暮れから正月にかけて妻と電車で出かけた。
車内は比較的すいていたので座ることができた。
周りを見渡すと例によってスマホとにらめっこを
している人の姿が約半分を占めている。
私の隣に座った若い女性も、スマホの画面に映る
漫画を脇目も振らず眺めていた。
初詣で鎌倉に行った際の往復の車内も同様で、ごく少数の
人は本を読み、その他は眠っているという光景だ。
明らかに友達同士に見える二人でも、会話を交わす
こともなく、お互いにスマホを操作している。
まるで、スマホを持った表情のない人形が車内に
置かれているようだ。
寂しさを紛らわすために片時も離すことができない。
常にだれかと交信をしていないと不安を感じる。
すぐに情報入手ができないとイライラする。
自分の時間を持ちじっくり考えることをしない。
このようなスマホ依存ともいえる社会を食い止める
良い方法はないものだろうか。
人が対面で会話をし、その表情から多くのことを感じ取る
ことをスマホが邪魔をしてしまうとすれば、便利な情報通信
機器も本末転倒の使い方になる。
車内は比較的すいていたので座ることができた。
周りを見渡すと例によってスマホとにらめっこを
している人の姿が約半分を占めている。
私の隣に座った若い女性も、スマホの画面に映る
漫画を脇目も振らず眺めていた。
初詣で鎌倉に行った際の往復の車内も同様で、ごく少数の
人は本を読み、その他は眠っているという光景だ。
明らかに友達同士に見える二人でも、会話を交わす
こともなく、お互いにスマホを操作している。
まるで、スマホを持った表情のない人形が車内に
置かれているようだ。
寂しさを紛らわすために片時も離すことができない。
常にだれかと交信をしていないと不安を感じる。
すぐに情報入手ができないとイライラする。
自分の時間を持ちじっくり考えることをしない。
このようなスマホ依存ともいえる社会を食い止める
良い方法はないものだろうか。
人が対面で会話をし、その表情から多くのことを感じ取る
ことをスマホが邪魔をしてしまうとすれば、便利な情報通信
機器も本末転倒の使い方になる。