森茉莉全集未収録?

2010年03月04日

みどり1959年7月号「藤紫(モオヴ)の夏」

同じく「みどり」7月号掲載の随筆見開き2ページ分。
藤紫と書いてモオヴと読む。

私が一年ばかりいた時の夏の巴里は、藤紫の夏で、あった。
その夏の流行の色が藤紫だったのである。私は全くの黄色
人種なので、藤紫という色は着られなかった。


以上冒頭の部分。
でもどうしても流行色が着たくて、薄い藤紫の木綿のブラウス
を買った森茉莉。

夫の留守中にそのブラウスを着て窓辺に立ち、薄汚い街を
見下ろしながらモウパッサンの小説を思い浮かべ、妄想を
繰り広げてしまう話が続く。
そして最後の部分は妄想とは対照的に、夫と一緒に歩いた
夏の巴里の街のさわやかな様子を描写している。

これは随筆だけど、妄想の部分とかパリの街の描写が
小説っぽいな、というのが私の感想。

(ご参考)
■昭和34年5月7日 封書 
「私の今後の生活は小説を書いて行くよりないことを自覚してゐる」
「いづれはフィクションをかかなくてはならず(中略)もとのずゐひつにかへれば
生活して行かれぬ程度になるのは眼に見えてゐる」


2008年03月11日 『鴎外の遺産?』森茉莉書簡の日付一覧

chiwami403 at 22:03|PermalinkComments(0)

みどり1959年1月号「私の恋人森鴎外」

46〜50ページに「私の恋人森鴎外」が掲載されている。
最初のページはタイトルと森鴎外、森茉莉の写真で文章は4ページ分。

タイトルと森鴎外の写真の横に

鴎外は私の恋人――ゆたかな詩情と特異な感覚で作家生活の
スタートをきった筆者がつづる、文豪への愛


というキャッチコピー(?)がついている。
森茉莉の写真は淡い色のブラウスに、濃い色のカーディガンを着て
どこかの喫茶店で撮影したのか、コーヒーカップを持って微笑んで
いるもの。『森茉莉 贅沢貧乏暮らし』の表紙などに使われている
写真に比べると、カメラ目線でポーズ決めて笑顔を作ってるような印象。

文章の最後の著者紹介欄。

森茉莉氏は作家。鴎外の長女。さいきん仏文学者山田珠樹氏との
離婚の真相を素材にした小説「記憶の書物」(「靴の音」所収)
によって注目をあつめた。


本文は三部構成(?)になっていて、これは編集部でタイトルをつけた
ものかもしれないけど

「幼い恋」:幼い頃、鴎外に甘えた思い出
「薔薇の棘のいたみ」:十六歳で婚約後の鴎外の変化、渡欧時の別離
「私の恋人、父と息子」:息子と二十四年ぶりに再会、父と息子の微笑

「幼い恋」と「薔薇の棘のいたみ」に書かれてる内容は、森茉莉読者なら
読んだことあるエピソードばかり。全集未収録作品じゃないかも
しれない気がしてきた。

冒頭部分。

上野の森を見晴らす本郷台の崖の端に、大きな二階建ての家が、あった。
泰山木、百日紅なぞの枝で半ばは隠された二階の下には、二階を首にして
獣の体のように、長く東に延びた平家(ママ)があり、それを両側から
挟んでいる広々とした庭が、あった。


庭の花で森茉莉が最も親しんだのは「細かな提灯の花」だそうです。
提灯花=ホタルブクロなのですが、文章には提灯の花の下が安らぎの場所
であったと書いているので、ホタルブクロでなく森家の人々がそう
呼んでいた別の花なのか?

最後の「私の恋人、父と息子」は長男と再会して頻繁に会い、文学談義
などをする楽しさを、「薔薇色の時刻(とき)が、飛び去る」と表現している。

彼は父の周囲にあった、軽い、フワリとしたような雰囲気を、その体の
周囲(まわり)に漂わせて、いた。私は再び父を視た。私は再び父を
取り戻したので、あった。


森茉莉は再会した息子にかつての父親の姿を重ね合わせてるのだけど、
妹の小堀杏奴は、当時の森茉莉の長男を山田珠樹の若い頃にそっくりと
書いている。見た目は山田珠樹で雰囲気は鴎外なのか?

(ご参考)2006年02月07日 小堀杏奴『人生舞台』
の「夢と現実」のところ。


chiwami403 at 22:00|PermalinkComments(0)

「みどりに三枚半たのまれた」問題がビビビで解決

「森茉莉 円地文子」で検索してたとき(だったと思う)に
見つかった古書店のサイト内にある雑誌の品揃え

全集に掲載のタイトル全部覚えてるわけじゃないけど、
森茉莉の名前の横に見慣れないタイトルがあった。

みどり 若い知性と教養の手帖 S34/1月号 
森茉莉「私の恋人森鴎外」

みどり 若い知性と教養の手帖 S34/7月号
森茉莉「藤紫の夏」


筑摩の森茉莉全集の索引見てもこのタイトルでは掲載なし。
みどりって『鴎外の遺産III』の森茉莉書簡に出てたあれか?
と思い出した。あれとは↓

2008年03月11日 『鴎外の遺産?』森茉莉書簡の日付一覧

■昭和34年5月11日 封書
「「みどり」に三枚半たのまれたのが二十日まで」


このリストを作ってたとき「みどり」で検索してたんだけど
よく分からず、みどり問題は棚上げしていたのでした。
「みどり」7月号に掲載の原稿と考えると時期も合う。

調べたら、駒場にある日本近代文学館で所蔵していたので
閲覧してきました。
みどり問題解決の糸口となった古書ビビビのサイトに感謝、
というか買わなくてすみません。該当の号は両方在庫ありです。

お店のトップページはこちら……かな? 古書ビビビ

それぞれの文章の詳細と「みどり」については別エントリで。

chiwami403 at 20:40|PermalinkComments(0)

2010年02月20日

神奈川近代文学館所蔵の森茉莉書簡

私はずっと神奈川県に住んでるのですが、神奈川近代文学館へは
数えるほどしか行ったことがない(隣の公園はデートスポットだしさ……)。
閲覧室にいたっては敷居が高く感じられて一度行ったきり。

文学館閲覧室の特別資料に森茉莉の書簡があると教えていただき、
会員登録をして閲覧してきました。会員登録や閲覧は神奈川県民で
なくても可、無料でできます。

1. 書簡 木下杢太郎 宛
 森茉莉 1936.2.27 
2. 書簡 谷田昌平 宛
 森茉莉 1958.7.14消印 
3. 書簡 中村光夫 宛
 森茉莉 1962.8.26 
4. 書簡 埴谷雄高 宛
 森茉莉 1962.8.26 


所蔵はこの4点です。私がブログでかけるのはここまで。

論文やネットなどに、書簡の文章を転載するのはもちろん、
書簡の概要を公表するのでさえも色々手続きが必要とのことで、
そういうのは専門の研究者や出版社の人にお任せしたいな〜と。
要は面倒なのでそこまでしませんよ、ということです。

文庫で年譜を見ると
1936年は4月に森茉莉の母、しげが死去。
1962年は7月に『枯葉の寝床』を刊行。

谷田昌平は名前で検索すると、2007年に亡くなったときのお悔やみ記事が
あった。「「新潮」編集長や新潮社出版部長を経て文芸評論家に」とあるので、
森茉莉担当だった小島さんの上司ということか。

asahi.com:「新潮」元編集長、文芸評論家の谷田昌平さん死去 - 出版ニュース - BOOK

谷田昌平には『回想 戦後の文学』という著書があり、
目次には森茉莉の名前はないが、幸田文と円地文子の項がある。

谷田昌平『回想 戦後の文学』(筑摩書房) - 目次録


chiwami403 at 20:22|PermalinkComments(2)

2010年02月15日

森茉莉全集未収録? と思われる文章一覧

ネット古書店の商品案内をもとに、お茶の水図書館で該当する号を
閲覧することで森茉莉全集未収録の作品をいくつか紹介してきましたが、
お茶の水図書館には所蔵していない雑誌もあったので、そのリストを
出しておきます。

ネット古書店の雑誌の品揃えから検索しただけでもこれだけ未収録
と思われる作品が見つかったので、まだまだ探せばたくさんあるん
じゃないかな〜と思っています。

このリストの中で私が気になるのは三越の記念誌掲載のもの。
学研の『暮しの知恵』というパクりっぽいタイトルの雑誌、
ぐぐってもあまり情報がないのだけど、こんな雑誌もあったのだなあ。

太陽 1963/9 NO.4
味〜ベッドの上の料理づくり:森茉莉〜

1980/10 VOL.1 NO.1 経済界 創刊号 『 出会い/Deai 』
『 熱中してます! 』森茉莉

1974/9 NO.211 カネボウ化粧品販売株式会社 『 BELL 』
『 エレガンスを考えよう:森茉莉 』

1964 株式会社三越
『 MITSUKOSHI femme:株式会社三越創立60周年 』
室内のデコオルについて:森茉莉

芸術新潮 1977/3
池田満寿夫を語る〜吉行淳之介 、西脇順三郎 、森茉莉〜

1965/4 VOL.5 NO.4 学研 『 暮しの知恵 』
随筆〜旅:森茉莉〜

1962/10 VOL.29・秋 男の服飾:MEN’S CLUB
空想のインテリア〜アルジェの少尉:森茉莉〜


ブログ左側の柱にある「記事検索」ですが、以前あった「blog内検索」
は本当に役立たずでしたが、こちらはキーワード入れるとちゃんと
検索が出来るようです。
カテゴリ分けを面倒がってるブログなのでお役立て下さい。

chiwami403 at 19:37|PermalinkComments(0)

2010年02月09日

ミセス1971年11月号「二つの想い出」

ネット古書店の検索から見つけたものではなく、お茶の水図書館で
バックナンバーの目次を見ていて発見したものです。

この号はミセス創刊十周年ということで、
『ミセス』とその周辺―創刊10周年にあたって諸先生より皆さまへ―
という小特集があり、11人の作家が文章を寄せている。
冒頭の文章は「灰皿抄」を2年にわたり連載していた永井龍男の
「若さと美しさ」で、森茉莉はその次。

十周年を迎えた『ミセス』のために私は、二つの想い出を書いてみたい。
『ミセス』との約八年のお附合いの間に私の記憶に深く残った二人の人、
それは横綱大鵬と升田九段である。


書き出し部分引用してみました。
大鵬については引退したときの口惜しさや相撲協会への不審などを述べ、
升田九段については、何気ない会話から「偉(おお)きな人物」を感じ
たことを書いている。



chiwami403 at 19:21|PermalinkComments(0)

2010年02月02日

美しいキモノ1982年3月号「着物」

婦人画報社の着物雑誌『美しいキモノ』の「きもの随想」という欄。
見開きページの上部左右に南博の「和洋折衷から和洋融合へ」
という随筆があり、森茉莉の随筆はした半分の左右。

現在では若い女がキモノを着ることがなくなり、自分で着物を
着ることも、帯を締めることも出来ないのが普通になっている。
だが着物というものは着るときの気分も、そのよさ(原文傍点)
の中に入っているので、着付師に着せて貰ったのでは他人の着物の
ような感じだろう。


以上冒頭の文章。そして着物の季節感について。

昔は季節のうつり変わりに、家で単衣ものに着かえたり、又、
秋口にあって、紺地なぞの浴衣、紺がすり、なぞに着かえたり
するのもなんともいえず季節感があって、恋人があったら
いいなあ、なぞと思う気持ちにもなったものである。


更に冬の着物の重ね着について、森茉莉の母親やお芳さん、
山田珠樹の姉がどういう着方をしていたかを回想している。
後半は他の随筆で既に語られているエピソードがほとんど。
婚家でのクリスマスの際の買物風景、16歳で写真を撮ったときの黒の
羽二重の着物、3歳のときに鴎外が三越で作らせた着物のことなど。

お茶の水図書館で探した未収録(と思われる)文章はとりあえず
次回分で終わりです。


chiwami403 at 20:40|PermalinkComments(0)

2010年01月28日

主婦の友1980年7月号「沢田研二とドラマ」

特集「沢田研二のプロフェッショナル人生」という特集に
寄せられた文章。1ページの半分のスペースの囲み記事なんだけど、
本文の文章よりかなり字が小さい。依頼された原稿枚数を
かなりオーバーしたのだろうか。タイトルの右上には
「沢田の映画はパリでもうける」とあり。

ドッキリチャンネルなどで沢田について書いてるものと内容は
大体同じで特に目新しいものはない……と思う。
というかもしかしたらこの文章、他の原稿からの抜粋?
と思えるほどです。文中に、前に「新潮」に書いたとき云々」と
いうくだりがあるのでたぶん違うと思うけど。

最初の文章。

沢田研二は歌手だが、私は彼の歌より芝居を買っている。
「太陽を盗んだ男」の予告を見た時、彼が椅子の横木に足を
かけ、膝を高くしてシンナーを膨らませながら笑っている写真を
見て、そのドラマが多分面白いだろうという予感がした。


以下、ノンシャランな沢田、印象に残った場面、日本の観客は
フランスの映画は沈黙して緊張して見るのに、日本の映画はバカに
して軽蔑してる、などなど。

この映画は巴里へ持って行って上映しても、現在世界を暗く、重く、
圧しつけている原爆というものを、子供の玩具のように扱っている
奇抜な発想(イデア)に、巴里の観客は拍手を惜しまないだろう。
森茉莉がそう言ったから、巴里へ持って行ったがうけなかったと
言って、私に五十億円よこせと言ってくる気遣いは、絶対にないだろう。
もっとも、私にはそんな大金は払えないが。


以上の引用は最後の部分。

chiwami403 at 19:56|PermalinkComments(0)

2010年01月23日

主婦の友1963年6月号「紅茶と薔薇の日々」

「随想さろん」というコーナーに1ページ分のエッセイで、
タイトルは「酒と薔薇の日々」をもじったもの。

家族と一緒に住んでいた頃には、とくに自分の湯のみ茶碗に凝る
というようなこともなかったが、アパートに一人だけの部屋を持つ
ようになった頃からは、部屋全体に、自己主張のようなものが出来て
きて、自分のすきなものだけを置くようになった。ふだんお茶を
飲む茶碗も、それで一つ一つ覚えている。


以上最初の文章。浅草のアパートで使っていたのは

渋い薄茶に、赤い椿(葉は黒)の模様の、形もちょっと、お茶の湯の茶碗のようなの

濃い藍色に、何かわからない花のある、この方はどこかハイカラな感じ


の二種類。その後現在のアパートでのいわゆる「贅沢貧乏」な部屋のことにふれ
後半は「ボッチチェリの薔薇の茶碗」で紅茶を飲むことについて書いている。

薄紅色の花に、青みがかった薄緑の葉の薔薇を散らした紅茶茶碗で、
その花が、昔イタリアの美術館で見たボッチチェリの「ヴィナスの誕生」
の、空や海の上に散っていた薔薇によく似ていることと、その葉の色が、
やっぱりその空や海の色の薄青であることから、名をつけた茶碗である。



chiwami403 at 16:13|PermalinkComments(0)

2010年01月20日

装苑1966年11月号「私の直感」

この装苑は創刊30周年記念号で、随筆コーナーに森茉莉が書いている。
全体のタイトルは「ずいひつ 女性の直感」で、見開きページに4人
が文章を寄せていて、森茉莉は一番最初。冒頭の文章は

私は何の取柄もない人間だけれども、直感だけは相当に当る方である。

直感でなく思い込みなのではないだろうかと個人的には思う。

具体例として、パリに滞在していたときの、暗い紅薔薇色のドゥミ・
デコルテに白い革手袋、黒のエナメル靴に偽真珠の首飾り
という服装のことを書いている。洋裁雑誌の装苑だから洋服の話題を、
ってことなのだろうか。

それは私のカンで、巴里の春から夏への季節の若い子供っぽい女の
服装(なり)の感覚をかぎあてたのである。


その証拠に劇場で見た若い女優が同じような格好をしていた、
と自信満々な森茉莉で、あった。
講談社文芸文庫の解説欄などに出てる、パリで4人で撮影した写真
があるけど、あの洋服のことなのかしら。

又、カンというものはキチンとした立派な奥様より、ふだん
オバカサンの女の人の方が働くようでもある。お茶の水の特待生
だった奥さんがサギに引懸り、私のような間ぬけな人間が一度も
サギにかからない、というようなものでもあるようだ。






chiwami403 at 19:50|PermalinkComments(0)