2017年4月13日(木)
武州日野駅〜カタクリの里〜虚空蔵大菩薩〜虚空蔵岩〜弟富士山〜浅間神社〜十二天神社〜安谷川木橋〜明ヶ指の卵水〜新秩父線72号〜クビレ地形〜事上沢〜新秩父線71号直下伐採地〜事上沢右岸尾根〜北東枝尾根〜越〜清雲寺〜武州中川駅

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桜満開の武州日野駅
この前、大反山に登った時、572m峰の尾根(事上沢左岸尾根)に奇妙なクビレ地形があることに気が付いた。
持小屋沢と事上沢が接近して、地形がすぼまっており、クビレ地形になっているのだ。
醍醐丸の下で、尾根の両側から沢を見ることができて楽しかったが、そのようなことが果たしてできるのだろうか?
清雲寺の枝垂桜の開花時期に合わせて、七目さんと出かけることにした。

桜が満開の武州日野駅で下車。
秩父鉄道の各駅は桜が満開でどこで降りても楽しい。
線路沿いの桜並木の歩道を秩父方面へ歩くと、遮断機の無い簡素な踏切があり、それを渡るが、突然後ろからアナウンスがあってびびる。
線路を渡ると、指導標があり弟富士山は、浅間神社から登るのが一般的だが、「カタクリの里」と書かれた指導標が気になって、右へ三峰口方面へ進む。
鳥居の連続するところを登って行くと、小さな社の風穴稲荷があり、風穴を探したが見当たらない。

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風穴稲荷

社の先にも遊歩道が延びているので、進んでみると、カタクリがあちこちで咲いていて、カタクリの里に入ったようだ。
しかし、少し時期が遅かったのか、萎れているものが多い。
また北側斜面なので、日影なのも残念だ。
透過光で輝く花びらが綺麗な花なので、お日様が欲しいところ。

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カタクリの里のカタクリ

虚空蔵大菩薩が見えてくると、カタクリの里も終わり。
元々、虚空蔵岩に祀られていたが、昭和20年代に風穴稲荷脇に遷座され、昭和49年に落石で現在地へ移された。
ここには車道が上がって来ており、武州日野駅からここに来て、浅間神社経由で登るのも良さそうだ。
指導標に従って、民家脇を進むが笹が被っていて、不安になる道。

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虚空蔵大菩薩

左に白く濁った池を見て、石造物が点在する墓地を見ると、ジグザグに登って行くようになる。
斜上するようになり、虚空蔵大菩薩の裏手に来ると、ここもカタクリがチラホラ咲いていて楽しい。
山の中のカタクリは、いくらか有難味を増して感じられる。

尾根に乗ると、五合目と彫られた石標があるが、一合目はどこだったのだろう?
左へ尾根上を進むと、すぐに分岐になって、右は弟富士山へ直接行けるが、左の虚空蔵岩経由を選ぶ。
トラバース道は細いが、ロープが張ってある。
別の尾根に乗ると小祠があり、右が弟富士山で左が虚空蔵岩。
少し下ると、こんもり飯を盛ったような虚空蔵岩が見えて、展望も広がっている。
レキ岩の虚空蔵岩は、登れそうだが降りるのが怖い。
洞穴に、虚空蔵大菩薩が祀られていて、東側の武甲山方面の眺めが良い。
麓の学校のグランドの周囲の桜が満開で見事。
上から眺める桜並木もなかなか良いものだ。

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大展望の虚空蔵岩

この虚空蔵岩は、元々山頂にあったという伝承がある。
江戸は享保の頃、怠け者の木こりが山頂で、大岩を動かしている神様に出会った。
頼まれて一緒に力を合わせて引き下ろした。
そのとき巻いた縄目の跡が岩に残り、怠け者を働き者に変えた神は虚空蔵様だったという。

下へも道が続いているが、立入禁止になっている。
先ほどの小祠のある分岐へ戻って、弟富士山へ登って行く。
ひと登りで、弟富士山山頂に到着すると、浅間神社奥社が建っている。
古くからの霊山で、平将門、藤原秀郷、畠山重忠などの武将達が参拝しており、熊倉城の祈願所だったともいわれる。
上のお三方が参拝していたのは、若御子山と同じ。
それにしてもあちこち参拝しているんだな〜。

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浅間神社奥社の建つ弟富士山山頂

間違えそうなわかりにくい地図の看板を見て、浅間神社方面へ下ると、また小祠があり、右に注連縄のある道を分ける。
行って見たが、急なところがあって危険なので引き返す。
御胎内入口の石標が倒れているので、洞窟でもあるのだろうか。

簡素な鹿柵扉を開閉すると、赤くて派手な浅間神社に到着。
旧日野村の総鎮守で、昌泰3(900)年、富士登拝33度の石井睦則なる者が、氏神として御分霊を岩上に祀った。
天徳4(960)年6月、峰に降雪があり、富士本山に事の次第を報告し、「弟」の冠称を与えられた。
降雪のあった八合目以上を神域とし、「弟富士山(おとふじやま)」と称して日野村の産土神(うぶすながみ)にした。
寛文年中、麓に社殿を建立し「下浅間」と称した。

つづく…。