長谷川時雨

2014年07月19日

かわじもとたか『序文検索  2箇目』 に長谷川春子

けやき出版の『序文検索 2箇目』を著者のかわじさんから頂戴しました。

191ページの 「47.長谷川春子』のところで、このブログのことが書いてあります。
ここ数年全然更新してないブログですが、見てくれる人もいるんだなあと
嬉しかったです。どうもありがとうございました。

長谷川春子については、2011年にイメージ&ジェンダー研究会の例会で、

研究報告1:「戦時下の長谷川春子――<Harouko HANOI, 1939>の絵を中心に」
報告者:北原 恵


という報告があって、気になっていました。古本屋に春子の油絵があったのか。

あとは2012年の丸木美術館の企画展「発掘:戦時下に描かれた絵画」
長谷川春子の《少婦国防》が出ていて、これも見に行きたかった。



chiwami403 at 23:53|PermalinkComments(0)

2010年02月18日

神奈川近代文学館 長谷川時雨展メモ

神奈川近代文学館/(財)神奈川文学振興会|生誕130年 長谷川時雨展

もう終わってしまった展覧会ですが、神奈川文学館の長谷川時雨展。
会期初め頃見に行ってブログに書かなきゃと思ってるうちに終了してました。
もう2月も後半になってるけど、展示内容のメモだけでも。

残念だったのは図録がなかったこと。
でもあったとしても買う人は少ないだろうから、写真たっぷりの
パンフレットを来場者に無料で配る式で正解なのだろうな。

日本近代文学館での展示は長谷川仁氏の寄贈品が多く、
中央区の展示は時雨研究家の森下真理氏が精力的に集めたものが中心。
今回の展示は、過去2回の展示で見たことあるものも多かったけど、幅広い
収蔵品とネットワークを持つカナブンが集めた時雨資料ということで、
他の文学館ではこのような企画は無理だったであろう、素晴らしい内容でした。

気になった展示や資料を箇条書きですが挙げていきます。
文学的に貴重かどうかではなく「個人的に」気になった、です。

・時雨の妹の長女(みすず)が生れたときに送った歌(個人蔵)
歌や句が染め抜かれた布を入れて屏風にしたものが展示されていた。
左側「しなの路のかかるみすずのなにしおはヾすくすくそだちけたかくもあれ」
右側「年玉や子福者にて子煩悩」

・黒田米子に形見分けした着物

・時雨の父、深造についての資料
深造の編著書の写し、関わった疑獄事件の新聞記事写しなど。

・時雨の母が経営していた箱根の「新玉の湯」についての資料
牛丼会(旧白馬会の親睦会)の写真。温泉に入ってる男達に混じって長谷川春子が!
早稲田文学1912年1月号「箱根と佃島の二日」

・鶴見の花香苑関係資料
鏑木清方画「花香苑の浴室」(鎌倉の清方美術館蔵)

・広津和郎宛書簡(1935年2月) 旧聞日本橋の書評依頼の手紙
「いやみな紙でごめんください 他になかつたので――」(最後の部分)

・昭和16年海軍文芸慰問関係資料(尾崎一雄コレクション)
写真に洋装の時雨、寄せ書き、宮尾しげをが似顔絵を描いた名簿

・長谷川時雨追悼号「輝ク」掲載の林芙美子原稿

・長谷川春子の写真(今まで見たことなかったもの)

・若林つやに形見分けした帯留

・時雨の死後も三上の手元にあった時雨の写真4枚
今まで時雨関係の書籍などでは見たことないものだった……と思う

長谷川時雨といえば、3月には「女人藝術」誌上の座談会についての本
雑誌『女人芸術』におけるジェンダー・言説・メディア
という本が出るみたいです。


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2009年10月02日

11月に神奈川近代文学館で長谷川時雨展

神保町オタオタ日記で知ったのですが、
11月から神奈川近代文学館で長谷川時雨展が開催されます。

神奈川近代文学館/(財)神奈川文学振興会|ご案内|休館日カレンダー
の11月のところ。

*企画展「生誕130年 長谷川時雨展」  11月21日(土)〜2010年1月11日(月・祝)

2007年に日本近代文学館、2008年に中央区立郷土天文館で
長谷川時雨展がありましたが、3年連続の開催。

(ご参考)
2007年10月21日 日本近代文学館の長谷川時雨展
2008年06月26日 長谷川時雨展で長谷川春子の話を聞く

神奈川県と時雨のつながりと言えば、鶴見の總持寺にある時雨の墓、
遊園地花月園の近くにあった料亭花香苑の2点が思い浮かぶ。
去年一昨年の展示にはなかった資料と花香苑関係の資料が見られるといいなあ。

花香苑があった辺りの坂道について紹介してるはてなダイアリーがあった。
鶴見の坂道 その3 貝助坂(けいのすけざか)

青空文庫の久米正雄「私の社交ダンス」にはダンスのために花香苑に
行こうとした話が。この頃は時雨は三上於菟吉と既に同棲して
いたのか「長谷川時雨(しぐれ)さんの妹さんがやつてゐる、
鶴見(つるみ)の花香苑(はなかゑん)があつた」とある。

写真は「春帯記」スクラップ帳の「モルガンお雪(三)」の挿絵。

春帯記_モルガンお雪挿絵

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2009年09月14日

『春帯記』高間筆子の章

長谷川時雨『春帯記』のスクラップを眺めていて気になったのが
高間筆子の章。これは残念ながら青空文庫には入っていなくて、
「作業中」のところにも名前が挙がっていない。

「美の巨人」というテレビ番組で筆子を紹介した回があったようだ。

高間筆子の死について時雨は

 自殺――さうと信じられてゐる。初夏の旅で、山は、青葉は、
空は、水は、彼女に何を語りかけたのだらう。
 だが、私は自殺でない気もする。彼女は、あんまり深く空を
見つめすぎ、熱のある体が、からつぽのやうに浮いたのだと――、
筆子自身すら、死の刹那まで、死を知らなかつたのではないかと
思つてゐる。


と書いている。「初夏の旅」は死ぬ直前、母親に誘われ高野山へ
行っていたことを指している。

春帯記_高間筆子挿絵
「高間筆子(四)」の挿絵。
食事中急に席を立って自室に戻り絵を描く筆子と
それを心配そうに眺める弟の図。

春帯記_高間筆子






タイトル部分にはパレットの絵が。取り上げる人物によって
この箇所の絵も変わります。



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2009年09月10日

『春帯記』スクラップ帳 「モルガンお雪(一)」

長谷川時雨『春帯記』のスクラップ帳について続き。

写真は「モルガンお雪」の1回目のスクラップページ。
青空文庫に全文掲載されています。

長谷川時雨 モルガンお雪(青空文庫)

前回の「田澤稲舟」も青空文庫に入っています。
長谷川時雨 田沢稲船(青空文庫)

春帯記_モルガンお雪

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2009年09月07日

長谷川時雨 春帯記のスクラップ帳

しばらく長谷川時雨カテゴリでの更新が続きます。

このブログを見ている人から、田村書店の店頭で見つけたという
「春帯記」の新聞連載の切り抜きスクラップ帳を送っていただきました。
送って下さった方、貴重なものをありがとうございました。
改めて御礼申し上げます。

茶色い表紙のスクラップ帳の見返しには伊藤屋のシールが
貼ってあり、PRICE 35とありました。

貼ってあるのは第1回から最終の84回まで。
タイトルは 「春帯記 −明治大正女性抄−」挿絵は苅谷鷺行。
最後の回には

春帯記は思ひがけない御声援をいただき、ことに章のかはり
ますたびに、御注意をお寄せ下さいました皆様に、謹んで御礼を
申し上げます。 時雨


とコメントが寄せられている。84回の内訳は下記の通り。
1〜5回:日本橋生まれ
6〜25回:田澤稲舟
26〜38回:モルガンお雪
39〜42回:江夏歌子
43〜49回:高間筆子
50〜77回:操子ときみ子
78〜84回:市川九女八

いくつかは青空文庫で公開されています。

1日1ページで貼られてるんだけど、よく読むと1枚目と2枚目の間、
それから2枚目の1段目と2段目の間の部分が足りていない(他の日も同様)。
切り抜くときに見落としたのか、見た目重視で切り抜きやめたのかは
不明ですが、それでもスクラップ部分読むだけでも興味深いものがあります。

春帯記_田澤稲舟

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2009年04月14日

『東亜あちらこちら』に福田勝治撮影の春子写真

長谷川春子の『東亜あちらこちら』を買いました。
昭和18年1月20日初版発行
東京都神田区神保町三丁目二十九番 発行所 室戸書房

この本に長谷川春子の写真が出ていた。撮影は福田勝治。
最後の「写真を撮る」という文章に撮影のことが書いてあります。
春子の随筆を読んで、突然家に訪ねてきて撮影したいと申し込んだ福田氏。

春子による福田の印象はこんな感じ。旧字は改めてあります。

お互ひに顔を見合すと、この中年男の表情はやさしくはにかんだ
やうで、さて中々しんに一てつなところがありさうで、金もうけや
闇のもうけなんぞには縁のなささうな表情、つまり我々絵描きなど
と同類縁者の顔である。そしてそれが相当の人であるといふことは。
芸の人の風ぼうといふより、空気といつた方のいいものが彼の身体
からかげろふのやうに、眼にさはやかに見えねども発散してゐるのだ。


原文では下線部分に傍点が入っています。来訪時の春子の服装は

絵具のついたブラウスの上へ母親の片身(ママ)の黒びろうど
の肩掛の化けたチョツキ、スカアトは茶色のスフのぶくぶく型、
そしてねづみの古ちりめんでこさへた筒袖の和洋せつちうの
細えりの羽織を着てゐるのだ


春子は「もと/\相当のお多福なのであるから、別に今さら美しき
年増に撮つたつて有難くもない
」ので写真のために身支度するのは
嫌だと、この服装のまま写真におさまってます。

掲載の写真は、撮影が終了しくつろいでいる春子を撮ったもので
福田談「美醜の点ではワルイですが、一番いい写真です」。
『東亜あちらこちら』の長谷川春子写真

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2008年11月28日

尾崎士郎の娘が見た長谷川春子

尾崎一雄のエピソードを知りたくて買った『ふたりの一枝』。
が、長谷川春子の名前が意外にも。

著者は中村一枝と古川一枝(講談社 2003年9月1日発行)。
中村一枝は尾崎士郎の長女、古川一枝は尾崎一雄の長女。
旧姓は二人とも同じ尾崎で生まれた年も1年違い。

平成13年〜14年に熊本日日新聞に連載したものを加筆修正し、
更に書き下ろしを加えて発行したもの。

尾崎士郎の娘、中村一枝の「汀女の結婚」という文章の冒頭。

もう四十年前になる。結婚したばかりの頃、実家の母と大森駅前
を歩いていると、いきなり声をかけられた。いかつい顔だちの、
声の大きい元気なおばさんだった。
彼女は私に向かって「あんたが汀女さんところに嫁(い)ってる娘さん」
と聞いた。「はい、そうです」「いま、どこに住んでいるの?」
「大森です」「ああ、汀女さんと一緒じゃないのね。そりゃあよかった、
そりゃあよかった」
相好をくずしてそう言われたのには驚いた。
「あの人、だれ?」「画家の長谷川春子さんよ。長谷川時雨さんの妹さんよ」
強そうなおばさんに「よかった、よかった」といわれたのはちょっと
複雑な心境だった。


尾崎士郎の娘は中村汀女の息子と結婚した。
長谷川春子は馬込に住んでいて、尾崎士郎の『空想部落』の表紙
や挿絵を描いているから、尾崎士郎の妻と面識があったのだろうか。

それにしても初対面の娘さんに長谷川春子は豪快だ。
尾崎士郎の娘も「強そう」「いかつい」と正直だけど。

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2008年11月27日

長谷川春子装幀『現代女傑論』

長谷川春子装幀の本。

『現代女傑論』 阿部眞之助 朋文社 昭和31年2月20日発行
装幀 長谷川春子 題字 岡村夫二

婦人倶楽部に昭和30年1月〜12月号に連載したもの。

取り上げられているのは下記の12人。長谷川春子は出てきません。

吾妻徳穂 神近市子 高峰秀子 杉村春子 小倉遊亀 田中千代
平林たい子 水谷八重子 貝谷八百子 三岸節子 淡谷のり子 京マチ子

表紙と裏表紙の一部分の写真。
裏表紙で帽子持って頭下げてるのは阿部眞之助なのか?
『現代女傑論』表紙

現代女傑論の裏表紙の絵

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2008年11月22日

林芙美子随筆集、市報「とうみ」に長谷川春子  他

長谷川春子の絵が見られるサイトと他の本に出てきた春子ネタ。

■林芙美子随筆に長谷川春子の発言
猫額洞の日々 : 林芙美子+チェスタトン+スタージョン+E・ポール!

に、岩波文庫の『林芙美子随筆集』に林芙美子と長谷川春子二人で
作家や画家に取材したときのことが出ているそうで、該当箇所引用してあります。
 
東御市の広報誌に長谷川春子の絵と解説が出てました。
リンク先はpdfですが、一番最後の24ページに1947年の「春風」。

解説担当が梅野記念絵画館の学芸員なので、この絵画館の所蔵と思われます。
いい絵だなあ。それにしても「とうみ」ってどこなの一体、と思って検索。
「長野県小県郡東部町と北佐久郡北御牧村」が合併して出来た市らしい。

■三岸節子の聞き書き本
上記の市報の解説に引用されていた三岸節子の聞き書き本を図書館から借りてきた。
『三岸節子 修羅の花』長谷川春子についての記述は、引用されていた部分のみ。
三岸節子は戦前に新聞社の紹介で女流作家と会う機会があったそうで、
長谷川時雨、宇野千代、吉屋信子、岡本かの子などの印象をかなり率直に
述べていた箇所が面白かった。宇野千代のおしゃれはまずいのよ、とか。

阿部真之助の『恐妻一代男』の「青春武勇伝」に

わたしが毎日の学芸部長の時代に、女の作家や画家の会をこしらえたことがある。
会の名前は長谷川時雨さんの命名で「東紅会」と決った。毎月一度夕食を食べ、
時には一晩泊りの旅行をした。


というくだりがあったのだけど、この東紅会かな?

■阿部真之助の『恐妻一代男』に長谷川春子の結婚後予想

春子の毒舌にやりこめられてる阿部真之助は同じ本の「恐妻卸問屋の弁」で
こんなことを書いている。

そこで仮りに長谷川春子が、家庭の人となつた場合、現に彼女があるが如く、
とんでもないジャジャ馬になるかといえば、私は必ずしもそうとは思わない。
大宅が完全恐妻であるが如く、こんなのに限り案外、完全恐夫になりきつて
しまう可能性が多分にある。亭主に横つ面の、一つや二つ張りとばされても、
グーともいわず、隅つこでシクシク泣きじやくるような、柄にないしおらしい
ところを、お目にかけるようになるかも知れない。大宅を彼女にかけ合せる
実験をしてみたら、どんな現象を呈するようになるかなど、いたずらの予想も
されるのであつた。


引用中の大宅は大宅壮一のこと。『ニッポンじじい愛すべし』の最初に
大宅と長谷川春子の対談があり、例によって春子は毒舌全開。

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