「花も嵐も寅次郎」1◇山田洋次監督

◆渥美清、田中裕子、沢田研二、倍賞千恵子、前田吟、下条正巳、三崎千恵子、太宰久雄、内田朝雄、朝丘雪路、児島美ゆき、馬渕晴子、佐藤蛾次郎、笠智衆

 

 葛飾柴又の「とらや」の店の奥の座敷から表の参道(商店街)を見通すカメラ・アングルだと、真向かいに土産物屋の「江戸屋」の店先が見える。寅次郎が「とらや」へ帰ってくる場面ではいつもこのアングルで、ちょっと気恥しげなポーズで入ってくる。素直に「帰ったよ」とも言わないで入ってくるときもあるし、通行人や車の陰に隠れるようにして入りにくそうにしているのを目ざとく見つけた妹さくらに呼び入れられる時もある。

30作『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』では、寅次郎は「とらや」に入る前に幼馴染で「江戸屋」の娘の桃枝(朝丘雪路)とばったり顔を合わせ、とうに結婚しているのに蓮っ葉すぎる桃枝と抱き合わんばかりにじゃれ合いながら挨拶を辺り憚らぬ大声で交わす。奥の座敷でそれを見ていたおいちゃん(下条正巳)はなんともいえぬ苦い顔をする。

おいちゃんのこの苦い表情はかなり違和感がある。寅次郎が長く帰ってこないと心配そうな言葉を洩らすくせに、帰ってくると口喧嘩になる二人だが、それはお互い気ごころを許し合っているからだ。初代の森川信のおいちゃんなら、顔はしかめても「しょうがない奴だな」という感じの呆れ顔をして見せただろう。それだったら、心の底に寅次郎への愛情があることが観客にもわかる。下条正巳のおいちゃんのようなリアリスティックな苦い顔では、それが全く感じられない。そこが喜劇としてはまずい。

「花も嵐も寅次郎」3ともあれ、寅次郎が「とらや」の中へ戻って来たあと、帝釈天の御前さまからの貰い物のマツタケでおばちゃんが作ったマツタケご飯と茶碗蒸しを皆で食べ始めた時、寅次郎が「マツタケが入ってない」と言ってさもしい行為をするので家族と口げんかになり、おいちゃんが寅次郎に苦言を呈して実に苦々しそうな表情をする。その表情が尋常ではない。心の底には愛情を秘めているというような気配は微塵も見えない。

くどいようだが、ここが軽喜劇畑出身の森川信のおいちゃんと、新劇畑出身の下条正巳のおいちゃんの根本的な相違点であり、この大河喜劇シリーズでは観客に違和感を覚えさせる演技スタイルなのである。

おいちゃんに「出ていけ」と怒鳴られ、「それを言っちゃあおしまいよ」と言って「とらや」を飛び出した寅次郎は、旅先の大分県・湯平温泉の安宿で、母親の遺骨を墓へ納めに来た東京の動物園飼育係の青年・三郎(沢田研二)、女友達とアンノン族的な旅行を楽しんでいた百貨店店員の蛍子(田中裕子)と泊まり合わせ、この宿で女中をしていたという三郎の母親の慰霊式を寅次郎が世話を焼いて宿で実現させてやり、蛍子らも参列に誘った縁で、4人は三郎の車で近辺の短い旅行を楽しんで別れるが、寅次郎はなぜか三郎の車に同乗して九州から「とらや」まで飲まず食わずで戻ってくる。

「花も嵐も寅次郎」4別れたものの蛍子に一目惚れしたことを三郎が寅次郎に告白したので、二人が共に東京に住んでいるのを幸いに、不器用で女性への対応に不慣れな三郎のために寅次郎が恋の仲立ち役を買って出る。その甲斐あって二人が結婚を決意、その報告に二人揃って「とらや」へやって来るという連絡があったが、寅次郎は二人が着く直前に旅に出てしまう。

キューピッド役に徹していたように見えても、寅次郎は蛍子に惚れていたのかも知れない。いや、惚れていたのに違いない。親子ほどの歳の差を自覚したキューピッド役の決断ではあっても、やっぱりこれは寅次郎失恋物語なのだろう。

☆☆☆