180716古い知人から送られてきた報告書。ご自身の書いたものも納められているので、元号表記を抹消して、西暦に書き直してあります。

かつてぼくの周りには、こういう人が多かった。

ぼくにもこの時代の片鱗が残っていて、寺報の「百日紅」の発行日付は「2018(平成30)年・月・日」と、西暦メインにしています。

これについては、元号だけだったら読まないよと言われたこともあります。そんな人間の書いたものなんて読めん、というわけです。

 

明治になるまでは、元号と天皇の在位とはいまほど結びついてはいませんでした。天変地異なんかあったら、元号はころころ変わっていた。

明治になって天皇の即位によって改元が行われる、「一世一元」となり、時間も天皇の存在によって縛られることになりました。

いまの明仁さんは、退位したら「平成天皇」と元号を付して呼ばれることになりますが、「元禄天皇」とか「応仁天皇」なんてのはいません。そういうのも明治天皇以後。

 

ぼくは生年を問われたら西暦で答えます。時代を「西暦建て」でとらえていますから。

だから例えば、平成10年はどんな時代だったかなんてすぐに浮かばない。しかし1998年といわれた方が時代のイメージがつかみやすいのは、ぼくだけではないでしょう。

 

生年を問われて西暦で答えたら、「お前はそれでも日本人か!」と叱られたことがあります。日本人ならなんで元号を使わん! というわけです。

その年(1983年)大阪では、大坂城築城400年というイベントがありました。大阪府の公務員(だからいわば上司)だったその人物に、壁のポスターを見ながら、あなたは大坂城がいつ建てられたか言えますか? ぼくはすぐに言えますと口答えして、ますます怒らせてしまった。

バカですね。

180715180715-2どんなに古い家でも、やがて絶えます。それが世の習い。

 300年以上続いた、あの手この手で続かせた旧家も、とうとう息を切らしてしまうことになりました。立派な墓地群も、総仕舞いです。

 かつては、長い歴史を持つ家は、それだけで自慢すべきものでしたが、いまや重荷でしかないのかも知れません。

 加えて、本邦の税制は、相続するたびに財産が削られるようになっています。ただ財産があるというだけでは、家は長く続かない仕組みになっている。

 

奥のお堂には、お地蔵さんがおわします。この家の祖先を見守るのが役目ですが、なにしろ旧家ですから、地域の人々の信仰も集めました。

「いぼ地蔵」と呼ばれたそうです。

 「いぼ」や「できもん」を治してもらった人は少なくない。

そういうお地蔵さんですから、処分するわけにもいきません。うちで預かることになりましたが、はたしてうちに移ってもそのパワーを発揮してくれるでしょうか。

 

かつてこの家の奉公人だった家が、いまや大きな屋敷を構え、旧主をはるかに凌駕しました。かつての主家のあと始末を任されています。

最近ことに、栄枯盛衰を目の当たりにすることが多いです。

卒業論180714文で駅路寺を取り上げたいので、少し教えてもらえますかと、妙齢の女性が訪ねてきました。どう見てもぼくより年上です。

駅路寺というのは、蜂須賀家が藩内に設置というか指定した、旅人に便宜を与えるための寺のことで、長谷寺もこの指定を受け、藩からそのための領地を与えられました。

この関係文書が鳴門市の文化財になっていたり、今回の古文書展の目玉だったりします。

 

卒論って・・、と絶句していたら、通信制の大学らしい。近畿地方にある、歴史学をひとつの「売り」にしている私学。シルバー大学ではないわけね。

四国遍路をしていて、駅路寺の存在を知り、勉強したくなって入学した。介護なんかをやりながらの勉強で、今年で7年目、なんだそうです。それは頑張ってもらわないと。

いまさら大学を出て? とは尋ねられなかった。学びへの情熱は宝物です。

 

ただ残念ながら駅路寺は、卒業論文の素材になるようなテーマではありません。第一、史料に限界があります。

史料がないと歴史は描けません。「史」がないと、ただの「歴」になってしまう。

180713県内にチェーン展開している葬祭ホールでは、菓子の接待は辞退していますが、申し送りがなされないことがあるのか、たまに供されます。

地元の和菓子屋さんのもので、船が渦を横切っているシーンだと教えられました。なるほど、そう言われれば。けれど、渦に航跡が残るはずがない。

それに、虫が這ったように見えなくもない。・・失礼な話ですね。

 

和菓子を口にしないわけではないのですが、いただいて帰っても、ほぼ廃棄するだけですから、もったいないお化けが出ます。

もちろん、菓子と茶は、本邦の接待の基本ですから、本来は、辞退するとかしないとか、そういう性格のものではありません。

「月に1度届いている書類のことでお話があるんですが、オーナーさま、いらっしゃいますか?」

などという電話が入りました。若い娘さんの声です。

「月に1度届いている書類のこと」と言われても、何のことやら。しかも「オーナーさま」だし。

 

「どこに電話をしてるのかな」と尋ねたら、「お寺です」といいます。そこは認識してるみたいです。

「寺にオーナーなんているのかな?」と返したら、なんかモゴモゴ言ってたけど、「あの・・電気料金のことで」としゃべり出したので、面倒なのでこちらから切ってしまいましたが、もう少し詳しく話を聞いてみればよかった。

「そこの時給いくら?」とか、「どんなオフィスなの?」とか。

まあ話してはくれないでしょうが。

 

電気や電話料金が「お安くなる件で」、という電話はよくかかってきます。

どういう類の話なんでしょうか。次の機会には、もう少し詳しく聞いてみようかな。聞くだけですが。

試みに、相手の電話番号で検索してみたら、怪しげな企業の名前が出てきました。

クチコミには、「事業所の置き菓子の営業」とありました。わけがわからん。

180711看板の文字は、どう見てもシールです。筆で書いたものではない。

この、文字のシールをどうやって貼るのか、ずっと知りたいと思っていました。

分かったのは、文字シールの付いた透明の大きなシールを貼って、透明の部分を剥せば文字が残る。

貼り方は分かりましたが、シール全体をどう作るのか、謎は深まるばかりです。

もう少し図々しくなったら、無理を言って見学させてもらいます。

無理を言える会館もありますけれど。

 

貼っているのはこの会館のスタッフですが、(男性では)唯一話の出来る人です。

ぼくと同世代で、前職でストレスで病を得、ここに転職しました。

前よりはずっと楽になったと本人は喜んでいますが、ストレスの質が違うだけのような気がします。決して楽な職場ではない。

ときどき辛そうな顔をしているので、「辞めないでよ」と、言っていますが、辞めるときは酒を酌み交わしたいと思っています。

辞めるよと告白してくれるか、そもそも酒が飲める人なのか、全然知らないけど。

180710和室用の椅子の用意があるので、本堂の法事はいきおいみんな椅子に座ります。

法事は修行ですよと説いて、ようやくわずかな人が座布団に替える。

誰も替えなければ、みんな椅子に腰を下ろし、ぼくだけ正座ということも少なくない。これはあんまりだ。

 

自宅での法事はまだそこまでではなかったのですが、きのうの法事では、「借りてきました」と全員分の椅子が用意されていました。

法事は修行ですよといくら説いても、誰ひとり動かない。ぼくひとり座布団に正座。

どうしてぼくの椅子も用意せん! まあ、用意されても辞退しますけど。

 

本堂ならまだいいです。ぼくと参列者には距離がありますから。自宅の仏間だと、みんなぼくのすぐ後ろに座っていて、ぼくひとり埋没している。

これはいいと、これからはどの家も、これに倣うことになります。やめてくれ。

 

お年寄りばかりだから、まあ仕方がないことではある。

正座文化は、遠からず確実に廃れます。

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