2008年01月

2008年01月29日

森茉莉全集6ドッキリチャンネルと『鴎外の遺産』

森茉莉の本にこういうことが書いてあったとか、資料関係の話ではなく雑談です。
去年買った全集の「ドッキリチャンネル6」の巻読み終わった。

本当に同じ話の繰り返しが多くて正直疲れた。資生堂のソーダの話、
ブログに引用しようと付箋付けておいたら2箇所あった。
森茉莉全集持ってる人はみんなこれをちゃんと読んでいるのか。偉すぎる。
私は途中疲れて一部斜め読みにしてしまった。まだ7巻が残ってるよ!
今まで文庫版で、有名人の評価を「分かる分かる、なるほど」と読んでたけど、
全集で読んだら「うーん、森茉莉の好みはよく分からん」と思えてきた。
出てくる芸能人をあまり知らないからそう思うのかも。とりあえず最近の有名人
を「森茉莉も好きだろう(嫌いそう)」と勝手に想像するのはやめる。

「森進一のような美少年」が確かにあるはずなのに見つからない、
とナンシー関が書いていたことに改めてなるほどそうかと納得した。
以前、このブログの読者さんが「モイラのモデルは幼少の秋篠宮殿下」という
話を探してくれたけど、探すの大変だったろうにその節はありがとうございました。

それぞれの回のタイトルだけでもテキスト化してブログに出せば、
全集持ってない人に便利? でもタイトルにない話も多かったりするわけで。
巻末の註も丸写しはダメだろうけど、頁数と件名だけでもリストアップするとか。

テレビ番組や俳優女優の話はよく分からないけど、動物のテレビ番組話に
なごんだので「森茉莉がドッキリチャンネルで言及した動物一覧」リストを
作ったら楽しいだろうなーと思ったが実際やるかどうかは分からない。

ドッキリチャンネルを掲載した巻だけ買ったけど、他の巻は買いません。
作品索引だけコピーを手元に置いて、必要なときに図書館へ見に行くと
いうのを今後も続けます。

1年ほど前に同じ神奈川県内で引越しをしたんですが、今住んでる自治体では
森茉莉全集を所蔵していません。引越決まって真っ先に蔵書検索したけど
「全集ないんだ……」とけっこうショックでした。
が、先日館内をうろうろしていたら『鴎外の遺産』の全三巻が置いてあるのを
今頃発見した。二巻は既に持っているが、三巻は「買えないけど改めて読みたい」
と思っていたところなので嬉しい限り。森茉莉全集ないのは悲しいけれど。
森茉莉全集は別の自治体の図書館で見ています。

『鴎外の遺産』一巻の口絵に今まで見たことない母・しげの写真が掲載されていた。
横顔だけど、団子坂の記念室で見た写真よりは顔がはっきりしてると思います。
一巻は図書館でちょっと見ただけで、今は三巻借りて読んでます。通読は無理
だろうけど森茉莉に関係ありそうな部分だけでも。ブログに記事出すには少し
時間かかりそうです。

市町村の図書館では置いてないところもあるかもしれませんが、いくつか検索
したところ、都道府県立の図書館なら大抵『鴎外の遺産』は所蔵してるようです。

chiwami403 at 22:20|PermalinkComments(0) 森茉莉 

2008年01月26日

「降誕祭パアティー」で有吉佐和子のことを

先日の記事昭和29年の演劇界に森茉莉の聞き書き「父を語る」について。

年譜を見るためにパソコンの横に講談社文芸文庫『贅沢貧乏』
を置いてたのですが、さっきパラパラっとめくったら

マリアは住吉みわ子が偉くなる前に会ったことがあったが、

という文章が目に入ってきた(203ページ)。
前後の描写は各自お手持ちの本で見て下さい。

おそらく演劇界の聞き書きで会ったことを指してるのでは
ないかと思います。筑摩の全集に注は入ってるのだろうか。
この文庫は何回か読み返してたのに、全然覚えてなかった。



chiwami403 at 15:27|PermalinkComments(0) 森茉莉 

2008年01月18日

昭和29年の演劇界に森茉莉の聞き書き「父を語る」

雑誌「演劇界」に、有吉佐和子による森茉莉の聞き書きが載って
いるというので、日用帳のふじたさんよりコピーを頂戴しました。
昭和29年9月号ということで、森茉莉が『父の帽子』を出す前。
年譜によると、前年の昭和28年から暮しの手帖社で働いている。

歌舞伎や演劇関係には全く疎いので、貴重な資料を教えていただき、
ふじたさんには感謝の限り。

※※※※※※※※※※※※※※※※

有吉佐和子がこの雑誌に「父を語る」という連載をやっていて、
鴎外の演劇について聞くのに、娘の森茉莉に取材に行った形です。
タイトルは「森鴎外氏令嬢茉莉女史に訊く」。
夏の夕方に下北沢の駅近くの喫茶店で取材したらしい(風月堂?)。

作家の集まりに行ったときのことを書いた文章に有吉佐和子の
名前が出てくるけど、森茉莉が作家になる前に二人が会っていたとは。
検索して見た年譜によると、有吉佐和子は昭和6年生まれで、昭和27年
から『演劇界』の嘱託となって記事を書いていたらしい。

森茉莉が話した内容は、後に書いたエッセイと同じ話も多い。
鴎外の話よりも森茉莉の口調や自分のことを語った箇所が興味深い。

ここでは部分的な引用と自分が興味を持った点だけ列記しますが、
元の記事が掲載された『演劇界昭和29年9月号』を読みたい、という人も
多いでしょう。検索したところ、東京都中央図書館で所蔵&閲覧可でした。

以下、記事について。
・<>内が文章中の小見出し ・太線が記事からの引用部分
・「」内が森茉莉の発言(=それ以外の太線は有吉佐和子が書いた本文)
・太線になってないのは私の説明部分 ・記者=有吉佐和子

冒頭で文豪森鴎外の演劇関係における功績を紹介し、本題の森茉莉訪問。

「私は大変な恥ずかしがりやで、インタビューなんて、とても
とても……困ってしまいます……」
 記者も困惑する程、茉莉さんは最初から当惑しておいでになった。
「それに父の話なんて……。私の知っているパパと文学者の鴎外とは
全く切り離して考えていますので、記事になるようなまとまった話など
出来そうにもありません。父の業績の批判など、とても大きなことで、
私などには出来ることじゃないんです……」
 お年の割にして、声が子供のように若い。素朴なお人柄が、構わぬ
身装にすぐと知れる。偉大な父親を我物顔で語るには性格が謙遜すぎる
ようにお見受けした。


<先祖代々の医者>
鴎外の生まれた環境やドイツに留学するまでの経歴を紹介。
森茉莉は軍医と作家の両立について母親から聞いたことを
コメントしている。

<一躍、文壇に>
訳詩、小説『舞姫』などを文学作品を発表し始めたことについて、
紹介。森茉莉のコメントは

「父の文学作品については、不勉強な私は、まだまだ言うべき
資格を持ちません。
 本当なんです。これから読んで勉強して行きたいと思って
いますが、怠けもので、なかなかそこまで手がのびません」


<演劇にも>
弟・三木竹二の創刊した『歌舞伎』への寄稿、『ジョン・ガブリエル・
ボルクマン』の翻訳、文学博士の称号を得たことを紹介。
森茉莉は上川草人や衣川孔雀などが家に来ていたことを述べたあと

「幼い頃から私は芝居好きで、父に連れられてみた舞台を、随分
ちいさい時に観たものですのに、今以て、細々したところまで、
はっきりと覚えています」
 主として新劇、それもゲエテの"ファウスト″などの場面を懐かしく
追憶して、記者に楽しく語られるのを伺い
(後略)

以下、鴎外と文学の話をする年頃には結婚していたこと、鴎外が
亡くなった時はロンドンにいて帰国できなかったことを森茉莉が述べる。
森茉莉の夫が「作文学者、山田環氏」となっているのは誤植であろう。

<家庭の鴎外>

「本当に、私の覚えています父とのことどもは、ただ犬の仔のように
一緒に転がって遊んでいたというだけで、特別に何の話をしたという
憶い出は持たないのです」


など、森茉莉が作家になってから随筆で書いたことと重複するので省略。
母親と一緒にフランス語を習った話、几帳面だった話など。

<私のこと>
※森茉莉の発言全部引用は無理なので、発言内容を一部箇条書きにします

 茉莉さんは、最近は随筆家として専らされているが、十数年前には
劇評を書いておられたことがあると聞いているのでその話からうかがう。


演劇界の前身、演芸画報に昭和8年頃から劇評を書いていた件。

「(前略)劇評を書こうと思いましたのは、もともとものを書きたいと
という気は結婚する頃からありまして、小説まで行かぬ短いものを
書いては夫にだけ見せたりしていたのですが、芝居は好きでしょっちゅう
見ていましたから一番手早かったのでしょうか」


演芸画報で劇評を書いた経緯は森茉莉の話を箇条書きで。
・長谷川伸の「段七と春吉」を見て批評を書いて母親に見せた
・母親から勧められ、それを長谷川伸のところへ見せに行った
・長谷川伸からは、劇評だけで身を立てるのは難しいと言われたが
 演芸画報を紹介してくれたので、劇評を書くことになった
・劇評を書くのは好きだが、母親の没後は芝居をほとんど見ていない
・勉強家の杏奴に比べて自分は怠けものだから読書もなかなか進まないが
 書く上での成長はいつも考えていきたい

「劇評からは一応遠ざかっていますけれど、少女の頃から芽生えた
文筆への望みは、今も捨ててはおりません」


・与謝野晶子の雑誌「冬柏」に短い小説を発表、今でも雑誌や新聞に
随筆を書かせてもらっている

「まだまだ学ばねばならないことが沢山ありますし、ものを深くそのものの
奥まで見透せる眼も養わねばなりませんし、私は、これからです。今も
小説を書いていますが、勉強が足りないものですから、仲々先へは進みません」


・文学への志した動機が鴎外にあるかどうかは表立ってはいないが
潜在的にはそうかもしれない。
・文学としては荷風を尊敬、父の作品にそういう意味で親しむ気はない
・父の歴史小説に見られるきれいな文章を学びたい
・作家の森鴎外と、子供の頃に親しんだお父さんとは全く違う人二人だ

森茉莉の談話は以上。それを受けて有吉佐和子は

偉大なる父君の前で、同じ文筆を持つ森茉莉さんは、美しい謙遜と、
強い意志を示して、静かだが明るく、こう云われたのである。


と結んでいる。自分にとって一番の発見は
「長谷川伸に批評を見せに行ってそれがきっかけで演芸画報に執筆」
という点。筑摩書房の森茉莉全集の年譜では、昭和8年の項で劇評を
書き始めたことについて触れているが長谷川伸の名前は出て来ない。
森茉莉本人も後年長谷川伸のことは書いていない……と思う。

財団法人新鷹会のサイトで長谷川伸の年譜を見ると、
長谷川伸は昭和8年当時49歳。この年に実母に再会している。
この年の戯曲に

「段七しぐれ(5月作 6月新橋演舞場 河原崎長十郎・中村翫右衛門)」

とあるのが、森茉莉の言う「段七と春吉」のことだろうか。

新鷹会ホームページ(もくじ→長谷川伸の生涯と著作)
で長谷川伸の年譜が見られます。

chiwami403 at 21:46|PermalinkComments(0) 森茉莉 

2008年01月10日

新潮現代文学62森茉莉 甘い蜜の部屋・恋人たちの森

ブックオフで安かったので買った。昭和56年4月発行。
箱の絵は新潮文庫の森茉莉作品と同じ斉藤和雄(さいとうたかお)。
この新潮現代文学、他の巻も20冊ほどあったんだけど、
箱の絵が奥村土牛、小倉遊亀、堀文子、猪熊弦一郎、山藤章二、
荻須高徳、三岸節子など多彩なメンバーだ。

解説は田辺聖子で、巻末に略年譜あり。帯の文章↓
「無垢な魂と魔性の炎を秘めた美少女モイラ……香り
 高い美の世界を豪奢な背景に描く華麗なロマン」

箱の挿画がない方の面には顔写真が掲載されていて
『森茉莉 贅沢貧乏暮らし』の写真と同じ服装。
口絵にも写真が1枚掲載されており、河出の夢ムックの表紙と
同じ場所で撮ったと思われる写真。奥付には「写真:道正太郎」
とあったが、検索すると週刊新潮のカメラマンだったらしい。

挿画の斉藤和雄は2005年に亡くなっているみたい。
斎藤和雄 遺作展「凄愴の極み―独歩の人の未発表作」- さいとう たかお -
(ゆーじん画廊のサイトで遺作展の案内)

箱と口絵の写真です。
新潮現代文学62森茉莉

chiwami403 at 20:13|PermalinkComments(0) 森茉莉 

2008年01月04日

枝豆数の子でも突っつく感じで

2008年もどうぞよろしく。

こちら鯖味噌本部:森茉莉という、日本のサヴァラン。 - livedoor Blog(ブログ)

リンク先の本文は『貧乏サヴァラン』の紹介なのですが、
森茉莉の文章が引用されてます。孫引きになりますが、

七十円もする女箸は、螺鈿の出来そこないかなんかで、
田舎大尽の奥様用の箸のようで、その家が東北だとすれば
小豆南瓜か枝豆数の子でも突っつく感じで、手にとる気もしないのである。


この「枝豆数の子」は森茉莉が疎開していた福島県でよく食べる料理らしい。
引用の文章では森茉莉が食べたと書いてるわけではないが、福島に疎開して
いなければ知らなかった料理だろう、と勝手に推測して話を進めます。

(この段は読み飛ばしても構いません)
私は福島地方に縁はないんですが、豆をよく買いに行ってる店で去年の今ごろ
「ひたし豆」のレシピを貰ったのがきっかけで食べるようになりました。
ひたし豆は青大豆のことで、他の豆と同じように一晩水に漬けてから数十分煮て
ダシ入りしょうゆに浸しておいて常備菜として食べます。原材料名かつ料理名。
さやに入ってない乾物の豆なんだけど戻して茹でると枝豆っぽい味。
このひたし豆に数の子を加えたものが、森茉莉の言う「枝豆数の子」で、
福島県(や山形県など)ではおせち料理の定番のようだ。
自分が本を読んだときは「枝豆数の子」を知らず読み飛ばしたけど、最近食べる
ようになったので、ネットで冒頭のリンク先の引用を読み気がついた次第。

森茉莉は「枝豆数の子」と書いているけど、呼び名も色々らしく、
「豆数の子」が会津の食文化を解説したサイトで紹介されていた。

会津丸水HP食文化(会津の郷土料理に欠かせない水産物)

塩数の子
*塩出しした数の子を青豆と混ぜ、かつお節、酒、醤油、ミリンで作っ
 た「だし汁」を入れて「豆数の子」として大晦日、正月に食される。
 最近は「だし汁」を省略し、「味付け数の子」を使うことが多くなった。


東北文庫:聞き書「福島の食事」日本の食生活全集 7
の目次にも「豆数の子」が。

気になる人は「ひたし豆 福島 数の子 おせち」等の
キーワードを適当に組み合わせて検索してみて下さい。

枝豆数の子を自分でも作ってみようかなーという人はご参考に↓
【楽天woman】グルメ・レシピ - かずのことひたし豆のあえもの レシピサーチ(お料理検索)

ひたし豆を戻すのが面倒なら冷凍枝豆を解凍してサヤから出して数の子とあえる
のでも似た味になりそう。おせちの数の子が余ったら試してみて下さい。

chiwami403 at 20:26|PermalinkComments(0) 森茉莉