合気道月光流道場長・チョコ助と伊東健治の公式ブログ 「骸(むくろ)をつけていま一戦(ひといくさ)せん!!」

合気道月光流の道場長・チョコ助と伊東健治の不思議と神秘のパワーブログ。チョコ助が身体を張って様々な謎に挑みます!!たまに合気道のことやります。

下谷神社 『平将門公伝説 東京都台東区編』

チョコ助の平将門公聖地巡礼シリーズ‼️
(≧∇≦)


今回は上野にある「下谷神社(したやじんじゃ)」を訪ねてみた。 
古くは下谷稲荷社、下谷稲荷明神と呼ばれた都内最古の稲荷神社である。

こちらは天慶三年、藤原秀郷が相馬郡へ向かう際、当社に参詣して将門追討の祈願をしたと伝えられている。

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『下谷神社』
住所  東京都台東区東上野3ー29ー8
TEL  03ー3831ー1488



東京メトロ銀座線「稲荷町駅」下車。
歩いてすぐの場所に神社はある。
駅名の由来は、駅を設置した当時の所在地が下谷区南稲荷町だったからだ。
稲荷とは下谷神社に由来している。
昭和三十九年に所在地の町名が東上野三丁目に変更されたが、駅名はそのまま残されたのだ。


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こちらが下谷神社の拝殿。
御祭神は大年神(おおとしのかみ)、日本武尊(やまとたけるのみこと)。

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烏森神社 『平将門公伝説 東京都港区編』

チョコ助の平将門公聖地巡礼シリーズ‼️
(≧∇≦)
東京都港区編・その⑤。


港区には反・将門系の伝説が多いようです。
サラリーマンの街、新橋にも将門伝説が残されていますよ。
JR新橋駅から徒歩2分の場所にある「烏森神社」は、平将門公が叛乱を起こしたとき、藤原秀郷が戦勝祈願をしたとも、このとき勧請したとも伝えられています。
つまり将門公調伏神社のひとつ。

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『烏森神社(からすもりじんじゃ)』
住所  東京都港区新橋2丁目15番5号
TEL  03ー3591ー7865
アクセス  JR新橋駅から徒歩2分


SL広場から歩いてすぐ。
路地裏の飲み屋街のような参道を歩いて行くと、社殿が見えてきます。

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かつてこの辺りは江戸湾の砂浜で、一帯は松林でした。
当時はこの地帯を「枯洲の森」あるいは「空州の森」と言われていました。
また松林には、烏が多く集まっていたので「烏の森」と呼ばれるようになり、烏森という地名の由来となったそうです。

現在はコンクリート・ジャングルとなってしまい、面影は全くありませんが、新橋駅の「烏森口」と「烏森神社」 にその名が残されています。
日本橋の椙森神社と、神田の柳森神社と併せて「江戸三森」として、古くから崇敬されていたそうです。


こちらが拝殿。
現在のコンクリート造りの社殿は昭和四十六年に建てられたもの。
御祭神は倉稲魂命(うがのみたまのみこと)・天鈿女命(あめのうづめのみこと)・瓊々杵尊(ににぎのみこと)。
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御祭神の天鈿女命は芸能の神様。
烏森神社のご利益は必勝祈願、商売繁盛、技芸上達、家内安全だそうです。




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愛宕神社 『平将門公伝説 東京都港区編』

チョコ助の平将門公聖地巡礼シリーズ‼️
(≧∇≦)
港区編・その④。


続いて訪れたのが、出世運のパワースポットとして有名な「愛宕神社」。
東京の観光スポットとしても知られています。

こちらにも将門伝説、って言うか源経基の伝説が残されています。
かつて、この愛宕の地に児盤水(ごばんすい) という名水が湧き出ており、平将門の乱の時、源経基が水垢離をとり、愛宕様に祈誓をこめ神の加護により乱を鎮めたと伝えられています。


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『愛宕神社(あたごじんじゃ)』
住所  東京都港区愛宕一丁目五番三号
TEL  03ー3431ー0327
FAX  03ー3434ー0017
アクセス  東京メトロ日比谷線「神谷町駅」より徒歩5分、東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」より徒歩8分、都営三田線「御成門駅」より徒歩8分


こちらが有名な「出世の石段」。別名「男坂」。
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寛永十一年、三代将軍徳川家光の御前で、四国丸亀藩の曲垣平九郎という人が、騎馬でこの坂を上り下りしたという逸話があります。
「出世の石段」には出世や商売繁盛のご利益があると言われていますよ!
休憩せずに一気に登るのがポイントだそうです。

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なんとか登頂!
( ;´Д`)
上からの眺め。
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江戸以降にも馬で登り降りすることにトライして成功した人が3人いるそうです。
スゴイ!
🐴

 
愛宕山の標高は26メートル。
東京23区内で最も高い山です。
この愛宕山の山頂に鎮座するのが「愛宕神社」。

慶長八年(1603)、徳川家康の命により江戸の防火の神として祀られました。

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麻布の一本松 『平将門公伝説 東京都港区編』

チョコ助の平将門公聖地巡礼シリーズ‼️
(≧∇≦)
今回は麻布の将門伝説をご紹介しております。
麻布編・その③。


次に「麻布氷川神社」から歩いて一本松坂へ行ってみましょう。
🐾
麻布周辺には坂道が多いのですが、大黒坂、暗闇坂、狸坂を登りきった合流点、長傳寺というお寺の前にあるのが「麻布の一本松」。
前回ご紹介した麻布氷川神社の御神木がこちら。
🌳
様々な伝説が残っている有名な名所で、〝麻布七不思議〟の一つです。
こちらにも源経基にまつわる伝承が伝えられていますよ。


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『麻布の一本松』
住所  東京都港区元麻布一丁目



今立っている松はオリジナルではなく、三代目とも五代目とも言われています。

平将門公を討伐に来た源経基が、将門の屋敷内を内偵しての帰り道、一軒の民家に泊まって料理を振舞われました。
源経基は翌朝、装束を改めて出立しましたが、そのとき脱いだ衣服をこの一本松に掛け、麻の狩衣に着替えたという伝説が残されています。


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また、京から来た〝松の宮〟という高貴な方が、ここで亡くなり衣冠と共に埋葬したという伝説があります。
そのため「冠の松」とも呼ばれたそうです。





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麻布氷川神社 『平将門公伝説 東京都港区編』

チョコ助の平将門公聖地巡礼シリーズ‼️
(≧∇≦)
東京都港区編・その②。

今回は麻布周辺の将門伝説を巡ってみました!



笄公園から北条坂を歩いて、仙台坂上へ。
「麻布氷川神社」に到着。
正式名称は「氷川神社」ですが、他の氷川神社と区別するため「麻布氷川神社」と呼ばれています。

創建は938年。
源経基が平将門公の乱を平定するため東征した折、武蔵国豊島郡谷盛庄浅布冠の松(現在の麻布一本松)の地に創建したと伝えられています。

太田道灌が文明年間(1469〜1487)に勧請したという説もあります。

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『麻布氷川神社』
住所  東京都港区元麻布1ー4ー23
TEL  03ー3446ー8796
FAX  03ー3473ー5631
アクセス  東京メトロ南北線、都営大江戸線「麻布十番駅」より徒歩8分 


神社の由緒書きより。
【938年(天慶の乱 朱雀天皇の御代)、源経基朝臣が天慶の乱(平将門)を鎮定しがため東征し際、武蔵国豊島郡谷盛浅布冠の松(現・麻布一本松の地)に創祀・創建されました。
文武に秀でた経基は、鎌倉時代の源氏将軍や足利将軍の武家政権を築いた清和源氏の祖にあたります。
江戸城を築城した武将・太田道灌は江戸の災守りとして氷川社を篤く崇敬したことより勧請説(文明1469〜1487)もあります。
豊臣時代から〝一本松の松の木〟をご神木とし周囲には宮村町、宮下町、鳥居坂町、一本松坂下町など麻布氷川神社を中心とした町名が広く材しております。】
とのこと。

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笄橋 『平将門公伝説 東京都港区編』

チョコ助の平将門公聖地巡礼シリーズ‼️
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今回は東京都港区の麻布に残る将門伝説を巡ってみました。


東京メトロ日比谷線「広尾駅」下車。
駅から徒歩5分位の場所に「笄公園」があるので行ってみましょう!
(^ ^)

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『港区立 笄公園』
住所  東京都港区西麻布三丁目十二番一号


笄小学校と区道を挟んで西側に隣接する公園です。
この辺りに残る「笄(こうがい) 」という地名は、今はなくなった「笄橋」にちなんでいます。

平将門公が謀反を企てていると朝廷に訴えるため京都に向かった源経基。
瀧川にさしかかると橋では将門側の人間が「龍が関」という関所を設けて厳しく詮議していました。
そこで源経基は、自分も将門一味であると偽りました。
関守は証拠となるものを求めたので、経基は太刀の笄を渡して通行した、という伝説が由来となっています。続きを読む

東山藤稲荷神社 『平将門公伝説 東京都新宿区編』

チョコ助の平将門公聖地巡礼シリーズ‼️
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拙ブログでもこれまで何度もご紹介してきたように、東京の新宿区には平将門公にまつわる伝説が数多く残されている。
今回は下落合の将門伝説を訪ねてみた。


新宿区下落合二丁目に「相馬坂」という坂がある。
おとめ山公園に隣接している坂である。
この一帯を明治時代末に、平将門公の後裔である相馬家が買い取って屋敷を建てたのであるが、その邸宅に続く道だったので、こう呼ばれている。
相馬家は後に移転し、坂の名前だけが残ったのだ。

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江戸時代、おとめ山一帯は将軍家の狩猟地で一般人の立ち入りが禁止されていた。
そのため「御留山(おとめやま)」と呼ばれていたのだ。

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おとめ山公園の隣に「東山藤稲荷神社」がある。
小さい神社であるが、こちらにも将門伝説が残っているのだ!

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『東山藤稲荷神社』
住所  東京都新宿区下落合2ー10ー5

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城山 『平将門公伝説 東京都中野区編』

チョコ助の平将門公聖地巡礼シリーズ‼️
(≧∇≦) 

オタクの街として有名になった東京・中野。
将門伝説とはあまり関係ないような感じがするが、今回は中野区の将門伝説をご紹介する。


JR中野駅・南口から線路に沿って東へ10分程歩いて行くと、中野区中野一丁目に到着する。
中野一丁目付近には「城山(しろやま)」という地名が残っている。
現在は住宅街となっており面影は全くないが、中世の豪族である堀江氏の城館があったという。
周辺には「谷戸」「堀越」「塔の山」といった城址を偲ばせる地名も多く残っている。

谷戸運動公園には「城山」についての説明板がヒッソリと建てられている。

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『谷戸運動公園』
住所  東京都中野区中野一丁目三十一番



中野区教育委員会の説明文より引用する。

【城山(しろやま)
このあたりは、もと城山町とよばれ、谷戸運動公園裏に幅五・四米ほどの土塁が残っていました。
延宝三年(一六七五)の村の記録には「中野村のうちに九百坪ほど土手を築き、から堀を掘ったところがあり、これを昔から城山と申し伝えている。そこは、もともと名主堀江卯右衛門の先祖からの屋敷地で、いまは年貢地になり、代だい卯右衛門が所持している。」とみえています。
堀江氏は、天正四年(一五七六)戦国大名後北条氏領中野五郷を治める小代官をつとめ、次いで豊臣秀吉の指令もうけた中野の土豪でしたから、戦国末期の城山は、小城砦を兼ねた土豪屋敷であったことが考えられます。湧水のある中野川の谷戸( 谷のあいの地)をおさえ、野方丘陵の東南を占める城山は、平忠常の城砦あと、あるいは豊島氏と戦った太田道灌の陣地「道灌とりで」あとなどともいわれています。
昭和五十七年二月
中野区教育委員会】



説明板には書いていないが、この地にも平将門伝説が伝えられているのだ。
天慶の乱では関東各地で平将門公軍と、藤原秀郷・平貞盛らが率いる討伐軍との戦いが繰り広げられた。
武蔵中野ヶ原も天慶の乱の古戦場の一つで、平将門公も出陣。将門公の弟・平将頼が一時陣営をしいた所が「城山」だと言い伝えられている。
この地で将頼が、藤原秀郷の子・千晴と戦って敗れ、川越において死んだと言われている。
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「エコエコアザラク」2019展 〜令和最初のホラー漫画原画展!〜

拙ブログ夏の恒例企画‼️
💀
『血夜子助の恐怖報告(ショックレポート)シリーズ!』



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7月27日(土)から8月12日(月)まで、東京・中野ブロードウェイ2Fで開催されていた「エコエコアザラク 2019展」に行ってきました!
令和最初のホラー漫画の原画展です!
👻
入場は無料。

日本を代表するホラー漫画「エコエコアザラク」。
黒井ミサちゃん大好きです!
(≧∇≦)💕

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『エコエコアザラク 2019展 〜令和最初のホラー漫画原画展!〜』
入場無料
期間  2019年7月27日(土)〜8月12日(月)
営業時間  12:00〜19:00
定休日  水曜日
会場  Animanga Zinggaro
住所  東京都中野区中野5ー52ー15 中野ブロードウェイ2F
主催  株式会社ACG
協力  株式会社 秋田書店


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公式HPより。
【1975年より週刊少年チャンピオンにて連載が開始されたオカルトミステリーの金字塔『エコエコアザラク』!その貴重な生原画展が、週刊少年チャンピオン創刊50周年を記念して実現いたします!

永遠の謎の美少女“黒井ミサ”の魅力と“古賀新一”先生の恐怖の世界を是非ご堪能下さい!
…エコエコアザラク エコエコザメラク…
もちろん会場物販もございます!】


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