◇ビリー・ワイルダー監督

◆ジャック・レモン、シャーリー・マクレーン、フレッド・マクマレイ、レイ・ウォルストン、ジャック・クラッシェン、デヴィッド・ルイス、ジョアン・ジョリー

 

アパートの鍵貸します4 名匠ビリー・ワイルダーには『サンセット大通り』(1950)のようなシリアス・ドラマの秀作や、『情婦』(1957)のような鮮やかなどんでん返しの構成を持った法廷サスペンス・ドラマの傑作もあるが、やはりソフィスティケイテッド・コメディが彼の本領と言うべきだろう。

ワイルダーは、ドイツ出身で後にナチス・ドイツを嫌ってハリウッドへ移ってソフィスティケイテッド映画を得意にした映画監督エルンスト・ルビッチに私淑し、エルンスト・ルビッチを「自分が最も影響を受けた映画監督」と評価していたからである。

ワイルダーは1959年に『お熱いのがお好き』、翌60年に『アパートの鍵貸します』と2年連続でソフィスティケイテッド・コメディを製作した。両作品ともロマンチック・コメディと呼ぶ向きもあるが、どちらかといえば、その前の『昼下がりの情事』(1957)と併せて艶笑喜劇と呼ぶのがふさわしい。いずれも名コンビと言うべきI.A.L.ダイアモンドとワイルダーの共同脚本である。

アパートの鍵貸します3『アパートの鍵貸します』はアカデミー賞の作品賞・監督賞・脚色賞・編集賞・美術賞(モノクロ部門)の5部門を制覇して賞の上では『お熱いのがお好き』を凌駕しているが、日本では『お熱いのがお好き』を上位に推すファンが多く、甲乙つけ難い。この両作品をワイルダーが映画作りの職人としての真価を発揮した代表作と見ていいだろう。

『アパートの鍵貸します』の特色はペーソスが色濃く感じられることである。そして、それが喜劇味を底上げすることに寄与し、喜劇味が洗練されているからペーソスも際立つという相乗効果が出ている。

主人公の保険会社社員バクスター(ジャック・レモン)が社の幹部たちの色事のために自分のアパートアパートの鍵貸します2の部屋を貸すのは昇進という餌につられるからである。そこに従業員3万人を超える大会社の平社員としてのバクスターの人生の悲哀がある。バクスターは並はずれた立身出世主義者というわけではないし、部屋を濡れ事に借りる上司たちに何か弱みを握られているわけでもない。ただ机を並べる無数の同僚たちの中に埋没している現状から脱出したいというささやかな願望を持っているだけである。

上司たちに貸す自室の鍵は、バクスターの屈辱感のシンボルと見ることができる。いつも控えめなバクスターが最後に、部屋を借りる代償に彼を昇進させた人事部長に啖呵を切って会社を辞めていくところ、そして人事部長の浮気の相手であり自分が密かに恋していたエレベーターガールのフラン(シャーリー・マクレーン)に恋を告白するところは一見ハッピーエンドのように見え、カタルシスを感じさせる。──この時点で二人とも失職していて明るい将来が待っているわけではないにもかかわらず、である。人生の哀歓をほろ苦い笑いに包んで見せるワイルダーの職人芸が光る。

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