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更新情報

登庁前に、前日に妻が分別した家庭ゴミをマンション内の
ゴミ置き場まで持ち運ぶ。
ゴミ置き場では、そのゴミを「生ごみ」「プラスチック」「新聞」
「段ボール」「カン・ビン」「ペットボトル」などに細分化された
分別ボックスや棚に指示通り入れていく。

この作業をいつから私が担うようになったのかは定かではない。
ゴミ捨てを通じて、資源循環型社会の実現に向けて、排出ゴミの細かな
分類を着実に実行していくことの意義は、大いに感じているところだ。
そして、平日と休日ではゴミの量や種類が違うことに気づく。

新型コロナウイルス感染拡大防止のために、テレワークなどで家にいる
機会が多くなり、通信販売による日用品の購入や室内の整理整頓を行う
ことから、段ボールや衣類などのゴミが目立ってきている。

新型コロナへの取り組みがこれまでの日常生活に大きな変化を
もたらしていることは明らかだ。
この自粛で、ゴミの分別を徹底し「使い捨て社会」から抜け出す
きっかけになればと願っている。
レジ袋の利用自粛から、マイバック持参への完全移行だ。

この期間、日々大量のゴミを処理する清掃事業に従事する職員に、
日々、感謝の言葉をいただいている。
私自身からも、深甚なる感謝を意を表したい。

新型コロナウイルス感染拡大を防止するために、外出や店舗の
営業などの自粛が続けられている。
改めて「自粛」という言葉を広辞苑で調べてみると、「自分で自分の
行いを慎む」とあり、誰かからの要請によるものとは違うようだ。

何事も、自ら考え行動することは、人から言われて動くことよりも
数倍大変で責任を伴う。
今回の自粛は、人の命を守るという最も大切なことが、人々との間で
共通認識になったということだ。

新型コロナでは、世界各国での都市のロックアウトが法的規制の
もとで行われる「強粛」ともいえる対策が実行された。
しかし、私たち日本人は、自らの考えと行動で、感染防止のための
自粛に努め現在に至っている。
このことは、命の大切さを行動に移すという、未来の共生社会の
実現に向けて、大きな一歩を踏み出したのではないかと思う。

今後、新型コロナウイルスと共に生きていく社会が到来し、そこで
の生き方を考える大きなきっかけになったものと確信している。

新型コロナウイルス感染防止のために、外出自粛をしている
子どもたちは、今年の「子どもの日」をどのように感じ、
過ごしていたのだろう。

童話「星の王子さま」には、「大人はだれも、はじめは子どもだった。
でも、そのことを忘れずにいる大人はいない」と記されている。
大人たちには、純粋な気持ち、素直な心を持つ「子どもの心」を
いつまでも持ち続けてほしいと思う。

今、子どもたちは休校で友達とも会えず、家の中でつらい
毎日を送っていることと思う。
日用品などの購入のために家族で出かけたとしても、
一定の距離を保たなくてはならない。

しかし、忘れないでほしいのは、家族をはじめ多くの人とは
「心は一つ」でつながっているということだ。
今は、人の命を救うために、自分たちのできることを
やり遂げるということだ。
その積み重ねが、一日も早くこれまでの日常を取り戻すことになる。

私たち大人は、学校が再開され、みんなで一緒に遊んだり
勉強したりできる日が来ることを喜びと感じ、最大限の
努力を行っていくことだ。

子どもたちが大人になり、新型コロナのことを思い出すとき、
命の大切さを感じ、行動したことを思い出してほしい。
本当のやさしさとは、この行動の中にあるということを
心に刻んでおいてほしいと願う。

5月2日からゴールデンウイークの後半に入る。
この期間は、感染拡大を食い止めるために、我慢を
しなければならない時だ。

区では、不安を抱える区民に向けて、「総合窓口コール
センター」を活用し、連休中の相談体制を整えた。
感染不安、PCR検査、中小企業者への緊急支援などに、
区役所の職員が対応していく。

PCR検査を含む医療支援のために保健所の保健師が出勤する日や
資金融資、DV相談など、日程が限定されている相談もあるので、
区のホームページで周知することにした。

連休中、医療や介護の現場で働く関係者をはじめ、相談窓口業務に
携わる区の職員に心から感謝したい。

先週の土・日(25日・26日)、外出自粛とはいえ、
まちの様子が見たくて、散歩に出かけた。
子どもと手をつないだり、乳母車を押したり、幼児用自転車に
跨っている子どもを傍らで見守るといった光景に目が止まった。

子どもたちは、家の中にいることを強いられると、どうしても
ストレスがたまる。
子どもが、外の空気に触れ、遊びまわりたいという衝動に応えて
あげたいと思うのが親心だ。

その様子を遠くから眺めていると、親の手から離れた幼児は
地面を見つめたり、花壇の草花を触ったりしていた。
幼児が飽きて親のところに戻るまで、じっと待っている親の
姿は微笑ましく感じる。
子育ては「立つまで待とう」「歩くまで待とう」という精神を
忘れてはならないことを、コロナ自粛を通じて教えられた。

この親子が手をつなぐ機会は、子どもの成長とともに
少なくなっていくだろうが、その手のぬくもりを通じて
いつまでも心が結ばれていることを実感した。

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