chocoの日記: 翻訳&その他にて我が道を行く・・・

土曜の夜のことですが、我が家の3名で横浜のトルコ料理店「TRUVA(トゥルヴァ)」に行ってきました。ベリーダンスも素敵でした!
https://tabelog.com/kanagawa/A1401/A140101/14058998/
(※土曜の夜は20時からベリーダンスのショー(無料)があるので、予約をされたほうがいいと思います。先日も、満席でした。)

お任せコース(税抜きで1名3300円)を3名分お願いしましたが、とにかくどれも美味しくておなかいっぱい!以下、自分の備忘録も兼ねて、写真と共に並べておきます。

ぶどうの葉包みピラフ、トルコチーズの春巻き、ひよこ豆ベジタリアンフライ(ファラフェル)
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トルコ風サラダ
ペースト4種類(ヨーグルトとナス/ホウレンソウ/ピリ辛トマト/ひよこ豆)
手作りパン
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特に、ひよこ豆ペースト(フムス)がお気に入りとなりました。一口食べるごとに「うん、ひよこ豆、おいしい!」と連呼していたような(笑)。


ナスと牛ひき肉スパイス炒め(ムサカ)
ラム肉シチュー

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ギョレメ(チーズ)(メニューには英語で"Fry Pizza"とありました。なるほど)
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ケバブ盛り合わせ(ラム、チキン、手羽)※串からはずした後の写真です。白くて円いのはご飯。お肉とご飯の組み合わせて幸せ倍増でした。
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コース外ですが、せっかくなので、伸びるトルコアイス(実は人生で初体験)も食べてみました。伸びるのを楽しみつつ、お味もおいしかったです。


トルコワイン、トルコビールEFES、トルコのお酒「ラク」(あえて例えるならウォッカのような感じ?)も、とても良かったです。

土曜の20時からはベリーダンスのショー(無料)も行われ、こちらも楽しんできました。とても美しくグラマラスな女性お二人が、自分の前方2メートルの場所で神業級のダンスを披露してくださいました。最初は見事なお胸や腰に目が行きがちなのですが(笑)、研鑽を重ねられたであろう見事な動きと、ダンスを心から楽しんでいらっしゃる素敵な笑顔に魅了されて感動!圧倒されて涙が出てきそうでした。店内でも男性より女性客の方が興奮している感じで^^。

曲はしっとりしてエキゾチックなもので始まり、いつの間にかテンポが上がってビート感が強い曲になり、トルコにもいろんな曲があるんだな~と(考えてみれば当たり前ですが)。

曲のテンポはますます上がり、サルサクラブ(デンバーにいた頃、メキシコ出身のルームメイトによく連れて行かれました^^)でよくかかっている「メレンゲ」(ジャンル名)っぽくなってきて「踊らにゃ損損」という雰囲気になってきました(笑)。やはり来ましたねえ、踊り手さんから「皆さんもどうぞ!」^^

やはり?女性客が元気です(笑)。向かいと横のテーブルから計8名ほど立ち上がられ(もちろん私もすかさず参加)、みんなで輪になってテキトーに踊ってます(笑)。ベリーダンスをやったことがありそうな人はお1人かな(笑、私ではありません)。うちの小6男子は、顔が引きつったまま座って食べてました(笑)。「盆踊りでもフォークダンスでも、なんでもいいからまずはおいでよ」と声をかけましたが、頑なに首を横に振っています(笑)。でも、踊り手お姉さんが横に座ってくださったときには、満面の笑顔でした(笑)

踊り手さんのお一人は客席に座ってのんびりしているし(笑)、なんだかもう、みんなのびのびと好きに楽しそうにしています^^ とってもいい感じ^^

いつの間にか音楽が止まって、ダンスタイム終了。自然発生的に、踊り手さんたちとの写真撮影や、ベリーダンス質問会(踊り手さんたちは、先生をやっていらっしゃるようです)が始まったり(笑)。「腰痛持ちですが、大丈夫ですか?」(無理な姿勢は一切無いので平気だそう)「皆さん"胸"はどうされているのですか?(笑)」(「盛っている」人も多いらしい^^)などなど、聞こえてきました^^

確かに、あの見事な踊りっぷりを見せていただいたら、自分もやってみたくなりますね^^でも、まずは空手を習いたい私でした(いつの日になるやら・・)。

素敵な踊り手さん
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店内ではトルコの民芸品も売られていて、ピアスを買ってみました。「鬼ににらまれたときに、この目玉が見返してくれて鬼を撃退してくれる」のだそう。魔除けにもなりそうです^^

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とっても美味しく楽しい土曜の夜となりました(^^)

p.s.小6クン、帰りの電車の中で何やら踊ってました(笑)。踏ん切りを付けるのに時間がかかるのかもしれませんね^^

6/3土曜日に、翻訳家の上原裕美子さん主催のリーディング勉強会に参加させていただきました。
1月にも開催されていたのですが、私の申し込みが遅かった故に参加できず、今回の2回目の開催を楽しみにして、念願の参加実現!となったのでした。とてもよかったです。

ノンフィクションやビジネス書で20冊以上(ざっとの目視で数え切れていないので数十冊のような気もします)の訳書を出されている上原さんが、原書の見つけ方、読み方とシノプシスの書き方、シノプシスの持ち込みについて、フレンドリーかつ具体的に(多数の体験談ご披露あり)、そして熱く(^^)語ってくださり、とても楽しく充実した時間となりました。

参加者さんの人数も15人ほどで、質問もしやすく、そしてすでに訳書を出されている参加者さん(複数名)からの質問も的確で、これに対する上原さんのご回答も、「私だったらこうするかな。そして一般的にはこういう(別の)方法もあるかな」というとても実践的な内容と進行で、メモをとりまくりだった私でした。

リーディングにおける読むコツも伝授いただき(訳すときの読み方とは大きく異なるのですね)、「2週間で読んでまとめてだなんて大変!その間に別の産業翻訳の仕事が入ってきたらどうするんだろう」と思っていた私ですが、お話を伺って、「なるほどー、気に入った本があったら練習してみよう^^」と思うまでになりました。

さらに、今までに作成された数々のシノプシスも見せてくださったりで(出版された訳書とペアで回覧してくださったりも)、優秀な方ほど努力されているんだなあと改めて思いました。

その後、懇親会が同じ場所で立食形式(ケータリング、アルコールあり^^)で開かれ、この人数なので和気あいあい。初めてお話する方にも声をかけやすく、楽しく実りある時間でした。個人的には、初挑戦の日本酒のスパークリングにもときめいていました^^ 
そして編集プロダクション関連のお客様もいらっしゃってお話させていただき、産業翻訳のエージェントさんとは異なる世界が新鮮でした。

この日はあちこちで充実した翻訳イベントが開催され、こちらが気になりつつも参加できなかった方々もいらっしゃるようなことを耳にしています。超ご多忙の上原さんですが、きっとそのうち3回目もあるんじゃないかなと勝手に期待しております。そしてこの日に教わったことを帰宅後にちょっと試したりおさらいしてみたところ、新たな疑問も出てきたので(これからも出てくるでしょう)、また1年後あたりにでも開催されたら(これまた私も勝手な願望ですが)参加してみたいなと思ったりもします。

上原さん、ご参加のみなさま、ありがとうございました(^^)

そして私に関しては(通年課題ですが)、とにかく英文をしっかり読めるように頑張らないと、ですね(^^)。気持ち新たに取り組みます(^^)

(超長文です)
帯には「トランプ支持者の実態、アメリカ分断の深層」とあり、思わず購入。大変読み応えがあった。

祖先はアパラチア一帯に住み、自身はオハイオ州のさびついた工業地帯(ラストベルト)で育った著者の自伝。自身を貧しい米国白人労働者階層の出身であり、ヒルビリー(田舎者)として描いている。

そのヒルビリーが先の大統領選でトランプ氏の支持者層となったと聞いて、本書に興味をもった。著者は、ヒルビリー出身でイェール大学ロースクールを卒業し、現在はシリコンバレーで投資会社の社長を務める。アメリカンドリームを体現したような彼が語る、貧しい白人労働者階層の想像を絶する日常。

光文社サイト:http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334039790

米国の貧困についてはジャーナリストの堤 美果さんの著書や、マイケル・ムーア監督(ミシガン州フリント出身。自動車産業が衰退して苦境にあえぐ地域として出身地を描いた)の複数の映画から、多少なりとも理解しているつもりだったが、本書を読んで自分の認識の甘さに愕然とした。根はいい人々もたくさんいるのだろうし、頑張ろうとする人々もいるのだろうが、それらを軽く押し流してしまうような非常に残念な社会慣習、行動規範に圧倒され、読了後も本書のテーマが頭から離れなかった。著者が挙げる具体例(実体験)を読んでいかない限り想像もできないような世界が横たわっている。

一方で、著者の同胞に対する複雑な思いや、愛情を降り注いでくれる親戚の人々の存在などについても大いに語られている。特に、強くて優しいばあちゃんの言葉には、自分の子どもに対する接し方を反省させられたりもし、自分にとってとてもインパクトの強い作品となった。是非ご一読を。

ともかく、貧困の連鎖と言われてもここまでは想像できないだろうと思われるため、具体例を多数列挙する。

彼らの社会では、貧困、薬物中毒、銃の常時携帯、そして努力を軽んじる風潮が蔓延している。子どもたちの将来は、ましな場合で生活保護、最悪の場合は薬物中毒者か犯罪者だと言われる。将来に希望は描きにくい。

「停まっている車の中に気を失った人がいて、その手には注射針がささっている」(薬物中毒者である)という光景が珍しくない地域だそうだ。

地域や家庭内の環境と行動規範が、中産階級のものとはまったく異なる。

家族を守るためには、相手を攻撃するために銃やチェーンソーを持ち出すこともいとわない。玄関のドアを開けると、借金を無心する隣人がいる。自転車に鍵をかけて自宅のポーチに置いておいても盗まれる。子どもにクリスマスプレゼントを買うために犯罪を犯す。家族の少なくとも1人はドラッグをやっている。子どもに勉強をさせない。子供らも、勉強していい成績をとるなんて「お嬢様」か「オカマ」のやることだと思っている。倹約がきらいで、高利貸しから金を借りて巨大なテレビなどを買ったりして破産。子どもの大学の学費も蓄えも何も残らない。

仕事についても長続きしない。商品を盗んで売り飛ばしたりなどと、勤務態度が悪すぎて首になることも少なくない。失業状態になると、国の政策が悪いだとか中国に仕事を奪われただとか、何かのせいにする。失業に限らず、自分たちが敗者なのは政府や大企業、マイノリティのせいだという考えが蔓延している。この思いに巧みに共感する姿勢を見せたのがトランプ氏なのだろう。既存の社会福祉政策への不満もトランプ氏に有利となったようだ(例: 働けるのに生活保護を受けている人がいる。家庭内でトラブルがあって児童相談所に連絡がいっても、知り合いや親戚宅での預かりは制度上不可で見知らぬ人のところへステイさせられていまうので、子供らは「大丈夫です」と答えてしまうなど。)

著者の家庭も例にもれない。
父親がころころ変わり、家庭内では夫婦喧嘩(話し合いではなく「叫ぶ」のが基本)や暴力沙汰(皿などを投げたりも)、そして一方が家出する事態が日常的に起こる。自宅は心安らぐ場所にはならず、落ち着いて勉強するどころではない。

薬物中毒者でありながら看護師をやっている母親が、息子である自分に「クリーンな尿をくれ」と言ってくる。看護師免許を更新するために尿検査が必要なのだそうだ。

「普通にがんばる」ことに対してでさえも親や近所が妨げとなっているようなあらゆる困難に取り巻かれ、すべてを諦めるしかなさそうなこの環境で、著者にとって救いだったのは、他人にはおっかないけれども、自分にはあたたかい祖母の存在。この地域には珍しく、勉強の大切さについて語るばあちゃん。ばあちゃんが繰り返す「おまえはなんでも なりたいもんになれるんだ」の言葉に号泣した私。希望や意欲を持てば持つほど現実との落差で心が折れそうになるようなこの地で、前向きな気持ちを発信し続けるのは、とてつもないエネルギーと強い心が必要だろう。

著者はオハイオ州立大学、海兵隊を経てイェール大学ロースクールに進んでからも、クラスメイトとの違いに気がつき、内なる葛藤を自覚する。子どもの頃のお気に入りのレストランが、クラスメイトにとっては健康を脅かす油っぽい料理を出す店にすぎないということがわかったときや、オハイオの一部地域(著者の出身地)における住民の銃への異常な執着などが笑われているのではないかという思ったときに、イェールのロースクールが、見えない線の向こう側にある存在に感じられたとのこと。

一般的にも、労働者階級が経済的にある程度成功しても、それまでとの生活習慣の違いや、アイデンティティの大部分がどこかに置き去りになっているという不安から、また転落してしまうことが多いそうだ。

就職についても、著者が大手法律事務所の一次面接を突破した後、事実上の二次面接を兼ねた食事会が最高級レストランで開かれ、かなり大変な思いをする。「一緒に飛行機に乗ってもいい」人間だと思われることが内定獲得のポイントとのことだが、雰囲気に飲まれてしまって、社交どころではない。ワインの種類をきかれて戸惑い、スパークリング・ウォーターが炭酸水だと知らずにクレームをつけたり、テーブルに置かれた9本のナイフとフォークを目にしたときには、トイレに立って、友人に電話をかけて使い方を教わった。
なんとか内定を手にし、ロースクール修了も間近というときに、母がついにヘロインに手を出したとの一報。自分のような(環境で育った)人間が本当に変わることなどできるのだろうかという疑問が再度渦巻く。その後も過去へのいろいろな思いが浮かんでは消えつつも、パートナーや周囲にも恵まれ、今に至っている様子。

ヒルビリー問題の解決については、ホワイトハウス勤務の著者友人いわく、「問題が多すぎて、根本的な解決は不可能。でも境界線ぎりぎりのところにいる人たちに手をさしのべることならばできるかも」との旨。著者の考えは、この環境から抜け出せた人々には、信頼できる家族(それが親族親戚全員の中で数名だったとしても)やお手本となる人物(友人の父親など)の存在が大きく、人生の選択肢や自分の可能性を教えてもらえたとのこと。そして政府や大企業を非難するのをやめ、自分たちに何ができるのかを自問自答することから始めるべきとも。

・・読了後、あまりに具体的で強烈な印象が残り、自分がこの境遇だったらどうしていただろうか、どうすればこの社会全体が少しでもよくなるのだろうかと考えずにはいられなかった。ヒルビリーの気質にも素晴らしいところはある。何が何でも子どもを自分で守ろうとする思い自体には、長いものに巻かれがちな日本の親社会も見習うところがあるかもしれない。もちろん武器の持ち出しはよくないが。

そして日本でも人ごとではないと思う。ニュースによると、子どもの6人に1人が「相対的貧困」状態にあるそうだ。はためにはわかりにくいので見過ごされがちだが、学校に弁当をもたせてもらえない、部活の部費が払えないので部活に入らない、塾に通えないため成績不振など、経済的理由から一般の人が行っている体験ができず、それらの積み重ねで様々なチャンスを逃してしまう、ものごとへの挑戦をあきらめる習慣がついてしまうのだそうだ。子どもに「個人の努力」だけを言い聞かせても酷だろう。

セーフティーネットがないも同然の時代、よほどの富裕層でもない限り、貧困は他人事ではないと思う。そして貧困は社会全体に影響を与える。問題に目を向けていくことの大切さを再認識する機会となった。

いろんな意味で自分にとってお気に入りとなった本書。是非ご一読を(^^)

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