まるろぐ@晴耕雨読

まるちょうがあなたに伝えたいことを密に語るBlogです。
不定期に文章こしらえます♪

「暴力」という名のパセリを食すことについて

「キッズ・リターン/北野武監督」を観た。私は北野作品をたくさん観ているわけじゃないけど、やっぱり苦手だな。暴力シーンが容赦なくという感じで描かれる。たとえば「カツアゲ」のシーン。私はなに不自由なく育った唐変木な若者だった。争いごとが嫌いだったし、部活でも「練習は好きでも試合は負ける」というタイプだった。なにごとも「話せば分かる」と信じていた。つまり「本当の闇から発生する悪意」というものに対して、経験があまりなかったし、実際にうまくイメージできなかった。

大学生時代に、一度だけカツアゲされたことがある。阪急電車の東向日駅から独りで歩いていると、いきなり白っぽいスーツみたいなのを着た「あんちゃん」に、蹴られた。私は混乱しながら、言われるままに一万円を渡した。あんちゃんは、すっと消えていった。そのときの私の感情は、ひとことでは言い表しにくい。「純粋な負の感情」に生まれて初めて遭遇した、そんな感じ。こんな理屈もへったくれもない邪悪な感情が、世の中には存在するんだ、という驚きだった。続きを読む

近況をふたつ・・後半に下ネタあり

ひとつめ。さる16日は、午前中外来で、午後はなし。帰宅して昼寝から起きると「なんかヘンやな?」ってなった。なんか喉のあたりが違和感というか、不快な感じがするのだ。でも、そのときは「なんとなく」という感じだったので、放っておいた。そのうち治るかな?みたいな。夕食はハンバーグ。なんとなく喉の違和感を感じながらも、「まあいいか」という大雑把な態度でハンバーグを咀嚼し、つぎつぎと嚥下した。まあ、別に普通に美味しかったし。

私という人間は、どこか不感症なところがある。でも身体的に「苦痛」を感じ取って、あとから症状がでるというケースがままある。このときもそうだった。食後、なんとなくのだるさ、眠たさ、意欲低下などを感じて、寝室へ直行ということになった。それから四時間こんこんと寝て、起きたのが午前0時すぎ。翌日が休みだったのでよかった。のどの違和感は続いている。というか、増悪している。それにプラス、前胸部の鈍い痛みがあるような気がする。「おい、これは気のせいじゃないわ」となる。こうした時、私はたいてい瞑想をするのが常である。いつものように癒やし系ジャズを聴きながら、左足を右ももにのっける半蓮華座で瞑想に入った。自分のよく分からない症状に対して「腰を据えた」ということね。続きを読む

妻の誕生日をうっかりして、考えたこと

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8月29日、妻の誕生日でした。私はうっかり忘れてしまった。朝の挨拶でも、行ってきますの玄関先でも。そうして電車の「行ってきますメール」を送信して、はたと気づいた。「あ、きょう彼女の誕生日だった」 すぐに訂正してメール送信するも遅し。彼女は悲しんでいた。私の目の前には、仕事が待っている。電車の中で、できるだけ目の前のことに集中しようと思った。続きを読む

純粋さという「業」について語る

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上の画像は「過去を持つ愛情(人間交差点より)」という短編のいちシーンです。32歳の独身女性で、彼氏もいない。今から20年以上前の作品なので、32歳はいわゆる「オールドミス」という扱いとなる。そこへ世慣れた感じの後輩が、上記のような不躾な言葉をいいます。続きを読む

【速報】線維肉腫フォローアップの結果

まるろぐご覧のみなさまへ。

本日、K医科大学病院で背部線維肉腫の術後フォローアップがありました。
胸部CTを撮りましたが、肺に転移は認めませんでした。
また、背部原発巣も局所再発はなし。

ホッと一息です。

台風とのからみで昨夜は京都市内のホテルで一泊。
一人カラオケなども楽しみました。
ま、それは余談ですが・・

次回は来年1月15日の予定です。また胸部CTを撮ります。
じわりとインターバルが長くなるのが、
ちょっぴり嬉しいです。(約五ヶ月)
でも、これからも気を引き締めて生活したいです。
とりあえず、よかった。
やっぱ、再発の可能性はゼロではないですから。
よかった、よかった。
取り急ぎ、お知らせいたします。

まるちょう拝

あなたは神を信じますか?

アノスイマセ〜ン、アナタハ神ヲシンジマスカ〜?

京都駅近くの路上で、こんな風に外人さんに声をかけられたら、あなたはどうしますか? たぶん、そそくさと走り去るだろうね。路上で立ち話するには重すぎるテーマだし、どうせ新興宗教の紹介とかだろうし。でもちょっと待って。「自分が神を信じているかどうか」というテーマは、一度は突っ込んでおくべき問題だと思うんです。宗教や信仰という根源的なものと、自分という個人の位置関係。

昨年春から今年の春にかけて、苦労して「カラマーゾフの兄弟/ドストエフスキー作」を読了した。この大作は、一回読んだくらいでは、凡人たる私の方を見てくれないだろう。ただひとつ、どうしてもひっかかるので三回読み直した箇所があるのね。「大審問官」という部分で、本作の前半における核となる箇所。カラマーゾフ家の次男イワンが、三男のアリョーシャに聴かせる非常に長い科白。イワンはインテリだが無神論者であり、アリョーシャは純真な修道僧である。つまり立場としては真逆なのです。酒場でイワンがアリョーシャに滔々と話して聴かせる「大審問官」は、ある意味アリョーシャに対する挑戦状だったかもしれない。イワンはそれほど、アリョーシャという弟の存在を認めていた。続きを読む

がさつなおいら+几帳面な私 → 実体としての僕

おいらは「がさつ」な野郎です。自分でも分かってるんだけどね。50歳になった今も「がさつ」は直らん。要するに田舎者なんだな。おしっこはやたら便器を外してしまうし、食事もボロボロこぼすし、寝床に鼻クソは落ちてるし。そうそう、写真を撮っておいて後で配るのを忘れる(いるでしょ?)野郎です。おいらホントに50歳なのかな?と、たまに自分でも哀しくなるわけです。

妻は「がさつなおいら」を、いつもカバーしてくれます。そして叱られる。妻はいつもちゃんとしている。これ、永遠に彼女には届かないんだろうと思う。彼女の「ちゃんと」には、筋金が入っているのだ。だから、おいらが自信のないときは、たいてい彼女に「これはこれでいいんだろうか?」と訊いている。彼女はもはや社会常識の鑑なのだ。続きを読む

近況・・T診療所親睦会に行ってきた

オレは宴会が苦手だ。悪かったな。でも、人付き合いが苦手なオレだって、年に数回くらいは「ちょっとした冒険」をしたくなる。「僕と毎日の追いかけっこだ」って、誰かが言うてたな。これ「毎日くん」に万が一抜かされたら、どうなんのかな? そんなん考えてたら、ほんま息苦しい。苦手でも、ちょっと社交的な場所にでかけて、少しだけハメを外してみよう。阿久悠が書いた「時代おくれ」においても、一年一度は酔っ払っていいとされているんだし。

いきなり言い訳めいた出だしになった( ̄▽ ̄;)。能書き多いのは、自信のないあらわれ。さる6月24日(土)にT診療所の親睦会があった。そう、オレは自信がなかった。不安だった。でも、ちょっと突き抜けたかった。面倒くさいアラフィフでごめんね!( ̄▽ ̄;)

18時ジャストに烏丸高辻にある「乱」という居酒屋さんに入る。席はくじで決めるのかと思いきや、ずばり指定だった。そこには「診療所の幹部」が集まるテーブルがふたつ。オレが着座した時点で、右のテーブルは埋まっていた。所長のM先生やS事務長さんとか。しかしオレのテーブルは、まだオレ一人。こういうの、めっちゃ不安になるわ〜。左隣と向かいと左向かいが空席。いったい誰が来るんだろう?続きを読む

近況・・ぎっくり腰と躁うつの狭間で考えたこと

暗黒の6月9日金曜日。13日でないのに、その日はオレにとって呪われた金曜となった。ま、オレって無宗教だしな。違うか。とにかく、その最悪の日を経て、自分という人材の「危うさ」を自覚せずにはいられなかった。いろいろ考えさせられました。とりあえず、その惨劇のあらましを記します。

6月6日、7日と、睡眠のリズムが悪かった。やや過眠かな? そして8日(木)はオフだけど、意欲が今ひとつ。一日寝ているような感じだった。ややうつの傾向かな? でも、夕方から「えいっ!」と力を入れ直して、翌日に備えた。睡眠もまずまずだったと記憶している。そうして9日(金)。起きてみると、すごくだるい。玄関から出て、行ってきますのポーズも力が入らなかった。満員のJRで一番心配したこと。排便をどうするか。家を出るまでに済ませられなかったので、診療所まで持つかどうか。電車内でお腹が周期的に痛む。こうした場合、たいていIBSになるのが常である。電車は結局、京都まで座れず。嵯峨野線への移動中も、それほどの便意なく、時間もないので、嵯峨野線へ乗り込んで座る。ふぅ〜。お腹は10分に一回くらい、きゅーっと痛む。これはなんとか診療所で用を足せる感じかな? 円町に着いたら、一目散でT診療所へ(10分くらい)。診療所に着いたら即行でトイレに駆け込んで、用を足した。脂汗がだらだら流れた。「ふう。これで今日の外来のリスクはなくなったな。頭痛は今のところないし、なんとか行けそう」と安堵した。続きを読む

35年前の自分、友人を想う今日この頃

最近、ひょんなことから中学時代の同級生とメール交換している。高校時代の悪友Oくんに中学の卒業アルバムを盗られて、中学時代の記憶がなにやら薄い。連絡先なんかも分からないし、もう自分の中の中学時代は死んでしまったとあきらめていた。小学、中学、高校、大学。それぞれに思い出はある。でも中学って、そこにしかあり得ないような、独特な時代だと思うんです。肉体的にも精神的にも、そして性的にも大きな変化の起こる時代。危うげだけど無限で、でもどこか傷ついている時代。あるいは傷つけている時代。

Sさんとメールするようになり、その「閉ざされた中学時代」が、とたんに開けてきた。忘却の彼方にあったたもろもろが、どんどん蘇る。Sさんの送ってくる写真が、私の廃れた記憶をはげしく刺激する。同級生の現在も、とても感慨深いものがある。1495980970880でも一番「きゅんきゅん」したのは、やはり中学時代の写真だ。各々の表情に、その時代にしかあり得ない「純粋さと勢い」がある。個人情報になっちゃうのでお見せできないのが残念だけど、オレにもこうした「新鮮な」時代があったんだと、ちょっと嬉しくなった。(合宿の集合写真なんだけど、自分の写真だけなら問題ないでしょう。アップしときます)続きを読む

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