side kazu


まひろさんの店でパンケーキを
ご馳走になった俺達は
日が暮れる前に智の祖父母の家に戻った。

俺がフランス行きの話をしてから
智の口数が減ってしまった。
ちゃんと修行が終わったら
戻って来るって説明してるんだけど
多分、全然納得いかないんだと思う。

智「ただいま…」

爺「お帰り。温泉はどうだった?」

和「とっても良いお湯でした。」

爺「都会じゃ、天然温泉なんて入れないだろう?
  ワシも毎朝風呂は旅館の露天に行ってるよ。」

和「へえ…」

爺「ん?なんだ、智、疲れてるのか?」

智「えっ…あ、いや…」

爺「婆さんももう直ぐ戻るから
  夕飯まで部屋で休んでるといい。」

和「あ、俺何か手伝いましょうか?」

爺「ああ、いやいや…君も疲れただろう?
  智とゆっくり休んでなさい。」

お爺さんにそう言われて
俺は智と部屋に戻った。
智はまだ何か気に入らないって表情で
部屋に入ると、さっさと押入れから
布団を取り出して、
それを部屋の真ん中に敷くと
大の字に寝転んで
片手でおいでって俺を手招きした。

和「えっ?もう、寝るつもりなの?」

智「いいから…」

俺は着ていたコートを脱いで
壁のハンガーに掛けると
そのまんま、智の横に寝転がった。
すると、智は俺の身体の上に
覆い被さり、何も言わずに唇を重ねた。
智の舌先が俺の唇を割って
怪しく口内に忍び込んでくる。
それと同時に、焦るように
智の右手は俺のズボンのベルトを
外しに掛かるから、俺は慌てて
その手を制した。

和「んっ…ちょっ…まだ駄目だよ…」

智「どうして…」

和「だって、まだこんな時間だし…
  お婆さん帰ってきて、飯の支度出来たら
  きっと呼びに来るよ?」

智「ちょっとだけだから…」

和「駄目だって。」

智「おまえ、おいらのこと嫌いなの?」

智はふて腐れた言い方で
身体を起こしてから
布団の上に胡座を掻いて座ったから
俺も同じように起き上がり
智の目の前に正座した。

和「誰もしないって言ってる訳じゃないのに
  何で嫌いとか思われるのかが
  意味分かんないんですけど。」

智「だって、そうじゃん。
  勝手にフランス行くとか決めてたし。」

やっぱりそれが引っ掛かってたのか…

和「ね、聞いて。」

智「嫌だ。聞きたくない。」

和「聞けよっ。」

智「おいらは絶対に認めねえからな。
  まひろの店は継がない。
  おいらは東京でちゃんと仕事探して
  働くつもりだった。
  おまえのことだって、
  ちゃんと養ってく覚悟は出来てる。」

和「きっとそんな簡単には仕事なんか
  見つからないよ?
  ましてや、美術や芸術に関わる仕事が
  本当はしたいくせに、俺の為にそれを
  諦めて欲しくないから言ってるの。
  どうして分かってくれないの?」

智「言ったじゃん…おいらは仕事なんかより
  おまえのこと選んだんだって。」

和「うん、それは凄く嬉しかったよ。
  でもね、櫻井先生は、自分の幸せより
  あなたの夢を叶えてあげようとした。
  そうでしょ?
  だから、俺も自分に出来る事は何かって
  俺なりに考えたんだ。
  ここに来るまでは、東京でフレンチの店
  開くつもりだったけど、べつに
  あなたと一緒なら何処でもいいんだよ。
  本格的にレストランやるんなら
  半年や1年で日本に戻れるかは
  分かんないけど、まひろさんとこみたいな
  小規模なお店で軽食程度なら
  半年も有れば、戻って来れるでしょ。
  まひろさんの出産までには間に合うと
  思うし…。」

智「で、でも、それでも半年だぞ?」

和「そりゃ、俺も寂しいよ。
  あなたと半年も逢えないのは…」

智「だったら行かなきゃいい。」

和「あなたに出会うまで、俺は
  やる気もなければ未来を夢見ることも
  何も無かったの。
  親の言い成りにだけはなりたくない
  って、ただそれだけだった。
  進学にしても、進路にしても…
  恋愛だって真面目に向き合ったことすら
  無かったんだ。
  俺が変われたのは、智を好きになった
  お陰なんだよ。」

智「カズ…」

和「あなたと俺の店…夢が膨らまない?
  あなたはお爺さんと作品を作る。
  店内には陶器だけじゃなくて、
  あなたが描いた絵も飾るといいよね。
  俺はフレンチでお客さんに料理を
  振舞って、あなたとはずっと一緒に
  居れるんだよ。素敵じゃない?」

智「カズ、本当にそれでいいの?」

和「うん、俺がそうしたいって言ってるの。」

智「そっか…」

智はやっと分かってくれたみたいで
決まり悪そうに下を俯いた。
俺はそんな智の顔を下から覗き込んで
フフフッて笑いながら
彼の胸の中に思いっきり飛び込んだら
バランスを崩して
そのまま再び布団にダイブした。
  

婆「さーとしっ、カズちゃーん、ご飯だよーっ!」

お婆さんが廊下から呼ぶ声がして
俺達は慌てて身体を離して
お互いの顔を見合わせて
クスクスと笑った。







  
続く





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