ぶるーむリレー(゜゜ )☆\(^^ ;)☆\(`-´メ) ブログ!!

ぶるーむスタッフが日替わりで綴る、障害当事者とそれを支える健常スタッフの日常。

「減刑を望むことは自分を殺していいと同じこと」

こんにちは。

いまだにサーフィンをしている頃の夢を見て、起きることがあったりね。ギター弾きたいとか、筋トレしたいとかも思っちゃう。一人っきりになれることを望んでいたりもする。まだまだ運動するものとして甘ちゃんですね。

まぁ、でも、障害者が好きで介助者を使っているかって言ったら、使いたくて使っているわけではないし、ただ使わないと生きていけないから使っているというのがあって、使わず生きれるんだったら、まず使わないし、一人にはなりたいかも。

ということで、障害者の生きるってことで、税金の話をよく聞きますよね。

それは、俺たち障害者が税金で介助を得ているわけなので、それが無駄だということを言われるのは、今に始まったことではなくて、それはもう随分と昔から言われ続けてきたことですね。

ぶるーむの研修の中でも、生産性のない障害者が生きていることは、社会にとってマイナスでしかないという考えについてメガネ君がよく触れてますけど、社会の貧困問題や財政赤字が顕著になればなるほどこれは出てきます。それと、やはり動きづらい手足を見て、聞き取りづらい言語を見ていて不幸でしかないという決めつけが生きていることさえ無駄だと突き付けてきました。

その切り捨てを何度も何度もあびてきたし、不良な命ですっけ?いわれもないこの言葉は、今もやはりありますね。

例え言葉がうまく話せなくても、微笑み笑い、体いっぱい使って喜びを表現していたはずなんだけど、悲観した母親が不憫に思ってだとか、出生前診断という形を変えた優生思想だとか、(いろんな背景は置いといて)本人の意思のない殺されかたそれらが、まさにそれですよね。

確かに不自由さはあるし、だから、俺たち障害者は障害者であることを誰よりも自覚していたりもするわけで。だから、それもこれもすべて分かった上で生きたいってことを言っているし、青い芝の言葉を借りるなら、「ただこの命を強烈に燃焼させたい」それだけ。

そして、その命の燃焼は社会参加することが当然のこととしてなければならないし、それは、やはり社会参加こそが人として生きていくということであり、命一つ一つの可能性はそこでしか生まれないということがあるからですよね。

そうやって、人が人として生きることに無駄なものなんてないし。人の命よりも無駄なものってたくさんあって、ここじゃないでしょ。

でも、どんなに叫んでも、俺たち障害者は殺されてきたし、殺されている。そればかりか、「脳性麻痺の人が母親に殺された裁判で、同じ脳性麻痺の人がその母親への減刑を叫ぶ」とかもあって…

もう笑うしかなくなっちゃったりもするけど、まだそこからなんだなっていうことがあることも事実として受け止め、まあ結局は進むしかないんですけどね。

ゾノ

2ちゃんねる


友人からCILについて2ちゃんねるにスレッドがあると聞いたので覗いてみました。まあ予想どうり現在では差別用語とされている用語のオンパレード(笑)有名どころのCILも登場しています。まぁ書かれている事のほとんどが愚痴や根拠のない事なんですけど、中には、なるほど〜確かにな〜って事が書かれている事も。辞めていった人達が多く書き込んでいるみたいです。その中に出てくる話題の1つが、やっぱり税金の話なんですよ…
介助を使わないと普通に過ごせない人には、介助は当然の権利でしょ!障害者も国民なんだか、健康で文化的な生活は国が保障しなきゃダメでしょ!って月並みな事を言ってみますが、このお金の話ってある意味世間の正直な気持ちだと思うんですよね。俺達の税金使ってなんでそんな生活させなきゃいけないんだって。2ちゃんの中で書かれてたんですが、「自立、自立って言って、テレビ見ながら笑っている後ろで介助者が一生懸命皿洗ったり、掃除したり。これ介助じゃなくて家政婦だろ」確かに…「国が金出して家政婦派遣って、俺も使いたいわ!」確かに…「手が使えないからアレ取ってって言われてミスって落としたら弁償して!って…自己責任ってなんだ!」確かに…そりゃ辞めて愚痴りますよね(笑)ここにでてくる介助者の使い方してると書かれちゃいますよね。権利を主張するのは大いにけっこうですが…て事です。私生活をこんな風に書かれたりする事も問題なんですよ!でもこのご時世取り締まったりするのは難しいみたいです。この2ちゃんに書き込んでいる人達は、介助時間数削減には残念ながら賛成しちゃうでしょうね…このまま増えていけばそうなるんでしょうね。国民の比率に対して障害者は少数派ですからね。だから介助者に責任を取らせない、ちゃんとした介助の使い方しなきゃいけないみたいです。これからも障害者の主体性をもった地域生活の為に頑張らないとですね!2ちゃんねるに負けないように。
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会報の原稿 復刻版!! 5

JR九州 朽網駅一部無人化問題 さらに交渉継続中

 

田中 雄平

 

前号でもご報告したJR朽網駅の早朝夜間無人化問題。12月22日、北九州市の都市交通の部署の方に来所いただき、経緯と現状を共有していただきました。

朽網駅は北九州空港の玄関駅であり、無人化は空港の便利さにも少なからず影響を及ぼします。また駅のバリアフリー化に市は補助金を出しているので、その点でも、市としてJR九州に対応の改善を働きかけたいとのことでした。

 

都市交通の部署の方が帰られた後、引き続きJR九州との4回目の話し合いを持ちました。結論からいうと、JR九州の回答は、前回と変わらず、「駅員のいない時間帯は駅員がいる隣接の下曽根駅をご利用ください。」というものでした。

すなわち、朽網駅に駅員の再配置は出来ない、代わりの措置として、車掌・運転士によるスロープ設置も、時間どおりの電車運行に支障が出る恐れがあるから出来ないとの一点張りで、話し合いは平行線のまま終わりました。

 

4月に施行される障害者差別解消法(以下、「差別解消法」といいます。)に基づいて示された国土交通省の対応指針(国土交通省所管事業における障害を理由とする差別の解消の推進に関する対応指針)によりますと、正当な理由があるため不当な差別的取扱いにあたらないと考えられる事例として、「車いす等を使用して列車に乗車する場合、段差が存在し、係員が補助を行っても上下移動が困難等の理由により、利用可能駅・利用可能列車・利用可能時間等の必要最小限の利用条件を示す。」が挙げられています。

 

「無人駅の利用希望を受けたときに駅員のいる隣接駅利用を案内することは、この規定に該当するから、不当な差別的取扱いにはあたらない。」とするのがJR九州の言い分です。

 

 

 

しかし、隣接駅利用を案内することが、本当に「必要最小限」の利用条件と言えるのでしょうか。結局は解釈の問題ですが、とても疑問です。この対応ではほとんどの障害者(車いすユーザー)が、鉄道利用を諦めるでしょう。乗客を目的地の最寄駅まで運ぶことが鉄道の役目なのですから。

話し合い中は冷静を保つよう努めましたが、今になって、むなしさと悔しさが込み上げてきます。

 

国連の障害者権利条約(以下、「条約」といいます。)は、心身の機能だけでなく、社会の側にある様々なルール(障壁)が障害者を障害者にしていると言っています。そして、これまで社会発展の恩恵の外に追いやられてきた障害者(注1)が障害のない人たちと同じスタートラインに立てるよう、社会に対して合理的配慮の提供を求めています。

 

この条約を受けて作られたのが差別解消法です。安易にスロープ設置を拒むJR九州の対応は、差別解消法が出来たいきさつを無視していますし、この対応が認められるなら、障害者はいつまでたっても一人前の人間にはなれません。

 

差別解消法には、大臣が「事業者に対し、報告を求め、又は助言、指導若しくは勧告をすることができる。」という規定があるので(12条)、ぶるーむは、全国の自立生活センターと連携して国土交通省にも働きかけていきます。また、鉄道駅の無人化は九州全体の問題ですから、九州の自立生活センターとも協力していきたいと思います。

(了)

(注1)公共交通機関のほとんどは、長い間、障害者の利用を想定しないで整備されてきました。


※この原稿は2016年冬の時点のものです。

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