『ムシェ 小さな英雄の物語』(キルメン・ウリベ 著、金子奈美 訳)を読了。https://www.hakusuisha.co.jp/news/n14761.html
2016年に第二回日本翻訳大賞を受賞して以来、気になっていた作品。

原書はなんと、バスク語で書かれたとのこと。本書が2作目となる著者は、「スペイン北部からフランス南西部に跨がるバスク地方に生まれ育ち、話者数が100万人に満たない少数言語の書き手」(訳者あとがきより)だそうだ。ちなみに川崎市の人口が約70万で、バスクではそれよりやや多い人口で1言語を守り抜き、世界的な作家まで生み出している(著者の1作目は英語をはじめとした14言語に翻訳されている)ことにも感嘆。そしてそれを日本語で読めるとはなんとも幸せだ。

さて、本書はバスク語の書き手で1930年代のスペイン内戦に関心を持つ作者が、スペイン内戦時にビルバオからベルギーに疎開した子供と、その受け入れ役を引き受けたベルギー人青年のロベール・ムシェ(レジスタンス運動に加わり、ノイエンガンメ強制収容所に送られた)を中心に描いたもの。

囚人たちの生きる意欲を根こそぎ奪い、尊厳を踏みにじる場である、悪名高いノイエンガンメ強制収容所での描写も凄まじい(本書から外れるが、パレスチナの現状がナチス収容所と似ているとの指摘も各所でなされており、本書を読んで私も同じことを思った)。

そしてカープ・アルコナ号の悲劇。恥ずかしながら、本書で初めて知った。第二次大戦終結直前に、強制収容所の囚人たちがリューベック港に停泊中のカープ・アルコナ号に詰め込まれた。ナチスの旗が掲げられていた当船をイギリス空軍が爆撃し、4000人を超える囚人が死亡。5日後にはドイツが降伏したのだが…。

一方で、文学青年であるロベール・ムシェとその周囲の人々との交わりは、知的であたたかく、心洗われる。

「歴史資料や独自の取材にもとづくノンフィクション的な記述と、作家の想像力から生まれる小説的な語りとのあいだを行き来して、ロベール・ムシェとその周囲の人々、彼らの体験や感情を鮮やかに蘇らせてみせる。」(訳者あとがきより)という、独特で奥深い世界が広がっている。

終盤には作者と同名の語り手が登場し、「作中におけるフィクションと現実の区別は宙づりにされ、語り手がはたして作者本人なのか、その人物の身の周りに起きるのは実際にあった出来事なのかといった判断は読者の側に委ねられることになる」(訳者あとがきより)という作りもあってか、人々のあまりに複雑な思いがじわじわと、そしてしっかりと伝わってくる。

厳しい描写も多々あるが、主要な登場人物が勇敢で前向き、かつ穏やかなため、読了後にはこちらも穏やかな気持ちになった。お勧めです(^^)