chocoの日記: 翻訳&その他にて我が道を行く・・・

ヨーロッパ各国の映画をほぼ日替わりで楽しめる「EUフィルムデーズ」を初体験。ポルトガル映画の「ホース・マネー」を見てきました!
ペドロ監督の強烈で独特な世界に圧倒され、上映直後に行われた小野正嗣さん(作家)のトークショーも素晴らしかったです。
https://eufilmdays.jp/films/2018/horse-money/

アフリカの西側、大西洋に浮かぶ島国のカーボ・ヴェルデ出身でリスボンのスラムに住む、中高年の移民男性を主人公とする作品。貧困や搾取、精神疾患、(おそらく祖国独立に関連する)革命軍、娘の婚礼などが回想や妄想も交えて描かれます。

光と闇の対比が印象的な映像。しかも光よりも闇のほうが多い。地下、夜の森、薄暗い路地など。闇から急に人が出てくるのように感じますが、前からそこにいて見えなかっただけなのでしょう。台詞や音、笑顔も少なめ。顔は闇の中で見えないけれど、光が当たっている手足や背格好から、その人物がうなだれているのがわかったり。たまに音楽や微笑むシーンが入ると、鳥肌が立ちそうなほどのインパクトがあったり。

舞台演劇のような場面展開や、静止画像のようなシーンもあり、主人公男性が急に歌い始めるシーンではミュージカルの雰囲気を感じました(素敵な歌声でした)。誰が誰に語っているのかわかりにくい台詞もありますが、効果的な演出だなと感じられます。いずれも作品と一体化して、自然に流れていく感じがまたすごいなと。

以下は、ペドロ監督を尊敬するあまり「ペドロ先輩」と呼んでいらっしゃる(^^)、小野正嗣さんのお話(私のざっくりした記憶に基づくものですm(__)m)。
もし本作品を文字で表現するとしたら、小説では無理。可能性があるとすれば詩だろうか。
本作品内でペドロ先輩は、主人公たちに尊厳を返そうとしているのではなく、彼らが元々持っているが見えにくくなっている尊厳をポエティックな手法で我々にも見えやすくしてくれている。重んじているのは正当性と正義で、周辺的な状況に追いやられている人々に目を向けた作品とのこと。

「尊厳」という言葉は、自分が聴講したシリアに関する講演会でも、パレスチナに関する講演会でも強調されていた語です。生きているだけでも素晴らしいことだけれど、社会における位置付けなども含め、尊厳が保たれることも不可欠だと。

一般論として、長年にわたって尊厳が損なわれてしまうと、残された限られた手段へと追い詰められてしまいかねないのではと思います。


独特の魅力を持つ本作品、映画祭終了後も全国のミニシアターなどで上映されたらいいなと思いました。

6月初めのことだが、映画「サバービコン 仮面を被った街」を見に行った。

「1957年に起きた人種差別暴動をモチーフに、アメリカン・ドリームのような理想の街で起きる騒動を描く、ジョージ・クルーニー監督によるクライム・サスペンス」(https://movie.walkerplus.com/mv63779/)である。

「オーシャンズ」シリーズなどで何かとジョージ・クルーニーと一緒のマット・デイモンが主演。ズルくて弱くて嫌な大人を、地味ながら数十年前からこんな人間だったと感じさせるかのように演じている。この映画の特徴であるジワジワとした薄気味悪さに何気なくつながっていて、さすがだ(^^)。

舞台は1950年代であることが強調されているが(服装から生活ぶりまで)、人種差別に排他主義、集団心理や事なかれ主義など、今の世界にも現実にあって目を背けがちなことがらをこれでもかこれでもかと突きつけてくる。「黒人の方を差別してはいけない。でも私たちは白人だけの街で暮らしたい」旨のセリフが出てくるが、人種や民族問題に限らず、似たもの同士で固まって他を排除というのは程度に差はあれ誰にとっても他人事ではないだろう。

とはいえ、正義感がある人も凜とした人もいる。差別を受けた家族の父親が息子に言った言葉は「何も見せるな」。恐れも不安も憎しみも見せず、堂々としていなさいとの意のようだ。かっこいい父ちゃんだ。

結末に派手さはなく、その判断は観客に任されている感があるが、かえって心に残り、ジョージ・クルーニー監督ってすごいなと感じるものがあった。

そろそろ上映終了かもしれませんが(笑)、お勧めです。

『ムシェ 小さな英雄の物語』(キルメン・ウリベ 著、金子奈美 訳)を読了。https://www.hakusuisha.co.jp/news/n14761.html
2016年に第二回日本翻訳大賞を受賞して以来、気になっていた作品。

原書はなんと、バスク語で書かれたとのこと。本書が2作目となる著者は、「スペイン北部からフランス南西部に跨がるバスク地方に生まれ育ち、話者数が100万人に満たない少数言語の書き手」(訳者あとがきより)だそうだ。ちなみに川崎市の人口が約70万で、バスクではそれよりやや多い人口で1言語を守り抜き、世界的な作家まで生み出している(著者の1作目は英語をはじめとした14言語に翻訳されている)ことにも感嘆。そしてそれを日本語で読めるとはなんとも幸せだ。

さて、本書はバスク語の書き手で1930年代のスペイン内戦に関心を持つ作者が、スペイン内戦時にビルバオからベルギーに疎開した子供と、その受け入れ役を引き受けたベルギー人青年のロベール・ムシェ(レジスタンス運動に加わり、ノイエンガンメ強制収容所に送られた)を中心に描いたもの。

囚人たちの生きる意欲を根こそぎ奪い、尊厳を踏みにじる場である、悪名高いノイエンガンメ強制収容所での描写も凄まじい(本書から外れるが、パレスチナの現状がナチス収容所と似ているとの指摘も各所でなされており、本書を読んで私も同じことを思った)。

そしてカープ・アルコナ号の悲劇。恥ずかしながら、本書で初めて知った。第二次大戦終結直前に、強制収容所の囚人たちがリューベック港に停泊中のカープ・アルコナ号に詰め込まれた。ナチスの旗が掲げられていた当船をイギリス空軍が爆撃し、4000人を超える囚人が死亡。5日後にはドイツが降伏したのだが…。

一方で、文学青年であるロベール・ムシェとその周囲の人々との交わりは、知的であたたかく、心洗われる。

「歴史資料や独自の取材にもとづくノンフィクション的な記述と、作家の想像力から生まれる小説的な語りとのあいだを行き来して、ロベール・ムシェとその周囲の人々、彼らの体験や感情を鮮やかに蘇らせてみせる。」(訳者あとがきより)という、独特で奥深い世界が広がっている。

終盤には作者と同名の語り手が登場し、「作中におけるフィクションと現実の区別は宙づりにされ、語り手がはたして作者本人なのか、その人物の身の周りに起きるのは実際にあった出来事なのかといった判断は読者の側に委ねられることになる」(訳者あとがきより)という作りもあってか、人々のあまりに複雑な思いがじわじわと、そしてしっかりと伝わってくる。

厳しい描写も多々あるが、主要な登場人物が勇敢で前向き、かつ穏やかなため、読了後にはこちらも穏やかな気持ちになった。お勧めです(^^)

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