2010年03月

2010年03月04日

ブログ更新&コメント欄返信しばらく休みます

今日まとめて4つ更新しましたが、
都合によりしばらくの間ブログの更新をお休みします。
ブログ自体をやめるつもりはないのですが。

ついでにコメント欄やプロフィールに出してるメールも
3ヶ月間くらいの間は返信しないのでご了承ください。
本当はコメント欄をしばらくの間なくそうと思ったのですが、
設定の仕方が分からないので放置しときます。

(追記)
せっかく見に来たのに更新されてないとがっかりする人は
http://reader.livedoor.com/
登録お願いします。

chiwami403 at 22:27|PermalinkComments(0) 脱線 

みどり1959年7月号「藤紫(モオヴ)の夏」

同じく「みどり」7月号掲載の随筆見開き2ページ分。
藤紫と書いてモオヴと読む。

私が一年ばかりいた時の夏の巴里は、藤紫の夏で、あった。
その夏の流行の色が藤紫だったのである。私は全くの黄色
人種なので、藤紫という色は着られなかった。


以上冒頭の部分。
でもどうしても流行色が着たくて、薄い藤紫の木綿のブラウス
を買った森茉莉。

夫の留守中にそのブラウスを着て窓辺に立ち、薄汚い街を
見下ろしながらモウパッサンの小説を思い浮かべ、妄想を
繰り広げてしまう話が続く。
そして最後の部分は妄想とは対照的に、夫と一緒に歩いた
夏の巴里の街のさわやかな様子を描写している。

これは随筆だけど、妄想の部分とかパリの街の描写が
小説っぽいな、というのが私の感想。

(ご参考)
■昭和34年5月7日 封書 
「私の今後の生活は小説を書いて行くよりないことを自覚してゐる」
「いづれはフィクションをかかなくてはならず(中略)もとのずゐひつにかへれば
生活して行かれぬ程度になるのは眼に見えてゐる」


2008年03月11日 『鴎外の遺産?』森茉莉書簡の日付一覧

chiwami403 at 22:03|PermalinkComments(0) 森茉莉全集未収録? 

みどり1959年1月号「私の恋人森鴎外」

46〜50ページに「私の恋人森鴎外」が掲載されている。
最初のページはタイトルと森鴎外、森茉莉の写真で文章は4ページ分。

タイトルと森鴎外の写真の横に

鴎外は私の恋人――ゆたかな詩情と特異な感覚で作家生活の
スタートをきった筆者がつづる、文豪への愛


というキャッチコピー(?)がついている。
森茉莉の写真は淡い色のブラウスに、濃い色のカーディガンを着て
どこかの喫茶店で撮影したのか、コーヒーカップを持って微笑んで
いるもの。『森茉莉 贅沢貧乏暮らし』の表紙などに使われている
写真に比べると、カメラ目線でポーズ決めて笑顔を作ってるような印象。

文章の最後の著者紹介欄。

森茉莉氏は作家。鴎外の長女。さいきん仏文学者山田珠樹氏との
離婚の真相を素材にした小説「記憶の書物」(「靴の音」所収)
によって注目をあつめた。


本文は三部構成(?)になっていて、これは編集部でタイトルをつけた
ものかもしれないけど

「幼い恋」:幼い頃、鴎外に甘えた思い出
「薔薇の棘のいたみ」:十六歳で婚約後の鴎外の変化、渡欧時の別離
「私の恋人、父と息子」:息子と二十四年ぶりに再会、父と息子の微笑

「幼い恋」と「薔薇の棘のいたみ」に書かれてる内容は、森茉莉読者なら
読んだことあるエピソードばかり。全集未収録作品じゃないかも
しれない気がしてきた。

冒頭部分。

上野の森を見晴らす本郷台の崖の端に、大きな二階建ての家が、あった。
泰山木、百日紅なぞの枝で半ばは隠された二階の下には、二階を首にして
獣の体のように、長く東に延びた平家(ママ)があり、それを両側から
挟んでいる広々とした庭が、あった。


庭の花で森茉莉が最も親しんだのは「細かな提灯の花」だそうです。
提灯花=ホタルブクロなのですが、文章には提灯の花の下が安らぎの場所
であったと書いているので、ホタルブクロでなく森家の人々がそう
呼んでいた別の花なのか?

最後の「私の恋人、父と息子」は長男と再会して頻繁に会い、文学談義
などをする楽しさを、「薔薇色の時刻(とき)が、飛び去る」と表現している。

彼は父の周囲にあった、軽い、フワリとしたような雰囲気を、その体の
周囲(まわり)に漂わせて、いた。私は再び父を視た。私は再び父を
取り戻したので、あった。


森茉莉は再会した息子にかつての父親の姿を重ね合わせてるのだけど、
妹の小堀杏奴は、当時の森茉莉の長男を山田珠樹の若い頃にそっくりと
書いている。見た目は山田珠樹で雰囲気は鴎外なのか?

(ご参考)2006年02月07日 小堀杏奴『人生舞台』
の「夢と現実」のところ。


chiwami403 at 22:00|PermalinkComments(0) 森茉莉全集未収録? 

若い知性と教養の手帖「みどり]

森茉莉の話はこの後やります。
「みどり」についてはネットにあまり情報が出てないようなので
本当はコピーしてきた目次を転載したいけど、どんな雑誌かだけでも。
最後はちょっとだけ森茉莉関連話。

「みどり」は若い人向けの文芸誌で、1958年6月号が創刊。
日本近代文学館にあったのは創刊号から翌年の12月号まで。
文学鑑賞のページを執筆していた塩田良平が寄贈したものらしい。

「脚光を浴びる若い作家たち」というグラビアで石原慎太郎、開高健、
大江健三郎を紹介したり、中里恒子の連載小説があったり、文学鑑賞の
コーナーでは源氏物語や「愛の名歌鑑賞」なども。作家訪問という欄
では丹羽文雄や平林たい子などが取り上げられ、随筆欄には、室生犀星や
幸田文も書いています。国内海外の文壇の傾向を紹介したり、国内作家の
ゴシップなんかもあったりする。
巻末には「みどり文壇」という小説、詩、短歌などの投稿欄もあります。

特集では大学の同人雑誌に関わる人々が座談会をやったり
「学生作家のすべて」で大江健三郎などを紹介したり、美智子様ご成婚
の際は「正田美智子さんと文学」など若い人を意識した内容です。
昔の文学青年・少女は真面目だなあ。現在の若者向け雑誌で「名詩鑑賞」
「健礼門院右京大夫集鑑賞」なんて絶対無理そうだ。

1958年8月号には森茉莉の長男、森じゃくの
「生きのいい文学―スタンダール―」
が掲載されています。スタンダールの略歴と作品解説。

1959年2月号には妹の小堀杏奴が「結婚について」という随筆を寄せている。
娘の結婚が話題なんだけど、

学歴・容貌の美醜、背丈の高低、一切問題にしない。

健康で誠実な、思いやりのある人が望ましい


と書いてるけど、鴎外の遺産第3巻の森茉莉書簡によると

桃子の結婚について、アンヌが所謂感心な非のうち所のない家庭同士の
結婚を希んでゐるらしいのを私は始めて知つた
(昭和28年12月12日)

森茉莉は、杏奴が娘の結婚に対してこだわりがあると感じていたようだ。
Wikiで杏奴の娘息子の結婚相手を見ると「ああ書いてはいるけど誰でも
いいわけじゃないよね〜やっぱり」と私も思ってしまいましたけど。

小堀(横光)桃子 - 長女、横光佑典(作家横光利一の二男)の妻
小堀鴎一郎 - 長男、国立国際医療センター名誉院長。妻は嘉治隆一の娘玲子。


鴎外の遺産の3巻に名前が登場したのでもしやと検索したら、森茉莉のエッセイ
にも時々出てくる上田敏の娘瑠璃子さんは↑の嘉治隆一(朝日新聞副主筆)の妻だった。

嘉治隆一 とは - コトバンク 「上田敏の娘婿。」


chiwami403 at 20:48|PermalinkComments(0) 脱線 

「みどりに三枚半たのまれた」問題がビビビで解決

「森茉莉 円地文子」で検索してたとき(だったと思う)に
見つかった古書店のサイト内にある雑誌の品揃え

全集に掲載のタイトル全部覚えてるわけじゃないけど、
森茉莉の名前の横に見慣れないタイトルがあった。

みどり 若い知性と教養の手帖 S34/1月号 
森茉莉「私の恋人森鴎外」

みどり 若い知性と教養の手帖 S34/7月号
森茉莉「藤紫の夏」


筑摩の森茉莉全集の索引見てもこのタイトルでは掲載なし。
みどりって『鴎外の遺産III』の森茉莉書簡に出てたあれか?
と思い出した。あれとは↓

2008年03月11日 『鴎外の遺産?』森茉莉書簡の日付一覧

■昭和34年5月11日 封書
「「みどり」に三枚半たのまれたのが二十日まで」


このリストを作ってたとき「みどり」で検索してたんだけど
よく分からず、みどり問題は棚上げしていたのでした。
「みどり」7月号に掲載の原稿と考えると時期も合う。

調べたら、駒場にある日本近代文学館で所蔵していたので
閲覧してきました。
みどり問題解決の糸口となった古書ビビビのサイトに感謝、
というか買わなくてすみません。該当の号は両方在庫ありです。

お店のトップページはこちら……かな? 古書ビビビ

それぞれの文章の詳細と「みどり」については別エントリで。

chiwami403 at 20:40|PermalinkComments(0) 森茉莉全集未収録?