2014年12月

2014年12月31日

≪連絡≫送信終了

 2014年の送信をこれで終わります。良い新年をお迎えになられますよう、お祈りいたします。なお2015年は元旦から送信を始める予定です。(主宰者)


cjcpress at 23:37|Permalinkclip!

2014年12月29日

◎激動の中に世界各地でクリスマス祝う

CJC141229=1225=#417◎激動の中に世界各地でクリスマス祝う

 【CJC=東京】イエス・キリストの生誕地とされるヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ベツレヘムにある聖カテリナ教会では、今年も12月24日夕からクリスマスのミサが行われた。隣接する聖誕教会前の広場には巨大なクリスマスツリーが飾られ、現地のイスラム教徒も一緒にクリスマスを祝った。AP通信によると、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長もミサに参加、「過激主義とテロ」の終結を呼びかけた。
 イスラエルとの抗争が続く中、パレスチナ自治区にいるキリスト者が各地でクリスマスを祝った。2014年夏の50日間におよぶ一時停戦から4カ月を迎えるガザ地区では、キリスト者の多くがベツレヘム訪問の許可をイスラエル側に求めたが、多くは認められなかったという。
 イラク北部クルド人自治区のアルビルでは、イスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」の攻撃を逃れてきたキリスト者避難民たちが、悲しみに彩られたクリスマスイブを迎えた。
 イラクでは2014年夏、「イスラム国」が制圧したモスルからキリスト者多数が脱出、アルビル周辺で避難生活を送っている。「イスラム国」の掌握する地域ではキリスト者に対する迫害が拡大している。
 カルデア典礼カトリック教会のルイ・サコ総大主教によるとしてAFP通信は、イラクで推計15万人のキリスト者が苦しい避難生活を送っていると報じた。
 カトリック教会のフランシスコ教皇は25日、バチカン(ローマ教皇庁)のサンピエトロ大聖堂のバルコニーから談話を発表、クリスマスのメッセージで世界平和を訴えた。イラクやシリアで「残酷な迫害」に苦しんでいるキリスト者やそれ以外の宗教や民族集団の人々に希望が与えられるよう願った。
 サンピエトロ広場には、教皇の言葉を聞こうと数万の信者たちが集まった。クリスマスのメッセージは「ウルビ・エト・オルビ」(ローマと全世界へ)と呼ばれ、その名の通り世界情勢に触れるのが慣例となっている。
 教皇は「暴力の被害者になり、人身売買の対象とされたり、兵士にもされている多くの子どもたちが救われますように」と述べた。パキスタンの学校襲撃で我が子を失った遺族にも慰めの言葉を送った。
 内戦が続くシリアや「イスラム国」の台頭で不安定化が進むイラクに言及。人々は「あまりにも長い間、進行中の紛争の犠牲になってきた」と述べた。
 また中東やアフリカ、ウクライナなどを例を示して、暴力の終結や、対話の重要性を語りかけた。エボラ出血熱の感染拡大地域で医療活動に従事する人々にも感謝のことばを贈った。□


cjcpress at 20:12|Permalinkclip!

◎英カトリック教会では「深夜ミサ」無理に

CJC141229=Tab1222=#416◎英カトリック教会では「深夜ミサ」無理に

 【CJC=東京】クリスマスの「深夜ミサ」はカトリック教会の特徴の一つだが、英国では「深夜ミサ」を行わない教会が増えている。カトリック週刊誌『タブレット』が報じた。
 イングランドとウェールズの全50管区で調査したところ、「深夜ミサ」を行う教会が減少していることが分かった。
 イングランド北東部ミドルスブラ教区ではマイケル・マーズデン司祭が『ルルドの聖母教会』で行うだけ。
 「深夜ミサ」がなくなる最大の理由は司祭の不足。司祭1人で小教区数カ所を担任する例もあり、「深夜」どころか日曜日のミサを毎週行うことも難しくなっている。
 教会員の高齢化も進み、「深夜」に教会に集うことが困難になっている。そのためクリスマスイブの午後5時にミサの時間を繰り上げた教会もある。
 折角「深夜ミサ」を行っている教会でも、パブで酔っ払った人が来るなど、英国の教会を取り巻く環境は様変わりしている。□


cjcpress at 19:15|Permalinkclip!

◎2000年から不明の牧師「北朝鮮が殺害」と米連邦控訴裁

CJC141229=J1224=#415◎2000年から不明の牧師「北朝鮮が殺害」と米連邦控訴裁

 【CJC=東京】ワシントン発時事通信によると、米連邦控訴裁判所は12月23日、中国で2000年に消息を絶った米永住権を持つ韓国系の牧師キム・ドンシク氏について、北朝鮮に拉致され、拷問を受けた末に死亡したと結論付け、家族が北朝鮮に損害賠償を求めることは可能との判断を示した。□


cjcpress at 15:41|Permalinkclip!

◎韓国で「赤ちゃんポスト」の利用急増

CJC141229=1229=#414◎韓国で「赤ちゃんポスト」の利用急増

 【CJC=東京】朝鮮日報(日本語電子版)によると、韓国で「赤ちゃんポスト」(ベビーボックス)の利用が急増、2014年、ソウル市の12月28日までのまとめでは220人になった。2010年(4人)に比べ50倍以上の増加。市内で捨てられた乳児(228人)の96・4%を占めている。
 ソウル市冠岳区の主サラン共同体教会が2009年末、教会の壁にベビーボックスを設置した。それ以降、市内で捨てられた乳児の数は10年が20人、11年43人、12年79人と増え続け、13年には239人に急増した。
 一方、保健福祉部(省に相当)の保健福祉統計年報によると、全国で捨てられた乳児の数は10年191人、11年218人、12年235人、14年285人。全国的には緩やかに増加している中、ソウルでは急増している。専門家は「全国各地の区役所や児童養護施設に捨てられていた子どもがベビーボックスに預けられるようになっている。ベビーボックスに子どもを預ければ安心だという認識が広まった」と見ている。
 主サラン共同体教会のイ・ジョンラク牧師は「ベビーボックスは命を救う役目を果たしている。捨てられた乳児の数が増えたのは実親の出生届の提出を義務化した『入養』(養子縁組)特例法改正のせいだ」と説明した。□


cjcpress at 14:11|Permalinkclip!

◎エジプトでモーゼ描いた米映画禁止

CJC141229=K1228=#413◎エジプトでモーゼ描いた米映画禁止

 【CJC=東京】エジプト政府が、旧約聖書『出エジプト記』を題材にした米映画『エクソダス=神と王』について「歴史的な描写が不正確だ」などとして上映禁止を決めた。
 エジプトでは2014年3月、「ノアの箱舟」を描いた米映画『ノア 約束の舟』について、宗教権威機関がイスラム教の教えに反して預言者ノアを偶像化したとして上映を禁止すべきだとする声明を出している。共同通信が報じた。□


cjcpress at 13:23|Permalinkclip!

◎教皇がバチカン高位聖職者を痛烈に批判

CJC141223=CN1222=#412◎教皇がバチカン高位聖職者を痛烈に批判

 【CJC=東京】教皇フランシスコは12月22日発表したクリスマス・メッセージで、「キュリア」と呼ばれるバチカン(ローマ教皇庁)の高位聖職者の官僚主義を批判した。「不滅と感じる病い」から「虚飾」や「過度の計画」に至るまで、それらを「改善しようとしない教会は病身のようなもの」と警告して、教皇は、高位聖職者が「病気」のリストを持つように勧告した。
 教皇は、「親愛なる兄弟の皆さん、ゴシップのテロを意識して、それを防ごう」とも語った。□


cjcpress at 13:16|Permalinkclip!

2014年12月23日

〇教皇がクリスマス・メッセージでバチカン高位聖職者を批判

1222


cjcpress at 09:46|Permalinkclip!

2014年12月22日

◎10年後にはいない?と教皇フランシスコ

CJC141222=AF1222=#411◎10年後にはいない?と教皇フランシスコ

 【CJC=東京】AFP通信によると、78歳になったばかりの教皇フランシスコは、2024年の五輪招致を目指すイタリアの五輪委員会のメンバーや選手らと会見した際、「2024年五輪招致でのローマの成功を祈っている。その時には私はいないが、あなたたちと、あなたたちの家族に神の祝福があるように」と語った。
 教皇は8月の韓国訪問から帰国する際、報道陣から「自身の世界的な高い評判についてどう思うか」と聞かれた時も、「今までに私が犯した罪や間違いのことを考え、得意気にならないようにしている。そんなには長くないはず。2年か3年で、神のもとに向かうのだから」と答えている。□


cjcpress at 22:34|Permalinkclip!

◎キューバ見つめてバチカン50年

CJC141222=CNA1218=#410◎キューバ見つめてバチカン50年

 【CJC=東京】米国とキューバが外交関係再樹立に向かう決定をした蔭に、50年にもわたるバチカン(ローマ教皇庁)の外交努力があった。
 制約があるとは言え、キューバではカトリックが主要宗教。米国がキューバへの禁輸政策を続ける中でも、教会としては、米国の司教などがキューバを訪問、「事実上」橋渡し役を務めてきた。またバチカン自身も和解工作を進めてきた。そのハイライトが1984年、当時の教皇ヨハネ・パウロ2世がキューバに隣接するプエルトリコを訪問したことだった、と米カトリック通信CNAは見ている。
 バチカンは1935年にキューバと国交を樹立した。キューバは、バチカンが外交関係を断絶しなかった唯一の共産主義国だった。
 米国は61年に関係を断絶しており、62年10月のミサイル危機に際しては、教皇ヨハネス23世が戦争回避のためにジョン・F・ケネディ大統領とニキタ・フルシチョフ第一書記に書簡を送っている。
 米国司教のキューバ司教との接触も続いていた。72年、米国司教協議会は、禁輸撤回を要請するキューバ司教を支持、そして85年に両国司教協議会は相互訪問を行った。
 80年代には、ボストン大司教区が、米・キューバ関係に活発な働き掛けを行った。大司教のバーナード・ロー枢機卿はキューバとの外交関係樹立を強く支持、禁輸撤回を主張した。枢機卿は85年と89年にキューバを訪問、その都度、フィデル・カストロ国家評議会議長と会見している。ボストン大司教区は、独自のキューバ援助計画も開始した。
 バチカンとキューバ間の関係修復の動きの中心は、当時の正義と平和評議会議長ロジャー・エチェガレイー枢機卿だった。89年に初めてキューバを訪問した際には、クリスマスと元日を含め9日間滞在、フィデル氏とも親密な会談を行った。会談は、キリスト者とユダヤ教徒を30年にもわたって抑圧して来た「無神論国家」の政教関係に新たな局面を開くものとなった。
 会談の間、フィデル氏は教皇を歓迎する熱意を隠すことはなかった。それは国際的に弱まってきた自分のイメージ盛り返そうとしていたことと、ヨハネ・パウロ2世が軍備縮小、第三世界の負債と貧困といった世界の非宗教的な問題の多くに関して自分と意見が一致すると思っていたためと見られる。
 93年12月にも、枢機卿はフィデル氏と会見している。
 キューバの司教は「愛はすべてのものに耐える」というメッセージを公開したが、それは体制に対する教会のアプローチ転換を示すものだった。
 司教たちは、カストロと反対勢力双方に、米国に追放された政治亡命者問題、平和的な国民再融和へ向けての政治対話開始を提案した。このメッセージはエチェガレイ枢機卿とフィデル氏の間に行われた対話の主要問題の一つで、双方が、平和、和解、米国の規制終了の支持を強調した。
 フィデル氏がカトリック教会に対する姿勢を変えたのは、それ以後のことと推測される。同氏は、キューバの将来に関する話し合いのための信用できるパートナーとしてバチカンを認めるようになり、教会への規制を弱めた。
 ヨハネ・パウロ2世は、キューバとの極秘交渉を支持した。交渉は1990年代初めに実行に移され、バチカンとキューバ当局者の間のハイレベル会議を通して進められていた。
 94年7月12日、当時の司教省長官ベルナルディン・ガンティン枢機卿が、キューバの教皇庁使節館でフィデル氏と個人的な会談を行った。会議の後、フィデル氏は使節館でハイメ・ルカス・オルテガ・イ・アラミノ大司教と2時間にわたって会談した。同大司教は10月にはヨハネ・パウロ2世によって枢機卿に任命されている。事実上、「革命」後初のキューバの枢機卿とフィデル氏が話し合ったことになる。
 ローマに戻ったガンティン枢機卿はキューバの宗教状況の改善についてヨハネ・パウロ2世に報告、フィデル氏が教皇訪問を十分に歓迎すると語った。
 96年に、フィデル氏は、バチカンでヨハネ・パウロ2世と会見した。これが98年にヨハネ・パウロ2世の歴史的なキューバ訪問につながった。
 ハバナに到着した最初の教皇として、ヨハネ・パウロ2世は「キューバは自らを世界に開く必要がある。また世界はキューバに近付く必要がある」と語った。
 その10年後の2008年、バチカン国務長官のタルチジオ・ベルトーネ枢機卿がヨハネ・パウロ2世訪問10周年記念を祝うためにキューバを訪問、フィデル氏に代わって政権を握ったラウル・カストロ氏と会見した。
 ジャーナリストとの会談で、ベルトーネ枢機卿は「ドアを開ける機会が来たようだ。ラウル氏は、人々が得られないもの、またその願いなどを十分把握している」と強調した。
 2012年のベネディクト16世の訪問は、世界にキューバが開かれたことを示すものとなった。ベネディクト16世は、米国に対キューバ制裁の解除を求めた。ラウル氏はしばしば教皇の側に姿を見せたが、それはキューバの存在を強調し、教皇訪問の重要性を示すという願望の現れでもあった。
 米国とキューバが外交関係再樹立に向かう決定をするまで50年間のバチカン外交の成果の上に教皇フランシス教皇は今「物語」の主役になった。
 バチカンは12月17日、今年10月に両国代表団を迎え、詰めの協議をしたと明らかにした。
 バチカンが発表した声明によると、教皇フランシスコはオバマ、ラウル両氏に書簡を送り「両国関係を新たな段階に進めるため、特定の収監者の状況を含む人道的な問題を解決するように」と呼びかけていた。「特定の収監者」はキューバで拘束されていた米国人のアラン・グロス氏らを指すとみられる。
 10月の協議では「両国が受け入れ可能な解決策に達した」。バチカン声明によると、17日に78歳の誕生日を迎えた教皇フランシスコは米国とキューバの「歴史的な決断」を歓迎した。オバマ、ラウル両氏も、共に教皇に謝意を表明した。□


cjcpress at 17:46|Permalinkclip!