2006年04月04日

熊本アイルランド協会の活動について   ハーン生誕150年記念祭を企画して     事務局長   松村直寛

はじめに
 西暦2000年は「怪談」「知られざる日本の面影」などで有名なラフカディオ・ハーン(小泉八雲、1850,6,27〜1904,9,26)の生誕150年にあたります。その記念事業がハーンゆかりの松江や熊本、東京、アイルランドのダブリン、ギリシャのレフカダなどで開催されています。
ハーンは明治23年(1890)に来日し、松江に1年、翌年から3年間ほど熊本に滞在し、第五高等中学校で英語とラテン語を教えています。
 市内にハーンがセツ夫人と暮らした当時の住居が残っていました。ところが昭和35年にその建物が壊されるということで、在熊の文化人らが五高出身者などに寄付を呼びかけ、翌年旧居の一部を現在地に移築する形で保存することができました。その後、小泉八雲熊本旧居として市が管理・公開し数々の顕彰事業が行われています。
特に91年の來熊100周年に際してシンポジウム、展覧会、演劇公演、訪米ツアーなどの事業が半年にわたり盛大に開催されました。翌年、文学愛好家が「ハーンの足跡をたどるツアー」で母の国ギリシャと父の国アイルランドを訪問しました。ダブリンでは、ローナン元・駐日アイルランド大使の熱心な案内と歓待を受けました。旅の一行はアイルランドの人々の素朴で温かいもてなしに感銘を受け、ハーンの顕彰を中心に両国の友好と親善を目的とした会を作ろうと、翌93年熊本日愛協会(後、熊本アイルランド協会に改称)を設立しました。
会長には中島最吉氏(現・祟城大学教授、熊大名誉教授)がなり、現在150人の会員でハーンとアイルランドをテーマに市民講座、講演会、コンサートなどを開催しています。

これまでの主な事業

設立期(93年〜97年) 
 この5年間は、ケルト研究家や音楽家を中央から招き講演会や音楽会を開催しています。
駐日アイルランド大使のシャーキーご夫妻も数回見えられ、知事公舎での歓迎会や「八雲旧居」の修復オープン式、「八雲の故郷アイルランドの文化展」などに出席されています。
会員からハーンやアイルランドの風土や歴史のことをもっと学びたいとの気運が高まり、95年から大学の先生方が中心になり「アイルランドの文学に親しむ会」が始まりました。「ハーンとアイルランド」、「イエーツと私」、「近代アイルランド史」、「アイルアンドと映画」など専門的な講話を聞くことで、少しずつ本会に方向性が出てきました。

展開期(98年以降)
 「アイルランドの文学に親しむ会」が会員向けの学習会なので、今後は対象を市民に広げようと、98年から当協会が中心となり熊大・小泉八雲研究会、市教委などと協力し市民講座「ハーンと熊本」を開いています。場所はハーンが日本式に生活し、神棚もある小泉八雲旧居でしています。
 初年度は、熊本を題材にした作品から「夏の日の夢」、「停車場にて」などを取り上げ、史跡めぐりなどを組み合わせて12回開催しました。講師には熊大、祟城大学を中心としたボランティアの大学教官があたり、常に最新の学説、研究成果、通説を国際的視野から分かりやすく説き、誰でも無料で自由に参加できます。
次年度は新聞博物館見学と平山館長の「ハーンとジャーナリズム」の講演や、ハーンの英文朗読会なども含め8回開催しました。
 またこの年はハーンの作品の中でも傑作とされている「夏の日の夢」の舞台となった三角町・西港の浦島屋で、シンポジウム「ハーンと三角町」と地元中学生による英文朗読会も開きました。浦島屋はハーンが長崎旅行の帰りに寄った宿屋で「その宿屋は、わたくしには極楽のように思われた。そしてそこの女中達は、まるで天女かなんぞのように思われた」と書いており、10年ほど前から町が整備し今では観光名所となっています。その後、この朗読会は町の行事として行われるようになりました。
 20世紀最後の今年は、市民講座を「くまもと21世紀市民講座」と銘打ち「ハーンの見た日本の詩歌」、「ハーンにおけるスペンサーの影響」など8回しましたので、3年間で28回開いたことになります。

ラフカディオ・ハーン生誕150年記念事業
 新世紀への大きな節目に際し、次代を担う若い人達にハーンの文学、人物などをもっと知ってもらい、熊本から世界に向けて文化情報を発信しようと生誕150年記念事業を計画しました。
事業の実施に必要な予算は、県、市、熊本日日新聞社、熊本放送などの援助を受け、関係団体で実行委員会を結成し8事業を実施しました。
 先ず、誕生日の6月27日にデクラン・オドノバン駐日アイルランド大使、ご令孫の小泉時氏らを囲んで誕生パーティ ー、あわせて市民講座の開講式を挙行しました。
10月9日に「ハーンの遺産と21世紀への展望」をテーマに「記念講演とシンポジウム」があり、会場に700人が訪れ清和文楽の“むじな”も上演されました。
 シンポジウムの挨拶の中で、委員長の中島最吉氏は今回の記念事業について、次のように述べています。「ハーンは1890年に来日し、1904年に没するまで14年間日本に滞在しました。松江の1年間を資料収集の時期だとすれば、熊本の3年間は作品制作の時期だと言うことができましょう。日本の風土・文化を欧米に紹介する仕事を始め、再話文学の基礎を作り上げたのもこの時期だと思います。長男一雄の誕生によって家族の絆が固まり、小泉八雲となる気持ちが芽生えた時でもあります。また熊本を去る年に全五高生に対して講演した『極東の将来』の末尾で、日本の将来は『単純・善良・素朴』を愛するいわゆる『熊本スピリット』を保持できるかどうかにかかっていると説いています。このシンポジウムによってハーンの残した遺産が、熊本の市民により深く理解される契機となり、さらに情報として世界に発信されるることを期待します。」
 そのほか、演劇「へるんさんの熊本」上演、五高記念館特別展、アイルランドフェアーなどが半年間にわたり開催されました。

清和文楽アイルランド親善公演
 県を代表する郷土芸能「清和文楽」をアイルランドに持っていこうと言う話は、6年ほど前から計画されていました。しかし、その時は実現できず、ハーン生誕150年にあたる今年実現しました。演目は伝統的な文楽作品でなく、ハーンの「怪談」から“むじな”に決定し、台本は芸能研究家の土居郁雄氏に依頼され、浄瑠璃作曲は菊池郡大津町在住の豊沢歌幸さんになりました。2ヶ月の猛練習が続き、「くまもと21ファンド」や「国際交流基金」の助成と村の予算もつき、初の海外公演を行う運びとなったのです。
 清和村は県中央部の標高550〜650?。、村全体の約8割が山林原野、人口3,500人、米、畜産、クリ、野菜を主な産業とする農山村です。シイタケとトマトが特産品で県下では屈指の産地となっています。
また県・指定無形重要文化財の清和文楽は、宝暦(1751〜64)のころ伝えられたという徳島系の文楽人形です。勧善懲悪、忠孝、義理、人情などの話が農村の人気を集めていましたが、明治初期に一時衰退します。しかし大正12年ころ復活し、昭和29年に保存会が結成され、現在では清和村文楽館で年間270回の公演と3万人のお客さんが訪れるほどになり、東京の修学旅行生の観光コースにもなっています。
 7月のアイルランド公演には、村から兼瀬哲治村長以下6人の人形遣いと応援の2人の太夫を含めて10人が、またサポーターとして当協会のボランティア応援隊を含めて38人が訪問しました。
初日の4日はダブリンで最も古いチボリ劇場で上演し、横尾和子駐愛日本大使ほか300人もの観客で会場が一杯になりました。公演に先立ち中島会長や八雲の曾孫・小泉凡氏の挨拶の後、フラハティー氏(祟城大助教授)が、今回の親善公演の目的や経過を紹介し、その中で村長はスライドを見せながら、村の概要や特産物、清和文楽について英語で説明し、演者について“They are all farmers”と付け加え、最後にケルト語で感謝の言葉を述べ観客から盛んに拍手を受けていました。
 いよいよ“むじな”の公演に移り、見せ場の若い娘が鬼女に変わるところでは、劇場を埋め尽くした観客が一斉に床を叩き、口笛とヤンヤの喝采を送りました。終了後、劇場で現地の日本人協会主催のレセプションがあり、夜遅くまでダブリン市民と交流したことが今では楽しい思い出となっています。
5日は駿台アイルランド国際学校、6日は南部の町コーク市で国一番の酪農家との農村交流、7日の西部の町エニスでの公演と親善があり、アイルランド親善公演を無事終了することができました。
この公演には両国大使館をはじめ、お世話役の愛日協会の織田智恵さん、コーディネーターの前田さやかさん、招致してくれた駿台アイルランド国際学校の瀬尾兼秀氏など多くの人達のご尽力がありました。その熱意と成功させたいとの情熱には頭が下がり、感謝の言葉もありません。
 また帰国後、NHK・BSで50分番組として放映、地元熊日紙は7回の連載、西日本新聞は文化欄に5回連載、朝日新聞日曜版での紹介などマスコミにも大きく取り上げられました。
 文楽館の山村泰之館長は「この数年観客が下降気味だったが、8月からお客さんが増え9月は過去最高の入りであった。デンマークの高齢者大学生の30人、ドイツの若い医学生が2回で60人、韓国の高校生が30人、また客席には4,5人連れの外国人を見かけることが多くなりました。保存会でも新作に取り組む勇気が出てきましたし、将来は“むじな”をレパートリーに入れ、前面に押し出して行きたい。」と始めての海外公演の感想を述べています。

協会の今後
 今後は次のことに取り組んでいきたいと思います。
一つは、今後も市民講座は継続していくが中高年の受講生が多いので、次代を担う子供達や若い人たちにこの地に住んだハーンと文学についてもっと知ってもらいたいと考えます。
二つ目は、地元での世代間の広がりと共に、国内各地の人と協力し海外との繋がりを深め、インターネットを通じ外国の研究者や団体と情報を交換し、相互交流をしていきたいと思います。また、21世紀はそういう時代だと考えています。


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