この記事は「クイズやるひとアドベントカレンダー Advent Calendar 2018」の12月2日の記事として作成しました。
https://adventar.org/calendars/3138


いやー1年というのは本当に早いもので、もう最後の月になりました。
M-1の優勝も霜降り明星に決まり、あと少しすれば流行語大賞や今年の漢字も発表され、月半ばにはテレビ雑誌のお正月特大号が発売される時期です。

自分自身の2018年を振り返ると、何といっても芸能限定クイズ大会「Green Monster」(以下グリモン)を開催したことがとても大きい出来事でした。

まずはこの場を借りて、改めてご参加いただいた皆さま、デバッグにご参加いただいた皆さま、そしてスタッフとして支えてくださった皆さま全てに感謝の意を申し上げます。本当にありがとうございました。

はじめましての方々も多く、60名というキャパを自分がさばききれるのかという不安はずっと抱いていましたが、何とか無事に終了することができました。至らぬ点は数多くありましたが、(第2回があるかどうかはともかく)今後の糧として活かしていこうと思います。


さて、今回のタイトルは「クイズやるために捨てたもの」です。

※クイズというものを始めてからまだ4年ぽっちという薄っぺらい歴史しかないので、クソ生意気なことをいろいろ言うと思います。腹立たしいと感じたら、そこで読むのを止めていただいて構いません。※

結論から言うと、それは「見栄」です。完全に捨て去れたわけではないですが、自分がクイズをやる上で重荷になると判断しました。

一般的に、知識自慢をするとうざがられたり距離を置かれたりしがちな印象があります。しかし、クイズという世界はその知識を競うものです。誤解を恐れずにいうと、合法的に知識をひけらかすことができる世界であり、知識をより多く持っている人が尊敬される世界です。

ただ、知識自慢が集まる世界ですからやはりそこには様々な種のプライドが見え隠れしてしまいます。クイズと名の付くものは何であれ負けたくない、このジャンルなら負けたくない、誰誰には負けたくない、誤答をするのは恥ずかしい、など、いろいろな気持ちが各々にあることでしょう。

もちろん自分にもそういう気持ちは少なからずありました。しかし、自分がクイズをやっている一番の目的は「知識で相手より先んじる」ことではなく「自分が知らない知識を獲得する」ことです。間違ったら恥ずかしいという気持ちよりも、間違うことで得られる、身につく知識のほうがより有益なんじゃないか、と考えています。

そもそも「誤答を一切しないクイズプレイヤー」はこの世に存在しないと言っていいでしょう。なので誰にでも起こりうる誤答を恥ずかしがったりみっともないと思うことより、誤答になったとしてもそこから知識を得るということを重要視するようにしました。そこにある知識の芽を摘み取りにいかないことの方がみっともないと思うようにしたのです。完全に切り替えられているとは思っていませんが、昔に比べたら幾分かマシになったかな、とは思っています。

だからといって現状で全く知識がないジャンルの畑に足を踏み入れたところで、得た情報を効率よく整理できるとも思えないので、慣れながら少しずつそういう世界にお邪魔していこうかな、という考えです。

もちろん、他の方にこの考え方を強要したり勧めたりするつもりは一切ありません。その方がやりやすいようにやればいいと思います。ただ自分はこのやり方が今のところしっくりきているので、当面はこのような気持ちで取り組もうかと考えています。


メインテーマについては以上となりますが、せっかくなのでもう一つお話させてください。

最近押し会などに参加させていただく機会が増えたのですが、ある問題で誤答があった際にボタンを押し負けた人が思った答えをつぶやくシーンを目にします。ただ、個人的にこれはあまり気持ちのいいものではないなーと思っていたりします。

それが正解であればまだいいのですが、違っているときにどうフォローしたらいいのか困ってしまいます。答え合わせをしたいのなら心の中でしてほしいですし、(こんな人はいないと思いますが)知ってますアピールならボタンを押して解答権を得た上で堂々とやってほしいです。

自分も自重するようにはしていますが、うっかり口に出してしまうとそのあと後悔の念に襲われてしまいます。押し会は一人じゃできないものであり、その場にいる全員が気持ちよく過ごせる場所でありたいと思うので、(上記は一例ですが)周りの方が不快に思わない言動を心がけたいと常に思っていますし、気付いた点はお互いに指摘・注意し合いながら改善していくのが一種の理想の形であると考えます。


また、それに関連してここ最近強く感じることがあります。クイズを始める人が増え、それこそ今回の自分のようにSNSなどWEB上で意見を発信する機会も目にするようになりました。それはとても良いことだと思いますが、まれにそれを良しとせず「ポッと出の奴がでかい顔するんじゃない」などという声を聞くこともあります。

個人的には、その意見も分からなくはありません。これまで築いてきた文化も尊重されるべきであり、そういう意見を否定することは違うと思います。一方、昔ながらの方法を守れば文化は守れると思う反面、新しい方法を作ればその文化は発展する可能性を生み出せると思います。どちらも価値があることだと思うので、意見が違うからと排除することなくいられればと思っています。


長文にお付き合いいただきありがとうございました。Green Monsterを以下グリモンとしつつもその後一切登場させなかった事実に気付きましたがそれはまあいいとして、また来年も同じ機会があれば、生意気な文を書きたいなと思っています。