2005年06月22日

ウィリー・ネルソン

redhear こんにちは。6月らしい雨の夜。映画「ビートニク」を録画しながら、そして今週末の報告の準備をしながら書いています。「雨の降る日はどこへも出たくない、だけど大切な傘がないわけじゃない。」斉藤和義。今一番聴いている曲かもしれません。等身大。ちなみにぼくの大切な傘は故障中。早く完治してほしいです。こんなこと書くのは恥ずかしいですね。むかつきますね。エゴでぶっとばせ。
 今日は、ディランから少しさかのぼって、ウィリー・ネルソンの曲をひとつ取り上げようかと思います。というのも、今ディランは彼と一緒にアメリカ・ツアーをしているんです。すごいふたり。みてみたいですね〜。かっこいいふたり。過去のふたり。未来のふたり。と、適当に書いても面白いことが出てくるような頭は持っていないのでさっそく詩に入ります。取り上げるのは、「Read Headed Stranger」。「見知らぬ赤毛の男」とでも訳すのでしょうか。
The red-headed stranger from Blue Rock, Montana,
Rode into town one day.
And under his knees was a ragin' black stallion,
And walkin' behind was a bay.
The red-headed stranger had eyes like the thunder,
And his lips, they were sad and tight.
His little lost love lay asleep on the hillside,
And his heart was heavy as night.
(モンタナのブルーロックから来たその見知らぬ赤毛の男が)
(ある日、街にやってきた)
(気性の荒そうな黒馬に乗り)
(そしてその後ろを鹿毛のポニーが歩いている)
(彼の瞳はまるで稲妻、そして唇は悲しく引き締まっている)
(失った小さな恋人は、丘の上に眠っている)
(そして彼の心は、夜の闇ほど重い)

(サビ)
Don't cross him, don't boss him.
He's wild in his sorrow:
He's ridin' an' hidin his pain.
Don't fight him, don't spite him;
Just wait till tomorrow,
Maybe he'll ride on again.
(奴の前を横切るな、奴の上に立つな)
(奴は、悲しみに荒れ狂っている)
(奴は、その痛みに乗りそして隠しているんだ)
(奴とは喧嘩するな、奴の邪魔はするな)
(明日まで待ったら)
(奴はここを通り過ぎてくれるかもしれない)

A yellow-haired lady leaned out of her window,
An' watched as he passed her way.
She drew back in fear at the sight of the stallion,
But cast greedy eyes on the bay.
But how could she know that this dancin' bay pony,
Meant more to him than life.
For this was the horse that his little lost darlin',
Had ridden when she was his wife.

(サビ)

The yellow-haired lady came down to the tavern,
An' looked up the stranger there.
He bought her a drink, an' he gave her some money,
He just didn't seem to care.
She followed him out as he saddled his stallion,
An' laughed as she grabbed at the bay.
He shot her so quick, they had no time to warn her,
She never heard anyone say:

(サビ)

The yellow-haired lady was buried at sunset;
The stranger went free, of course.
For you can't hang a man for killin' a woman,
Who's tryin' to steal your horse.
This is the tale of the red headed stranger,
And if he should pass your way,
Stay out of the path of the ragin' black stallion,
And don't lay a hand on the bay.

(サビ)
 長いので訳は1番だけにしました。2番以降を簡単に要約すると、「ある女がその男をみかける。女は、彼の凄まじさに怯むが、彼にとっては自分の命以上に大切なポニー、亡くなった恋人が乗っていたポニー、そのポニーに目をつけた。女は、男のいる酒場に行き、一杯交わしてから、そのポニーに手をかける。その瞬間、男は彼女を殺してしまう。彼は街を去ったが、彼をとがめるものは誰もいなかった…」あんまり魅力的な要約じゃありませんが、ざっとこんなところでしょうか。ぜひ、曲を聴いてみてほしいです。
 ちなみに、「Red Headed Stranger」というアルバムに入っていますが、ウィリー・ネルソンのアルバムを持っていない方で、興味があれば持っていてよい一枚だと思います。あとは、「Stardust」あたりも美しいアルバムですね。そこまでカントリーが好きなわけではないのですが、ウィリー・ネルソンはたまに聴きたくなります。
 また更新します。
  
Posted by christmashorse at 02:17Comments(1)TrackBack(1)1960年代

2005年06月08日

ハードレイン

freewheel 気がつけば6月。もう梅雨入り間近。長い間更新を怠っていました。せっかくたくさんの方が来てくださっていたのに、すみません。またぼちぼちはじめていきたいと思います。ほんとうは、5月24日のボブ・ディランの誕生日に更新を、と考えていたのですが、ひとりでお祝いしながらビール呑んでいたら、すっかり忘れてしまいました。
 4月、5月は新しく始まった生活のリズムを作っていくのに精一杯で余裕がなかったのかもしれません。6月。梅雨の雨は柔らかい感じがします、ぼくは。しっとり降る。今日取り上げる曲は、ディランの2枚目のアルバム「Freewheelin’」から「A Hard Rain’s gonna Fall」(ひどい雨が降りそうなんだ)。唄というより詩な曲ですね。長い。ちょうど、ディランがまだプロテスト・ソングと称されるような詩を唄っていた頃の曲で、この曲もその一部だと思います。ひどい雨(硬い雨)=核戦争。とにかく詩がきれいだと思います。今日はその一部しか取り上げませんが、梅雨の柔らかい雨が降る日に、ゆっくりと聴いてもらえたらいいんじゃないでしょうか。傘のある人も、ない人も。

Oh, who did you meet, my blue-eyed son?  
(青い目のむすこよ、誰に会ったの?)
Who did you meet, my darling young one?
(愛する若いものよ、誰に会ったの?)
I met a young child beside a dead pony,  
(おれは死んだポニーの脇にいる少年に会った)
I met a white man who walked a black dog,
(おれは黒い犬を歩かせる白人に会った)
I met a young woman whose body was burning,
(体が燃えている若い女に会った)
I met a young girl, she gave me a rainbow, 
(少女に会い、虹をもらった)  
I met one man who was wounded in love, 
(愛に傷ついている男に会った)
I met another man who was wounded with hatred, 
(憎しみに傷ついている男に会った)
And it's a hard, it's a hard, it's a hard, it's a hard, 
It's a hard rain's a-gonna fall 
(そして、ひどい雨が降り出そうとしてるんだ。)

 詩なんて訳しても仕方ないと思うんです。ディランなんかは英語のままでもわからないものが多いし、なんなんでしょうね。より最近のバンドでは、「PAVEMENT」というバンドのスティーブ・マルクマスという人がかなりカッコいい詩を書いていると思うのですが、まったくといっていいほどわかりません。
 今日は、関係代名詞と呼ばれる「who」について簡単に書いておきます。
「わたしは、ある男性に会った。その男性は憎しみで傷ついていた。」
この文を英語にしてみると

I met a man. The man was wounded with hatred.
となりますが、これを「わたしは、憎しみで傷ついている男性に会った」という風にすっきりさせたいときに、「who」が使えます。
2文目の「the man」を「who」に変えてあげて、文をつなげればいいだけです。
I met a man who was wounded with hatred.

 文法でこの「who」は、主格の関係代名詞などと呼ばれることがありますが、主格とは主語になることば。つまりここでは、2文目の「the man」の替わり、主語としての役割を果たすようになるわけですね。もうひとつ例文を挙げておきます。
「彼は、太った男をみた。その男はライブ中ベストをきていた」
He saw a fat man. The man was playing with a vest on.
→「彼は、ライブでベストを着て演奏している太った男をみた」
He saw a fat man who was playing with a vest on.

 こんな感じでしょうか。長い間ご無沙汰しておりましたが、これからまたよろしくお願いします。わがままですが、リクエストなどしていただけると、より一層更新への意欲がわくと思います。ディラン以外でも構いませんので、ぜひ。
  
Posted by christmashorse at 00:29Comments(6)TrackBack(1)1960年代

2005年03月23日

I Shall Be Released

greatesthits2 先日、「僕らの音楽」という番組に清志郎が出演していましたね。かっこいいですね、やっぱり。日本が誇るロックスター。ミリオンなんて出さなくたってスター。ミリオンセラー出してみたいなって鳥越俊太郎を前に適当なこと言ってるうちはスター。で、その中でディランのカバー曲、「アイ・シャル・ビー・リリースト」をやっていました。もうカバーとは呼べないくらい歌詞が替えてある曲ですが、良いバージョンでした。この曲のカバーと言えば、ハイロウズのヒロトも「トム・ロビンソンバンド」が来日したときなどにしているのですが、これもまたいい。彼が言います、「ザ・バンドとか、いろんなバージョンがあるけど、1978年頃聴いたときは、トム・ロビンソンバンドのがかっこよかった」って。言いながらヒロトが声を詰まらせるのですが、ビデオを観るたびにぼくももらい泣きします。それぐらいその時のヒロトはかっこいい。追いつけ追い越せキヨシロー。
 ということで、今日はディランバージョンの「アイ・シャル・ビー・リリースト」。ディランのアルバムだけでもいろんなテイクがあるのですが、ぼくは、グレイテストヒッツVOL.2に収録されているものが一番好きです。ザ・バンドのも。曲名の邦題については、いろいろあるようですが、「解き放たれるさ」とか「自由になれるさ」あたりがしっくりくる気がします。

They say ev'rything can be replaced,
Yet ev'ry distance is not near.
So I remember ev'ry face
Of ev'ry man who put me here.
I see my light come shining
From the west unto the east.
Any day now, any day now,
I shall be released.
(すべてのものは置きかえられるという)
(でも、すべての距離ははっきりしていない)
(だからおれはすべての顔を覚えている)
(おれをここに置いたすべての人の顔を)
(おれの光が輝いているのがみえる)
(西から東へ)
(もういつでも、もういつでも)
(おれは解き放たれるだろう)

They say ev'ry man needs protection,
They say ev'ry man must fall.
Yet I swear I see my reflection
Some place so high above this wall.
I see my light come shining
From the west unto the east.
Any day now, any day now,
I shall be released.
(だれでも保護が必要だという)
(だれでも落ちぶれるものだという)
(でも、確かにおれの反射がみえる)
(この壁よりもっと高いどこかに)
(おれの光が輝いているのがみえる)
(西から東へ)
(もういつでも、もういつでも)
(おれは解き放たれるだろう)

Standing next to me in this lonely crowd,
Is a man who swears he's not to blame.
All day long I hear him shout so loud,
Crying out that he was framed.
I see my light come shining
From the west unto the east.
Any day now, any day now,
I shall be released.
(この孤独な群集の中のおれのとなりに)
(自分は悪くないと誓う奴が立っている)
(一日中、奴が大声で叫ぶのがきこえる)
(はめられたと泣き叫ぶ声が)
(おれの光が輝いているのがみえる)
(西から東へ)
(もういつでも、もういつでも)
(おれは解き放たれるだろう)

 「幸せになるのには誰の許可もいらない」っていう歌詞が思い浮かんできます。「自由になら一秒でなれるんだ」って。
 さて今日の英語は、「be + to 不定詞」。予定、義務、運命などいろいろ意味があるのですが、会話でも文章でも使いこなせたらだいぶ幅がひろがると思います。

この曲の中では、
He is not to blame.(彼は悪くない、非難されるべきではない)
と出てきています。

他にも、
I am to go to a live this Friday.
(今週の金曜ライブに行くよ)
などと使えたり、
Hendrix was to die young.
(ヘンドリックスは若くして死んだ、死ぬことになっていた)

ジョン・レノンが生きていたら、とかヘンドリックスが生きていたら、などと言うことを考えたりするとなかなか面白いです。音楽がどうのこうのっていうのはもちろんですが、どんなおじさん、おじいちゃんになっていたのかなぁと。よく考えないで書くとこういうことになりますね。今日はこの辺にします。
  
Posted by christmashorse at 00:40Comments(10)TrackBack(2)1960年代

2005年03月06日

Lay Lady Lay

nashville だいぶ春らしい日が続くようになってきましたね。ドライブに行きたくなります。大学のときは、89年のマツダの323(ファミリア?)を持っていたので、ほぼ毎日ドライブ行ってました。この車もなかなか個性のある代物で、まずトランクが空かない。大きな買い物をしたときは、後ろのシートを倒してトランクにもぐりこみ、金具をかちゃっとはずしてあける。それから、自動で開く窓は助手席のうしろだけ。その他は開かない。ただ運転席だけは、かってにずり落ちてくるようになっていて、冬のハイウェイなんかで落ちてきたら、凍えそうになるんです。でも、CDつけてました。一回盗まれましたが、しつこくもう一回買って。いろんな修羅場を通りぬけてきたこの車ですが、その一つ「牛と対面事件」を紹介します。運転中にCD交換作業をしていたときに起こりました。正式名称が「Doperoad」というすごく綺麗なドライブルートがあったのですが、そこで気がつくと牧場の柵をなぎ倒し、運転席のとなりには牛くんが。金網の柵だったので助かりましたが、木でできた丈夫なやつだったら、車もぼくもどうなっていたかわかりません。牛くんがその後どうなったかもわかりません。3年間だいぶお世話になった車を売るときに、ナンバーを外し忘れたのを今でも後悔しています。奇跡的に買い取っていただけたのですが、車が50ドル、CDプレーヤーが50ドル。なんでもメキシコ系の人たちの手に渡ったらしく、7人ぐらいに乗りこまれ、勇敢にケンタッキーの田舎街を疾走していたという目撃談。ほのぼのします。
 さて、ドライブにふさわしいディランアルバムといえば、「ナッシュビル・スカイライン」。今日は、そこからディランでは有名なほうの曲「Lay Lady Lay」を取り上げます。前にも一曲取り上げましたが、2曲目。

Lay, lady, lay, lay across my big brass bed
Lay, lady, lay, lay across my big brass bed
Whatever colors you have in your mind
I'll show them to you and you'll see them shine
(ねよう、ねぇ、ねよう、おっきな真鍮のベッドに横になって)
(ねよう、ねぇ、ねよう、おっきな真鍮のベッドに横になって)
(どんな色が君の頭にあっても)
(君に見せてあげるし、それを光らせてあげる)

Lay, lady, lay, lay across my big brass bed
Stay, lady, stay, stay with your man awhile
Until the break of day, let me see you make him smile
His clothes are dirty but his hands are clean
And you're the best thing that he's ever seen
(ねよう、ねぇ、ねよう、おっきな真鍮のベッドに横になって)
(いてよ、ねぇ、いてよ、君の男としばらく)
(夜があけるまで、彼を微笑ませるのをみせてよ)
(彼の手は汚いけど、手はきれいだ)
(そして、君ほど素敵なものはみたことがないよ)

Stay, lady, stay, stay with your man awhile
Why wait any longer for the world to begin
You can have your cake and eat it too
Why wait any longer for the one you love
When he's standing in front of you
(いてよ、ねぇ、いてよ、君の男としばらく)
(どうして世界が始まるのをこれ以上待つのか)
(ケーキを手に入れることも食べることもできるのに)
(どうして愛する人のためにこれ以上待つのか)
(君の前に彼は立っているのに)

Lay, lady, lay, lay across my big brass bed
Stay, lady, stay, stay while the night is still ahead
I long to see you in the morning light
I long to reach for you in the night
Stay, lady, stay, stay while the night is still ahead
(ねよう、ねぇ、ねよう、おっきな真鍮のベッドに横になって)
(いてよ、ねぇ、いてよ、夜にはまだ先がある)
(朝の光の中で君をみたいよ)
(夜には君に届きたいよ)
(いてよ、ねぇ、いてよ、夜にはまだ先がある)

 このアルバムあたりから、ディランの作詞の仕方が変わってきたと言われています。それまでは、詩を始めに書いてそれに曲をつけるという形だったのが、この曲に関しては、メロディーなどの音楽部分を先に作ってから、作詞したらしいです。確かに、「ブロンド・オン・ブロンド」やもっと前の曲と比べても、音楽的にどうのこうのっていうのが見え隠れしている気がします。「Nashville Skyline Rag」でインストなんかも入れてますし、「Country Pie」なんかでも詩をそれほど強調していると思えませんもんね。でもぼくは、
I love that country pie.
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Posted by christmashorse at 16:45Comments(9)TrackBack(0)1970年代

2005年03月04日

Mama, You've Been On My Mind

bootleg 3月になりました。いろいろとこれからのことも決まりはじめ、なかなか良い調子な気がしています。調子が良くなるということは悪くもなるということで、手放しには喜べないですね。悪くなったとき楽しめる自分をつくっておくためにも、今はなおさら大事なんだなと思っています。が、ノーフューチャーフォーエバーを唄いながらこんなこと言うなんてダセー。つべこべ言わずにがんばります。
 さて、今日は「Mama, You’ve Been on My Mind」(ママ、あなたのことを想っているよ)という曲を取り上げます。3枚組みのブートレグに入っているので、聴いたことがない方が多いかもしれませんが、名曲だと思います。確か、ジョアン・バエズもカバーしていたので、それで聴いた方はいらっしゃるかもですね。この曲は1964年の「Another Side of Bob Dylan」頃の作品で、「もう人のために曲なんて書かない」っていうディランの意気込みみたいなのが感じられる一曲です。

Perhaps it's the color of the sun cut flat
An' cov'rin' the crossroads I'm standing at,
Or maybe it's the weather or something like that,
But mama, you been on my mind.
(たぶんそれは、太陽の色を切りぬいて)
(ぼくが立っている四つ角の上にかぶせたりとか)
(それとも天気とかそういった類のものなのだろう)
(でも、ママ、あなたはずっとぼくの心のなかにいるよ)

I don't mean trouble, please don't put me down or get upset,
I am not pleadin' or sayin', "I can't forget."
I do not walk the floor bowed down an' bent, but yet,
Mama, you been on my mind.
(面倒かけようとは思っていないけど、がっかりさせたり、取り乱したりしないでほしい)
(お願いしたり、「忘れられない」って言っているわけじゃない)
(肩を落として、腰を曲げて歩くつもりなんてない、でもまだ)
(ママ、あなたはずっとぼくの心のなかにいるよ)

Even though my mind is hazy an' my thoughts they might be narrow,
Where you been don't bother me nor bring me down in sorrow.
It don't even matter to me where you're wakin' up tomorrow,
But mama, you're just on my mind.
(ぼくの頭はかすみ、考えはせまいかもしれないけれど)
(あなたがどこにいたかなんてぼくを悩ませたり、悲しみにくれさせたりはしない)
(あなたが明日どこで目を覚まそうがなんの問題もない)
(でも、ママ、あなたはずっとぼくの心のなかにいるよ)

I am not askin' you to say words like "yes" or "no,"
Please understand me, I got no place for you t' go.
I'm just breathin' to myself, pretendin' not that I don't know,
Mama, you been on my mind.
(「イエス」とか「ノー」とかそういうことを求めているわけじゃないんだ)
(わかってほしい、あなたの行けるところなんかぼくにはわからない)
(ただ自分に言い聞かせて、知らないふりをしてるだけなんだ)
(ママ、あなたはずっとぼくの心のなかにいるよ)

When you wake up in the mornin', baby, look inside your mirror.
You know I won't be next to you, you know I won't be near.
I'd just be curious to know if you can see yourself as clear
As someone who has had you on his mind.
(あさ目を覚ましたとき、ねぇ、鏡をみてごらん)
(あなたのとなりにも、そばにもぼくがいないって気付くよ)
(あなたが自分のことをはっきり見えるのかどうか知りたいよ)
(あなたのことをずっと心のなかで想っているだれかと比べてね)

 「ママ」は「お母さん」ではなく、「恋人」のことだと思います。いまいちしっくりきませんが…。ラブソングって言ってしまうには、短絡的過ぎる気もします。今の直感でいうと、「ぼくはこれだけあなたのことを好きなんだよ」っていう自信みたいなのが詩から感じられるような気がします。次ぎにこの曲を聴くと全く別のかわいいラブソングに思えたりするかもしれません。
 詩に関しては、英語で読むとすごく綺麗な表現が多いと思うのですが、ぼくの拙い訳ではそれを伝えられないのが残念です。やっぱりある程度の内容がわかれば、英語の響きで楽しんでもらうのが一番だと思います。もちろん詩の内容もわからなくたっていいんですが。
 今日取り上げる英語は、「matter」(重要だ)の使い方。ここでは、「It don’t matter〜」となっていますが、文法的にはもちろん「it DOESn’t matter〜」。これで、「どうでもいい」とか「重要じゃない」とかの意味になります。
It does not matter if he comes or nor.
(彼が来ようがこまいが関係ない)
などと使えます。
あとは、「Pretend」(〜のふりをする)や「curious」(興味がある)などの単語も知っていてもいいかもです。
 最後になりますが、この曲の入っている3枚組みのボックスセットは多少高くても買う価値があると思います。もちろんなかなか手が出せないんですけど…。ぼくもボックスセットで欲しくてもずっと手がでないのがあります。ライノ社からでている「Nuggets」というコンピレーションアルバムでいろんなバージョンが出ているんです。大学のときに図書館に置いてあってVOL1だけは聴いたことがあるのですが、ほんとにかっこよかった。そのうちCDラックにシリーズ全部集めたいです。ディランをオススメしてるのか、ナゲッツをオススメしているのかわからなくなってきてしまいました。両方買い!、なはず。
 今日もだいぶ長くなりました。たくさんのコメント・トラックバックありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
  
Posted by christmashorse at 20:24Comments(3)TrackBack(0)1960年代

2005年02月19日

Shooting Star

ohmercy ボブ・ディランがフジロックに参加するという噂が流れているみたいですね。‘エイジ’は出演なさらないのでしょうか。その時まで誰が出てもフジロックには行きません。エイジはかっこいい。エイジはロック。エイジはパンク。音楽に関してニュースをもひとつ。先日、自分へのご褒美みたいな感じで本を買うどさくさに紛らせてCDを買いました。「Matador 15」。これがいいんです。ジャズで言えばブルーノートレーベルとかそんな感じでしょうか。マタドールレコードから発売されたCDのコンピレーションアルバムなのですが、CD2枚とプロモDVD付き。有名所だと、ジョンスペンサー、ヨー・ラ・テンゴ、ベルアンドセバスチャンなんかも参加。かっこいい一枚です。もちろん、スティーブ・マルクマスとペイヴメントも。どこまでもクール。クールより熱くクールなマルクマス。PVも最高です。
 今日のディランは予告通りアルバム‘OH Mercy’(1989年)から「Shooting Star」(流れ星)を取り上げます。‘流れ星’っていうのと、‘Shooting Star’っていうのとではちょっとイメージが違う気がします。同じ「流れ星」のことを表現しているのですが、日本語だと、日本語になれているせいかいろんなイメージ(願い事など)がくっついてくる感じ。ぼくだけでしょうか。英語の‘shooting star’は日本語よりもっと単調な感じ。どうなんでしょう。去年のクリスマス前になんとか座の流星群がありましたね。ちょうど夜のニュースでやっていたので、アパートの屋上にあがってみると、いくつか流れ星みることができました。何億年も前に消えたはずなのに、今みえる。では、ディランが唄う流れ星を。
Seen a shooting star tonight
And I thought of you.
You were trying to break into another world
A world I never knew.
I always kind of wondered
If you ever made it through.
Seen a shooting star tonight
And I thought of you.
(流れ星をみた)
(そして君のことを考えた)
(君は別の世界へ入り込もうとしていた)
(ぼくが知らない世界へ)
(いつも不思議に思っていたんだ)
(君がそうできたかどうか)
(流れ星をみた)
(そして君のことを考えた)

Seen a shooting star tonight
And I thought of me.
If I was still the same
If I ever became what you wanted me to be
Did I miss the mark or
Over-step the line
That only you could see?
Seen a shooting star tonight
And I thought of me.
(流れ星をみた)
(そして自分のことを考えた)
(ぼくがまた同じかどうか)
(君が望んでいるぼくになれたかどうか)
(ぼくは目印を見逃したのかな?)
(それか線を超えてしまったのかな)
(君だけにみえる何かを)
(流れ星をみた)
(そして自分のことを考えた)

Listen to the engine, listen to the bell
As the last fire truck from hell
Goes rolling by, all good people are praying,
It's the last temptation
The last account
The last time you might hear the sermon on the mount,
The last radio is playing.
(エンジンの音を聴け、べルの音を聴け)
(地獄から最後の炎のトラックが)
(過ぎ去っていく、そして良き人々が祈っているとき)
(最後の誘惑だ)
(最後の言い訳だ)
(山上の垂訓を聞く最後かもしれない)
(最後のラジオがかかっている)

Seen a shooting star tonight
Slip Away.
Tomorrow will be another day.
Guess it's too late to say the things to you
That you needed to hear me say.
Seen a shooting star tonight
Slip away.
(流れ星をみた)
(消え去っていく)
(明日には明日の風が吹く)
(君に言うには遅すぎる気がする)
(君がぼくの話を聞くべきだったと)
(流れ星をみた)
(消え去っていく)

 簡単そうに見えて理解が難しいです。全体的には‘終わり’みたいなものを痛感している感じをうけます。終わりというか、あきらめというか、でも投げやりな感じではない、前向きなあきらめみたいな感じでしょうか。流れ星をみることで何かが洗いながされるような感覚だったのかもしれませんね。
 今日の英語は、‘Want’の使い方です。「want to 〜」で「〜したい」などはわりと簡単に使えると思います(例: I want to go camping this weekend.)。「誰かに〜してもらいたい」というときもこの‘want’を使って表現できます。かたちは「want 人 to 〜」。

I want him to do it more seriously.
(彼にもっと真面目にやってもらいたいんだ)

He gave her his heart, but she wanted him to give his soul to her.
(彼は彼女に心を捧げた。でも彼女は彼が魂を捧げることを望んでいた)

 二文目は、全く同じではありませんがディランの歌詞から。どこからかおわかりになりますか?
 大学院生活も一区切り。あとは進路決定を待つのみです。どんな結果が出ても進みます。そうしてたら、どこかにいけますよね。少しずつ更新のペースもアップしていきますのでよろしくお願いします。
  
Posted by christmashorse at 22:19Comments(13)TrackBack(0)1980年代

2005年02月05日

I Threw It All Away

nashville 久しぶりの更新になりました。仮死状態のブログに来てくださったり、コメント・トラックバックをしてくださったみなさま、ありがとうございました。とりあえず一段落したので、またのんびり始めていこうと思っています。これからまたよろしくお願いします。
 今日はちょっと季節外れかもしれませんが、ディラン10枚目のアルバム「ナッシュビル・スカイライン」から一曲取り上げます。もっとあったかくなってから、新緑を堪能しつつドライブするときなんかにもってこいの一枚。アルバム全体で30分弱という短さなんですが、軽くてかわいい曲が多いです。数少ないヒット曲の「Lay Lady Lay」、ジョニー・キャッシュと共演した「Girl From the North Country」などなど。ぼくは「Country Pie」が好きです。ナッシュビルは田舎の大都市っていう感じの街で、ケンタッキーから近かったこともあり、何度かいったことがあります。ボブ・ディランを初めてみたのもナッシュビル・テネシー。それから、野外の芝生に寝転がって、CCRがオープニングアクト、そしてビーチボーイズが出てくるっていうライブも行きました。もちろん夢のような話で、ジョン・フォガーティもブライアン・ウィルソンもいない両バンド。それでも60年代、70年代の遺産、みたいなものを運んできてくれたような気がしました。スマップに曲を提供してるクラプトンは住職になった織田無道みたいな感じでどうでもいいですが、あの人がクリームやデレクアンドドミノスでやってきたことはすごい。もう何も生み出さなくても尊敬できる感じ。生きる化石たちですね。だいぶ風化されてしまってる人たちも多い気がしますが・・・。寒いと性格が悪くなります。
 さて、今日取り上げる曲は「I Threw it All Away」(全部捨ててしまった)。真っ直ぐな曲で、理解しやすいと思います。60年代を駆け抜けたディラン。この曲は、ニューヨークの田舎町(ウッドストック)に引っ越して住んでいたときに書いたものらしいです。ジョージ・ハリスンが遊びに来た時に披露した曲だとか。実際のウッドストックの生活は大変だったとクロニクルズに書いてありました。ちょうどあの‘ウッドストック’があったあたりですね。詳しくはまたいつか。さて、詩にいきます。

I once held her in my arms,
She said she would always stay.
But I was cruel,
I treated her like a fool,
I threw it all away.
(ぼくは昔、彼女を腕に抱いていた)
(彼女は、ずっといっしょだよって言う)
(でもぼくは意地悪で、)
(バカみたいに彼女を扱った)
(それ全部捨ててしまったんだ)

Once I had mountains in the palm of my hand,
And rivers that ran through ev'ry day.
I must have been mad,
I never knew what I had,
Until I threw it all away.
(昔は、山も手に握っていた)
(そして、毎日流れる川も)
(気がおかしかったにちがいない)
(何を持っていたのかわからなかったんだ)
(それを全部捨ててしまうまでは)

Love is all there is, it makes the world go 'round,
Love and only love, it can't be denied.
No matter what you think about it
You just won't be able to do without it.
Take a tip from one who's tried.
(愛がすべてで、それが世界を回すんだ)
(愛、ただ愛のみが、それは否定なんてできない)
(君がどう考えようが)
(それなしでは生きていけない)
(それなしで生きようとしてみた奴から学ぶといい)

So if you find someone that gives you all of her love,
Take it to your heart, don't let it stray,
For one thing that's certain,
You will surely be a-hurtin',
If you throw it all away.
(だから、もし君が愛をすべて分けてくれる誰かに逢ったなら)
(しっかりと受け止めて、そらさせるな)
(ひとつだけ確かなことがある)
(確実に君は傷ついているだろう)
(もしそれを全部捨ててしまったら)

 かなり安っぽいフレーズなんかもありますが、60年代にがんばったディランだからこそいいんじゃないかって思っています。ぼくが同じことを言うのと、ディランが言うのじゃ全く違う。当たり前のことですが…。
 今日の英語は、「make」の使い方。使役などと呼ばれることがありますが、「〜させる」の意味で使われる「make」。詩の中では、
    It makes the world go around.
となっていますが、「make +人(物) + 動詞の原型」で、「人に‘動詞の原型’をさせる」。

例えば、
 She makes me scrub the floor.  (彼女はぼくに床掃除をさせる)
 This music is making me feel bad. (この音楽聴いてると気持ち悪くなってくるよ)

などど使えます。
 まだまだ寒いです。お身体にお気をつけて冬を乗り切ってくださいね。次回はクロニクルズをちょっと読み返して、80年代の名作「OH MERCY」から一曲取り上げたいと思います。
  
Posted by christmashorse at 15:09Comments(2)TrackBack(2)1970年代

2005年01月02日

Going, Going, Gone

planet 新年。一月はあまり更新できそうにないのでしばらく間が空いてしまうかもしれません。日付や時間なんてなかったらいつもと変わらない今日と明日なのに12月31日と1月1日の今日と明日はどことなく特別ですね。寒さのせいでしょうか。毎年大晦日はひとりで過ごすことが多かったのですが、年越しには決まって「Like A Rolling Stone」をかけてきました。呑みながらひとりで立ちあがったりして。今回は久しぶりに年越しそばでも、と思い近所のスーパーへそばを買って食べました。もちろんあげ玉も。なかなか一日一日を大事にするなんていうことはできません。この一球を打つとか、この一分、一秒にかけるとか、そんな生き方はかっこいい。昨日やらなくても今日やればいいとか、昨日やらなかったことが別に今日には全く関係ないとか、そんな緊張感のない日ばかりでうんざりして自己嫌悪になることも多いです。兎にも角にもぼくはひとりでボブ・ディランと会話。
 新年最初のディランは、アルバム「Planet Waves」からリクエストをいただいた“Going, Going, Gone”を取り上げます。このアルバムに入っている“Forever Young”という曲は大好きでいくつかのバージョンを聴いているのですが、アルバム自体はあまり聴いていないというのがほんとうのところです。この“Going, Going, Gone”もリクエストがあるまであまり聴いたことがありませんでした。渋いギターも入っていてなかなか良い曲だと思います。

I've just reached a place
Where the willow don't bend.
There's not much more to be said
It's the top of the end.
I'm going,
I'm going,
I'm gone.
(おれはある場所についた)
(ヤナギが曲がっていないところ)
(口に出して言うほどのことはない)
(それは終わりの頂上だ)
(おれは行く)
(おれは行く)
(おれは行ってしまった)

I'm closin' the book
On the pages and the text
And I don't really care
What happens next.
I'm just going,
I'm going,
I'm gone.
(本をとじる)
(そのページや文章)
(ほとんど興味なんてない)
(次ぎに何が起こるのか)
(おれはただ行く)
(おれは行く)
(おれは行ってしまってしまう)

I been hangin' on threads,
I been playin' it straight,
Now, I've just got to cut loose
Before it gets late.
So I'm going,
I'm going,
I'm gone.
(糸に引っかかっている)
(おれはそれを真面目に演じてきた)
(今、おれはただそれを切ってしまうしかない)
(遅すぎるようになる前に)
(そう、おれはただ行く)
(おれは行く)
(おれは行ってしまう)

Grandma said, "Boy, go and follow your heart
And you'll be fine at the end of the line.
All that's gold isn't meant to shine.
Don't you and your one true love ever part."
(おばあちゃんが「坊や、心に従ってゆきなさい」と言った)
(そうすれば、最後の最後は大丈夫だよ)
(金のものがすべて輝くとは限らない)
(おまえと愛する人を決して離れさせるな)

I been walkin' the road,
I been livin' on the edge,
Now, I've just got to go
Before I get to the ledge.
So I'm going,
I'm just going,
I'm gone.
(おれは道を歩いてきた)
(ぎりぎりのところで生きてきた)
(今、おれは行くしかない)
(遅すぎるようになる前に)
(そう、おれは行く)
(おれは行く)
(おれは行ってしまう)

 そんなに難しい英語ではないと思いますが、難しいですね。とにかく進む、でも進んでしまってどうなるの?とかそんな感じのことを考えました。頂上だと思って辿り着いたら次ぎはどうなるのか。ディランのようにある意味で頂点を極めたような人だからこそ味わえる心境なのでしょうか。ぼくにはわかりません。
 取り上げる表現は“mean”の使い方。「意味する」などの意味があるのですが、「〜するつもり」のような意味でも使えます。例えば、間違えてひじが相手に当たってしまったときなどに、
I’m sorry. I didn’t mean it. (ごめんね、わざとじゃなかったよ)

と言う風に使えます。否定で使われることが多いかもしれません。

Bob: You are short.
Kenji: ……
Bob: Sorry, I didn’t mean to make you feel bad.

 今年もご感想・ご意見などお待ちしておりますので、またよろしくおねがいします。
  
Posted by christmashorse at 15:47Comments(4)TrackBack(3)1970年代

2004年12月19日

Not Dark Yet

timemind 今日は97年にリリースされたアルバム「Time Out of Mind」から一曲。90年代。ぼくが生きた感触のある10年間。うろ覚えのベルリンの壁崩壊、華やかさからその空虚さに気付いた時代。思いつくままですが、そんな気がしています。97年というと、ぼくがアメリカへ渡った年。ディランにはまったのは1年後ぐらいなので、このアルバムを手にしたのはずっとあとですね。しかもローテーション的にはかなり軽め。何かあるとやっぱり60年代のアルバムをかけてしまいがちです。良い曲たくさん入っているんですけどね。
 最近になってディランのメディア露出が多くなり、彼の経験やその中での葛藤が語られたりしていますが、今日取り上げる「Not Dark Yet」(まだ暗くはない)にもそんな葛藤、押し寄る年波への不安、またそれ以上?の何か、が現れているのではないでしょうか。「まだ暗くはない、でも確実に近づいている」。さらりと流してしまうこともできる一行かもしれませんが、立ち止まって考えてみてもよいかもしれませんね。今日は前回の前振りの余韻を引きずりつつ、さっそく詩をみてみます。

Shadows are falling and I've been here all day
It's too hot to sleep time is running away
Feel like my soul has turned into steel
I've still got the scars that the sun didn't heal
There's not even room enough to be anywhere
It's not dark yet, but it's getting there
(影が落ちている、そしておれはここに一日中)
(寝るには暑すぎる、逃げゆく時間)
(おれの魂が鉄に変わってしまったかのようだ)
(太陽では癒すことのできないあざがまだある)
(どこにいくにも十分な余裕がない)
(まだ暗くはない、でも確実に近づいている)

Well my sense of humanity has gone down the drain
Behind every beautiful thing there's been some kind of pain
She wrote me a letter and she wrote it so kind
She put down in writing what was in her mind
I just don't see why I should even care
It's not dark yet, but it's getting there
(おれの人間性はもう流れ落ちてしまった)
(どんな美しいものでも、その裏には何らかの痛みを伴ってきた)
(彼女はおれに手紙を書く、とてもやさしく)
(彼女の頭にあったことを書きしるした)
(ただ、そんなのどうして気にしなくてはならないのだ)
(まだ暗くはない、でも確実に近づいている)

Well, I've been to London and I've been to gay Paree
I've followed the river and I got to the sea
I've been down on the bottom of a world full of lies
I ain't looking for nothing in anyone's eyes
Sometimes my burden seems more than I can bear
It's not dark yet, but it's getting there
(ロンドンにも行ったし、“Gay Paree”にも行った)
(川を追い、海に辿り着いた)
(うそが溢れる世の中の底にも落ちたことがある)
(誰か目の中にある何かをさがしているわけじゃない)
(時々、おれの荷物は背負えるより大きい気がする)
(まだ暗くはない、でも確実に近づいている)

I was born here and I'll die here against my will
I know it looks like I'm moving, but I'm standing still
Every nerve in my body is so vacant and numb
I can't even remember what it was I came here to get away from
Don't even hear a murmur of a prayer
It's not dark yet, but it's getting there.
(おれはここで生まれ、そして自分の意思に反してここで死ぬ)
(おれが動いているように見えるのは知っている、でもじっとたっているんだ)
(からだのどの神経も空っぽで麻痺している)
(祈りのささやきさえも聞こえない)
(何から逃れるためにここに来たのかさえ覚えていない)
(まだ暗くはない、でも確実に近づいている)

 英語自体は、そんなに難しくないです。単語では、「Vacant」(空っぽの)、「numb」(麻痺した)、「pain」(痛み)、「burden」(荷物)、「will」(意志)あたりを覚えておくと良いですね。発音もいっしょに。「will」は未来を表す助動詞。「未来に〜するんだ」という“意志”があるんですね。“意志”からさらに派生して“遺書”という意味で使われたりもします。なので、“I will go.”と“I am going to go”という日本語にすると“これから行くよ”という未来を表す表現なのですが、何が違うかというと、「be going to〜」は単純未来なのに対して、「will」を使うと自分の意志がより強く表されているだと思います。実際にはそう違いはないのですが…。
 使えるフレーズとしては、「look for〜」(〜を探している)と「get + 形容詞」(〜になる)。

I am looking for a bass player for my band.
(バンドのベース弾ける人探してるんだよね)

It is getting colder and colder.
(どんどん寒くなってくるね。)

久しぶりに、
Bob: What are you looking for?
Kenji: I’m looking for “nothing”.
Bob: It is getting late. You might as well enjoy your time.
Kenji: “Nothing” is everywhere, but I can’t find it.

先が明るくないのは知っている。でもそんなときどうしたら良いのでしょうか。ディランは耐えたんですよね。いろんなしがらみをくぐりぬけ今がある。近づいているからって必ず到着するとは限らない、だから前に進むんだよ、と誰かが言ってました(責任転嫁)。
 次回はいつになるかわかりませんが、特にリクエストが無ければ60年代に戻って何かやりたいと思います。風邪を引いてしまいました。みなさんはお身体にお気をつけて年末を駆け抜けてくださいね。
  
Posted by christmashorse at 01:07Comments(2)TrackBack(4)1990年代

2004年12月09日

ロマンス・イン・デュランゴ

desire 今日はアルバム「欲望」(Desire)から“Romance In Durango”。デュランゴ。同じ名前の地名がたくさんあって特定するのは難しい場合もありますが、ここではメキシコの州ですね。あと有名なのはアメリカのコロラド州にある街。メキシコというと、テキーラとぱさぱさのサボテンくらいしか思い浮かびません。一度だけ行ったことがある、いや、厳密には入国未遂に終わったことがあります。「教授の息子逃亡事件」。長くなりますがご了承ください。
 大学3年の夏休み。メキシコのユカタン半島(メキシコ南部の州)の研究をしていたリック・ブラッドショウという先生にお世話になっていたのですが、ある晩いっしょにお酒を呑んでいると、「息子のエリックをユカタンまで行かせたいんだけど、どうしようかな。飛行機で行かせれば楽なんだけど、今乗っている車をユカタンにいる友達にあげる約束をしているんだよ……でも17の息子ひとりでメキシコの最南端までやるのはなぁ」。エリックについては、らくがき帳に妖怪やら悪魔やらの毒々しい絵を書く奴だぐらいしか知らなかったのですが、行きの旅費は先生が出してくれるし、帰りはひとりでのんびりバスに揺られてメキシコを縦断できる、そんな誘惑に駆られて「ぜひおれにお伴させてください」。しょぼん。わくわくしながらエリックと二人黄色いフェスティバに乗りこみ、先生にグッドバイ。妖怪や悪魔はらくがき帳の上だけでなく、エリックのこころだったんですね。それを感じるのにそう時間はかかりませんでした。出発した日の夜、運転に疲れたぼくは、エリックにハンドルをゆだねる。アーカンソー、カンザスといった直線の続くハイウェイ。たまごのようなフェスティバが猛スピードで疾走。その速さ時速100マイル(約160キロ)。ここはぼくもお兄さんですから、エリックをいさめます。「そんなに急がなくても、メキシコもテキサスの親戚(途中で会うことになっていた)も逃げはしないぜ」。いやいや、その速度は30分後、半ば無理やり車を止めさせ、運転を交代するまで緩むことはありませんでした。君殺(キミサツ)。そうこうして、親戚のおばさんにあいさつし、いよいよメキシコ国境へ。もうそのころには個性のかけらもないテキサスの風景にも飽き、運転にも疲れへとへとです。なんとか国境を通過し、ドラッグと売春とあほなアメリカ人がうろうろする街へ。とりあえずすべてを忘れテキーラとビールで自分をねぎらう。夜の12時。車の登録を済ませないと先へは進めないので、一泊することに。街を一周するも、結局明日の朝車両登録をする駐車場へ。警備の人もトラックもたくさんいるし、一晩くらいなら安全だろう…。車を止め、エリックに「おれは疲れたから寝るよ」。おっけー。いやいや、5分と経たないうちに、車がゆれ出す。強盗か。いや、目を開けても車を囲むギャングの姿はない。外にでてみる。なんとエリックが車の屋根に乗り、仰向けになってどんどん。ばかか。冷静さなんてもういらね〜。奴を車から引きずり降ろし、平手で頭を殴って叱り、車の中へ。これがエリックをみた最後でした。翌朝、真っ青な空のもとに目を覚ます。外で背伸びとたばこを1本。ん?エリックは?広い駐車場に奴の影はなし。車に戻りキーはあるのを確認。そして助手席には、あの悪魔の絵に食われるケンジの似顔絵とメッセージ。「Fuck you」(ファック・ユー)と一言。先生からもらっていた3ヶ月分の生活費約20万円を持ったエリックを見失う。先生はアフリカへ出張中。探しても見つからないので、とりあえず国境を越えアメリカ側へ戻り、古びた汚いモーテルにチェックイン。心配と疲労とかゆみが襲う。フロントのコーリングカードを買い占め、親戚の家へ電話。連絡はない。とりあえずエリックからどこかに連絡があるまでそこへ滞在することに。

 3日が経過。音沙汰なし。もうしらね〜。黄色のフェスティバを北へ走らせケンタッキーへ。ハイウェイ走行中タイヤのバースト。死にかける。もう3日かけてやっと帰る。なんと、その晩に初めてエリックから連絡が入る。「どこにいるんだ?」奴のこたえは、「まだあの街にいるよ」。「金は?」「ほとんど使った」。Tangled Up In Mexico。今思えば、彼は彼でクールだったのかもしれません。嫌いですけど。教授は教授ですごく良い人で、アフリカ研究もしていて学生を中央アフリカ共和国につれていってくれたりしました。くれぐれも現地の女性と恋をしないようにと釘をさされていったぼくたち。帰りの飛行機ではなぜか教授といっしょにアフリカ人女性。暴走するのは「息子」だけじゃなかったんですね。
 というわけで、東北人特有落ちのない話。では、そんなぼくが夢見ていたメキシコの夜を想像しながら、“Romance In Durango”。
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Posted by christmashorse at 12:41Comments(7)TrackBack(2)1970年代

2004年12月03日

風に吹かれて

essential 12月になりました。ハロゲンヒーターの威力はすごい。去年の今ごろはもうすでに部屋の中で凍傷寸前になっていたのに、今は快適。ハロゲンヒーターだけのおかげではないんですけどね。あったかい音楽があってあったかい人たちがあっちやこっちにいてあったかいアイスクリームを食べる、そして寒い修士論文を書く。幸せです。もちろん最新型では物足りないぜ。
 今日は言わずと知れたディランの名曲「風に吹かれて」。この曲のイメージは春な気がします。ふわふわしてる感じ。もちろん軽やかではなく、ぎこちなくふわふわ。この曲が出るまでには紆余曲折があったようです。この曲は2枚目のアルバム「Freewheeling」に入っているのですが、一枚目の「Bob Dylan」と題されたアルバムの売れ行きが悪くコロンビアレコードとの契約を切られかけていたらしいです。一枚目のアルバムはオリジナルが2曲とカバー11曲なのですが、当時は売れなかったんですね。ぼくは大好きです。また別の機会に紹介します。さて、そんなディランを救ったのが、彼の才能を見込んでプロデュースを担当していたジョン・ハモンドとカントリーのロック王ジョニー・キャッシュ。
と、そんな中で彼自身の公民権運動への参加、ディラン・クロニクルズにも詳細に書かれている当時のカフェでの様々な会話がインスピレーションを与えたと言われています。実際この曲に関してディランは、ただいろんな言葉を書きとめただけだ、みたいなコメントをしています。他にもたくさんのエピソードがあるのですが長くなるのでこの辺にして歌詞をみてみます。

How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
Yes, 'n' how many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?
Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.
(いくつの道を歩いたら)
(ほんとうの人間として認められるのか)
(いくつの海を飛び越えたら)
(白いハトは砂でやすらげるのか)
(そしていくつの弾丸の雨が降ったら)
(それらがなくなるのか)
(そのこたえは、友だち、風に吹かれている)
(答えは風に吹かれている)

How many times must a man look up
Before he can see the sky?
Yes, 'n' how many ears must one man have
Before he can hear people cry?
Yes, 'n' how many deaths will it take till he knows
That too many people have died?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.
(何度見上げたら)
(青い空がみえるのか)
(いくつの耳をつけたら)
(あいつには人々の泣き声がきこえるのか)
(何人死んだら気づくのだろう)
(あいつにはあまりにも多くの人が命をなくしたと)

How many years can a mountain exist
Before it's washed to the sea?
Yes, 'n' how many years can some people exist
Before they're allowed to be free?
Yes, 'n' how many times can a man turn his head,
Pretending he just doesn't see?
The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.
(どのくらいの時間、山は存在するのか)
(海に洗い流されてしまう前に)
(どれくらいの時間、人々は存在するのか)
(自由を許されるまでに)
(いったい何回人々は顔をそむけ)
(見えないふりをするのか)

 英語自体は比較的わかりやすいと思います。Dove(ハト)は平和の象徴。ハト派とタカ派などと使われたりします。駅や公園などでてこてこしてるのは一般的に“Pigeon”と呼ばれます。今日取り上げる表現は“Be allowed to〜”(〜するのを許される)。

I am allowed to leave whenever I want to.
(いつでも帰りたいときにいつでも帰っていいことになってるんだ)
否定で、
We are not allowed to smoke in this room.
(この部屋ではたばこ吸ったらいけないことになってるよ)

 例文の訳を見てもらえばわかると思いますが、必ずしも“〜するのを許される”という日本語とイコールになるとは限りません。また、この“Allow”の派生語で“Allowance”(費用、子どもなどへの小遣い)があります。それからこのアルバムタイトル「Freewheeling」も会話で使ったらちょっとおしゃれかもしれません。“wheel”は日本語の車などのハンドルのこと。ハンドルは和製英語なんですね。
例えば、3人で車の旅をしていて、今度はおれが運転するよ、などと言うときには、

I will take the wheel after you

などといえます。あてもなくドライブしたくなるときがありますが、そんなときは、

Let us (let’s) go freewheeling. (ちょっとその辺ドライブしようよ)

 よくオリジナリティという言葉が使われます。オリジンが起源。起源となるようなあたらしいこと。そんなのあるんですかね。あまり好きなことばではありません。信じて自分の物にしたり、歴史の流れの中から自分なりの視点をみつけだすこと、ぼくにとってはそれがオリジナリティ。ケンジ流パクリ。ディランの「風に吹かれて」が早く歴史の遺産となるようなわれわれのオリジナリティはどこにあるのでしょうか。それも風にふかれて?ん〜、屋根まで飛んで爆発しちゃってますね。勉強しなくちゃ。
  
Posted by christmashorse at 02:07Comments(16)TrackBack(6)1960年代

2004年11月29日

If Not For You

newmorning 11月29日。ジョージ・ハリスンの命日です。ぼくは音楽を好きになりだしたのが遅かったので、子どもの頃からの憧れのアーティストはいません。大学に入ってからたくさん音楽を聴き出して、ビートルズにも魅せられ、一番好きになったビートルがジョージ・ハリスン。SomethingやHere Comes the Sun、そしてWhile My Guitar Gently Weeps、Taxmanといった天才二人の中に入っても引けをとらないジョージの名曲たち。そして圧巻がソロアルバムの「All Things Must Pass」。すごくいい。
 命日ってすごく大切にしたい。自分の命日なんかはどうでも良い気がしますが、好きだった人の命日にその人をボリューム上げて思い出す。理由なんかなく素敵な感じがします。「死んだ人よりもおれは大切だ」ってかっこよく言えるなら別ですが…。ぼくにとって思い出す命日は、このジョージ・ハリスンの11月29日とライスシャワーの6月4日。二人ともぼくに直接何をしてくれたってことはないのですが、たくさんの感動をくれたひと。
 ということで、今日はジョージも「All Things Must Pass」でカバーしている“If Not For You”(君のためでなければ)。ディランがビートルに染められる一曲。ディランのアルバムでは“New Morning”(1970)に入っています。

If not for you, (君のためでなければ)
Babe, I couldn't find the door, (ドアを見つけることはできなかっただろう)
Couldn't even see the floor, (床を見ることができなかっただろう)
I'd be sad and blue,  (悲しく憂鬱だっただろう)
If not for you. (君のためでなければ)

If not for you,  (君のためでなければ)
Babe, I'd lay awake all night, (夜通し眠れずに)
Wait for the mornin' light  (朝の光が)
To shine in through,  (差し込むのを待っていただろ)
But it would not be new, (でもそれは新しくはない)
If not for you.  (君のためでなければ)

If not for you  (君のためでなければ)
My sky would fall, (ぼくの空は落ち)
Rain would gather too. (雨があつまるだろう)
Without your love I'd be nowhere at all(君の愛がなしではどこにもいられない)
I'd be lost if not for you, (君がいなければ路頭に迷うだろう) 
And you know it's true. (そして君はそれが本当だと知っている)


If not for you, (君のためでなければ)
Winter would have no spring, (冬のあとで春ではなく)
Couldn't hear the robin sing,  (コマドリの歌もきこえず)
I just wouldn't have a clue,  (何の手がかりもなく)
Anyway it wouldn't ring true,  (とにかく何も本当にきこえないだろう)
If not for you.  (君のためでなければ)

弱気なラブソング。歌詞にそんな深みを感じることはありませんが悪くはないと思います。だれかがいないとご飯がおいしく食べられなかったり、酒がまずかったり、雨なのにもっと雨だったり。だからというわけではないですが、大好きな人は大切にしたい。頭で動いてしまってばかりでうんざりすることが多いのですが、何にも考えないで人を好きになれたらいいですね。年を経ればしがらみも増える。仕方のないことなのでしょうか。完全にケンジ日記化。いけませんね。この曲が入っている“New Morning”は比較的上手に歌を歌おうとしてる感じがします。みうらじゅん選曲のディランアルバムに入っている“If Dogs Run Free”やジェフ・ブリッジ主演の“ビッグ・リバウスキ”という映画の主題化になっている“Man In Me”など渋い曲揃いのアルバムです。“ビッグ・リバウスキ”も面白い映画です。
 英語に関しては、「Hear+人・物+動詞の原形又は〜ing形」(人・物が〜するのがきこえる)。

I heard him sing before. (彼が歌うの前にきいたよ)

Bob:Can you hear him crying? (彼が泣いてるのきこえるか)
Kenji:Yes, he has been crying all day. (うん、一日中泣いてるよ)
Bob:He said he was framed.  (はめられたっていってたぜ)

“Frame”は枠のことで、動詞では「型にはめる」。そこから「おとしいれる」みたいな意味でも使えます。受け身で「おとしいれられる」。響きの良い単語だと思います。あんまり使う場面はないかもですが…。
 次回は初心に戻ってリクエストもあった「風に吹かれて」(Blowing In the Wind)を取り上げます。もう師走。風邪など召さぬよう気をつけて過ごしてください。
  
Posted by christmashorse at 21:16Comments(7)TrackBack(3)1970年代

2004年11月25日

アネモネ男爵

ピンク かなり調子に乗ってます。ごめんなさい。反省の意味も込めてボブ・ディランからちょっとだけ離れてみます。と言っても取り上げるのは“The Band”。Last Waltzなどで見られた方も多いのではないかと思います。ボブ・ディランのバックバンドをしていたり、BIG PINKと呼ばれるスタジオでのディランとのブートレグがあったりとディランとの関係も深いです。ただRichard Manuelが早くして亡くなってしまったり、バンド内の仲が悪かったりで後期はどうなんでしょう。数年前にはオリジナルメンバーでもあるRick Dankoが他界したりで、歴史になりつつありますね。有名なアルバムはもちろん“Music From Big Pink”。ディランの30周年記念コンサートでのエリック・クラプトンの紹介が印象的です。ザ・バンドの登場をクラプトンが紹介するのですが、そこで「Back in 1967 or1968, I had a record called “Music from Big Pink, and it changed my life. It changed the course of American music」(1967年か68年に、ぼくは「ミュージックフロムビッグピンク」というアルバムを持っていた。そしてそれはぼくの人生を変え、そしてアメリカの音楽の道も変えた)。ほんとうにきれいなアルバムだと思います。“Tears of Rage”や“I shall be Released”といったディランのカバーや、最近布袋のウィスキーのCMで使われた“The Weight”などなど。全部そのうち取り上げたいです。でも今日取り上げるのは、“Long Black Veil”。多くのアーティストにカバーされているアメリカのカントリー風名曲です。物語的な詩で、無実の罪で死刑になった男の話。真実を話せば死刑は免れたのに、男は自分を守らなかった。彼は、どんなうそをついて、そして何を守ったのでしょう。

Ten years ago on a cool dark night
There was someone killed 'neath the town hall light
There were few at the scene and they all did agree
That the man who ran looked a lot like me

(10年前の寒くて暗い夜に)
(タウンホールの灯りの下で殺された人がいた)
(その光景の中に人はまばらだったが、いた連中はみんな)
(逃げた男はおれに似ていたと証言した)

The judge said "Son, what is your alibi?
If you were somewhere else then you won't have to die"
I spoke not a word although it meant my life
I had been in the arms of my best friend's wife

(裁判官は、「さて、君のアリバイはなんだね)
(もし君がどこか別のところにいたなら、死ぬ必要はないよ」)
(おれは自分の人生がかかっていたけど一言も話さなかった)
(おれは親友の妻の腕の中にいたんだ)

She walks these hills in a long black veil
She visits my grave where the night winds wail
Nobody knows, no, and nobody sees
Nobody knows but me

(彼女は黒くて長いヴェールをまとい丘を歩く)
(彼女は夜風がうねるおれの墓を訪れる)
(だれも、だれも知らないんだ)
(おれ以外には誰もしらないんだ)

The scaffold was high and eternity neared
She stood in the crowd and shed not a tear
But sometimes at night when the cold wind moans
In a long black veil she cries over my bones

(死刑は高く、“永遠”がおれに近づく)
(彼女は群集の中に立ち、涙を流すことはない)
(でも、ある夜には時々、冷たい風が吹き付けるときに)
(黒くて長いヴェールをまとった彼女はおれの骨の上で泣き崩れる)

 この男の評価はひとそれぞれだと思います。でもだれかのために自分を捨てることを選ばざるをえなかったというのはしょぼんってします。人のために生きる。アネモネ男爵はそれがどれだけ退屈なのか知っている。人のために生きていなかったから最後ぐらい…。どんな風に理解してもほんとうに寂しくて悔しい曲なのではないでしょうか。
 今日の英語は、「Look like〜」(〜のようにみえる)。
The cloud looks like a whale.  (あの雲くじらのようにみえるね。)

英語のサイトではなくなってきている感じさえありますね。そのうちミッキー吉野応援サイトになる予感。
  
Posted by christmashorse at 20:38Comments(15)TrackBack(0)1960年代

2004年11月23日

Every Grain of Sand (すべての砂の粒)

shotoflove いよいよ80年代。社会科学的にどうのこうのなんていう話とは別に、「10年」(英語ではDECADE)は面白い。60年代には60年代の、70年代には70年代の、そして80年代には80年代の、霧のような風が吹いているような気がします。後付けでその風を感じている錯覚をおこしているのかもしれませんが。もちろん人それぞれに違う風だったり、何か本質的な南風みたいなのだったり。80年代の風。飽食と装飾の時代到来。欲望という名の列車、あるいは戦車に乗って。60年代に手にいれた自由や平等。それが当たり前になったという勘違いのまま、余韻の70年代を経て…。ジョージ(リトル)ブッシュがよく括られる“ネオコン”が台頭してきたのもこの80年代。   
 ディランに関して言えば、80年代はクリスチャンフェーズと評論されてますが、最近になって少しずつこの時期のアルバムも聴けるようになってきました。成長したのか大人になったのか。今日取り上げる“Every Grain Of Sand”は81年に出されたアルバム“Shot of Love”に収録されているものです。この曲はだいぶ前からかなり好きな曲です。アルバム以外にも、バイオグラフとブートレグ二つのボックスセットに入っています。ベスト版(Greatest Hits 3)にも。アルバムバージョンは明るくてだらだらした感じ、ブートレグバージョンだけは、マイナー感たっぷりの自省的で謙虚な感じ。どっちも好き。詩に関しても60年代に書かれたどの曲にもひけを取らないと思います。宗教的な意味も暗示されていたりして難解な曲ですが、年を増すごとに少しずつわかってくるような気がしています。今日の詩は2004年版ケンジの理解で訳してみました。

In the time of my confession, in the hour of my deepest need
When the pool of tears beneath my feet flood every newborn seed
There's a dyin' voice within me reaching out somewhere,
Toiling in the danger and in the morals of despair.

(告白の時間に、ほんとうに必要な時間に)
(足元にたまった涙がすべての新芽を押し流すとき)
(どこかに届いている必死な声が、ぼくの中から)
(そして必死な声が、絶望という危険と絶望という教訓の中で)

Don't have the inclination to look back on any mistake,
Like Cain, I now behold this chain of events that I must break.
In the fury of the moment I can see the Master's hand
In every leaf that trembles, in every grain of sand.

(どんな過ちをも振りかえるつもりはない)
(ケインのように、ぼくは僕自身が壊さなければならない物事の連鎖をみる)
(激情の瞬間に、キリストの手が見える)
(すべての震える葉の中に、そしてすべての砂の粒のなかに)

Oh, the flowers of indulgence and the weeds of yesteryear,
Like criminals, they have choked the breath of conscience and good cheer.
The sun beat down upon the steps of time to light the way
To ease the pain of idleness and the memory of decay.

(甘やかの花と過ぎ去った日々の雑草が)
(罪人のように、良心と活気を窒息させる)
(日の光が時間の階段を照らす)
(怠惰の痛みと堕落の記憶を和らげるために)

I gaze into the doorway of temptation's angry flame
And every time I pass that way I always hear my name.
Then onward in my journey I come to understand
That every hair is numbered like every grain of sand.

(ぼくは誘惑の憤慨への道を見つめる)
(そしてそこを通るたびに必ずぼくの名前が聞こえる)
(そして旅路の中で、ぼくは理解するようになった)
(すべての砂の粒のように、すべての髪にも数えられるのだと)

 ちやほやされ、そして名声を築いた60年代から10年ちょっと経ち、名声も過去のものとなりつつあるときの心境を綴っている感じだと思います。聖書の引用などもあるようですが、その辺はわかりません。どなたかご指導のほどよろしくおねがいします。今日のワンポイント英語は、「Come to〜」。この使い方では、「来る」ではなく「〜するようになる」。

I came to like Bob Dylan when I was 18. (18のときにディランを聴くようになった)

などと使えます。あとは、響きの綺麗な単語やフレーズがたくさん出てきていますね。“Indulgence”(甘やかすこと)、“Conscience"(良心)、ちょっと長いですが、“ To ease the pain of idleness and the memory of decay”。
 もしこの曲を聴くためにアルバムを購入されるなら、グレイテストヒッツ3がお勧めです。バイオグラフとブートレグも買う価値ありですが、値段がはるので・・・。
今でこそベスト版に未発表曲が収録されるのはめずらしくなくなりましたが、ディランが先駆者と言ってもいい気がします。特にグレイテストヒッツ2では、“Watching the River Flow”や“When I paint my Masterpiece”などアルバムには入ってない曲もあり、すごくいいんです。どこかのだれかがブックオフしてるはず!そんな捨てられたディランを発見の際は拾ってあげてください。
 
続きに残りの歌詞を載せておきました。興味のある方はぜひ。

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2004年11月21日

Tangled Up In Blue

血の轍 ボブ・ディランクロニクルズ遅れ馳せながら購入して読んでいます。面白いです。ニューヨーク・シティに出てきてからどんな日々を送っていたのかや、「プロテスト・シンガー」というレッテルを貼られてしまったことでどんな苦労を経験しなければいけなかったかなどなど、ディラン自身が振り返って語っているんです。あっちへ飛んだりこっちに戻ったりで、文章にまとまりがあるわけではないのですが、素敵な言いまわしや、彼の人柄や考え方、そしてアーティストとしての自覚と自信などが随所に感じられて、前よりもディランという大きな存在が身近に感じられるようになった気がします。人間ディラン。こんな本を翻訳できたら幸せです。だれかちゃんとした人が日本語版を出版してしまうのでしょうが…。もう一つのニュースは、「Like A Rolling Stone」がローリング・ストーン誌のロック名曲500選で1位にランクされたらしいです。ランキング云々は別として、ディランは存在がロックなのでしょうか。
 ロック、何がロックかってそんな話は学生時代だけで終わってしまう感じがしてちょっと寂しい気もします。年を取ると全体像をみることのほうが大事に思えたりで、答えなんかないものについてとりとめもなく話すことをやめてしまう。いろんなことが「みえる」っていう過信と錯覚。「みえる」って恐ろしい。もちろんほとんどの人にとっては当たり前の幸せかもしれませんが、「当たり前」のことってほんととうそと表裏一体なのではないかと思います。思いつきでつらつら。
 今日は「血の轍」(Blood On the Tracks)から「Tangled Up In Blue」。これまで60年代の曲を取り上げてきましたが、ちょっと休憩して70年代以降の曲たちをいくつか取り上げていきたいと思います。この「Tangled Up In Blues」は、物語っぽくもありラブソングっぽくもある感じですね。タイトルは日本語にするの難しいですね。日本語版では「ブルーにこんがらがって」ってなっているようですが、なんだか響きがよくないですよね。意味はそうなのかもですが、「タングルドゥアップインブルー」なんです。Tangledは「錯綜して」や「絡まって」。ブルーは「憂鬱」。憂鬱の中で「Tangled」。

She was married when we first met (初めて会ったときに彼女は結婚していた)
Soon to be divorced (が、しかしすぐに離婚した)
I helped her out of a jam, I guess (おれは彼女がごたごたから抜け出せるように手伝った)
But I used a little too much force (けど、少し力を使いすぎた)
We drove that car as far as we could (俺たちは車をできるだけ遠くまで走らせ、)
Abandoned it out West (西に捨てた)
Split up on a dark sad night (暗くて悲しいよるに別れた)
Both agreeing it was best. (二人ともそれが一番だと)
She turned around to look at me (彼女は振りかえって俺を見る)
As I was walkin' away (歩き去ろうとしてるときに)
I heard her say over my shoulder (肩越しに彼女が言うのが聞こえた)
"We'll meet again someday on the avenue" (「いつかまたあの道で会いましょう」)
Tangled up in blue.  (タングルドアップインブルー)


So now I'm goin' back again  (今俺は帰ろうとしている)
I got to get to her somehow.  (彼女に辿りつかないといけない)
All the people we used to know  (俺たちが以前知っていた人々)
They're an illusion to me now. (奴らは今では幻想だ) 
Some are mathematicians    (ある人間は数学者)
Some are carpenter's wives.  (ある者は大工の妻)
Don't know how it all got started, (それがどう始まったのかなんて知らない)
I don't know what they're doin' with their lives(彼らがどう人生をおくっているかなんて)
But me, I'm still on the road (知らないけど、俺は今だ路上にいる)
Headin' for another joint  (そしてまた新しいジョイントへ向かう)
We always did feel the same, (俺たちはいつも同じ気持ちだった)
We just saw it from a different point of view (ただ違う視点から見てただけだ)
Tangled up in blue. (タングルドアップインブルー)

2番と7番の歌詞を抜き出してみました。何を歌った詩かというよりも全体的なストーリーと言葉遣いが良い曲だと思います。彼女と別れていろいろやってみたけど、何もうまくいかず、結局知ってるのは進みつづけることだけ。憂鬱に錯綜されながら。
今日の英語は「Marry」(結婚する)の使い方。

He is married to a Russian women.  (彼はロシア人女性と結婚している)

She got married to him last month. (彼女は彼と先月結婚した)

「Be married to〜」は結婚しているという状態を、「get married」は結婚するという動作を表します。ちょっと意味が違うので注意ですね。
 あとは「Used to」なんかも覚えておいて良いと思います。意味は「以前は〜したものだ」。

I used to hang out with them a lot. (前は彼らと良く遊んだよ)

などと使います。最後にもう一つだけ。終わりのほうに

(Im still on the road, heading for another joint)というラインがありますが、これは掛詞っぽい表現。「Joint」にはいろんな意味がありますが、ここでは、「パーティ」と「マリファナ」の二つの意味が含まれているのではないかと思います。「おれは未だ路上にいて、ジョイントに向かっている」。ジャック・ケルアックの「路上」みたい。ちなみにディランも「路上」は一時期バイブルみたいに携帯していたってクロニクルズに書いてありました。かっこいい本です。最近では、ハイロウズのマーシーが「キャサディキャサディ」を書いていますね。キャサディは、「路上」の主人公ディーンのモデルになった人。かっこいい本です。ほんとにかっこいい本です。いや、そうでもないかもしれないけど、かっこいいです。

 このページを読んでいただくときに、少々見づらいかもですが、文字のサイズを「小」にしてもらうとしっくりきます。ぜひお試を。
  
Posted by christmashorse at 16:10Comments(1)TrackBack(2)1970年代

2004年11月10日

スペイン革のブーツ(追記:廃墟の街)

Spanish Boots 変わる、変わらない。かわるとわかるって似てる気がします。わかることがかわることにつながったり、かわることでわかったり。もちろんわからないことでかわったり、かわれなかったり、かわらないことでわかったり、わからなかったり。そもそも「かわる」、「わかる」ってどういうことなんしょうね。ん〜、「つれづれなるままに…こころに移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつづれば、あやしうこそものぐるほしけれ」(徒然草)。難し過ぎです。
 そこで今日は、ディラン3枚目のアルバム「The Times They Are A-Changin’」(時代は変わる)。このアルバムも取り上げたい曲ばかり。「One Too Many Mornings」、「The Lonesome Death of Hattie Carroll」などなど今でもライヴの定番になっている曲たちばかり。ぼくは、軽快な調子、美しい言葉で歌い上げる「When The Ship Comes In」なんかも大好きです。でも、取り上げるのは「Boots Of Spanish Leather」。ディランのアルバムバージョンはもちろん、30周年記念コンサートで、ナンシー・グリフィスとカロライン・へスターが演奏するのもぐっときます。カロライン・へスターは、ディランがアルバムを出す前から彼女のアルバムでハーモニカを演奏したりしていたりで、関係自体が歴史。最後にディランに花束を渡してハグする場面もほのぼのします。このときはコーラスをするだけなのですが、とっても丁寧に唄われるんです。ナンシー・グリフィスのちょっと汚れたような透明感のある歌声もしっくりくる感じで、ゾクゾクします。
 曲の中身はというと、大好きな女性が、ディランから離れて旅(スペイン)に出てしまう。もちろん永久の別れではなくて、「愛してるよ」という言葉を残して。行く前も、行ってしまった後も「何か送ってあげられるものはないか」(Is there something I can send you from across the sea)と繰り返す女性に対して、ディランは、「いや、なんにもないよ」、「君から今日欲しいものを明日も欲しいだけなんだ」(The same thing I want from you today I would want again tomorrow)と。旅立ってしまってから来る手紙で、彼女の心はもうおれにはないと悟り、最後に、「そうだ、君から送ってもらいたいものがある、スペイン革のブーツを送ってくれよ」。愛する彼女がいなくても、新しいところことを探し続けないといけないんだ、あきらめきれないけど、大事なブーツを履いて旅を続けるよ、そんな感じでしょうか。割とわかりやすい曲ですが、じんときてしょぼんってします。ちなみにここで歌っている女性は、Suze。実話ではないんですが、彼女がイタリアに行ってしまったときに浮かんだ曲。Suzeは、2枚目のアルバム「Freewheeling'」のジャケットの人。

Oh, but if I had the stars from the darkest night (真っ暗闇からの星たちも)
And the diamonds from the deepest ocean (海の底よりももっと底からのダイヤも)
I'd forsake them all for your sweet kiss (あなたとのキスのためなら捨て去るだろう)
For that's all I'm wishin' to be ownin'. (それが持っていたいもののすべてだから)

That I might be gone a long time (君は「長い間ここにいるかもしれない、)
And it's only that I'm askin',  (だから、私が聞いているのはただ、何か)
Is there something I can send you to remember me by (送ってあげられるものはないか)
To make your time more easy passin' (私を思い出せて、時間が経つのが楽になるように」)

Oh, how can, how can you ask me again, (君はどうしてそんなことが言えるんだ)
It only brings me sorrow. (そんなのは悲しみを運んでくるだけだ)
The same thing I want from you today, (今日君から欲しい同じ物を)
I would want again tomorrow. (また明日も欲しいだけなんだ)

I got a letter on a lonesome day, (寂しい日に手紙を受け取った)
It was from her ship a-sailin',  (航海中の彼女からの手紙)
Saying I don't know when I'll be comin' back again (帰るのはいつになるかわからないよ)
It depends on how I'm a-feelin' (私の気持ちにまかせるね)

Well, if you, my love, must think that-a-way (君がそう考えるなら)
I'm sure your mind is roamin'.  (君の心はゆれているに違いない)
I'm sure your heart is not with me (君の心は僕とは一緒じゃないに違いない)
But with the country to where you're goin' (君が行こうとしている国と一緒なんだ)

So take heed, take heed of the western wind (気をつけて、西風には気をつけて)
Take heed of the stormy weather.  (荒れ狂う天候にも気をつけて)
And yes, there's something you can send back to me
Spanish boots of Spanish leather. 
(ああそうだ、君から送ってもらえるものがあるよ、スペイン革のスペインブーツだ)

 今日はちょっと長めに引用。いつものように脚韻多用。ぜひ聴いて味わっていただきたいですよぉ。恥ずかしい。会話で使えそうなのは、「There is something〜」のところでしょうか。

There is something you should know in advance.
  (前もって知っておかないといけないことがあるよ。)

「Is」を前に出して疑問文で、
Is there anything you want to do today? (今日何かしたいことある?)

などなど。Someは疑問文・否定文ではAnyになる。懐かしいですね。

あとは、「Take heed〜」が出てきていますが、会話では「Take care (of)〜」(〜に注意する)。別れ際のあいさつに使ったりします。

Bob:Take care (of youreself).
Kenji: Thanks. You, too.

It is getting colder, so please take care of your health!
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Posted by christmashorse at 02:02Comments(4)TrackBack(0)1960年代

2004年11月05日

ジョハンナのまぼろし

ブロンド 目指すはほのぼのしてもらえる暴力ブログ。大変ですね。今日は「ブロンドオンブロンド」(Blonde On Blonde)から一曲取り上げたいと思います。「High Fidelity」(ハイフィデリティ)という映画で、主役のレコード屋店員がこのアルバムを持っていない客をからかうシーンがありますが、ボブは好きじゃなくてもロック好きならこの一枚!っていう名盤ですね。ビートルズに影響を与えたり与えられたりっていうのもこの頃の1960年代半ば。ちょうど「ラバー・ソウル」あたりですね。ビートルズが薬などをやり始めた頃。ビートルズのメンバーにマリファナを最初に勧めたのは、ディランだって前に図書館にあったビートルズ本に書いてありました。ディランがつけたジョイントをリンゴに渡す、みんなでまわして吸うということを知らないリンゴは一人で全部吸ってしまってみんなを笑わせたらしいです。
 今日の一曲は「Visions Of Johanna」(ジョハンナのまぼろし)。何を唄った曲かというよりも、ディランの言葉遣いや韻のふみかたの美しさを味わえる曲だと思います。

 Inside the museums, Infinity goes up on trial
 Voices echo this is what salvation must be like after a while
 But Mona Lisa musta had the highway blues
 You can tell by the way she smiles
 See the primitive wallflower freeze
 When the jelly-faced women all sneeze
 Hear the one with the mustache say, "Jeeze
 I can't find my knees"
 Oh, jewels and binoculars hang from the head of the mule
 But these visions of Johanna, they make it all seem so cruel
 (博物館では、「無限」が裁判にかけられ)
 (声がエコーする、それが救いというものじゃないだろうか)
 (だけど、モナ・リザもハイウェイブルースを聴いていたに違いない)
 (それは彼女の微笑み方でわかる)
 (古臭いウォールフラワーが凍るのをみろ)
 (ゼリー顔の女たちがくしゃみをするとき)
 (口ひげの男が「あ〜おれのひざが見つからない」というのが聞こえる)
 (宝石と望遠鏡がラバの頭からぶらさがっている)
 (でもこういうジョハンナのまぼろしがすべてを残酷にみせる)

 「Jeeze, I can't find my knees」のところが好きです。酔っ払ったりしたときに口ずさみたくなるライン。あとは、「Inside the museum, infinity goes up on trial」もすごく素敵なラインだと思います。意味というより英語の響き、流れがすごく綺麗。英語に関しては、「Must」(〜に違いない)。「〜しなければならない」という意味と一緒に覚えておくと会話でも使えると思います。

He must be a musician. (彼はミュージシャンに違いない)

などと使えます。

Bob:Jeeze, I can't find my knees. (ひざがみつかんないぜ)
Kenji: You must have had too much dope.(葉っぱ吸いすぎたんだよ)
Bob: Let's get some beer then.  (じゃあビール飲もうぜ)

 この曲のほかにも、「Rainy Day Women #12&35」や「I Want You」、「Leopard Skin Pill-Box Hat」などなどいっぱい入ってるのが「ブロンドオンブロンド」。「Rainy Day Women」は、トム・ぺティが自分の曲のように、しかもディランよりディランぽく唄うバージョンが最高です。ディランの曲を唄っているトム・ぺティが好き。ちなみに「Rainy Day Women #12&35」は曲の中身とは全く関係のない題名なんですが、レコーディングしているスタジオに遊びにきた友達親子の年齢なんだだそうです。題名決まってないし、それでいいかって。もちろん雨の日に遊びに来たから。曇りの日で、兄弟だったら「Cloudy Day Boys #23&25」とかになっていたんでしょうか。歴史を感じます。雨の日の女性でよかった。
  
Posted by christmashorse at 09:53Comments(9)TrackBack(4)1960年代

2004年10月23日

マイバックページ

大学を卒業してから英会話の講師をしばらくしていたのですが、生徒さんからどうやったら語学が上達するのかという質問を受けました。ぼくは英語のみで、他の言語は全く(フランス語奮闘中)なのですが、英語に関しては、「Hello, how are you?」が、日本語で挨拶するように気軽に言えるようになることが上達への第一歩な気がしています。それから、英語を話しているんだ、外国語だ、と気張らずに、目の前にいる相手と会話をしてるんだって思えれば自然と身振り素振りでコミュニケーションが取れるようになってくると思います。難しい英語表現なんかは、そこから覚えていけば十分。とは言っても、日常ではなかなか英語に接する機会はないので、家での学習も重要です。お勧めは、どんな簡単な英語でも声に出して読むこと。今日は、挨拶表現を少し紹介してみようと思います。紙面では発音表記するのが難しいのでしていませんが、発音がわからないときはコメント欄に書いてください。
How are you? とか How are you doing? とかは良く使われますね。

Bob:「How are you doing?」
Kenji:「Not bad. How about yourself?」
Bob: 「I’m stoned」
などという会話はよく耳にします。

ちょっと長い間会っていないようなときには、

Bob:「How have you been?」
Kenji: 「I’ve been pretty good. How about you?」(「Pretty」は「かわい
い」ではなく「とても」) 
Bob:「same old, same old」
などと、現在完了形なんてよばれるものを使ってあげればよいと思います。

あと口語でよく使われるものとしては、「What’s up?」や「What’s going on?」などがあります。応え方は、「not much」

Kenji:「What’s up, Bob?」
Bob: 「Not much. How about you?」

anotherside 今日のボブ。真心ブラザーズなどもカバーしている「My Back Pages」。「Another Side」に入っています。30周年記念ライヴでは、クラプトン、ジョージ・ハリスン、ニール・ヤング、トム・ぺティらと分担して唄うバージョンがあるのですが、ディランも彼らの歌唱力に負けないようにしているのか、すごく綺麗にうたいます。このときばかりはがんばったんですね。普段はいなないていてもいいんです。世界遺産ボブを記憶の奥に残してくれるだけでいいんです。余談ですが、(ディランの歌声は)「まるで小さな子が窓に立って雨降りをじっと見つめているような声」(『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド・下』新潮文庫、1985、244蓮砲搬湿綵媼の小説の登場人物が言う一行があります。ウディ・ガスリーには「こいつは、詩はまだまだだけど、歌える奴だ」って言わせてるんですけどね…。
 
Yes, my guard stood hard when abstract threats(そう私は守りを堅くした)
Too noble to neglect (無視するにはあまりにも高貴な抽象的脅威が)
Deceived me into thinking (私をだまして)
I had something to protect (私には何か守るものがあるのだと思わせたとき)
Good and bad, I define these terms (善と悪、私はこれらの言葉を定義する)
Quite clear, no doubt, somehow. (極めて明確に、疑いもなく)
Ah, but I was so much older then(ああ、あのときの私は、今よりふけていて)
I'm younger than that now.  (今の私はあのときよりもずっとわかい) 

 大好きな曲なので、歌詞全部を取り上げたいくらいなのですが…。「I」が「今のアメリカ」としても十分すぎるくらい意味が通るかもしれません。「イスラム」、「テロ」、「悪の枢軸」といった勝手に定義された脅威が、メディアに取り上げられ、そしてそれらを恐れ、排除しようとする。ぼくは、アメリカが大嫌い。だけど、大好きです。でも「自由」を失ったアメリカに興味はありません。「あのときのアメリカ」が好きです。そして早く「あのとき」が来て欲しい。
 英語に関しては、「too〜to〜」(あまりに〜なので、〜できない)
He is too proud to apologize. (彼はプライドが高すぎて、謝れないんだよ)

「too」だけでも使えます。例えば、仕事や宿題などをいっぱい課されてしまったようなときに、
That’s too much. (多すぎるぜ)

That’s too good. (でき過ぎだよ)

 もちろん最後の行の比較も使えます。比較はつまらない、でも、
Seiji’s hair is more messed up than the other day.
(小澤征爾の髪はこの前よりボサボサだよ)

気が付けば比較ばっかり。うんざりしない程度にどうぞ。
  
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2004年10月14日

She Belongs To Me

bringithome ホームページリニューアル。人知れずじっと待機していたこのコーナーも公開…。はなちゃんお疲れさまでした。
 10月ももう半ば。ほんとに時の過ぎるのは早いものです。一月までには修士論文を書き上げなければならなくてちょっと大変です。甘えるのは簡単なのに、自分を動かすのはこんなに難しい。21世紀になっても「LOVE&PEACE」を叫ばなければならない理由がわかる気がします。先日、嵯峨野線の電車で「LOVE&HATE」とプリントされてあるTシャツを着ている青年を見ました。まぶたのあたりが試合後のボクサーみたいになっていて納得。
 今日は、「Bringing It All Back Home」から「She Belongs To Me」を取り上げます。このアルバムは多分ぼくが一番好きなディランのアルバムです。「Blonde On Blonde」、「Highway61」と並ぶ名盤だと思っています。「風に吹かれて」や「時代は変わる」などの詩人ディランの弾き語りを期待する客の前に、皮のパンツとエレキ、そして「The Band」を引きつれて登場したのが、このアルバムが出された1963〜1964年頃。「LIVE1966」には、中傷したり手拍子で邪魔したりする客を背に、「Play fucking loud!」(ばかでかい音でやってやれ)とバックバンドに叫ぶディランの声がCDにも収録されています。かっこいい!今日取り上げる曲は、アコギからエレキへ、不条理な世界へのプロテスト(抗議)から自分のための音楽創造へ向かうディランの、日常での変化を軽快に、でも辛辣に書いたものだと思います。
 「She Belongs To Me」(彼女はおれのもの)。この「SHE」はこのころ付き合い始めたモデルのサラ。そして曲のなかで話しかけている「YOU」は恋人だったフォークシンガー・ジョーン・バエズ。ジョーンはディランがエレキなんかでチャカチャカやっているのが気に入らなかったらしく、フォークの世界に留まらせようとしていたと言われています。
 She's got everything she needs,(彼女は必要なものは全部持っている)
 She's an artist, she don't look back.
              (彼女はアーティストで、過去を振り返らない)
 She's got everything she needs,(彼女は必要なものは全部持っている)
 She's an artist, she don't look back.
               (彼女はアーティストで、過去を振り返らない)
 She can take the dark out of the nighttime
                    (彼女は夜から暗闇を取りだし、)
 And paint the daytime black.    (昼を黒く塗りつぶせる) 
 
 She wears an Egyptian ring  (彼女はエジプトの指輪をつけている)
 That sparkles before she speaks. (それは彼女がしゃべる前に光る)
 She wears an Egyptian ring   (彼女はエジプトの指輪をつけている)
 That sparkles before she speaks.  (それは彼女がしゃべる前に光る)
 She's a hypnotist collector,   (彼女は催眠術師の収集家で、)
 You are a walking antique.   (君は歩く骨董品だ)

 1番と3番を抜き出してみました。彼女(サラ)は新しいものを創造したり、興味を持ったりしていると褒めた後で、「君は歩く骨董品」だと言い放っています。もちろんフォークをバカにしているわけではなくて、フォークだけに固執するジョーンにそれだけじゃだめなんじゃないかと言っている感じですね、たぶん。
 英語に関してなのですが、少々の難しい単語を除いて、割と平易な文章だと思います。会話では、「She's got」を覚えておくと便利かもしれません。これは、「She has」(彼女は〜を持っている)と同じで、「's got」は口語で良く使われます。単に「She has」と言うより「She’s got」と言ったほうがリズム感がいい。好みの問題ですね。

 She's got a beautiful voice. (彼女は美しい声の持ち主だ)

 I’ve got some extra cash, so I can lend you some.
  (お金余分に持ってるし、少し貸してあげられるよ)

などと使えます。似たような表現としては、「I’ve got to」=「I have to」(〜しなければならない)があります。
 I’ve got to work on my thesis really hard.
                 (修士論文ほんとにちゃんとやらなきゃ)

 I’ve got to work hard during the week so I can go see Chains on the weekend.
(週末チェインズ見に行けるように、平日真面目に働かないと[勉強しないと])

 チェインズはまだCDでしか聴いていませんが、エンガワは一度だけ見に行きました。オリジナルはもちろん、ニール・ヤングの「Tell Me Why」も最高でした。今度の拾得ライヴは行きたいです。決意表明、脈絡不明。
 ボブ・ディランに興味はなくても英語に興味はある方、英語の質問など受付中です。ちゃんとお答えしますのでよろしくおねがいします。次回は一つ戻って「Another Side of Bob Dylan」の中から、一曲取り上げます。
  
Posted by christmashorse at 23:09Comments(4)TrackBack(0)1960年代

2004年10月05日

Girl from the North Country

freewheel 今日は2枚目のアルバム「Freewheeling」から、“Girl From the North Country"(北国の少女)を取り上げます。日本語にしてしまうと単純な詩かもしれませんが、英語ではこれもすごく綺麗な詩です。笑いや美しさなどの感性は、程度の差はあれ言語によって違うと思います。世界観が少し違う。ディランの曲も日本語で説明したら美しさも面白さもなくなってしまいそうで、難しいです。でもやります。
 (改行)さて、この曲は、昔愛した女性を今でもいとおしく思う気持ちをうたったものだと思います。恋人でなくても、あの時あったあの人は今何してるのかな、ウーロン酎をおいしそうに呑んでいるかな、とか、秋の空の高いのを見てまた泣いているのかな、とふと思い出したり、日常の小さな、でも忘れられない出逢いは多くの人が持っているのではないでしょうか。

  Please see for me if her hair hangs long,
  If it rolls and flows all down her breast.
  Please see for me if her hair hangs long,
  That's the way I remember her best.

  彼女が髪を長くたらしているか、俺のために見守ってくれ
  その髪が胸のまで波うち流れているかどうか
  彼女が髪を長くたらしているか、俺のために見守ってくれ
  おれはそういう風に彼女を一番覚えているから

 1,3と2、4の最後の単語でちゃんと韻を踏んでいます。ディランの歌詞の韻はニール・ヤングのモミアゲ並みです。ちなみにもみあげは英語で“Sideburns"。今日の一行は最後の「That's the way〜」(それが〜のやり方だ)。「That's the way」のあとに文章を加えてあげれば良いのですが、例えば、

 That's the way he plays the guitar.(あれが彼流のギターの弾き方だ)
 That's probably the way most of the Americans think.
(あれがほとんどのアメリカ人の考え方だよ、たぶん。)
などと使えます。ThatがThisになってもほとんど一緒です。Led Zeppelinの三枚目のアルバムには「That's the Way]という曲がありますが、そこに、

 That's the way it ought to be. (それがものごとのあるべき姿だ)
という一節があります。「ought to」は「should](〜すべき)と同じ意味だ、と受験のときに習った記憶のある方もいると思います。
 一つ付け加えれば、ここで使われている「if」は、「もし〜」ではなくて「〜かどうか」という意味です。
 Please ask her if she really wants to be a vocal in the band.
(彼女にほんとうにバンドでボーカルやりたいのかどうか聞いてくれ)

 だいぶ長くなりました。「Freewheeling」も「Don't Think Twice, it's all right」や「Masters of War」など名曲揃い。もちろん「Blowing in the Wind」も入ってます。
 ん〜、他のコーナーを見ると、ここの地味さはたいへんですね。そのうち温度差も小さくなっていくと良いのですが・・・。
  
Posted by christmashorse at 23:17Comments(6)TrackBack(2)1960年代