2005年07月

2005年07月28日

夏の嵐と翔ちゃん。

地震、台風のお見舞いメール有り難うございました。年に何度かの台風は覚悟していますから、その割には大袈裟なことにはなりませんでした。強風を伴う大雨ともなれば、誰にも手伝って貰えないのは常のことで、私達も外に出ていないのではと思われる方もいらっしゃるようですが、雷や大雪、嵐などの日こそ、ずっとわん達の見回りをしています。声をかけ、不安がらないようにしながら、雨の隙を見て、オシッコの為の散歩は欠かせません。そんな中、あてにしていなかったのに、いつもの時間にはるちゃんが来てくれました。「へぇー、なかなかやるじゃん!」という感じで、三人、しっかり雨具を身につけ、わん達に向かってバラバラに散っていったときには、なんか格好良かったです。

だけど、閉口したのは翌日。意外と早く台風が去りホッとする間のない、あっという間の猛暑。自然の猛威。もしかしたら、天然で人類を滅亡させようとしているのではないかと疑うほどの気候の異変。まず、身体がついていけないよね。

その叉次の日も、朝の4時に寝る時には寒くて、たったの7時には暑くなる。涼しいなと油断して散歩をしていたら、急激に陽が照り始め、前の日、大雨に怖がって車に入りたがっていたわん達を慌てて外に出す。一体どっちなんだ、こんなのってないよね。寝不足なんだから、せめてお天気ぐらいどっちかに落ち着いてよ(でも、昨日は充分寝ましたから心配無用)。

何もかもが慣れっこになっていますが、弱り目に祟り目。そんなに落胆していないけど、今丁度、ドッグフードが全くなくなってしまい、今夜の分からホームセンターの市販のを買い始めています(悔しい)。皆さんが送って下さったり、割引きのを紹介してもらったり、遠方まで取りに行って頂いたり、あの手この手で何とか賄っているのに、突然のように全てがバタッと途絶え、市販のを買い続ける時期も年に何回かあります。・・・いつまで続くんだろう。格安の吉報があればいいのになー。

翔ちゃんがかなり悪くなっています。一昨々日は初めて食欲がなくなり、1日中、無理矢理飲ませたサプリ以外は何も口にしませんでした。2日間続き、悲観に暮れていたら、ようやく食べてくれた。だけど、ガンの進行は目に見えてひどくなっています。口から頬にかけては中が見えないのですが、だいぶ腫れてきました。痛々しいほどです。口の中はもうダメです。

先日、病院へ行った際には、消毒洗浄以外の手当はなく、薬もありませんでした。シャワーの洗浄が効いて、化膿がだいぶ治まっているので薬もやめて現状維持。・・・でも、覚悟をしてくださいと言われました。・・・覚悟なんて出来ませんが、毎日泣けてきます。

今もずっと横で寝ています。出来る限り頬ずりして、話しかけ、そばにいるようにしていますが、他に方法はないのでしょうか。このまま手をこまねいてひどくなるのを見ているしかないのでしょうか。何とかしてもう一度、手術を受けさせてあげたいけど、先生は否定します。・・・でも、何か他に方法があるのではないでしょうか。

皆さんにお願いです。何か協力をしていただけませんか。

例えば、今までは幸いに普通食が喉を通りましたが、もう無理なので、これからは流動食を食べさせるようにしたいのですが、どなたか、使わないミキサーかフードプロセッサーをお持ちの方は送っていただけませんか。それとか、サプリとか漢方薬のようなもの、何でも構いません。こんなものが効くのではないかと思われるものなら、何もしないよりは良いと思うので、よろしくお願いします。

当然、私も出きる限りのことはしますが、病院ではこれ以上のことは無理のようです。他の病院へ行ってみたい気もするのですが、現在の所もかなり優秀な病院ですので、不便な土地柄もあるし、もっと良い所となると東京ぐらいしかないようで、なかなか難しいです。

昨年、最初の頃、いつもお世話になっている、今とは別の獣医先生が、この先ガンが広がり、喉を塞ぐようになるかも知れない、と仰っていたのですが、その時期がやってきたような気がします。本人はかなり辛いと思うのに、相変わらず起きているときには弱々しくはなっても機嫌はよいのです。

お散歩もいつも通り、私が小走りに駆けると、翔ちゃんもあとを追い、時々は通り越して楽しそうにしている。私達がワンの世話をしているときは、休憩場所の足元に、日陰で土も草もある風通しの良い場をこしらえ、そこにいます。ですから、いっつも私達の気配を感じながら一緒です。主人が一足先にクーラーのある部屋へ連れて行き、モモとゆったりしながら、私の帰りを待ちます。

夜も、今からワンの世話に出る私と一緒で、車に移動します。幸いまだ熱帯夜という日はないので、返ってゆっくり出来ます。モモが病み上がり以来、いつの間にか翔ちゃんに付いていてくれるので、たとえ寝ていても独りきりと云うことがないので助かっています。

以心伝心。翔ちゃんを保護したときのこと、忘れることはないでしょう。通りの向こうから、何日もかけて私を捜していたのだと確信しています。あの時のあの目。・・・仲良しでも近づくことのなかった翔ちゃんが、助けを求めるように私の広げる腕の中にヨロヨロと入ってきたとき、・・・あの時から、ずっと心が通っています。

皆様どうか、ご協力お願いいたします。もう、あまり時間がないような気がします。メールでの返事を待たず、良いと思うものはどうか何でも結構ですので、送って下さいませんか。

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Ikewan



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chupiwanwan at 22:47|Permalink

2005年07月22日

一周年、そして命日。

お陰様をもちまして今日で、日記を書き始めてから丁度1年です。そして、我が愛しのおじいちゃんの命日。おじいちゃんは戌年(犬)。私が小学5年の時になくなりましたが、未だにおじいちゃんほど怖い人を他に見たことがありません。私にとっては世界で一番我が儘だった、亡父、亡母でさえ恐れおののいていました。そんなおじいちゃんのあの頃の心境は、まさに今の私と似ていたのではないかと、この年になって感じるようになりました。

「ラスト侍」と云う映画のDVDを後生大事にしています。あれを見るとほんとにおじいちゃんを思い出す。子供の頃の我が家を想い、懐かしさで彷彿としたい時に見る場面があるのです。よくぞこのような空間を想像出来得て、叉、造り出せたものだといつも感心します。きっと、現実の我が家とはまったく異なるのでしょうが、説明しがたいほど似ている。

おじいちゃんは、奈良の吉野の近く、大和の出で、「やまと」というもの自体をとても意識していました。亡き両親は親類同士で姓も同じ。大和の一族です。そんなおじいちゃんは、何故か勘当されて、関東大震災の少し前、一人息子の父を抱え、祖母とお弟子のこうじおじちゃんと四人で東京へ出てきた。

私は、子供の頃の記憶をかなり持っていて、ゼロ才の頃の二場面と三歳半からは、ついこないだの事のようにあれこれ鮮明に覚えていることがある。東京タワーが作られていく様子。当時の皇太子殿下と美智子妃殿下のご成婚パレード、二重橋ではなくて、家の近所の常磐松御所に馬車でお入りになるのを目の前で見たり、当時着ていた自分の服なども沢山覚えている。・・・そんな感じ。

おじいちゃんは今で云うと多角経営。あらゆる事を手掛けていた。渋谷の広尾に三カ所土地を所有し、アジアの留学生ばかり扱う大きな学生寮。10軒ちかくの貸し家。そして、マーケットの走りのようなストアー、魚、果物、乾物、お惣菜、野菜、雑貨などが一カ所で売っている、きっと、当時ではあまりなかったようなストアーと名の付く大店。

自分自身は左官が専門の大工みたいな建築屋。本家筋は皆建築関係だけど、祖父は勘当されたので会社と云う物がなくなり、きっと色々なことを経て、独立したのだろう。この目で覚えているのは、そのどれも建物と名の付くものは殆ど自分とお弟子のこうじおじちゃんと二人で作ったものだ。全部を見たわけではないが、一度火事になり、建て直した我が家は、骨組みから、鉄で出来ている非常階段や、最後の壁塗り、薔薇や棕櫚の木があるような洒落た庭作りまでおじいちゃんが指揮って懸命に働いていたことだ。壁に円を描いて掃け目のような模様をこしらえていた横で私は座っておじいちゃんを見上げていた。大胆な和洋折衷なのに、見かけはどっしりした日本家屋。当時、近所ではお目にかかったとこのない水洗トイレ。大きなマンホールさえも自分で作っちゃうのだ。

ストアーでは、魚部門をおじいちゃんが仕切り、野菜部門をおばあちゃんが仕切る。毎朝、昔のスタイルのトラックで秋葉原のやっちゃ場と築地の魚河岸へ行く。近所の学校、聖心女子大を初め、東京女学館、実践女子大、広尾小、中、高校、國學院等に食品を納め、他にはアメリカンクラブ、羽沢ガーデン、いくつもの大使館。

私は多少、裕福ではあったけど、そんな雑な環境で育ち、あらゆる所に出入りするのが魅力で、そこら中ついて廻った。築地にも秋葉原にもおねだりしてトラックに乗せてもらう。市場では独特なムードがあり、お餅を焼いていたり、お寿司を気軽に食べられたり、へんな声で皆が競りをして怒鳴ってる。うちの屋号はどこでも「大和(やまと)」だ。学生寮も大和荘。(のちにマンションを建てたときも大和マンション)魅力魅力魅力、魅力満載。

そして、うちには大勢の人達が働き、昔だったから、中には家族とかが何組もいる。息子がおじいちゃんのところで働き、お母さんがうちのお手伝いさんとなっている。皆、殆どの人が住み込み。働いている人達の結婚式も家でやる。

そこで、あのラスト侍のシーンが出てくる。あちらでは将棋や囲碁をやり、それを取り巻き、皆がヤジを飛ばしながら遊んでいる。亡父は囲碁、将棋もプロ級で、皆を指導する。私達家族は食事も全て別なのだが、女共はいつも、生け花、茶道、お琴などに励み、百人一首を諳んじたり、両親は長唄小唄のおっしょうさんが来る。日常的にお茶を点て、家族でお抹茶を嗜む。

今想うと、それを仕切っていたのがおじいちゃんだ。私はついこの前まで大きな勘違いをしていて、亡母が毎日お稽古事に通うのを見て、「嫁いできた身なのに、いい気なものだ」と小姑みたいな事を思っていた。そうではなくて、16才で嫁いできた親類の娘を養女のように育て上げていたのだ。亡母にはおじいちゃんが付ききりで、包丁さばきを教える。
お刺身は魚をさばくところから初め、決して他人の料理したものは食べない。

おじいちゃんは軟らかいご飯が好きで、ちょっとでも硬く炊くとお膳をひっくり返し、「わしを殺す気かぁーー!!」と怒鳴る。お陰で亡母は若くして料理の達人となった。自分の名の入った包丁を出刃から一式持っていて、懐石料理などはお皿に盛るものは飾りの葉から全て自分で見立て、お茶の子さいさい、魚の粕漬けや西京焼きも味噌を造るところから始め、どんな料理でもこなせる。

すごい、すごい、とにかくおじいちゃんは私から見れば、偉大だった。では、そのすごいところが私と似ているのかというと、いくら何でもそこまで私も自惚れることは出来ない。

私はかれこれ12年、わん達の保護を始めて、未だに苦境のまっただ中にいる。はい上がろうともがいてももがいても、アリ地獄のように、力尽きれば埋もれて行く。悩みながら、苦しみながら、先行きの不安におののき、ただひたすらの肉体労働。お陰様で、(おじいちゃんは早くに亡くなってしまったが、)そんな環境で育った私は一昔前まで、着飾り、頭からつま先まで手入れをして街を闊歩し、我がもの顔で生きていたから、全く今の自分の姿を想像出来よう筈もない。

おじいちゃんという人は、文楽や歌舞伎が好きだったけど、だからといって、仕事以外で出かけることもなく外の世界に興味のない人だった。なりふり構わずと云うのにも度を超すものがあって、いつも着たきりのすごい恰好をしている。そして、事あるごとに怒る。皆、震え上がっている。私はとても可愛がられて、お風呂などでもあぐらをかいた膝の中で仰向けに寝て、髪を洗ってもらっていたりした。でも、叱られるときは同じだった。目の玉が飛び出るのではないかと思うほど、すごい形相で、真剣に怒る。本当に怖い、と云う思いをするので、いかにいけないことをしたのかがよく判る。

私はふと気が付けば、同じようになり振り構わず、ボランティアさん達から戴いた物を組み合わせも考えずそのまま着込み泥んこになって、もう長年ワンの世話をしていた。心中では池ワン王国を築く夢を見ながら不安と戦い、ワンを守っている。

突然のように思いついたのだ。・・・きっと、あの頃のおじいちゃんも、一代で理想を叶えることの難しさに歯がゆさや、不安を抱きながら、やれることの全力を尽くす。出来る限りのことをして前進する。多くの人間を抱えて、いつも何かの事故に備えての危機感を背負っていたに違いない。大人になった今思うと「がむしゃら」。そんな言葉がピッタリだった。

おじいちゃんが64才で亡くなってから、オリンピックの為に道路拡張でストアーは消えた。両親はきっと、汚れた仕事をしなくて済んで喜んだに違いない。たちまち我が家の敷地内にマンションを建て、挙げ句はおじいちゃんの建てた家も取り壊し、第2のマンションとなってしまった。・・・跡形もない。

食べるもの以外は贅沢を嫌った人。それなのに取り巻くものには多くのことを教え、理想郷を造ろうとしていた。何に向かって進んでいたのだろう。何が理想だったのだろう。今となっては聞く術もないが、私のしていることを見てどう思うのだろう。バカなことをしていると思うのかな。

どう思うのかは知らないけれど、おじいちゃんだって、亡父だって、心のどこかで世間離れしていたとこは私と同じだ。ありきたりな非難をする気など無いに決まっている。それよりも、私のやり方の頭の悪さにきっと歯がゆい思いをしているに違いない。

そうだね、おじいちゃんがいたら、ワンハウスなんてとっくに自前の御殿が出来ている。それよりも敷地内全部、池ワンのお城が出来ていたに違いない。そして、名前は「大和のわん達」。

私は出きる限りの最善を尽くしたい。朝、わん達のお水を汲み替えてもお昼には叉、どうしても冷たい井戸水を飲ませたい。どうせなら、どうせなら・・・。肉体労働は何とただだ。コンパネを移動するだけで、影が出来る。廃材を工夫すればわん達が遊べる。

・・・でもね、おじいちゃんにもっと知恵をもらいたい。これからどうすればいいのだ。試練が多すぎるけど、へこたれないような生き様を見て来たのが心の支え。

そういえば、昨日、里親さんに行き損なっている(三四郎とハリーの)やんちゃな弟たちにとうとう命名した。「サスケとカムイ」だ。なんか、今日のおじいちゃんの話に繋がっている。サスケとカムイは奈良の忍者の名前だ。おじいちゃんも知っていたことだけど、私は子供の頃、忍者になりたかった。修行もした。実現しなかったようでいて、ある意味なっているかも知れない。・・・?

おじいちゃんほど格好良くはないけれど、私のがむしゃらさは、おじいちゃんそのものなのに・・・。今、話がしたい。聞きたいことがある、聞いてもらいたいことがある。

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Ikewan






chupiwanwan at 23:17|Permalink

2005年07月21日

習慣と風邪

一昨々日、お友達が風邪をひいて体調が悪いと言う。「いいなー、風邪ひいてる暇があるなんて」と思っていたら、私も風邪をひいた。思い返すと充分すぎるぐらいの隙があった。昨冬あたりに風邪をひかないと、自分は金輪際、病気などしないようなヘンな自信がつく。水を浴びようが、ポンポン出して寝ようが大丈夫!!・・・じゃなかった。(不覚。)

一昨日、翔ちゃんの病院へ行った。例によっていつも時間に追われている。よう子ちゃんが迎えに来てくれるまでギリギリ、ワンの世話をしてから部屋に戻った。皆さんも思い当たると思いますが、今の時期、ワンの毛の抜け替わりで、毛だらけになってらっしゃる方達も少なくないはず。うちの子達もご多分に漏れず、大勢、毛だらけ。翔ちゃんはブラッシングをしているのだけど、全員ブラシはかけられないので、散歩中に手櫛でやる。

そのまま引っこ抜くと、バサッバサッと束になって抜ける。翔ちゃんは病院へ行くこともあり、お風呂に入れた。手術をした後からは毎食後、口をシャワーで洗浄してから消毒する。かなり慣れてはいるけど、それでもお風呂は嫌がる。あまり時間もないので、チャッチャッと入れてからよく乾かし、自分も入った。とにかく汗だくで、どこへ行くにも一度流さないことには人前には出られない。

慌てて入って、美容院へ行くこともままならないので、延び放題となった髪を乾かす時間もなく濡れたまま束ねて、待っているよう子ちゃんの車に乗った。翔ちゃんは前ほどではないけど叉、腫れが広がりちょっと匂うので、気を使ってクーラーを強くしてもらって風が当たるようにした。翔ちゃんを抱きかかえてる部分は暑くてTシャツも汗で濡れている。冷気の風を浴びながら疲れて10分ほど爆睡してしまった・・・。←これが!これが!まさに何者かが忍び寄る隙だ。

更に加えて、病院から戻って雑用をしている最中にも、クーラーにあたりながらうたた寝をしてしまった。もう完璧。気が付いたときには扁桃腺が腫れて、ドーンと鈍い痛み。身体中が軋んで骨が悲鳴をあげている。身体は起きあがれない。外が暑いのか、熱があるのか、散歩で日に当たって冷めていないのか、サッパリ判らないほど身体が熱い。

洗濯物を干す気力が湧かない。・・・しまったぁー!風邪をひいた。

回らない頭をひねって考えた。ここで無理をしても、明日も明後日も労働は続き、休みがない。どうしようどうしよう。考えあぐね、はるちゃんを拝み倒して、夜の世話を3時間だけ頼んだ。ここで思いっきり直しておかないと、明日からエライ事になる。そう思うと全く寝られない。寝ようと努力しても、こんなとこで寝ている場合じゃないのではないかって不安になる。元来、寝ようとすると寝られない不眠症タイプ。身体はだるい。

ボーっとしながら、明日の朝は頑張って早めに一人でやろう、と思っていたら、一人でワンの世話をしている夢を見た。どんなに科学が進んでも、寝ている間にもう一人の自分が用事をしてくれるという時代にはならないだろう。・・・なるかな?

翌朝、予定通り、一人で始めた(いつもそうだけど)。だるいけど、何とかやっている。にゃん子のケージ移動のことで、他の団体さんから助っ人が来た。やっぱり風邪をひいて、力仕事は出来ないと云う。恨めしい・・・。すぐに帰ってしまった。あてにしていたのでトホホな気分。

仕事先へ電話しなければならない用がある。普段、私がワンの世話をしていることを知らない人が殆どなので、あまり朝から犬の鳴き声がするよりは、しない方が良い。家で遊んでいるのと勘違いされても困る。

思いついて、チャリンコ散歩の時に携帯を持ち出した。通常は危ないので、なにも持たない。小銭の類も一切ポケットには入れない。チャリンコを止めて、かがんでウンチを片づけ、ワンと川辺でお喋りをして、撫でて、・・・そんなことやってると、いつか滑って落ちるからだ。・・・でも、今日は特別。川辺で電話しよう。

川に着いた。いつも通り、クマとお喋り。クマは皆と違って、変わった草を食べる。そこら中、草刈りでなかなかその草が見つからないので、他の子の散歩の時にも探しておく。「クマっち、ほうら!ここにあるでしょう?お母さん探しておいたよ。」なーんてやっているうちに電話するのを忘れて帰った。

しまったぁ、と思いつつも次のパワちゃんの時に電話しようっと。・・・パワちゃんは思わぬとこでいきなりウンチをするのが慣わし、後始末やらしていて叉電話するのを忘れた。まっいいや、しんちの時にすれば何とかなる。・・・しんちは逆立ちをしてオシッコをする、誰かに見せたい。・・・又しても電話忘れた。いよいよ、隣の家のこおちゃんで最後。忘れずに電話しなくっちゃ。

こおちゃんは、おじさんぽくって、自分が甘えん坊だと云うことを指摘されるのを嫌がる。川辺の気持ちよさそうな、草むらで寝転がして、お腹を撫でるときにも気を使う。「こおちゃん、こんなとこにちょっと横になってみてみる?最近暑いねー」って、なるべく気をそらさせて撫でる。一瞬気持ちよさそうにしているのだけど、我に返ると慌てて起きあがる。これが日課。毎日気持ちよさそうに目を細めてから慌てる。いつもの習慣とおり、オシッコの場所も決まってる。スピードを上げるカーブ。・・・いつも通り。

・・・電話かけるの忘れた。バッカみたい。4回もチャンスがあったのに、全部忘れた。習慣とは恐ろしい。仕方がないので、わんが吠えまくる中で電話した。もう、いいや。

今から、慌ててワンの世話に出ます。剛ちゃんが疲れまくってるはず。

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Ikewan




chupiwanwan at 19:25|Permalink

2005年07月18日

もう、い〜くつ寝るとぉ、

おしょうがつぅ〜♪、おしょうがつぅにはタコ喰ってぇ〜♪ビールのつまみにするんだよぉ〜♪はぁーやぁくぅ、こいこい氷河期時だぁーい!。皆さんが連休で浮かれている間に、私達は死にかけています。もう、あっつくて暑くて、散歩中、2回気を失いかけました。今も身体が熱い。又しても外は雷。今から、剛ちゃんに追いついて、ワンの世話に出ます。

朝、6時半から午後の3時半まで、二人だけだったし、みっちりかかりました。2匹のハウス修繕(夏用)をやりながら、日除けのコンパネ移動。当然のようにいつもより時間がかかり、気の遠くなる思い。私達の休みも日陰に椅子を置いて10分程度座るだけなので、身体が冷えない。頭から3回、井戸水をかぶりました。

宅急便、お礼とメイルのお返事、とっても疲れていて出せません。ごめんなさい。書きたいことは散歩中に色々浮かぶのだけど、もうダメだ。主人もかなりきつそうなので、出かけます。新しい方に住所をお教えしなければならないのですが、もうちょっと待っててね。

じゃあね。叉、今出たら明日の午後まで?、もしかしたら仕事があるので午前中に戻るかも知れないけれど、はるちゃんに来てもらっても、交代すると軌道修正できないから3人でやって、早く終わるようにしようと思ってます。(体力があればの話ですが)。一度、少しでも早く終わって、剛ちゃんを休ませないと。

ではね。・・・頭がグラグラして、書きたいことも書けない。雷すごいよ。はやく冬にならないかなあ。

元気が出るまで待っててね。とにかく、ここでヘタばらないようにしないとね。今日、梅雨が明けたばっかしだなんてむごい。

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Ikewan


chupiwanwan at 22:33|Permalink

2005年07月17日

急ぎ。

今、外はすごい雷が鳴っている、ご存じのようにわん達は大の雷嫌い。しかも主人が一人で世話をしているので、急ぎ助っ人に出ます。続きは叉明日。夜中、世話が終わったら、そのまま車中で寝ます。洗濯が間に合わないのでコインランドリーへ行ってました。戻るのは明日の午後3時頃なので、叉々、メイルの返事が出せません。(ゴメン)じゃあね。


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Ikewan


chupiwanwan at 20:00|Permalink

2005年07月11日

シロ

今夜はよう子ちゃんが手伝いに来てくれている。もう、天の助け。夕方は渋谷の千秋ちゃんと仕事の話をしている最中、電話口で寝てしまった。それでも、剛ちゃんが大変だから、早くワンの世話に出ようとして、その前に近所のおばあ犬、まるの世話に行っていたら、カレーライスの差し入れと一緒によう子ちゃんが来てくれていた。ようやくHPの更新が出来て、「つわもの揃い」(勇敢なボランティアさん達)の続きを書こうとしたのだけど、10万件目アクセスした勇敢、千明ママのとこのシロが天国へ逝ってしまったとメイルが入った。


シロちゃんは、わざわざこんな遠くの池ワンにも来てくれて、私も会うことが出来た。それが何よりの思い出と縁です。顔を見られて良かった。ワンは人間が大好き。一人でも多くの人がシロちゃんに冥福の気を送ってあげたら、そんな幸せなことはないと思います。どうか、ご冥福のお祈りお願いします。・・・合掌。

明子ママは、とても勇敢で尚かつ優しい。そして池ワンのことをとても大事に考えてくれている。自ら車を運転して、沢山の缶詰めやフードを持って来てくれたりする。先日はお母様も一緒に来て下さり、美味しいお手製の梅干しを頂き、毎日、外で休憩するときに食べていたので、その度に思い出していました。他の団体さんにもお裾分けしました。

今日はお断り無く、明子ママから頂いたメイルの一部を載せさせてもらいますね。

『今、家には15歳のシロ(♀)がいます。実はシロは、15年前の春、茨城の谷田部から拾ってきた犬でした。林の中で、親恋しさに泣いていた小さな小さな子犬を見て、思わず主人が連れてきた犬です。一昨年、昨年と大病を患いましたが、今はとても元気なおばあちゃん犬です。シロは我が子の様なものです。

誰が評価をしてもしなくても、池田のわんちゃん達はきっと幸せですね。HPを拝見していて、本当にそう感じました。
お疲れだと思いますが、お体大切になさってくださいね。わんちゃん達には、池田さんしかいないのですから。』

以前にこのようなメイルを頂きました。泣けてくるね。(涙が止まらない)・・・私達はシロが繋いだ縁です。シロが居たからこそね、明子ママも池ワンを見付けてくれたんだ。有り難うね。大好きな家族の元で一生を終えられるのは何よりです。一番の幸せ。15年間とっても価値のある犬生をまっとうしました。・・・どうして、わんって悪い子がいないのだろう。天使そのものです。もしかしたら明日あたり、池ワンに遊びに来ているかも知れないね。大勢と遊ぶのも楽しいから。

今日は、水風呂に入って身体を冷やしました。よくやります。主人もお風呂に入りたがらない程疲れるようなのですが、水風呂と云うと嫌がりません。8時間も陽に浴び続けると、身体の芯まで煮えたぎっているようで、ちょっとやそっと表面をクーラーにあてた位では戻りません。水に20分ぐらい浸かって骨の髄まで冷まします。あとをお湯で流し、叉水を浴びるときれいサッパリ・・・。疲れをとる唯一の方法。マッサージにかかりたいのですが、ままならない。

それでは、貴重な時間を雑用に取りかかります。それも叉、山のように溜まっています。雑用の部類に入れてはいけないけど、最近保護した成犬の子達の整理をして、里親さん探しもしなくてはならない。成犬の子は時間がかかります。それだけ慎重にと云うこと。

皆さんから、翔ちゃんの具合を尋ねられることがあります。今も横で寝ています、いっつも一緒。でも、実はガンの症状がかなり悪化しています。取り除いた顎の残りは全滅、頬も化膿して、腫れてきました。きっと辛いのではと思いますが、とにかく起きているときはいつも尻尾を振っている。手料理だと沢山食べる。相変わらずお母さん子で、自分で云うのもなんですが、私といれば機嫌がいいんです。それが救いです。

もうこれ以上、治す方法はないのでしょうか。薬を与え、消毒して手料理を作っていてもあとは手をこまねいて、見ているだけなんて辛いですね。今までは、皆さんもあまり悲しい話の日記は読むのが辛いというメイルを頂くので、お伝えしなかったのですが、いつかやって来る覚悟もしておかないと・・・。・・・ほんとに辛いこともいっぱいあるよね。

それでは又ね。

Yasuko(←クリックすれば、メールが送れます)

Ikewan






chupiwanwan at 21:59|Permalink

大変でーす。

いつも大変大変と云ってますが、時間のサイクルがいよいよ狂い始めてきました。一昨日は結局、明け方まで仕事の整理をして、1時間半後に起きる予定が2時間の睡眠。慌てて7時前からワンの世話を10時までビッシリやって、あとを主人とはるちゃんに任せ、そのまま待ち合わせ場所までチャリンコで行き、トラックに乗せてもらい現地に直行。

見知らぬお宅、初対面の方達。でも、何度も電話ではお話しをしていたので、さっそく家具等を運び出しました。二階から、いくつもの机や棚、ソファに滑り台等を窓からロープで下ろしたり、・・・身体が辛くなってきたら、お断りして休ませてもらおうと決めていたのですが、これが叉不思議と元気。午後2時頃までかかって、ようやく荷物を載せて、車2台で池ワンへ向かいました。

頂いた家具などは、必ずしも必要な物だったわけではありませんが、殆どの物は何かの役に立つと思います。現に今日も、イチと云うワンにソファをあてがい、きんとき達の日除けの台をもっと背の高い物と取り替えたり、絨毯を敷いてあげる子、ワゴンを置いて作業を楽にしたり、すでにかなりの物を使い始めています。(感謝)

しかしながら、荷物を下ろした後も休憩の時間無く、かなりの遅刻でビーズ教室へ直行、夕方まで色々やりました。ビーズをキットとして買って頂くために休むわけにもいきません。その後、溜まった雑用をして、さすがにダウン。主人はすでに夕方からの世話に再び出て行き、私は中途半端な時間の夜9時、・・・3時間寝てしまいました。

夜中の1時(今も1時ですが)、ワンの世話に出て、このままでは主人の身体も心配なので、2時過ぎから予定より遅くなった分を私一人でやりました。いくら何でも雲が割れて薄明るくなるまでワンの世話をしていたのは初めてです。嵐や大雪などで徹夜してワンを見守っていたことはあっても、世話が終わらないと言う事はありません。

空も白々と明るくなった頃ようやく車中で仮眠。再び遅めの7時前から一人で世話の開始。今日は日曜でパートのはるちゃんに頼むわけにもいかず、主人が来てから延々、午後の3時までかかりました。

今はドッグフードが切れてしまい、毎日、明日は朗報があるのではないかと僅かずつその日の分だけホームセンターへ買いに行ってるのですが、それも時間やガソリンも無駄と言えば無駄のひとつです、だけれども、どこかで格安のが手にはいるのではないかと思えば市販だと1日分で5千円前後もかかるので、大量に買うわけにもいきません。

そんな用事をして、再び主人は3時間後にはもうワンの世話に出、私はまだこうして、外に出てはいません。ずっと前からもそうだけど、特に昨日からは切れ間が無いような気がする。翔ちゃんとモモに手料理を食べさせ、車へ移動させてから、仕事や色々やっています。

これから、洗濯物を干して、主人の食事の支度をやり、明日の準備をしてワンの所へ行きます。昨夜と同じ、このままでは主人の身体も心配なので、叉交代制にして、私は明け方までやることになると思います。いきなり、明け方までかかってしまったら翌日の今日も同じ事になりますが、それは、軌道がずれるとこういうことになります。

我慢して頑張ってやりこなし、どこかで軌道修正。明日(もう今日ですが)はるちゃんが来てくれるとしたら、私は遠慮せずにすぐに上がって、休むなり雑用をして、夕方からワンの世話に出られるようにしようと思います。そうしなければ叉同じ事となり、いつまで経っても修正できません。

今も早く行かなくてはと焦っているのですが・・・「洗濯物はそのままにしようか。」←独り言。着替えに案外時間がかかる。明日の気候を考えなくては雨にしろ、暑いにしろ悲惨なことになる。

そういえば昨夜は大雨。雨具の上着だけ2枚重ねてきたのだけど当然下着までびしょ濡れ、長靴は数分後には水浸し。ちょっと大きめなので、靴の中で足が泳いでいる感じで重い重い、何度も水を流しました。なんのための長靴か。

今夜は取り留めもない日記となりましたが、こんなこともあると云うことに加え、いつかゆったりとしながら、大変だった時の思い出となるよう・・・。

なんとなくお伝えしたいこと。それは、皆さんもどんなに大変でも、押しつぶされないよう、自力で軌道修正する気力を忘れないでくださいと云うことです。よく前向きと云いますが、本当に気持ちが後退すると、疲れで病魔が入り込むきっかけとなります。押しつぶされれば心身共に病気になるので気をつけて!

・・・じゃあね、叉!

Yasuko(←クリックすれば、メールが送れます)

Ikewan






chupiwanwan at 01:27|Permalink

2005年07月09日

つわもの揃い。

もう、こんな時間(AM1:00)でいつもの事ながらかなり焦っています。早く、わん達の所へ行かなくてはならないのに一向に用事が済まない。でも、なんとか日記だけは書かないと、こんな事の繰り返しで孤立してゆくようで寂しい・・・。それに、お伝えしたい事もある。HPトップの更新も不便なことだらけで、遅くなっているけどあとちょっとでUP出来るから見捨てないでね。チュッ!

先日書いた、ゴルフ場に彷徨っているワン子のこと。すでに何度も捕まえることを試した。その度にお電話頂いて、様子を聞いてました。ゴルフ場のキャディさんが可愛がっているので、なんとか保護して飼ってあげたい。でも、場所も場所だから時間に余裕もない・・・。それなのに、失敗が続く。私に連絡下さるのは、心配している小柳さん。ゴルフ場のお客様らしい。ノラ化しているワンちゃんは歯痒いほど警戒心が強くて、近距離までは来ても触ることが出来ない事が多い。

いよいよ、19日にキャディさんも10人掛かりで叉々挑戦して、捕まえる事になったらしい!!・・・すごいね、頑張れぇーー。

小柳さんが、それでも捕まえられなかったらどうしようって、皆心配しているんですと言うので、私は思わず、「その時には私が行きます」と答えた。そしたら、「あー嬉しい、そうしてくれたらすごく心強いです」って・・・。えっ?なんか意外なお返事で思わず聞き返したくなった。やだ、後ろを振り返って、私?って人差し指で自分の鼻先を指したい気分。なんか、そんなに喜ばれるとは思っていなかったので、照れちゃうなーポリポリ。

こんな私で良かったら、いつでも駆けつけますと言いたいのだが、それならとっくに行ってます。往復4時間・・・なかなか時間がない。気になるだけで何も手伝ってあげられない。でも、よく頑張ってくれてるなぁーって感謝したいです。諦めないでいてくれて、気が休まります。根性あるなって感心します。こんな皆の気持ち、ワン子に教えてあげたい。もう、とっくに独りぽっちじゃないのに、きっと、寂しい思いをしているに違いない。ちゃんと捕まってあげてね。

無事保護できることを祈ります。

他にも今、池ワンサポーターさんが障害のある子を引き取ろうとしている。事故のためか、下半身不随、首も曲がったままらしい。他の団体さんが保護しているのだけれど、審査も厳しい。何とかして里親さんになろうとしている。私は彼女が芯のしっかりしたとても優しい人だと云う事を知ってる。

それに、障害のある子を引き取ろうと積極的になる人はそんなにはいない。だからこそ、頑張ってもらいたい。そういう人の元に引き取られるほどワンにとって幸せなことはない。

皆すごいなー。類は友を呼ぶ。池ワンサポーターさんは美形が多い。・・・じゃなかった、つわもの揃い。叉、名前を挙げたいけど、時間がない。とにかく、根性のある人が多い。ポヨヨンとしているように見えるよう子ちゃんだって、ほんとによく来てくれる。華奢だから、暑いと気持ち悪くなるからと云って、やめるのかと思ったら夜にも来てくれる。来週は一緒に翔ちゃんの病院へ車を運転していってくれる。(感謝)

明子さんだって、節子さんだって、・・・叉全員の名前を云いたくなった。皆が集まれば池ワン帝国なんてすぐ出来そう。集まれる日が来ることを願って、楽しみにしようね。

そういえば、近々、28年ぶりぐらいに昔の友人と会う。すごいよ、数理学の占星術(?)をやって、沢山本も出しているんだ。小説も書いている。ずっと前から思っていたのだけど、池ワンは今、とても大事な時期。私達を取り巻く世界にはなんとか池ワン存続に繋がるものがかなり集まっているのに、それがどうしてもひとつの輪にならない。

身体が三つあれば、なんでも実現できそうだけど、ひとつでは全く逆。あれこれ思いは馳せても全然進まない。おまけに1日は24時間しかないし。そんなこんなを相談しようと思っている。何故って、その昔、ビックリするようなことがあった。

その友達と、ひょんな事から競馬をやった。彼も私も競馬なんてやったことがない。それなのに、馬券売り場の前の喫茶店で待ち合わせをして、私の思い付きと彼の数理学で、万馬券を当てた。後にも先にもそれっきりの経験だったけど、なんと28年前で124万円当てたのだ!!私はすっかり数理学を信じるようになった。(この話も本1冊分)

でも私という人間は、ひとっ所にじっとしているような者ではなかったから、あちこち行ってる間に疎遠になってしまった。
今、混沌としている私の頭の中を整理するのに必要不可欠な人物に思えてならない。「姓名判断とかは仕事だからお金取るよ」と言われたので、それ以外のことで相談に乗ってもらおうっと。

用事をしながら日記を書いていたら、もう2時近い。明日はワンの世話を6時から10時までやってあとは主人とはるちゃんに任せ、それからトラックで迎えに来てもらって、引っ越しする人の家に絨毯、家具などの廃品をもらいに行く。池ワンを抜け出ても力仕事がつきまとう。

・・・私も皆さんのように根性出さなくちゃね。ファイト!ファイト!それじゃあ叉!

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Ikewan




chupiwanwan at 02:06|Permalink

2005年07月04日

スターウォーズ、理の力。

フォース(理の力)を絶大に信じている者の一人です私は!!今、TVをつけっぱなしで仕事をしていたら、昔懐かしスターウォーズの第一作目をやっていました。もう、飽き飽きするほど見たので、・・・と思いつつ、ついつい横目で見ながら、叉々、右脳で仕事、左脳で、思いに耽っていました。(そんなのある?)あれは、まだ20代の頃。友達と街で別れて一人で4回目のスターウォーズを観に映画館へ行った。画面の端端、見落とした箇所はないか、新しい発見はないか、とにかくその世界に一人で浸っていたかった。見終わって、満足げに出口へ向かっていたら、さっき別れたばかりの友達とバッタリ出会った。一人で4回目を観に来たそうだ。映画の話なんて一度も話したこと無かったのに、キ・グ・ウーー!お互い感激のあまり、夜更けまでペチャクチャお茶をした。話は尽きない。

何度も言ってはいるが、何を隠そう、私は大の時代物好き。日本の歴史や侍が好きだったのに、スターウォーズを観たときには、最近の言葉で言うと、「やられた!」と思った。ここに私の理想とする世界があったのだ。アメリカはすごい!ジョージルーカスはすごい!たまたま、昔にアメリカングラフィティと云うルーカス作品(ハリソンフォードも出てるよ)を観ていたので、一気にはまった。その後、まさか2作目を米国で4回も観ることになるとはその時には思いもよらないことだったけど、とにかく私の人生に大きな影響を与えてくれた。

そして、理の力。私の師匠、「帯ワン家の日」?違うよ、オビワンケノビ(ちゃんと変換してくれ)。・・・ダメだ!この事を書きだしたら本3冊(上中下)になっちゃう。ワンのことでも沢山感じるんだ。わん達の引っ越し先、現在の池ワンを探した時にも感じた。他にも色々。私にフォースが備わっている訳ではないけれど、世の中には科学や物理だけじゃない、それに時の流れが加わって、想像外の不思議なものを生み出す何かがある。人がふと思考を変えて、願っていた方向へと進むことがある。そんな偶然とも思える力に池ワンは何度も助けられた。

今夜はもう時間切れ、日付が変わる瞬間です。外は大雨、突然叉降り出しました。急いでワンの所へ駆けつけないと主人が一人で困っているに違いない。

チュルチュルズーズーパクパクモグモグごっくん。夕方には届いた冷やし中華を早速美味しく戴きました。お煎餅も食べたよ。Tシャツも、長靴も靴下も。今から着る雨具も、相変わらず皆さんに送って戴いた物ばかり。池ワンに来てくれて、にゃん太のキィちゃんを見たことのある方から、「幸せそうだった」といくつかメールを戴きました。今もキィちゃんのそばを通っては涙していますが、主人共々、「幸せそうだった」と云う言葉に心が救われています。冥福メールも有り難う。

捨て犬だった子を引き取り、何年も一緒に楽しく暮らしていると云うメールも最近多くなりました。代わってお礼を言いたいです。実はひと月頃前から、2時間ほど離れたゴルフ場で彷徨っているノラを救う相談を何度も受けている。懸命に保護しようとしているけどなかなか捕まらないらしい。・・・頑張れ!

そろそろ覚悟をしなくてはいけない夏がやってくる、今は助走。叉々みんな、たすけてねぇーーー!いつもどうも有り難う。・・・じゃ、行ってくるぜ。フォースを感じる人、メールくれぇーー。

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Ikewan









chupiwanwan at 00:24|Permalink

2005年07月01日

あだ。

今さっき、東京から帰りました。つっかれたぁ〜〜。疲れが溜まりすぎて、首の後ろがボコボコと腫れてる。初めてのボラちゃん達からメールを頂いて、こちらの住所を教えなくちゃならないのに全然お返事してない。・・・それなのに、たった今届いたメールには何故か、即、お返事を出した。・・・だってさ、中華麺の製造工場を営んでいて、池田さんご夫妻の活動にはとても感動したから、是非、暑い夏に冷やし中華を送りますから召し上がってもらいたくってって・・。麺類は大好物で、夕方もコンビニで買った冷やし中華を食べたんだ。すぐに返事しちゃったよ。

ところで、疲れる疲れるって、同情を惹こうとしてるわけじゃないけど、ほんとに疲労困憊なんだ。昨日、寝る前に突然「あっっっ!」っと思いついたことがあった。ワンの世話は、「とてもじゃないけど、やった人でなくては判らないよね」って、いつもはるちゃんとハァハァ云いながら話しているのだけれど、かがんで食事のお皿を出し入れしたり、リードを繋いだり、ケージ洗いや色々。特に暑い日の水汲みは大変で、朝取り替えたと思ったらもうお昼、せっかくの井戸水なので、冷たいのを飲ませたくて叉取り替える。そのバケツを運ぶのが遠くて遠くてすごく大変。

だけれども、それも全てわんの為。そう割り切っていたんだけど、それだけじゃなぁーーい!池ワンは広すぎるんだ!!。広くて良いね。運動場みたいに駆け回れて良いね。土や草が沢山で良いね。この5年間、前の一般家庭のような家から引っ越して、こんなにワン子達のために良い所はない!って、感激してたのに、たったの昨日、広いのがあだとなって作業がどれだけ大変か、と云うことに気が付いた。(遅すぎるよ!)

バケツ運びだって、片道30メートルはザラ。何度も書くけど、汗が目に入っても口に入っても両手がふさがっていて、拭うことも出来ない。止めて休もうと思うけど、毎回休んでいたらどんどん時間が経っちゃうから、一気に行く。カンカン照りに日が当たっても広くて隠れる場所もないとこが多い。・・・だよね。疲れるわけだよね。

でも、食欲が減らないんだ(世界七不思議)。
いつもは勿体なくて、行き帰りの電車では雑誌とかは滅多に買わない。でも、今日はたまには良いと思って、珍しく、HANAKOと云うのが出している、東京の新レストラン特集みたいのを買って、穴の空くほど見た(もとをとらなくちゃ)。生まれ故郷の恵比寿や広尾、渋谷が沢山出てた。(よだれも出てた)

たった1冊の雑誌、数え切れないほどの洒落たレストランや居酒屋、新感覚の立ち飲みバーとかがあったけど、死ぬまでに多分、1カ所も行かないだろうなぁ。でも、見ている時は「もし、近くへ行ったら、」「もし時間があったら」と詳細な位置を確かめ、殆ど知った地区なのを納得してる。

12年前、ワンのことを始めるときに、「欲を捨てる」と云うことに挑戦した。そのとおりに色んなものを捨てた。欲を捨てると云う事に関しては、本2冊分書ける(前編、後編)かも。それで、残ったのが食欲。捨ててはいけないものまで捨てたような気がする。それがあだとなって、段々重くなっていく身体だけが残った。夏は余計に辛い。・・・まっいいか。

弥生さぁ〜〜ん!。まだアドレス違うよ。直してあったけど何かが違うらしく戻って来ちゃう。手打ちをしないで、アドレスをコピーしたほうが良いと思います。もしかしたら、数字とかの文字が大きかったりするから、もう一度確かめてください。一度テストで、ご自分にメールして見て下さい。早く文通しようよぉ。ねっ?

それでは、遅ればせながら、今からわん達の顔を見て癒されに行って来まーす。駅を降りたら途端にヒンヤリした風が当たってホッとしました。ここら辺は昼暑くても、夜はまだ涼しいです。

Yasuko(←クリックすれば、メールが送れます)

Ikewan








chupiwanwan at 00:46|Permalink