2013年09月20日

◎日蓮宗のプレスリリース制度が曲がり角

 日蓮宗宗務印が今年度から始めた「プレスリリース配信システム」が曲がり角を迎えている。寺院の行事などを各メディアにリリースできるよう宗務院で情報を取りまとめ発信するものだが、各寺院からあまり情報が集まっていない。
 全国寺院がお祭りや講座、季節の話題などの情報を送付し、宗務印でプレスリリースにまとめ、全国紙、地方紙、テレビ局などさまざまな媒体に毎月配信する。掲載確認や取材取り次ぎも宗務院で調整するが、4月の開始から寄せられた情報は数件で、リリースは6月と7月の2回のみ。
 「このままだと廃止も視野に入れざるを得ない」との悲観論もあるようだが、個々の寺院でマスコミにリリースを出すことは難しく、広く情報発信したい寺院にとって重要なツールであることは事実。担当者は「これまで宗報で告知してきたが、より多くの教師に知らせる方法を考えていく」と話している。(中外日報2013年9月19日)  
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2013年01月26日

◎ソーシャル・ネットワークをテーマに、「世界広報の日」教皇メッセージ


  
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◎大日本印刷が電子書籍を紹介するショールーム開設

 大日本印刷(DNP)は1月23日、東京・新宿区のDNP市ヶ谷田町ビルに、電子書籍や電子絵本の閲覧など、同社の製品やサービスを体験できる一般向けのショールーム「コミニケーションプラザ ドットDNP」を開設した。(130123)  
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2012年12月07日

●雑誌を読む(2012年12月)

――あけぼの――
将来の救いの実現信じ
「自死」に正しい理解を
――信徒の友――


 クリスマスを控えて、各誌も特集を組む。そのタイトルをまとめると「闇に住む民に輝く救いの光」となる。今、日本がそして世界が置かれた状況のただ中に救い主が誕生された、そこに喜びを見出したい、と思いつつ、立ち読みする。


あけぼの(12月号=聖パウロ女子修道会・03・3479・1448)特集『クリスマス』。イエズス会司祭の英隆一朗が『小さな希望のしるし』で、≪去年に引き続き、東北の多くの人は震災後の痛手や苦しみを引きずりながら、クリスマスを迎えることになる≫として、≪仮設で暮らしている人、原発事故から自主避難している人びとにとって、心から喜んでお祝いできる日がいつになったら来るのだろうか。復興が遅々として進まない現状を見ていると、私も暗澹たる気持ちになってしまう≫と言う。そしてイエスが生まれた約二千年前の人びとは、イエスの誕生をどのように受け取ったのだろうか、と問い、≪学者たちも羊飼いたちも王や救い主に会うつもりが、飼い葉桶に寝ている乳飲み子を見つけただけだった。……直接に救いを体験したわけでない。かといって、全く落胆したわけでもなかった。……では、そのとき、彼らが体験したことは何だったのだろうか。それを一言で言い表すならば、「希望」であった。希望とは、将来の救いの実現を信じ、それがまだ来ていなくても、前向きに現在を歩んでいく力の源である。学者も羊飼いもすぐに主メシアの救いに与ったわけではないが、将来に向けて大いなる希望が与えられたのである。救い主が登場するまでの三十年という歳月はかなり長い。ほとんど一世代が交代する年月である。博士たちや羊飼いたちの中には、救い主イエスの姿を見ることなく、その教えも聞くことなく、天に召された人が多かったに違いない。それでもなお、彼らの心には希望が刻印され、現在の苦難を乗り越えていく力が与えられていたのだ≫と。
     ◇
信徒の友(12月号=日本キリスト教団出版局・03・3204・0422)シリーズ『自死を考える』。≪自死遺族の方の中には、自分の悲しみや苦しみを表に出さないで心の中にしまいこんでいる人が多く、自死だったことを周囲に言えない方もいます。それは、話すことで拒絶され、批判され、興味本位に問いかけられることを恐れているためです。……残念ですが、日本の社会では、教会においてでさえ、まだ、自死に対して関わりたくないという雰囲気があります。隣にいるかもしれない自死遺族の方の悲しみに寄り添うためには、教会を通して「自死」について正しい理解を発信していることが大切です。信徒も人ごとでなく考えることが求められているのではないでしょうか≫と、カウンセラーでカトリック麹町教会信徒の西浦加代子。
 77歳で日本基督教団総幹事に就任した内藤留幸。5年半の務めを終えた。『神に呼ばれて』で≪教団の教務と事務のすべてを円滑に遂行する総幹事の大役に、私は牧会の現場でも貫いてきた正攻法で取り組んできました。それはキリストの教会はどうあるべきか、という判断基準です。御言葉に聴く、教会の歴史から学ぶ、現在の規則を守る、この三つの視点に立ち、あとは常にATM(=明るく、楽しく、前向きに)です。これがイエスさまと私との、これからも変わることのない伝道の合い言葉です≫と。
     ◇
福音と世界(12月号=新教出版社・03・3260・6148)『アジアのイエス――アシュラム運動から学ぶこと』で神学者のC・S・ソン(宋泉盛)がマザー・テレサに触れて≪死後に公表された彼女の「告白」によると、彼女はローマ・カトリック教会の教義上の制約を打ち破れなかったといいます。マザー・テレサは、ローマ・カトリック教会につけられた足枷を外すことのできない忠実なカトリック信徒でした。彼女に足りなかったのは、神に祈り、直接聞くことでした。これは彼女だけではなく、カトリックであれ、プロテスタントであれ、私たちクリスチャンのほとんどに共通する課題です。……彼女の精神は生涯にわたり、深く苦しんでいました。私の知る限りでは、マザー・テレサの深い苦しみは、ローマ・カトリックの伝統的な信仰と神学によるものでした。しかし、彼女はインドで使命を果たしました。教会から受け継いだ信仰と神学から自由になれたら、どんなによかったことでしょう! ですが、マザー・テレサが、インドの貧しい人、病める人、死にゆく人のために行ったことに、イエスが何と言うか、私たちは知ることができます。大事なのはこれだけです。彼女が、教会に教わった方法で神の声を聞いたのではなく、微笑む貧しい人、癒された病気の人、安らかに死ぬ人、彼女が仕えた無数の男女や子供に接しながら、神の声を聞いたのだと願います≫(翻訳=濱川理紗)と。
 作曲家=指揮者で東京大学大学院情報学環准教授の伊東乾が連載してきた『交響する啓典の民』が最終回。『開かれた神学を目指して』で≪この連載を始めた当初の目論見は宗教間対話だった。とりわけ9・11同時多発テロ以降、長年のパレスチナ情勢以上にユダヤ教・キリスト教とイスラム教という、同じ啓典を頂く三宗教徒の間で地球上の主要な暴力紛争が戦われていると言ってよい21世紀初頭の国際情勢下、いかにして私たちは平和裡の共存が可能であるのか? いってみれば、啓典の民全体を大きく括る「拡大されたエキュメニズム」といったものを考えたのだ≫と記す。しかしそのような対話を「日本のクリスチャンの雑誌」に掲載するとなると、話が違ってくる、として≪連載の方向全体から考え直すことになった。また、こうした他宗教の反応から「日本のクリスチャン」が逆に見えて来た側面がある≫と。そして≪国際的な場で神学の議論をするのと、日本国内のそれとの間に、大きな隔たりがあるように思われてならない≫と言い、アフリカのルワンダでの経験を語る。≪難民キャンプで生まれた優秀な若者が奨学金でストックホルムやジュネーヴ、ロンドンやパリに留学し、きわめて実践的な神学で博士号を取得後、故国の平和的な再建に努力している。彼らの学位論文は、現実に目の前で起こった集団殺人や強姦の実行犯に対して、どのような「赦し」や「正義」が可能であるか、新約旧約を駆使して論理を構築し、実際に現在も荒廃したままの国土債権(ママ)に加害者も被害者も結果的に手を携えられる知を導き出す。そのような論文で神学博士号を取得し、現実社会に生きる活動に日夜精魂を傾けている。……こうした現場を見、関係者と親しく交わり、帰国して改めて日本国内のキリスト教、神学をめぐる状況を見れば、著しい温度差を感じないわけにはゆかない≫と。
     ◇
Ministry(秋号=キリスト新聞社・筍娃苅検Γ苅横粥Γ横娃僑掘貌箪検悒札鵐札い燭舛離螢▲襦宗蹴惺擦閥飢颪隆屐戞「毎年多くの卒業生たちを輩出している全国のキリスト教主義学校。しかし、学校で礼拝に参加し、聖書を読み、賛美歌を歌い、キリスト教に触れた生徒たちが教会の門をくぐることは多くない」という現実を踏まえた企画。『「聖書科」教師座談会』で、女子学院中学校・高等学校の魚屋義明、横浜英和女学院中学高等学校の鬼形惠子、国際基督教大学高等学校の有馬平吉が、授業としてのキリスト教、学校の礼拝、教会の受け入れについて語る。傾聴すべきことが多く、紹介しきれないのが残念。中学1年の生徒が2人連れだって、初めて教会に行ったところ、受付の方に「ここは子どもの来るところではないから、帰りなさい」と言われたとの話は、日本の教会の中にはいかにもありそうだ、と妙にうなずかされた。特に中高生は微妙な年齢なのに、≪教会の若い人が減っているという言葉を聞きますが、若者も含めて、新しい人が来たとき、どう迎え、受け入れるのか、そうした意識が弱いと、排他的にも感じられるのだと思います≫との指摘は痛い。(こ)

  
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●雑誌を読む(2012年11月)

――福音宣教――
人びとに希望与える道
遠くあることの無力感
――福音と世界――


 現実という最前線に立たされるキリスト者、と各誌の記事を読み、改めて思わされる。それもある時、ある瞬間のことではない。そのことに目を背けてはならない、とあたかも主イエスから言われたように武者震いする。今月もまた立ち読みだけではもったいない。


福音宣教(11月号=オリエンス宗教研究所・03・3322・7601)特集『現代世界と教会の未来』。真生会館理事長・前東京補佐司教の森一弘が『時代へのチャレンジ精神』と『第二バチカン公会議の実り』について《公会議を振り返り、その学びを深めていくことの重要性について過小評価するつもりはない。しかし、五十年前の公会議について学んでいくことには限界があることに注意を促したい》と切り出す。《その主目的は、あくまでも教会自身の刷新》だったとして、《現代の教会には、教会の刷新よりも、もっともっと重要な課題が突き付けられていると思うからである》と言う。
 《公会議前の教会は、自らを高みに置き、上からの目線で社会の営みを否定的に捉え、諸宗教やプロテスタント諸教派を断罪したりする一方で、二つの世界大戦によって殺戮と破壊が行われ、人びとは悲惨な状況に追いやられている現実に対しては、正戦論を肯定し、愛国心を説き、「戦争」という悪に断固とした姿勢を示さず、手を拱いているだけの存在だったのである。公会議は、そうした教会の刷新のために招集されたのである》と。
 さらに《私は、ここで何よりも強調したいことは、ヨハネ二十三世や公会議に参加した司教たちを、教会の刷新に駆り立てた動機についてである。現代の私たちが、学ばなければならない最も重要なものが、そこにある》として《公会議が開催されてから半世紀経った今も、教会の刷新が思うように進まず、多くの課題が残されていることは重々承知しているが、今、教会がチャレンジしなければならないことは、自らの刷新よりも、源泉に戻って、福音書に示されたキリストについての理解を深め、真摯に世界と向き合い、複雑で重い課題を背負ってもがき苦しむ現代の人びとに希望を与える道を探ることではないだろうか》と。
 連載『東日本大震災が問いかけるもの』で、カリタスジャパン事務局長の田所功が、教会の行う支援活動の特徴を「災害が起こる前から、救援・復興活動が行われている間も、復興が終わった後もいつもそこにともにいる」ことにあると思う、と言う。《多くの支援団体は災害が起きた後に外からやってきて、ある程度の期間活動するとまた帰っていくが、いわば「帰る所のない」のが教会の支援活動なのかもしれない》と。
 連載『障害と信仰について語る』で、前ロゴス点字図書館館長の橋本宗明が、失明したスタジオカメラマンの職場復帰運動に触れ、当時の視覚障害者を取り巻く環境を《晴眼者は盲人の生活実態をほとんど知らないということだった。盲人社会(スラングでは「盲界」)は、一般社会の中にありながら、実は二重社会になっていて、両者の間は透明な幕で仕切られているのだ。同じ空気を吸い、同じ言葉を使いながら、私たちはエトランゼなのだ》と描き出す。
 《視覚障害児、ないし学齢期間中に失明した子どもは盲学校に入り、高等部五年間で、あん摩・鍼・灸師(あはき師)の勉強をし、資格試験を受ける……こうした状況、つまり「普通の」盲人は、「あはき」の個人開業に「囲い込」まれて行く、ということに私たちは強い不満(むしろ憤りに近い思い)を持っていた。「目が見えなければ、みんなあん摩さんになる(させられる)」というのは、日本社会が何百年もの間、盲人たちに強いてきた差別だ》と訴える。
 さらに障害者団体が、この職場復帰運動の中で果たした役割について、この訴えの理論的支柱を提供したこと、と振り返ると共に、《「一人はみんなのために、みんなは一人のために」いつも言われてきた民主主義の大原則に基づいたフレーズ》に触れ、《「みんな」と言ったとたんに目前の人びとの顔がなくなる。均質化され分量になる。民主主義と個は、どう結びつくのだろう。民主主義は個を消し去る、そんなとんでもないことを言ってもいいのだろうか。民主主義は人類が歴史の中でつかみとってきたベターな制度ではあるが、ベストではないことを何かにつけて思い出すべきである。神さまは個を限りなく大事になさる。これは最終の「物差し」だ。最後はここに帰着し、やっと安心する。この論理はまだ未熟だと思っている》と言う。
     ◇
福音と世界(11月号=新教出版社・03・3260・6148)『リレーメッセージ「三・一一」以後』で日基教団箕面教会牧師の小林よう子が寄せた『一・一七と三・一一 ここでわたしにできること』は全文を紹介したいほど。読む人それぞれの思いをまざまざとなぞっている、とでも言った感じだ。《気ははやる。気持ちが高ぶっているのに何もしないで待つのは辛い……被災地にいて必死で毎日を過ごしている人々を思いながら、遠くあることの無力感を味わうしかなかった》と言い《がれきが積み上げられて山になっている写真。流された家が撤去されてすっかり更地になった光景。衝撃を受ける一方、そこで生活している人たちは、毎日この光景の中で生きていることを覚えなければと思った。彼らは助けられなければならない人たちではなく、外からの助けを必要とせずに日常生活ができることを望んでいるだけだと覚えておかなければと思った》と。
 日基教団隠退牧師の太田愛人が連載『明治キリスト教史の周辺』で、『白河以北の明治女学校生たち』を紹介する中、八戸生まれの羽仁もと子を取り上げる。《羽仁は明治以降の日本の近代について、世界の田舎者日本が、米欧に出かけて驚くことから始まったと指摘し、自らも田舎者と称して外遊した。田舎者が都市文明に対して抱く新鮮な驚きこそ大切にしなければならないと主張している。『婦人の友』は有識者からの原稿を掲載したが、それ以上に啓蒙的役割をはたしたのは座談会である。ズーズー弁で臆せず司会を務めた羽仁こそ明治女学校の申し子と言えよう。羽仁が実行した合理的生活は朝の聖書、昼の働き、夜の祈りにより支えられていた》。
 連載『交響する啓典の民』。作曲家・指揮者の伊東乾との対話で、華厳宗僧侶の森本公誠が、《欧米でもある程度の学識のある人なら、キリスト教もイスラムから学んだという事実を知っていますけれども、大半の人は知らない……教育が悪い、というのか、知識欲がないというのか、いったん頭に入った知識でもって、もうこと足れりとして、キリスト教とはこういうもの、イスラムはこういうものと決めて、水と油みたいな形で受け入れる。ところが、話を聞いてもほんとの意味は理解できてないという、そういう状態じゃないかな……一神教の世界で、他者と対話ができるかどうかというのは、結局ここなんですね。私は、キリスト教徒の人とはあまり対話をしたことがない。確かに希望しても成り立たなかった経験があります。たとえば、われわれはケルンで東大寺展を開いたとき、せっかく東大寺からたくさんものを持ってきて展観するわけですから、招待したいと申し出たのですが、だれも来なかったね》と。
     ◇
信徒の友(11月号=日本キリスト教団出版局・03・3204・0422)
特集『不安と向き合う』。日基教団横浜指路教会牧師の藤掛順一が《人々が不安を深く覚えているこの時代、牧会者もまた当然深い不安の中にあります。教会の信者や求道者、また地域の人々の生活と密接に、具体的に触れ合えば触れ合うほど、人々が覚えている不安は牧会者の不安ともなるのです。また今日、日本において教会の責任を負う伝道者、牧会者で、教会の行く末、伝道の将来について不安を抱かない者はいないでしょう。伝道の不振や高齢化などの問題をどの教会も抱えており、教会全体が閉塞感の中にあります。一生懸命伝道し、牧会に当たっている牧師たち自身が、誰よりもその閉塞感に苦しんでいます。自らが語っている言葉が人々に届かず、福音の出来事が起こっていかないのです。……誠実な牧会者であれば、むしろ自らの言葉と福音理解が深く問われていることを感じます》と。そして《そこには深い不安が伴います。……この不安は、いわゆる「メンタルケア」の対象となるものではありません。牧会者のメンタルケアは必要だと思うし、特に震災や原発事故の影響下においてそういう働きは大切な意味を持っていると思います》と指摘、《しかし私がここで見つめようとしている不安は、メンタルケアによって医学的に対処すべきものとは違う、もっと根源的な不安です。その根源的不安にしっかり向き合っていないことが、メンタルケアが必要となる事態の根本的原因の一つとなっているのではないかとも思います》と。
 そして《私たちの信仰は、不安への旅立つことではないでしょうか。創世記12章の「アブラハムの旅立ち」を思い起こしたい》として、牧会者は、リアリティーに触れ続けなければならない、と言い、それは《アブラハムやイザヤがそうだったように、「極度の精神的な緊張と触覚の敏感さが必要」な、要するに不安に満ちたことです。しかしその不安に耐えるところから牧会は始まるのです》と。
     ◇
礼拝と音楽(第155号=日本キリスト教団出版局・03・3204・0422)特集『リードオルガン』。東梅田教会奏楽者・安田哲也、頌栄短期大学准教授・塚本潤一、白河教会オルガニスト・竹佐古真希が『今、なぜリードオルガンなのか』を語り合う。安田『弾いているといろんなことが思い浮かんできます。こういうふうにも弾ける、こんなこともできるんじゃないかって』、塚本『風がそよぐ音を聞いて、そこから何を弾いてほしがっているかを聞く、ということでしょうか』、竹佐古『「息あるものはこぞって主を賛美せよ」という詩編のことばがありますが、息を楽器に送ってあげる、風を送ってあげると、またアイディアが浮かんでくるような気がします』。(こ)

  
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●雑誌を読む(2012年10月)

――福音と世界――
「国土の問題」問い直す
信徒は二流扱いだった
――福音宣教――


 キリスト者としてこの世に立ち、生きていくことがけして安易なものではない、と実感させられる世界の動き。それはキリスト教へ、教会への関心が高まり、期待が強まる時でもある。各誌もそれを意識した企画が並ぶ。立ち読みだけでは満たされないもどかしさもある。


福音と世界(10月号=新教出版社・03・3260・6148)緊急企画『国家主義を超えて――「国土問題」とキリスト者』。トップに沢知恵の詞・曲『Lonely Bamboo Island』。これを読んだだけで全てが書かれてあるような思いにとらわれる。《戦後、頭を切り替えねばならない課題の一つは、領土という観念からの自由であった。……人の住んでいた国を略奪してオレの「生命線だ」と言っていたことの恥ずかしさが分かって来た》と日本キリスト教会牧師の渡辺信夫。《近年、領土問題が次々とマスコミの話題にされ、激化と鎮静を繰り返しつつ、新聞の見出しが大きくなるのが気になる。敗戦下の日本人が頭を切り替えた叡知は次の世代に伝えられなかったのであろうか。……冷静さを国々に求めなければならないのであるが、これはお互い冷静になれ、と言って済むことでは必ずしもないと思う。竹島問題には慰安婦問題が絡んでいることを日本側では考えねばならない。慰安婦制度を作り上げて弱い者を虐げた国家責任を日本が率直に認めることが解決の糸口であろう》と。
 聖書列王記に記されたソロモン王の裁判に触れて、アシュラムセンター主幹牧師の榎本恵が「ソロモン王はどこにいるのか」と問いたいとして《私たちは、それほどの愛を持って、あの島々を見つめているだろうか。そこに宿る命の一つ一つを、心の焼けるほどの思いを持って慈しんでいるだろうか。もしそうでないとしたら、それは自己の主張の正しさのみに目を奪われ、ほんとうはその子ではなく自分を愛していた、もう一人の女と同じになってしまう。もう一度言おう。あなたはあの島々を、そして神の創造された全ての被造物を愛しているか》と言う。
 東北大学名誉教授の宮田光雄は、新自由主義による上からのグローバリズムによって南北格差がいっそう深刻化しつつある、として。《この地球大に拡がった困難な問題の解決のために、今、真に緊急に求められているのは何かを、真剣に考えなければならない。今や政治的・経済的さらに軍事的にも台頭してきた中国にたいして、日本列島の〈安全保障〉のために、日米の軍事同盟を強化することにいっそう加担していくのか(この多発する地震に曝された火山列島で緊急に問われている〈安全保障〉は、脱原発の政策決定ではなかろうか)》と。
 『明治キリスト教史の周辺―みちのくの女性たち』で日本基督教団隠退牧師の太田愛人が、東北地方で、封建制を飛び抜け、保守の枠を遙かに超えた女性の姿を見出すことができる、として英文『武士の娘』を執筆した杉本鉞子、新島襄と結婚した山本八重、山川捨松、若松賤子を取り上げる。
 『沖縄の歩んできた道、歩まされた道――施政返還40年◆戞『教会は歴史を担えたか』(中城城東バプテスト教会牧師・名護良健)、『軍事主義を超えるために――歴史継承・平和ガイド活動を通して』(沖縄YWCA会長・大城美代子)、『もう繰り返してはならない――宮森小学校米軍機墜落事故』(石川福音教会牧師夫人・重元宗子)、『沖縄――靖国・天皇との闘い』(日基教団うるま伝道所主任担任教師・西尾市郎)、『なお続く基地・軍隊の暴力を告発する』(日基教団西原教会員)
     ◇
福音宣教(10月号=オリエンス宗教研究所・03・3322・7601)特集『福音宣教と信徒の役割――第二バチカン公会議の実り』。韓国司教協議会会長の姜禹一が、教会の刷新についてとして「教会憲章」他三つの憲章を紹介する。《旧教会法においては、信徒が聖職者に要求できる当然の権利といっても、あくまで聖職者から提供されなければ成立しない権利なのである。……霊的恵みはすべて司祭が与え、信徒はいただくという垂直的な構造から抜け出ることができなかった》が、「教会憲章」は救いの業を聖職者が独占してはいけない、と宣言したことで、教会論におけるコペルニクス的転換であった、と指摘する。また《「現代世界憲章」では、教会が与えようとする救いを、ただ信者個人が信仰と礼拝、そして正しい行いを通して永遠の命に至るよう準備させる宗教的次元にとどめるのではなく、聖霊の御助けにより、人類の間に正しい関係が設定され、正義を実現し、人間解放に至るまで、今の社会の中で神の支配が顕わになることを目標としている》と。さらに《公会議が照らし出した教会の新しい展望は、本当に二千年の教会史を抜本的に改革する素晴らしいものであった》とし、そのような時代的状況の中で、草の根の一般信徒に新しい司牧的光を照らし出したのが、南米大陸とアフリカ、アジア大陸におけるBCC(キリスト教基礎共同体)、あるいはSCC(小共同体)の動きである、と紹介する。
 上智大学神学部教授の片山はるひも「教会憲章」に触れ、《画期的なのは、「信徒」にも独自の「召命(vocation)」と「使命(mission)」があり、それは、聖職者や修道者と異なるものだが、劣るものではないと明言されたことです。「平信徒」という昔ながらの言葉が示すように、とかく信徒は二流のクリスチャンという理解が、それまで(または未だに!?)一般的でした。特に聖性をめざすなどは、「平信徒」には思い及びもしない事がらでした。それが、この教会とは何かという定義を試みる重要な文書の中心部におかれていることには、深い意味が込められていると思います》と。
 連載『宣教の過去と将来』で聖学院大学教授の古屋安雄が《現在、カトリック大学の信者で、プロテスタント系の大学の学長になっているのが三人はいる》として、村上洋一郎(東洋英和女学院大学)、眞田雅子(東京女子大学)、日比谷潤子(国際基督教大学)の名を挙げ、その意義は誠に深い、と言う。そして《エキュメニカル運動の成果がそこまで来ているということであろう。つまり、もはやカトリックはプロテスタントにとって、同じキリスト教の一つの教派以外の何物でもないのである》と。そして御殿場のハンセン病施設『神山復生病院』院長に任ぜられた神父・岩下壮一に触れ、《プロテスタント系の大学の学長になったカトリック信者が、みな岩下のような生き方をするとは思わないが、少なくともカトリックに彼がいたことを思い出して、その精神にあずかれば、それはプロテスタントの大学にも良い感化を与えるであろう》と期待している。
     ◇
信徒の友(10月号=日本キリスト教団出版局・03・3204・0422)
シリーズ『自死を考える』。カリタスジャパン担当司教の幸田和生が、長年「自死」を罪とみなしてきたカトリック教会の反省と、その後の取り組みを書く。《全国のカトリック教会でのアンケート調査などを通じて、自死の問題は教会外の社会問題ではなく、自分たちの身近な問題であることが痛切に感じられるようになりました》として、自死を罪とする教えが、《苦しみの中にいる当事者や自死遺族をさらに追い詰めるだけになってしまうという面も見えてきました》と言う。さらにカトリック教会法や教皇庁の『カトリック教会のカテキズム』の表現の変化を伝え、それらを踏まえて出された小冊子『自死の現実を見つめて――教会が生きる支えになるために』を紹介、《神の御心を行う人、それは道徳的に立派な人のことではありませんでした。孤立というどん底の中でイエスに出会い、その神の国のメッセージに一筋の光を見いだし、イエスのもとに集まって来た人々のことでした。教会がそのような集いになることができるか、自死の問題を考えるとき、根本でわたしたちに問われているのはそのことだと思います》と言う。
     ◇
福音と社会(第263号=カトリック社会問題研究所・03・3362・4659)連載ノンフィクション『封印された殉教――あなたは戸田帯刀神父を知っていますか?』でノンフィクション作家の佐々木宏人が上智大学神社参拝拒否事件を取り上げている。
     ◇
カトリック生活(10月号=ドン・ボスコ社・03・3351・7041)通算1000号。文書伝道に全力をあげる修道会「サレジオ会」の日本での活動を振り返る企画でもある。キリスト教メディア関係者必読。(こ)

  
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●雑誌を読む(2012年9月)

――信徒の友――
ノーモアフクシマ訴え
負け続けたイエスが主
――福音と世界――


 雑誌の表紙はいち早く9月号。ただ企画が立てられ、出来上がるまでの作業のほとんどが酷暑の中で行われていることを思うと、当然のことと切り捨てられないだけの誌面が出来ている。その熱気が逆に酷暑を和らげてくれるのでは、と感じるほどだ。


信徒の友(9月号=日本キリスト教団出版局・03・3204・0422)特集『奉仕・ボランティアから共生へ』。社会福祉法人小羊学園理事長の稲松義人が《命には、大きな命と小さな命があります。私たちがもっているのは小さな命です。人間だけではなく、動物たちにも、木や花にも命があります。これはどれも小さな命です。……動物たちも私たち人間もいずれは死んでしまいます。しかし、小さな命はもともと、大きな命から分けられた命の一部なのです。大きな命は決してなくなることはありません。ですから小さな命は大きな命につながることで命をつなぐことができるのです》と言い。さらに《また、命には『意志』があります。意志があるのは人間だけではありません。動物たちにも木や花にも意志があります。……すべての小さな命の意志は、大きな命につながることです。それが『よく生きる』ことだからです》と。そして《私たちの中に大きな命とつながっていたいという思いが湧いてくることがあります。これが『ボランティアの心』だと思います》と言う。さらに《東日本大震災の体験によって、私たちの心が揺さぶられたとすれば、それは私たちの命の中に隠されていた「大きな命につながって生きたい」という「命の意志」によってではなかったでしょうか》と。
 『部落解放全国会議レポート』は、日基教団部落解放センター開所30周年を記念して大阪教区と共催した会議の報告。それと共に、差別・抑圧との闘いの現場、大阪で、「わたしの中の差別・被差別」を「来て、見て、知って、解放へ」と14ページにわたる企画。
 『神に呼ばれて』で早稲田教会伝道師の有住航が、釜ヶにある「いこい食堂」に高校生のとき、教会の仲間と一緒にお米と毛布を届けた際、居合わせた故・金井愛明牧師から「水曜の夜にやっている『夜回り』に来なさい」と声をかけられたのをきっかけに顔を出すようになったとして《初めて夜回りに参加した夜のことを今でも鮮明に覚えています。わたしが慣れない手つきでおにぎりを一人のおっちゃんに手渡したとき、そのおっちゃんはわたしの目を見て「ありがとう」と言ってくれたのです。その言葉に、わたしは自分自身が受け入れられたように感じました。……その晩が、わたしとキリスト教との主体的な関わりのはじまりとなったのでした。……わたしはあの夜、釜ヶの路上で、確かに救われていたのではないかと、今ではそう思います》と。そして《わたしが釜ヶで出会ったイエスは、いま排除されている人のところへ出かけていき、その人と共にいて、また自らも炊き出しの最後尾に並ぶイエスであり、孤独に死に、誰からも弔ってもらえない、ひとりひとりの労働者と共にあることを望んだイエスの姿でした》と言う。
     ◇
福音と世界(9月号=新教出版社・03・3260・6148)特集『沖縄の歩んできた道、歩まされた道――施政返還40年 戞『祖国復帰闘争碑』が鳴らした警鐘は聞かれたのだろうか、として企画された。沖縄キリスト教短大教授・内間清晴の『復帰40年を迎えて――沖縄が歩いてきた道、キリスト者が歩んだ道』、竹内豊の『星と十字架――一信徒の見た宣教師解任事件』、沖縄バプテスト連盟普天間バプテスト教会牧師・神谷武宏の『「普天間問題」から見える「日本の問題」――ひとつになれないニッポン』、日基教団佐敷教会牧師・金井創の『辺野古新基地建設阻止行動』と、熱のこもった記事が並ぶ。金井は《すべての人の罪の赦しのために自らを犠牲にしたという教義は、私にとって何の救いにもならなかった。イエスは彼の仕方で権力と闘ったのだ。そして負けた。イエスは弱さに徹したのだ。そのすべてを神が良しとした。それが復活ということではないか。……負けて最後は十字架につけられてしまったイエスの、すべての行ないを神が全面的に肯定したということではないか。沖縄を背負って生きるとは、あきらめすにここに立ち続けることではないか。結果的に押しつぶされても逃げないこと。しかもヒロイズムに酔うことなく。なぜならイエスはみじめに負け続けたのだから。そのイエスが私たちの主なのだから》と言う。
     ◇
カトリック生活(9月号=ドン・ボスコ社・03・3351・7041)特集『これからの宣教を考える』は、通算1000号を控えて、同誌が使命の一つとする宣教、特に広報、マスメディアの可能性について考える企画。六甲教会助任の片柳弘史(イエズス会司祭)が『「デジタル大陸」への宣教』で試みた宣教活動を報告する、として《この地球の隅々まで、宣教師が足を踏み入れていない場所はもはやほとんどないと言っていいと思うが、インターネット上には未開の地がまだたくさんある。そして、その広大な地には、人生の意味に飢え渇き、神の愛を探し求めている人々がたくさんいる。ならば、その地に私も足を踏み入れてみようと思ったのだ》と意気込みを振り返っている。ツイッターにも取り組んでいて《発信した情報の中で一番反応があったのは、司教団が反原発の声明を出したことを紹介したもので、瞬く間にretweet(自分の友だち全員に、他の友だちからの情報を伝える機能)が三百件を越えた》という。ただ《これらの新しいメディアは教会へと人々を招く道具、さまざまな理由から教会にあまり来られない信徒と教会をつなぐ道具として、大いに役立っていると思う》としながら、《ただし、インターネットにできるのは「福音の種」を広く人々の心に蒔くところまでだ。蒔かれた種を育て、刈り取るのはやはり現実世界の教会だろう》と。
 同誌に関わりのあった11人に求めた「新しい宣教の可能性」への提言、「歴代編集長のことば」など、メディア関係者に必読の企画。
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Ministry(夏号=キリスト新聞社・筍娃苅検Γ苅横粥Γ横娃僑掘貌箪検惷飢颪涼羶瓦如崟覿機廚鮃佑┐襦戮論覿技佞望播世鯏てた。日本のプロテスタント教会は、《その黎明期には、使命に燃えて来日した多くの宣教師による献身的な働きがあった。とりわけ教育、福祉、文化の分野で残した功績は大きく、ルーツを知らずに今もその恩恵にあずかっている例は少なくない》。『ゆかりの地を巡る』では軽井沢、野尻、清里、横浜を写真で紹介。『21世紀に生きる宣教師たち』で、アメリカ改革派教会牧師・日基教団協力宣教師のキスト岡崎さゆりが、「教会はなぜ、海外まで宣教師を送ってきたのか」という問いに《宣教が教会のアイデンティティだからですよ。私たちが『世の光』でなく、宣教する者でないならば、私たち自身を失う。伝道しなければ、教会の存在意義はありません……『教会に来たら友だちできるよ』って言ってあげたいじゃない。その気持ちが伝道ですよ。キリスト教が説く『兄弟姉妹』って、友だち(キリスト)の友だちは友だちだよねていうことでしょ? そういう仲間が増えていけば、社会は変わると思うんです。宣教は、教会が自分たちの会員数を増やしたいというセルフィッシュな目的のために行うのではない。他者への愛こそが本当の伝道、あなたは本当に大事な存在だということを知ってほしいし、伝えずにはいられない》と。
 対談『宣教師の子どもたち』で、「ビジネスで来ている駐在員の子どもたちとは違って、生活の中でも多少なりとも犠牲的にならざるを得なかったでしょう?」との問いに、日本聖契キリスト教団グレースミッションチャーチ協力宣教師のジム・ピーターソンが《「親は神さまに呼ばれたから外国に来たと簡単に言うけど、そのことで僕の人生はぶっ壊された!」と思っている宣教師の子どもをたくさん知っているよ。でも、僕には犠牲的という言葉は当てはまらない。大学に入って初めてアメリカに住んだとき、あまりにもなじめなくてショックだったけど》と言い、デューク大学神学部和解センター長のクリス・ライスが《精神的にどこの国にも属さずに生きることは、大きな恵みだね。「従うべきは国家ではなくキリスト」という新しいアイデンティティに生きるわけだから。ナショナリズム(国粋主義)と無関係でいられる。アメリカの教会の多くはナショナリズムを当然のこととして受け入れているけれど、それは僕のキリスト教信仰とは大きく異なるよ》と。(こ)

  
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●雑誌を読む(2012年8月)

――信徒の友――
ノーモアフクシマ訴え
典礼刷新に生涯捧げて
――福音宣教――


 暑い中、書店での立ち読みもつおっくうになりがちだが、いざ読み始めて、つい引き込まれる記事がいくつもある。ここに取り上げたものは、その中の幾つかに過ぎない。紹介したいのに、外してしまった記事の著者に申し訳な思いも。


信徒の友(8月号=日本キリスト教団出版局・筍娃魁Γ械横娃粥Γ娃苅横押法嵎‥膰九条の会」が編集した『福島は訴える』で1人の医師が、フクシマに生活しつづける決意を表明しつつ、「ノーモアヒロシマ、ノーモアナガサキ、そしてノーモアフクシマ」と記している、として東北学院大学教授の佐藤司郎が《戦争が憎むべきものであることはいうまでもない。しかし戦争でなければ、原子力を用いて快適な生活を推進していいということだろうか。今回の原発事故はそれに根本的な疑念を投げかけた》と言う。そして《神学者のカール・バルトは、一九五一年に『創造論』の倫理に関する部分を出版し、そこではまだ「正しい戦争」がありうることを認めていた。しかし五十年代半ばには、核戦争の危機が現実味を帯びる中で、核兵器・核武装に対して明確に否を語り始めた。後に彼は、ヒロシマから五、六年経過していたにもかかわらず核戦争の本質を熟慮しなかったという反省の上に立って、戦争をその原因や意味という観点からだけでなく、実際の遂行という観点から語っていたら、正しい戦争などありえないと語っていただろうと述べている》と指摘する。続けて《彼にとってそこで問題なのは「生命の危機」であった。おそらくその点でヒロシマとナガサキはフクシマとつながっている。神の被造物の命を危険にさらす原発と人間は共存できない》と。
 カトリック司祭に叙階される式典での自己奉献の中で、「核兵器で殺されるより、核兵器に反対して殺される方を選んでお献げいたします」と決意表明した広島教区の長谷川儀。がんの診断を受け入退院を繰り返しながらも毎日、戦争による尊い全ての犠牲者の慰霊と平和のために祈りを捧げ続けている。その長谷川が被爆し急性放射線障害を発症して、医師に匙を投げられた時、《母は何を思ったのか「もう一度あの外人先生に」と一言。……父は姉と共に再び助けを求めたのでした。あのアルペ神父さまは、到着するや私の枕元にお座りになりましたが、私の顔をのぞき込む以外には何もできないご様子でした。少し間を置いて「人間の力には限りがあり、私にはどうすることもできません。残念です。お祈りいたします」と言い、お帰りになりました》と回想する。広島・長束修練院院長のペドロ・アルペ神父は、原爆が投下されると修練院を臨時の病院として多数の被爆者を手当てした。
     ◇
カトリック生活(8月号=ドン・ボスコ社・筍娃魁Γ械械毅院Γ沓娃苅院法慍I揚 日本宣教150周年』を特集に組んだ。宣教師を横浜に送ってきたパリ外国宣教会は今も21人が日本で活動している。現・日本管区長のオリビエ・シェガレが宣教会の使命を語る中で《管区長になるまで、申し訳ないことに、明治時代の宣教師のことを知らず、戦前の先輩に対して偏見をもち、興味はあまり湧いてきませんでした。けれど、今の立場になり、これまでの資料を見て見方が一〇〇%変わりました。……彼らは実に先駆的な活動をしています。自由に、縛られずに、冒険的に、大胆に巡回宣教をしていきます。交差点に立っていわゆる辻説法を試みたり、安全が確保されていなくてもその場所を訪問したりしています。宿がない、食事が合わない。それでも文句を言わずに宣教していたことに感動しました》と。
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福音と世界(8月号=新教出版社・筍娃魁Γ械横僑亜Γ僑隠苅検剖杁浚覯茵悗海龍鬚な決定に悲しみと怒りを覚えます 大飯原発再稼働に抗議して』に編集者の意気込みを感じる。日本YWCA理事長・鈴木伶子、エコノミストで同志社大学教員の浜矩子、カトリック正義と平和協議会会長でさいたま教区司教の谷大二、関西学院大学教授の栗林輝夫、原子力行政を問い直す宗教者の会の川瀬陽子、ケルン・ボン日本語キリスト教会牧師の齋藤篤のメッセージに、原発体制を問うキリスト者ネットワーク共同代表・崔勝久の分析を加えた。
 特集『歴史と証し──日本の歴史神学のこれから』。沖縄キリスト教短期大学名誉教授の金城重明『沖縄は「もはや戦うことを学ばない』、「女たちの戦争と平和資料館」館長の池田恵里子『「慰安婦」問題の記憶をめぐる攻防戦』、日基教団八幡鉄町教会牧師の松谷■(嘩の日偏)介『南京大虐殺後の日中教会』、菊川美代子『日本の歴史神学──塚本虎二と矢内原忠雄再考』と並ぶ。
 日本基督教団隠退教師の太田愛人が『明治キリスト教史の周辺』で、岩手県久慈で伝道したタマシン・アレン宣教師、関東大震災の惨状を見て母子寮建設に努力した煙山八重、新渡戸コトたちの『女性力』を紹介している。
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福音宣教(8月号=オリエンス宗教研究所・筍娃魁Γ械械横押Γ沓僑娃院
特集『日本の典礼刷新』。典礼はカトリック教会(プロテスタント教会でも同じではあるが)にとって全ての中心にある。特に典礼の刷新を打ち出した第二バチカン公会議から50年、日本での取り組みに努力した土屋吉正の働きについて東京・関口教会主任司祭の山本量太郎が《彼は典礼の国語化という大きなうねりの中で、必死に仕事を続け、それが大きな始まりの第一歩にすぎないということも自覚していました。「自分は生涯、典礼以外のことを考えるひまはない」と話していました。そして、そのように生き抜いていたのです。土屋師がみもとに旅立つ間際に言葉を発することができたとしたら、それはミサ式次第の最後の言葉「神に感謝」以外には考えられません》と談話を寄せている。東京教区司祭・佐久間彪の『典礼憲章五十年に憶う』、荻窪教会信徒で元・文化庁国語審議会会長の清水司『典礼の国語化の中で』などにも注目。
 連載『宣教の過去と将来』で、カール・バルトの『教会教義学』の堕罪論と義認論のどこにも原義論は出て来ないが、自分はバルトが究極的にはラインホルド・ニーバーの言う原義論に賛成するのではないか、と思っている、と聖学院大学教授の古屋安雄が言う。バルトの『和解論』で《「信仰義認」という命題が、教会闘争の中でルター派教会の問題であることを知り、またディートリッヒ・ボンヘッファーのいう「安易な恵み(cheep Grace)の危険性を知ったバルトは、ハイデルベルク信仰問答書六十四問を引用しているのである。それは次のような言葉である。「しかし、そのような教えは、無頓着な放埒な人間を作りはしませんか」。答えはこうである。「このようなことはありえません。なぜかといえば、真の信仰によってキリストにつがれた者が、感謝の果をもたらさぬというようなことは、ありえないからです」》と。そしてボンヘッファーが1937年の『創造と堕落』で「自由」は不変であると言っていることについて、《神学的にはボンヘッファーはバルトに近いが、バルトも「教会教義学」の和解論で言っている。「創世一・二七に記された人間の神相似性……を人間の共同人間性……に見るということが、もし正しいならば、われわれは、人間の神相似性の喪失についても語ることもできない」》として、神相似性とは、自由のことにほかならない、と言う。(こ)

  
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●雑誌を読む(2012年7月)

――信徒の友――
隣人とは次世代も含む
信仰に不可欠なパーツ
――カトリック生活――


 「3・11」以後、全てが変わってしまった。ただそれは、今こそ存在の根源に立ち返らなければならない、という「変わり方」だ。単なる変革ではないからこそ、耐えがたいほどの重荷とも捉えられる。各誌の記事にもその苦悩と、そして僅かながらも希望も見える。


信徒の友(7月号=日本キリスト教団出版局・筍娃魁Γ械横娃粥Γ娃苅横押貌箪検愡笋燭舛抜超』で、東京・中村町教会牧師の小友聡が《原発事故によって突きつけられた環境・エネルギー問題に、私たちキリスト者がどのような態度を示すか》が問われている、として《聖書を読む際にこれまで見逃してきた決定的に重要な事柄があるように思われます。それは、私たちが創世記の記述だけに目を向けて、それと結びつく倫理についてきちんと問うことをしなかったということです。言い換えれば、聖書から引き出す倫理をただ単に現在の(ルビ)問題としてしか考えてこなかったということです。旧約聖書の倫理は世代を超えた倫理です。出エジプト記の十戒には「わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが、わたしを愛し、わたしの戒めを守る者には、幾千代にも及ぶ慈しみを与える」と記されます(出エジプト記20・5〜6)。私たちの現在の選択が次の世代の生死をも決定するのです。旧約聖書の創造信仰は本質的にこの倫理によって支えられています》と言う。そして十戒の戒めにおいて、《隣人とは私たちの現在の隣人だけではありません。それは私たちの次の世代の人々をも含んでいるのです》と。とはいえ《今、私たちにできることは限られています。私たちキリスト者は日本ではほんの一握りにすぎません。けれども、たとえ少数派であっても信仰と生活の規範である聖書の倫理にしたがって、未来に罪を転嫁しない決断が私たちに必要です》と言う。
 シリーズ『自死を考える』。働き盛りの夫を自死で亡くし、その後受洗した女性が自死遺族支援の会を三つ立ち上げるのにかかわった過程を記している。《「どしゃ降りの雨の中に一人立っている気分。傍らを通る人に傘をさしかけてほしいんじゃない。一緒に濡れてほしいだけ」。これはある遺族の言葉です。……こんな悲しみは私たちで終わりにしたいと願いながら、イエスさまの御手を離すことなく、支え、支えられ続けていきたいと思います》と。
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カトリック生活(7月号=ドン・ボスコ社・筍娃魁Γ械械毅院Γ沓娃苅院墨∈棔悄肇リスト者”と“思想”の交差点』で御受難会司祭の来住英俊が作家の高村薫を取り上げ《思想的内容の濃い小説を書く作家である。宗教にも正面から取り組み、『太陽を曳く馬』(新潮社)では曹洞禅が本格的に扱われている。その高村氏が『だからわたくしは仏教に期待する』という文章の中で、次のように書いている》として中央公論5月号、34ページ《[キリスト教は]、人間は戦争をするような残酷な存在であり、それはアダムとイブの時代から負わされていた罪で、キリストが十字架にかかって贖ってくれたという》を紹介する。キリスト教を云々すること自体が目的ではないことを承知してのこととして、來住は《高村氏が「キリスト教とはこういうものであろう」と思っているなら、それは私(そしてほとんどのキリスト信者)にとってのキリスト教とはまったく違うものである。その違いは、高村氏がまだ知らないことがあるというような、量的な違いではなく、質的な違いである。「残酷な存在」・「罪」・「十字架による贖い」という、一つひとつのパーツを見れば、たしかにキリスト教の言っていることである。……しかし、キリスト教信仰を構成するパーツはそれだけではない。絶対に欠けてはならないパーツは、「神が人となり、人と共に歩んでくださる」という教理である。それを真実と信じるかどうかは別の話で、迷妄と思うのも自由である。しかし、キリスト教とは「そういうもの」なのである。……ひょっとしたら、高村氏は判っているのかもしれない。しかし、高村氏の読者はどうであろう。今の「思想的物書き」(小浜逸郎の用語)の中で、宗教を正面から取り扱う人はほとんどいない。宗教的な事柄に関心をもつ人たちは、高村氏の作品に赴き、渇きを癒やされている。その人たちが上記の文章を読んだら、「ああキリスト教ってそういうものなんだな。ほかでもそんなことを聞いたことがあるし」となるだろう》と。
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福音と世界(7月号=新教出版社・筍娃魁Γ械横僑亜Γ僑隠苅検貌本基督教団隠退教師の太田愛人が『明治キリスト教史の周辺』で《牧師館には色々な来訪者がくる。物品にことよせて金品をねだる人、中には堂々と金を求める人もいる。青森教会牧師館に時々「牧師、絵具代」と言って汚れた手を出す少年がいたことを藤田(恒男?)牧師から聞いたことがある。二人とも弱視であった。近所に住んでいた鍛冶屋の息子で通称「スコのバガコ」と言われていた棟方志功で、後年恩返しに「一本の道」と題した絵を牧師に献呈した。「その絵はどこにありますか」と訊くと「屋根裏にあるかもしれない」と淡々と語る牧師。藤田家は牧師三代続いた》として、《明治の牧師館の底力は、貧しいながら優れた子弟を生み出したことである》と言う。
 連載『神学の履歴書』で、作家・元外務省主任分析官の佐藤優がエーベルハルト・ユンゲルの『死――その謎と秘義』の《いずれにせよイエスは、絶叫しつつ死なれた。イエスが絶望に満ちて死んだことは否定できない》を紹介して《史的イエスの探究から、イエスが救い主であるという結論は見いだせないのである。あくまで復活を基点とする宣教のキリストから、キリスト教徒はイエスの死を理解しなくてはならない》と。
 特集『英語圏の新約聖書学』。日本神学史は、長い間ドイツ、ひいてはドイツ語とともにあった。……近年まで、日本聖書学のアカデミズムのほとんどがドイツ語圏留学経験者であった。最近になって、その様相に変化が見られる、として立てられた企画。他学問分野とのコラボレーションが顕著であるとして、社会科学的批評、文芸批評、修辞学的批評などの新しい聖書学の動きを『具さに見ていく』という。今後の展開を見守りたい。
     ◇
福音宣教(7月号=オリエンス宗教研究所・筍娃魁Γ械械横押Γ沓僑娃院墨∈棔慇覿気硫甬遒半来』で、《今、ここで考えたいのは、戦時中と戦後から今日に至る諸問題である。特に、戦後の動向が問われている。換言すれば、今日「神の迫り」として、日本のキリスト教会自身が問われているのである》として、それは《ひとことで言えば「原義の再発見」ということである》と言う。《アウグスチヌスは、罪と情欲あるいは性欲を同一視したために、原罪は性交によって遺伝すると考えられ、性的なものを忌避するようになったのである。宗教改革者がこのアウグスチヌスの考えを踏襲し、しかもカルヴァン派はtotal depravityすなわち完全な堕落(全的堕落)をドルト会議で認めたので、原義を完全に否定したのであった。カトリックではアウグスチヌスを継いだトマスにおいて、性的なものを蔑視する傾向はあるものの、とくにトリエント公会議以後(一八四五‐六三年)は原義を否定するようなことは言わなくなった。ことに二十世紀になってから、神学者は原義を言うようになった。原義を考える方が、救済史を考える上で、より現実的であると思うようになったのである》と言う。そして《今回の東日本大震災で活動したボランティアや支援活動の内容を見ても、やはり人間には原義があると考える方が現実的ではなかろうか。人間には原罪だけがあると信じ、原義が失われていると信じる方が非現実的なのである。……今、震災後の我々に必要なものは、絶望ではなく希望である。それだけではなく、今の日本のキリスト教会に必要なものは、希望の福音である。私たちは、それを原罪ではなく原義に求めた。それは「神の迫り」ではないだろうか。私たちがすること、しようと思うことは、すべて罪の中にあるとすれば、救いの希望はなくなるのではないだろうか。原義があること、すなわち私たちが願うことには罪への傾きがあるにもかかわらず、それでもなお正しいことを、義なることを願っていることを否定しないことが大切ではなかろうか》と言う。そして《原義について捉えなおすということは、神の像が全く失われているのかどうかを問い直すことでもある。バルトは全く失われているとした。それに対してブルンナーとニーバーは反対した。……バルト自身は、「神の人間性」(Humanitat Gottes)を語って、絶えず自己修正をしているのであるが、バルチアンは変わらないと信じている。原罪を信じ原義を信じないゆえんである。これは、神人協力説(Synergismus)とも関係する。……神人協力説を否定する考え方は、人間の努力を否定しかねない。バルト神学の検証が必要なのは、この点であろう。人間側の努力における神の恵みを忘れるかのように説くからである。「神の恵みか、人の努力か」のあれかこれかではない。神の恵みと人の努力の両方が、救いのために必要なのである》と。(こ)

  
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●雑誌を読む(2012年6月)

――福音と世界――
柏木義円の「清貧」に…
「連帯」でなくなぜ「絆」
――福音宣教――


 キリスト教書店に行かれる読者ばかりではあるまい。本欄を読まれて、さて、と思い立たれたら、雑誌名の次にある電話番号に直接問い合わせられてはいかがか。現場で捜す楽しみはなくても、別の出会いがあるようにも思える。


福音と世界6月号=新教出版社・筍娃魁Γ械横僑亜Γ僑隠苅検貌本基督教団隠退教師の太田愛人が『明治キリスト教史の周辺』で《反閥姿勢を貫く明治のキリスト者も当初から貧との戦いを余儀なくされた。その献身からして貧を超える生き方が強いられ、立身出世とは無縁であった。長期滞米のキャリアをもつ教界の先駆者たちには、帰朝早々出世の糸口が備わっていたが、それを拒否することから献身の証しとしていた》として、沢山保羅、木村熊二、大儀見元一郎、新井奥◯らを挙げている。さらに、「国家権力を嵩にして言論を威圧する加藤弘之に恐れを抱かせた」柏木義円を取り上げ、同志社で学びキリスト教を知り、生涯社会主義活動に尽力し、不敬罪第一号として入獄した山川均が、《柏木先生夫妻の貧しい生活には、気の毒なと思わせられたり、同情やあわれみに似た感じをおこさせるようなものは、少しもなかった。この生活の苦しみからぬけ出そうとする焦燥のようなものの、影さえもなかった。私はほんとうの「清貧」というものを、まのあたりに見たような感じがした》と感銘を受けたことを紹介、《後年の山川の生き方に柏木の貧乏暮らしが影響を与えていた》と言う。
 特集『第二バチカン公会議以後――開会50年をおぼえて』。東北学院大学教授の佐藤司郎、中世思想研究・翻訳家の鈴木敦詞、上智大学名誉教授の山田経三、南山大学准教授の三好千春、ルーテル学院大学名誉教授の徳善義和と周到な人選。それにプロテスタンティズムのエキュメニズム的役割を扱ったオスカー・クルマンの論考を掲載している。カール・ラーナーからハンス・キュンク、そしてカール・バルトの『義認論』評価、さらにラーナーのグスタボ・グティエレスの「解放の神学」評価まで、今日なお眼前の課題として突き付けられているものを改めて意識させられる。
 編集部の倉田夏樹が、日基教団教師委員会から免職戒規を受け、東京地裁に提訴した裁判の第1回口頭弁論の模様を報じ、見解を述べている。
     ◇
福音宣教(6月号=オリエンス宗教研究所・筍娃魁Γ械械横押Γ沓僑娃院法愃唾漫畚て参顱宣教会の刷新と使命』。最終回は宣教会の後編。パリ外国宣教会司祭のオリヴィエ・シェガレが《震災の後に出てきた言葉は「絆」でしたが、私には非常に不思議に感じられました。「連帯」ではなく、なぜ「絆」なのか。「絆」は、たとえば自分のふるさとや家族につなぎとめるためのものです。「連帯」が意味するような、自らの責任のもと、他者に心を開いて、新しい社会を作り出していく、という発想ではないのです。教会は、そこに時代の変化を見極めて、支援活動だけでなく、教会の声を社会に届けてほしかったですね》と言い、さらに《日本の社会にどのような「つながり」が必要なのか、といったメッセージを期待しましたが、教会からは出てきませんでした。「絆」の意味を深く考えようとしないのです。物資もボランティアも大事ですが、加えて、預言的役割からの大胆な発言も必要なのです》と言う。
 ミラノ外国宣教会のフェルッチョ・ブランビッラスカが《東京のあるカトリック学校の校長先生が来て話していたのが印象的でした。震災の直後、その学校の先生が、「これから私たちは宗教を教えられない」と言ったというのです。印象的な話です。「大震災について、宗教の立場から答えられない」というのが理由だそうです。宗教の先生は答えられないかもしれませんが、私たち宣教会としては答えないといけません。そうしないと震災の後に何も残りません。震災は神や信仰について、いろいろなことを教えてくれました。ですから、私たちには答える責任があるのです》と。
 リージス・ギング(メリノール宣教会)は《カリタスジャパンのボランティア活動に参加した大半の人が信者ではないと聞き、私は感動しました。その人たちが私たちと一緒に救援活動をすることに意味があるのではないでしょうか。宣教の目的は多くの人が教会に来て救われることにある、とかつての宣教学では言われてきましたが、神の国に向かって(信者も信者でない人も)ともに歩むことも大切です。地上で神の国を感じることはできないのですが、神が望むような社会を作ることはできるでしょう》と。
 カトリックに限らないと思えるのだが、シェガレが《今の神学生は私たちの世代と違います。共同体生活と霊性を重んじて、ミサや典礼に強い関心を持っています。ただ一匹狼的な生き方は嫌いだし、個性がやや弱い気がします。昔のように鉄のような、先駆者的な精神は持っていません。全く新しい世代だと考えなければならないでしょう》と語っている。
 人口の10%をキリスト者に、と言い続けてきた聖学院大学教授の古屋安雄が《私が数に関心を持っているのは、いくら福音を説いても、それを実行する人がある程度いなければ、何にもならないことを痛感しているから》として、《問題は何を語るかである。せめて十パーセントをキリスト者にするために、今までとは違うことを言わねばならないのではないだろうか。それは神学の問題である。……神学全体について、そして、各神学の長所と短所を知らねばならない。また神学のおかれる状況をも知らねばならない。……神学と状況、この二つを踏まえつつ、今、日本でどのような神学が必要とされているかを考えてみたいのである》として、誰かがしなければならないから、《それを不肖この私がしようというのである。もちろん、試論になるであろう。試論を批判的に論じてもらいたい。それらの重ね合いによって、一つの新しい神学が生まれるであろう》と。
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Ministry(春号=キリスト新聞社・筍娃魁Γ械横僑亜Γ僑苅苅機
特集『もっと「ふしぎな」キリスト教――教会よ、応答せよ!!』。「まずはおさらい!」と、出版界におけるキリスト教ブームの軌跡をたどり、さらに3月4日に東京工業大学で行われたシンポジウム『やっぱりふしぎなキリスト教』傍聴録を掲載。「信徒、研究者、編集者らが徹底分析!」として新約聖書学者の吉田忍、西南学院大学教授の片山寛、早稲田大学大学院修士2年の堀真悟、教文館社長の渡部満、阪急コミュニケーションズ「pen」編集部の新山佳子らが登場。新山が《本書を読んだことにより、一般読者のキリスト教における探究心が満足してしまうという「お手軽」な状況は少し寂しい。あくまで本書のような書籍は、その先へと導くひとつのきっかけとして機能してほしいと感じる。……願わくは「その先」の知識欲を刺激する何らかの媒体や書籍は、外部からではなく教会、あるいは布教そのもに携わる人たちのなかから出てきてほしいと思う》と。特集の「まとめ――に代えて」で、同誌編集主幹の平野克己(日基教団代田教会牧師)が《我々が奮起して「たしかに、ここにキリストが居られる」と思える言葉を紡ぎ出す必要があると思います》と言い、越川弘英(同志社大学教授)が《これだけの需要があるということは、日本におけるキリスト教への関心の裾野の広さを証しすると共に、一面では、私たちの生きている時代が大きな問題をはらんでおり、何か支えになうようなものを人々が望んでいるという、不安の裏返しみたいなものもあるのかなという気もします》として、《この本の中の問題や誤解のような点だけを指摘して批判するだけではあまり意味はないわけで、むしろこの本の取り上げているような課題に私たちがどのように応答していくか、つまりこの本を日本のキリスト教会に対する一種のチャレンジとして受けとめることこそ重要なのではないか》と締めくくっている。
     ◇
福音と社会(261号=カトリック社会問題研究所・筍娃魁Γ械械僑押Γ苅僑毅后法垪G3・11前後、巷に「大震災から1年」の言葉があふれた。未曾有の自然災害(プラス、政官財の不作為による大事故)だったのだ、当然の振り返りではある。なかで奇異に感じられたのが、カトリック教会内で多用された「大震災1周年」という表記。メディアも行政も「周年」表記を慎重に避けていたなか、わが教界では、司教協議会会長の声明にも、各教区長談話にも、カトリック新聞紙面にも「周年」表記がいっぱい》として《日本宣教が足踏みしている遠因は、このあたりにあるのかもしれない》と。(こ)

  
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●雑誌を読む(2012年5月)

――福音と世界――
イエスと弟子たちの間
マリアと洗礼者ヨハネ
――福音宣教――


キリスト教書店に立ち寄られる方もおられよう。その店頭に並べられている雑誌を端から立ち読みするのも気がひける。その代わりに本欄を利用していただければさいわい。そして書店の方との立ち話のきっかけにでもなったら、うれしい。本を現場で捜す楽しみを憶えている身としての願いでもある。


福音と世界(5月号=新教出版社・筍娃魁Γ械横僑亜Γ僑隠苅検妨掬賈務惘‖膤惷軌の川端純四郎がブルトマンや田川建三に触れて《信仰にとって重要なのはイエスそのものではなくて、イエスと弟子たちの間で起こった出来事(関係)なのです。その出来事が、聖霊の働きによって、「今・ここ」で私の身に起こることが根本なのです……その意味ではブルトマンが「史的イエス」と「ケリュグマのキリスト」を峻別したことは正しいと言わなければなりません》としながらも《私の疑問はこうです。ブルトマンは福音書のイエス伝承は、すべてイエスの死後のケリュグマのキリスト信仰の視点のもとで描かれたものだとしています。それはその通りだと思いますが、しかしそのことは、イエスの生前に成立した伝承が存在しないということではないし、生前の伝承がケリュグマではないということでもないのではないでしょうか》と問う。そして《贖罪論のような教理は、復活信仰を核として形成された最初期のキリスト教が、次にイエスの死を何とかして自分たちの宗教的教理に取り込もうとしてさまざまな試行錯誤を行う中から生まれたのだ》とする『イエスという男』における田川の言説について、《この本が書かれた当時の著者の状況を反映したもので、非常に激烈なものです。多くのキリスト者箱の本から目を背け、なかったことにして既成の信仰に安住しようとします》と。
 特集『大阪府「教育基本条例」の波紋――キリスト教学校の未来のために』。《「私学など要らない」という発想の下、私学助成金の大幅カット、高校授業料無償化などにより、キリスト教学校、朝鮮学校を含む大阪府の私立学校はすでに財政難に陥っている。一つの判断基準だけで物事を測り「自己責任」を旨とする教育と、キリスト教教育は相容れないように見える。そして、「誰のための教育なのか」という根本問題が見落とされている》と。編集者の怒りが感じとれる企画。」
 『大阪維新の会「教育基本条例」について思うこと』(平良仁志)、『教育崩壊』(富田正樹)、『大阪「君が代起立斉唱強制」に対してキリスト者はどう向き合うのか』(鎌倉一夫)、『釜ヶ崎から見た「教育基本条例」(米加田周子)と現場からの声が、問題の緊急性を訴える。
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信徒の友(5月号=日本キリスト教団出版局・筍娃魁Γ械横娃粥Γ娃苅横押貌箪検悒撻鵐謄灰好董戞F基教団早稲田教会牧師の古賀博が《私たちは聖書のペンテコステの記事を読むたびに、「かつて」聖霊が何をなさったかを学びます。しかし、往々にして「今」聖霊が何をなさっておられるか、またなさろうとしているのかに目を向けることをおろそかにしていないでしょうか。……あれから二千年たったこの日本の地においても、聖霊は働いておられます》と。
 特別読み物『東日本大震災から1年 各地で開かれた集会』さまざまな活動の記録は貴重。読者アンケート『3.11後を生きる私たちの信仰』の回答の中の「神さまが信じられなくなりました」という問いに、編集委員・牧師の大宮溥が応答する。《震災でなくなった人、行方不明になった人は、ある意味で我々全体が受けたかもしれないことを代わって担ってくれたのではないかと思うのです。生き残った者たちが連帯して助けあうということも大事ですが、死んでいった者が我々に代わって担ってくれたという連帯もあるのではないでしょうか》と。
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カトリック生活(5月号=ドン・ボスコ社・筍娃魁Γ械械毅院Γ沓娃苅院烹儀遒魯トリック教会では聖母月。特集に『マリアを謳う』を組んだ。トップにいくつかのマリアの有名な歌の歌詞を掲載。サントリー音楽賞の2010年度受賞者の渡邊順生と京都教区司祭の国本静三がモンテヴェルディの音楽について語る。彼の音楽のパワーについて渡邊が《私はキリスト教の信者ではないのですが、それでもすごく感じます。……特にこの「聖母のマリアの夕べの祈り」はね、何と言ったらいいのだろう、言葉が見つからないのですが……、美しくもあでやかな音楽を演奏している気分になりますね。それがバッハの「ロ短調ミサ」を演奏していると、このような感じは浮かんでこないのです》と言うと国本が《イエスを扱った作品は、あでやかな表現は取り得ない。マリアだからこそ、人間的で豊かな表現ができるのでしょう。マリアは女性に対するいろいろな思いが全部集約され、その上で女性を超越してしまったような存在なのかもしれません》と。
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福音宣教(5月号=オリエンス宗教研究所・筍娃魁Γ械械横押Γ沓僑娃院法愃唾漫畚て参顱宣教階の刷新と使命』。第5回は宣教会の前編。パリ外国宣教会司祭のオリヴィエ・シェガレが《一六五〇年代までは、「布教(宣教)」という任務は修道会に委託されていたからです。……当時の教皇グレゴリウス十五世は、布教の主導権を取り戻したいと考えて、バチカンが率先して派遣する道を探りました。……布教聖省による文書では、スペインとポルトガルのように教会と国とが政治的に癒着することなく、相手国の文化や歴史や習慣を尊重するように、と勧められていたのです。フランスという国をもっていくのではなく、福音そのものを広めるように、ということでした。……私たちはそういう歴史の流れの中で、最初の宣教会として誕生しました》と。修道会と宣教会の違いを知らされた。また第二次大戦の敗戦直後、米軍の平穏な進駐を進めるためにラジオで放送したパトリック・バーン司祭の名も出て来るなど内容豊富。
 日本YWCA理事長の鈴木伶子が『特集=憲法と平和と人権』の中で《私自身、六歳の時に東京大空襲の下で迫ってくる火に囲まれて、父が「もうすぐ天国に行って、伶子たちは天使になる」と言ったことを明瞭に覚えています。自分が死ぬと思ったことが記憶の初めなのです。……中学では副読本『あたらしい憲法の話』で、憲法の戦争放棄について習いました。恐ろしい戦争は終わりました。戦争に行ったお父さんやお兄さんはご無事でお帰りになったでしょうか、という内容を先生が読まれるのを聞き、肩を震わせて泣いている友人がいました。そういう中で、私たちは日本が二度と戦争をしないと決めたことを学び、戦争が絶対にあってはならない、戦争のない世界をつくるために働きたいと堅く決心したのです》と。
 『随想=アヴェ・マリアの祈り』で、けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会会員の岡立子が、《私にとってマリアは、「関係の人」である。イエスが、父である神のこころを行うためだけに来たとすれば、マリアは、ひたすら神のここをの具現化であるわが子を「指し示す」母である。……マリアを見つめ、そのまなざしの奥に入っていけばいくほど、マリア自身は、永遠なるものの中に同化し、溶け込んでいく。洗礼者ヨハネが、イエスの到来とともに、「わたしはおとろえ、あの方はさかえなければならない」(ヨハネ3・30)と言い切ったように。》としてさらに《マリアも洗礼者ヨハネも、自分自身をすべて明け渡し、私たちの視線をキリストに向けさせることにおいて、神の大きな家族の中で「トップ」であると言えるだろう。神の家族において、トップは最も小さく貧しい者である》と。(こ)

  
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●雑誌を読む(2012年4月)

――カトリック生活――
ユダをも包む神の恵み
この時を無駄にしては
――福音と世界――


主の苦難と十字架上の死、その先にある復活…と、イースターを「3・11」1周年に迎える時、一人ひとりの思いも、また新たな感慨の中にあることは確かだ。そして今、わたしに語りかけられる言葉を、これまでにも増して強く探り求めている自分を確認する。


カトリック生活(4月号=ドン・ボスコ社・筍娃魁Γ械械毅院Γ沓娃苅院貌箪検Εぅ好リオテのユダ。フランシスコ会司祭の小高毅が『ユダの救いはイエスの十字架とともに』で、イエス自身が十字架上で「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれるが、パウロが述べる(ガラテヤ2・30)ように、御子ご自身がご自分を死に引き渡されたことも事実だ、と指摘する。《イエスは受け身ではなく、自ら進んで受難と死に立ち向かわれます。イエスの「引き渡し」の動機となっているのは私たちへの愛です。そしてこの「引き渡し」のきっかけをつくるのがユダでした》として、このユダをも包み込もうとする広大な神の恵みを指摘したのがカール・バルトだったと言う。そして《私はやはり、ユダさえも救われているだろうと思いたい。しかし同時に罪は罪であり、キリストの十字架の出来事は避けて通れません。ユダさえもゆるされるということを盾にして、罪に対する感覚が鈍ることはよくないと思うし、もしそうだとすればキリストの十字架上の死の重みは何だったのかということになってしまいます》と。そして《本当は、十字架上にいなければいけないのは私です。けれど見上げるとそこにイエスさまがいてくださる。まさに私の罪を負ってくださったおすがたで――》と言う。
 東日本大震災関連企画で編集長の関谷義樹が『フクシマ取材ノートより』を掲載。なかなか伝わらない現場のレポに着目。
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福音と世界(4月号=新教出版社・筍娃魁Γ械横僑亜Γ僑隠苅検貌基教団隠退教師の太田愛人が連載『明治キリスト教史の周辺』で小崎弘道の「器量」について《新島の死後、第一回国会議員を辞して教会設立にも貢献した安中の湯浅治郎と共に京都に移住し、同志社のため尽力した。十年間社長を努め基礎造りに専念したが、辞任した夫妻は三等車で東京に戻ると、植村正久と内村鑑三は歓迎した》としつつ、植村、内村と一味違ったところを紹介する。
 作曲家=指揮者の伊東乾が『交響する啓典の民』で《「正統」か「異端」か、という議論は、必ずしも宗旨・教学の中においてのみ答えを持つものではなく、それを取り巻く社会的、経済的要因によって大きく左右される可能性があることをここでは指摘したい》と言う。そして憶測に過ぎないとしながらも《「三位一体」は、コンスタンティヌス帝統治下のローマにおいてキリスト教が諸宗教の一として存在を認められた初期に「正統」とされた教えであるという「法源」を持つ。この「法源」を根拠に、その他の公会議の「中間的な決定」を無効とみなすローマ法学的な議論を緻密に構成することで、十字架上のイエスの死から三百七十数年、パウロ教団以来、使徒的教父たちが死を賭して守ってきた信仰を主に支えてきた人々を、「アリウス派」という大きなくくり、すなわち「異端規定」によって、排除することが出来てしまう。むしろ、そうした政治的利便を、私は強く感じるのである》と。
 特集=キリスト教と時――カイロスとは何か。東京神学大学教授の小友聡が『コヘレトの「時」をめぐって』で《時は過ぎ去ってから分かる。だからこそ、今というこの時を無駄にしてはならないのだ。「2011・3・11」も然りである。あの大災害があの日あの時に来るとは誰も思わなかった。もし、時がただ神の決定通りに終末へと直進し、それがいつ来るかがわかっているなら、人は歴史の傍観者となり悲観して天を仰ぐほかない。けれども、時は不可知であるゆえに、人はこの歴史を担っていく。これは逆説的真理である。……コヘレトの「すべてに時がある」はそのように、時の秘義の前でひれ伏しつつ、なお時を懸命に生きることへとわれわれを誘う言葉である》と。
 元・東北学院大学教員の川端純四郎が『聖書は神の言葉か』で《聖書に記されていることが他人事ではなくて「この私」に向けて語られているという思いなしにはキリスト教信仰は成立しません。そしてそれは「聖霊のはたらき」と呼ぶしかない奇跡なのだというのが信仰者の自己理解です。そうだとすれば、聖書は神の言葉「である」のではなくて、聖霊のはたらきによって神の言葉「となる」のではないでしょうか。人間の書いた言葉を通して神が「語る」と言ってもよいでしょう》と言う。
 第二パウロ書簡を研究対象にしている広島大学教授の辻学が『パウロなき後のキリスト教』連載を始めている。
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福音宣教(4月号=オリエンス宗教研究所・筍娃魁Γ械械横押Γ沓僑娃院貌段夢覯茵座談『修道会・宣教会の刷新と使命』。第4回は男子修道会/後編。カルメル修道会司祭の中川博道が《カトリック全体で十一億人いる中の、実に九九・九パーセントが信徒であり、教会の本体なのです。私たちの奉献生活は、世に生きるという召命をいただいている信徒にキリストとともに仕えるためにあるのですから、司祭・修道者が本気になって、信徒の本質を見極めなければならないと思うのです》と言う。《自分で生活の糧を得ることを免除されて生かされている司祭・修道者が、カリスマを生きていくことと、生活をかけならが、信徒としてこのカリスマを担っていくことの関係や構造を見誤ると、私たち司祭・修道者の生き方はみっともないものになってしまうと、本当に心配しています》と。
 連載『宣教の過去と将来』で聖学院大学教授の古屋安雄が『日本基督教団の問題』を取り上げている。「筆者の見解だが」と断って《もともと教団は、一九三七(昭和十二)年に日中戦争が始まり、翌年には国家総動員法が制定され、一九三九年に宗教団体法が可決されてできたものである。私は中学校三年の夏休みに、上海で教団成立の報告会があり、出席した。同志社の牧野虎次総長と関西学院の神崎驥一院長が、これは宣教師が来日した時の公会主義(教派を越えたひとつのプロテスタント教会の形成を目指した明治期の動き)に基づくものである、という趣旨のことを言った時に、ディサイプル派(十九世紀のアメリカで始まった復興運動のうち、B・W・ストーンなどが始めた教派)の引退牧師が「(合同した理由は)軍部の圧力ではないのか」と叫んで、特高の二人に連れ去られたことを思い出す》と言う。さらに教団で聖餐が問題になっていることに触れ、なぜ問題が起こり、しかも解決がつかないのは教団が各個教会主義だからだ、と指摘する。この各個教会主義という問題は、過去の「いわゆる離脱問題」と「戦争責任告白問題」においても現れている、と言う。そして《私は現在の教団が各個教会主義になったのは、長老派が分裂し、会衆派である「組合派」がそのまま教団に残ったからと思っている》と。
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信徒の友(4月号=日本キリスト教団出版局・筍娃魁Γ械横娃粥Γ娃苅横押貌箪検悒ぁ璽好拭次戞アンケート『3.11後を生きる私たちの信仰』の結果を掲載。
 自死者や遺族に対する教会や私たちの姿勢が問われている、として『シリーズ・自死を考える』が始まった。第1回は日本自殺予防学会理事長・日基教団隠退教師の斎藤友紀雄が『自死差別とその歴史的展望』について。「自殺者の葬儀はしない」と断った教会がある、として《教会は無条件で葬儀の執行はしませんが、しかし葬儀をする、しないの議論はさておいて、つらい喪失経験をしている遺族の衝撃をまず受けとめるのが、その役割ではないのでしょうか》と。
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説教黙想アレテイア(第76号=日本キリスト教団出版局・筍娃魁Γ械横娃粥Γ娃苅横押法慇盒騎愼事典』で日基教団代田教会牧師の平野克己が《「説教が終わったら、そのまま印刷所に回せる原稿を用意せよ」もう二十年以上前に聞いたアドバイスである。……説教する上で、原稿の作成に力を注ぐことが大切なことは言うまでもない。……しかし、これはあくまで「比喩」として聞くべきだろう。もしも文字通りに受けとめたら、落とし穴が待っている》と言う。そして《今日、先のアドバイスに「文字通り」従う説教者は増えている。原稿をそのままホームページにアップするのである。そこには誘惑がある。インターネットで公開することが原稿執筆の目的となり、説教原稿が自分の仕える教会の礼拝のためであることを忘れる》として《完全原稿が説教の障害となる場合もある。もしも説教卓で、ひたすらその原稿を読み上げるなら、聴き手の目には、単に借り物の言葉をもてあましているだけに映るだろう》と。さらに具体的な対応策まで書かれていて参考になる。偶然か『海外新刊情報』で関西学院大学准教授の中道基夫がドイツで注目され、評価されている「自由に語る説教」の理想化への警鐘として書かれた書の紹介をしている。(こ)

  
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●雑誌を読む(2012年3月)

――福音と世界――
共通する言葉失った時
福音を「宣言」する司祭
――信徒の友――


「3・11」から1年経過した。しかし昨日起きたのだ、と今も思わされる。一方で、全てを失った人、得体のしれない「放射能」に脅える人にとっては、長い時間であっただろう。関連したテーマはいずれも重く、「立ち読み」を拒否する迫力が誌面にみなぎっている。


福音と世界(3月号=新教出版社・筍娃魁Γ械横僑亜Γ僑隠苅検貌箪検瓠孱魁11」からの一年。《二〇一一年三月一一日午後二時四六分、すべての人にこの時までの物語がある。すべての人にこの時からの物語がある……》とリレーメッセージで日基教団若松栄町教会牧師の片岡謁也が書き始める。《被災した多くの教会が避難所として礼拝堂を開放した。教会員のみならず近隣住民が礼拝堂で寝食を共にした。被災者支援センターに駆けつけるボランティアワーカーの宿泊場所として開放してくれる教会も数多い。断水のゆえ水を求めて彷徨う人びとに呼び掛け、水道栓を全開し飲料水を提供し続けた教会がある》。
 仙台キリスト教連合被災支援ネットワーク「東北ヘルプ」理事、食品放射能計測所を立ち上げた三枝千洋は《今、フクシマをめぐり東日本では人々が、人々自身によって分断されている。「逃げる」人と残る人との分断。生命の危険を感じる人と「安全」を信じ込む人の分断。どこかに居場所を作れる人、どこにも居場所のない人。眼に見えぬ放射能を帯びた物質に取り囲まれた状況の中で人々は分断されている。……共通する言葉を失った時に、人は相互の理解を失う。小さな一つの社会すら維持できなくなり、「全地に散らされる」》と。
 『外国人被災者は今』で在日韓国人問題研究所所長の佐藤信行が言う。《外国人被災者約7万5千人の多くは、いま仮説住宅で、避難地で、あるいは半壊した自宅で、3月11日の壮絶な体験を反芻しながら、息をひそめて暮らしている……7万5千人の一人ひとりの安否を確認して励まし、その生活が再建されるためには、7万5千人の「協働者」が必要であり、震災復興とは、もとの生活と地域社会が「多民族共生社会」へと、再生されなければならないからである》。
 日基教団仙台北教会オルがニストの川端純四郎が『聖書は神の言葉か』で、「日本キリスト教団信仰告白」の《聖書は「神の霊感」によって書かれた「誤りなき」「神の言葉」》について《教会は、もっと真剣にこの問題を取り上げるべきだと私は思っています……聖書はどのような意味で「神の言葉」なのかという問題は、キリスト教信仰の根幹にかかわる問題》と言う。さらに田川建三『書物としての新約聖書』を紹介して、《イエスとその弟子たちがアラム語世界に生きていたにもかかわらず、私たちはギリシャ語による記述を通じてしかそれについて知ることができないという指摘は重要》と言う。そして《キリスト教は言葉の宗教です。言葉を信じることなしにキリスト教は存在できません。しかし、人間の言葉は、信仰の出来事をその通りに伝えることはできません。どうしても客観化し、対象化してしまいます。「処女マリアより生まれ」「陰府にくだり」「天にのぼり」と言います。それが客観的事実のレベルで受け取られては困るのですが、それでもその時代の言語表現としては、そう言わざるを得ない》と。
 作曲家=指揮者の伊東乾が『交響する啓典の民』で《21世紀初頭の今日「文明の衝突」などといわれるイスラム教と(西欧)キリスト教の対立(とされるもの)の超克を考える上では、アタナシウスが排斥され続けた古代4世紀の正統論争を振り返ることが一定以上の力をもて参考になる可能性を示唆しているように思う》と言う。
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福音宣教(3月号=オリエンス宗教研究所・筍娃魁Γ械械横押Γ沓僑娃院貌段夢覯茵座談『修道会・宣教会の刷新と使命』。第3回は男子修道会/前編。カルメル修道会司祭の中川博道が日本の信徒数四十五万人を司祭千五百人で割ると、一人の司祭に対して信徒が三百人ほどだが、この割合が世界の平均の九倍に当たることを紹介、《司祭・修道者がやるべきことは何なのかを、今ここで考えることが必要です。そうしないと、また同じ失敗をくり返してしまうからです。信徒が育っていかないのです》と言う。
 イエズス会が《三十四総会の時に、信徒との協働ということがはっきりと謳われました。三十五総会の時には、信徒だけではなく、事業体や使徒職の場にいる信徒でない人もいるので、その人たちも含めて協働を考えるようになりました。……イスラム教の人も、あるいはきちんと宗教帰属を表明していない人たちも含めてのことです。……互いにどのようなカリスマを分け持って生きているかという点を見つけるかが、これからの課題のような気がします》と。《もう会員たちを充分に学校に派遣できません。信者でない先生たちも含めて、キリスト教教育について理解していただき、委員会の中でイエズス会的な教育を実践していく道が話し合われています。学校以外の使徒職でも、このようなことは必要だと思います》。
 《弁証法神学者も「恩寵のみ」あるいは「信仰のみ」と言いながら、一所懸命に説教の準備をするのである。それと教会学校で奉仕をするのは同じことである。自分たち大人は礼拝をするのに、子どもたちを放っておくのは不自然である。子ともたちとともに礼拝するのが自然であろう。子どもたちとともに礼拝する教会に、日本の教会が変わっていく時、多くの点で礼拝は変わるであろう》と、連載「宣教の過去と将来」で聖学院大学教授の古屋安雄。
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信徒の友(3月号=日本キリスト教団出版局・筍娃魁Γ械横娃粥Γ娃苅横押貌箪検惱謀・派遣』。学生キリスト教友愛会主事、教団震災担当幹事補佐の野田沢は《皆が皆、極限にあってストレスを抱えていました。……そのストレス・混乱・孤独の中にあって私の救いとなり頼りとなったのは「祈り」でした。……その祈りを信じ、祈りを支えに、なんとか立つことが許されました》と言う。
 《「祈りを通して、私は派遣されている。一人ではない。孤独ではない。この震災の出来事に祈りをもって支えてくださっている方々と主たる神が私の背を押し、派遣されたのだ」と信じました。だからこそ主は私を守り、導いてくださる、と。祈りは不信心な孤独を打ち破り、信仰者を生かし勇気づけることを真実に実感しました》と。
 『いますぐ原発の廃止を 福島第1原発事故という悲劇的な災害を前にして』と日本カトリック司教団メッセージを見開き2ページに全文収録している。3・1以来、教会・教団も変わったことを感じさせる。それは奥羽教区教会婦人会連合の「集い」にカトリック多摩教会司祭の晴佐久昌英を講師として呼び、その講演録を掲載したことにも現れている。
 《『わたしはある』と言う方が、『おまえもあれ』とおっしゃる。だから私がある。すべてがある。その『ある』は永遠なんだ》と分かったという晴佐久、《私は、福音を「説明」するのではなく「宣言」する司祭と言われています》として、《イエスさまはあらゆるところで宣言をしています。「恐れるな」「あなたは救われた」「天国にいる」と。いずれもシンプルでストレートな宣言です。今は肉体を持ってイエスさまはこの世界におられません。だから私たちの肉体を通して同じうようにこの宣言をなさるのです。「もうだいじょうぶ。ここに来たらもうだいじょうぶだよ。信じてほしいこの教会を、この礼拝を。よく来てくれましたね、ここには神さまがおられるからあなたは救われます」。これがキリスト教です。教会の使命の本質です》と。(こ)

  
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●雑誌を読む(2012年2月)

――信徒の友――
「献金」は信仰の告白だ
棄教者にも冷たい教会
――福音宣教――


「そんなヒマがあるなら聖書を読んだら」とお叱りを受けそうだし、どなたにもお勧めできるものでもないが、キリスト教各誌に込められた熱気を感じ取れるのが担当者の幸いでもある。読者の皆さんが「立ち読み」される時のお役に立てれば、と思う。


信徒の友(2月号=日本キリスト教団出版局・筍娃魁Γ械横娃粥Γ娃苅横押貌箪検惴ザ發隆遒咫戮反燭淡勝負。≪教会の維持とその働きはすべて教会員の自主的な献金によってのみ支えられています。……外部からの経済的な支援を受けることなく、自主独立の教会として立っているということは非常に重要です。まさに、「献金」が教会を外部の権力からの独立を保持し、キリストのみを主とする教会たらしめているのです。その意味では、わたしたちの献げる「献金」は、とりもなおさずわたしたちの信仰の告白でもあります≫と日本キリスト教会教師の野木虔一。≪また、教会は「献金」を通して、全体教会に交わりを展開してきました。初代の教会も献金による支援を「交わり」として受けとめて主の働きが拡大していったのです。今後の展望を考えるときに、教会にとって献金の問題は、大きな課題となるにちがいありません≫と言う。
 連続企画『東日本大震災、その後』。日本キリスト教海外医療協力会総主事の大江浩が≪死別・喪失体験による深いトラウマ(心的外傷)は人々に免疫力の低下をもたらし、健康の問題も見逃せません。そのような人々に対し、確かに「よそ者にはできない」ことがあります。しかし「よそ者にしかできない」こともあります。この度の大震災では、私たちの海外での、地域に根差す保健医療活動の経験が生かされていることに気づかされます。途上国における宗教や宗派を超えた働きもその一つです。「みんなで生きる」、それは国内の被災地にも通じる願いです。限界を知りつつも、使命とする祈りと働きの求めに応じたいと思います≫と。
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福音宣教(2月号=オリエンス宗教研究所・筍娃魁Γ械械横押Γ沓僑娃院縫トリック『修道会・宣教会の刷新と使命』第2回。座談会参加者がそれぞれの修道会を紹介する。オタワ愛徳修道女会の木田まゆみが≪今回の震災で、それ以前の自分が思い出せないのです。同じ人間が同じ生活をしているのですが、すべてが変わりました。一つは、修道院に風穴が開いたこと≫と言うと、幼きイエス会の杉田紀久子が≪うん、分かります≫と。木田はさらに≪苦しいことがあったら、それは神さまがいてくださることの証しだと思うくらいです。安心して暮らしていた中では感じられなかった神の介入のすごさを感じます≫と語る。
 前ロゴス点字図書館館長の橋本宗明が『障害と信仰について語る』を連載する。第2回は『私の本丸――障害は恵み』。引き込まれる。
 聖学院大学教授の古屋安雄が連載『宣教の過去と将来』第13回『喜びに満ちた教会へ』で≪日本の教会で、と言ってもプロテスタント教会のことではあるが、あいさつもしないで、礼拝だけに参加するという教会があると聞いた。「教会は、神を賛美し、神の言葉を聞くところだ」、ということからきているのだろう。しかし、昔から教会では、ケリュグマ(説教)とディダケー(教育)とともに、コイノニア(交わり)が重視されてきた。……あいさつもしない教会があることは極端な例ではあるが、日本の教会は一般的に、人に対して冷淡であるように見える。私の周りには、昔、若い時には教会に行っていたという人が少なくない。すなわち、棄教者が多いということである。しかし、この棄教者に対しても教会は冷たいのではないだろうか。……彼らが教会に来なくなった理由はさまざまであろうが、牧師に対する不満は、信徒のほうが聞きやすいであろう≫と言う。
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福音と世界(2月号=新教出版社・筍娃魁Γ械横僑亜Γ僑隠苅検棒情不安のエジプト報道にしばしば登場するコプト派キリスト教徒に触れて、連載『交響する啓典の民』で、作曲家=指揮者の伊東乾が《325年のニカイア公会議で三位一体の教えを承認し、451年の政治的なカルケドン公会議をボイコットしつつ、「神の母」テオトコスであるマリアに熱烈な信仰を抱くコプト派キリスト教徒たち。……そんなコプト派を「単性説」であると異端視する視線が欧州側からは不断に注がれてきた。いったいその視線の根拠はどこにあるのか? 私たちはそれをよく考えてみる必要があるのではないか?》として≪キリスト教の視点だけで物事を考えるあり方に、21世紀のキリスト教を巡る思潮が流れているといえるだろうか?……「啓典の民」という括り方を、クリスチャンの側から再度しっかりと掴み直すべき時代を、いま私たちは生き始めているのではなかろうか》と問い掛ける。
 不定期連載『私とキリスト教』第1回は作家の小中陽太郎と政治学者・東京大学教授の姜尚中。
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Ministry(冬号=キリスト新聞社・筍娃魁Γ械横僑亜Γ僑苅苅機貌箪検悗海譴らの「礼拝」の話をしよう――白熱教室@ミニストリー校』は登場する「講師」の熱気が感じられる企画。日本基督教団代田教会牧師の平野克己が≪日本のプロテスタント教会は、聖書講義所として発達してきました。聖書の解説として説教が行われたのです。そして、おもに一つのテキスト、日本では特に福音書と使徒書が愛されていますけれど、そこだけを選び、切り取って教える教室のようになりました。これにより、礼拝の他の要素との関係が明らかでなくなったことは、一つの問題ではないかと思います。……日本プロテスタント教会の初期の伝道者、植村正久や山室軍平、中田重治らの説教は、講演・講義調ではありませんでした。当時の会衆は、彼らの口から語られる「物語」を楽しみ、泣き、笑った。会衆が喜んで参加できる説教であり、礼拝だったのです≫と。
 シリーズ『日本の説教者』第12回。日本基督教団松山番町教会牧師の小島誠志が説教とジャズには共通点があるとして≪ジャズは、歌も演奏も基本的には言葉にならない黒人たちの叫びです。叫びがなければジャズは成り立たない。あの人でなければ歌えない歌、あの人でなければできない演奏があるわけです。説教者も、その人でなければ語れない“語るべきもの”や語りたいという情熱を内に持っている必要がある。説教者自身の言葉が聞こえてくることが大事で、単に答えを出す行為ではありません≫と。楽譜は用意しながら、聴衆との対話で即興を演ずる。牧師は説教で、ジャズの旋律を奏でているのだ、と記事がまとめられている。(こ)

  
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●雑誌を読む(2012年1月)

――福音宣教――
「これこそ教会」を実感
いたたまれない状態に
――福音と世界――


地震・津波・原発事故が、教会のあり方を問うている。そのことが、伝わって来る記事が目立つ。「善意のボランテア」が自らを問うている、とも言える。教会が、礼拝が、確かに変わりつつあることをうかがわせる。


福音宣教(1月号=オリエンス宗教研究所・筍娃魁Γ械械横押Γ沓僑娃院縫トリック『修道会・宣教会の刷新と使命』を特別企画に組んだ。東日本大震災に触れてオタワ愛徳修道女会の木田まゆみが≪災害に遭遇した小教区の動きと、全体の支援の動きとの間に微妙な差が生じてきたように思うのです。……震災の前までは、教会に集ってくる信徒の司牧に力が注がれていた小教区にとって、地域の苦しんでいる人のために教会が奉仕するという新しい方向性に、チャレンジを感じるとともに、教会がパン種として生きていくことの新たな道が開いたようにも思うのです。……教会の姿が、この被災地の状況の中に縮図となって現れていることを感じます≫と言うと、聖母訪問会の米田ミチルが≪私もそうだと思います。私たちが、シスターズリレーで会員たちを塩竈に送ったときに、その務めを終えたシスターたちが口々に言っていたのは、「これこそ教会だ」という言葉でしたよ≫と応じる。そして≪私は釜石も訪問しました。そこでこの未曾有の災害によって教会が新しい姿に変わる象徴的な話を聞いたのです。教会の聖堂は、ミサ以外の時は鍵がかかっていましたが、震災後は二十四時間開いていて、人が出入りしているというのです。私はとても感動しました。私もこれこそ教会の姿だと思いました。……この大きな変化は、そこに集う信徒の司牧に力が注がれていた小教区の神父さまにも、信徒の方々にも、新しいチャレンジであることに違いないと思うのです≫と。幼きイエス会の杉田紀久子は≪これは主任司祭や信徒、つまり小教区だけの問題ではありませんよね。教会のあり方そのものが問われているのだと思います。……どのようにしてよいか分からないという状況が、次から次へと出てくる今のこの時だからこそ、新しい始まりではないかと思うのです。津波によって、私たちの教会のあり方も、底からひっくり返されてしまったのでしょう。……日本の国がこれからどうなるのかということと同じで、底の底を見させていただいたように感じますね≫と言う。
 援助活動に修道会が連携してリレー方式で会員を派遣する「シスターズリレー」。木田は≪私たちは、守るべき肉体も家族も何もない立場で、復興支援の場に、自分の意志で行っているのではなくて、神さまから共同体を通して派遣されている。その自覚を持った人が一人いれば、その場にいる人たちは安心できるのです≫と言うと杉田が≪一人ひとりのシスターについては、このプログラムへの向き不向きについて、賛否両論のあるところですが、私たちがたとえ歳をとっても「シスターがいてくれればいい」と言われる意味を、少しずつ分からせていただいている感じですね≫と。
     ◇
福音と世界(1月号=新教出版社・筍娃魁Γ械横僑亜Γ僑隠苅検法悒螢譟璽瓮奪察璽検峪亜Π谿譟廾文紂戮覇本福音ルーテル稔台教会牧師の内藤新吾が≪今回の大震災に際して、残念なことは、日本全体の動きもさることながら、キリスト教会においても、何か東北の被災地に対する応援はするけれども、福島の地の人災で苦しむ人々への応援は、声かけも、具体的連帯もできないでいる、ということである。……原発災害については、仕方がないとはとても思えない、むしろ悔やまれて仕方がない。わざと想定を甘くしたとしか言えないことが幾つも出てきて、そのような状況の中で、しかも国も過去の対応を詫びず、東電も他の会社では考えられないよいうな甘い処置を受け、誰からも捨て置かれた状態になっているのは福島県民だけという、いたたまれない状態に福島の方々が放置されている、というのが現状である≫として≪なぜ教会は、福島の方々に、声かけや連帯ができないのだろうか。私はそれは、これまでのキリスト教会の聖書の読み方、また教職者たちの宣教の視点に、何か問題があったからではないかと思っている≫と。
 交響する啓典の民で、作曲家=指揮者の伊東乾が《戦後日本の新憲法のもとでの「信教んぽ自由」は、実質的に宗教の否定になっている》と指摘する。《特定宗教に関わる行事に光が当たると、すべて「信教の自由に低抵触」と言えばよいと思っている節さえ見受ける》として《信教の自由とは、信教に自由を認めるということだ。つまりひとつの信仰があり、また別の信仰がある、その自他の別をしっかり認めつつ、平和裏に共存するというのが本来の信教の自由に他ならない。……日の丸や君が代のアレルギーのある人にそれらを押しつけない、と言ったことが、成熟した多元的社会の基本であり、21世紀のグローバル社会で、他者と共生してゆく最低限のマナーに他ならない》と。
 「原発事故は一次産業たる農業と漁業に壊滅的な被害を与え、そこに追い討ちをかけるようにTPP締結の是非が論壇に上った。どちらも「食と農」を脅かす問題である。……その「食と農」の問題にキリスト教はどのように答えるだろうか」と特集『キリスト教における「食と農」』を組んだ。日基教団松崎教会牧師の星野正興が『「農」の霊性とキリスト教』で最後に《まだまだ書きたいことがたくさんある。現在跋扈している原理主義的キリスト教の問題である。すべてを「贖罪のキリスト」に結びつける原理主義的キリスト教が、宣教の停滞を招く諸悪の根源であるとは言い過ぎであろうか》と問題を投げ掛ける。
     ◇
信徒の友(1月号=日本キリスト教団出版局・筍娃魁Γ械横娃粥Γ娃苅横押貌箪検慇士蘚機愁リストを受け入れ、味わう』。東京神学大学教授の芳賀力が、『洗礼の恵み、聖餐の喜び』で、《聖餐はもはや愛餐とは違い、信仰の食事になりました。たとえそれが、復活が起こった日曜日を覚えて主の日の朝に行うことになったとしても、彼らはそれを「主の晩餐(テンルビ)」と呼び続け、「渡される夜」の記憶と結びつけることを辞めませんでした。それほどにこれは、主の名によって洗礼を受け、主によって購(ルビ)われる者たちにとって、腹を満たす普通の食事ではない、信仰を満たす特別の食事だったのです》と。
 キリスト教出版販売協会・出版部会が11月に行った公開パネルディスカッション『震災とキリスト教ジャーナリズム』を『東日本大震災、その後』の中で取り上げている。日本キリスト教団出版局の伊東正道が『信徒の友』について《福島では地域は原発によって生き、教会員には原発関連で働いている人もいるため、こちたも聞いても書けないことがある。そうした状況下、何をどうやって載せていくかが課題》と。
     ◇
サインズ オブ ザ タイムズ(1月号=福音社・筍娃苅押Γ毅横供Γ僑横横機冒牢111周年を機会に体裁をB5判からA5判に改定した。特別記事として『北朝鮮による拉致被害者・横田めぐみさんの母親・横田早紀江さんに聞く』を掲載。≪聖書には「神様がなさることはすべて時にかなって美しい」という言葉があります。拉致問題解決のための活動をしていく時、打ちのめされ悲しみの涙を流す時もありますが、神様に従って、神様が世界をどのように動かされていくのかを祈りながら見守っていきたいと思います≫と。(こ)

  
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●雑誌を読む(2011年12月)

――説教黙想アレテイア――
やはり第一にやること
『笑うイエス』を伝える
――信徒の友――


自分には無縁のもの、と見過ごしている人も多いと思われる『説教黙想アレテイア』だが、特別増刊号『危機に聴くみ言葉――3月11日の後で教会は何を聴き、何を語るか』に目が惹かれる。


福音と世界(12月号)特集『日本の神学におけるドイツ――日独交流150年によせて』。聖学院大学総合研究所教授の深井智朗が、日本のプロテスタント教会に大きな影響を与えたカール・バルトの神学について、≪彼は批判や破壊においては美しいが、形成においては力がないし、彼の神学というよりは彼の人格が制度の中に留まることを許さなかった。それなのに日本の神学や教会がバルトから教会を学んだという時に、われわれは一体何を学んだというのだろうか。好意的に解釈するならば、バルトの神学があらゆる伝統から切り離され、啓示から開始されているので、教派的伝統や学としての神学部の伝統ない(ママ)日本の教会にはちょうどよかったということになるのであろう。しかし逆にこの神学は、ようやくその基礎工事のための石をひとつ積み上げたばかりであるような日本の教会を破壊したり、批判する方法を教えてしまった≫とまとめている。
     ◇
説教黙想アレテイア(特別増刊号)『説教黙想』も「危機に聴くみ言葉」に集中しているが、被曝体験、関東大震災、「9・11」など歴史を振り返る企画が読ませる。しかし仙台と東京で行なわれた二つの座談会を見逃すわけには行かない。登場する人は日基教団の牧師がほとんどだが、特に被災地で働く牧師たちが経験、考え、語ってきたことを語り合った座談会1は、3時間分を一気に読ませる。
 ≪地震以来、被災地から外へ向かって情報発信してくれと言われ続けていますが、やはり第一にやることは、被災者を慰め、被災地にある教会員が生きていくための言葉を語ることなんだろうな≫と思っている、と日基教団新生釜石教会牧師の柳谷雄介。≪津波というのは、どうも線を引く災害なんですね。津波が来たところと来なかったところで、線ができてしまう。線の外にいたか内にいたかで、災害の受け止め方が全然違ってくる。それで「ボーダーライン・ディザスター(境界線災害)という言葉を作ってみたんですけど、このボーダーラインの外にある人も内にある人も、同じ被害に遭って心を痛めているんだという考え方でいます≫と言う。
 日本聖公会東北教区主教の加藤博道が≪しばしば「震災後」という言葉を聞きますが、私の感覚では、今もまだ震災の中にいるんですよね。たしかに三月一一日の揺れは終わったけど、この震災の全体像はまだわからないし、もっともっと深刻になっているし、放射能のこともあって現在進行形です≫と言うと、東北学院大学教授の佐藤司郎が≪私もそう思います。今も震災のさなかにある。この間、私自身はずっと二つの問いを問い続けてきた気がします。ひとつは、自分がこれまで語ってきたこと、書いてきたこと、これは今の状況で今の東北の人たちの中で語ったり書いたりできるものなのか。通用するものなのか。そういう強い反省があります。もうひとつは、何を聞くんだろうか。この震災と原発事故から、そして何を語れるんだろうか。そして今ようやく、この問わざるを得ないという気持ちが、少し落ち着いてきたという感じです≫と応じる。それはたまたま読んでいたカール・バルトの『しかし、きみたち、勇気を出しなさい!』という説教で、≪バルトは、われわれがその中で生きている不安について丁寧に語っています。原爆と共に生きることは、不安と共に生きることだというフレーズもあります。そのうえで、「しかしキリストは既に世に勝っている」という福音を伝えるんですね。イエスの勝利から生きることは、この世にあって意気阻喪しないことだと語られる。考えてみれば当たり前のことなんだけれども、私はこれを読んで地に足をつけるように言われた気がしました≫と。
     ◇
信徒の友(12月号)この9月に東京で行なわれた『国際平和アシュラム公開講座』でC・S・ソンが語った『笑うイエス――アシュラム運動の途上で出会うアジアのイエス』の要旨を紹介している。≪笑うことのできないキリスト信者は元気がないということです。苦難の中で笑うことのできるイエス。それがアジアのキリスト教です。……東北の人々、数年前のスマトラの津波の被害にあった人々。涙を流す人が多くいます。そのような人々には「立派なイエス」を述べ伝えるのではなく、共にいて悲しみ、笑うイエスを伝えなければならないと思うのです≫と『民話の神学』で知られたソンが言う。
     ◇
福音宣教(12月号)特集『司祭・修道者への招き』は、東京・田園調布教会協力司祭をしているフランシスコ会士の新直己、さいたま教区助祭の■■周という「先輩」2人の招きが素直。イエズス会司祭のサリ・アガスティンは「召命促進担当者」として、≪教会が司祭・修道者の召命の減少に危機感を抱いている今だからこそ、召命が持つ社会的要素を分析しながら、信仰共同体のチャレンジ≫についての考えを記す。≪司祭・修道者はキリストの価値観を、よりラディカルに生きることに招かれています。それは高遠な道ではありますが、同時に平凡なことの中にあるのです。結婚や社会的使命もそうであるように、それに応えていくためには覚悟が必要です。「覚悟の上で賭ける」のです。神のみ摂理に賭けるのです。そのみ摂理に従う覚悟で≫と。
     ◇
Ministry(第11号)『シリーズ・日本の説教者』で、キリスト品川教会牧師で全国説教塾事務局長の吉村和雄が、ミュージシャン・ジョー山中の葬儀の際に触れ≪数いる列席者の中で、故人を最も知らない私が彼について語るわけですよ。こっちが持っている情報は少ないし、時間的にも家族のほうが圧倒的に長く関わっているはずなんです。ども、その人の人生でいちばん大事なものに触れれば、誰でも『そうか』と納得するんじゃないでしょうか……葬儀説教は、こちらがつくり出すというよりは、その人の人生を通して、そこから言葉が与えられるような感じがします≫と。そして≪20年牧師をやってきて、私の仕事はこの教会を『幸せなクリスチャン』の集まりにすることだ、ということが段々わかってきた。やっぱり、クリスチャンは幸せじゃなきゃいけない。よく『敬虔なクリスチャン』って言われますが、『敬虔な』よりも『幸せな』と言われたほうはずっといい≫と。
 『礼拝探訪』で同志社大学キリスト教文化センター教員・日本基督教団牧師の越川弘英が『三十番地キリスト教会』を取り上げる。≪今の日本において「仮想の教会」や「仮想の礼拝」を必要とする人々や状況があるということも、私たちの置かれている現実の一面なのである≫としながら、≪毎年2万件以上の訪問者(アクセス)を迎える教会。また、毎年30〜50件の個人的な相談を受ける教会。そして、ここを経て現実の教会に通うようになった人や受洗者を生み出してきた教会。こうした「三十番地キリスト教会」の現実、そしてバーチャル・チャーチの存在から、既存の教会ははたして何を学ぶべきなのだろうか≫と慎重だ。(こ)

  
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●雑誌を読む(2011年10月)

――説教黙想アレテイア――
語る人のすべてが出て
我々の奴隷ではない神
――信徒の友――


キリスト教出版、と言っても雑誌の世界のことではあるが、新たな胎動とでも言える動きが感じられる。『3・11』が与えた衝撃とすると皮相に見えるが、底深く何かが変わりつつある。


説教黙想アレテイア(74号)≪父沢 正彦、母金■の両親を牧師にもち、二人を見ていて、牧師とはなんとしんどい仕事なんだろう、と思いました≫という歌手の沢知恵。≪こんな精神労働が私につとまるはずはない。少なくとも進路の選択肢に、牧師はありませんでした≫と。ただ≪牧師にはなりませんでしたが、ある特定の時空間に集う人たちに、声とことばでうたい語りかけるという意味で、歌手の仕事と通じる部分があると感じます≫と言う。そして≪どんなにつくろってもうたに出てしまう私の生。そして、生きることがうたうかのごとく喜びにあふれていたら……。牧師の場合は、「語ることは生きること、生きることは語ること」ではないでしょうか≫として≪饒舌で雄弁であればいいのではない。どんなに技術的に優れても、語るその人のすべてが出てしまい、隠せないのが説教。厳しいかもしれませんが、そう思うのです≫と。
 ブックレビュー『宣教学入門』(日本福音ルーテル博多教会牧師・宮本新)、説教学豆事典『葬儀説教』(日本基督教団代田教会牧師・平野克己)、牧会者のポートレート『佐波亘』(日本キリスト教会茅ヶ崎東教会牧師・五十嵐喜和)など、本来の連続講解以外にも力が入っている。
     ◇
カトリック生活(10月号)特集『カトリック信者が「もしドラ」を読んだら』は面白い企画だが、それが冒頭の仮想座談会だけでなく、教育コンサルタント・河地久悦の『組織のマネジメントは一人ひとりへの愛情から』、さらには『教会法で知るカトリック・ライフ』にまで13ページにわたって「組織」を取り上げており、それぞれに読ませる。
 御受難会の司祭・来住英俊の『“キリスト者”と“思想”の交差点』。小室直樹のキリスト教概説を正面から批判している。≪キリスト者でない人が書いた概説書を読むと、部分的には鋭いと思う観察もある。宗教は退屈なものだと決めつけていた人が、「キリスト教って、けっこう刺激的かも」と興味をもつこともあるだろうから、教会の立場からも存在意義はある。しかし、こういう本を読んで、「これでキリスト教の肝心なところはわかった」と思う人もあるということを、教会の物書きは意識すべきであろう≫と。
     ◇
福音と世界(10月号)特集・『ラインホールド・ニーバー没後40年』。神学者、デューク大学神学部教授のスタンリー・ハワーワスと青山学院大学教授の東方敬信が冒頭対談。ハワーワスが≪ニーバーの政治学には、教会の存在意義がない。したがって、私の考えによると、彼は世界の政治的ヴィジョンをもっていないので、教会が代替政治学を持つことがないようになる。……彼は正義を実現するためには暴力も必要だということに同意してしまう。もちろん、私はこれには反対する。なぜなら、キリスト論的に考えると、それは、復活の勝利だけを考えて、十字架を背後にやってしまうことになるからである≫と。
 連載『交響する啓典の民』で作曲家=指揮者の伊東乾が≪最初の「福音」は書き文字で記されたものを意味しないと思うのです。誠実な聖書学者のかたがたは原典主義として、文字に残された写本などを重要視されます。……これと同時に「福音」は最初、決して文字で書かれたものではないというのも、また確かな事だと思うわけです。そして、この原初の「福音」はアラム語というか、ヘブライ系、ユダヤ系の言葉で息づいているわけです。そうすると、どの時点で福音、エウアンゲリオンつまり「よき知らせ」がヘブライの「音声」から「文字」つまりギリシャ語の書法(敢えてフランス語を用いるならエクリチュール)で伝えられることになったのか≫と。
 連載『明治キリスト教史の周辺』で日本基督教団隠退教師の太田愛人が「説教とその影響」について≪文章は優れ翻訳もするが、弁説は訥弁という植村と小崎が演説すると、会衆の中から大声で「よくよく下手な話をするものだ」と野次られ、会衆は哄笑して演説会は中止せざるを得なかった≫と小崎弘道が『七十年の回顧』に書いていると紹介、≪言葉や書物の宗教と言われたキリスト教は、日本に普及するや弁舌の問題に直面することになる。その顕著な例の一つが方言の問題である。……伝道説教では明治十年代から障害も生じた……宣教師の場合、習いたての正規の日本語が方言使用の信徒には通じないこともあった≫と。≪それにしても明治十年代のキリスト教の元気のよさは、学ぶことが多く、言語の壁を破る説教は「使徒行伝」の日本版と言えるであろう。明治の牧師は外に外国語、内に方言の理解を必要とした≫のだ。
      ◇
信徒の友(10月号)『東日本大震災、その後』。カトリック大船渡教会信徒、と言うより「ケセン語」聖書で知られる医師・山浦玄嗣が東京で行った報告を掲載。≪避難所には全国から救援隊がやってきて薬をどんどん配っていました。しかし、そうした薬は開業医の私たちのところは来ないのです。……生き残って病院に行こうとする人はほとんどが高血圧、糖尿病などの慢性疾患です。避難所以外で暮らす人は開業医のところに来なければならないのですが、そこに薬がないのです。交通が寸断され、薬問屋も民間だということでガソリンをなかなかもらえず、医薬品集積所から運ぶことができなかったのです≫と。さらに≪後で聞いたことですが、医療支援隊が一日に大船渡のすべての避難所で診た患者は平均七〇〜八〇人。そのころ、我が山浦医院には一日に二三〇〜二四〇人の患者が来ていました。でも、そこに薬がないのです。今回ほど日本の政府が当てにならないと思ったことはありませんでした≫と。
 被災後、取材に来たジャーナリストたちは≪「なぜ、善良な人間がこんなにたくさん死ななければならないのか。神さまは一体何をしていたんだ」と言う。神さまは我々の奴隷ではありません。我々の都合で動くものではありません。我々が神さまの道具なのであって、神さまは我々の主なのです。そこを履き違えてはいけません≫と。終わりに≪我々が神さまに対して取るべき態度はたったひとつ、「神さま、あなたは私をお創りになりました。何のためにお創りになったんですか?
私はどういう道具なのでしょうか。どうぞ、教えてください」。これしかないのではないでしょうか。自分に与えられた器に従って、どうやったら神さまに喜んでいただけるのか。「お前、よくやったな。めんこ(愛児)だ、めんこだ」と言っていただけるように、身の周りに起きる出来事の中に神さまの御言葉を常に追い求めることだと思います≫。
 福島第一原発から5キロともっとも近い教会、福島第一聖書バプテスト教会は事故発生以来、集団で避難生活を続けている。三度目の移転先、東京の「奥多摩福音の家」を編集者が訪ねた。福音の家ディレクターの宣教師が被災者受け入れを検討する中で出会った。ドイツの宣教団本部に義捐金があつまっており、滞在費を負担した、と言う。信徒・持立春美と牧師・佐藤彰がそれぞれ語る体験に驚かされる。教派誌の枠を超える企画を立てた編集者に敬意。(こ)

  
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●雑誌を読む(2011年9月)

――百万人の福音――
原発を「女」と呼んで…
ヨブへのいじめと同じ
――あけぼの――


 雑誌を読まないキリスト者は案外多い。聖書を読む方が大事、と言われればその通りではあるが、キリスト教誌が掲載している記事は、ただの雑文ではない。立派な証になっているもの、聖書を読む時に助けになるものが多い。


百万人の福音(9月号)日本バプテスト連盟・日本バプテスト京都教会牧師の大谷心基が『「ホームレス」と出会った教会』で、当事者による話であり、事実確認の出来ない事柄であるとしながら、13年前に京都市内の繁華街近くの公園に小屋を構えている先斗さん(仮名、男性)たち4人のグループとの出会いを記す。先斗さんは≪当時まだ五十代前半。しかし顔色が悪い。「身体に力が入らんのよ」。これまた力のない声でささやく。……彼の病状について仲間のひとりが真顔で言う。「こいつは悪い女にひっかかったんや、女に病気うつされたんや」。しかも続けて「こいつの病気は治らん、早死にしよる」と言う。先斗さんもそれに真顔でうなずく。「なんの病気?」と尋ねるものの、「そんなんまで言わさんといて」とかわされる。……そのころの私は調べもせずに治りようのない性病があると思い込んでいた≫と。それから3年後、血液検査の結果を持って彼が≪先生、だれか知り合いの医者はおらんかいな。体調が悪いねん。今の病院では詳しいこと知らせてくれへん」≫と。その病院が彼を入院させなかったことに怒りを覚えた筆者は、≪ホームレス当事者に同じような血液の数値を示す例が複数あったのではないだろうか。そして、その原因を専門家たちはある程度つかんでいたのではないだろうか。入院中に先斗さんが重い口を開く。「原発で仕事してたんよ」。私は頭上に鉄板が落ちたと思うほどショックを受けた。そしてようやく気づく。彼らの中で原発のことを「女」と呼んでいたことを≫。
     ◇
福音と社会(256号)長年、原発現場で働いたためか1997年1月、大量内部被曝がもたらした死と見られるプラント配管技術者・平井康夫の『原発がどんなものか知ってほしい』という証言をジャーナリスト・山内継祐が紹介。≪机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。なのに、原発を造る人がどんな技量を持った人であるべきか、現状がどうであるのかという議論は、1度もされたことがありません……作業者から検査官まで、すべて素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです≫として、さらに≪原発には放射能被曝の問題があるため技術の蓄積ができず、後継者を育てることがむずかしい職場……原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクを付けているため互いに会話することもできないような所ですから、意思の疎通は身振り手振りにならざるを得ず、これではちゃんとした技術を教えることができません。それに、いわゆる腕のいい人ほど、年間の許容線量を先に使ってしまって、以後は中に入れなくなります。だから、よけいに素人でもいいということになってしまうのです≫と。
 特集『東日本大震災◆戞D杭蠡膤愨膤惘^綮薬学総合研究科長で日本甲状腺学会理事長の山下俊一、「放射線と健康被害」についての講演を掲載した前号に、理性的な判断による原発への恐怖心が払拭したとの意見と、未だに不安と疑いが晴れないとの意見が寄せられた編集部が、再度山下にインタビュー、「リスクの大小を正しく理解、判断したうえで風評に惑わされず冷静に行動してほしい」との発言を引き出した。≪守られるべきは乳幼児、子ども、妊婦です。チェルノブイリでは、事故直後に大量に放出された放射性ヨウ素の食物連鎖による、特に牛乳の汚染による子どもたちの甲状腺被ばくが大きな問題となりました。……今後これらに該当する保育園や学校における健康増進事業はきわめて重要となります。今回の原発事故の教訓の一つは、健康リスクに関わる情報の過少から情報氾濫と交錯までその真偽を監視し、政府の見解や指示を客観的・中立的・公平無私に評価し、真に国民の信を問える組織や機関を創ることです≫というのだが。
 カトリックさいたま教区終身助祭の矢吹貞人も群馬大学名誉教授(分子生物物理学)の経歴から、編集部の≪「放射線の影響は心配ない」と言えば“東電の回し者”“原子力村の住人”視されて袋叩きに遭いかねませんが、それでも「心配ない」と言えるのですか≫との問いに、≪生命の誕生とその進化の歴史のことを考えに入れ、現時点で私たちを取り巻く放射能に関わる地球環境などを併せ考えれば「現時点に留まるなら安心してよい」と考えるのはおかしくないと思います≫と。そして「これ以上福島第1原発の事故が拡大しない限り」との条件付きだが≪関西や九州に住まいを移したり(西日本の方が自然放射能は高いのだそうです)、国外に脱出したり(国によっては日本の5倍とか)する必要などは全くないことを理解していただけると思います≫と答える。
     ◇
あけぼの(9月号)ユニセフ親善大使でもある90歳のバイオリニスト、イヴリー・ギトリスが被災地訪問とチャリティ・コンサートのために来日したが、インタビューで≪私たちは選挙で投票して私たちのリーダーを選んでいるのですが、残念ながらそのリーダーとなる人たちは、必ずしも「地球の問題」に気づいていない。気づこうともしていない。その地球のエネルギーにきちんと対応していないことがとても残念です。私たちは開発や技術を形にしていきますが、その将来のことが見えていない、というより見ようとしていません。例えば原発を使ってエネルギーを創り出していますが、当然そこに生じる核廃棄物をどう処理しているか。ただ地中深く埋めているのです。十万年も残ると言われている核廃棄物、放射性廃棄物を、です。将来、そこに残ったものはどうなるのか、ということをふまえず、すぐそこで得られる利益だけを考えて原子力発電所を稼働させています。将来のことを考えていない。お金と欲望が渦巻き、そしてすべて早くまとめて片づけてしまおう、という動きが、地球を痛めつけ、人間が、自分で自分の首をしめているのです≫と。
 特集対談『今、生きてて良かったと思えれば……』で岩手県大船渡の医師・山浦玄嗣(ケセン語訳新約聖書の著者)が歌手・新谷のり子に≪津波の後、東京からいろいろなジャーナリストたちが来て、不愉快な質問をしましたね。つまり人の信仰を根底から覆そうとするような質問。お前はキリスト教徒で神様を信じているそうだけども、こんな災害に遭ってもなお信じるのか、と。旧約聖書に登場するヨブの対するあのいじめと同じような質問ですよ≫と。それに答えて≪当たり前だ、と言ったんです。地球の歴史はこういうものなんだ、と。……一度に何万人も死ぬから皆腰を抜かすのですが、よく考えると人生は災害の連続です……災害は非常に不条理にも見えるのだけれど、長い目で見ると、そのお陰で、前の時代では出来損ないとして思われないようなものが次世代を造って、生物も人類も進歩していく。ですから災害を呪ったり、なんで神様は私たちを救ってくれないのか、という問いは見当外れもいいところだと思います≫
     ◇
信徒の友(9月号)特集『喜びあふれる礼拝賛美』。神戸聖愛教会牧師の小栗献(日本基督教団賛美歌委員会委員)が≪私は基本的には賛美歌にとって大切なのは音楽よりも「言葉」、そして「意味」だと思っています。礼拝の中で歌われる賛美の言葉の意味をしっかり受け止めながら歌うことをいつも考えています。……奏楽者の皆さんからはときどき叱られます。「もっと早く賛美歌を教えてください!」ごもっともです。よくわかりますし、申しわけなく思っています。でも説教ができていないのに賛美歌はえらべないのです。……賛美歌選びは説教作成の一部です。説教者はそれだけの思いを込めて一曲の賛美歌を選び出すのです≫と。
     ◇
 注目した記事は多数ある。『あけぼの』では山根基世の『“ことばの杜”への小道』の広島県「ほんごう子ども図書館」設立10周年に、今泉ヒナ子の『がんばっぺ、福島!』。『カトリック生活』の特集『聖人とはだれか?』。『福音と世界』の『獄中書簡=尊厳を回復する』(大谷隆夫)、『今、柏木義円に学ぶということ』(片野真佐子)、『わたしたちはいまどこにいるのか(上)=隅谷三喜男の座標軸』。『福音と社会』では戸田帯刀神父を追った『封印された殉教』(こ)

  
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●雑誌を読む(2011年8月)

――福音と世界――
神を論じるゆとりなど
どのように教会形成を
――Ministry――


「東日本大震災」は、なお編集者のアタマを離れることがない。直接の被災地だけでなく、日本全体が被災した、さらには全地球が今問われているのだ。中でもこの未曾有の災害の中で、神にどう向き合うのか、を取り上げざるを得ない。


福音と世界(8月号)東日本大震災で、《「信仰が揺らぐ」「祈れなくなった」という趣の手紙がいくつか小社にも届いた》と前書きした特集『ヨブ記と神議論』。旧約学の国際基督教大学名誉教授・並木浩一、『象徴としての宗教』の著者・永見勇、神学者・八木誠一、宗教思想史の笠原芳光がそれぞれ「ヨブ記からの呼びかけ」「キリスト教とヨブ記」「宇宙の神と人間の道」「神への疑問」と題して寄稿している。
 大津波に破壊尽くされた町に入った写真家・藤原新也が週刊誌『AERA』に惨状を写真で報道したことを取り上げ、並木は《これは神の残虐を告発する意図を込めたものであった。彼は廃墟の中ににっこりと微笑んで立つ自由の女神像を撮影した写真に、「ヒトを殺した神だけが生き残る無法地に氷雨」と書き添える》として、《近代人が大災害の発生の機会を捉えて神の存在をも世界支配をも虚妄と断ずることは、今に始まったことではない》と言う。1755年にポルトガルのリスボンを襲った大地震による災害を聞いたフランスの啓蒙主義者ヴォルテールが直ちに長編詩を発表し、罪のない民を犠牲にする神への絶望と反抗を露わにし、楽天的弁神論を否認したことを紹介、《ただ指摘しておきたいのは、この写真家もヴォルテールも被災者ではなかったということである。災害の当事者は必死であって、神を論じるゆとりなどはない。今回の災害に遭ったキリスト者は神が人びとを殺したなどと考えず、熱い祈りを神に捧げるのみであったろう。ちょうどヨブが自分にひどい災難を下した神に必死に訴えたように。ヨブの深い苦しみは神を虚妄とできないところにあった》と言う。
 巻頭メッセージ『聖書と現実の往還から』で日本基督教団「免職」牧師の北村慈郎が《戒規免職処分が決定されるまで、教団はまともに私と向かい合って私の言い分を聞いてくれたことは一度もありませんでした》と。
 日本で日曜日が休日となったのは1876(明治9)年だが、それに安息日律法がからんでいることを、日本基督教団隠退牧師の太田愛人が『明治キリスト教史の周辺』で触れている。
 《もし、新しい永遠のいのちに与る方向を目指すのであれば、まず死ななきゃいけないわけです。……私は、今回の大震災をひとつの「死」として、生かしていただきたいわけです。……「使徒行伝」2章のペンテコステの物語で、後半部は「多言の奇跡」となっています。それぞれ異なった国からきていた人たちが、霊に満たされた使徒たちの言葉を自国の言葉で理解できた、という奇跡です。危機は危機だけでは終わらないのは、ノアの方舟の話も同じです。最後にノアが鳩を放つと、オリーブの葉っぱを咥えて帰ってきます。洪水という経過を通らないと、オリーブの葉っぱの輝きはない。つまり一種の「死」を通過しないと、新しい永遠のいのちに与ることはでないわけです。そしてもちろんそこには「弱さを絆に」することが不可欠です。だからこそ、オリーブの緑は力強く輝く。しかし今日の日本で不思議なのは、その「洪水」を通過しながら、また「強い立場」を求めているところです。本当は逆でしょう》
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福音宣教(8・9月号)年間企画連動特集・希望に向かっての8回目『発達障害を超えて』。『息子二人を授かって』で山口彰が《すべてにおいて人を超えている神の感覚からすれば、どんな障害者であっても、神に名前を与えられた唯一無二の恵み豊かな自由な存在なのだと思っています》と。『ADHDという使命を受けて」(吉川康夫)も読ませる。
 30回を迎えた教会音楽祭について作曲部門で入賞した油谷美佐子へのインタビューが実情を良く紹介している。
 鹿児島司教・郡山健次郎の『ネット宣教のきっかけ』。軽妙な文章の中に、貴重な提案が含まれている。《ネットの船に乗ればいまや世界一周も思いのまま。命がけで東洋の使徒として歩き回ったザビエルさまがインターネットのことを知ったら歓喜するに違いないのです。いずれにしても、ザビエルさまの見果てぬ夢の実現を目指そうとするのがネット宣教であるという位置づけは変わりません》と。
 聖学院大学教授の古屋安雄が『バルト神学の検証』で、《初期バルト神学は、倫理、特に政治社会倫理に関心がない、と誤解されたのであった。それは戦争政策を実施する政府にとって好都合であった。宗教からの批判的発言がないからである。それを神学者が利用したのであった。戦争について何も批判的な発言をしなかったのである。いや、協力したのであった。ここに世界でも珍しいことが起こったのである。バルト自身はヒトラーと闘っているのに、バルト神学が支配的な日本の教会は、ヒトラーと同盟した日本政府による戦争に妥協し、協力したのであった。具体的には、キリスト教主義学校、キリスト教社会福祉団体、YMCAあるいはYWCAなどのいわゆる教会の外郭団体などの就職が減ったのは、私の推定ではバルト神学、厳密には日本のバルティアンの影響によるのではないか、と思われる》と。
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Ministry(夏号)フォトエッセイ『地球彷徨』で桃井和馬が『神の領域と人間の領域』を描く。
 特集『いま。語るべき言葉――東日本大震災』。全誌面を裂いて取り組んだ雰囲気。様々な救援活動の報告に共通するのは“とことん、寄り添う”こと。『牧師、ボランティアのホンネ』では≪被災地の教会は、一見、まとまって元気に困難に立ち向かっているように見えても、内実はあらゆる意味で引き裂かれている。……それぞれに痛みを抱えながら、自らを責めたり、相手をどう支え慰めたらいいのかと悩んだり。こうした中で、教会や地域の共同体性が危うくされている。今後どのように教会形成をしたらよいのか≫との問い掛けにたじろがされる。≪教会堂が無傷だったため、地域の支援拠点として開放している。長期的に続けていきたいと考えているが、信徒の間で意見が二分している。概ね、ご自宅が激しく被災した信徒は支援に積極的だが、ほとんど被災していない信徒は早く通常の教会生活を送りたいと言う。その気持ちもわかるが、地域の復旧が立ち遅れている中で、教会だけが先に進むわけにはいかない。どうしたらよいか≫と。
 シリーズ『日本の説教者』でも聖公会東北教区主教の加藤博道が、≪ただ、直接被害にあわなかった人でも精神的にまいっている人は多く、その人たちに『もっと大変な人がいる』とも言えない。それは、他の被災地でも共通する悩みだと思います。両者の思いがばらばらにならないように、どうつないでいけるかが問われています≫と言う。
 『3・11後に「語るべき」言葉』は、岩島忠彦(イエズス会司祭)、大塚野百合(恵泉女学園大学名誉教授)、上林順一郎(日本基督教団松山教会牧師)、沢知恵(シンガーソングライター)、辻子実(NCC靖国神社問題委員会委員長)、
英隆一朗(イエズス会司祭)、濱野道雄(日本バプテスト連盟宣教研究所所長)、平山正実(聖学院大学大学院教授)、水谷潔(小さないのちを守る会代表)の発言を集めた。
 『うたといのりの資料室』でカンバーランド長老キリスト教会めぐみ教会牧師の荒瀬牧彦の『つける?つけない?アーメン論争』に注目。
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百万人の福音(8月号)グローバルミッションセンター副代表・いわき乳食販売株式会社取締役の五十嵐義隆が『放射能の恐怖に打ち勝つもの 3・11福島、殉教を覚悟して』で≪私が地震発生後目の当たりにしたショックな出来事は、地元のNPOやNGOの関係者、民生委員、医師や看護し、さまざまなプロフェッショナルのかたがたも避難を選ぶものの、しかしその一方で放射線を恐れて、専門職が助けに入ることが極めて少なかったことだ。私の会社の取引先メーカーには、しばらく福島県に入りたくないので、栃木や茨城まで取りに来てほしいとも言われた。教会のボランティアセンターに病院や介護施設からヘルプの電話が何度もきた。このままでは餓死者を出しかねないのではないかという思いにさえなった。さて、ここでこそキリスト教会の出番ではないかと思っていると、未信者のかたよりも早く避難する教会の姿があった。牧師や宣教師も中にはいた。地震や津波の被害でライフラインも止まっている人たちもいたであろう。当然それぞれの状況によて避難の選択を迫られたに違いない。それでは、私たちはどうだったかというと、危機的な状況の中でも当然とどまって被災者は困っているかたたちに寄り添わなければならないと思っていた。人生をキリストに捧げた人たちが一緒に集まり、祈りながらニュースや報道以上にみことばを求め、神さまに祈り、導きを求めていたからできた覚悟だった≫と。(こ)

  
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●雑誌を読む(2011年7月)

――福音と世界――
「弱さ」が「絆」の共同体
宗教を教えるのが怖い
――カトリック生活――


「東日本大震災」に寄せる想いが誌面から感じとれるのは、編集者自身がこれまでにない事態に直面し、当惑しながらも懸命に誌面づくりに励んでいるからこそ、と思える。その意気込みを読者が感じ取ってほしい、と願う。


福音宣教(7月号)『ひきこもり・不登校』を特集している。実際に聖パウロ学園高等学校学校エンカレッジコース卒業生4人の座談会『不登校を経験して』が読ませる。司会の同校副校長・土屋弥生が《不登校や不適応やひきこもりを経験した多くの生徒たちから私が学んだことは、「待つこと」の大切さです。大人は意外と「待つこと」が苦手です。そしてここで言う「待つ」とは、ただ何もしないで待つことではなく、その人の「動き出す時」をあらゆる思いと試みを通じて待つということなのです》と言う。《「長い長い暗いトンネルの中にずっといるようだった。そのトンネルはどこまでも続いているのではないかと思い、本当に怖かった」とある生徒は言いました。まず、大人は子どもたちのその苦しみがはかりしれないものであることを知り、自分の期待や不安を子どもに押しつけず、さまざまな可能性を試してみることから始めることができたら》と訴える。
『放射性物質の遺伝子への影響について』さいたま教区助祭の矢吹貞人が遺伝子の研究者として四十年近く歩んできた経験を生かして書いただけに、分かりやすい。
 聖学院大学教授の古屋安雄が連載『宣教の過去と将来』の第7回に教会学校を取り上げている。カトリック、プロテスタントともに教会学校の生徒数が減少している。《子どもたちが成長するに従って教会学校に行かなくなるとともに、親たちが進学のために塾に行かせるからであろう。子どもが学齢期になると、自然科学の真理と聖書の奇跡物語の整合性をどう理解するか、ということも問題となるが、このことは、教会学校の教え方の問題でもある》として、宗教教育の問題は教会学校の生徒のみならず、キリスト教主義学校の児童・生徒・学生やキリスト教社会福祉の子どもたちにも当てはまるのではなかろうか》と言う。そして《問題は弁証法神学が、我が国の教会学校のみならず、キリスト教主義学校、あるいはキリスト教社会福祉事業に及ぼした影響である。人間がやることを神人協力主義の一言のもとに、やる気をなくさせる、あるいは留まらせるネガティブな働きをしたのではないか、と思わされるのである》と。
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福音と世界(7月号)関西労働者伝道委員会共同代表・日基教団石橋教会牧師の横山順一が『時のしるし・「四・五釜ヶ崎大弾圧事件」報告』で、≪この間、検察官や警察官から『あんた牧師なら、もっとおとなしくおだやかに抗議できなかったのか』と言われましたが、それはイエス・キリストの生き様を知らない者の言う発言だと思います。イエス・キリストという人は、彼が生きていた当時、生きる権利を奪われ、人間としての尊厳を奪われ、愛した人の権利を回復するために、本当に命がけで闘い、行動した人です。そういうイエスに少しでも近づきたいという思いが、私の人としての尊厳を尊重したいという根底にあります≫と記す。
 『交響する啓典の民・人間の弱さを絆とする共同体へ』で作曲家=指揮者の伊東乾が聖書学者・荒井献と対話。『「3・11」以後をどう見るか』で荒井が≪一般の報道は「強い日本へ」「がんばれ」ということをしきりに叫んでます。それに引っ張られる形で、キリスト者も「強く」「がんばれ」というメッセージを発信しているように思います。しかしこれらは、少なくとも私の考えるキリスト教のメッセージとはまったく違うものです。この「危機」に際してキリスト教が言えることは、「弱さを絆に」ということなのだと思います……学者は現実問題に発言しない、というのが近年のアカデミズムのエートスになっていますが、本当は、聖書学や神学はそうであってはいけないと私は思いますね。たとえ間接的にではあっても、聖書の解釈というのは、現実の問題からなされていくべきだと考えています≫と。そして≪人間の死というのは、「外から」やってくるもので、キリスト教ではよく「摂理」などと呼ばれますが、特筆すべきはその「不可避性」だと思います。この「不可避性」としての死が、徹底的に今認識されているように思うのです。そして、その究極がイエスの十字架だと思います。……ここでは、イエスでさえも「不可避性」としての死を、甘受していないわけです。とても苦しんでいるわけです。私は、このことが人間の弱さの究極ではにかと思っています。その「弱さ」を「絆」とした共同体が、キリスト者の交わりなのだと思います≫と。さらに≪現代日本のキリスト教を見ていても、だんだん戦前の「言論弾圧」「治安維持法」のようなあり方に傾いていっているような気がします≫として日基教団の最近の状況に触れ、≪聖餐式の問題にしても、特定の牧師を免職にする現行のあり方にしても、そうした強権的な教会のあり方に賛成する人は、戦後の戦責告白問題や沖縄問題に対しても無関心で「思考停止」しています。ここには、「根本的に人間は弱いものである」という謙虚な認識がないのです。そこなるのは、「信仰」によって自分の立場を強める、それも排他的に、というあり方です≫という。
 特集は『教会における女性のまなざし◆
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信徒の友(7月号)『特別報告・東日本大震災=被災教会のいま』は力作。被災した新生釜石教会の主日礼拝説教『今こそ祈りの時』(柳谷雄介)に続いて現地の高野山真言宗駒木山不動寺住職補佐の森脇妙紀の『宗教の垣根を越えて協力』、カトリック仙台教区サポートセンター事務局長の司祭・成井大介の『こども縁日の開催や傾聴など、心のケアも』、聖公会管区事務所総主事の司祭・相澤牧人の『「いっしょに歩こう!プロジェクト」で支援を継続』と教団の枠を超えた報道自体に新しい教会の姿を感じさせられる。
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カトリック生活(7月号)特集『苦しみのあるところに――東日本大震災を生きる』。日本カトリック学校連合会理事長・サレジオ会司祭の河合恒男の巻頭エッセイ『宗教教育が問われたとき』で今回の大震災にあって≪甚大な被害に遭われた学校の皆さんにはこれからも継続的な支えと連帯、関心を示していかなければならないと思っている≫としながら≪でも、私にはもう一つの課題が大きく残っている。ある教師が「4月に入って、学校で宗教を教えるのが怖いです」と叫んだのがそれであった≫とし、さらに≪このような悲惨な状況になると、多くの人が「神も仏もいるもんか。何も悪いことをしていないのに、何で私たちだけがこんな惨めなことになるのか」と憤りながら、神や仏を非難するようになるだろう。また、ある人がシスターに向かって「あなた方の祈りは聞き入れられないのですね。無駄な祈りですね」と言ったように、絶望に陥ってしまい、未来に対して、大きな無力感と不満だけが残ることになるのも仕方のないことかもしれない≫と言う。≪今回のようなこの哀しい現実を、ただ受け取るしかないのかもしれない。だからこそ、私たちは勇気と希望と勤勉さと連帯感をもって、みんなで、力をあわせ、思いを共有し、知恵を出し合いながら歩み続けていることが求められているのだ≫と。
 ケセン語訳聖書で知られる医師・山浦玄嗣の『信頼磐石』は貴重な被災体験。イエスが十字架上で叫んだ最後の言葉「エリ・エリ・レマ・サバクタニ!」を引いて≪身を押し潰す苦悩の中で、駄々っ子のような悪態を吐こうとも、神さまへの信頼は磐石だ。イエスは断末魔の中で力尽き、ついに下の句を唱えられなかった。だが、わたしにはまだ息がある、瓦礫の中でこの下の句を叫ぼう。……御身を頼うで 見捨てられたる例(ためし)なし!≫
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あけぼの(7月号)『私たちのライフスタイルは?…三・一一以後』を特集している。環境エネルギー政策研究所所長の飯田哲也が『東北に百パーセントの自然エネルギー導入プランを』主張、九州・自然エネルギー推進ネットワーク理事長・小坂正則の『三月十一日以後、私の人生は大きく変わった』など好企画。さらにシリーズ『活憲とヒューマンライツ』で朝日新聞『be』編集部員の伊藤千尋が『原発から自然エネルギーへ向かう欧州』、白梅学園大学学長・汐見稔幸の連載『子育て塾』が『まちの復興、再建は子どもの視点を』と盛りだくさん。
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百万人の福音(7月号)特集・ネット社会の功罪。一見すると福音雑誌かと疑うが、広く目配りした好企画。情報システム開発の会社アークビレッジの設立者・堀井卓の『情報革命時代に生きる』、新潟青陵大学大学院教授・碓井真史の『ネット社会における人間行動の心理』をまず読みたい。《ブログやツイッターで発言するときには、新宿駅前でマイクを使って話しているようなものだと自覚しなければ……インターネットは私たちに大きな力を与えます。あなたも、百万人を慰め、百万人を傷つけることが可能になってしまいました》といった指摘は大切だ。(こ)

  
Posted by cjc_skj at 17:49Comments(0)