2017年10月29日

雨のお茶会

雨
鎌倉一条恵観山荘にての茶の湯、雨の中、めげずに行ってきました。
鎌倉って池袋からも乗り換えなし、ほんとに行きやすくなりました 

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2017年10月23日

萬病根切窮理

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大正時代の家相図を拝見させて頂きました。
明治から大正にかけて地域一帯の家相見を担っていた松浦琴生(「萬病根切窮理」著者)の弟子松浦琴勝により大正7年に描かれたものです。
「萬病根切窮理」とは、明治22年に版された、家相と住み手の病の関係性に言及しその直し方を指導する書物の様です。

中八方15°割 東西南北に朱墨で十二支ではなくの加わった五行(木火土金水)が配され、そこに八つの門が割り当てられています。門称は、東(養門)、日(人門)、南(崇門)、南西(死門)、西(驚門)、西北(開門)、北(休門)、北東(鬼門)。
中国の占い「奇門遁甲」における八門の構成は、開門、休門、生門、傷門、杜門、景門、死門、驚門からなり、開門、休門、生門が大吉で景門が中吉、杜門、死門、傷門、驚門が凶とのこと。図は少しこれとは門称が異なるようです。
割合は東〜東南が「木」15°×4で間に「日」と「月」が各15°×1入り、南が「火」15°×3、南西が「土」15°×3、西〜西北が「金」15°×6、北が「水」15°×3、北東に「土」15°×3となっています。
「五行相生相克」というと私はピカチューを思い出しますが、紀元前の時代に万物の分析を試みたアリストテレスらの四元素説(火、空気、水、土)がギリシャから中国への距離を経て五行思想(木火土金水)へと拡がりさらに各要素の関係性まで掘り下げるに至ったとすると、その思想に真理があると信じた人々の気持ちは十分に理解できます。

どう間取りが配されているか、少し確認してみます。
東南「木」に大戸(玄関戸)、桑場、東南「木」から南「火」にかけて池(現在は蓮池)、蚕室、南「火」から南西「土」に庭、畑、南西「土」、西「金」に井戸、西、西北「金」に厠、西北「金」に裏木戸、東「木」に風呂、井戸。
黒く塗りつぶされた壁線が改修指示に当るのでしょうか。北西から北に「吉相」と朱墨で書かれた出張りの部屋が長く陣取り、東から北東にかかる位置にある味噌室にも「吉相」とあります。北東角には別紙が上張りされ間取り案の様なものが記されています。「大凶・凶・わろし」などの間取りを否定する記述は見られません。まあ、家相見だからといって立派なお宅にそうそう否定的なことは言えませんよね。

家族7人の年齢と九星法による星周りも書き添えられています。
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署名のところには「薬不用」と記されています。お決まりの文句のようですが、この家は漢方医のお宅なので、そんなこと書き添えて良いのかと笑えます。
地理風水 天地日月顕明 萬病根切窮理 薬不用 活業
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最後のところには、
      神仏や医師の薬も諸共に 萬病根切の窮理なりけり とあります。

 家が建ったのは江戸後期。何がきっかけで家相を見てもらうことになられたのか、その辺りのことは伺えておりませんが、他家の家相図には表記されていることのある臓器名称が記されていませんので、目的は病気を治すということではなかったのではないかと思います。
 テキストとなっている「萬病根切窮理」に記されている内容に目を通してみますと、方位と人体を対応させており、建物のある部分に不備があると、その方位に対応する体の部分が不健康になると説いているようです。
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 「首の方に火気を備え、腰の方に水気を備えていたら、転じさせて首の方に水気を備え、腰の方に火気を備えなさいよ、それは頭寒足熱法といい、そうしていれば身体が強くなります。それが天地自然の順理です。長年研究して数多くの経験によって判りました。」と、頭寒足熱法なんて、現代でも言われているようなことが記されてもいるのですが、実例として「南の大竈を東南に移したら宿病が全快した」とか、「北東東の浴室やトイレの溜桶を南南東に移したら忽ちお腹が治った」とかが次々と掲げられても・・・ねぇ、という感じがします。
 しかしながら、家相を見るということが、人間の健康と住まいの間取りに気を配ったとてもデリケートなものであったのか、単に中八方に当て嵌めただけのものであったのかどうか判りませんが、人々に住まいの間取りにおいて何か考える規範となるものが欲しいという思いがあり、松浦琴生がそれに応えようとしたのであれば、今ほど詳らかではなかった自然の摂理の理解から「萬病根切窮理」を上梓したということは、とても素晴らしいことであったのだと思います。
一枚の家相図がそんなことを考えさせてくれました。
大変貴重な資料に出会えたことに、感謝です。


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2017年10月16日

金木犀

少し前から朝道、夜道に漂う金木犀の香りが気になっていたのですが、ちゃんと秋が始まっていたんですね。今年は事務所前の金木犀も花付きがよく、看板の上を可愛らしく飾ってくれています。
金木犀とcocu看板2

本来金木犀は雌雄異株で雌雄揃えば実がなるものなのだそうですが、日本は香りを珍重し江戸期中国から芳香のある花の咲く雄株しか輸入しなかったために結実を見ることがないのだそうです。同種の薄黄木犀は日本に雌雄両株あるので結実し、その実はオリーブに似た姿のようです。

金木犀シロップ
金木犀の花を少し集めて、シロップ漬に。
これを混ぜてケーキを焼きましょう


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2017年10月12日

能の場

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住宅に能舞台を取り入れられた事例を拝見させて頂きました。半地下に設けられた斗栱・蟇股など伝統的な手法が略された平天井の舞台です。周囲に白州はありません。舞台の高さが床から20cm程と低く、正面には階(きざはし)が退化した尻尾のように付けられていました。椅子式の客座と舞台人との目線が近く、舞囃子などは勝手が違うようです。床下には甕が入っているのか?ですが、足拍子もお囃子の音響も私は気になりませんでした。能楽師の方には如何か、伺ってみたいところです。
このように能舞台が住まいの中にあると、能が身近になります。和楽器の音や謡の響きはとても良いものです。普段にどこかからか流れてこないかしらん。
そういえば、屋外の能を観たいと何年か前から願っていますが、未だそれは叶えられていません。 そろそろ叶えたいものです。

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2017年09月10日

住まいの安心

8月30日(水)から9月5日(火)は防災週間でした。私も9月2日は「住まいの安心」というテーマのセミナーでお話をさせて頂きましたが、住まいづくりを考えていらっしゃる参加者の方々は、住まいに求める性能として「安全」ということをしっかり掲げていらっしゃいましたので、とても真摯に話を聴いて下さいました。ご質問からは、特に「防犯」「耐震」に高い関心を持っていらっしゃるということが判りました。
また「いつもの暮らしをもしもの支えに」というコンセプトの住まいを提案して頂くコンペのシンポジウムにも参加してきました。被災時のストレスをどう無くしていくかということを主眼に考え始めたという言うコンペ入賞者の方のお話が印象深く、プラン構築は、日常に非日常的とも思える暮らしを採り入れ、軽いストレスを掛け続け、慣れることでストレスを無くすという発想でなされていました。快適性を求める志向が強いと拒否されてしまう案でもありますが、住まい手との話し合いの中で、何もかもが快適であることを求めることを見直すというベクトルになっていくと良いと思います。
スカイツリー
シンポジウム会場だった千葉工大スカイツリータウンキャンパス
わたくし、初スカイツリー麓です。
まだ進入したことはございません。

こちらは住まいづくりナビセンターの「住まいの安心セミナー」でご案内している冊子です。優しい語り口でとても判り易く書かれています。
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2017年08月18日

飯田詣で

先日、一泊二日で飯田の街を歩き&走り廻りました。
初めて訪れましたが、地元の方との素敵な出会いもあり、
とても充実した二日間でした。ATAGO
愛宕蔵を改装したレストラン「ATAGO」
布袋の鬼瓦
喜久水酒造愛宕蔵
喜久水酒造愛宕蔵
ATAGOランチ
大当りだった「ATAGO」のランチメニュー
追手町小学校エントランス
追手町小学校 1929年建築
飯田城出丸跡地に建つ現役の小学校です。
追手町小学校
ここの夜景がきれいらしい。
追手町小学校校庭から見る
校庭から見る校舎 中央の時計がかわいい。
追手町小学校講堂
追手町小学校講堂 1931年建築
こちらも現役の講堂です。ここで、竹田人形座の人形劇を楽しみました。
鼎橋から見た丘の上
松川に架かる鼎橋より丘の上を見上げる。
中央の赤い屋根が追手町小学校講堂
飯田城
丘の上にはかつて飯田城がありました。

浜井場小学校
浜井場小学校円形校舎 1955年建築
1954〜60年半ばに流行した円形校舎の初期事例。設計は坂本鹿名夫氏。
現役で低学年用校舎として使われています。
幾度の災害を乗り越えて使い続けられている建物です。
旧小笠原家書院
旧小笠原家書院 江戸初期建築
とても繊細な感性で造られた玄関寄せの向唐破風
椹の杮葺きの屋根には鬼板で挟まれた箱棟が乗っています。
木端立て
「三階菱」という小笠原家の家紋。
「王」の字からデザインされた紋なのだそうです。
菱の切り込みが深く刻まれて、美しいです。
茨付け
茨付けのある破風や垂木。板から曲面を彫り出しています。
布裏甲に乗る小裏甲
日御碕神社
こちらは以前訪れた出雲日御碕神社の切裏甲に乗る小裏甲(桧皮葺)
伊豆木陣屋
この地はかつて伊豆木陣屋でした。現在は書院と蔵だけが残り、敷地入口にあった太鼓門が飯田市伝馬町の専照寺に移築され、他は取り壊されてしまいました。女中部屋や台所があったところには、現在お母様が小笠原家の出でいらっしゃる建築家妹島和世さんが西沢立衛さんと一緒に設計された資料館が建っています。
書院は南面の懸造りや内部の絹柾桧柱等の現代では手に入らない材を見ることができ、とても貴重な文化財となっています。

旧瀧澤医院
旧瀧澤医院 1895年(明治28)建築
左手には本棟造りの住宅棟
旧杵原小学校
旧杵原小学校 1949年建築
とても美しい平面をもつ木造校舎です。
映画「母べぇ」でロケに使われました。

他にもりんご並木通りや天竜峡等など沢山歩き廻りました。
飯田の町は、サインモチーフがりんごであったり、色使いが赤といったものが多く、「りんご押し」という感じが全体に漂っておりました。
度重なる火災から立ち上がってきたという歴史を持つ町の魅力を探す旅でございましたが、事前に調べた「裏界線」に下町路地のような生活のロマンを勝手に思い描いて出かけた私の妄想は、只の距離として軽く往なされ、しょんぼり。
昭和22年の大火で焼けなかったエリアには古い建物が残っており、それらには手が入れられていないような家屋も多くありましたが、空き家再活用の手立ても出てきているようで、新築では出せない味を地域の人たちが楽しんでいる様子が伺えました。
マンホール蓋
マンホールの蓋もりんご
飯田のりんご
お土産もりんごを頂きました。
10月にもう一度訪ねますので、また新しい魅力を発見したいと思います。
楽しみ


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2017年08月16日

セルゲイ

今年の関東のお盆は天気に恵まれませんでした。でもご先祖様は、しめやかな空気の方が居心地良いかも??、そんな中の日曜日、私はデビッド・ラシャペル監督、ジェイド・ヘイルクリストフィ振付による『Take Me to Church』でのパフォーマンスがとても印象的だった、史上最年少の19歳で英ロイヤル・バレエ団のプリンシパルになったダンサー、セルゲイ・ポールニンのドキュメンタリー映画を、ル・シネマに観に行ってきました(休日ナイターはお得 )。
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自身のドキュメンタリーを観ることで、踊りしか知らないことへの苛立ち、人生経験を積む場が限られていることへの不満などを俯瞰で捉えることが出来、ダンサーをやめると決めていたけれど、やめずにこれからは同様の問題を抱えるダンサー達の傘になりたいという思いに至り、プロジェクトを立ち上げたというセルゲイ。人との出会いで視界が開けたことが、本当に喜ばしいと思います。ジェイド・ヘイルクリストフィという素敵な友達もいますし、感性のみならずお互いのバレエを通じて育まれた知性は想像以上に高いということにも気付けたのではないでしょうか?
私たちに与えられる感動はダンサーの途轍もない苦悩や痛みに基づいているけれど、彼らはステージで微塵もそれを感じさせない。ダンサー達に改めて感謝したいと思います。
でも、ビジネス業界はやはり危険、プロジェクトは少し心配 with老婆心。
知りませんでしたが、朝のTV番組「スッキリ」に出て『Take Me to Church』踊ったんですってね。真面目か!脚によく無いことは断るべきですよ・・・

chou23 at 10:10|この記事のURLComments(0)art 

2017年08月14日

日の暮れる里

名前からそう読み取れるけれども、
「そんな感じ、しないな~」という感であった、日暮里

でも、かつての姿はああ、ぴったり
こんな風景の頃があったのですね。
流れる川は、谷田川なのでしょうか???

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故ダイアナ妃も作品を買い求めたという画家吉田博の作品展、開催中です。お盆休みのお昼時を狙って行きましたので、比較的マイペースで観賞出来ました。私は存じ上げなかった方なのですが、とてもファンの多い方のようです。私も、すっかりファンになり、図録も購入 お時間あれば、ぜひ!

chou23 at 18:09|この記事のURLComments(0)art 

2017年08月11日

頂きました。

ブナの木でしょうか?
えんぴつ
5.5mm鉛筆と芯削り器です。

hold感、good!
スケッチ、冴えるかな?

感謝


chou23 at 20:31|この記事のURLComments(0)goods 

2017年07月27日

タロ

先日久しぶりに、親しみを込めて「タロちゃんち」といつも呼んでいる
青山の旧岡本太郎邸へお邪魔。元気が貰える素敵な場所!
living1
(この画像はクリックすると大きくなります。)
リビングでは小さいおじさんと化したタロ氏が迎えてくれます。パリッとしたスーツはちゃんと衣装替えなさっているのですよ。蝋人形の表情と赤い掌に乗る写真の表情のギャップが魅力的です。それにしても芭蕉が混み合うジャングルチックな庭が似合う家って、そうなかなかありませんぞ。
taro
taro

リビングを経由してアトリエへ。好きなんですよね、このアトリエ。天井を舐める光がのびやかな気持ちにさせてくれて、創るという気持ちを揺らすのです。
atelier
atelier2


2階特別展示室へ
mini2F hall
ここでは昨年岡本太郎賞を受賞した三宅感さんの新作壁画「わたしの野花たち」が展示中でした。一体の壁画はどこを切り取ってもパワフル。解説を読むとまた一層感心。そして思いを形にするってすごいことだと改めて思います。
わたしの野花たち
わたしの野花たち2
そしてお隣のカフェへ
レアチーズケーキ
元気が貰えるのはタロパワーからだけではなく、隣接カフェのケーキからも。
ここのケーキ、大好きなのです。食べても体重増えないし・・・ほんとに。


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2017年07月05日

良寛さんのお手紙

7月の稽古
七月のお稽古は三木町棚にてのお点前

お花は角虎の尾、秋の田村草、擬宝珠、下野、紫苑?(のような薄紫の花)を活けて下さいました。籠に活けられると涼やかさがぐんと増しますね。風炉先も障子を外して夏支度です。
お軸には良寛さんが4つ違いの弟由之さんに送った手紙文の写しを。倉敷の禅寺での修業を終え、諸国を旅した後故郷新潟に帰ってきた良寛さんが、隠棲した弟に送った手紙文とのこと。写りが悪くてすみません。
良寛さん

「人も三十四十遠越天者、お東ろへ由久毛乃な禮者、随分御養生可被遊候。大酒飽淫は實耳命をきる斧なり ゆめゆめ春こさぬよふにあ所者さるへ久候 七尺乃屏風もお東良者な登可越さらむ 羅綾能袂も比可はな東か堂へさ良む を能れ本里春るところなり東も制せは 奈東可や末さ良しむ 春毛理老 良寛」

天(れ)、東(と)、登(と)、耳(に)、春(す)、堂(た)、末(ま)
初っ端から意表を突く万葉仮名の変換パターン  相変わらず読めませんが、内容は教えて頂きました。
前回覚えたはず!の万葉仮名も備忘録として再び。
尓(に)、毛(も)、可(か)、那(な)、志(し)
支(き)、所(そ)、者(は)、介(け)

人も三十四十を越えれば、衰えゆくものなれば、随分御養生あそばさるべく候
大酒飽淫(たいしゅほういん)は実に命をきる斧なり
ゆめゆめ過ごさぬように あそばさるべく候
七尺の屏風も躍らば(跳び上がれば)なんとか越えざらむ・・・※
羅綾(らりょう=強い生地)の袂も引かばなんとか絶えざらむ(切ることができる)・・・※
おのれ 欲っするところなりとも制せば なんとか止まざらしむ
すもり老(巣守=弟由之の別号)  良寛

は『平家物語』からの引用だそうです。単なるお小言文とならぬよう、幼き頃に一緒に諳んじた『平家物語』を引用して末文の「おのれ欲するところ・・・」を愛情を添えて伝えようとしているのではないかとのことです。
兄弟思いの良寛さん  


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