元会員 せきはた桃子

2008年11月28日05:00昔話から見つけるコーチング その14

今日の担当は、関端桃子です。

 

大好きな絵本の中に「ぼくを探しに」シルバスタイン作、倉橋由美子訳 があります。

1977年第1刷発行であるからもう30年以上も前に出版されたものですが、いつ読んでも新鮮です。

 

単純な線で描かれた、丸の一部が欠けた形の「ぼく」が、足りないかけらを探しに行く話です。

 

 

何かが足りない

それでぼくは楽しくない

足りないかけらを

探しに行く

ころがりながら

ぼくはうたう

    ・・

 

とうとう見つけた

ぼくにぴったりのかけら

ぼくはころがる

もう

すっかりまるくなったから

前よりずっと速くころがる

こんなことはじめてだ

・・・

だけどたのしめない

うたもうたえない

    ・・

 

なるほどそういうわけだったのか

それでぼくはころがるのをやめて

・・・

かけらをそっとおろし

一人ゆっくりころがっていく

 

 

ざっと、こんなお話です。

 

この話は、読者の自由自在な想いで何とでも捉えることができるのがおもしろい。

 

私自身、最初に読んだ時は、大人になるってことはつまらないこと? だったら子どものままのほうがいい?

 

少したって読んだ時は、たとえ理想の相手がいても、やっぱり一人も大事。

 

それからだいぶ経って、コーチングと関って

足りないところを補うのも大事

だけど完全じゃないから、人生おもしろい 楽しい。

 

さあ、この次にこれを読んだ時、どんな想いになっているのかな。  



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2008年10月02日05:00昔話から見つけるコーチング その13

今日の担当は、関端桃子です。

 

私の好きな話の中に『ずうっと、ずっと、大好きだよ』アメリカのハンス・ウイルヘルム著があります。これは昔話ではありませんが、小学校1年生の国語の教科書にも載っているものです。

 

この話はエルフという犬を飼っている[ぼく]の話です。

エルフと共に育った[ぼく]はいつの間にかエルフよりぐんぐん大きくなり、エルフは年をとりどんどん太っていった。

[ぼく]は夜寝る時に「エルフ、ずうっと、大好きだよ」と言った。

他の家族もエルフのことが好きなのに、言わなかった。

[ぼく]は好きなら好きと、言えばいいのにと思っていたけど、誰も言ってやらなかった。言わなくてもわかると思っていたんだね。

ある朝、エルフが死んでいた。みんなは泣いて悲しんだ。

[ぼく]だって悲しいけどいくらか気持ちが楽だった。

だって毎晩エルフに「ずうっと、大好きだよ」と言っていたからね。

という話です。

 

 

この話は[ぼく]と犬のエルフの関りです。

でもこの話を読むたびに、人との関りの中で、どれだけ人に自分の思いを伝えてきたかなあと思います。

特に大切な人との関りにおいてです。

 

実は、夏の終わりの831日に実父が他界しました。

 

7月の始めに父が入院してから、私はほとんど毎日看病に行っていました。

本当は毎日でも伝えたかったんだけど・・・

声に出して言うのは恥ずかしかった。

だけど思い切って何度か伝えました。

 

「おとうさん、私はおとうさんの娘で本当に良かったよ。ありがとう。」って。

 



2008年08月08日05:00昔話から見つけるコーチング その12


今日の担当は関端桃子です。


私が経営する三友学習塾では小学生、中学生の夏期講習のまっただ中です。

勉強は自分の夢を実現するために欠かせないものです。

その夢が「〜〜になりたい」とか「〜〜したい」とか「〜〜を活かした仕事に就きたい」などと具体的になっている子と、なんとなくこっちの方向などと漠然としている子や、まだこれから探す子など様々です。


さて、昔話の中でも夢をテーマにした「夢を買う」という話があります。

この話は、旅の絵かきが眠っている時に見た夢を絵に描いたことから始まります。
偶然出会った旅の商人が、その絵を見てピンと来て、買いました。

その絵には、商人が今まで求めていながらも漠然として、なかなか得られなかった夢へのヒントが描いてありました。

商人は今まで何をやってもことごとく失敗し、うまくいかなかったのです。
絵に描いてあることを信じて、やっていったところ大成功したという話です。

この話で、私はこう感じました。
旅の商人は絵のおかげで「将来の夢」がはっきりして、迷わずにそれに向かって行き大成功したのではないかと。


そこで、塾の子どもたちにもう一度「将来の夢」が見つかるような質問をしたいと思います。

☆今までがんばってやってきたことってどんなこと?
☆やっていて楽しいことってどんなこと?
☆夢中になってやっていることってどんなこと?
☆得意なことってどんなこと?
☆よく人からほめられることってどんなこと?
☆将来何をする人(職業)になりたい?

どんな答えが返ってくるのか楽しみだなあ。
半年前や一年前と違っているのも、また楽しみだなあ。



2008年06月17日05:00昔話から見つけるコーチング その11

昔話から見つけるコーチング その11

今日の担当は関端桃子です。


今回は皆さんもよくご存知の「舌切りスズメ」の話を取り上げます。

この話も本来言い伝えられて来たものを、時代背景や世相に伴い、内容が改変されて現代の子どもたちに読まれています。

原話では、スズメのお宿を探すためにおじいさんは何人もの人に道を聞きますが、彼らはその答えと引き替えにとんでもないものをおじいさんに飲ませるといった場面が出てきます。

その場面にはびっくりしますが、それらの試練に立ち向かっても「スズメに会いに行きたい、舌を切られたスズメは大丈夫なのだろうか」というおじいさんの深い愛情が伝わってきます。

そうです!おじいさんの目的は「スズメに会いに行くこと」なんです。
そのためにはスズメのお宿を探して行かなければならないのです。
そのためだったら何でもしたのでしょう。おじいさんは、やっとのことでお宿に着きました。

おじいさんの目的は達成されました。スズメたちに喜ばれ、おまけにご馳走をしてもらい、つづらのお土産までもらって帰ってくるのです。つづらの中は小判や宝物が詰まっていました。

その話を聞いたおばあさんは、小判や宝物が欲しくて、翌朝家を飛び出します。

そうです!おばあさんの目的は「大きなつづらをもらうこと」なんです。
そのためにスズメのお宿に行かなければなりません。
おじいさんに道順を聞いていたおばあさんは、何の苦もなくお宿に着きました。

スズメを見るなり、ご馳走も何もいらないから「大きなつづらをくれ!」と要求しました。
おばあさんの目的はすぐに達成されました。しかし、つづらの中は妖怪が入っていたのです。

おじいさんとおばあさんは「スズメのお宿に行くこと」という同じ行動をとっても、こんなにも違うのですね。
これをコーチング的に見るとどうなんでしょうね・・・



2008年04月23日05:00昔話から見つけるコーチング その10

今日の担当は関端桃子です。

 

昔話といえば、「鶴の恩返し」がありますね。

皆さんもよく知っている 自分を助けてくれた人に対して鶴が全身全霊をかけて反物を織り上げて贈る話です。

 

その話を取り上げて脳科学者の茂木健一郎氏は「脳を生かす勉強法」(PHP)の中で

「鶴の恩返し勉強法」というのを唱えています。

鶴が「私が織っているところを決して見ないでください」といって納屋にこもるところはあまりにも有名ですが、まさにその場面のことを主に取り上げています。

 

茂木氏はこの勉強法の本質は「いかにして自分の脳を喜ばせるか」だといっています

それには以下の3つのしくみがあるそうです。

 屮鼻璽僖潺鵝廚砲茲襦峩化学習」によって、脳を強化する。

◆屮織ぅ爛廛譽奪轡磧」によって、脳の持続力を鍛える。

「集中力」を徹底的に身に付ける。

 

「鶴の恩返し勉強法」はの「集中力」を徹底的に身に付ける。このことに効果があるようです。

 

「明日の朝までに仕上げなければならない」と鶴は納屋にこもって、反物を織っているときは作業のスピードをできるだけ速くすることが必要です。

「売り物にするためにたくさん仕上げなければ・・・」と、とにかく圧倒的な量をこなすことが必要です。

「恩返しのためにはなんとしても完成させよう」と周囲の雑音など無視して夢中になる没入感のことです。(この没入感は生き生きと熱中している幸せな状態=ステュディオスとも言うそうです。)

 

このように「鶴の恩返し勉強法」の極意は周りのことはすべて遮断して、時間制限をかけて、できるだけ多くの分量をこなすことだそうです。

 

そうですよね。

自分のことを振り返ると、勉強していて予想以上に思いがけない力が出た時は、知らない間にこの極意をつかんでいた時なんでしょうね。

 

私の学習塾の中で勉強が楽しいと感じている子ども達は、まさにステュディオスな状態の子どもたちですね。

夢中になれる楽しさ、それでますます勉強が楽しくなっていくのでしょうね。

そんな子どもたちを増やしていきたいものです。


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2008年03月04日05:00昔話から見つけるコーチング その9

今日の担当は関端桃子です。

 

昔話というとご褒美の話がときどき出てきますね。

ご褒美というと、小判だったり、娘との結婚だったり・・・いろいろありますね。

 

今の子どもたちはご褒美というとどんなものを欲しがるのかな〜と思っていたところ、三友学習塾の高校受験の生徒さんにこんなことがありました。

 

群馬県では公立高校入試は、前期と後期に分かれて2度受験のチャンスがあるような形になっています。

前期は中学校からの調査書と、当日の面接と小論文(場合によっては総合問題)で決まります。ただ倍率は高いのですが、「受かればラッキー、落ちても後期試験があるよ。」って感じです。

前期試験で受かれば、もうとりあえず受験勉強はしなくていいのです。その合格発表が先日ありました。

 

合格発表の当日、最初にかかってきた電話の主はT君でした。

 

T:センセー、・・・ボクは、・・ボクは長くつらい戦いからうち勝ったのだ〜!

 

私:わあー、合格おめでとう。

 

T:そうなんだよ。ボクがんばったよー

 

私:がんばったね。本当によくがんばったね。

 

T:だらさ、センセー、ボクに賞状をちょうだい!こんなにがんばったんだから。

  ボクってさ、賞状って数えるくらいしか持ってないんだよ。

  だからさ、賞状がほしいんだ。

  「長くつらい戦いからうち勝った」という言葉も入れて!

 

実はT君、中2の半ばくらいから体調不良を起こして学校を休みがちでした。それに追い討ちをかけるかのようにインフルエンザで、また学校を休むことになってしまいました。そして、中3ではクラスの男子からいじめられいましたが、けなげに学校に行っていました。

長くつらい戦いだったのでしょうね・・・

 

本当にうれしそうなT君でした。T君からご褒美のリクエストをされて、私もT君の合格がいっそううれしいものになりました。

とびっきり上等な賞状を作ってT君に渡したいと思いました。

 

T君の欲しいご褒美は「承認」なんだな〜 

そうなんだよなあ「承認」ってすごいご褒美だな〜

 



2008年01月14日05:00昔話から見つけるコーチング その8

今日の担当は関端桃子です。

 

今回は荒井良二の絵本をご紹介します。

 

荒井良二の絵本はおもしろい!

 

子どもが描いた絵のようでもあり、なんだか解からないのが魅力的だ。

ストーリーがあるようでないようで、それも魅力だ。

 

本屋さんでふと立ち読みしただけなのに、その絵にひかれてずっと見入ってしまった。

 

荒井良二は「今までにない絵本つくりをする」と決めてやっているという。

それはその時その時、何も考えずに自分の中から出てきたイメージを描いていくやり方だそうだ。

 

その中で時々大人の自分が邪魔をするのだという。

 

絵を描きながら大人の自分が「この後どうするんだ?」「どうまとめるんだ?」とついつい頭をもたげてしまうという。

「しまった、また大人の自分が出てきてしまった。」

宿敵は大人の自分だという。

 

 

私が主宰している絵本つくり教室の参加者は小学生が中心だが、時々大人も参加する。

オリジナルのワークブック使用の絵本つくりで、4枚の絵から1冊の絵本が出来上がる。

子どもたちは1枚1枚の絵を楽しんでいる。

大人は、この後どうなるのだろうかとかどうやってまとめようかと考え込んで描けなくなっている。

 

やはり宿敵は大人の自分のようだ。

うまくやろうとか、上手にまとめようとか、いろいろなとらわれに縛られていると楽しめない。

これもコーチングに通じるところがあると思いませんか?

 

 



2007年11月15日05:00昔話から見つけるコーチング その7

今日の担当は関端桃子です。

 

日本昔話や民話の特徴の一つとして「擬音語や擬態語が多く使われている」があります。

 

例えば、いびきをかく場面での擬音語も「グウ」「スウ」「ゴオ」「ガア」「コウ」「スー」「ンゴウ」「ンガア」などいくらでもあります。

 

また、物を食べる様子などの擬態語でも「ボソボソ」「コソコソ」「ムシャムシャ」「パクパク」「ガンガン」などたくさんあります。

 

児童文学者の寺村輝夫氏(王様シリーズ、ゾウの卵の目玉焼きなどの著者)は昔話などから膨大な数の擬音語や擬態語を収集しました。そしてその中にないオリジナルな言葉を作り、ご自分の作品の中で使っています。

 

擬態語や擬態語は日本語ならではの魅力的な言葉ではないかなと私は思っています。

 

実はそのような擬音語や擬態語を使って、私の塾では童話教室をやっています。

 

 コロコロ→ ドタドタ→ カラカラ→ コンコン→・・・・・・・

このように、擬音語や擬態語を適当に並べます。

 

そして、遊び感覚で次から次へと擬音語や擬態語が含まれている文を考えていって話を展開していきます。

話がどんな展開になるのか全く予想はつきません。それが子どもたちにとって限りなくおもしろいことのようです。

そうすることによって発想力や想像力が自然と高まっていくのです。

 

時々、大人が子どもたちに混ざって童話教室に来ますが、やり方を聞いただけで「そんなの無理!」といって頭が固まってしまう人もいます。

 

やってみなければわからない、やる前に考えすぎない。

これってコーチングに似ていませんか?



2007年09月26日05:00昔話から見つけるコーチング その6

今日の担当は関端桃子です。

 

共育コーチング研究会第5回研究大会に来ていただいた方ありがとうございました。

来られなかった方は来年もありますのでお楽しみに。

 

基調講演の池谷裕二先生の脳の話は本当におもしろかったですね。

また各分科会に参加されたことがきっかけとなって、教育関係にコーチングが広まっていくことを願います。

 

 

「昔話から見つけるコーチング その6」

 

少し前のことですが、テレビを見ていたらこんなボランティアの紹介をしていました。

それは青森県でやっている、「傾聴ボランティア」です。

青森県は男性の自殺率が高く、その原因は「孤独」だと言われています。それをくい止めるために始まったそうです。

 

誰かと話しがしたくなったら、好きなだけ話をしていい場所を設けました。

傾聴ボランティアの人たちは一生懸命に相手の話しを聞いて、うなずいたり相槌を打ったりしていました。

1対1で話すだけで、ずいぶんと救われたという人たちがたくさんいるそうです。そして、自殺率も低くなったそうです。

 

医学的にみても人と会話をすると脳が活発に動く、特に前頭前野が動く(ここはやる気をつかさどるところ)ので、だんだんと働こうという意欲がでたり、積極的になったりして元気になります。

 

 

テレビを見ていて、齊藤隆介の作品集のエピローグにある「朱鷺」という話しを思い出しました。齊藤隆介は小学校の国語の教科書にも載っている「モチモチの木」の作者です。

 

さて今日はここからが「昔話から見つけるコーチング」の本題です。

 

「朱鷺」は、ある村の朱鷺さんと言う女性の話です。

朱鷺ばあちゃんは若い頃から器量が今ひとつよくなかったので、からかわれて辛い思いもしてきました。

それでも気立てがよく、口も堅かったので仕事が終わると朱鷺ばあちゃんの家には毎日村人が訪ねてきます。

姑と折り合いが悪い嫁さんが話しに来たり、親方と仲たがいをしてしまった者が話しに来たりします。

時には道ならぬ恋に悩んでいる若い嫁さんが来たりと、そのたびに朱鷺ばあちゃんは相手の話を真剣に聞いて、共に涙を流したり、共に喜んだりしていました。

ばあちゃんに話をを聞いてもらった村人の一人一人は元気になって帰っていきます。

 

朱鷺ばあちゃんが亡くなった時は村人の皆に悲しまれ、その横顔はあの朱鷺よりも美しく輝いていました。

 

今も昔も人の話を聞くことは本当に大切な事なんですね。

  



2007年08月06日05:00昔話から見つけるコーチング その5

昔話から見つけるコーチング その5 

 

今日の担当は関端 桃子です。

 

今回はミヒャエル・エンデ著の「モモ」を取り上げます。

ご存知の方も多いと思いますが、「時間どろぼうと、盗まれた時間を人間にとりかえした女の子のふしぎな物語」です。

 

ストーリーのおもしろさよりも主人公の[モモ」に私は興味を感じています。

モモはこんな子です。

 

小さなモモにできたことは、それはほかでもありません、相手の話を聞くことでした。なあんだそんなこと、みなさんは言うでしょうね。話しを聞くなんて、誰にだってできることじゃないかって。

 

でもそれは間違いです。本当に聞くことのできる人は、めったにいないものです。そしてその点でモモは、それこそ他に例のないすばらしい才能を持っていたのです。

 

モモに話を聞いてもらっていると、どんな人でも急にまともな考えが浮かんできます。モモがそういう考えを引き出すようなことを言ったり質問したりした、というわけではないのです。モモはただじっと座って、注意深く聞いているだけです。その大きな黒い目は、相手をじっと見つめています。すると相手には、自分のどこにそんなものが潜んでいたかと驚くような考えが、すうっと浮かび上がってくるのです。

 

モモに話しを聞いてもらっていると、どうしていいかわからずに思い迷っていた人は、急に自分の意志がはっきりしてきます。引っ込み思案の人には、急に目の前がひらけ、勇気が出てきます。不幸な人、悩みのある人には、希望とか明るさがわいてきます。

 

例えばこう考えている人がいたとします。オレの人生は失敗で、何の意味もない、オレは何千万もの人間に中のケチな一人で、死んだところで壊れたつぼと同じだ、別のつぼがすぐにオレの場所をふさぐだけさ、生きていようと死んでしまおうと、どうって違いはありゃしない。

 

この人がモモのところに出かけていって、その考えと打ち明けたとします。するとしゃべっているうちに、自分が間違っていたことがわかってくるのです。「いや、オレはオレなんだ、世界中の人間の中で、オレという人間は一人しかいない、だからオレはオレなりに、この世の中で大切な存在なんだ。」気づいてくるのです。

 

こういうふうにモモは、人の話しが聞けたのです!

 

この話しを読んで、皆さんはどう思われましたか?



2007年06月16日05:00「昔話から見つけるコーチング その4」

今日の担当は関端桃子です。


今回は昔話ではなくて、かなり前に読んだ児童文学の紹介をします。
読んだ後、人間っていいなあ、大げさに言うと生きてるっていいなあと思ったのです。

 


それは今村葦子著「アホウドリ」で、昭和30年代前半の小学生の話です。

記憶をたどりながら内容をお話します。

主人公は、算数の問題がチンプンカンプンなところから「アホウドリ」というあだ名をつけられた男の子です。
力の強いケンタとヒデコのいるグループの人たちから仲間はずれにされたり、「おまえは アホ アホ!」とはやしたてられたり、言わばちょっといじめられている存在でした。

でも、そんなことにお構いなく淡々とマイペースで過ごしていました。また川泳ぎだけは得意で、泳ぎのうまさでは右に出る者はいませんでした。

学校の近くに川遊びに最適な所があり、そのグループの人たちはそこを占領して他の人には使わせませんでした。アホウドリは少し上流のところで一人で泳ぎを楽しみ、それはまさに自然と一体になっているようでした。

ところがある日、台風が去った後の川でグループの人たちが遊んでいたところヒデコが流されてしまいました。

他の人たちはどうすることもできず、おろおろしていたところにアホウドリが歩いてきました。すぐさま事情をのみこんだアホウドリは、川に飛び込んでヒデコを岸に助け上げ水をはかせ、ケンタに「後はまかせたよ」と言わんばかりに帰っていきました。

その夜、アホウドリの家にヒデコが訪ねてきました。

じいちゃんと二人暮しのアホウドリは夕飯の最中でした。ヒデコはうつむいたまま蚊の鳴くような声で「これ、かあちゃんがお礼に持って行けって」とアホウドリに重箱を差し出しました。そして下をむいたままヒデコは「ありがと・・」と言って帰っていきました。
中にはぼた餅がぎっしりと詰まっていました。そのぼた餅を頬張るアホウドリを見ながら「ほう、おまえ、何かいいことしたんかね・・」とじいちゃんも嬉しそうな顔をしていました。

 

私はずいぶん前にこの話を読んだのに、アホウドリがヒデコを助けた場面やヒデコがアホウドリの家に訪ねて来た場面を鮮明に覚えています。

アホウドリは気にしない、何もこだわらない、そして、泳ぎが得意という強みを楽しみ、ひけらかすことなく活かしていたことに私は心を動かされたのかもしれないと思いました。

コーチングの視点から見たら、どんなふうに見えるのかなあと思いながら書いていました。

 



2007年05月08日05:00昔話から見つけるコーチング その3

今日の担当は関端 桃子です。


今回は、「金のいらない村」(どこの国の昔話か忘れてしまいましたが)という話を取り上げます。


ある国のあるところで、村人が仲良く暮らしていました。

昼間は一人一人が好きな仕事をして、夕方になると市場で買い物を楽しんで帰るのです。

買い物といっても、ただでもらえるのでお金はいりません。

市場には海の幸や山の幸が山積みになっています。その横には雑貨類があり、少しはなれたところにはありとあらゆるデザインの服があります。

その中から村人は、必要なものを必要なだけもらって帰るのが慣わしでした。


ある時、一人の男がどこからか引っ越して来て、この村に住み始めました。


男はその日、市場で生きた魚を二匹もらって帰りました。

家に帰ると一匹を料理して、食べて満足しました。そして残りの一匹を水槽の中に入れておきました。


次の日、男は市場で子豚を二頭もらって帰りました。

家に帰ると一頭を料理し、食べて満足しました。そして残りの一頭を家に中につないでおきました。


その次の日、男は市場で子牛を二頭もらって帰りました。

家に帰ると一頭を料理し、食べて満足しました。そして残りの一頭を庭につないでおきました。


すると次の朝、大きな黒い鳥が飛んで来て、足でその男をつかんで村の外へ出しました。


そこで男は自分がしたことを考えました・・・

実はこの村では必要なものを必要な時に必要な量だけはいつでも手に入ります。そのかわり、余分に持つことは許されません。それが村の慣わしなのです。それを破った者は直ちに追放されます。


こんな話だったと記憶しています。
そして、初めてこの話を読んだときに衝撃を受けたことも覚えています。


これをコーチング的にみるとどうなのかなと自問自答しています。
皆さんはどう思われましたか?



2007年03月29日05:00昔話から見つけるコーチング その2

「昔話から見つけるコーチング その2」

 

今日の担当は関端 桃子です。


今回は日本昔話の中の「きき耳ずきん」という話を取り上げます。


昔、山奥におじいさんが住んでいました。

ある日、おじいさんはきつねを助け、そのお礼にずきんをもらいます。

このずきんは、なんと草や木や、動物たちの声がみなわかる「きき耳ずきん」だったのです。

おじいさんがずきんをかぶって山へいくと、からすの声が聞こえてきて、長者どんの娘が病気で苦しんでいるのを知りました。

気の毒に思ったおじいさんは長者どんの家に行き、「きき耳ずきん」をかぶり耳をすましているとくすのきの声が聞こえてきました。

くすのきの根っこのところに長者どんの蔵がたっていて、くすのきを苦しめているというのです。それでお返しに長者どんの娘を苦しめて

いるのだと言う。「蔵さえどけてくれたら」とくすのきがうったえていました。

その通りにするとくすのきものびのびとできて、娘の病気もよくなりました。

長者どんからたくさんのお礼をもらったおじいさんは、ずきんをくれたきつねのところに、あぶらげをたくさん持っていきましたとさ。


というお話ですが、コーチング的にみるとどうでしょうか・・・

「きき耳」まさにそのままコーチングですね。

日ごろバーバルな部分に焦点をあててしまいがちですが、ノンバーバルな部分にこそ真実が隠されている。

声無き声を「きく」ということでしょうか・・・

私も「きき耳ずきん」が欲しい!と思います。

 

※バーバルとは 言語による伝達方法。 ノンバーバルとは 身振り、動作などの言語によらない伝達方法。



2007年02月15日05:00「昔話から見つけるコーチング その1」

今日の担当は関端 桃子です。


私は子供の頃から絵本や童話が大好きでよく読んでいました。その中の日本昔話で、特に印象に残っているものがあります。


題名は忘れてしまいましたが、こんな内容だったと思います。


昔、仲の悪い嫁と姑がいてしょっちゅうけんかをしていました。

ある時、我慢の限界を超えた姑が和尚さんに相談しました。
「あんなひどい人はみたことがない。どうにかしてもらいたい。」と、すると和尚はさんは「そんなにひどい人ならいい薬がある。」と言って姑に渡しました。


「これを嫁に分からないように食事に入れて飲ませれば、三日後には嫁はぽっくり逝く。」と「その代わり三日間は嫁にやさしく親切にしなさい。嫁の話しもよく聞くんですよ。」と付け足しました。姑は喜んで帰りました。

その後、今度は嫁が和尚さんのところに来て姑の相談をするのです。和尚さんは同じように薬を渡し、同じように言いました。

一日目、嫁も姑も最初はぎこちなかったが、三日間の辛抱と思いやさしく親切にして話しもよく聞きました。

二日目、嫁は姑にやさしく親切にすると、姑は嫁にさらにやさしく親切にしました。すると嫁は姑のことを、姑は嫁のことを、『もしかしたら本当はすごくいい人なんじゃないか』と思い始めました。そしてその思いはどんどんふくらんでいきました。

三日目、いてもたってもいられなくなって嫁も姑も和尚さんのところに走っていって「お願いだー、毒消しをくださーい。」と叫んでいました。和尚さんは「そろそろ来る頃だと思ったよ。渡した薬はただのうどん粉だよ。はっはっはっ・・・」と高らかに笑っていました。

嫁も姑も泣きながら抱き合って喜び、それからというもの毎日仲良く暮らしたとさ。


という話しですが、皆さんも良く知っているかと思います。

これをコーチング的にみると、私は「視点を変える」ことかなあ〜と思ったのですが、皆さんはどう思われましたか?



2007年01月02日05:00「さあ、今年は日本中に広めるぞー」

今日の担当は、関端桃子です。

昨年はおかげ様で、ワークブック(三友学習塾オリジナル)とコーチングの質問の手法を使っての子どもの想像力や発想力を引き出す「絵本つくり」を群馬県内に広めることができました。


というのも「この絵本つくり」で11月25日(土)に群馬県の「おすすめサービス賞」をいただいたからです。そして、群馬県庁の県民の広場で「おすすめサービス体験フェア」が開催されてその中で出展もしました。

最初の内は与えられたブースが狭かったこともあり、絵本を描くためのワークブックとすでに出来ている絵本の見本を展示して説明するだけでした。

ところが次から次へとやって来る子供たちの「絵本描いてみたい!」「やってみたい〜」という声に押されて、急遽場所を片付けてなんとか工夫してその場で「絵本つくり」を始めました。

所狭しと集まった子どもたちはワークブックを開いて、「これ何に見える?」「何しているの?」「何が起こったの? どうしたの?」「最後はどうなったの?」の質問に答えながら思い思いに描いていました。
場所が足りなくて予約する子どももたくさん出てきました。

そして、ここでも子どもたちの奇想天外なものやほのぼのとしたものやほんわかしたものなどいろいろな発想や想像力での絵本が誕生しました。

今までこの「絵本つくり」は東京、茨城などでもさせていただき好評を得ました。

 

「さあ、今年は日本中に広めるぞー」と意気込んでいます。


担当は、関端桃子でした。



2006年11月16日05:00歩道君(ほどうくん)と山の地面君(やまのじめんくん)

今日の担当は関端桃子です。


「歩道君(ほどうくん)と山の地面君(やまのじめんくん)」

 

これは小学校2年生が描いた絵本のタイトルです。

私が前橋で経営している三友(さんとも)学習塾の「絵本つくり教室」に参加している子の作品です。

皆さんはこの絵本のタイトルだけを見てどんな話を想像されますか?

この子はこの絵本を描きながら、とてつもなく大きな世界に入り込んでいたのです。

 


「絵本つくり教室」では4枚の絵から絵本が出来上がるワークブック(三友学習塾オリジナル)を使用しています。

 

このワークブックとコーチングの手法の質問を使って、子どもの想像力や発想力を引き出して、楽しんで絵本を描く教室をやっているのです。

 

この子は初級のワークブックから中級になったばかりでした。初級は「○」「△」「□」などを使って発想するものです。中級になると「直線」「波線」「曲線」などを使って発想します。この作品は中級の第1回目の「直線」を使って発想するワークブックを使用して作られました。

 

直線のワークブックは1ページは横線、2ページは縦線、3ページは斜め線、4ページは白紙になっています。この4ページから絵本を作るわけです。

 


この子はそれらの線を歩道や山の地面に見立てました。しかも歩道君も山の地面君もガッシガッシと歩くのです。いつもは遠く離れている歩道君と山の地面君が出かけて、久しぶりに出会ったという話です。

 

なんともまあ、奇抜でスケールがでかく、それでいて日本昔話を思わせるようなほのぼのとしたところもあって、いいなあこんな話と感心してしまいました。

 

うーん、この子も大物になるぞー!と私が確信した日でもありました。


担当は、関端桃子でした。



2006年09月30日05:00「めだまのはなし」

今日の担当は、関端桃子です。


 「めだまのはなし」             
これは小学校2年生が描いた絵本のタイトルです。

私が前橋で経営している三友学習塾の「絵本つくり教室」に参加している子の作品です。

この絵本を描いている最中、この子は本当に楽しそうに自分だけの世界にいました。短い時間で描き上げて満足そうに、周りの子どもたちの様子を見ていたのが印象的でした。

出来上がったこの「めだまのはなし」を読んだとき私はあまりのおもしろさとすごさでのけぞってしまったのです。何がおもしろくてすごいかというと奇抜な発想力といい、想像力といい、8歳の子がこんなことを考えるんだ〜と、私は一人でニタニタしてしまいました。

この子が特別な能力があるので絵本が描けたわけではなくて、その子がもともと持っているものが引き出されただけなんです。

子どもは一人一人すばらしいものを持っています。それを引き出す機会があるかないかの違いだけなのです。


「絵本つくり教室」では4枚の絵から絵本が出来上がるワークブック(三友学習塾オリジナル)を使用しています。このワークブックとコーチングの手法の質問を使って、子どもの想像力や発想力を引き出して、楽しんで絵本を描く教室をやっているのです。

子どもたちは絵本が出来上がる過程を純粋に楽しみ、結果的に出来た絵本は、いわばおまけみたいなものです。


「めだまのはなし」を始めとしてそれぞれの絵本を描いた子どもたち! この子たちは、将来きっと大物になるぞ! こんな子どもたちがいる日本 まだまだ捨てたもんじゃないぞ! いいぞ いいぞ!

こんな子どもたちを、たくさんこの教室から送り出したいものだと私は密かに思っているのです。


担当は、関端桃子でした。