一人旅物語を味わう

2019年01月28日

個人の能力か、システムの能力か?

本日の担当は北村和夫です

 

阪神・淡路大地震の際、避難所に行ったあるボランティアの方の本を読んだ。

 

毎日大量に届く救援物資を仕分けし、種類と数量を完全に把握し、被災者に配る量を即座に計算し、不足が予想される物資を他のボランティアに告げ、補給を指示し、その正確無比な活躍を見て、いつしか「歩くコンピュータ」とあだ名されるようになった。

しかし、激務がたたって、10日ほどでぶっ倒れてしまった。

かりにこの人をAさんと呼ぶことにする。

 

Aさんの物資担当を引き受けたのは、同じ年齢だけど、若くして建設業を継いだBさんは

高卒の青年。Aさんは有名な国立大学卒である。

Bさん「とても前任者のマネは出来ません。僕なりのやり方に変えさせてもらっていいですか?」もちろん、「歩くコンピュータ」のマネができる人間なんかいないので、だれも異を唱えなかった。

 

Bさんは物資を種類ごとの「島」に分けた。インスタントラーメンの島、ミネラルウオータ

の島、使い捨てカイロの島、その島が低ければ「あ、調達しなきゃ」というのが一目瞭然。

物資の仕分けも簡単で、それぞれの「島」に積めばよいだけ。物資の種類の量も、ザックリとだが、誰の目にも分かりやすくなった。

 

「歩くコンピュータ」が健康を回復し、再び救援物資の管理をしようとしたら、その必要もなくなっていた。皆が誰の指示を仰ぐことなく、自主的に仕分けし、調達してくるようになっていたからだ。

 

この本の著者が「思えば、このときの経験が「指示待ち人間」はなぜ生まれてしまうのか?

を考えるきっかけになったと。

 

Aさんは間違いなく優秀だった。

ただ、彼一人が辣腕を振るう中で、周囲は皆「指示待ち人間」になったのも確かだった。

Bさんは、やり方をガラリと変えた。

だから、物資調達役のボランティアは、低い島の物資を調達してくればよかった。物資を仕分けする担当者も「島」を眺めて、似ている物資の島に置けばよいだけ。自立的、自主的にボランティアたちが活動できるようになった。指示を待つ必要もなく、皆、自分の頭で考えて、動くようになったのだ。

 

学力という意味では「歩くコンピュータ」のAさんの方がはるかに上だったろう。

記憶力、論理能力、計算能力、等「お勉強」の方は、誰よりも卓越していた。

しかし、特別な能力がなくても皆が自主的に判断することができ、自主的に活動し、集団がトータルとして活性化した知恵者は、Bさんの方だった。

 

個人の能力が優れているよりも、システムとして優れていることの方が大事なのかもしれない。一人の能力が輝く一方で、他の人達が指示待ちになってしまう仕組みより、誰もが自主的自立的に能力を発揮する仕組みの方がすぐれているのかもしれない。

 

最近、トップダウンという言葉を良く聞く。日本の政治もそのようになってきたと

私は思う。はやり言葉に「忖度」(そんたくー他人の心をおしはかる)という表現が新聞に踊っている。自分の意見を言わず忖度が強くなれば、この日本も確実に弱体化してゆくであろう。

 

 

 



mozart1301 at 05:00│Comments(0)北村 和夫 

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