子供の頃、牧師やクリスチャンは人格者で、人生経験豊富で、よくできた人だと思おうとしていました。依存の対象でした。

その人は『人格者』なのか、それを見極める目が塞がれるのが、宗教者の肩書です。
当たり障りない知識だけ言っていれば、常識感覚がおかしくても認められてしまいます。

キリストが内におられ、人生経験の節々で学びと決断と変化を導かれていることを、
福音派聖霊派の教会や牧師を信じる前に信じたかったです。
そしてこれからはそうしていきます。
様々な経験を通して、教会教派の偏りや毒ある洗脳から、
真っ当な人間に脱して、ちゃんとした人格者、人間であることを探し求め続けます。

神学生の方は、牧師を目指さず、人格者を目指してください。
福音派のヒューマニズム批判など目もくれずにいてください。
聖書知識、神学知識も要りますが、それよりも、
キリストがどう自分を生かしているのか、を知ることが一番大事です。



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  福音派・聖霊派(カリスマ派・ペンテコステ派)・聖書主義の問題、リバイバル信仰の問題、潜在意識など心理的背景、教会のカルト化問題、クリスチャン2世問題を扱います。その当事者として信仰的姿勢と現実的姿勢で原因考察とお勧めをしております。
  教派信仰問題の経験者の今後のあり方、信仰と救い、社会性、人生の背景、自立した生き方を探求します。内容が辛らつすぎると思われる方は、自己批判・内部告発とお考えいただきたいと思います。

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