2018年08月15日

人との付き合い方


どこまでの人に自分の病気のことを話しますか?
発症時期にもよるのかもしれませんが、わたしは高校の頃から誰にでも話していました。(話すべきときがあれば)
小児科時代の先生に自分のことを周りのお友だちにも話しておいた方がいいよというアドバイスからでした。

腎臓と言っても肝臓と間違えられるし、
どんな病気か聞かれ「たんぱく尿が〜」と口に出せば「尿?笑」と笑われることもありました。
成人してからはお酒の飲みすぎだからとも言われました。
他人からしたらその程度の認識なんだと思います。
わたしも自分が腎臓病になるまで腎臓の場所や役割を知らなかったので、無理はないでしょう。

高校では診断書を出し説明しても普通に見えるからか先生に
「風邪でもないのにマスクは表情が見えなくてみっともない。なんでつけるんだ。」
公衆の面前で立たされ怒鳴られたこともありました。
今ではすっぴん隠しとか可愛く見えるからとかで、普通につけていますよね。
わたしのときは風邪か花粉症の方くらいでしたので年中マスクは目立っていたのでしょう。
時代ですね。

民間療法に勧誘されたこともありました。
「ステロイドなんて毒だ!そんなものを飲んでいたら死んでしまう。」
丁重にお断りしました。
いまもわたしは生きています。
その方は漢方や薬膳を取り扱う会社の方でした。


家族との付き合い方も今でこそお互いわかってきましたが当初は大変なものでした。
仕事以外は興味がない父とあまりよくわかっていない兄。
負担はすべて母に降りかかってきます。
発病後1年は手探りでした。
ステロイドの副作用で不眠があって2日寝れなくても「疲れていないから。」
情緒不安定「気のもちよう。あなたは昔からそういう性格。」
みんなのように過ごしたい「中学生の頃遊び回っていたのだからゆっくりしなさいってことよ。」
その都度「そうではない!なんでわかってくれないんだ。」と反発しては喧嘩になっていました。
あまりの短期間での体の変化に母も私も追い付かなかったのだと思います。
頭が回らなくて上手く説明ができない。
まだ病気に対する戸惑いのようなものがあってそんな行き場のない思いを伝えられず怒りに変わる。
カッーっとなり一通り当たり散らしたら後悔して泣く。そんな毎日でした。

母が非協力的な家族への不満とわたしのことへの不安が爆発して泣きながら怒鳴り散らすこともありました。
わたしは部屋で耳を防いでやめてやめてと泣くことしかできなくて。
病はわたしたちから平凡な日常を奪っていきました。
ごめんね、お母さん。わたしは自分のことだけつらいつらい言っていればいいけど、お母さんは誰にも相談せずわたしや家族の世話をずっと一人でしてきてくれていたよね。
父方の親戚から「あなたのせい」と言われていたのも知っているよ。
恨んだことは一度もないよ。本当に感謝しているよ。ありがとう。

いつもわたしは病気のせいだ薬のせいだ言っていて、そんな自分が嫌でした。
なんで自分が・・?悲しみや喪失感から解放される日はなく、なんとか1日を終えることができる日がほとんどです。


「あなたよりもつらくても頑張っている人はいる!」

時々人に言われる言葉です。
悪気はなくその人なりの励ましの言葉なのでしょう。
わたしは外に出られてなんとか学校にも通えた。
時には友人と遊びに行ける日もある。
それなのに自分は周りが認めてくれるくらい頑張れないのは何故か、こんな苦しいのにこれ以上どうしたらいいのか?
いや、わたしはなにと比べられているのだろう。
再現ドラマに出ているような綺麗な女優さんが演じる病人?
そんな綺麗なものではないよ。抜け出せないきつい治療。どうあがいても人工透析が待っている恐怖。
「あなたは一生懸命生きていない」そう言われているようで悲しかった。

評価は他人からみた印象です。
自分で感じている不調は他人からそう思われているとは限りません。
自分は言動にはっきり表れる部分以外の内面も知っているけど他人にはわかりません。
人に何を言われても自分だけは大事にしてください。
わたしは人目が気になって気になって仕方がなくて大事にできていませんでした。

わたしが今でも病気を隠さない理由は内部障害というものを少しでも知識として持っていてほしいからです。
昨日まで元気だった自分がなぜ・・?見えないところからヘルプは出ていることがあります。
誰にでもなりえることで身をもって経験したからです。

理解してもらうのは難しいです。
時には心ないことばも浴びせられることもあります。
押し付けることはしません。なんとなく知ってもらえたら◎と思っています。
耳を傾けてくれる人は僅かです。
生きやすい世の中になるといいね。




にほんぶろぐ村ランキング参加中!!
応援クリックおねがいします(*'ω'*)

にほんブログ村 病気ブログ ネフローゼ症候群へ にほんブログ村 病気ブログ 腎不全へ


2018年08月13日

難病・人工透析の医療券/お金のはなし


こんにちは(*’-’*)今日も元気です。
クレアチニン8が透析導入の目安とされているので、8を超えるとどのような状態になっているのか毎日不安でした。(現在Cr9.09/尿素窒素69)
しっかり尿量も確保されていますし、多少の浮腫み以外は症状もなく元気です。
悪化の一途かと思われた浮腫みも一時より解消されました。
いかにミネラルバランスと食事制限が大事かわかります。
クレアチニンだけではなく尿素窒素(BUN)にも注目です。

→【美味しい制限食】(ブログ内カテゴリ)


本題です。
役所にいってきました。
以下の手続きをしました。

・障害者手帳
人工透析はまだですがクレアチニン8を超えてしまったので1級です。

・マル都 特定医療費(指定難病)受給者証
難病の医療費助成
こちらは一次性ネフローゼで持っているので新規申請は今日はなし。
掛かり付け病院の追加をしました。

・マル長 特定疾病療養受領証
人工透析費用の助成

・マル障  心身障害者医療費受給者証
全ての医療費の助成(歯科、眼科も保険適用内ならなんでも)

自己負担の金額は収入によって変わってきますが驚くような額ではないです。(大体1〜2万円/月)
日本の保険制度に感謝です。
※東京都の場合


【お金のはなし】

自治体によって条件が違ったり制度自体がない可能性もあるのですが・・
わたしの住んでいるところでは心身障害者福祉手当というものがあります。
これは障害者手帳所持者だけではなく、難病指定の患者もいただけるんです。

いま住んでいる自治体では
指定難病一次性ネフローゼの場合(障害者手帳なし)
・1万5000円/月  年に4回3ヶ月分まとめて振り込まれる

引っ越す前の自治体
・1万3000円/月
・福祉タクシー券2000円orガソリンチケット2000円分/月
いただけました。

今回、身体障害者1級になるので増額です。
その手続きもしました。
その制度があるかは自治体のホームページを要チェックです(>_<)

障害者年金は今日は言われなかったので手帳をいただいてからかな?
帰り道に気づきました。

役所のなかをあちこち行って大変でしたが今日できてよかったです。



にほんぶろぐ村ランキング参加中!!
応援クリックおねがいします(*'ω'*)

にほんブログ村 病気ブログ ネフローゼ症候群へ にほんブログ村 病気ブログ 腎不全へ


2018年08月11日

証明写真-お母さんとお出かけ


今日は障害者手帳のための写真を撮りにいきました。
もー!なんで証明写真ってあんなに嫌な感じに写るの!!笑


その後、母とお買い物にいって後でお金払うねって先にだしてもらってたのだけど結局払わなくていいって(>_<)
連れていってくれてありがとうだって〜(>_<)


わたしね、14歳から時間が止まっているんだ。
ずっと子供のまま。
年齢と体だけは大きくなって中身は子供で、でもできることや行動範囲は増えて周りからは当たり前に大人になったわたしに責任を持たせてくれた。
だけど、わたしは心のどこかでいつも誰かが助けてくれると思ってしまってた。

28歳になるまで色々なことを一人でしたことがなかった。
気付いたら全部サポートしてもらっていたから。
ビックリされるほど負んぶに抱っこ。
一緒になにかできないときは母が初めてのお使い並みに手順を細かくメモに書いて渡してくれて出発前にシミュレーションしてくれてた。笑
頃合いを見計らって「ちやんとできた?(^-^)/お母さんより。」苦手なメールをくれた。
危ない橋を渡ろうとしたら小児科のときの先生が「お母さんはどう思いますか?」一緒に考えてくれて納得がいくように医学的な説明をして止めてくれた。
それでわたしは一度客観的に考える時間をもてて無茶をしないでこれた。

色んな不幸とタイミングが重なって12年目26歳の頃に小児科から内科になって先生も新しい先生に変わった。
内科になると内科の先生はわたしがしたいということを止めたことはなかった。
小児科の先生に内科になると診察が変わるよ。と言われたけど本当だった。
サポートはしてくれるけど、3人で話し合うことはなくなってわたしが口に出したらほぼ決定だった。
日に日に元気になってしたいことを次々と先生に提案するわたしを母は嬉しそうに見守ってくれるようになった。
悪いながらも安定した経過できていたから止めることもないと安心していたのだろう。
わたしが今を優先してわがままで一気に進行させてしまった。
そうか、先生はもういないんだ。なにも言わなくても私達と一緒に考えてくれる人はいない。cicciaちゃんと呼んでくれる人はもういない。
わたしはもう大人だ。自分で言ったことだもんね。自己責任の自覚が今までなさすぎた。
そんなときまで「お母さんが悪いの、先生にちゃんと聞かなかったから。ごめんねごめんね」と泣きながら言わせてしまった。わたし何してるんだろう。

ずっとずっと頼りないわたしを守り続けてきてくれたのに、親の心子知らずで。 
もっともっと自分で色々なことをできるようになって安心させたい。
しっかり行動にも言葉にも責任もてるようになって、お母さんが教えてくれたようにわたしも自分が知ってることや得意なことを教えてあげて助け合って生きていきたい。
人にも優しく親切でありたい。




にほんぶろぐ村ランキング参加中!!
応援クリックおねがいします(*'ω'*)

にほんブログ村 病気ブログ ネフローゼ症候群へ にほんブログ村 病気ブログ 腎不全へ