2015年07月27日

世に逆らうほど若くないけど

このままいても何も始まらない


っていう歌いだしの歌を、最近よく聴く。
僕の好きなプロ野球チームの、ある選手の応援歌の原曲なのだが、自分自身若くない年代になってきて、妙に納得というか、共感するものがあったりする。

若い時のようにパワフルではないが、それなりに「とがっている」くらいを目指すのも、良いのかもしれない。

新しいアイデアとかを生み出すには、画一的でいるよりも、多少とがっている方が案外出てくるものなのだ。
もちろん、大抵のアイデアはボツになるけれど、時折出てくるホームラン級のアイデアを拾っていけば、トータルで十分プラスになっていると思う。

なんというか、そういう姿勢が今の職場にも必要な気がしてならない。
でも、ほとんどの人は組織の傘に身を守られて、そこに安穏としているように感じる。

本当に、それであなたは幸せかい?
本当に、そこに自分らしさは存在してるかい?

そんな疑問を日々持ちながら、自分は自分の生き方をしていこう。

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2015年07月10日

「マニュアル化」と「個性」の狭間

今の仕事と以前の仕事では、会社そのものの規模も違っていて、今の方が断然大きい。

それゆえ、様々な面でマニュアルが存在する。
以前の会社でも存在はしていたが、量が圧倒的に違っていて、今の方がマニュアルに追われている感が強い。

そうなると、全体的に個性がなくなって、「誰がやってもそこそこのクオリティ」になっている。
もちろんそれ自体は良いことだし(質の担保、という意味で)、どんな組織であれ一定の質はなければならないと思うが、一方で良い意味での「はみ出し者」が生まれにくい土壌にある。

そして、当の自分はどちらかというとはみ出したいタイプ。他の人にはないもの、他の人がしていないことに目が行くタイプである。
「規模が大きいのははじめから分かっているんだから、最初からこうなることは分かっていたのでは?」という指摘もあるだろうが、正直予想以上だった感は否めない。

かといって、別に逃げ出したいわけではなく、そんな組織の中にあっていかにはみ出せるかを模索する今日この頃。

人と同じ、っておもんないでしょ。

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2013年04月14日

「20年ほど」がもたらしたもの

早朝に地震があり、目をさました人も多かったはず。
僕自身その1人で、幾分長い揺れにいささかの恐怖を感じました。

かつて起こった阪神・淡路大震災を経験した身としては、「もしかして、あの再来なのか!?」と訝ると同時に、トラウマが蘇りもしました。

大震災の当時、僕は大阪に住んでいましたが、少し前まで神戸にいたこともあり、「まかり間違えば命を失っていたのでは」という思いと、「地震は何の前触れもなく、無防備なタイミングでも起こりうる」という事実は、小学生だったなりにも恐怖でしかありませんでした。

それゆえ今回も一瞬、あの時のような事態になるのでは…と思いましたが、ニュースを見て規模を知ってひと安心。M6.3でひと安心ってのもおかしな話ですが。


そして被害の状況を知るに、けが人レベルで済んだことに驚き。あの時とは確かに規模も、起こった時期や場所もまったく異なるので比較はできませんが、それでも直下型の、最大震度が6弱でけが人レベルとは…と驚嘆しました。


よく不景気だの、失われた○○年だの言われますが、現実に科学技術においての進歩は相当なものだと思います。今回にしても耐震・免震設計の進歩は少なからず影響しているでしょうし、緊急地震速報にしても、(直下型ゆえ震源近くでは恩恵はありませんが)けが人を減らすのに一役立ってはいるのでしょう。改めて、この20年ほどの進歩には、ただただ驚かされます。続きを読む

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2012年09月30日

「意識」と「無意識」

かるたの大会に戻ってから、3つの大会に出ました。

2つは個人戦で、1つは団体戦。
個人戦はリハビリみたいな位置づけで出場して、自分なりに納得できる部分もいくつか。
けど、団体戦はまったくダメで、依然としてチームに貢献できない人間のまま。

その試合を終えてからは2カ月ほどまったく練習できず、9月からまた練習再開。
当然、春先につかみかけていたものすら失い、また基本から積み上げざるを得ない状況。

最近練習をしていて感じているのは、「学生時代には意識していなくてもできていたことが、今は意識をする必要がある」ということ。

構えにしてもタイミングにしても、ふと気を抜くとバラバラになってしまうという現実。
「またこんなしょうもない次元から意識せんとあかんのか・・・」と嘆く時もしばしば。


大学の時に自分の中でテーマにしていた「無意識を意識してできるようにする」というのは、どうも一定以上の量によって初めて成立しうるものなのかもしれません。

僕個人は経験(or経験値)は質と量で決まると考えていますが、双方最低限のものはいるらしい。閾値みたいなもんでしょうか。続きを読む

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2012年05月20日

復帰戦

前回の記事から、ずいぶんと日をあけてしまいました。

GWがあけてからというもの、あまり休むことができずにきてしまいました。
ま、そんなの何の言い訳にもならないわけですが。。


さて、今回は4月に復帰したかるたについてです。

別のSNSでは何人かの方に報告させていただきましたが、4月に復帰した大会で、運よく1つ勝つことができました。公式の個人戦は3年ぶり、練習レベルですら8カ月以上何にもしてこなかっただけに、正直驚きました。

ただ、かねてより「札に触れないなりにやれることはある」と思って過ごしてきただけに、そのあたりの一端が試合で示すことができたのは自分にとってもほっとすることでもありました。


かるたにおいて重要な要素にスピードがあるのは言うまでもありません。大学2年くらいまでは僕もスピードに重きを置いて練習していました。

ただ、それが3年あたりからいろいろな要素を取り入れるようになりました。

もともとかるたの他にもスポーツ観戦が趣味の自分にとって、他のスポーツから学ぶことは多々ありました。その中でも特に参考にしていたのが、野球です。

投手でいくら球が速くても打たれる場合もある。コントロールが必要であったり、変化球との組み合わせが必要であったり。そうした要素もないと一流投手にはなれません。

かるたにおいてもコントロール(払いの正確性)は重要ですが、もうひとつの「組み合わせ」の部分を、主に参考にしていました。

むろん野球における考えをそっくりそのままかるたに取り入れることはできないのですが、自分なりに意識したのは「自分のスピードを最大限に生かすためには、どうすればいいのか」ということでした。続きを読む

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