2005年07月

2005年07月28日

小堀杏奴と鴎外三十三回忌

忘れものを取りに行った日に喫茶店邪宗門で注文したのは

@nifty:デイリーポータルZ:「引田天功マジック」と
「あんみつコーヒー」の喫茶『邪宗門』


を見て気になっていた、あんみつコーヒー700円。
一体どんな味なんだと思っていたが、意外と合うような。

前回お店で見たときに気になっていた、小堀杏奴の
『小さな恋人』(河出書房新書)を食後見せてもらう。
大体は家族についてのエッセイで、杏奴の語る息子娘話には興味なくて
(すみません)読み飛ばしていたが『鴎外三十三回忌』という文章を見つけて
一部書き写してきた。文章の最後には1954年9月とある。

私は事情あつて、朝のうち三鷹にある両親の墓に詣でたのみで、
除幕式に参列する事は遠慮したからである。


鴎外記念碑の除幕式には、喪主オットー兄さんの諒解を受けて杏奴は
欠席していたのだった。理由は「親戚間の、ごく内輪の問題である」
と具体的には書いていないけど、弟の類が書いた本のことかな?

となると、私は見ていないけれど、野田宇太郎記念館所蔵の
「杏奴+幸田文写真」(野田撮影の写真は森茉莉でなく小堀杏奴参照
は記念碑除幕式の日ではなく、別の集まりで撮影されたものだということで。


chiwami403 at 20:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉 

2005年07月26日

森茉莉の真似で渋谷からバスで淡島へ

森茉莉は、淡島―渋谷間のバスによく乗っていた、というのを
森茉莉ドット文学館のイベントで代沢ハウス周辺を歩いていたときに
白川さんや森茉莉の姪五百さんから伺って、気になっていた。

そのイベントの時の会場、喫茶店の邪宗門に忘れ物をしたので
渋谷駅から淡島までバスに乗って邪宗門まで行ってきました。
東急プラザ前のバス停から「渋51系統」の淡島経由若林折返所行き
に乗る。普段は電車の移動が多いけど、ちょっと泉麻人な気分だ。

渋谷発若林折返所行き時刻表 ←時刻表見るのも不要なほど多発。

渋谷駅を出て国道246号線を神奈川方面へ向かい、神泉町の交差点
で右折、さらに左斜め奥の淡島通りに入り、ひたすら直進すると
10分ちょっとで淡島営業所に着きます。意外に近いです。
バス停の前に森茉莉が世話になっていたという電気屋があります。

電気屋の横に川(森茉莉がセーターを捨てた)があるので、それと
平行に走っている道を進むと、左手に代沢ハウス、その先には
倉運荘があった場所。更に進み右側に代沢湯。茶沢通りを越え、
鎌倉橋南の信号で左折すると喫茶店邪宗門があります。

森茉莉ゆかりの場所を見ながら邪宗門に行けるし、下北沢からの
歩きに自信のない人にも良さそう。下北沢は帰りに寄ってもいいし。

地図と解説は以下。続きを読む

chiwami403 at 19:03|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉 

2005年07月23日

コロナ・ブックス『作家の食卓』に森茉莉

海月書林の日記で知った『作家の食卓』に森茉莉の項があります。
本屋で見てみたら、邪宗門の写真や店主さんの談話が主で、『太陽』の
特集での紹介と似ていた。作道さんへの手紙の引用もありましたが。

作家の食べ物話が好きな人には楽しく読めそうな内容です。
Internal:はちみつの陶酔 に内容の一部が書き出してあります。

今日の地震があったとき人形町にいて、茅場町経由で日本橋まで歩き→
日本橋〜新橋を都営地下鉄→新橋〜渋谷まで徒歩→私鉄乗り継ぎで帰宅。
新橋〜渋谷を通しで歩くは初めてだけど意外と歩けるもんだなと思った。疲れた。


作家の食卓

chiwami403 at 22:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉 

2005年07月21日

森茉莉の「大和村の家」周辺を訪ねる・2

離婚直前の森茉莉が住んでいた大和村(現・大和郷)探訪。
駒込駅で下車して、駒込橋を渡り六義園へ。

【ご参考】
東京都公園協会 : 都立公園・庭園案内 :六義園
電脳六義園通信所
(文京区在住の装丁専門デザイナーによる私設案内サイト)

駒込駅前の駒込橋ですが、六義園と反対側の道沿いに、昔の駒込橋の
親柱と欄干が一部移築されています。森茉莉が住んでた時代のものかは不明。

六義園は前の記事にも書いたけど明治以後は三菱の所有で、
別邸として使われていた。東京都に寄付されたのが昭和13年。
森茉莉の「幼い日々」でパッパと出かけた場所の一つに「岩崎さんのお庭」が
あって(文芸文庫だと35頁2行目)、私は湯島にある岩崎邸だと思っていたのだが
(戦争後の接収で当時の面影はないけど庭が広い)森茉莉の言う「岩崎さんのお庭」
は一般公開していない時代の六義園だったのかもしれません。

私が行ったときは着物の女性たちが来ていました。茶室もあるのです。
入園料300円。都内とは思えないほどのんびりしてます。近所の人羨ましい。

六義園を出てから高級住宅地・大和郷をうろうろする。
ライト風の洋風住宅やスクラッチタイルの塀がある家も見たけど
古い家はあまりなくて、森茉莉が住んでたときとは雰囲気変わってそう。
といっても高級住宅地なので、こんな場違いな人間がカメラ片手に
徘徊していると目立ちます。人通りも少ないし。

前の記事の「巣鴨百選」の誌面に昔の地図のようなものがでているので
社団法人大和郷に聞けば、もしかしたら山田珠樹邸の場所は判明するかも
しれないけど、私はそこまでしなくても、とりあえず現地に来ただけで満足。

昔の駒込橋
昔の駒込橋

六義園

大和村の黒猫
大和村にいた黒猫

chiwami403 at 20:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉 

2005年07月19日

森茉莉の「大和村の家」周辺を訪ねる

駒込駅から橋を渡って線路づたいに右へ入り、
少し行って左に曲ると、大和村と称する分譲地があり、
大きな屋敷ばかりが既に七分通り建ち並んでいた。
その中の一つが、陽朔の建てた今度の山田珠樹の家である。
『記憶の絵』所収「大和村の家」


駒込って行ったことがないけれど、一体どのあたりだったのかと
「大和村」でぐぐったら「大和郷」という名称の高級住宅地であった。
都内なのに村と呼ぶのは紛らわしいのでその後改称したらしい。

小石川後楽園とともに江戸二大庭園と言われていた六義園は
明治に入ってから三菱の所有になっていたが、大正時代に
岩崎久弥が六義園周辺を住宅地として分譲したのが大和村。

とあるマンション分譲会社のサイトによる説明↓
(リンク切れにつきgoogleのキャッシュから無断拝借)

特別名勝「六義園」に抱かれた歴史深き街、「大和郷」。

大正期、本駒込界隈は、特別名勝「六義園」の北と西側一帯に広がる
お屋敷街の総称として、大和郷(やまとむら)と云われていました。
大正14年、社団法人「大和村」が発足しますが、その後『大和郷』と
改称され、帝大教授、財界人、政治家の名士が住む、特別街区が形成されたのです。
近年、美智子皇后が雙葉受験のために、俵孝太郎氏の旧居に一時移り住んだことは
昭和の記憶に留められています。


美智子皇后が大和郷に一時期お住まいだったのは、この社団法人大和村が
経営している「大和郷幼稚園」に通っていたからで、名門のようだ。
今はいわゆるお受験幼稚園でもあるみたい。別世界の話だなあ。

巣鴨百選の特集 :「大和郷」今昔物語

こんなところに家を建ててくれるなんて、山田陽朔は金持ちだったのね。
六義園も見てみたいし、大和郷を探訪してようということで行ってきました。
といっても行ったのは去年の6月の話。

記事最初で引用した森茉莉による道順案内を、地図に入れてみました。
具体的な場所はわからないけど、こんな感じか? 

駒込駅と六義園周辺


ザ・幼稚園―合格大事典 (2006年度版)

chiwami403 at 21:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉 

2005年07月17日

鎌倉にて自主的古本道場

逗子に住んでいる友達夫婦の家に行く前に、鎌倉で寄り道して
古本屋へ行く。『古本道場』読者実践編、或いはセルフ古本道場。
ついでに古本とは関係ない立寄り処、そして結局食い気に走る。

ポプラビーチのバックナンバー
ポプラビーチ 古本道場 第二十回いざ鎌倉(前編)
ポプラビーチ 古本道場 第二十一回いざ鎌倉(後編)
ポプラビーチ 古本道場 第二十二回 鎌倉よなぜ、夢のような虹を遠ざける

鎌倉駅西口を出て左側にある御成通を直進、つきあたりを右折して
しばらく歩くと右側に公文堂。向かい側から見ると看板建築だった。

高見順、里見とん(弓+享)、円地文子、永井龍男など
文芸書の棚にいいなあと思う本が色々あって、財布と相談のうえ
『毒舌文壇史』(今東光/1350円)を買う。

他に森茉莉の本に名前が出てくる作家で気になるテーマの随筆があるのを
知るが購入せず。が、帰宅して後悔した。買うぞ買うぞ徹底的に買うぞ
と決意。たぶん森茉莉のことは書いてないと思うけど。
店を出て数件先の「こすず」はわらびもちが有名なので食べる。525円。

来た道を引き返して鎌倉駅まで。戦前の洋風建築で御成通の安保医院は
鎌倉風致保存会
が事務所として使っていて、無料で見学ができます。
元小児科で、待合室や診察室にある絵や天井の細工など、端々に子供への
愛を感じます。が、係の人がすごく面倒くさそうな態度なのが難点。

鎌倉駅を越えて東口側へ行き、混んでいる小町通を歩き藝林荘へ向かう。
店の外の均一棚で『うちの宿六』(昭和30年発行、文藝春秋新社の新書版)
を買う。店内にある徳川夢声の随筆や対談本が気になる。木犀堂では何も買わず、
四季書林と游古洞には寄れず。でも鳩サブレ―と鯵の押寿司買うのは忘れない。

本に全然関係ない話だけど、友達の旦那さんが、○の中に「げ」のマークがある
Tシャツを着ていたので聞いてみたら「げんべい」というビーチサンダル屋で有名な
履物屋のものだという。海岸に遊びに行ったときビーチサンダル借りたら歩きやすい。
先月買ったけどビーチサンダル擦れ(?)してしまったハワイアナスよりもこっちの
ほうがいいなあ。南米産より安いし。ビバ国産。

写真は安保小児科医院待合室の絵。
太陽のほほえみがたまらない(クリックで拡大)
安保小児医院待合室の絵

安保小児科待合室の天井
天井にウサギとにんじん。
ここから照明が吊られています。
診察室の天井には鶴(かなり立体的)がいる。


chiwami403 at 18:57|PermalinkComments(4)TrackBack(1)脱線 

2005年07月14日

渋谷の洋食レンカが消えていた

安売りの酒屋の前を通りかかったついでに見てみたら
ウィルキンソンのジンジャエールがあったので購入。
うねうねしてる緑の壜もいい感じです。78円だった。

ここから森茉莉に関係ない話。

以前「マリアとジャックのロシア料理」という記事のついでに
109裏の洋食「レンカ」」(2004年06月02日)というのを
書いたんですが、今日見たら既に店がなかった。がーん。
隣の美美薬局も恋文横丁の看板も同様で、ボウリング場(※注)になるそうな。
去年の冬から店閉まってて、隣も更地になってたから覚悟はしてたけど、
ああああビーフシチュー食べときゃよかったなああああ。

※ボウリングのピンの着ぐるみ着用したモデルさんがにっこり
 ほほえむという広告が近所の駅にあります。怖いです。

ここの600円の日替わりランチは素晴らしくて、もちろん手作り、
ライスおかわり自由、テーブルにはふりかけが置いてあり、
ごはんの友(納豆、焼き海苔、キムチ、梅干し)追加は50円、
320円プラスでライスをカレーライスかハヤシライスに変えられたのです。
もちろん600円だからといって安かろう悪かろうじゃなくて美味。
座席もゆったりしてて渋谷なのに静かでよかったんだけどな。

八重洲のブルーベル(ここも洋食)も、以前久しぶりに行ったら消滅
していてすんごいショックであったが、気安く入れる洋食の店がまたしても。
ブルーベルはオムレツが美味でした。いつもテーブル席でそっけなくしてたけど
本当はカウンターにかぶりつきでオムレツ作ってる姿を見たかったんだよう!

オムレツの写真があるblog記事→最期の客になるという事 ブルーベル@京橋

写真はレンカの600円ランチ(ポークピカタ)。
優雅なスープ皿に入っていたのは豚汁であった。

渋谷レンカのランチ

chiwami403 at 22:18|PermalinkComments(5)TrackBack(0)脱線 

2005年07月13日

森茉莉とウィルキンソン炭酸水

森茉莉でblog検索をしていたら、ウィルキンソン炭酸水をめぐる謎
で、『甘い蜜の部屋』にウィルキンソン炭酸水が出てくるが
今でもこの炭酸水は製造していて入手可、という記事を読んだ。
私は全然覚えていなかったので、へえーと思って色々検索。

私が覚えているのは、幼い頃病弱で炭酸水を飲まされたが、
杏奴がこっそり飲んでいたって話。ウィルキンソンだったのだろうか。

又私は腎臓炎をやって、サイダーを日に大洋杯(おおコップ)に四杯も
飲まされて弱っていたが、妹は女中がサイダーの盆を運ぶのを見つけると、
どこかに潜んでいて、女中が出て行くとそっと廊下を通りかかる。
そうして電光石火部屋に入って来て、サイダーの大洋杯を平らげてくれた。
『記憶の絵』「お刺身とサイダー」より


日本ミネラルウォーター史によると、ウィルキンソン炭酸の発売は
1889年。六甲山に湧く天然炭酸水を利用したもの。舶来物じゃなかったのか。
別のサイトを見たら、今の炭酸水は天然水ではないらしいけれど、
森茉莉も飲んだ(かもしれない)んなら探して飲んでみよう。

ウィルキンソンさんの写真と当時の商品写真(?)。
ウィルキンソンタンサン鉱泉株式会社工場跡地

↑は、阪神国道事務所の道路周辺案内の一部で、元の地図はこちら。
事業概要|一般国道176号名塩道路|名塩道路周辺の魅力スポット

現在ではジンジャエールが有名みたいです、ウィルキンソン。
カナダドライよりも濃いっていうんで飲んだことあったような気がする。
ジンジャエールであってジンジャ「ー」エールじゃないんだってさ。
濃い緑色の壜が森茉莉好みっぽいと思いました。愛好会もあるとはすごい。
(ご参考)ウィルキンソン・ジンジャエール愛好会

リンク先の「トピックス」に炭酸水の工場跡地写真が出ています。
産業遺産萌えなので見てみたいが、今はもうマンションが建って
しまったそうで残念。 「ご近所のウイルキンソン炭酸泉について
には取水口の写真が出ています。マンサール屋根の建物もかわいいなあ。

現在はアサヒ飲料で製造販売しています。
ご参考:アサヒ飲料 | ウィルキンソン | ブランド紹介

chiwami403 at 21:45|PermalinkComments(7)TrackBack(0)森茉莉 

2005年07月11日

横浜都市発展記念館に花月園の地図と写真

森茉莉に関係ない話。どっちかといえば長谷川時雨。

昔の建物を利用した博物館なので気になって訪れた
横浜都市発展記念館。横浜の都市と文化を紹介するコーナーで
鶴見の遊園地花月園を紹介していた。 

ヨコハマを遊ぶ〜横浜都市発展記念館
の一番下に地図が出ている。他に園内の写真絵葉書もあった。

岡崎武志さんが去年の秋ごろ花月園について調べていたのを、
均一小僧日誌(バックナンバーはこちら)で読んでいたので
「これが花月園かー」と感慨深かった。
長谷川時雨が住んでいた鶴見の料亭花香苑は、花月園の隣にあったので
花月園の話に花香苑は出てこないけど、気になっていたのです。
私も1月に鶴見と花月園周辺に行ったけど、花香苑の面影は全然なかった。

花月園のオーナー平岡広高は新橋の料亭花月を経営していて
長谷川時雨の評伝にも花月の名前は出てくるのだが、検索で見つけた
書庫明治4 の751と752によると、目黒競馬場の馬券密売で罰金刑になっていた。
目黒競馬場は寄生虫博物館の近くにかつてあり、当時のレース場の曲線が
現在の道路に一部残っているそうなので、二重に気になるニュースだ。

歴史を訪ねて 目黒競馬場(2)
に当時のレース場と現在の地図の解説が出ています。

岡崎武志さんが日記で書いていた鶴見線の国道駅は、2002年に
近代建築好きの人たちと一緒に見学したことがあり、探したら写真があった。
Googleのイメージ検索「国道駅」みるとわらわら出てきます。

国道駅外側。信号の奥が入口です。
国道駅外側

左側が確か改札だった。昔はデパートだったって本当だろか。
国道駅

chiwami403 at 21:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)脱線 

2005年07月10日

『甘い蜜の部屋』におけるモイラと苺

7月4日記事「森茉莉に苺の食べ方を聞かれたら」
森茉莉に苺の食べ方を聞かれた松田素子さんは編集者で(〇仮函法
同性同名の童話作家の松田さん(∋仮函砲箸亙命佑任△辰拭

(埆玄圓両湘珍濃劼気
 紀伊国屋サイトによる著者紹介によると、MOEの編集長を経て
 現在は児童文学関係の企画編集、翻訳、創作など。
 古書上々堂7月5日記事「カミナリの化石」にも経歴や著作の紹介。

童話作家の松田もとこさん(1996年に素子から改名)
 『おばあちゃんがいるといいのにな』などの作品

私は最初△凌佑抜違いしていました。
上々堂様、たびたびコメントいただきお手数おかけしました。

ところで『甘い蜜の部屋』を斜め読み中、モイラが苺を食べる場面を発見した。
モイラが天上守安と食事をして不機嫌になっていた場面で(ちくま文庫336頁)

扉が開いて、李が持ってきた盆の上に、五粒宛(ずつ)の苺を見出した
時だけは満足げに、脣の端をなめ、眼を大きくした。
「もう出たか、綺麗だ」
モイラは牛乳をかけるのを好むので、天上はそう言いながら牛乳を
壷からかけて遣り、自分の分のコンデンスミルクの容れ物を掌に取った。


モイラ=森茉莉ではないが、作者の好みは多少なりとも反映されて
いるのではないだろうかと考えて、とりあえず引用しておく。

chiwami403 at 11:50|PermalinkComments(0)TrackBack(0)森茉莉