2010年01月

2010年01月28日

主婦の友1980年7月号「沢田研二とドラマ」

特集「沢田研二のプロフェッショナル人生」という特集に
寄せられた文章。1ページの半分のスペースの囲み記事なんだけど、
本文の文章よりかなり字が小さい。依頼された原稿枚数を
かなりオーバーしたのだろうか。タイトルの右上には
「沢田の映画はパリでもうける」とあり。

ドッキリチャンネルなどで沢田について書いてるものと内容は
大体同じで特に目新しいものはない……と思う。
というかもしかしたらこの文章、他の原稿からの抜粋?
と思えるほどです。文中に、前に「新潮」に書いたとき云々」と
いうくだりがあるのでたぶん違うと思うけど。

最初の文章。

沢田研二は歌手だが、私は彼の歌より芝居を買っている。
「太陽を盗んだ男」の予告を見た時、彼が椅子の横木に足を
かけ、膝を高くしてシンナーを膨らませながら笑っている写真を
見て、そのドラマが多分面白いだろうという予感がした。


以下、ノンシャランな沢田、印象に残った場面、日本の観客は
フランスの映画は沈黙して緊張して見るのに、日本の映画はバカに
して軽蔑してる、などなど。

この映画は巴里へ持って行って上映しても、現在世界を暗く、重く、
圧しつけている原爆というものを、子供の玩具のように扱っている
奇抜な発想(イデア)に、巴里の観客は拍手を惜しまないだろう。
森茉莉がそう言ったから、巴里へ持って行ったがうけなかったと
言って、私に五十億円よこせと言ってくる気遣いは、絶対にないだろう。
もっとも、私にはそんな大金は払えないが。


以上の引用は最後の部分。

chiwami403 at 19:56|PermalinkComments(0) 森茉莉全集未収録? 

2010年01月23日

主婦の友1963年6月号「紅茶と薔薇の日々」

「随想さろん」というコーナーに1ページ分のエッセイで、
タイトルは「酒と薔薇の日々」をもじったもの。

家族と一緒に住んでいた頃には、とくに自分の湯のみ茶碗に凝る
というようなこともなかったが、アパートに一人だけの部屋を持つ
ようになった頃からは、部屋全体に、自己主張のようなものが出来て
きて、自分のすきなものだけを置くようになった。ふだんお茶を
飲む茶碗も、それで一つ一つ覚えている。


以上最初の文章。浅草のアパートで使っていたのは

渋い薄茶に、赤い椿(葉は黒)の模様の、形もちょっと、お茶の湯の茶碗のようなの

濃い藍色に、何かわからない花のある、この方はどこかハイカラな感じ


の二種類。その後現在のアパートでのいわゆる「贅沢貧乏」な部屋のことにふれ
後半は「ボッチチェリの薔薇の茶碗」で紅茶を飲むことについて書いている。

薄紅色の花に、青みがかった薄緑の葉の薔薇を散らした紅茶茶碗で、
その花が、昔イタリアの美術館で見たボッチチェリの「ヴィナスの誕生」
の、空や海の上に散っていた薔薇によく似ていることと、その葉の色が、
やっぱりその空や海の色の薄青であることから、名をつけた茶碗である。



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2010年01月20日

装苑1966年11月号「私の直感」

この装苑は創刊30周年記念号で、随筆コーナーに森茉莉が書いている。
全体のタイトルは「ずいひつ 女性の直感」で、見開きページに4人
が文章を寄せていて、森茉莉は一番最初。冒頭の文章は

私は何の取柄もない人間だけれども、直感だけは相当に当る方である。

直感でなく思い込みなのではないだろうかと個人的には思う。

具体例として、パリに滞在していたときの、暗い紅薔薇色のドゥミ・
デコルテに白い革手袋、黒のエナメル靴に偽真珠の首飾り
という服装のことを書いている。洋裁雑誌の装苑だから洋服の話題を、
ってことなのだろうか。

それは私のカンで、巴里の春から夏への季節の若い子供っぽい女の
服装(なり)の感覚をかぎあてたのである。


その証拠に劇場で見た若い女優が同じような格好をしていた、
と自信満々な森茉莉で、あった。
講談社文芸文庫の解説欄などに出てる、パリで4人で撮影した写真
があるけど、あの洋服のことなのかしら。

又、カンというものはキチンとした立派な奥様より、ふだん
オバカサンの女の人の方が働くようでもある。お茶の水の特待生
だった奥さんがサギに引懸り、私のような間ぬけな人間が一度も
サギにかからない、というようなものでもあるようだ。






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2010年01月15日

婦人画報1974年11月号「明治風西洋料理もキャベツ巻き」

この号の特集は「洋食物語」で、「明治風西洋料理もキャベツ巻き」
というタイトルの前には<<私と洋食>>とある。冒頭の文章は

明治何年かわからないが、英国人のコックがわが国の宮廷の
台所に入りこんで西洋料理の技術を伝授し、それが町の中
にも流れたものだらう。


以下気になった点。
・幼い頃連れて行かれた上野精養軒で食べた料理はコンソメ、
 ステェキかロオスト・ビイフ、野菜料理、プディング、珈琲
・ローストビーフとうどの入ったポテトサラダも好物だった。
・鴎外は嫌いだったシチューも好きでよく注文する
・他の西洋料理も入ってきたが、英国風西洋料理が好き
・家でもキャベツ巻き、コロッケ、ポテトサラダなどの洋食を作っていた

最後に森茉莉らしいエピソード引用。

私はくひしんぼうで、自分の皿の上のキャベツ巻きを
アッという間に平らげ、父の分を一つ貰った。



chiwami403 at 21:03|PermalinkComments(0) 森茉莉全集未収録? 

2010年01月09日

婦人画報1970年1〜12月号「季節の風景」

ファッション誌のネット古書店サイトで見たのは、
10月号の「蝋人形の館」だけだったんですが、図書館でこの年の
婦人画報の目次を見てみたら「季節の風景」という年間連載だった。

目次をめくった次のグラビアページで、左側にヨーロッパの風景写真
(撮影は奈良原一高)その写真と関連づけた400字程度の森茉莉の文章が
右側に掲載されている。ヨーロッパの風景ということで、戦前にフランス
に滞在、周辺各国に旅行していたときのエピソードが多い。
奈良原氏の写真を見て森茉莉が原稿を書いたのだろうか。

1月「太陽」の書き出しは以下の通り。

この写真にはフランスの太陽が写っている。私がマルセイユで、
パリで、ロオマで、トレドで、ブリュウジュで、見た欧羅巴の
太陽である。それらの太陽は、障子に竹の影を水色に映し出す
日本の太陽ではない。


各月のタイトルです。
1月:太陽
2月:白い鳩の胸の血
3月:城(シャトオ)
4月:欧羅巴の幻想
5月:巴里の街の色
6月:馬徳里(マドリッド)のマンダリン売り
7月:運河(キャナアル)の水と、赤い花形
8月:白い彫像の男たち
9月:黄金色(きんいろ)の光の筋の郷愁
10月:蝋人形の館
11月:水色の霧の中の巴里
12月:欧羅巴の街燈

前の記事で紹介した、結婚前の男女について云々の文章よりも
こういう連載のほうが安心して読んでいられる……と思いました。

写真の奈良原氏について。
Nikon | ウェブギャラリー | 2004年11月 | 奈良原 一高(ならはら いっこう)

chiwami403 at 21:07|PermalinkComments(0) 森茉莉全集未収録?