2016年06月27日

◎マニラでLGBTプライド・フェスティバル2016開催

CJC160627=Ma0625=#186◎マニラでLGBTプライド・フェスティバル2016開催

 【CJC=東京】同性愛者や両性愛者など性的少数者(LGBT)に対する社会の理解を深めようと、6月25日午後、フィリピンの首都マニラのリサール公園で『メトロマニラ・プライド・フェスティバル2016』が開かれ、約4500人が集まった。LGBT団体『メトロマニラ・プライド』が主催し、今年で22回目。

 イベントではLGBT支援団体や当事者、その家族や友人などが、LGBTの象徴である虹色の旗や「偏見ではなく愛を」「愛に宗教は関係ない」などと書かれたプラカードを手に集まった。

 現地邦字紙『まにら新聞』の報道によると、在比オーストラリア大使館は、アマンダ・ゴレリー大使を先頭にパレードに参加。大使は「比でもオーストラリアでも、LGBTが平等な権利を勝ち取るには、当事者だけでなくみんなが立ち上がることが必要」と話した。

 国民の大半がカトリック教徒であるフィリピンでは、宗教を理由に自身がLGBTであるということを打ち明けられない当事者も少なくない。

 1990年代から、同性愛者らに対する包括的差別撤廃法案がたびたび提出されたが、廃案になるケースが繰り返され、現在でも成立していない。同性婚を認める法律もない。□



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◎WCC中央委がノルウェーのトロンハイムで

CJC160627=0626=#185◎WCC中央委がノルウェーのトロンハイムで

 【CJC=東京】世界教会協議会(WCC)は6月22日、ノルウェー中部のトロンハイムで、「巡礼=景色を共に認識する」を主題に2016年中央委員会を開催した。

 中央委は、2年に1回開かれる意思決定機関。会期は28日まで。□


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◎教会は「同性愛者に謝罪すべき」と教皇が見解

CJC160627=CN0627=#184◎教会は「同性愛者に謝罪すべき」と教皇が見解

 【CJC=東京】教皇フランシスコは6月26日、アルメニア訪問を終え帰国の途中、専用機内で動向記者団と会見し、カトリック教会は同性愛者などに不快な思いをさせたことに対して謝罪すべきだとの見解を示した。

 米メディアCNNなどによると、教皇は「同性愛の人に不快な思いをさせてきたことについて教会は謝罪すべきだと考える」「貧しい人たちや搾取されてきた女性たち、労働を搾取されてきた子どもたちにも謝罪し、多くの武器を祝福してきたことに対して許しを乞わなければならない」と語った。

 教皇は「もし同性愛の人が善意の持ち主であり、神を求めるのなら、誰に裁くことができるだろうか」と語った。□



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◎憶測呼ぶ教皇のアルメニア人虐殺再度言及

CJC160627=0627=#183◎憶測呼ぶ教皇のアルメニア人虐殺再度言及

 【CJC=東京】教皇フランシスコは6月24日、アルメニアを訪問した際、あいさつで、オスマン帝国(トルコの前身)末期の1915年に多数のアルメニア人が大量殺害された事件に言及した。

 教皇は同事件を「前世紀の、民族や、イデオロギー、宗教などを理由とする巨大なリストの始まり」と指摘した。もともと用意していた原稿にはなかったと言う。

 教皇は、迫害から100年となった昨年の春、「20世紀最初のジェノサイドだと広くみなされている」と発言し、虐殺を認めていないトルコ政府が抗議、駐バチカン大使を本国に召還する外交問題に発展したことがある。

 教皇はまた、24日にローマを出発した直後、同行した記者団に、欧州連合(EU)離脱を選んだ英国民の意思を尊重すべきだと訴え、欧州の「共存」を促した。□



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◎教皇がアルメニアを司牧訪問

CJC160627=V0624=#182◎教皇がアルメニアを司牧訪問

 【CJC=東京】教皇フランシスコは6月24日、3日間の日程で、アルメニア司牧訪問に出発した。

 バチカン放送(日本語電子版)によると、午前9時、教皇は特別機でローマを発ち、同日午後、アルメニアの首都エレバンのズヴァルトノッツ国際空港に到着した。空港で教皇はセルジ・サルキシャン大統領夫妻と、アルメニア使徒教会の指導者、全アルメニア人のカトリコス・ガレギン2世の歓迎を受けた。

 この後、教皇は首都エレバンから西方約20キロにあるエチミアジンに向かった。エチミアジンは、アルメニア使徒教会のカトリコス座が置かれ、人口の90%以上をアルメニア使徒教会の信者が占める同国の宗教的中心地。

 ガレギン2世に伴われ、アルメニア使徒教会の大聖堂を訪問した教皇を、聖堂の内外で大勢の市民が迎えた。カトリコスと教皇は祭壇の前で抱擁を交わし、聖書・詩編122「主の家に行こう、と人々が言ったとき、わたしはうれしかった」を交互に朗誦した。

 ガレギン2世の歓迎の言葉に続き、教皇は到着の挨拶で、アルメニア国民の歴史と精神性を証しするこの聖なる場所を訪れたことは、神からいただいた貴重な恵み、と感動を表明、ガレギン2世の招きを友好と兄弟愛のしるしとして、感謝を述べた。

 教皇はアルメニアのキリスト教信仰が同国に与えたアイデンティティーと、国家間におけるキリストのメッセンジャーとしての役割に言及した。

 歴史の試練の中で同国を照らし支え続けたその信仰を、教皇は称えると共に、ローマ帝国がキリスト教をまだ迫害していた時代、アルメニアが301年、最初のキリスト教国となったことを神に感謝した。

 アルメニアのキリスト信仰が状況や条件によって着脱する服のようなものではなく、アイデンティティーとして現実に根差し、喜びと犠牲をもって守り抜いてきたのは大きな恵みである、と述べた教皇は、1700年以上前に受けた洗礼の豊かさを、聖人や殉教者たちと共に証しし続けてきたその輝ける信仰を神が祝してくださるようにと祈った。

 教皇はまた、カトリック教会とアルメニア使徒教会の、誠実で兄弟的な対話を通したエキュメニカルな歩みに触れ、「すべての人を一つにしてください」とイエスが祈った一致の実現のためにさらなる聖霊の助けを願った。

 分裂と紛争、物質的・精神的貧しさ、人間の搾取に傷ついた世界において、キリスト者たちは相互の尊敬と友好的な協力を通して、キリストの復活の真理と力を輝かせる必要を教皇は説かれた。

 そして、キリストのすべての弟子たちが完全な一致への努力を新たにし、共通善への協力を強めることは、暗い夜の闇を照らす光となり、愛と相互理解のうちに生きることへの呼びかけとなるだろうと話された。

 エレバンに戻った教皇は大統領官邸にサルキシャン大統領を表敬訪問。大統領と個人会談を行った。

 この後、アルメニア各界要人と外交団への挨拶で、教皇は、昨年バチカンのサンピエトロ大聖堂で、カトリコス・ガレギン2世はじめアルメニア使徒教会関係者参加のもと、100年前のアルメニア人大量殺害の犠牲者を追悼するミサを司式したことを想起した。

 教皇は、残念ながら、この虐殺が前世紀の、民族や、イデオロギー、宗教などを理由とする巨大な悲劇のリストの始まりとなってしまったが、悲しいことにこれらの悲劇を力のある国々は遠くから眺めていた、と語った。

 教皇は、こうした歴史の悲劇においても、福音の光に照らされ、キリストの十字架と復活の中に、立ち上がる力、尊厳をもって歩む力を見出してきたアルメニアの人々に尊敬を示した。

 前世紀の悲劇がもたらした憎しみや、偏見、支配への欲望を前に、人類がその経験から責任感と賢明さをもって、このような恐ろしい出来事が二度と繰り返されることのないよう、危険を防ぐことを学ぶ必要を教皇は強調した。

 今年、アルメニアが独立25周年を迎えるにあたり、教皇は、この祝祭が海外で暮らす人も含め、すべてのアルメニア人にとって、国と社会の発展に力を注ぐ特別な機会となるよう願った。

 教皇は25日、エチミアジン郊外、ツィツェルナカベルトの虐殺犠牲者追悼モニュメントで祈りを捧げた。

 この追悼施設は、1915年のオスマン帝国下で起きたアルメニア人大量虐殺の悲劇とその犠牲者たちを記憶するもの。

 アルメニア使徒教会のカトリコス・ガレギン2世に伴われこのモニュメントを訪れた教皇は、サルキシャン大統領らに迎えられた。

 教皇はモニュメントに燃える火を前に、献花した後、長い沈黙の祈りを捧げられた。ガレギン2世と共に教皇は「主の祈り」を唱え、聖書朗読に耳を傾けた。

 そして、教皇はご自分の祈りを次のように捧げた。

キリストよ、あなたの聖人たちに栄冠をさずけ、
あなたの信者たちのこころざしをかなえてください。
あなたの創造されたものたちを愛と優しさで見つめ、
聖なる天からわたしたちに耳を傾けてください。
神の母の取次ぎによって、
すべての聖人たちと、
今日記念する人々の嘆願によって。
主よ、聞き入れてください、憐れんでください、
わたしたちを赦し、わたしたちの罪をあがなってください。
感謝と共に、あなたに栄光を帰させてください。
栄光は父と子と聖霊に、
はじめのように、いまも、いつも、世々に、アーメン。

 この後、教皇は記念の植樹をした。100年前のアルメニア人迫害の最中、当時の教皇ピオ11世によってカステルガンドルフォにかくまわれた経験を持つ市民たちが、教皇の植樹を見守った。

 追悼施設訪問における記帳で、教皇は、「このような悲劇が二度と起きないよう、人類が悪に対して善をもって打ち勝つことができるよう、心の苦しみと共に祈ります。記憶が風化したり、忘れられることがありませんように。記憶は平和と未来の源です」と記した。

 ツィツェルナカベルトの虐殺犠牲者追悼モニュメントで祈った教皇は、続いて首都エレバンから北西約90キロのギュムリに移動、市内の広場でアルメニアのカトリック信者のために、ミサを行った。

 アルメニアのカトリック信者は全人口の10%ほどを占めている。教皇ミサのために、アルメニア全土、ジョージア(グルジア)など近隣国から、およそ2万人の信者が詰め掛けた。

 ミサの説教で教皇は、キリスト者としての生き方を再び堅固に築くための基礎として、「記憶」「信仰」「いつくしみの愛」の三つを信者たちに示された。

 「記憶」とは、まず、神がわたしたちにしてくださったことへの記憶であり、次に、アルメニアのキリスト教の貴重な歴史の中で、伝統や聖人たちによって培われた、民の記憶であると教皇は述べた。

 「信仰」について教皇は、信仰こそは未来の希望であり、それを過去の何かにしてはならないと警告。信仰とはイエスとの出会いの中で生まれ、また生まれ、人生のすべての状況を照らし続けていくものと話した。

 さらに教皇は「いつくしみの愛」の必要を説きながら、慈愛の行為、具体的な愛の業は、キリスト者の生き方における「岩」であり、「名刺」であると強調された。

 午後、教皇はギュムリで、アルメニア使徒教会のカテドラル、カトリック教会のカテドラルを相次ぎ訪問、歓迎を受けた。

 夕方、エレバンに戻った教皇は、市内の広場で、アルメニア使徒教会とカトリック教会合同の「平和のための祈りの集い」に参加した。

 教皇は、アルメニア訪問最終日26日の午前、エチミアジンでアルメニアのカトリック教会の司教らとの出会いを持ち、次いで、教皇はエチミアジン市内の広場で行われたアルメニア使徒教会の聖体礼儀に参列。カトリコス・ガレギン2世の説教に続いて、カトリコスと信者たちに向け、挨拶した。

 アルメニア使徒教会の聖体礼儀は東方諸教会の伝統に基づく荘厳な様式で行われる。

 教皇は、挨拶の中で、詩編133の「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」を引用しつつ、この兄弟的出会いに大きな喜びと感謝を表した。

 また、「体は一つ、霊は一つです。それは、あなたがたが、一つの希望にあずかるようにと招かれているのと同じです。主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つ、すべてのものの父である神は唯一であって、すべてのものの上にあり、すべてのものを通して働き、すべてのものの内におられます」という使徒パウロの言葉(エフェソ4・4〜6)を、わたしたちは喜びをもって自分たちのものとしようと呼びかけた。

 教皇は続いて、東南部のトルコ国境に近いホルヴィラップ修道院を訪問し、公式行事をすべて終えた。

 雄大なアララト山を望むホルヴィラップ修道院は、アルメニア使徒教会にとって最も重要な聖域の一つ。

 初期キリスト教時代、アルメニアで宣教していた聖グレゴリウスは、キリスト教を迫害していた王ティリダテス3世によって、同地にあった城砦の深い井戸に13年間閉じ込められていた。

 重い病気にかかったティリダテス3世は、聖グレゴリウスの取次ぎによって治癒したことから、家族と共に洗礼を受け、301年、アルメニアをキリスト教国と宣言した。

 5世紀、聖グレゴリウスが幽閉されていた井戸の上に修道院が建てられ、同国の宗教・文化上、重要な場所となった。

 カトリコス・ガレギン2世に案内され、同修道院を訪れた教皇は、「聖グレゴリウスの井戸」の前でろうそくに火を灯した。

 続いて、修道院の礼拝堂で、ガレギン2世と教皇は交互に祈りを捧げた。教皇は、平和の与え主である神に、いつくしみの助けをもって、わたしたちを命と救いに導くように、と祈った。この後、教皇はガレギン2世と並んで修道院のテラスからアララト山を眺め、カトリコスと一緒に平和の象徴である鳩を空に放った。

 教皇は、同日夕方、エレバン国際空港でサルキシャン大統領とガレギン2世の見送りを受け、ローマへの帰途についた。□



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2016年06月20日

◎「マグダラの聖マリア」記念日を祝日に

CJC160620=CN0610=#181◎「マグダラの聖マリア」記念日を祝日に

 【CJC=東京】米カトリック通信CNSによると、教皇フランシスコはマグダラの聖マリアがキリストの復活の最初の証人だったことと「真に信頼すべき福音宣教者」だったことを認定し、7月22日の記念日を今年から全教会の典礼暦の祝日に格上げした、とバチカン(ローマ教皇庁)が発表した。

 典礼秘跡省次官のアーサー・ロシュ大司教はバチカン紙『ロッセルバトレ・ロマノ』の記事で、「復活の喜びの中心的メッセージを伝える福音宣教者」としてのマグダラの聖マリアの祝日を記念することによって、全信者には「女性の尊厳と新しい福音化、神のいつくしみの神秘の偉大さをより深く省みる」ことが求められる、と指摘した。□



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◎「全正教会会議」始まる、ロシアは欠席

CJC160620=M0620=#180◎「全正教会会議」始まる、ロシアは欠席

 【CJC=東京】ギリシャのクレタ島で6月19日、「全正教会会議」が始まった。正教会の代表が一堂に会する会議を開くのは約1200年ぶりになるはずだったが、直前になって、最大勢力であるロシア正教会など4教会が欠席を表明、正教会の連帯を示すどころか、不協和音が響くばかりの事態になっている。

 ロシア正教会の欠席は、一部の教会が会議で承認する文書の内容に反発して調整がつかなかったため、としているが、会議の主導権をコンスタンチノープル総主教に握られたことへの不満が背景にあると見られる。

 11世紀に、コンスタンチノープル総主教と当時の教皇が相互に破門して以来、東方正教会とたもとを分かったカトリック教会は、今回会議に使節を派遣している。□


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◎全世界正教会会議に響くは不協和音

CJC160620=0618=#179◎全世界正教会会議に響くは不協和音

 【CJC=東京】東方正教会コンスタンティノーポリスのエキュメニカル総主教庁は16日、全世界正教会会議をギリシャのクレタ島で開催すると招集した。エキュメニカル総主教バルトロメオス1世は同日、クレタ島に到着した。

 セルビア正教会は「会議の重要性と意義を念頭に置きつつ、教会としての建設的な精神で、全世界正教会会議が正教会の歴史における基準を満たし真の会議の措置を行い、その名称の正当性を示すという形で貢献したい」と前向きな姿勢を示した。その一方で「セルビア正教会だけでなく、会議参加を取りやめた他の教会の諸問題や諸事項も、この会議で考慮するよう要求する」と述べている。

 ロシア正教会は13日、「全世界正教会会議の日程延期の必要性を主張する」として、「アンティオキア、ジョージア(グルジア)、セルビア、ブルガリアなどの総主教庁が取っている立場を考慮し、また全世界正教会会議を開催するために必要な根拠を考慮」した結果だと主張している。

 世界規模の正教会会議開催を目指しながら、最大規模のロシア正教会の参加なしでは、成果のほども当初の期待には全くそぐわないものになることは必至。□


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◎メキシコ村落部で宗教間の抗争激化

CJC160620=AN0618=#178◎メキシコ村落部で宗教間の抗争激化

 【CJC=東京】米宣教専門ANS通信は、メキシコの村落部で、伝統的に行われている「村の教会」から抜けてプロテスタントに改宗した人に、元に戻るか、村から出て行くかという圧力が加えられている、と報じた。「村の教会」は在来宗教と導入されたカトリックが混交して形成された独特のキリスト教。

 南東部チアパス州マリアノ・マタモロスでは、村の祭りに加わらなかったことを理由に、プロテスタントの村民100人以上に村から出て行け、と圧力を加えている。信仰抑圧監視団体『ワールド・ウオッチ・モニター』(WWM)の関係者は、同地では2009年に幼児1人を墓地に埋葬しようとした際に、「伝統カトリック教会」から離脱したとして、埋葬を拒否され、隣町まで遺体を運ばなければならなかった。それ以来、抗争が激化している。

 「カトリック」以外の家族への圧力は頻発している。上下水道は遮断され、財産を不法に没収されたり、肉体的な暴力も行われ、医者にもかかれないなど、普通の生活を送れなくなっている。村当局は、プロテスタントと売買した人には罰金5000ペソ(約3万円)を科すとしている。

 事態を憂慮したチアパスの福音教会協議会は4月18日、関係住民、村当局、州政府との会談開催を呼び掛けた。同様の抗争は、メキシコの村落部で急速に拡大している。□



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◎上海の馬司教が愛国会離脱を公開自己批判

CJC160620=UC0614=#177◎上海の馬司教が愛国会離脱を公開自己批判

 【CJC=東京】中国天主教会(カトリック)上海教区のタデウス馬達欽(マー・ターチン)補佐司教は、2012年司教叙階に際して政府公認の天主教愛国会の役職を辞任したが、その決定を公開自己批判した、とカトリック通信UCANが6月14日報じた。

 馬司教の離脱表明を受けた政府公認の中国天主教司教協議会は、同司教を上海教区の「協働司教」として任命した人事を撤回、それ以来、馬司教は軟禁状況にあった。

 今回の自己批判公表の背景は明らかではないが、非公認教会の信徒に与える影響が注目される。□


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2016年06月13日

◎教皇が7月27日からポーランド訪問

CJC160618=CW0609=#176◎教皇が7月27日からポーランド訪問

 【CJC=東京】教皇フランシスコは7月27日から5日間、ポーランド訪問する。バチカン(ローマ教皇庁)報道事務所が6月9日、訪問の詳細を発表した。

 7月27日、教皇はポーランド第二の都市クラクフに到着、アンジェイ・ドゥダ大統領と会談、ヴァヴェル城で外交団に演説、続いて大聖堂で司教団にも演説する。クラクフは教皇聖ヨハネ・パウロ2世が大司教を務めていた。

 翌28日、教皇はチェンストホヴァの「黒い聖母」聖堂を訪問、ポーランドのキリスト教化1050周年を記念するミサを行う。クラクフに戻って、「世界青年の日」行事のためブロニア公園に集まった青年たちに語り掛ける。

 29日、教皇はアウシュビッツ収容所を訪問、演説を行う。クラクフに戻り、小児病院を訪問後、ブロニア公園で、世界青年の日のため、「十字架の道行き」を導く。

 30日、クラクフの『いつくしみの聖堂』を訪問、若者たちの告解を聴いた後、近くの聖ヨハネ・パウロ2世聖堂を訪問、聖職者、修道者、神学生たちのミサを行う。

 同日夕、教皇は近郊のキャンプス・ミセルコルデイエで『世界青年の日』参加者の祈祷会を導く。

 31日、『世界青年の日』閉会ミサを行い、ボランティアへ演説したのち、ローマへ帰国の途に着く。□


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◎米フロリダ州で銃乱射、史上最悪の犠牲

CJC160613=0612=#175◎米フロリダ州で銃乱射、史上最悪の犠牲

 【CJC=東京】米南部フロリダ州オーランドのゲイ(男性同性愛者)が集まるナイトクラブ『パルス』で6月12日午前2時頃、銃乱射事件が起き、約50人が死亡、53人が負傷した。米国史上最悪の大規模な無差別銃乱射事件となった。

 大勢の同性愛者でにぎわうなか、犯人が発砲、警察と屋外で銃撃戦となった後、人質を取りクラブ内に立てこもった。警察は屋内に押し入り、犯人を射殺した。犯人はライフルや拳銃のほか、爆発の恐れがありそうな機器を身につけていた。

 米CNNテレビによると、犯人はオマール・サディーキ・マティーン(29)。アフガニスタン系米国人という。

 バラク・オバマ大統領は、「何十人という罪のない人たちが無残に殺された」今回の事件は、アメリカでいかに簡単に殺傷力の高い武器を手に入れて大勢を殺せるか、あらためて認識させるものだと指摘した。事件を「テロ(恐怖)とヘイト(憎悪)の行為」だと強く非難、米国民が「悲しみと怒りと、自分たちを守ろうという決意」で一致団結していると語った。

 過激派勢力のいわゆる『イスラム国』が犯行声明を出しているが、関与の程度は不明。同派系通信社『アマク』は、「戦闘員」による行為と表明している。

 米NBCニュースは、マティーン容疑者が銃撃前に警察に電話をかけ、『イスラム国』に忠誠を誓ったと伝えている。

 米イスラム関係評議会協会(CAIR)のニハド・アワド会長は、政治家がこの事件で「得点」したり「恐怖を悪用」すべきでないと釘を刺し、「今は団結と信仰の時だ」と述べた。

 米国で近年起きた乱射事件としては、2007年に32人が犠牲になったバージニア工科大学銃撃が最多だったが、今回の死傷者数はそれを超えている。□



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◎ムハマド・アリ氏、故郷で追悼式

CJC160613=CN0611=#174◎ムハマド・アリ氏、故郷で追悼式

 【CJC=東京】6月3日に74歳で死去したボクシングの元ヘビー級世界王者、ムハマド・アリ氏の追悼式が10日、故郷のケンタッキー州ルイビルで行なわれた。

 式場の巨大アリーナのKFCヤム!センターでではビル・クリントン元大統領やスポーツキャスターのブライアント・ガンベル氏、コメディアンのビリー・クリスタル氏らが弔辞を読み上げた。クリントン氏は2001年、アリさんに大統領市民勲章を授与している。

 イスラム教の聖典コーランが読み上げられたほか、プロテスタント、カトリック、ユダヤ教、仏教、モルモン教の関係者も参列した。

 米テレビCNNによると、追悼式の前には、大勢の支持者がルイビル市の通りを埋め尽くした。葬儀の車列は記念博物館のアリ・センターや幼少期の自宅のほか、アリさんが卒業した高校や初練習を行ったジムを巡回、最後にケーブヒル墓地に到着し、近親者が見守るなか埋葬された。□


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◎ソウル都心で性的少数者の権利めぐり対立

CJC160613=0613=#173◎ソウル都心で性的少数者の権利めぐり対立

 【CJC=東京】6月11日夕、ソウル都心の中区市庁前広場周辺は、光化門通りをはさんで広場側に『クィア(性的少数者)文化フェスティバル』の参加者、徳寿宮前には同性愛反対集会の参加者が集まり、それぞれ「アウト」と書かれたプラカードを掲げスローガンを叫んだ。

 『中央日報』(日本語電子版)によると、『クィア文化フェスティバル』は2000年に始まり、今年で17回目。昨年80団体が参加した性的マイノリティのサークルと彼らを支持する団体は今年104団体に増えた。主催者側推定で約5万人、警察推定で8000人が参加した。

聖公会大学クィアサークルのキム・ソクビンさん(23)は「聖公会大学内にクィアサークルが作られては解散されるなど浮沈を体験し、今年は「私はあなたのお祭りをお祝いします」というプラカードを持ってソウル広場を回り他の性的マイノリティを励ました。性的マイノリティの父母の会の会員(48)は「韓国の父母の会は作られて2年ほどになる。親に拒否された性的マイノリティの自殺率が高く、今年からフリーハグの集まりをするために参加した」と話している。

 ソウル広場では『性的少数者父母会』が「ありのままの姿を愛している」という気持ちを込めたフリーハグのイベントを行った。

 『ハンギョレ新聞』は、イベント運営委員の活動名ポミさん(50)が、ブースに立ち寄った学生をしばらく抱き寄せたと伝えた。さらに、立ち寄った人たちに両手の親指を立てながら「愛しています。よく来ましたね。がんばってね」と話しかけた。

 ポミさんは「ハグされた何人かの人は、自分の母親のように感じたのか泣きだす人もいて、親に(性的少数者という事実を)堂々と話して認められたらどんなに素晴らしいか、考えていたみたいです」と話した。ブース付近に設置されたメモ板には「いつかは話すつもりです…嘘をつかずに」「性的少数者の父母会があるのを知って驚きました。ありがとうございます」というメッセージが残されていたという。

一方、徳寿宮の大漢門前では韓国キリスト教総連合会などが主管した『ソウル広場同性愛祭り反対国民大会』の参加者1700人が反対のスローガンを掲げ続けた。ヤン・ヒョンモ牧師は「聖書では同性愛は罪悪としている。われわれも許可を受けて集会をすることで表現の自由を尊重してほしい」と話した。□


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◎教皇フランシスコ「カナの婚宴は神の限りない憐れみ、愛のしるし」

CJC160613=VR0608=#172◎教皇フランシスコ「カナの婚宴は神の限りない憐れみ、愛のしるし」

 【CJC=東京】バチカン放送(日本語電子版)によると、教皇フランシスコは6月8日、水曜恒例の教皇一般接見の席上、福音書に語られるカナの婚宴のエピソードを解説しながら、カナの婚宴の出来事は単にキリストの奇跡を語るだけではなくキリストの救いのみ業の神秘とキリストの教会への愛、そしてキリスト者に託された使命について教えている、と語った。全世界から集まった2万人以上の巡礼者たちが教皇の言葉に耳を傾けた。

 教皇は「カナの婚宴のエピソードは大変豊かな教えを含んでいる。単に水を葡萄酒に替えたという奇跡だけではなく、この奇跡を通して神と神の民の間に結ばれる新しい愛の契約について語っている」と指摘した。

 「わたしたちの信仰の基盤には、キリストがわたしたちをご自分に深く一致させてくれるキリストの愛と慈しみの業がある。キリスト教生活とはキリストのこの愛に答えることにほかならない。神と人間は、旧約聖書の雅歌でうたわれている愛し合うもの同士が出会い求め合い愛し合うように出会い愛し合うのだ」として、カナの婚宴の席上キリストが奇跡的に水を葡萄酒に変えたということはキリストがモーセの律法を喜びの源である福音に変えたということ」と教皇は指摘した。□



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◎エルサレムの聖墳墓が修復工事に着手

CJC160613=0608=#171◎エルサレムの聖墳墓が修復工事に着手

 【CJC=東京】エルサレムの聖墳墓教会で、「エディクラ」の保存と強化のための修復工事が6月6日始まった。「エディクラ」は、イエスの遺体が安置されたとされる墓を取り囲む、小さな空間。

 修復は、1808年に火災で壊滅の危機に直面、1810年に工事が行われて以来のこと。

 モルタルを塗り替え、柱を強化して「エディクラ」全体を補強する。工事には8カ月から1年かかると見られる。

 修復が大幅に遅れたのは、聖墳墓教会の所有権や管轄権をめぐってカトリック教会、アルメニア使徒教会、ギリシャ正教会の3教派間に対立があったため。

 イスラエル考古庁が同教会を危険建造物と見なし、2015年、一時閉館して以来、3教派も修復を黙認せざるを得なくなり、作業に取り掛かれるようになった。

 修復工事費用は300万ドル(約3億2000万円)かかるとされ、3教派が分担するという。□



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2016年06月06日

◎欽定訳『聖書』を絵文字で

CJC160606=RN0602=#170◎欽定訳『聖書』を絵文字で

 【CJC=東京】地球上で「最も読まれている本」の一つとして挙げられる『聖書』。ユダヤ教、キリスト教の聖典で、「神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった 」「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」など有名な聖句は数えきれない。

 その聖書を「絵文字」入りにする試みが、英語圏で始まった。「聖書の教義を楽しく広めたい」との目的で誕生したもので『バイブル・エモジ』という。ネット世界で重宝されている絵文字は英語でもエモジと言うようだ。権威のある訳で、著作権の心配がないとなると、英語ではまず『欽定訳』と呼ばれる『ジェイムズ王訳』(KJV)。その聖書を、絵文字とネットスラングに置き換えている。

 創世記の第1章第1節を便宜上、日本語の新共同訳で見ると、「初めに、神は天地を創造された。」とある。それは、頭に輪をのせた笑顔、光、地球の絵文字で構成されている。それぞれ神、天、地を表している。

 『バイブル・エモジ』は製作者の正体は秘密にされている。3000ページもあるが、米国では電子ブックとしてiTunes版が発売された。販価2・99ドル(約330円)。Android版も検討されているという。公式サイトで、聖書の1節を入力すると、絵文字に自動翻訳してくれるシステムも公開されている。

 著作権問題がないからと言って、欽定訳は古すぎて若い人のために作成するなら『世界英語聖書』(WEB)の方が良いという意見もあるようだ。また文字で完結している聖書本文を絵文字で表現することへの疑問も出て来よう。日本語の『絵文字聖書』の登場は何時のことか。□


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◎独議会が「アルメニア人大虐殺」を認定

CJC160606=HP0603=#169◎独議会が「アルメニア人大虐殺」を認定

 【CJC=東京】ドイツ連邦議会は6月2日、1915年に起きたオスマン帝国によるアルメニア人の大量殺人を「大虐殺」と認定、政府がトルコ、アルメニア両国の和解に向け取り組むよう求める決議案を賛成多数で可決した。。

 決議を受けて、トルコは同日、フセイン・アヴニ・カルスルィオグル在ドイツ大使を召還した。この決議では、第一次世界大戦中にオスマン帝国と同盟関係にあり、当時150万人いたとみられるアルメニア人の大量虐殺を防止できなかったドイツ自体をも非難している。

 アルメニア人の大量迫害は20世紀初め、オスマン帝国が崩壊し、現在のトルコ共和国が成立する時期に起きた。

 米メディア『ハフィントン・ポスト』などによると、第1次世界大戦中の1915年4月、オスマン帝国の首都だったイスタンブールで、アルメニア人の知識人らが連行された。これを皮切りに「アルメニア人は敵国ロシアに内通している」として、オスマン帝国が強制移住などの措置をとり、大量の犠牲者が相次いだとされる。アルメニア人はキリスト者で、当時オスマン帝国内に多数居住していた。

 アルメニア側は「犠牲者は約150万人」と主張しているが、トルコ側は「30万〜50万人程度」で、戦時下の悲劇だとして組織的な虐殺はなかったと主張している。

 トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は「このドイツ議会の決議は、2国間の関係に重大な影響を与えるだろう。在ドイツ大使の召還は、最初のステップでしかない」と語った。トルコ政府は、同日にベルリンから同国領事も召喚した模様。

 この事件を大虐殺として認定したドイツに対し、アルメニア人は歓迎している一方、ドイツとトルコ間に生じた政治的対立がシリア難民のような他のグループにどのような影響を及ぼすか注目される。□


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◎独ケルン大聖堂で故教皇の遺品盗まれる

CJC160606=K0605=#168◎独ケルン大聖堂で故教皇の遺品盗まれる

 【CJC=東京】共同通信によると、ドイツ西部ケルンの警察当局は6月5日、世界遺産のケルン大聖堂から故ヨハネ・パウロ2世の血痕が染みついた布が盗まれたと発表した。ヨハネ・パウロ2世の血痕が付いた遺品は世界に三つしかないとされている。

 ヨハネ・パウロ2世は2005年に死去。カトリック教会で最高の崇敬対象である「聖人」に列せられている。□


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◎バチカンで聖スタニスラオと聖エリザベスの列聖式

CJC160606=V0605=#167◎バチカンで聖スタニスラオと聖エリザベスの列聖式

 【CJC=東京】教皇フランシスコは6月5日、バチカン(ローマ教皇庁)のサンピエトロで新聖人2人の列聖式を行った。広場は式典に参列する多くの信徒たちで一杯になった。

 列聖式で、新たに聖人の列に加えられたのは、『無原罪の聖母修道会』創立者イエス・マリアのスタニスラオ神父(ポーランド出身)と『ブリジッタ修道会』創立者のエリザベス・ヘッセルブラド修道女(スウェーデン出身)。

 バチカン放送(日本語電子版)によると、教皇フランシスコ司式による列聖式ミサは、枢機卿40人、司教30人が共同司式した。ポーランド・クラコフの大司教スタニスラオ・ジビッチ枢機卿やスエーデン・ストックホルムのアンデルス・アルボレリウス司教の姿もあった。

 ミサ中の説教で、教皇は信仰の核心でもある「苦しみと死に対する神の勝利」をテーマとして語った。

 「わたしたちはいつもどこでも、わたしたちの中にキリストの復活の力が示されるよう、わたしたちの主イエス・キリストのご受難に深く一致していなければなりません」「今日聖人の列に加えられた二人の新聖人たちも苦しみや苦難を前にして逃げさることなく聖母マリアのようにキリストの十字架に深く一致しました。そして彼らにおいてキリストの復活の力が完全に現れました」。

 聖エリザベス・ヘッセルブラドは1870年にスウェーデンのプロテスタントの家庭に誕生、18歳のとき米国に移住、そこで重い病気にかかったが奇跡的に回復した後、ニューヨークの貧しい病人たちの世話に献身し、次第にカトリック信仰に近づき、改宗。その後ローマに移り、聖ブリジッタのローマでの家を訪問した後、彼女自身が『ブリジッタ会』を創立。第二次世界大戦中には迫害に苦しむユダヤ人たちを保護し、最も貧しい人々への奉仕に身を捧げた。1957年ローマで死去した。

 イエス・マリアの聖スタニスラオは1631年ポーランドで生まれ30歳の時司祭に叙階。聖マリアの無原罪の教義の宣言の200年前に無原罪の聖母の名を戴く修道会を創立し、特に貧しい人々や疎外されている人々の信仰促進のために働いた。1701年に死去した。□


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