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就職してからは、同年代の同僚とよく旅行に出かけた。
そのために、休暇の日程を優先して仕事の計画を
立てたくらいだ。

昭和40年代から50年代(1965年~1984年頃)は、
土曜日の仕事が半日で終わる「半ドン」だった。
貴重な午後の時間は、家には帰らず、終電近くまで
覚えたての麻雀にふけっていた。
麻雀をする前には、決まって近くの飲み屋に行き、
職場や上司の憂さを晴らしてから、勝負に出かけた。
結婚して子どもが幼稚園や小学校に通うようになると、
春頃から早々と夏休みの旅行計画が話題になった。

過去の思い出となった出来事を、夫婦の時間の中で、
思い起こすことが多くなったような気がする。
以心伝心で特段の会話はなくても、その頃を懐かしく
思う気持ちが伝わってくる。
思い出は、生きる喜びや過ぎ行く日々の大切さを
教えてくれていると思う。
まさに、夫婦二人が歩んできた道なのだと実感する時だ。

今年もあと50日ほどで終わり、新年を迎える。
歳を重ねるとともに、夫婦二人でいる時間が
長くなるが、その日々が瞬く間に過ぎていく。
その要因は、喜怒哀楽を感じる感受性というものが
鈍くなってきているのかもしれない。

私が子どもの頃、運動会や遠足などで母親が作った
弁当の中身を想像するだけでも楽しい気分になった。
今頃の季節は、冬休みが待ち遠しくて指折り数えていた。

正月には、凧揚げの高さを友達同士で競い合っていた。
突風に吹かれて飛んで行った凧を探し回ったりした。
当時、学校の休みを利用して旅行をする家庭などは
なかったように思う。
友達の家を巡り歩き、時には赤ちゃんの面倒を見たりした。
あっという間に夕方になり、家に帰るという日々を送っていた。

大きな地図を広げると、目的地以外にも目が向く。
地図上での散歩が始まり、旅の想いが膨らむ。

世界地図の南半球に目を移すと、日本と大陸との間の海が、
まるで湖のように見え、陸続きであったころの光景を
想像したりもする。

地方に出かけると、ホテルや観光案内所で案内地図を渡される。
それをもとに、宿泊地を起点として様々な交通手段を使い、
短時間で出かけることのできる観光スポットを見つけ出す。

たった一枚の地図だが、訪問先の状況を予め知り、また、
末永く旅の記録として残る貴重な資料にもなる。
このように考えると、何気なく使っている地図にも、
感謝の想いが湧いてくる。

スマホ時代にあって、知りたい答えが瞬時に出てくる
世の中だが、地図上の小人が世界を歩き回るような、
空想の世界を映し出してくれる、紙の地図に大きな
魅力を感じている。

11月1日から7日まで、区役所1階区民ホールで
「地図展2018」が開催されている。
明治150年を記念し「地図に映る明治の日本」を
テーマにした関連イベントだ。

幕末から明治維新を経て、近代国家が確立する
明治中期までの間に、近代的な測量・地図製作技術が
西洋から導入された。
その結果、多くの地図が作製され、過去と現代を重ね合わせ
時代の流れを知ることのできる貴重な資料が残された。

今回の地図展は、まちの変化と歩みが一目瞭然となり、
歴史を振り返りつつ、当時の建物やまちの光景が
よみがえる、思い出深いものになることは間違いない。

山好きだった私にとって、地図は必需品だった。
登山に出かければ、方位計(じしゃく)を白地図にのせ、
道程を確認した。

季節柄、ちょっと一杯と居酒屋に入る機会が多くなる。
席に着くやいなや、小皿に入った一品料理が人数分出てくる。
これが「お通し」「突き出し」といわれるものだ。

先ずはこれを肴に、酒を飲み始める。
このお通しが、店の味の良し悪しを左右するらしい。
お通しも代金に入っているため、美味しくもないものが
出てきたときには、損をしたような気分になる。

「お通し」のいわれは、客の注文を料理人に「通し」ましたとか、
料理が出されるまでの「つなぎ」など、諸説あるとのことだ。
日本の食文化の一端を担っているともいわれる「お通し」だが、
外国人からすると、頼んでもいないものが出され、料金も取られる
ことで、店へのクレームになるそうだ。
日本人でも、特に一見客は、会計の際にお通しに対して、
文句を言う客人もいる。

このようなトラブルを防ぐためには、お通しをメニューに
明記するとか、選択できるシステムにすればよいのだろう。
しかし、そうなると居酒屋文化も杓子定規で淋しくなりそうだ。

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