日本人とロシア人ってやっぱり違う?

方角に弱いロシア人

最近、ロシア語のブログを復活させました。ロシア人の私にとってロシア語の方が断然書きやすくて、ついついそっちの方ばかり更新してしまいます。

でも、今回久しぶりの更新です!実はつい最近日本人についてある疑問を解きました。皆さんは「北」や「南」などの方角の名前をいとも簡単に口にしているのですが、どちらが「北」かどちらが「南」なのか、日常的にいったいどうやってわかるのだろうか、と私はずっと疑問に思っていました。以前、このブログに日本人の「エクセル内蔵疑惑」について書いたことがありますけれども、方位磁石まで内蔵されているのではないかと疑うぐらいに、東西南北が即座にわかる日本人たちは私にとって不思議に見えたのです。

例えば、初めて日本に来て間もなく、私はある待ち合わせ場所の説明として(どこそこ駅の)「南へ500メートル」というメモを渡され、困ってしまいました。日本人の皆さんは日ごろから磁石でも持ち歩いているのだろうか?それとも、磁石がなくても感覚的に方角がわかるのだろうか?言うまでもなく、もらったメモは私にとってまったく役に立たないものでした。

「南へ500メートル」という説明に私が驚いたのには、わけがあります。実は、ロシアでは大自然への冒険にでも行かない限り、方位の名前をあまり耳にすることはないのです。街中の道案内をするときも方角の名前を使う人はまずいません。また、今回の赴任の間、新しい駐在員のために何回か部屋を探し回ったけれども、ロシアの不動産屋さんから「南向き」などのような方角に関する情報を与えられたことは一度もありません。一方、日本の不動産屋さんではそういう情報が真っ先に出ると思います。ただし、「南向き」と言われたけれども、見に行ってみたら「隣の壁向き」と言った方が正確という物件もあります。そういう意味では住宅密集地にあるマンションの場合は、「向き」は必ずしも役に立つ情報とは言えない気がしますが、日本ではそれでも確実に提供してもらえます。

日本人は生まれつき東西南北の感覚が優れていると、信じて疑わなかったタチアナでしたが、なんと一ヶ月ぐらい前にちょっと違うことがわかりました。答えは日本の小学校にありました。どうも小学校3年生になると、日本人の子供たちはくどいぐらい地図を読む練習をさせられるようです。ゆうきが学校から持ち帰った「夏休みの友」の中にも何ページも地図に関する課題になっていたのですが、方角が苦手なタチアナにとってこの手の宿題のチェックはかなりつらいものでした。

では、私が受けてきたソ連の教育はその点どういうふうだったのだろうか?何十年も前のことだから忘れているところもあるかもしれませんが、覚えていることを整理するとこうなります。授業でよく使ったのは、世界の地図とソ連の地図でした。どこの地域はどういう気候だとか、どこの地域にどういう天然資源があるなど、私たちの地理の勉強はだいたいそういうものだったと記憶しています。上の学年になると、「~の工場を建てるならどこの地域がいいか」というような課題を出され、色々なタイプの地図から「天然資源」や「人口密度」などの情報を集めた上で、自分なりの考えをまとめて発表するようなこともしました。

 しかし、日本の小学校のように、駅から見て北だとか南というような、極めて身近でローカルな話はどうもあまりしていないようです。少なくとも、私の記憶にはそれらしき話は一切残っていません。結局、世界地図などのような抽象的な話はいいけれども、日常生活の中で東西南北の概念を使おうという発想は私にはまったく浮かばないわけです。

 そして、どうもそういう人は私だけではないようです。自虐的なジョークが多いロシアですが、ロシア人の方向音痴をネタにしているようなものもあります。ここで一つご紹介します。

ロシアの潜水艦が浮上して、乗組員たちは小さなボートに乗っている外国人の釣り人にアメリカ軍の船の行方を尋ねた。「南東方面」という回答が戻ってきたので、ロシア人たちは怒って「そんな小難しい話はいいから、行った方向をさっさと指で指しなさい」と言いました。 

さすがに潜水艦の乗組員では方角がわからない人はいないでしょうけれども、そういうジョークがあるということは、それだけロシア人の中で方角に弱い人が多いということでしょう。

 ちなみにゆうきの夏休みの宿題でタチアナはだいぶ鍛えられました。おかげさまでいい年をして地図を読めない女を卒業できそうです。あっ、ちなみに「地図を読めない女」の話は日本で何かと耳にしますけれども、ロシアではあまり聞いたことはありません。性別に関係なく地図を読めない人が多いからかな? にほんブログ村 ロシア情報 にほんブログ村 海外生活ブログ ロシア情報へ
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日本の子供たちは自由時間が少なくない?(その2)

 文章が長くなってしまい、一つのエントリーに収まりきれませんでした(反省です(笑))。

 さて、学校での拘束時間の話の続きです。タチアナにとって日本の学校は未知の世界だから、今まで日本の学校の話になっても、ついついロシアの学校のイメージで物事を考えてしまっていました。しかし、ロシアの常識は日本では必ずしも常識ではないようです。例えば、私がロシアの高校に行っていたとき、授業が多くて1日6コマでしたけれども、そういう日でも学校で過ごす時間は8時から
14時ちょっと前まででした。一方、授業が4コマの日には、小学生と同じく12時半には家に帰れました。日本もきっとそうだろうと、思い込んでいたタチアナですが、「塾に行っている日本人の子供たちは大変だろうな」と思いました。

 しかし、今回小学校2年生のゆうきの時間割を見て、ふと気づきました。日本では、小学校低学年でも学校にいる時間がこれだけ長いのであれば、中学校・高校生はそれより短いということはまずなさそうです。ということは、塾に行く子はほぼ一日学校で過ごしてから行くことになるはずです。

え???となると、私が今まで想像していた「(遅くても)14時まで学校」→「夜は塾」というパターンよりも現状の方がはるかに厳しいようです。日本人の子供たちって、誰にも仕切られていない、自由な時間がほとんどないことがよくわかりました。しかも、塾に通わなかったとしても、ほぼ一日学校で過ごすので、やはりロシア人と比べたら日本人の方が自由な時間が少ない。

 日本人たちが残業に対して特に抵抗がない(?)のは、小さいときからあまり自由な時間を与えられていないからなのだろう、思ってしまいました。他の国の様子を知らないのにこうした結論を導いてしまうのは問題かもしれませんけれども、どうもそういうふうに思えてならないのです。みなさんいかがお考えでしょうか?

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日本の子供たちは自由時間が少なくない?(その1)

さて、帰任してすぐ、息子のゆうきを日本の小学校に転入させました。ただ、帰国したのは2月末なので、結局ゆうきは2年生のクラスに通ったのは2週間だけで、今は春休みです。

 初日学校から帰ってゆうきの言った一言。

「ロシアより、みんなやさしいよ!」

とのことでした。私たち夫婦は思わず吹き出してしまいましたけれども、ゆうきが受けた印象は、実は私の予測とも一致しています。あくまでも私のイメージですけれども、保育園と小学校は、日本の方が子供にやさしいと思います。なぜならば、遊びがたくさん取り入れられ、目線は子供たちに合わせられているからです。一方、ロシアの保育園や小学校では、子供たちをいかに立派な大人に育てるかと、目線は「大人」に合わせられていると思います。となると、活動の重点もあくまでも「勉強」・「教養」・「マナー」におかれ、日本と比べると硬い感じだと思います。

 ゆうきを通じて日本の小学校と生まれて初めてかかわりを持ったタチアナが驚いたことといえば、子供たちが拘束される時間が長いことです。2年生のゆうきの授業が終わるのは14時半か15時半のどちらかですが、ロシアでは、小学校3年生までは、12時半は下校の時間です

理由の一つは、ロシアの小学校低学年では授業は一日4コマしかないことです。一方、日本では2年生でも授業は毎日5コマあって、週一回は6コマあります。ただ、よく見ると、「音楽」と「図工」はロシアの週1コマに対して日本は週2コマなどのような違いなので、子供たちが授業で与えられる情報量で考えると、両国はそう変わらないと思います

 また、日本の小学校の方が拘束時間が長いのには、休憩時間の長さも大きく影響しています。ロシアの小学校では休憩が長くても20分でしたけれども、日本の小学校では「のびのびタイム」という25分の休憩時間もあるし、50分の給食時間もあります。また、日本では、授業の他に「読書」や「伝え合いタイム」や「掃除」などの活動も入っていますけれども、ロシアは「掃除」は4年生にならないとないし、他の活動がたまに入ってもやはり12時半までにすべて終わらせるように構成されているようです。

 ちょっと余談ですけれども、ロシアの小学校低学年の給食とは、「ランチ」ではなく、「朝食」です。一つ目の授業が終わって915分から20分の休憩時間があるのですが、そのときみんなで食べるようです。学校で朝食を食べられるから、朝、家でしっかり食べいくと学校の朝食までお腹がすかない。結局、私たちは学校に合わせて、ゆうきの朝食を小さめのパンかおにぎり一個だけにしていました。ちなみに、ロシアの保育園なども朝食が出ますので、ロシア人の子供たちは朝家でしっかり食べる、という習慣はないようです。ゆうきの体もそういうリズムが身に付いてしまったので、日本の学校に入った最初の一週間、給食までなかなか持たなかったようです。

 つづく

 

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日本に久しぶりに帰れました!

 ニジニ・ノヴゴロドは今日朝から-28℃です。この寒さだと小1~小4は授業が休みになりますので、ゆうきはうちに残りました。入学して最初の2か月、同級生の男の子たちから「中国人」だとからかわれ、泣きそうな顔で家に帰ってきたこともあったゆうきですが、幸い今はお友達もできたみたいですし、この前女の子から告白されたみたいですし、学校を楽しむようになったようです。朝、授業が休みになったことを伝えると、がっかりした様子でした。

 さて、タチアナですが、実は先週1週間、ロシア人技術者のアテンドということで日本に帰っていました。ロシアを出た日はニジニ・ノヴゴロドは-20℃でしたけれども、成田に着くと気温は(当然?)プラスでした。今回の出張で訪れた東京と名古屋はあっちこっちに緑があって花も咲いていたから、見ててとてもうれしくなりました。

それでも、JRのホームで電車を待っているときとても寒い思いをしました。ロシアの秋用というわりと暖かめのコートを着ていたのに、「電車が早く来ないかな!!!」と寒さでぶるぶる震えていました。しかし、ホームで並んでいる日本人を見ていると、コートなしでスーツだけのサラリーマンや裸足の高校生たちがいて、日本人の方がロシア人よりも寒さに強いとあらためて思いました。(このことについてはこのブログのエントリー「シベリアっ子にとって日本の冬は寒すぎる!」の中にも書いています。)

 しかし、こんなに寒い思いをしておきながらも、「日本は冬がないね」と言っていたロシア人技術者の意見にタチアナは完全に同意しました。ロシア人の感覚で言うと名古屋や東京の冬は秋か春という感じだと思います。雪が積もっている地域に行けば印象も違ったのでしょうけれども、花が普通に咲いている季節を「冬」と呼べるロシア人はこの世にはいないはずです。どうもロシア人の感覚では、冬には雪が欠かせないようです。逆に、いくら寒くても「雪がなければ冬じゃない」、そういう感覚だと思います。

 今回一緒に行ったロシア人技術者は日本は初めてだから、彼らの日本の印象を横で聞くのも面白かったです。ほとんど予測通りの感想でしたが、町と町が連続でつながっていることで驚いたり、スーパーのレジなどでみんな親切だったことで感動したりしました。駐車場では車がしっかり白線にそって止められていることでもとても感心していたし、成田空港に向かうリムジン・バスに乗っていると、荷下ろしを手伝っているスタッフが出発するバスをお辞儀で見送るので、急に偉くなったとちょっと錯覚(?)したり、ホテルでウォッシュレットトイレの写真を二人とも撮って、そのことを後で「実は・・・」とお互いに「告白」し合いました。吸殻が落ちているのを見て「何日も日本で過ごしているのに、ゴミが落ちているのを初めて見た」と騒ぎ出したこともありました。会食のとき、料理の種類が多いことで驚き、日本のビールやお茶を絶賛したりもしました。こうして、とても新鮮な目で日本を見る二人に付き合っていて、私も楽しかったです。

しかし、本当はどちらかというと、せっかく日本に帰ったので、久しぶりに友達にも会いたかったし、好きな本屋でゆっくり本を選びたかったです。しかし、そういうことは帰任までお預けです。とりあえず、日本での任務を無事に終えニジニに戻りましたので、氷点下の世界でまた頑張ります!

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朝、だれだって起きづらい!

 夏に出ていた今年の冬の予報は「非常に寒い」とのことでした。しかし、ニジニ・ノヴゴロドはつい最近まで気温がプラスのままでした。これからどうなるかわかりませんけれども、今年は冬の到来が遅いことだけは確かです。ちなみに、ロシア人たちは晩秋の中途半端な天気が苦手みたいで、「どうせなら早く本格的な冬になってほしい」と、周りのみんながずっと雪を楽しみにしていました。そして、その願いが叶い、最近雪がよく降るようになりました。

 しかし、雪が降ったら降ったで大変です。今日も朝から吹雪で、ニジニ・ノヴゴロドのあっちこっちが渋滞です…。

 さて、前回に引き続き、今回もロシア人が何となくぴんと来ない日本語のちょっとした会話を取り上げます。ついこの前うちの駐在員の会話の中でも出た「低血圧」の話です。

 会話のパターンとしては下記の通りです。


「低血圧だ」という話になった→「(低血圧の人は)朝が弱い」というセリフが出る。


 日本でよく耳にする会話の流れですが、実は、ロシア人はこの発想に対して違和感を抱きます。

 

「朝、誰だって起きるのがつらいんじゃないの」


と、日本語ができるうちの会社の女の子もこの前言っていましたけれども、どうも彼女にとっても、この会話は不思議に聞こえるようです。言うまでもなく、ちょっと考えれば「低血圧」と「朝の起きづらさ」の関係が何となくわかります。しかし、「寝るのが遅い」や「冬、朝になっても暗い」など、朝起きづらい理由は他にもいっぱい考えられるから、朝が苦手なのは何もかも低血圧の人に限ったことではないと、この会話を聞いたロシア人たちは思ってしまいます。実際、健康優良児のタチアナでも朝が弱いです(ただの寝不足です)。だから、低血圧の話のたびに日本でわざわざ「朝の起きづらさ」の話が持ち出されるのは毎回不思議に思えてなりません。

 それにしても、どうして日本では普通に耳にするこの会話はロシアでは何となく成り立たないのだろうか?ロシア人はみんな高血圧だから、低血圧の人があまり市民権がないのか?(←ロシア人は高血圧かどうかわかりませんけど…)それとも、ロシア人で朝が弱い人が多いから、低血圧の人だけ特別に同情してもらっていると「私だって・・・」といやな気分になるのか?理由はさっぱりわかりません。

 逆に、日本人は低血圧と朝の弱さをどうしてそんなに結びたがるのでしょうか?皆さんおわかりでしたら、ぜひ教えてください。

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