2008年04月

2008年04月28日

CJC142◎正教会も4月27日にイースター祝う

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◎正教会も4月27日にイースター祝う

 【CJC=東京】正教会のイースターは暦の違いで今年は4月27日。エルサレムの聖墳墓教会には信徒数千人が、前夜に奇蹟的に現れると信じる「聖なる炎」を見ようと集まった。
 エルサレム旧市街もギリシア正教会、コプト教会、ロシア正教会、アッシリア正教会などの巡礼者約15万人で混雑した。
 正教会信徒であっても、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区住民は、通常イスラエルによってエルサレムへの立ち入りを阻止されているので、イエスの生誕地ベツレヘムなどでは、そこの教会でイースターも祝われる。ただイスラエル軍によると、宗教的祝典のためのエルサレム立ち入りには特別許可が出されるという。
 モスクワでは、ロシア正教会のアレクシー二世総主教が、救世主キリスト大聖堂で深夜ミサを捧げた。ウラジミール・プーチン大統領と後継者のドミトリー・メドベージェフ氏も出席した光景はテレビで生中継された。
 復活祭は太陰暦にしたがって決められるため、太陽暦では年によって日付が変わる。さらにグレゴリオ暦を用いる西方教会とユリウス暦を用いる東方教会では日付が異なる年が多い。□

※参考
ウラジミール・プーチン=Vladimir Putin
ドミトリー・メドベージェフ=Dmitry Medvedev


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CJC141◎「氷の微笑」のポール・バーホーベン監督がキリスト伝を出版

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◎「氷の微笑」のポール・バーホーベン監督がキリスト伝を出版

 【CJC=東京】オランダ出身で、「氷の微笑」「ショーガール」などの作品で知られるポール・バーホーベン監督が、20年以上の研究をもとに執筆したイエス・キリストの伝記を9月にアムステルダムのムーレンホフ社から出版することが4月23日明らかになった。同社では、2009年に英語版出版を目指し交渉中だという。
 イエスは、母マリアがガリラヤでローマ人の兵士にレイプされて身ごもった子だという説を、カトリックの同監督は唱えている。また、ユダはキリストを裏切ってなどいないとも主張する。
 ただ米カトリック系のフォーダム大学大学院のカーク・ビンガマン教授は同監督の主張は別に目新しいものではない、と言う。
 7月に70歳の誕生日を迎えるバーホーベン監督はライデン大学で数学と哲学博士号を取得している。キリストが起こしたとされる奇跡を疑問視していた、米国の聖書学者故ロバート・W・ファンクが開催するイエス・セミナーの常連でもあった。□

※参考
ポール・バーホーベン=Paul Verhoeven
ムーレンホフ=J.M. Meulenhoff
カーク・ビンガマン=Kirk Bingaman
ロバート・W・ファンク=Robert W. Funk(1926〜2005)


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CJC140◎ブラジルで「風船飛行」の神父が行方不明に

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◎ブラジルで「風船飛行」の神父が行方不明に

 【CJC=東京】ブラジル・カトリック教会のアデリール・アントニオ・デ・カルリ神父(42)が、ヘリウムガスを詰めた風船による飛行の世界記録を目指して4月20日飛び立ったまま行方不明になった。
 神父は、主にトラックの運転手がゴスペルを聴ける休憩所を建設する資金集めのため、ヘリウムガスで膨らませた色とりどりの1000個の風船を取り付けた椅子に座り、ブラジル南部サンタカタリーナ州の港町パラナグアから、20時間の飛行時間を目標に、約750キロ離れた町ドラードスに向かう予定だったが、予想外の風により飛行コースから外れてしまったと見られる。
 救助関係者らは22日、海沿いの町の消防当局者が海岸線で何個かの風船を発見したと述べている。
 神父はGPSと衛星電話を持ち、ヘルメットと防寒着、救命胴衣を装着し、5日分の飲料水や食料を持っていた。しかし、かつて神父にパラグライダーを指導したというインストラクター、マルシオ・アンドレ・リヒトナウさんによると、神父は「向こう見ずで頑固、周囲を心配させるような人物で、いつもあわてていた。こんなことが起こっても驚かない」と言う。風船飛行の記録挑戦については、出発の数日前に電話で話を聞いた。その際、リヒトナウさんは、「風で南アフリカまで飛ばされてしまう」と忠告したが、神父は「注意深く計算したから大丈夫」と答えた。リヒトナウさんはこれを「まったくの冗談」と思っていた。
 ブラジル空軍当局は25日までに、捜索を中止したと発表した。発見の望みが薄くなったためとしている。□


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CJC139◎バーでビールを飲みながら礼拝?

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◎バーでビールを飲みながら礼拝?

 【CJC=東京】米オハイオ州西部シドニーの合同第一メソジスト教会が、新たな信者を集めようと、地元のバーで『カントリー・ロック教会』を始めることにした。初日の4月20日の夜には約100人が集まった。地域のバンドの演奏もあり、ビールやピザを食べながら、人々は楽しい雰囲気の中で説教に耳を傾けたとか。
 バーでの礼拝は、自由な発想で伝道を進めようと教会が計画。ウェブサイトでも「一流の地域バンド、ピザ、手羽先、がやがや楽しく、そして短いメッセージ」と参加を呼び掛けていた。クリス・ヘッカマン牧師によると、この試みは非常に好評で、今後は毎週、開いていきたいと言う。□


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CJC138◎反中絶国際会議を主宰したロペス・トルヒリヨ枢機卿死去

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◎反中絶国際会議を主宰したロペス・トルヒリヨ枢機卿死去

 【CJC=東京】教皇庁家庭評議会議長アルフォンソ・ロペス・トルヒリヨ枢機卿は4月19日、治療先のローマ市内の病院で死去した。72歳。1935年コロンビア生まれ。ローマの大学で哲学を学んだ後、60年司祭叙階。83年、枢機卿に任命された。90年にバチカン(ローマ教皇庁)で家庭評議会議長に就任した。
 2003年、コンドームはエイズなどを予防できるとの誤った認識を広め、逆に性病をまん延させる、と主張、論議を呼んだ。07年にメキシコ市で反中絶国際会議を主宰した。
 ロペス・トルヒリヨ枢機卿の逝去により、全枢機卿数は195人となった。そのうち教皇選挙の投票権を持つ80歳未満の枢機卿は118人。□


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CJC137◎エルサレムの聖墳墓教会内で乱闘騒ぎ

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◎エルサレムの聖墳墓教会内で乱闘騒ぎ

 【CJC=東京】イスラエルのエルサレム旧市街にある聖墳墓教会で4月20日行われた東方正教会の「聖枝祭(シュロの樹の聖日の祭り)」の際に、アルメニア教会の司祭が、キリストの墓の前を歩き回っていたギリシャ教会の司祭を祈りの邪魔だ、と排除しようとしたことから、双方の数十人の間で乱闘が起き、警察が仲裁のために会堂内に立ち入る騒ぎとなった。
 聖墳墓教会はギリシャ正教会、カトリック、東方正教会、アルメニア使徒教会、コプト正教会、エチオピア正教会、シリア正教会の共同管理となっており、毎日いずれかの教派によるミサなどが指定された場所で行われているが、しばしば乱闘が起こっている。
 現場で仲裁に入った警官を、数人の礼拝者らが「聖枝祭」の儀式で手に持っていたヤシの枝葉で殴りつけるなどして、アルメニア人2人が拘束された。
 事件後、エルサレムのアルメニア人コミュニティーの住民数十人が、2人の拘束に抗議して、教会から旧市街の警察署までデモ行進した。□


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CJC136◎カトリック聖人ピオ神父の遺体初公開

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◎カトリック聖人ピオ神父の遺体初公開

 【CJC=東京】イタリア南部プーリア州サンジョヴァンニ・ロトンドのサンタ・マリア・デル・グラシエ教会で、カトリックの聖人、ピオ神父の遺体が4月24日、初めて公開された。死後40年ぶりに掘り起こされたもの。
 ピオ神父は1887年5月25日にカンパニア州ピエトレルチーナで生まれた。キリストが十字架にかけられた「聖痕」と同じ傷跡を両手足に持っていたとされる。カトリック教会の修道会カプチン会の修道士となり、数々の奇跡を行ったとされる。教皇ヨハネ・パウロ二世は1999年、ピオ神父を列福し、2002年聖人の称号を与えた。□

※参考
ピオ神父=Padre Pio


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2008年04月21日

CJC135◎統一教会創始者の後継者に7男の文顕進氏

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◎統一教会創始者の後継者に7男の文顕進氏

 【CJC=東京】世界平和統一家庭連合(統一教会)の創始者、文鮮明氏(ムン・ソンミョン=88)の後継者に7男で牧師の文顕進氏(ムン・ヒョンジン=28)が就任した。統一教会広報が4月19日明らかにした、とAFP通信が報じている。
 文顕進氏は1979年、米ニューヨーク州に生まれ、ハーバード大学で哲学と神学を学んだ。18歳で結婚し、5人の子どもがいる。□


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CJC134◎パラグアイ大統領選で中道左派のルゴ元司教勝利

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◎パラグアイ大統領選で中道左派のルゴ元司教勝利

 【CJC=東京】南米パラグアイで4月20日行われた大統領選は即日開票され、野党連合が支持する元カトリック司教で中道左派のフェルナンド・ルゴ氏(56)が、同国初の女性大統領を目指した中道右派与党コロラド党候補、ブランカ・オベラル前教育相(50)を破り当選した。オベラル氏は党内分裂を抱えて支持を伸ばせず、軍政時代を含めて続いてきた同党の長期政権は約60年ぶりに交代する。
 出馬を目指し、2年前に司教を辞任していたルゴ氏は農地改革や社会福祉重視をかかげ、貧困層からの支持を集めて歴史的な勝利を収めた。
 中南米の左派政権の中には、ベネズエラのチャベス大統領など強硬な反米路線も目立っているが、ルゴ氏は「チャベス氏は軍人だが、私は宗教者だ」と述べるなど、距離を置く姿勢を見せている。□


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CJC133◎教皇、初の米国司牧訪問終える

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◎教皇、初の米国司牧訪問終える

 【CJC=東京】教皇ベネディクト十六世は4月16日、ホワイトハウスで行われた歓迎式典に出席後、ジョージ・ブッシュ大統領との会談で、6日間に渡る米国司牧訪問を本格的に開始した。20日までの行程をバチカン放送(日本語電子版)などで追った。
 ホワイトハウスでの歓迎式典で、教皇は、米カトリック教会最初の首都大司教区ボルチモア大司教区の創設と、ニューヨーク、ボストン、フィラデルフィア、ルイビルの教区の創立から200年という大切な節目の年に、同国を訪問する意義を示した。
 自ら福音を告げる者として米国を訪れたと述べた教皇は、この訪問が同国のカトリック教会に刷新と希望を与えるきっかけとなり、信者たちが同国の社会によりいっそうの責任を持って貢献できるよう希望した。
 歓迎式典に続く大統領との個人会談の後、教皇はバチカン大使館で米国の枢機卿らおよび米国司教評議会関係者らと昼食、教会の現状などについて意見を交換した。続いて夕方には、無原罪の聖母大聖堂で司教ら約400人と夕べの祈りを捧げた。
 教皇は司教らへの挨拶で、世界のカトリック教会の中でも最も大きく影響力のある米国の共同体が直面する課題を見つめ、助言を与えた。
 米国の教会における、いのちの福音に反する出来事として、教皇は聖職者による未成年の性的虐待を挙げ、この「深く恥ずべき」「重大な反道徳的行為」は、何よりも犠牲者とその家族に、またカトリック教会全体にも大変大きな苦しみを与えたと述べた。
 教皇は、17日午前、ワシントンのナショナルズ・パーク新球場でミサを行った。この教皇ミサでは、4万5000人収容の観客席に入りきれない信者たちが、競技スペースまで埋め尽くした。
 教皇は説教で、今日、米国の教会は未来の新しい挑戦へと招かれていると述べ、この司牧訪問を機会に信仰における一致を強め、そこから来る希望を同時代の人々に伝えて欲しいと要望した。教皇はこのミサの中でも、未成年の性的虐待問題に言及、教皇はこの出来事がもたらした苦しみと打撃を言葉で言い尽くすことはできないと述べ、犠牲となった人々の苦しみに誠意のこもった司牧的配慮を尽くすことの重要さを強調した。
 教皇は同日午後、バチカン大使館で、教会における未成年の性的虐待の犠牲となった人々に個人的に会見した。教皇は、ボストン大司教ショーン・オマリー枢機卿に伴われた小さなグループと大使館の礼拝堂で共に祈り、一人ひとりの話しを聞き、励ましと希望の言葉を与えた。その後、教皇は市内のアメリカ・カトリック大学で、同国の教会系大学・教育機関の総長・学長、および教授や生徒たちを前に講演、さらに『ヨハネ・パウロ二世文化センター』で諸宗教の代表者らと会見した。その最後に、教皇は米国のユダヤ教共同体の指導者らに挨拶、過越祭、『ペサハのお祝い』のメッセージを託した。
 教皇は18日朝、ワシントンからニューヨークに移動、国連本部を訪問した。教皇の国連訪問は、1965年のパウロ六世、1979年、1995年のヨハネ・パウロ二世に続き、今回で4回目、13年ぶり。
 教皇は潘基文事務総長に迎えられ、まず両者による個人会談が行なわれた。続いて、教皇は会議場で国連総会メンバーに講演し、世界の貧しい地域への連帯の推進において国際社会の責任者らが善意を持って共に働く意志を示す必要性を強調、特にアフリカをはじめとする真の発展から取り残された世界の地域の状況に憂慮を示した。また、近年の科学・技術の発達について触れ、科学技術の適用が倫理を尊重したものとなるよう、人権にも関わるこの問題への取り組みを呼びかけた。
 教皇は、人権に関する考えの基礎となった世界人権宣言が採択されてから今年で60年を迎えることに言及、中でも宗教の自由の擁護をアピールした。
 教皇は、国連本部訪問に続き、夕方よりアッパーイースト地区にあるパーク・イースト・シナゴーグ(ユダヤ教礼拝堂)を訪れ、ラビのアーサー・シュナイアー師に迎えられた。歴代教皇が米国でシナゴーグを訪問するのは初めて。教皇は「シャローム」とヘブライ語であいさつした後、「過ぎ越し祭(ユダヤ教の祝祭)直前にここにいることをうれしく思う」と語った。ラビ・シュナイアーは「私たち2人はともに戦争、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を経験した。教皇の今日の訪問は、ユダヤ・カトリック関係が進展していることを示している」と応じた。
 この後、教皇は市内の聖ジョセフ教会へ向かった。同教会は19世紀、ドイツのカトリック信者の教会として建立された。聖堂内で行なわれたエキュメニカルな集いには、カトリック以外のキリスト教諸教会から250人の代表が参加した。
 教皇は人々へ挨拶で、福音の真理とその道徳的教えに根ざしたキリスト者たちの確かな証しだけが、世俗化の拡大など急速に変容する世界の挑戦に答えていくことができると述べ、世界はこうしたキリスト者たちのメッセージを待っていると呼びかけた。
 教皇は19日午前、ニューヨーク大司教区の司教座聖パトリック大聖堂でミサを捧げた。この朝、大聖堂があるロックフェラー・センター周辺には大勢の信者らが人垣を作り、教皇の到着を熱心に歓迎した。
 教皇はミサの説教で、教会の一致と調和のシンボルを、聖パトリック大聖堂のゴシック建築に見出した、と語った。外から見ると暗く重苦しい印象さえ与える大聖堂の窓は、中に入ると突然生き生きと光を反射すると教皇は指摘、教会を「外」から捉えているだけの世界もまた、精神性を渇望しながらも教会の神秘の「中」に入ることができないでいる、と述べた。
 教皇は、同日午後、市内の聖ジョセフ神学院で、子どもたちや若者、神学生らと交流した。
 この日が教皇の選出記念日であったことから、若者たちは先日の教皇の81歳の誕生日と、教皇着座3周年を祝うドイツ語の歌を歌い、さらに米国を構成する様々な文化・民族をそれぞれ象徴する様々な主食、パンやとうもろこし、米などを教皇に贈った。
 教皇は米国司牧訪問の最終日の20日朝、激しい風が吹く中、同時多発テロで崩壊したワールド・トレード・センター跡地、『グラウンド・ゼロ』を訪れ、最深部に設置されたプール前の祭壇でひざまずいて祈り、犠牲者への哀悼の言葉を読み上げ、「憎しみを持つ者に愛を」と呼びかけた。抽選で選ばれた遺族や生存者、警察、消防関係者の代表24人も参列した。
 同日午後、教皇は米国訪問の最後の公式行事として、ヤンキー・スタジアムで市民参加のミサを捧げた後、同日夜、ジョン・F・ケネディ国際空港から特別機で帰国の途に就いた。空港で行われた送別式では、政府代表としてリチャード・B・チェイニー副大統領が「あなたの言葉を忘れることはない」と述べ、最大限の敬意を表した。□


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