2013年09月19日

アニメーターの持つべき基礎的技術を十全に身に付けた最初の人って土器手司だと思う

標準レンズで地面パースの画面に収まる、ダッチアングルでない(Z軸パース消失点手前の水平線が傾かない)仰角のレイアウトを取れたのは土器手司が最初だと思う。「最初にすべての設計を写真的に、穏当に構築できた」人。ここに対象のデッサン(あらゆる「角度」で、プロポーションを維持したうえで描く、という限りで)も条件に絡んでくるんだけどちょっとここのところ、おれには一般化できない。
「極端な広角」では芝山努が、そういうぜったい観たことないだろう画面を構築できたけど、「そのフレームで樽型収差がどう出るか」という点を一般化して掴むことはできてなかったと思う。逆に言うとこれが掴めてない人はアニメーターやるべきでないと思う(そういうグレードの画面を拵えろってことではなくて前提として持っていないとだめ)。
少なくともこのレイアウトで背動回り込みしたのはかれがはじめてのはず。第何回か忘れたけどサクラ先生でやってる。たしかB頭。
また、プロジェクトA子では背の低いC子を魚眼レンズで、ドア越しに捉えるカットがあって、西島監督(もりやま作監ではない)がコンテ絵描いて難しいとぼやいてるんだけど(カット担当の原画マンは当時ベテランのひと。名前覚えてない)、出来上がりもドアの傾いてることになる仕上がりだった記憶があるんだけど、土器手司なら描けたかもしれない。

背動はローアングルでも俯瞰アングルの[俯角のついた]ものばかりで、水平線が凸になっていた。Aプロ、とくに元祖バカボンはそれでキャラを仰瞻して収めようとするから構築が破綻する;デッサンがアオリになることまでは理解できていたんだ。 小林七郎も、たぶんだけど、線画描けなかったと思う。
少なくともローアングルでカメラに仰角のつくものは、特にこの頃は背動だらけなのに、無かった。知らない。山下将仁は地面パース入るのクチナシの歩道橋だけだし回り込みではない。タイガーマスクからずっと仰瞻してはいない(キャラが仰け反ってるだけ)。で、それってたぶん上向いて歩いたら危ないからだと思う。

土器手司の作画、芝居や動きのコントロールは、もりやまゆうじの様式的なものと同じく、80年代作画という括りでは取り逃すところが大きいと思うんだけど、それは措いておきたい。外連味がまるで無くて、木上益治より京アニっぽい。

chokohame at 04:08│Comments(0)TrackBack(0)clip!

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