ご愛読ありがとうございます。本日の担当は、川本正秀です。


お尋ねします。あなたは「理解のある親」ですか?



子どもは成長の過程で、とりわけ急上昇を描いて成長するときに、
自分でも理解しがたいような抑え切れないほどの不可解な力が湧き
上がってくるのを感じる時がある。

そして、その力を何かにぶつけて、ぶつけた衝撃や反動の中で自分
の存在感を確かめているようなところがある。



子どもがぶつかる壁となる第一の存在が、親ではないだろうか。

ぶつかっては跳ね返され、悔し涙を流したり、腹を立てたり、自分の
世間知らずや無力を感じさせられる。

この体験を通して自分がいかほどのものであるかに気づき、現実や
その厳しさを学ぶのだと思う。

少なくとも、私はそういう体験を通して大人になった気がする。



子どものエネルギーが爆発するとき、「理解のある親」のふりをして
「その気持ちはよくわかる」なんていう親は、子どものことを本当には
わかっていないのではないだろうか。

子どもの前に立ちはだかって壁にならず、どこかで衝突を回避して、
逃げていないだろうか。

ぶつかるべき壁を失い、闘牛場の牛のようになった子どもは、文字通り
暴走して大きな事故を起こすこともあるだろう。

社会や法律の壁ではなく、親という生きた人間にぶつかりたいのに・・。



子どもにとっては、理解のあるふりをする親が一番つらい存在だ。

本当には理解していないのに、なぜ理解のあるふりをするのだろう。

自分自身や自分の生き方に自信がなかったり、自分の人生を歩むことに
不安を感じていることを悟られまいとして、ふりをするのではないだろうか。



子どもを真に理解することは、できれば素晴らしいけれど、実際にはかなり
難しいことだと認めてもいいのではないだろうか。

理解したふりをするよりは、まず自分が大人としてしっかり生きることを考え、
歩んでいる姿を見せることが大切ではないだろうか。

相撲部屋で、ぶつかって来る後輩に胸を貸して鍛えてやる先輩力士ように。