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年も明け、選挙を翌月に控えた1月中旬から、これまで
大反対をしていた妻も心配になってきたようで、区議会議員に
連れられて、地域の挨拶回りに奔走していた。

区長選が告示されると、朝8時から夜8時まで、宣伝カーや
徒歩で、挨拶回りに明け暮れていた。
夜8時以降は選挙事務所で、その日の反省会や打ち合わせを行い、
夜10時過ぎに帰宅する日が続いた。
帰宅すると妻も私も疲労困憊し、会話を交わす気力もなかった。

区長立候補者は6人、選挙を経験した先輩から反応はどうかと
尋ねられるが、正直なところ答えようがなかった。
立候補者の内2人は、千代田区に長年住んでいる地域の顔なじみだ。
私は、無名で選挙のノウハウも知らず、まさに徒手空拳の状態だった。

選挙運動の最終日は、小学校の体育館を借りて決起集会となった。
私が会場に入ると、一斉に拍手が起こり、気恥しい思いをした。
壇上から皆さんに、最後のお願いをする場だった。
選挙期間中に多くの方々に支えられて今日の日を迎えた。
胸が熱くなり、感謝の言葉しか口に出せなかった。

妻も同席していたが、同じ思いだったに違いない。
生涯で決して忘れることのない、感動的な出来事を体験した。
今でもその時のことを思い出し、私を支えてくれる人が
いることに、改めて感謝をしたい気持ちになる。

その後、数人の区議会議員に会うと、大方好意的な感触を得たが、
全員が同じ方向ではないことを感じた。
前任の区長にも会ったが、私への支援は断られた。
この話は、うまくはめられたと後悔したが、時はすでに遅かった。

私の人生哲学として「判断した責任は常に自分にある」との信念を
持っていたので、自分が決めたことだと言い聞かせ、自責の念を
心に秘め前に進むことに決めた。
やるだけのことをやれば、結果は後でついてくると割り切った。

年が明け、寒風吹き荒れる中、町の有力者への挨拶回りが
始まったが、反応は良くなかった。
親切に、「天下りの落下傘」と揶揄されていることを
教えてくれる人もいた。
最大会派の議員も、すべてが私を応援してくれるわけではない
ことが次第に分かってきた。

改めて、全て自分が決めたことと自分に言い聞かせ、区長選に
向けてひたすらまちを回った。
人生は冒険だと考えれば、挫折も一つの試練だ。
これまでも、苦難を乗りこえて立ち上がってきたではないかと
自分を励ましていた。

当時、職場のトップから私の区長選立候補の件で国の政治家が
動いていると告げられた。
もはやこの話から逃れることは不可能で、立候補以外の選択肢は
ないと断定的に言い切られてしまった。

最初に依頼をしてきた政治家に会い、2つの確認をした。
第1は、前任区長は勇退し、私を応援してくれるのか。
第2は、区議会最大会派も私を応援してくれるのか。
答えは「もちろん応援する」とのことだった。

後日よくよく考え、人生は冒険だ、もう一度異なる世界へ
の挑戦も悪くはないとの考えが頭をもたげてきた。
管理職として私を育ててくれた千代田区に、恩返しを
することも天命かもしれないという気持ちも湧いてきた。

その気持ちを妻に伝えたところ、「大反対」と門前払いされた。
私は一切協力しませんと、離婚すると言わんばかりの態度で怒り、
次男と共に海外旅行に行ってしまった。

18年前(2000年:平成12年)の12月、還暦1年前の
私は、これまでにない悩みを抱え年末を過ごしていた。
その前年に、30数年勤めた都庁を早期退職し、気分一新と
ばかりに新職場で仕事をしていた頃だ。
人生の終盤にさしかかり、悠々自適の生活を夢見て
その準備でもしようと考えていた。
ゆっくり家族と過ごす時間も持ちたいと思っていた。

そのような中、私にとって新たな冒険ともいえる、別世界の
ステージに立つために挑戦せよとの要請があった。
その主旨は、私が30代の頃、東京都で課長に昇任し、千代田区の
企画課長として派遣されたことに端を発している。
その経験を活かし、翌年の2月に行われる区長選に立候補して
ほしいと、有力な政治家2人から依頼があった。

長年、都の役人生活を送ってきた行状から、頭の下げ方も握手の
仕方も知らないし苦手だと、誰にも相談せず即座に断った。
その後も、再三依頼されたが断った。

初めて5年連用日記を使ってから、残すところあと1か月だ。
このメモ風日記も、過去の同月同日にどのようなことが
あったのかなどと思い起こす最高の記録になっている。
大げさに言えば、過去の自分との対話のようなものだ。

すぐに飽きてしまう性格を考えれば、ここまで書き続けた
自分を、ほめてあげたい気分だ。
さて、来年はどうするかと考え、5年連用日記には若干の
不安を感じ、3年連用日記(2019年~2021年)に切り替えた。
この日記帳も、歳を重ね忘れっぽくなり思案に暮れる日々を
支えてくれる良き相棒になっている。

一生を考えると小さな一日だが、その積み重ねが生涯という
ものになると考えれば、貴重な一日かもしれない。
それを書き留める時間を創ることは、日々を振り返り
反省することにもつながると自分に言い聞かせている。

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