2005年05月

2005年05月31日

森田たま随筆で「ミルクがとよとよ」

長谷川時雨の着物の話が出ているというので気になり
ネットですぐに注文して買った森田たまの『絹の随筆』に

ミルクがとよとよ
匙からとよとよ


と引用されていて『記憶の絵』に出ていたアレだ! と一人喜ぶ。
「霜夜のおもひ」という文章で、コンデンスミルクを入れて
牛乳紅茶を作るというという話で引用し

子供のつくつた、こんな童謡があつた。コンデンスミルクを匙に
受けて、紅茶の中へたらしてゐると、いかにもとよとよといふ
感じがする。


と述べています。森茉莉の『記憶の絵』では「目白時代」で

岡本帰一の画の下の《缶のミルクがとよ、とよ》
という児童詩の通りにミルクがあふれ、


と大正時代の生活風景の描写の一部として出ています。
当時評判になったのかしら?

【ご参考】
作家 森田たまホームページ 年譜、書誌など。
くらげしょりん 特集・随筆家・森田たまの本
ネット古書店の海月書林による森田たま著書の紹介。

chiwami403 at 22:26|PermalinkComments(2)TrackBack(0)森茉莉 

2005年05月29日

獅子文六『ドイツの執念』と益田孝

地下室の古書展の最終日に買った獅子文六の『ドイツの執念』
読み終わった。西秋書店様、いい本が安かったので感謝感激です。
「国外に取材した小説」を集めた本で、森茉莉がパリにいたころの
留学生がどんな生活してたのかも、なんとなく偲ばれます。
電車の中で読んだら、何かすごく誤解されそうな題と装丁だ。

装丁は益田義信で益田孝の孫。『白洲正子自伝』は正子本人よりも
鈍翁益田孝のエピソードと写真が印象に残った。じいさんフェチなのか私。
白洲正子と孫を結婚させたがっていたって、益田義信だったのかな?

【老】じいさんな益田孝 ※頁の真ん中あたり。
切られた絵巻をみる:歴史のかたち:文化 伝統 : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
三十六歌仙絵巻を切り売りしたのはこの人だったのか。へぇー。

【若】ちょんまげの益田孝 ※右上の写真。仙人のような上の写真とは別人。
明治学院サイトの「ヘボン塾で学んだ人々」

『白洲正子自伝』の鈍翁写真頁を久しぶりに見たら、獅子文六の随筆に時々
白洲正子の父が出てくる(大磯でご近所らしい)と書いてあるのに気が付いた。

獅子文六『ドイツの執念』

chiwami403 at 23:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0)脱線 

2005年05月26日

他のblogの森茉莉記事いくつか

■Hugo Strikes Back! の5月17日記事。
森茉莉 漱石のユウモアは暗い小説の中にも

『本の本』に掲載された夏目漱石についての文章を転載。
記事の追記に森茉莉の勘違いのことが出ています。
私は国文学科卒なのに漱石をちゃんと読んでないので
指摘されても全然分からず。森茉莉絶賛の『我輩は猫である』
も途中で読むのをやめてしまったくらい根気がない。

■下北沢「アラビカ」での森茉莉の目撃談
感覚Photo日記 4月28日記事『貧乏サヴァラン』という響きが好き

記事の最後に森茉莉が好きだということが書いてあるのですが、
コメント欄に森茉莉のアラビカでの目撃談があるので引用。
原稿用紙じゃなくて大学ノートか。力強い文字っていうのもいいな。

今から30年くらい前のことですが、小生たちが学生の頃、下北沢に住んでいて、
近くの「アラビカ」という喫茶店でよくみかけました。いつも、古い大学ノートを
前にして、不似合いなくらい力強い文字で何かを書いていらっしゃいました。
そうそう、あの人が、森鴎外の・・、という感じでした。


森茉莉でblog検索をしていると、森茉莉の作品や生き方が好きだ、
という記事は思ったより多い。森茉莉が広く読まれているというよりも
自分も含めて森茉莉好きは「自分が好きなものは何であるか書きたがる」
という傾向があるんじゃないかと思う。例えば幸田文愛読者などと比べて。

文豪レストラン 5月19日記事「森茉莉のロシア・サラダ」

ロシア・サラダは私も作ったことあるけど、野菜の大きさは
てんでんばらばら、小さい丼鉢にてんこもりという
情緒に欠けた盛り付けで、あった(不器用で料理下手)。
このロシア・サラダは、もう一つの記事の写真と文章のイメージもあって
ここちよいくらし系ほっこりクウネルおうちカフェボサノバ風味っぽい。

ロシアサラダは他のblogでも写真見かけたので再検索した。
プルート通信 1月19日記事 森茉莉の料理
ここのロシアサラダはタラを焼いてあります。茹でるよりいいかも。

ここのblogで印象に残ったのは、鴎外と森茉莉を星座占いで
語っている所。言われてみればそんなような気がする。
山羊座の鴎外と娘・茉莉1 からその部分引用。

山羊座の特色といえば…
自立している、他者を気にしない、チャラチャラしていない、
頑固というより時に頑迷、努力するナルシストということですが、
この2人はまさに山羊座的といえましょう。


chiwami403 at 22:21|PermalinkComments(10)TrackBack(0)森茉莉 

2005年05月24日

三鷹の古書上々堂が森茉莉のエッセイ募集中

三鷹の古書上々堂が森茉莉の命日に寄せて
森茉莉や作品にについてのエッセイ募集しています。

5月21日記事 マリア忌によせて。 エッセイを募集します!
応募はリンク先の記事にあるメールアドレスにどうぞ。

森茉莉の行った店とか場所とかにせっせと足を運ぶわりには
お墓参りには行ったことがない。作品には出てこないからか?

三鷹といえば山本有三記念館を見に行っただけで、駅前の
古本屋に銅張りの戸袋があったのが印象に残っている。

三鷹古本屋戸袋(鳥つき)

chiwami403 at 23:21|PermalinkComments(2)TrackBack(0)森茉莉 

2005年05月22日

パリのプリュニエで魚料理

森茉莉の作品に出てくるパリの店で、ピネ靴店よりも
気になるのが魚料理のプリュニエ。色気より食い気。

薄暗い階段を上ると壁紙の模様もわからない位に燻んだ、
飾りのない部屋に入る。窓の外には薄水色の巴里の町が沈んでいる。
いつも一番はじめは生牡蠣で、一打ずつ誂えるが、一打で済んだことはない。

生牡蠣を十分たべると次は浅蜊貝入りのピラッフをとる。
次はサラド・ロメエヌ。(中略)それで終りで、あとは濃い
珈琲と果物とチイズである。 (『記憶の絵』「続・巴里の食物」より)


一打の「打」のルビは「ダース」。珈琲のルビは「キャフェ」。
改めて読んでみると、牡蠣と浅蜊だけなのか魚介類は。

獅子文六の『私の食べ歩き』に載っていた「パリを食う」で
パリのレストランを紹介していて最後にプリュニエの項がある。
文六は森茉莉と同じ頃にパリに住んでいたけど、その後もパリを訪れた
ようなのでいつ頃のプリュニエのことなのかは不明。
日本人旅行者を含む外国人旅行者がよく訪れると書いてあります。

プリュニエは現在もあるらしい。フランスの店紹介サイト(?)から。
Reserve The Best - Restaurant Prunier
フランス語読めないのでよくわからない。奥に見えるのは水槽? 

プリュニエで食事をした人の旅日記↓ 高いけどおいしそうで羨ましい。
ミシュラン一つ星のシーフード 「プルニエ」(パリ、フランス)

高峰秀子の『おいしい人間』にもプリュニエの名前。
「梅原龍三郎と、キャビア」という文章にプリュニエでキャビアを
ぞんぶんに食べたことがあるという話が出ていた。たぶん戦後のこと。

以前HOUSE OF SHISEIDO の資料書棚に置いてあった
『パリ・日本人の心象地図』にもプリュニエを紹介する
頁があって、確か昔の建物の写真が掲載されていた。
パリにいた日本人についての本なので、森茉莉のことも少し出ていた。


おいしい人間


私の食べ歩き

chiwami403 at 19:36|PermalinkComments(2)TrackBack(0)森茉莉 

2005年05月18日

想い出はPinet靴店の靴である

想い出はPinet靴店の靴である。
年が十九で、巴里で、春だった。
(中略)
ピネの店員は、どこかの国の、娘のような奥さんが既製品の
ブラウスにスカアトで来て、自分の店で最高の靴を買って行くのを、
にっこり、見送った。 (「靴の話」『私の美の世界』)


森茉莉のパリといえば、匙ですくったウフ・ジュレに、プリュニエの魚料理、
エドモンのいるカフェ・ラビラント、などなどその店に実際行ったこともないのに、
森茉莉の文章からの想像だけでイメエジが膨らみ美化されているので、あった。

ピネ靴店もその一つで、ピネの靴といえば窓辺に飾った立派な見本靴である。
今はもうなくなってしまった店なのではと勝手に思い込んでいたけど、
何でも検索してみるもんで、マドレーヌ通り一番地にピネ靴店は今もあるみたい。

フランソワ・ピネ パリ店 パリの靴屋・シューズ・ショップ

「コレクション」のところでフランソワ・ピネのロゴをクリックすると
ハイヒールやブーツなどの写真が見られます。日本には輸入されてないのかな。

パリ情報満載の旅行Webマガジン パリスムーズ という
パリの買い物・食事・お土産案内ガイドのコンテンツの一部のようです。

chiwami403 at 22:19|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉 

2005年05月15日

森茉莉の歯医者通いとビルの豚

以前紹介したけど
古本ねこやが売りに出した(?)
「週刊新潮 昭和36年 通巻255号〜305号揃い」の内容詳細


の「掲示板より」に森茉莉の伝言が出ている。

森茉莉・戦前日比谷の大阪ビル二階で歯科医を開業されていた
鈴木操さんの消息乞う・歯の治療がしたいので


これは『記憶の絵』の「歯医者」に出てくる人。

内幸町の大阪ビルの二階に治療室を持っていた、鈴木操さんという
歯医者に通ったのはもう二十年以上前のことである。


講談社文芸文庫の年譜を見ると『記憶の絵』の連載は昭和41年。
昭和36年に掲示板で呼びかけて、鈴木さんは見つかったのだろうか。

内幸町の大阪ビルは文藝春秋の事務所があった所で、
地下のレインボウグリルは作家の社交場になっていたようだ。
このビルは近代文学史に輝かしい名を残しているのだが
壁の上部に石のブタがくっついているというヘンな建物であった。

このブタは文春文庫ビジュアル版の『建築探偵術入門』の表紙になってて、
もう絶版みたいだけど、都内と横浜の近代建築ガイドとして手軽な本です。
あと『建築探偵 東奔西走』(朝日文庫)でも紹介されています。
大阪ビルは既に取り壊され新しいビルが建ってるけど、石のブタさん他
ガーゴイル(?)の一部がビル横の広場で余生を送っています。

確か吉田健一が文藝春秋の前で物乞いやってたことを書いてたな、
と思い出して探したのだが、講談社文芸文庫『三文紳士』の
「乞食時代」には「内幸町の幸ビルの入り口で」とあった。
石のブタの下で吉田健一が……と楽しみにしてたのだが、残念。
【ご参考】文藝春秋の足跡を歩く
によると、大阪ビルは昭和2年から昭和21年6月まで使用。

大阪ビルの滝?

大阪ビルのブタ

chiwami403 at 20:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉 

2005年05月14日

『本の本』記事に追記・不忍ブックストリートマップ

一箱古本市でもらいそびれた「不忍ブックストリートマップ」を
地下室の古書展で入手。
谷根千地域に行っても、なんかよく分からないまま適当に歩き回って
帰って来るだけだったので、次行くときは持って行こう。軽いし。
街歩きで地図の縮尺とか住所の番地とかあまり気にしないので、
こういうイラストマップのほうが街を把握できそうな感じがする。

個人的には「よみせ通り」のノコギリ屋根の工場の絵が出ていて
うれしい。近代建築を熱心に見ている小道さんと「あの工場はけっこう
古いのではないか」って話をしたことがあったので。屋根のギザギザいいなあ。

『本の本』掲載の森茉莉文章とインタビュー に追記

■追記
5月5日記事 森茉莉×金井美恵子×奥野健男 鼎談
1976年に下北沢のすこっとで行なわれた対談のスキャン画像有。

スキャン画像出してくれたご好意に感謝し、心ゆくまで読みましょう。
森茉莉の写真もあるが、最後の注によると新潮社所有のもので
『森茉莉 贅沢貧乏暮らし』の表紙写真と同じ服装です。

「丹羽文雄の顔は大正時代に流行ったかわいい女給さん
みたいな顔をしているからイヤなの。」って発言がすごい。
(目がパッチリしてポッチャリしたのが嫌という意味らしい)

女の業を描く女流作家は好きでないが、円地文子の作品は
偉い男の作家が上から見ている感じで『女坂』などは良い、
という発言。河出の森茉莉ムック本で編集者の小島氏が円地文子と
森茉莉を比較していたので、気になる発言だ。

芥川龍之介と太宰治は好きでない、ときっぱり言っています。
「女学生にわあーって言われるような気取りがあってやなのね」
夏目漱石も『こころ』『虞美人草』はキザでまいってしまう、と。
妹のアンヌは確か太宰が好きと書いていたけど、好みが違うんだな。

漫画では石森章太郎が好きらしい。加山雄三や長谷川一夫は嫌いとか
ドッキリチャンネルに通じるような話も出ていて、つっこみ所多数。

chiwami403 at 21:35|PermalinkComments(0)TrackBack(1)脱線 

2005年05月08日

地下室の古書展で小堀杏奴『回想』を買う

アンダーグラウンド・ブック・カフェに行ってきた。
西秋書店で小堀杏奴『回想』、辰野隆『随筆選集』、
村上元三『四百字三十年』を買う。

アンヌの本は角川(ルビが「カドカハ」)書店から昭和22年に
出たもので、戦前に発表された文章や、パリ渡航時に
コロンボから母しげに宛てた手紙などが載っています。

本を見ていたら、西秋書店の方に声をかけていただいた。
先日出店した一箱古本市にもいらしてたそうで、話を伺って
ひたすら恐縮する。次回地下室の古書展も楽しみにしております。

この古書展で日用帳のふじたさんと新・読前読後のかねたくさん
に初めてお目にかかる。ふじたさんに差し上げる本があり、
喫茶店でお二人に本の話やサイトの話を伺い、ここでも恐縮。
そのわりに、初対面なのに調子に乗って馴れ馴れしく喋りまくったが。
よっぽど浮かれていたらしく、帰りの電車で定期券持ってるのに
なぜか回数券を購入しそれで入場してしまう。何やってんだろう。


退屈男さんのこの日のblogを見ると、同じ時間に会場
(受付ロビー兼カフェスペース)にいたのかも?

chiwami403 at 23:17|PermalinkComments(7)TrackBack(0)脱線 

『本の本』掲載の森茉莉文章とインタビュー

Hugo Strikes Back! に『本の本』掲載された森茉莉の文章や
インタビュー記事が一部転載されています。ありがたやー。

4月25日記事 森茉莉 藻羅は今代沢のアパルトマンで……
自己陶酔っぷりとパッパ礼賛がすごいな。デビューしたての
頃とか『私の美男子論』の対談よりも症状の進行が激しい。

翌々日のこうさぎGernsbackの発言が上記記事関連。偉いぞこうさぎ。

4月27日記事 森茉莉 私の聴いた童話 - 清心丹の香ひの中で
私は新仮名の文庫本しか持ってないんだけど、旧仮名だと雰囲気あるなあと思う。

4月28日記事 森茉莉 シャーロック・ホオムズ
妄想半分だけど、よくもまあ色々覚えてるもんだ。
「ホオムズの下宿の夫人の造らへた冷たい鴨料理がたべてみたい」
も森茉莉らしい。

4月30日記事 森茉莉 楽しい本
作家の宇野浩二について。リンク先でも言われてますが、
そこまで言うか、森茉莉。何か恨みでもあるのか、森茉莉。
そしてそこまで言われてしまう宇野浩二の顔って一体、と思って検索。

若い宇野浩二:聴泉閣かめやのサイト(下のほうに宿泊した作家の写真)
晩年の宇野浩二:sionnのホームページ 作家と作品
※※ ↑注意! リンク先開くと音楽流れます ※※ 

この2枚の写真見た限りでは全然そんな感じはしないのだが。
よく分からん。

■追記
5月5日記事 森茉莉×金井美恵子×奥野健男 鼎談
1976年に下北沢のすこっとで行なわれた対談のスキャン画像有。

スキャン画像出してくれたご好意に感謝し、心ゆくまで読みましょう。
森茉莉の写真もあるが、最後の注によると新潮社所有のもので
『森茉莉 贅沢貧乏暮らし』の表紙写真と同じ服装です。

「丹羽文雄の顔は大正時代に流行ったかわいい女給さん
みたいな顔をしているからイヤなの。」って発言がすごい。
(目がパッチリしてポッチャリしたのが嫌という意味らしい)

女の業を描く女流作家は好きでないが、円地文子の作品は
偉い男の作家が上から見ている感じで『女坂』などは良い、
という発言。河出の森茉莉ムック本で編集者の小島氏が円地文子と
森茉莉を比較していたので、気になる発言だ。

芥川龍之介と太宰治は好きでない、ときっぱり言っています。
「女学生にわあーって言われるような気取りがあってやなのね」
夏目漱石も『こころ』『虞美人草』はキザでまいってしまう、と。
妹のアンヌは確か太宰が好きと書いていたけど、好みが違うんだな。

漫画では石森章太郎が好きらしい。加山雄三や長谷川一夫は嫌いとか
ドッキリチャンネルに通じるような話も出ていて、つっこみ所多数。

chiwami403 at 13:36|PermalinkComments(2)TrackBack(0)森茉莉