◇ウィリアム・ワイラー監督

◆チャールトン・ヘストン、ジャック・ホーキンス、ヒュー・グリフィス、スティーヴン・ボイド、ハイヤ・ハラリート、マーサ・スコット、キャシー・オドネル

 

 ウィリアム・ワイラーという映像作家の力量は底が知れない。いかなる素材を取り上げても駄作に終わることがないとは誰しも言うことだが、実際、ワイラーが扱う素材やテーマの幅の広さは余人の追随を許さず、にもかかわらず完成した作品が間に合わせのような底の浅いものではなく芸術的にも娯楽作品としても極めて完成度の高いものであることは驚くばかりである。

例えば、第二次世界大戦の復員兵三人三様の生き方を描いた『我等の生涯の裁量の年』(1946)で戦後の混乱期にアメリカ国民に生きる指針を与えて時代への即応力を見せたかと思えば、『ローマの休日』(1953年)のような現代のお伽噺風なものを作ってもちゃんと大人の鑑賞に堪える恋愛映画に仕上げるし、『大いなる西部』(1958)では凡百の西部劇から一頭地を抜くスケールの大きい大西部の人間ドラマを展開して見せるといった具合である。

「ベン・ハー」2これに続いて撮った『ベン・ハー』はイエス・キリストが生きていた紀元1世紀の古代ローマ帝国領を舞台にした史劇で、もっと俗な言い方をすればコスチューム・プレイだが、そういう枠組みを超えた民族同士の愛と憎しみの相克ドラマに仕上げている。ウィリアム・ワイラーはこの作品で3度目のアカデミー賞を受賞した。

ウィリアム・ワイラー監督としては芸術的野心よりも娯楽大作としての成功を重視して情熱を傾けた作品ではないかと思われる。というのは、地中海での船団同士の戦闘シーンと、四頭立て馬車による国別対抗競馬シーンという二つの大規模なスペクタクルが見せ場になっているからそう思えるのだが、そういうスペクタクルを度外視しても、キリストの奇跡と受難という縦筋に、当時はローマ帝国の属領であったユダヤの王族であるベン・ハー(チャールトン・ヘストン)とその家族の受難という横筋を絡めた通俗的な、しかし波乱万丈の受難劇なのである。ベン・ハーはわずかな咎で捕らえられてローマ帝国の奴隷とされ、奴隷船の漕ぎ手として使役されるが、ローマ帝国の将軍の命を救ったのが縁で、その養子となり、やがて離散していた母と妹にも再会する。

「ベン・ハー」1ついでながら、ストーリーもスケールが大きくて変化に富んでいるのだが、国別対抗競馬シーン(写真=左)が最大の見せ場であることは否定できない。現在ならコンピューター加工のヴァーチャル映像で思いのままの映像が創り出せるだろうが、そんなものがなかった時代にこれほど迫力のある映像を撮ったというのは驚異である。

南北戦争時代の北軍の将軍だったルー・ウォーレスのベストセラー小説の3度目の映画化で、原題が“BEN-HURA TALE OF THE CHRIST”ということから推測すると、原作はやはりキリストの受難が物語の重要な核心になっているのだろう。しかし、ワイラー監督はキリストの受難は小さなエピソードとして脇へ押しやり、ベン・ハーの受難と復活を波乱万丈の冒険譚として描いている。しかも月並みな冒険物語で終わらせず、ベン・ハーの人間的な苦悩を掘り下げて描いたところにウィリアム・ワイラーの並々ならぬ意欲と手腕を感じ取ることができる。

ワイラーは芸術家肌ではないとは無論言えないが、むしろ名人肌の職人だと言う方がふさわしいような気がする。この映画は空前の興行成績を挙げ、倒産寸前の製作会社MGMを立ち直らせたそうである。 

    ☆☆☆☆