉莉も参加していたかもしれません。

【ご参考】いのは画廊のサイトより長谷川春子作品(左下)
春子は鏑木清方、梅原龍三郎に師事、渡仏して藤田嗣治とも交流があった。


chiwami403 at 10:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉 

2005年03月12日

深川の鰻屋「宮川」と林芙美子と星占い

森茉莉がうなぎをつつきちらした深川の鰻屋、宮川は
林芙美子が生前最後に立ち寄った店でした。

キネマに立つ「溌剌 食人生 林芙美子」より引用)
芙美子は、銀座のいわし屋で、つみいれ、南蛮づけなどを少量ずつ
食べた後、私がごちそうするからと、高下さんを誘って深川の
「みやがわ」へ行き、大好物の鰻めしと車えびを食べ、お酒を飲んだ。
 それから3時間後、突然心臓を押さえて苦しみ出し、そのまま帰らぬ
人となったのである。最後の食事が、大好物の鰻だったーー。


宮川は現在はありませんが、銀座のいわしやは今もある(行ったことないけど)。

『半七捕物帳』にも宮川の鰻。

老人はどこかで午飯(ひるめし)を食おうと云い出した。
宮川(みやがわ)の鰻もきょうは混雑しているであろうから、
冬木(ふゆき)の蕎麦にしようと、誘われるままにゆくと、
わたしは冬木弁天の境内に連れ込まれた。
岡本綺堂 半七捕物帳 歩兵の髪切り


深川の鰻屋宮川の主人は宮川曼魚という江戸文学者で
この人の孫が、星占いのルネ・ヴァン・ダール・ワタナベです。
リンク先のプロフィール最後に曼魚のことが出ています。

私が初めて買った雑誌は少女漫画の『りぼん』だったが、当時の
星占いは確かこの人で、私はなぜかずっと女の人なんだと思っていた。

私立PDD図書館 ※宮川曼魚の項より引用)
 宮川 曼魚
  1886. 3.27(明治19)
  1957.11.16(昭和32)
  ◇随筆家・邦楽研究家。本名は渡辺兼次郎。東京日本橋の鰻屋
  (ウナギヤ)「喜代川」に生れ、深川門前町の同業「宮川」を継いだ。



林芙美子巴里の恋―巴里の小遣ひ帳 一九三二年の日記 夫への手紙

chiwami403 at 09:53|PermalinkComments(0)TrackBack(0)脱線