2009年01月

2009年01月20日

1月31日下北沢で「伊藤文学を囲む会ー『薔薇族』的森茉莉考」

『薔薇族』編集長伊藤文學の談話室「祭」: トムの画集が5年ぶりに戻ってきた!
によると、下北沢で「伊藤文学を囲む会ー『薔薇族』的森茉莉考」
が開催されるとのこと。

リンク先の記事の最初はタイトルにある画集の話だけど、
最後のほうに1月31日の囲む会のお知らせが出ています。
私は参加しませんが、興味ある人はリンク先ご参照下さい。

ユリイカの森茉莉特集号で伊藤氏は、森茉莉の部屋へ行った
ときのこと、「『薔薇族』的森茉莉考」を書いてます。




chiwami403 at 19:51|PermalinkComments(0)森茉莉 

2009年01月17日

日本古書通信1月号に昭和26年森茉莉日記の件

昭和26年の森茉莉の日記のことが出てるとコメント欄で
教えていただいたので、日本古書通信の1月号を購入しました。
青木正美氏の「五名家の日記帳」という欄で、
竹久夢二、田村泰次郎などの日記とともに紹介されてます。

青木正美とは - はてなキーワード
によると「近代作家の原稿・書簡、無名人の自筆日記のコレクションに励む」
とあるので、森茉莉の日記もコレクションの一環なのであろう。
この日記についての文章を全部写すわけにもいかないので、
気になった点を挙げます。「」内は紹介の文章から引用したもの

・日記帳は新興社刊 昭和二十六年当用日記
・「ところどころ五十頁ほどちぎられて元本からは三分の一も減った」
・日記の巻頭には新年の目標を明記(全文引用あり)
・「日記分は正月十六日で中絶」
・1月13日に三越劇場で観劇の皇太子を野次馬の一人として見に行った
・荷風を訪ねた件、日記に三十頁分書く
・『濃灰色の魚』掲載の「荷風と原稿」として掲載されている
・ただし日記の文章とは「大きく文章に異同あり」

日記の画像は永井荷風探訪記の最初の頁見開き分のみです。
文字はどうにか読める程度。題と最初の一行のみ引用します。

「弟への手紙」
愛する弟よ。この間は一所(ママ)に考へてくれて有がたう。


うちには「森茉莉ロマンとエッセー 父の帽子」があるので、
見てみたら書出しは「愛する息子、不律。」になっていた。
「荷風と原稿」は別として日記は筑摩の全集には出てないと
思うのですが、それにしても、この日記はいつ森茉莉の手を
離れたのだろう。引越しのどさくさか、没後のことか。

個人的には荷風の話よりも、約半月でも他の日にどんなこと
書いたのかな? と気になるところです。三越劇場に行った
日の文章を青木氏は「面白い」と書いてます。

以前『鴎外の遺産III』の森茉莉書簡の日付一覧を作りましたが、

森茉莉街道をゆく:『鴎外の遺産掘擔合莉書簡の日付一覧 - livedoor Blog(ブログ)

■昭和26年4月頃 封書
ジャックと再会した喜び
「なによりジャックがかへつて来て、ママとアンヌとルイに、
昔になつたのが喜びだ」


昭和26年に小堀杏奴宛に送られた封書はこの1通のみ。
長男と再会した喜びを森茉莉は日記に綴らなかったのだろうか、
日記を引きちぎったのは森茉莉なのか? と疑問があれこれ出てきます。
が、日記の存在が青木氏の連載のおかげで分かってよかった。

日記についての詳細が気になる人は書店にて購入してみて下さい(700円)。
日本古書通信、この記事見るために初めて買いました。
いやなんかもう私が買うのは恐れ多かった……

chiwami403 at 22:09|PermalinkComments(0)森茉莉 

2009年01月09日

室生犀星『黄金の針 女流評伝』を読む

河出のムック「総特集 森茉莉」に『黄金の針』に掲載された
森茉莉についての文章は転載されていたので読んだことあったけど
他に取り上げられた作家が気になり図書館で借りてみた。

室生犀星『黄金の針 女流評伝』は昭和36年4月5日、中央公論社より発行。
あとがきによると、昭和35年1月〜12月に婦人公論に連載したもの。

円地文子、吉屋信子、森茉莉、佐多稲子、小山いと子、林芙美子、中里恒子、
曽野 綾子、平林たい子、宇野千代、野上弥生子、幸田文、網野菊、壺井栄、
芝木好子、有吉佐和子、由起しげ子、横山美智子、大原富枝


目次には19人の名前。最初は1回につき1作家だったのが途中で2作家に
なったと後書で書いている。

口絵には取り上げた作家の写真が出ている。森茉莉は和服姿で上半身が
写っている。『鴎外の遺産 III』の口絵に出ていた写真の着物と似てる?
室生犀星がアパートを訪問した際、婦人公論の担当者と「写真家の杉村さん」、
犀星の娘が一緒だったと書いているので「杉村さん」が撮影したものだろうか。

ところで河出のムックに掲載したのを読んだときには気付かなかったが
最後の年譜に「昭和八、九、十年頃、長谷川伸、長谷川時雨を知った」
と書いてある。長谷川伸に原稿を見てもらい、演芸画報に紹介して
もらったことを指してるのだと思います。

また、森茉莉の項以外でも名前が時々出てきている。曽野綾子の項で

十年間に人を訪ねた経験はこの仕事のための森茉莉さんのアパート
に行つたのと、詩人伝の時に白秋の令妹家子さんを訪ねたのと、
そして小山いと子さん訪問と、今度がその四度目であつた。


森茉莉のアパート訪問は数少ない「人を訪ねた経験」だったのか。
幸田文は二回しか会っていないけれど訪問せず、会ったときの
印象だけで書いている。

その幸田文の項では同じ「文豪の娘」として森茉莉と比較されている。

幸田文の行文には幾癖もあつて、癖がその描文の特異な効果を
をさめてゐることは、森茉莉の文章にある癖と脈を相通じてゐる。


と共通点を挙げる一方

幸田文さんは奥の方に性格をしまひ込んでゐて、滅多にすらすらと
見せない、見せるには沈み切つてゐるし自分でもじわじわと抑へて
ゐるといふ側の人だ、茉莉さんは誰にでも一つの飾り一つのおさへ
方はしてゐられなくて、みんな何でも明けすけに言つておしまひになる、
(中略)
それほど茉莉さんは鴎外さんを釈きほぐしてゐるのだ。けれども
幸田露伴は却々かんたんに釈きかねるし、幸田文はまた露伴のなにかを
引き摺りながら気難しくさへ、そよりそよりと歩いてゐるのである


と述べている。河出書房新社から出ている幸田文の文芸ムックに
再録されているので幸田文&森茉莉の比較が気になる人は読んでみて下さい。

幸田文―没後10年 (KAWADE夢ムック)幸田文―没後10年 (KAWADE夢ムック)
販売元:河出書房新社
発売日:2000-12
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chiwami403 at 21:22|PermalinkComments(0)森茉莉