ぶるーむリレー(゜゜ )☆\(^^ ;)☆\(`-´メ) ブログ!!

ぶるーむスタッフが日替わりで綴る、障害当事者とそれを支える健常スタッフの日常。

仕事より活動?活動より仕事?仕事が活動?活動が仕事?

あっどーも。

相変わらず悩んでいます。

障害者の活動に期待という価値をどうやったらわかってもらえるのかと。



障害があってよかったことはなくとも、生きててよかったと言える。思える。

そんな日々を共に。

ゾノ

こんなおれでもあるんです。子供扱いされること。

「給料安くて人手も限られ重労働、そんな介護現場の悲痛な叫び。ありがとうの言葉になんとか支えられている」的な番組のパターンはもうよくない?

国が社会保障費を削らず給料保障をもっと考えれば人手増やせて給料あげれるとか、そんな風に伝えてよ。

あっ介護現場にお金落としてどうすんの?って思ってんのか、結局は。

ってことで、障害者の絡むニュースって、たまにありますよね。

そこの一般の人のコメントって読んだりします?

ここを読むと障害者を受け入れようよ的なものは、園長先生や校長先生、どこぞの社長や政治家が言ってるうわべだけの言葉の通りなんだと思います。

園児や学生、社員や市民は自分らに関わることがないようにと願ってるし、だから、そこに敢えて身を落とす人は褒められるという…これが現実なんだよね。

どうやったら本気で関わっていけるんでしょうね。

R-1?

いやいや、秀でたものがなくてもさ。

ゾノ

あたり前って、こわい

そう思うことって日常茶飯事でして。

「待ち合わせに遅れるときは連絡いれる」とか「遅れたら、ごめんを言おう」

ってこれは、まぁあたり前のことですけど、怒られないし求められなければ、連絡しないわ、謝らないわがあたり前になり、こっちのほうがその人のにとってのあたり前ってことになります。

だから、障害者というか誰かにとってのあたり前って、何なのかよくわかんないときがある…。

それだけ、周りが押し付けてくるあたり前っていうのもあるし、自分だけではどうしようもないこともあるんで、出会いとか運もあるのかなと。笑

また違う角度として、どうでもいいあたり前って言うのもあって、

おれはよくバスを使って移動するんだけど、車椅子だと必ず乗るときに「どこまで行きますか?」と聞かれます。

なんでいちいち毎回、言わないといけないんだと思うし、面倒くさいと思いながらも、降りる場所を聞いとかないといけなくなる運転手の都合を知っているから、聞かれたら毎回伝えるようにはしている。

でも、たまに聞いてこない人もまれにいて、まぁこれがあたり前なんだけど、これがまた面倒くさかったりするんです。

それが、降りる際に「ここで降ります」と伝えると、「スロープ出せそうにないから…」と動きなおすという展開に必ずなるわけです。

…これはこれで、やたら時間がかかったりして、面倒くさい。

で、こないだたまにいる聞いてこない運転手に遭遇…

あれ、なんかおれソワソワしてる。笑

聞かれたら面倒くさい。でも、聞かれないのも面倒くさい。

いちいち乗っかってやらないとうまくいかないというか。

とりあえず、どのバス停であってもスロープがでる意識をもって運転せーよ。と念をおくって失敗したわけでした。

ゾノ
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