2013年05月27日

辰野隆から見た山田夫婦の離婚

検索してて偶然見つけたページ。

辰野 隆 著「鴎外と私」より抜粋

辰野隆が語る山田珠樹と森茉莉の離婚。全文読んでみたいが、
辰野の随想全集の目次にはこのタイトルはなかった。
いつごろ書かれたものなんだろう。森茉莉のデビュー前なのか後なのか。

どの本だったか忘れたけど森茉莉の作品には「子供は渡さないよ」と言われたから
一人で山田家を出てきた、と書いてあった気がする。
あと与謝野晶子に「子供を置いてきて悲しいという顔をしなければなりません」というような
ことを言われてたよね、森茉莉。

chiwami403 at 21:09│Comments(3)

この記事へのコメント

1. Posted by ダレ   2013年06月17日 09:38
楽しく拝見させていただいていました。
更新お待ちしていました。
山田珠樹には離婚してくれてありがとうと言いたい。
その結果と言いますか、私たちは素晴らしい文学を手に入れる事ができたのだから。
女にはなんの権利もなかった時代の事ですから、もちろん
子供は家のもの、妻子は家長の支配下にありますから、
両脇に子供を抱えて出て行くべきなんて、チャンチャラ
おかしいとしか言いようがありません。
茉莉の強靭さに乾杯したいと思います。
2. Posted by ちわみ   2013年06月21日 21:59
森茉莉は家事が苦手でダメな奥さんだったかもしれないけど、山田珠樹の友人たちが家やパリのホテルの部屋に来て夜遅くまで喋っていても全然気にしない、という点ではいい奥さんだったと思うんですけどね。内藤濯のパリ日記に、山田の部屋で夜遅くまで議論、みたいな記述、たくさんあるんです。
3. Posted by 鈴木 繁   2016年01月25日 15:57
興味深拝見。当方、内藤濯さんの次男内藤幸穂さん(26年7月3日逝去・・関東学院理事長)と交流があり、幸穂さんのオーラルヒストリーを知人3名で作成、雑誌「水道」などに掲載しました。その縁で濯さんのことを調べており、また森鷗外記念会会員であることから、濯さんがフランス留学時に山田珠樹・森茉莉夫妻と交流があったのでは?と考え、調べていたところ「星の王子のパリ日記」を知りネットで購入読破。ご存知だったらご教示いただきたいことあり。茉莉の「記憶の絵」にパリでこれだけ親しく交際していたのに内藤濯という字が一切でてこないのはなぜか? 喧嘩したのか?などなど・・
以上 よろしくお願いします。

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