地図帳にラクガキ

不定期更新。何かあった時に書くブログ

しあわせがしぬとき

ゆびのあいだから溢れていくよう
ゆっくり死んでいくのだ

親に顔を見せに行かないと

私がつかんだものがよくわからない

私は自分がしあわせになるためにがむしゃらにがむしゃらに
自分を犠牲にしたのだ

人生は思うようにはいかない

早く死にてえよー
間違って生きちまった
あの時死んでおけば良かった

何もなさず何者にもならず
つらつらと絶望をネットの海に捨てるだけ

ただのデータだったらよかったのに


正直、どうしていいのかわからない
もうどうにもならない

時間は戻らない戻らなくてもいい
戻ったところで同じ絶望だ
生きていることに価値がない

観測者は観測者のまま全てを捨てて殺して生きるのだと

私仕事できないでごんすよ
誰からも好かれず認められず責任と立場だけ押し付けられるのだ
できそうに見せてるだけ
もう死にたい

知能レベルが合わない人間と生きるのはしんどい
笑ってしまう
ああ

離婚して1年ぐらい経ちました!

これしか書くことねえ

離婚記念日に赤飯炊いてお祝いしました!
これは私の中で愉快なことなんだけど、
普通はヤバいやつよなこれな

正直赤飯も好き嫌いで食卓に出せなかったから
食べれることが幸せだって解釈が伝わらないよね

食は意外と我慢してたことが多かったなぁってよく思います。
今でもたまに「あ、これ食べていいんだ」って気づく。

こだわりがないところは本当に合わせていくから
食は譲ってばっかだったなぁ、気づかれてないと思うけど

マグロとコーヒーさえ定期的に摂取できればよかったからねぇ
きのこ食べなくても死なないし、
クリームシチュー食べなくても死なないし、
生姜食べなくても死なないし、
骨ある魚食べなくても死なないし、
1cm角以上の肉の塊も食べなくても死なないし、
無限に出てくるわこんなモン

離婚して時間が経てば経つほど、
子ども、ほしいなぁって思います。
子どもほしくて結婚した面もあるからね

母親が元気なうちに子どもを抱かせたかったなって後悔が
時々心臓を貫いて抜けないのよ

もう二度と叶わないからなぁこの願い

このためだけに必死で家庭を切り盛りしてたけど。
努力が実らないことってあるのよ
叶うように努力してなければ努力とは言わないけどね

私さえ黙ってればいいって家庭は続かない
一度きりの人生、それでいいわけがない

互いに我慢することはあるけど、
自分だけが何故こんなに?って思い出したらおしまい

完璧な家庭なんてないのよ
完璧な家庭を作ろうとすることがそもそも間違い

目指す方向性間違えちゃいけないね

離婚して半年ぐらい経ちました

離婚が1月、引っ越しが3月だったので
まあおおよそ半年ぐらい経ちました

一人暮らしも初だったので、
割と心配やら不安やら楽しみやらがごちゃ混ぜでしたが
なんとかやってます
いっそ楽しいが勝つぐらい

*いいこと1
自分に対してお金を使うのが超楽しい
最近服、アクセサリー、化粧品にバンバンお金を使っちゃう
あと、なつこさんのライブ行くのに躊躇がなくなって
後先考えずに島根に2回行ったりしてる

ただ、離婚しなくてもこれらはしてた気がする

あ、背中ニキビ治療を始めたけど、これは離婚してなかったらやらなかっただろうなー
あと脱毛の再開も

*いいこと2
なんか知らんけど痩せた
複合要因だと思うので理屈が説明できないけど、
なぜか7kgぐらい痩せた

ストレスがなくなったからなのか
フィットボクシングの効果なのか
余ったご飯食べなくて良くなったからなのか
お腹が空いてなければ無理にご飯作らなくてよくなったからなのか

とりあえずフィットボクシングが続けるし
お腹の声を聞いてご飯を食べることにする
もう少し痩せたいし

イメコン行ったおかげで
おしゃれにパワー使うのが楽しくなってきているんだよね
服、アクセサリー、メイクに負けない自分を作りたい

ちなみに今月末、パーソナルデザイン診断行ってきます!
パーソナルカラー、骨格診断、顔タイプ診断の総合で、
だいぶ自分のことがわかってきたけど、
総仕上げとして受けてきます
特に顔タイプと似合うテイストのアンマッチを解決できたらいいなー

*いいこと3
長期連休明ける直前の焦燥感と絶望感がなくなった

人の都合に合わせて休みの計画を立てていたのが
それがなくなって思う存分自分の気持ちで休めるので
「もう休み終わっちゃう!何もできてない!」って思わなくなった

大掃除とか頑張らなくてよくなったし
自分が満足行くまでゴロゴロできる。最高
何気にこれが一番嬉しいかも

*よくなかったこと1
やっぱり子どもがほしかった
当方31歳
こっからもう一回関係を作って急いで子ども作っても
高齢出産にはなると思う
身体が元気なうちに子ども産みたかったし
親にも見せたかったし抱かせたかった

母親が難病に罹りまして
パーキンソン病系統の病気で思うように身体が動かせなくなってしまった
治る見込みもおおよそない。治療法は対処療法しかない

余命が短い訳ではないけど、
元気なうちに抱かせたかった
これだけはもう取り返しがつかない

いつまでも親が元気だとは思ってなかったけど
まだ65歳なのに
病気さえなければ、
韓流ドラマを楽しんで、お友達とのお茶も楽しんで
これからまだまだ楽しいことあったのに

私が泣いたり悔しがっても仕方ないけど
それでも悔しい

別に元夫の子どもはいらないけど、自分の子どもはほしかった
人生で初めてまともに後悔してると思う

*よくなかったこと2
バツイチという属性が付いたことで
たとえ誰かを好きになっても積極的には行けんだろうなーという思いが芽生えた
まあ元々そんな積極的には行かないんだけど
瑕疵がついた感じ

なんか、わたしのバツイチのせいで相手に迷惑かけるだろうからさ
好きな人に迷惑かけたくないのよ

最悪その人がよくても、
その人の家族はバツイチって受け入れてもらいづらいよねって思ってる
好きな人の大切な人に手放しで喜んでもらえるようにしたいわけ

まあこれは別に離婚してなくても実は同じ悩みがつきまとうんだけど
元々積極的に行けない理由が、好きな人に困ってほしくないからだしなー
異性として好きとはまた違うなーと思うことで自分を誤魔化してる
好きって言われたらだいたい好きになれるしね

*よくなかったこと3
たいへん非常に下品な話で申し訳ないけど
簡単にいうと、カラダを持て余してるのよね
(結婚中はおおよそセックスレスだったくせにね)
会社の人って男の人ばっかだし
ツイッターでいうのもキモいからここでしか言えんわ

理性が働いてる状態で思うのは、まあ個としての種の生存本能だろうなって感じ
ざっくばらんに言うと
恋人作ってまで頑張りたくないけど持て余してる感だけどうにかしてーって感じ?
一人しか知らないからよりそう思うのかもしれない
セックスレスだったのも、
痛いからもっとちゃんとしてほしいって言っても
次のタイミングでは忘れられてしまっていて、だんだんするのが億劫になっただけだしなー

とはいえ誰でもいい訳じゃないからなー
知らない人はやだ。いろいろ怖い。病気的にも精神的にも
けど、知ってる人って今だとおおよそ会社の人だから
都合のいい関係だろうが、がっつり付き合うだろうが難しいと思う

だからまあ、別に持て余してるからと言って行動する気はない

ただ事実「あーーーーーもう誰でもいいーーーーー」って思う瞬間はある
引きこもり体質なので、出会いもないけどね
まあ一人を謳歌することを優先します


そんな感じかなぁ
3大欲求おおよそ満たせないため、
アンバランスな謳歌の仕方してると思うけど
とはいえ元気にやってます

このまま一人なら
どっかでペットOKマンション買って猫飼いますわ
それで人生終わり
いいじゃないか

離婚しました!

まさかこんなエントリを書くことになるとはなぁ

1月の頭に離婚しました
今絶賛名義変更中
めっちゃだるい

離婚理由は、夫が理想と現実の狭間で我慢できなくなったから。
説明はできるけど、なんか、真に理解はできてない。
私も。おそらく夫も。

まあ自分も働いててよかったよ。
収入があるって決断するのに大事な要素だよね。

いやだ、離婚したくない、やり直せるって言って
改善案を提示しても無駄だった。
徒労。

私は期待される理想をできる限り叶えようと
頑張って、我慢してきたけど
「できる限り」じゃダメなんだって。

私には、レベルの高い一流の企業でバリバリ働いていてほしい。
妻には、支えてほしい。出張出向にもついてきてほしい。
子どもは、もっと早くほしかった。

レベルの高いと「期待される」一流の企業には、入るのを受けるのをやめた。
博士中退なんかより、「期待される」一流の企業にはもっと優秀な人材がいて、
学歴の中途半端さで競争に勝てる見込みがなかったから。
あなたは私を評価していても、肩書に「あなたの評価」は使えない。
今の職場で十分あくせく働いているし、
社歴を積み上げていないのに転職しても、「期待される」一流企業には採用されないと踏んでいた。
だから今目の前のことを頑張るしかないんだと思っていた。

出向や出張にはついていくと即答できなかった。
せっかく入った会社には、出向帯同の休職がなかった。
バリバリキャリアを積み上げてほしいと願われているなら、
私に休職の選択も退職の選択も取れるはずがなかった。
せめて今の家の中だけでも、「主婦」として必死に生活を維持しようとした。

子どもはもっと早くほしかったといわれても
私としては、引っ越してからが、環境的にも社歴的にもちょうどいいと思っていて
そう伝えていたはずなのに。
不満ばかり積み上げられて。
いつか私と会話もしなくなって、帰ってくるのも遅くなっていった。
その状況でどうやって子どもを作るんだ?


私が悪かったことは
たぶん我慢しすぎたんだと思う。
「黙って」頑張りすぎたんだと思う。

嫌だと言われればやめた
できないと思ったらできないと言った
つもりだった

会話がなくなっていくことを放置してしまった
伝わったか確認しなかった
だからダメだった

理想やベストを追いかける人だっていうのはわかってたから、
できることはなんでもしてきたつもりだった

でも、できてない時点でそれは「できてない」だった。
理想に到達できないことに我慢できなかったんだろう。


離婚したこと自体は
後悔とかの類の感傷も何もない

粛々と手続きをすましていくだけ


でも「幸せになってほしい」って言われると
あとおそらく50年、頑張って生きて死ぬだけだとしか思えない。
できる限り周りに迷惑をかけず、ぽっくり逝きたい。
生きることは努力するけど、幸せになることに努力したくない。

努力はもう十分
よく頑張りました

パーソナルカラーもろもろ受けてきたのでメモ

しぶとく生きてます
正直毎日寝たくないです


Style worksさんのパーソナルテイスト診断受けてきましたー
よかったよかった

パーソナルカラー:イエベ秋/ブルベ冬(暗清色重視)
骨格診断:ストレート(ナチュラルmix)
顔タイプ診断:エレガント

パーソナルカラーは一度受けたことがあって、
その時はイエベの色しか当ててもらってないから、
冬の色もいろいろ見れてよかった

自分で感じてたくすんだ色が微妙だなって気持ちが解決できた

骨格診断はどっちかっていうとナチュラル重視だろうと思ってたけど違った
重心は重心で筋肉のつき具合もストレートだけど、
肩幅とか骨の印象にナチュラル要素が入っているとのこと
ウェーブでは絶対ないって感じの診断結果

おそらく痩せたらもうちょっとナチュラル要素強くなりそう

顔タイプはパーツが直線、輪郭とかに丸が入ってる感じだと思う
たぶんだけど
だから顔タイプはエレガント

これもたぶん痩せたらもうちょいクール寄りになる気がする

これらを総合評価してテイストを分類してくれるコースだったんだけど、
テイストは
1stシックモダン
2ndエレガントリュクス
(3rdマニッシュクール)

3rdまで教えてもらえたのは、
暗清色+ナチュラル要素に引っ張られてる結果だと思う

なんか無理にカジュアルに振りすぎなくていいんだなーって納得した
肩で風切って歩いてる感をこれからも続けてこう



あのとき死んでおけばよかった

あのとき死んでおけばよかった

あのときもっと耐えて
死ぬか
辞めるか
この2択になったとき
死んでおけばよかった

死んでおけばよかった

死んでおけばこんなことにならなかった

みんな幸せだった

死んでおけばずっと幸せだった

死んでおけばよかった


死んでしまえばよかった
なぜあのとき生きることを選んでしまったのか


なぜ生きてしまったのか

自暴自棄になりたくてもなれない自分は弱い
全て捨てることのできる強さがほしい
全てなくなればいいのに

死んでおけばよかった
死んでおけばよかった

生理現象が煩わしい

なぜ生きることを選んでしまったのか

生きるために働くことをやめられない
生きるためにご飯を食べるのをやめられない
生きるために自分を清潔に保つのもやめられない

全て死ねば何もしなくてもいいのに
捨てられない

あのとき死んでおけばよかった

なんで死んでないんだ

何もかもシャットダウンできればいいのに
おしまいにできればいいのに

明日起きるための目覚まし時計も止められない

あのとき死んでおけばよかった

じっと待つ

引越しします

今の家で暮らし始めてほぼ丸4年

マンションに引っ越します



コロナ禍前に「食洗機がほしい」から始まった引越し計画
もういい歳だったし、せっかく引っ越すなら
もう持家にしようと探し始めたマンション

割と即決したので、引っ越すまで長かったなー



あのときはしあわせだった



引越しに向けた書類やインテリアの話し合い
引っ張っていくの大変だった
毎回不機嫌になられて、どうしたらいいかわからんかった

きっと時間がなくて、お金かかってでもまとめてオプション会でやってもらおうとしていたエアコン
キャンセルして自分で見積もり取りに行ったほうが安いって言っていたのに
結局買ってくれてないな
少なくとも1ヶ月半はエアコン手に入らないのに
どうやって暮らしていくつもりなんだろう

引越しの準備、ほとんど私だけがやってるな
不燃ごみの管理も粗大ごみの管理も
まあ、しゃしゃり出てこられてもイライラするからいいんだけど


コロナ禍で引きこもりが強制される中、
一人での旅行を快く送り出したら
心変わりして帰ってこられたのつらかった

今もつらい

心変わりしてからほとんどしてくれてなかった家事をよりしてくれなくなった
皿洗いも洗濯物畳むのも風呂掃除も何もかも
唯一、ロボットクリーナーのスイッチを朝押すだけ

私の方が帰りが遅くても「晩御飯どうする?」と
家でごろ寝でYouTube

給料が私のほうが低いとはいえ
今や私も勤続年数を重ねたから
100万も変わらない

私が作る生活基盤に
お金払っている顔をしてフリーライドしているだけ
たった数十万多く稼いでいるだけで


ここまで書いて何故結婚生活を続けているのかと問われそうだけど
なんでだろう


どこかで自分が愚かだと気づいてほしいのかな
それとも新築マンション手放したくなかったのかな
元の夫婦に戻れるとどこかで信じているからかな



正直自分でもわからない

一番強い思いは
「なんで私は何も悪くないのに、離婚しなきゃいけないの?」


親が残念がる顔を見たくない
せっかく苗字が変わるとめんどくさいと思って就職前に結婚したのに意味がない
自分の計画が崩れるのを見たくない



もう選んだこの道を変えることは許せない



自分の心がもう一度壊れるまでの勝負だと思っている
身体中のじんましんは薬を飲んでも抑えられない日が出てくるところまできた

いかに私の家事負担を楽にするのが先か
それともどこかでもう一度心変わりするのが先か
はたまた私の涙が止まらなくなるのが先か

じっと待つ
じっと

リソースを削ぎ落とそう

考えられるだけ考える性分なものだから
不必要なことを考えていると
頭のリソースが割かれてしまう

のでまとめる


一度発した言葉は元には戻らない

時間も元に戻らない

結局私がいくら言ってもダメで
家族に言われたら変わるので有れば
私はもう何をやっても無駄

無駄だー



はいもう終わり元通りとはいかない

だから返してって言ったのに


返ってこないことはわかってても



無駄なんだ
無駄なんだ


もう戻らない

何がいけないのか

流石にちょっと寝られない

私に残された選択肢は?
離婚か
死ぬまで頑張るか
転職か
騙し騙し暮らすか

私はどこを間違えたのだろう

給料はめちゃめちゃ高いわけではないが
そこそこやりがいのある仕事
まだ辞めたいとは思わない
まだ死にたいとは思わない

帰りが遅いのは確かにしんどい
けれど自分なりに工夫して
いたつもりだった



悲しい
悔しい
虚しい



私は私が求めるように生きたい

誰かが求めるようにではなく



楽なしごとがしたいわけじゃない

楽しいことがしたい
楽しいことだってすり替わるさ
時間が経てば

このブログ

1年半ぐらいも何も書いてなかったんだね

何度も言ってる気がするけど、
嫌なことでどうにか言語化したいときにここに訪れてしまうので、
ここに記事を書くのはあんまり実は嬉しくないことの方が多い

でも今日はそれが一回リセットされて助かったな。

明日になったらまたきっと悩むけど
今日はおやすみ

メモ

常に先をいく人を欲しがっている
1つのことに熱中したい

のかな?

おっと

この前ブログ書いたの3月末か

働き出して3ヶ月経ちましたが
そろそろ慣れてきたがために精神衛生上良くない日が多かったです。
でも今は工場実習行ってるので身体動かしているからかそうでもないですが。

たぶん今いろいろあって(ない)足の指にヒビが入っている気がするので
フィットボクシングやってたのをやってないんですが
その辺から精神衛生が良くない気がするので身体動かすのは大事


そもそもこんな深夜にブログを書こうかなーと思いだしたのは
イメコン沼どっぷりマンの私が自分の自己分析をメモっておきたかったからなのよね

今までパーソナルカラーだけはプロ診断を受けているけど
骨格診断、顔タイプ診断、パーソナルデザイン診断は受けたことない
痩せたら骨格と顔タイプ行きたい
痩せたらが重要
なぜかというとモチベにするためと誤診されたくないから

パーソナルデザインはそもそもやってるところも少ない(だいたい東京)から
レポとか読んで自己分析している


パーソナルカラーはイエベ。
季節分けはされないところだから分類は自己分析になっちゃう

こっからは自己分析

パーソナルカラー
1st ストロングオータム
2nd ウォームオータムorビビットスプリング
骨格診断
ナチュラル(ただ今太ってるからストレートっぽい部分が目立ってる)
顔タイプ
クールorエレガント
パーソナルデザイン
ナチュラル、ファッショナブル(たぶんナチュラル優勢)


なぜかの理由メモっとくと
パーソナルカラー
似合ってる色と診断の時の様子から
色を選ぶときの重要度が
彩度(色味が感じられるものしかない)
>>明度(白っぽい色、白光りする色がダメ)
>>>イエベ(他2つと比べたら目をつぶれる)
>>>>>>>>>>>>>>>色相(絵が描けるぐらいに色が揃ってるから)
になってると思う
この辺を見るにたぶん1stストロングオータムは間違いじゃないと思う
(イエベ暗清色彩度強めだから)
2ndは彩度と明度のバランスが大事問題から
ダークすぎずビビット過ぎない、ただし明清色ではない。から
上記2つのどっちかだと思う。

ただしピンクに関しては(そもそも白混じり色なので)
いけるとしたらたぶんショッキングピンクぐらいかな(ウィンター色だけど)

プロ診断行ったおかげでイエベなら茶色!っていう幻想に惑わされなくなったし
コーラルピンクで顔色悪くなった理由もわかって最高だった
ストロングオータムはどっちかっていうと黒の方がまだいけるっぽい



骨格診断は
手足が大きい、腕が長い、手首が太い、指輪が回る
ウエストインが絶望的にダメ、オーバーサイズのが似合うものが多い
とかが自己分析の理由
ただ鎖骨が出てなかったり、ウエストの位置がおへそと比べると高めだったり
横から身体を見るとナチュラルタイプのシルエット例とは程遠いので
ストレートっぽいところもある
ただ今は太ってるからそうなってる可能性が捨てきれないのではよ痩せたい
あああとウェーブは絶対にない。
生地薄いヒラヒラ着たら無理してる感すごいと思うし靴も華奢なの無理


顔タイプは
とりあえずどっちかっていうと大人顔で
眉毛は太めかつ直線気味じゃないと落ち着かないのが理由
あとパーツの主張はそこそこある方なので2択かなーという感じ
鼻は丸いので完全なクールではないかもって感じ
ただクールカジュアルにもたぶん寄せれるんじゃないかな

パーソナルデザインは
まずキュートが消える(身長より大きく見られるし可愛い系じゃない)
フェミニンも消える(小花柄とか女性っぽさ全開はただの事故映像)
ロマンスも消える(胸元が多少空くのは大丈夫だが、甘ったるい雰囲気を持っていないし
すっぴんでも別に野暮ったさはあんまりでない気がする)
グレースもたぶん消える(パンツスーツは似合うけどひっつめ髪似合わない
きちっとし過ぎた服装は物足りない)
以上でナチュラルとファッショナブルが残って
変形型の服装はあんまり似合わないし、個性強すぎる服装も別に似合わないから
ナチュラル優勢かなーって感じ
ただし無地T×無地ズボンみたいな服装も同様に無理なので
ナチュラル1本大丈夫タイプでもないと感じてる

派閥によってはこれ以外にもタイプはあるらしいがとりあえずまとめ







新しく

さて気がついたら3月も終わります。
学生生活がついに終わってしまうんだなーと。
ついにこのPCともお別れか、、、



そういえば結婚しました。
中学生が終わる頃に始めたこのブログも10年経過
時間は経つものですね

これから新しい生活が待ってるわけですが
アルハラされたら速攻で辞めると思うのでよろしく!!!!!

博士後期と適応障害

ちょくちょくちゃんとまとめようと思って
結局ダラダラ書いているので残すためにちゃんと書こうと思います。

私は博士後期1年のときに精神疾患(適応障害)になり
1年弱の休学を経て来年度の就職を決め、現在は半年間の復学をしています。

なぜ適応障害になったのか
どう気づいたのか
気づいてからどうしたのか
休んでいる間何をしたのか
就活と復学について
適応障害を経て変わったこと
まとめたいと思います。

実際はこのブログに書いていたことと同じこと書くことになると思いますが
1記事にまとめようと考え、これを打っています。
長くなりますが、自分と誰かのためになりますように。


,覆偲応障害になったのか

・奨学金免除に受からなかった。
これが一番大きな転機だと思います。
私は修士の間、物理の研究者になるためのステップの1つとして
奨学金免除を狙っていました。
就職もする人間もいる奨学生の中で全額1割、半額2割の中に入れないのは
きっと話にならない、と思っていました。
うちの奨学金免除は修論発表会だけで決められます。
つまり研究者の卵の集大成。
でも私は3割に入れなかった。発表自体はそこまでダメではないという印象だったのに。
(冷静になればギリギリまで結果が出るのを粘って頑張っていたが
結局修論までに結果らしい結果が間に合わなかったからだとは思う)

この結果を知った瞬間、
糸が「プツッ」と切れたような、棒が「ポキッ」と折れた感覚があった。
推測だが私はこの時「燃え尽き症候群」になったのではないだろうか。
自分の人生の中では結構頑張った方なのに、結果がついてこなかった。と自覚しました。

・ポスドクの外国人の世話
これは単純に時間が取られたという副次的な理由だと思います。
ポキッと心が折れたまま、共同研究者のポスドクの外国人がうちにやってきました。
世話をするのは来年D3で結果を出さなければいけない先輩と来年D1の私。
・先輩が忙しく負担をかけられないということ
・共同研究がそろそろまとめに入っていること
この2点から自ずと私に世話の比重が寄っていました。
結果として1週間が彼の世話で終わってしまう。
自分の仕事が前のようには進まなくなりました。
「ただでさえ他の同じドクターより頑張らなければ3年ではとても卒業ができないのに。」
この頃の私はめちゃくちゃ焦っていました。

ただ彼はすごくいいやつでしたし、最終的には彼に完璧に研究を任せて去ることになります。
それに彼の世話のおかげで、英語を喋ることに対する抵抗がほとんど0になりました。
貴重な時間であったことは変わりありませんでした。

・研究内容が終わりかけで、次はどうするのか
加えて私の研究は主要なデータは取り終え、あとは自分の解析待ちでした。
・早く結果を出さなきゃ
・終わったら次どうするのか
これにも焦りを感じていました。
そこで教授に相談したところ、
「今のうちに他の研究も触ってみた方がいい」といわれ、
他の会議や実験にも顔を出すようになりました。
そうするとさらに時間が足りなくなりました。
週1のミーティングの間に結果が出せなくなってきました。
「私は何をやっているんだろう…1週間何もできないまま終わっていく…」
この時の私はずっと焦っていました。

△匹Φい鼎い燭里

・感情労働という言葉を知った。
正確にいつ頃かは覚えていませんが、ツイッターで「感情労働」という言葉を知りました。
(ブログを検索したら8月末でした。)
感情労働とは頭脳・肉体だけでなく、機嫌がいいことが働いている上で必要とされる労働だそうです。
例えば接客業や看護師などがそれに当たります。
そういう人たちは感情を抑制されるストレスから鬱病や適応障害になりやすいと書いてあったと思います。
その時の私は適応障害を知りませんでしたので、さらにその単語を調べていきました。
「あぁこれ、私のことか」と気づくのは非常に容易かったです。
この言葉を知ったとき私は涙が止まりませんでした。
そもそもこの言葉を知る前から涙が出て止まらないことがすでにあったのですが。
「私はもう病気なのかもしれない・限界なのかもしれない」と初めてそこで思いました。

5い鼎い討らどうしたのか

・それでも学校には行った。
意地でした。私は休んでしまえばもう学校に行かなくなるとわかっていました。
休むならちゃんと休みたい。でももう9月末の学会が迫っている。
せめてそこまでは。せめてそこまでは。と必死に食らいついていました。
その間、涙が止まらなくなる時間はどんどん増えていきました。

・学会が終わって実験が始まる前に病院に駆け込んだ。
学会には出ました。
ホテルをとった時には「もっといろんな情報を得るんだ。物理を好きになるんだ。」
と思って学会全日出られるようにしていました。
実際には自分の発表をするので限界でした。
「耐えられない。これ以上ここにいたら壊れてしまう」
期間中には共同研究の外国人と10月に迫った実験の話をすることもありました。
「もう殺してくれ。限界だ。」とても話し合いをする元気はありませんでした。

ここで休学しないと、私はもっと周りに迷惑をかけてしまう。
私は学会が終わるとすぐに病院に駆け込みました。
ちなみに予約する時、1件目は1ヶ月先になると言われ断りました。
2件目はまだ新しい病院だったからかネットで1週間後に予約をとることができました。
そのころの私は病院に行って話をするだけで涙が止まらなくなっていました。
本来は人前で泣くのは好きじゃないんです。でも止まらなかった。
その様子を見てかすぐに診断書を発行してくれました。

「私は本当に病気だったのか」
複雑な感情の中で安心を覚えた。病気とわかって安心するなんて。

診断書を受け取った次の週。共同研究者を集めて解析会議をする日。
私は教授・准教授に診断書を差し出しました。
そして休学届を書き、私はこの研究室から逃げるように帰りました。

さ戮鵑任い覺峅燭鬚靴燭里

・家でゴロゴロ→2人暮らしが始まる
その日帰ると親に報告しました。「学校休学するわー」
博士後期始まって半年しか経ってなかったし、
あんまり学校生活の話とか病気の話をしてなかったので、なんでやねん的なことは言われましたが、
「診断書出たから」と言っただけで親は納得してくれました。
多分普通の親だったらこうは行かないと思います。
お医者さんにはとにかく休めと言われたので、外出は犬の散歩が9割でした。

加えて幸運なことに大学から長い付き合いの恋人が
すぐにでも一緒に住もうと話を進めてくれました。
そのまま休み始めた同じ月にあれよあれよと同棲が始まりました。
本来はあんまり環境を変えるのは良くないらしいですね。
私的には家事という達成感が得られやすいやることができたのは良かったかもしれません。

親と恋人に恵まれていたのは本当に幸運でした。

・資格勉強をする
ただ休んでるだけだと不安だったので秘書検定とTOEICの勉強をしてました。
さすが半年英語を使ってたらTOEICの点数は飛躍的に伸びてました。

・そして就活
そんなことをしていたらあっという間に3月になってしまいました。
正直このまま学校に戻っても適応障害へ逆戻りするってのは目に見えていましたので
修士卒として就職活動をしました。

ソ活と復学について
就活は
技術職・県内(相手を転職させることは考えられなかったため)・卒業3年以内を明記
を重視しました。(修士卒とすると卒業後2年目にあたるため)

合同説明会は2回(学外1回・学内1回)
個別説明会は4社
ESは一応出したを含めて3社(説明会行った1社含む)
そこからそのまま1社だけ面接に行き採用してもらえました。
(後々聴くにはほとんど私と同じ前例の人がいるらしい)

特に学外の合同説明会が一番自信がつきました(性格悪いので)。
あと適応障害なので、原因になった研究のこと以外では普通に振る舞えました。

病名は確か明かしてあります。そこで嘘つくほうが今後危ないと思ったので。
それでも採っていただけたので、本当にありがたいと思います。

そして就活も無事終えると「暇だな」と感じることが増えました。
10月以降休学するか復学するかの書類も出さなきゃいけなかったので、
ちょっと悩んで復学することを決めました。

理由としては大きくはリハビリ(生活習慣)
その次に自信を取り戻すこと
加えて手を動かして勘を取り戻したいと思ったからです。

なので今は学校にて豪速球で仕事を投げ込まれています。つれえ
でもこれで良かったと思います。

ε応障害を経て変わったこと

・涙もろくなった
適応障害が寛解してから、涙が止まらないことはなくなりましたが
ドラマでの感情移入度が高くなった気がします。
歳をとったからの可能性は捨てきれない。

・病院に行きまくった
精神科以外にも歯医者とか行きまくりました。
健康になりたかったしメンテしたかったんです。

・趣味を始めた
昔やってたことを掘り出して最近やってます。
観劇と刺繍。
あと気が向いたら身体動かしてます。痩せてえ
加えてメイクとか服とかまた買い始めました。
それに備えパーソナルカラー診断まで行ってきました。金のかかる



以上が私の2年間の博士後期生活でした。
人間として面白い体験ができたなと思えています。
普通これ3記事ぐらいに分けるんだろうなと思える長さですね。
これからもこのブログは適当な日常をダラダラ発していくだけに戻ります。
楽しい毎日になりますように

人生楽し

たのしーーーーーーーーーーーーーー


現在一人暮らし満喫中
一人暮らし結構楽しい
期間限定だからかもしれないけど


最近乾燥してきた
保湿が足りなくて乾燥ニキビできてた


だるいにゃん
眠いにゃん
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桜ノ雨とabsorbがなければここにはいなかった人間

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