漫画でBlogのコーナー! 今回は「浮浪雲」(ジョージ秋山作)から取り上げてみる。まるちょうは本作が大好きでねぇ。品川宿の問屋場「夢屋」の頭である浮浪の生き方が、なんちゅーても理想なんである。飄々とした遊び人だけど、決める時は決める。父として、夫として、男として。そして、自由奔放に生きる夫、浮浪を大らかな愛情で包む心優しき妻、おカメ。彼女もまた、ただならぬ親近感を抱かせるキャラ。作中に忍ばせてある、ちょっとした哲学に深く感銘して、うんうんと頷く。「泉のような」という形容も可能かもしれない。今回は「女の坂道」という一編をネタに語ってみようと思う。まず、あらすじをざっと記す。
すでに中年のおカメは最近、自分の年齢について悩んでいる。若い娘を見て「若いっていいなぁ」とため息。女ともだちとおしゃべりしていても、何気なく「あなたも留さんと同い年よねぇ」と年のことを言われる。小じわが増えたわねと言わんばかりに、顔をまじまじと見て。おカメにも若い頃はもちろんあったのだ。その頃を想い出すと、なんだか「やるせない」。鏡をみては「鏡って正直ねぇ」とため息。「流れ流れて流されて・・やるせなさ・・か」と落ち込むおカメ。
そこで渋沢老人の登場。透徹した人生観を持つこの楽隠居の言葉で、おカメは思い直すのだ。曰く

「年を重ねたなら、流れに身をゆだね、身をまかせなければいけません。(中略)流れに身をまかせなされば、心は安らぎます。徒に老けることを恐れてはいけません。過ぎゆく時の流れというものは、とても尊敬すべき美しいものです。ひとつひとつ年を重ねることは、美しい時の流れに身をゆだねることなんです。(中略)時の流れに感謝することによって、心の中に憩いが生まれます」
最後に、おカメが浮浪に問う。「ねぇ旦那様、どうしたら旦那様みたいに優しくなれる?」と。浮浪はこう答える。「みんな生きてるんだなぁ・・と思うことじゃねーですか?」
まるちょうの思うに、女性にとって「年齢」というのは、男性の思う以上に「敵であり悪であり恐怖」なんだと思う。年を重ねるつれ、確実に「美しさ」は減っていくから。渋沢老人の諭す哲学は正論としても、なかなかその境地には達することができないのが現実だろう。
確かに、40代に20代の「美しさ」を復活させることはできない。でも思うんだけど、その年代なりの「美しさ」って、あっていいんじゃないかと。40代、50代、あるいは60代の美しさ。これは絶対あると思いたい。そこで大事なのが精神的な強さと自由さ。固執してはいけない。開かれた心と強い肉体を持つ人は、いくつになっても「一目置かれる美しさ」を持っているに違いない。渋沢老人の言う「時の流れに身をゆだねる」というのは、結局このことを言っていると、まるちょうは解釈します。
浮浪の言う「みんな生きているんだなぁ、と思うこと」は、なんの連関もないようだが、それは違う。自分を含めて「みんな生きてるんだなぁ」と改めて感じるということは、自分を含めた「みんな」に優しくなるということ。年をとった自分に優しくなれるとは、自分の年齢という「敵であり悪であり恐怖」を許すということである。そうして自分に優しくなれた人が「時の流れに身をゆだねる」ことを許されるんだと思う。まるろぐをご覧のみなさんは、如何でしょうか?
以上、「浮浪雲」をネタに語ってみました。