2006年12月
2006年12月31日
過日恋々another story〜演者と撮影者��〜
前撮影同様、奥山サイドの撮影直前となるとどんどん人がはけていった。
あのアイドルと比べてしまうせいなのか、奥山香子は至って落ち着いて見える。
呑気にスタイリストと談笑していた。
「で、私どうしましょうか？」
「あ…今日はスチールとセットの2種なんで先にスチールから」
「それは打ち合わせで聞いてます。どういうイメージで撮りたいか聞いてるんです。
私も作りこみますから」
「あ〜今度のCMは空港現地にもデンと尺長い画で使うんで、モデルのグラビアっぽさ意識してもらえたらオッケです」
って、かわいくねぇな〜。
奥山はたいしてオレと話もせず、スタンバってしまおうとする。
「ちょ、ちょっと待って。もう少し話しません？」
「…何のために？」
奥山は怪訝そうに言う。
「撮影するのに、奥山さんの事をもう少し知っておいた方が撮影者もモデルもやりやすいでしょ？」
「私はもう充分あなたの事分かってるんで大丈夫です。
こんなデキレース、早く終わらせましょ」
…話を聞いていて居づらくなったのか、そばにいたスタイリストまでスタジオからはけてしまう始末だ。
「ちょ、何それ？意味わかんないんだけど…」
「分からなくていいわ。あなたは撮影者、私は演者。仕事をしましょうよ」
「……」
オレの事わかってるって、早水が携帯番号渡してた時の事いってるんだよな。
デキレースって、何だよ。
オレはもうなんだかかなりイライラしていたが、この女と今ケンカするのは仕事上よくないと考えた。
「…じゃ撮影始めます」
パシャーン…
パシャーン。
オレも奥山も何もしゃべらないからシャッター音がやたら耳につく。
何もしゃべらないから雰囲気のよどみを気にしていたが、思いの他スイスイと撮影が進んだ。
自分を作り込むなんていうだけの事はあり、
彼女はオレが撮りたい被写体の動きを勝手にしてしまうのだった。
つまり言葉がいらないわけだ。
なんでこいつ、オレが考えてる事がわかるんだ。
しゃべってないのに、ずっと通じ合っているような…そんな感覚。
そして自分の心象とはうらはらにどんどん奥山が煌めく様子にゾクゾクしていた。
これがこの女の才能なのだろう。
ずば抜けて一般離れしたカメラ映りの良さ。
華がないなんてもんじゃない。
こいつ体にオートフォーカス機能でもついてるかみたいに、
華やかさも
うら悲しさも
全部全部出し分ける事ができるタイプの女なんだ…。
見る角度で時々ハッとさせられるような表情までしてしまう。
静止画が物語にまでしてしまう表現力をもつ女、それがこの奥山香子なのか。
奥山の存在そのものが、万華鏡をクルクル回す様に見る側を魅せる輝きを放っていた。
気がつくと、思った以上に出来がよかったので撮りすぎていた。
早水の撮影時の倍はフィルムを使ってしまったオレ。
完全に奥山にリードされてしまった上に、グラビアを軽く見ていた自分には平手打ちをくらった気分だった。
撮り終わった奥山は清々しい表情で言った。
「どうですか？私ちゃんとできてました？」
「あ、あぁ。まあまあかな」
オレはこれまでの前後関係から、なんだか素直になれなかった。
カメラを片付けていると奥山がすっとオレに向かって手を出した。
「…握手してもらっていいかしら？」
「エッ！オレと？」
不意打ちだ。
オレは急に気恥ずかしくなり、顔が熱くなった。
「私、昔あなたの写真見た事あるの。今日あなたに会うまではあなたの写真大好きだったから」
奥山は皮肉っぽく笑う。
オレは気を取り直して彼女と握手した。
ひんやりした感触。
細くてきれいな指をした右手だった。
「もう会う事もないけど、よかったらウチの事務所に今日の作品送ってもらえない？
取っておきたいの」
自分がCM起用される事はないと思ってるって事か。
「あのさ、最初にもなんか、散々オレの事言ってたけど」
「お疲れ様でーす！」
…早水の声だ。
オレの話を遮るようにスタッフ達がゾロゾロと帰ってきた。
「じゃ、お願いしますね？」
奥山は颯爽とスタジオを出て行った。
不安そうに早水がオレに駆け寄ってくる。
「あの、さっきの話の続きなんですけど…」
「あぁ、オレもうどっちを選ぶか決めてるから、その件は遠慮しとくよ」
「エッ！あ、あの…」
オレはニッと笑って、スタジオを出て行った。
出ると代わる代わる各マネージャからペコペコされてちょっと疲れた。
その脚で自分の事務所に戻り、社長室に向かった。
オレは単刀直入に言う。
「社長、僕この仕事が終わったらここ辞めさせてもらいますね」
「この仕事？…椎名ちゃん、この仕事終わるのは2年後だよ？2年契約のヤマだからね」
「にっ…2年？！」
社長は得意気にいう。
「それよりどっちのモデルさんで行くのか決めた〜？」
正直、あの撮影を終えた後に事務所をやめるもやめないも、どうでもよくなってはきていたオレは、
「…はあ。一応、早水穂波の方でいきます」と、うなだれるように答えた。
「ふぅーん。無難だね。理由は？
もう今日付で各事務所に連絡入れて置くよ？」
「ああ、お願いします。理由は適当に言っておいてください。後、奥山香子の事務所ってここから近いっすかね？」
「オスカルプロ？近いよ、品川だから」
「オレ今から行ってきますから」
「エェ？！自分で言いにいくの？」
「いえ、別件ですけど」
オレはクーペを走らせて奥山の事務所に向かった。
オレはもう自分の気持ちの高まりに気付いていた。
奥山の事務所に着くと、ちょうど奥山とそのマネージャが戻って来たようで車から出たばかりの所を鉢合わせた。
「あら、椎名さん」
奥山が驚いたようにオレをみている。
かいがいしく奥山のマネージャも駆け寄ってオレに話しかけてくる。
「あの！僕、奥山さんと話があって来たんですけど…」
一瞬マネージャが驚いたような顔をしたが、すぐ状況を察したようで一人で事務所に入って行った。
「椎名さん、どうしたんですか？
…写真はまだですよね？」
「モデルの件、早水さんに決めたから。その連絡に来た」
奥山は最初に見た顔と同じ表情をしている。
「…そんなの最初から分かってます。わざわざそんな事言いに来たんですか？」
「そう。それと選考理由も伝えときたかったから」
「…理由って、椎名さん、あなた早水さんと携帯番号のやりとりしといてそんな事言えるの？」
「理由は『あんたと仕事したくなかった』からだ」
しばらく呆然としていた奥山がタンを切った様に怒り始めた。
「…あ、あなたねぇ？！普通わざわざそんな事を車走らせて言いに来る？
私が嫌いなら嫌いで結構よ！
大体、私アメリカまで…」
そこまで言うと言葉を詰まらせて瞳には大粒の涙が溜まっていた。
…発見。
気の強い女の泣き顔はそそられる。
オレは我慢出来ず、奥山をきつく抱き締めた。
「…もっとよく顔見せて」
「な、何いってるんですか！離して下さい！」
「オレ、腹立つけどあんたとの事を仕事にしてしまいたくないんだよ。
だからモデルにあんたを選ばなかった。
仕事したくないってそういう事だから。
あんたみたいな気の強そうな女は本当に扱いづらいし、全然タイプじゃないんだけど…」
オレから少し離して奥山の目をじっと見て言った。
「オレと結婚しない？」
奥山は涙を溜めたままオレを真っ直ぐ見つめて固まっている。
「いや、すぐじゃなくていい。
オレも身辺整理があるし、あんたオレの事嫌いだろ？
オレの事今から好きになってもらえるように努力すっから」
「……結婚？」
奥山は信じられないといった顔をしている。
「女優さんを縛る縄なんて結婚くらいだろ？
オレ、今後あんたが他のカメラマンにパシャパシャ撮られると思うだけで腹立つんだよ。
家族にでもならないと落ち着かないから結婚したいってのじゃダメか？」
奥山はうなずいた。
「それって私の事が好きなわけじゃないんじゃない？」
「す、好きだよっ！誰にも渡したくない」
奥山は頬を赤くして眼に溜まった涙をポロポロこぼした。
「…だったら結婚してもいいよ」
「え？」
長期戦覚悟だったオレは、また驚かされた。
「だって、オレの事嫌いでしょ？」
聞いた所、彼女はオレがNYに行ってた際、すでに向こうでスタンバってたらしく、オレさえOKならすぐNYで撮れる状況だったらしい。オレが現場スタッフとケンカして帰ってしまったため、彼女もとんぼ返りとなったわけだ。
なんで早水は来ず、彼女だけわざわざNYに来てたかって？
どうやら奥山の方が先にオレに惚れてたらしい。
どうしてもオレに撮られたかったのは奥山の方だったのだ。
意図しない所で知らない内に失望されてたみたいだけど…
人生、本当に何がどうつながってんだかわからない。
そのままオレはスピード結婚。
奥山、いや香子は即妊娠してしばらく休業。
周囲をあっと言わせた。
オレの仕事もますます忙しくなり、自宅で仕事をする事もしばしばだった。
そんなある日。
いつものように仕事を自室でしていたが、徹夜でどうもはかどらない。
部屋の扉をノックする音がした。
「ごめん、今明日までの仕事あって忙しいからメシいいや」
「あ…あのぅ」
振り返ると香子そっくりの学生が気まずそうに立っていた。
「私…椎名一香。助けてパパ」
こうして本編につながる今となる。
一香はあまりに香子に似ていたが、これから後はそれ以上に驚かされる出来事ばかりだった…
2006年12月22日
過日恋々another story〜演者と撮影者�◆�
―都内某所―
「今晩、また来る」
オレはマンションから出て、愛車のクーペに乗り込んだ。
昨日は成田からそのままサチの所へ直帰。
そのまま翌朝、仕事に向かった。
うーん、まるで寝てないせいか頭痛とダルさが体を歩いてる。
いや、今日の仕事のせいかもしれない。
例のグラビア撮りだ。
赤信号で止まる度、ため息がでる。
一体なんだってオレがこんなミーハーな仕事しないとならねぇんだよ。
事務所に着くと、結構オレの到着は少し遅かったようで、業務関係者勢揃いだった。
「あ…あれ？今日打ち合わせ10時からでしたよね」
「椎名ちゃ〜ん！
みんな待ってたよ〜。よかったちゃんと来てくれて！
もう女の子スタジオに入れてるから！
頼むよ〜」
「し、社長！オレ、こんな仕事聞いてないですからね？」
「ん〜わかる。
分かってるよぉ？
でもこれかなりデカい仕事なの！
上手くいけば椎名ちゃんにピュリッツア以外に別の冠もついちゃうからさ〜？」
…分かってる。
一応オレだってあのNYのくだらない打ち合わせは聞いてたんだから。
これは某航空会社のCM起用と連動の企画だっていうんだろ？
しかもオレがその候補者であるアイドルと女優の各々を撮り比べて選定するとかいう面倒くせぇ仕事。
まあ、冠ついてるパンダの選定ならそれぞれの所属事務所も文句ねぇだろうとかいうオトナの事情なんだから。
オレは扱いやすい女の方を選ぶけどな。
「オレが来ないと思ってみんな勢揃いなんすか、これ？」
「だ、だって椎名ちゃんNYでも揉めて帰ったっていうしさぁ」
「…スタジオ入りますね」
あ〜面倒くせぇ。
さっさと終わらせよう。
そんでもって辞表だして就職活動だ。
スタジオに入ると2人の女と数人の男、うちの事務所のメークが一斉にオレを見た。
「お、おはようございます。今日カメラさせてもらいます椎名一道です」
するとかわるがわるにマネージャらしき男達がオレに挨拶に来た。
オレがCM起用者の選定するという事を知っているだけにやたら腰が低い。
続いてモデル2人が挨拶に来た。
「あ、初めまして！椎名さんですよね？私、早水穂波といいます。あの椎名さんに撮っていただけるなんて光栄です。新聞で見た事あります。
ちょっと緊張してるんですけど、今日はよろしくお願いします」
深々と頭を下げる彼女。
ふぅーん。
感じいい子だな。
これアイドルの方か？
もう一人は…
「初めまして。奥山香子です。よろしくお願いします」
彼女はいたって平然と一言そう言った。
あ…愛想ねぇな。
こっちが女優だな。
ふ〜ん、気が強そうな顔してる。
しかもアイドルと比べて地味で華がない。
第一印象は明らかにアイドルに軍配が上がる。
撮りやすい方から片付けていくか。
「じゃ、ハヤミズさんの方から撮影しますんで…」
パァっと早水の顔が紅潮していた。
かわいい…。
とりあえず事務所スタッフがスタジオでスタンバってたおかげもあり、
オレは自分のカメラの準備だけですぐ撮影に入れた。
なぜか関係者たちはスタジオから続々出て行きオレとアイドルだけ残された。
「じゃ早水さん、スチールとセットの2種で行きますから。先、スチール行きましょう」
ブン屋時代の遺産というか、オレはスタンバイが早いのが自慢だ。
彼女を見るといきなり服を脱ぎ始めた。
「…ちょ、ちょっと！何してるの？！」
彼女は大きな胸を揺らせてキョトンとしている。
「…え？グラビアだから水着ですよね」
「いや、お気遣いありがたいけどオレは服は着たままで撮れるから脱がないでくれるかな」
この子、だから紅潮してたのか。
グラビア=水着ってまた安直な…。
そのバカさ、もとい素直さが彼女のいい所かもしれない。
写真にもそれがよく出た。
よってスムーズに撮影が終わった。
ゾロゾロと関係者がスタジオに戻ってくる。
「あの…椎名さん」
早水さんがオレにいいにくそうに言う。
「ん？どうかした？」オレはといえば、撮影中にだいぶ話こんだせいか、彼女との変な緊張感が解けていた。
「私、その…どうしても今度のCMの仕事いただきたいんです」
オレは思わず笑ってしまった。
やっぱ素直だわ、この子。
「アハ、だろうね？」
「だから、その…これ」
彼女が出して来た一枚の紙切れには携帯の番号が書いてある。
まあ、どういう事か察しはつくけど。
あえて言わせてみよう。
オレにはそういうサドっ気が昔からある。
「…これは？」
「今晩、一緒に食事しませんか？その後…」
彼女がお約束事を言いかけた時、ちょうど次のモデルである女優がスタジオ入りしてしまい、
ばっちり鉢合わせた。
「あ…ども」
バツが悪いオレ。
奥山香子は冷ややかにオレを見た。
「…最悪、このカメラマン」
そのまま素通りしていく奥山香子をただ見ていた。
この女優に対してのなんだかよくわからない反発がオレの中で生まれていた。
「今晩、また来る」
オレはマンションから出て、愛車のクーペに乗り込んだ。
昨日は成田からそのままサチの所へ直帰。
そのまま翌朝、仕事に向かった。
うーん、まるで寝てないせいか頭痛とダルさが体を歩いてる。
いや、今日の仕事のせいかもしれない。
例のグラビア撮りだ。
赤信号で止まる度、ため息がでる。
一体なんだってオレがこんなミーハーな仕事しないとならねぇんだよ。
事務所に着くと、結構オレの到着は少し遅かったようで、業務関係者勢揃いだった。
「あ…あれ？今日打ち合わせ10時からでしたよね」
「椎名ちゃ〜ん！
みんな待ってたよ〜。よかったちゃんと来てくれて！
もう女の子スタジオに入れてるから！
頼むよ〜」
「し、社長！オレ、こんな仕事聞いてないですからね？」
「ん〜わかる。
分かってるよぉ？
でもこれかなりデカい仕事なの！
上手くいけば椎名ちゃんにピュリッツア以外に別の冠もついちゃうからさ〜？」
…分かってる。
一応オレだってあのNYのくだらない打ち合わせは聞いてたんだから。
これは某航空会社のCM起用と連動の企画だっていうんだろ？
しかもオレがその候補者であるアイドルと女優の各々を撮り比べて選定するとかいう面倒くせぇ仕事。
まあ、冠ついてるパンダの選定ならそれぞれの所属事務所も文句ねぇだろうとかいうオトナの事情なんだから。
オレは扱いやすい女の方を選ぶけどな。
「オレが来ないと思ってみんな勢揃いなんすか、これ？」
「だ、だって椎名ちゃんNYでも揉めて帰ったっていうしさぁ」
「…スタジオ入りますね」
あ〜面倒くせぇ。
さっさと終わらせよう。
そんでもって辞表だして就職活動だ。
スタジオに入ると2人の女と数人の男、うちの事務所のメークが一斉にオレを見た。
「お、おはようございます。今日カメラさせてもらいます椎名一道です」
するとかわるがわるにマネージャらしき男達がオレに挨拶に来た。
オレがCM起用者の選定するという事を知っているだけにやたら腰が低い。
続いてモデル2人が挨拶に来た。
「あ、初めまして！椎名さんですよね？私、早水穂波といいます。あの椎名さんに撮っていただけるなんて光栄です。新聞で見た事あります。
ちょっと緊張してるんですけど、今日はよろしくお願いします」
深々と頭を下げる彼女。
ふぅーん。
感じいい子だな。
これアイドルの方か？
もう一人は…
「初めまして。奥山香子です。よろしくお願いします」
彼女はいたって平然と一言そう言った。
あ…愛想ねぇな。
こっちが女優だな。
ふ〜ん、気が強そうな顔してる。
しかもアイドルと比べて地味で華がない。
第一印象は明らかにアイドルに軍配が上がる。
撮りやすい方から片付けていくか。
「じゃ、ハヤミズさんの方から撮影しますんで…」
パァっと早水の顔が紅潮していた。
かわいい…。
とりあえず事務所スタッフがスタジオでスタンバってたおかげもあり、
オレは自分のカメラの準備だけですぐ撮影に入れた。
なぜか関係者たちはスタジオから続々出て行きオレとアイドルだけ残された。
「じゃ早水さん、スチールとセットの2種で行きますから。先、スチール行きましょう」
ブン屋時代の遺産というか、オレはスタンバイが早いのが自慢だ。
彼女を見るといきなり服を脱ぎ始めた。
「…ちょ、ちょっと！何してるの？！」
彼女は大きな胸を揺らせてキョトンとしている。
「…え？グラビアだから水着ですよね」
「いや、お気遣いありがたいけどオレは服は着たままで撮れるから脱がないでくれるかな」
この子、だから紅潮してたのか。
グラビア=水着ってまた安直な…。
そのバカさ、もとい素直さが彼女のいい所かもしれない。
写真にもそれがよく出た。
よってスムーズに撮影が終わった。
ゾロゾロと関係者がスタジオに戻ってくる。
「あの…椎名さん」
早水さんがオレにいいにくそうに言う。
「ん？どうかした？」オレはといえば、撮影中にだいぶ話こんだせいか、彼女との変な緊張感が解けていた。
「私、その…どうしても今度のCMの仕事いただきたいんです」
オレは思わず笑ってしまった。
やっぱ素直だわ、この子。
「アハ、だろうね？」
「だから、その…これ」
彼女が出して来た一枚の紙切れには携帯の番号が書いてある。
まあ、どういう事か察しはつくけど。
あえて言わせてみよう。
オレにはそういうサドっ気が昔からある。
「…これは？」
「今晩、一緒に食事しませんか？その後…」
彼女がお約束事を言いかけた時、ちょうど次のモデルである女優がスタジオ入りしてしまい、
ばっちり鉢合わせた。
「あ…ども」
バツが悪いオレ。
奥山香子は冷ややかにオレを見た。
「…最悪、このカメラマン」
そのまま素通りしていく奥山香子をただ見ていた。
この女優に対してのなんだかよくわからない反発がオレの中で生まれていた。
2006年12月21日
過日恋々another story〜演者と撮影者� �
焼け付いた砂の擦れる音。
やたら軽い空気。
オレには全くわからんが、流行ってるらしいヒップホップが店のBGMだ。
仕事の打ち合わせもほとんど英語で、オレにはまるで念仏。
出されたコーヒーもすっかり薄くなってしまった。
NYのオープンカフェって落ち着いて話をするには全然向かないよな。
ああ…早く帰りてぇ。
「で、一道はどっちがいいと思う？」
通訳がオレに言う。
「え！…あぁ、新聞も読んでないような頭悪そうなアイドルか、同じく女優の選定を僕がするって話ですか？」
半ば自嘲気味に言うオレ。
当時、オレはブン屋上がりのプロのカメラマンとしては駆け出しだった。
当然仕事は選んでいられないわけだが…
なんつーか、今回NYに来たのだって、アートな仕事があるから来たのであって、
決して、よくわからんグラビア撮影の打ち合わせをしにきたわけじゃない。
なのにこの長時間のくだらない打ち合わせはなんだ。
アパレル撮影はあっと言う間に終了。
それでこれだ。
…やられた。
絶対こっちのグラビアがメインだ。
ちくしょ〜、社長のバカヤロ〜。
帰国したら、絶対あのインチキ事務所やめてやる。
オレはその喧騒な雰囲気の中で立ち上がった。
「つまり日本に帰国してからの話っすよね！分かりました。じゃ、もう帰りましょ！」
言い放つとオレはその場を離れようとした。
すると打ち合わせスタッフの一人が立ち上がってオレを掴む。
英語でベラベラなんか言ってる。
通訳が申し訳なさそうにオレにいう。
「あ…あの、『グラビアをバカにしてるのか？ピュリッツアー賞の男ってのはお高くとまったスチール撮影はできても、女一人も撮れないのか』と言ってます」
カチーン。
額が張り付く程、ガンくれて見つめあうオレとその男。
はっきり言って雰囲気は最悪だ。
その場はどうにか通訳の計らいで収拾した。
…しかし、そんな空気で仲良く仕事が続行できるわけがなく、そのままオレは帰国した。
オレがまだまだ若かったせいだ。
正直グラビアの仕事をバカにしてた。
今はそんなくだらない仕事の選び方はしない。
この話は写真を自分の作品だと勘違いしてた頃の話だ。
帰りの飛行機の中。
オレちょうど2ヶ月前に口説き落とした事務所の経理の女の子に買ったお土産、ヴィトンのミュゼットを抱えてうたた寝していた。
早くサチに会いたい。
あの柔順な瞳に癒されたい。
オレが経理嬢サチを思ってニヤついていた頃、オレの2つ後ろの席ではサングラスをかけた女が疲れた表情で窓の外を見ていた。
この女が後にオレの妻になる女、奥山香子であったが、まだオレ達は出会っていなかった。
飛行機は乱気流に突入する直前だった。
やたら軽い空気。
オレには全くわからんが、流行ってるらしいヒップホップが店のBGMだ。
仕事の打ち合わせもほとんど英語で、オレにはまるで念仏。
出されたコーヒーもすっかり薄くなってしまった。
NYのオープンカフェって落ち着いて話をするには全然向かないよな。
ああ…早く帰りてぇ。
「で、一道はどっちがいいと思う？」
通訳がオレに言う。
「え！…あぁ、新聞も読んでないような頭悪そうなアイドルか、同じく女優の選定を僕がするって話ですか？」
半ば自嘲気味に言うオレ。
当時、オレはブン屋上がりのプロのカメラマンとしては駆け出しだった。
当然仕事は選んでいられないわけだが…
なんつーか、今回NYに来たのだって、アートな仕事があるから来たのであって、
決して、よくわからんグラビア撮影の打ち合わせをしにきたわけじゃない。
なのにこの長時間のくだらない打ち合わせはなんだ。
アパレル撮影はあっと言う間に終了。
それでこれだ。
…やられた。
絶対こっちのグラビアがメインだ。
ちくしょ〜、社長のバカヤロ〜。
帰国したら、絶対あのインチキ事務所やめてやる。
オレはその喧騒な雰囲気の中で立ち上がった。
「つまり日本に帰国してからの話っすよね！分かりました。じゃ、もう帰りましょ！」
言い放つとオレはその場を離れようとした。
すると打ち合わせスタッフの一人が立ち上がってオレを掴む。
英語でベラベラなんか言ってる。
通訳が申し訳なさそうにオレにいう。
「あ…あの、『グラビアをバカにしてるのか？ピュリッツアー賞の男ってのはお高くとまったスチール撮影はできても、女一人も撮れないのか』と言ってます」
カチーン。
額が張り付く程、ガンくれて見つめあうオレとその男。
はっきり言って雰囲気は最悪だ。
その場はどうにか通訳の計らいで収拾した。
…しかし、そんな空気で仲良く仕事が続行できるわけがなく、そのままオレは帰国した。
オレがまだまだ若かったせいだ。
正直グラビアの仕事をバカにしてた。
今はそんなくだらない仕事の選び方はしない。
この話は写真を自分の作品だと勘違いしてた頃の話だ。
帰りの飛行機の中。
オレちょうど2ヶ月前に口説き落とした事務所の経理の女の子に買ったお土産、ヴィトンのミュゼットを抱えてうたた寝していた。
早くサチに会いたい。
あの柔順な瞳に癒されたい。
オレが経理嬢サチを思ってニヤついていた頃、オレの2つ後ろの席ではサングラスをかけた女が疲れた表情で窓の外を見ていた。
この女が後にオレの妻になる女、奥山香子であったが、まだオレ達は出会っていなかった。
飛行機は乱気流に突入する直前だった。
2006年12月18日
過日恋々・最終話〜過日恋々〜
楠に昇ったまではよかったんだけど、あまりに先生と近くて視線のやり場に困ってしまう私。
あと15センチ程で先生に抱き締められるようなこの体勢は私を堅くするのに充分なシチュエーションだと思う。
先生は私の様子に構う事なく、葉ずれの隙間から洩れる夕陽にぼんやりしていた。
「ここで今でも時々夕陽見てんだよオレ」
私を見る事なく言う。
「そ、そうですか…」
だ、ダメ…緊張して先生が見れない。
「…何？緊張してんの？」
「だ、大丈夫ですっ」
なんかそう言われてやっと先生を見れたけど、目が合ってますます身体が熱くなった。
「…あの、さっきのあの2人の話だけど、ちょっと補足させてもらっていい？」
先生は真っ直ぐ私を見て言う。
「えーと、オレがカメラを触らない理由についてだけど…あれは、本当になんとなく撮らなくなっただけだから」
「…そうなんですか？も、もったいない」
「んな事ないよ。撮りたいものがないんだから仕方ない」
…撮りたいものがない？
「オレ、挫折を知らないタイプだったのかな。
椎名が撮れなくて、すっげ写真に対してのモチベーション下がった。
目を閉じたらまぶたの裏に椎名の顔がでてくるくらいトラウマになっちゃってさ(笑)」
「私が撮れなかったのは先生の腕とは関係ないのに…」
「ん…まあ、それが分かったのはずいぶん後の事だったけど。それだけじゃない」
先生はまた夕陽をぼんやり見始めた。
「椎名がオレを撮った写真、オレあれ見てショック受けたんだ」
「え…あのぅ、…私の気持ちの事ですか？」
「いやいや」
…先生はちょっといいにくそうな顔をする。
「ん〜オレ、初めて負けたと思って！」
「負けた？？」
「そ、オレ才能ねぇのかなって椎名の写真見て思ったのよ」
「そんな！そんな事ないですっ。私は先生程の写真撮れないですから」
「その先生程の人がそう思うんだから、間違いねぇんだよ」
先生がまた私を真っ直ぐ見つめる。
「オレ、自分のあんな顔見たの初めてだったんだ」
「そんな…。あ、あのMade in heavenだって超絶だったし、私には無理だし」
「いーや、椎名ならオレが教えればすぐ撮れるよ。
オレのは技だもん。
椎名のは本能。
スタート地点が全然違う。
…けど、オレが初めて技で撮らなかったのが椎名の写真だったの。
なのに、撮れてなかった…これがどれだけショックか、椎名ならわかるよな？」
「……」
「オレ、自分の事は自分にしかわからないと思ってた。でもオレ以上にオレを知ってるみたいな写真撮るんだもん、お前」
私のは先生が好きだから撮れたまぐれであって…
「こ〜の、クラッシャー！」
先生が笑いながら私のおでこを人差し指でポンっと押す。
私は思わず涙が出た。
私があんな事したせいで、先生の未来が変わってしまったんだ。
あんなに素敵な写真が撮れる人なのに。
「お、おい！冗談だよ。冗談！
ってか、学校のセンセになったのだって小学生の頃からのオレの夢だったからだからな。写真好きがみんなカメラマンになるわけじゃねぇんだぞ？」
「…っく、先生があの時言おうとしたことって…グズ、その事だったんですね」
「…え、いや」
先生が気のせいか動揺してる気がする。
…長い沈黙。
「…っく、教えて下さい。写真見て気がついた事って何なんですか？」
先生は私から視線を外したまま、ずっと何も言ってくれない。
「…先生ってば！」
「その話はいいよ」
先生は少しのけぞる。
「き、気になるんです。そんな風にされると！」
「…っ！言えない」
「な、なんで？」
次の瞬間、ふいにウルトラマリンの香りが私を包んだ。
先生の長い腕が私の背中をつたう。
「…頼むから、後3年待って。オレ先生やめる予定だから」
先生の腕がますます私に回す腕に力を込めた。
「せ、先生？？」
「椎名、オレの事好きだろう？待てるよな？」
…身体が熱い。
私かと思っていたその温度は先生のものだった。
「は…はい」
いつになく余裕ない
先生の言動に、
抱き締められた今に、私は動揺する。
…これは、どういう事だろう。
「…後3年で先生やめるんですか？」
先生は抱き締める腕を少し緩めて私を見た。
「…だって、お前あと3年でハタチだろう？一道さんと約束してるから」
「え？？…約束？」
「ハタチまでは手を出しませんって、約束。…さすがにロリコン教師はマズいだろう」
その後、私はまた泣いた。
でもそれはいつも私が楠で流す涙ではなく…。
先生はまた写真家の世界に生きようとしているらしかった。
そして私はといえば出品した仁科展で、
かなりの大賞を取ってしまい…
にわかに周囲が騒がしくなったりした。
あの時、私に起こった不思議な出来事は何だったんだろう、と未だに考える。
光の粒が自分を包んだ光景は、気のせいか先生の写真集MadeInHeavenの写真のようでもあったが…。
―9年前・夏―
大きく花火があがる。
江戸川沿いの河原で見知らぬ青年と座って、懐中電灯を振っている一香。
「もうお願い事できた？」
優しく言う青年。
「うん、お兄ちゃんありがとう」
「願い事叶うといいね…じゃ、もうオレ行くね」
「ま、待って！お兄ちゃん、もう少しだけ一緒にいて。まだお願い事あるの」
青年にしがみつく一香。
必死な様子に青年は左頬でふんわり笑い、再度河原に腰を降ろす。
「どうぞ？お姫様」
青年はゆっくり電線に沿わせて懐中電灯を揺らす。
一香は嬉しそうに両手を組み目を閉じる。
(このお兄ちゃんが私の事を好きになりますように)
最後の打ち上げ花火が大きく上がった瞬間だった。
過日恋々・25話〜無影燈〜
―18年前―
「徹也、どういう事？なんで西経大のデザイン学科じゃないの？」
私は進路指導の時間の後で、思いっきり徹也に問いただした。
「コラ、学級委員…人の進路希望書、勝手に見るなよ」
徹也はダルそうに帰る準備をしながら言う。写真部室の無影燈の前で、卒業前の後片付けをしていた。
「だ〜ってさ、早慶オールA判定で、西経なんてもったいないじゃん」
「西経はデザイン系の勉強をする人が大抵狙うとこじゃない！
私が言いたいのはなんで第一希望が教育学部なのかって事よ！
どう考えても…写真と関係ないじゃない」
「どんな大学でも写真は撮れるだろ？」
「ウソ！最近全然カメラ触ってないじゃない。…なんで？」
一瞬の沈黙。
無影燈の照らす青白い光が一層徹也を意味深にさせた。
「なんか面倒くさくなったんだよ。それだけ！」
「…私の希望も変えたの。早稲田に」
「マジで？夏子どこまでついて来る気？」
「ず〜っと！」
徹也は左頬で笑って、私に背を向けた。
「…もう帰る」
「ま、待ってよ」
徹也がどんな写真展にも興味を示しさなくなったのはいつの頃からだろう。
徹也は昔からそうだった。
徹也はその華やかさや、
軽薄ともとれる優しさからなのか、
全てを話してくれているようで、
実は何も語らない人。
何を考え、
何を感じ、
何を見ているの…
強く抱き締められても水を抱くような虚しさだけが身体に層のように溜まっていく。
無影燈に照らされた写真のように徹也には影がないようにさえ思えた。
………………………
藤堂先生に続くように慎也は言った。
「…藤堂センセは兄ちゃんがやたらウチの高校に就職する事にこだわってたって知ってますか？」
「知ってるわよ。ここ、私立だし…私も徹也について就職活動で来たんだもの」
「オレは兄ちゃんがやってる事は全部一香につながってる気がしてます。
同じ高校だったのは偶然だと思いますけど…」
神妙な顔つきだった藤堂先生は何か清々しい表情をして言った。
「…椎名さんがこの高校に来る事を昔から知ってたとしたら？」
慎也はギョっとした。
「え？…そんなわけないじゃないですか。オレでも受験直前まで知らなかったのに」
私は思わず筒井先生を振り返るといつの間にかいなくなっていた。
「筒井君、とりあえず校舎に戻りましょ。徹也も荷物を置いて帰らないわ。もう向こうに戻ってるかもしれない」
「…はい」
藤堂先生と慎也が校舎の方へ戻って行く。
藤堂先生が一度だけこちらを振り返り少し笑った。
…ドキリとした。
筒井先生、いつの間にいなくなってたんだろう。
校舎に戻ったのかな。
「おーい、椎名」
え！
真上から筒井先生の声がする。
見上げると、筒井先生は楠の上にいた。
先生は白衣の裾をユラユラさせて葉ずれの隙間から夕陽に照らされていた。
「椎名もこいよ。上がれる？」
「は、はい、多分」
結構苦労したけど、どうにか上がれた。
背の高い楠が長い影をつくる。
こう感じたのは私だけかもしれない。
暮れかけた夕陽が長く、永く続いている気がした。
「徹也、どういう事？なんで西経大のデザイン学科じゃないの？」
私は進路指導の時間の後で、思いっきり徹也に問いただした。
「コラ、学級委員…人の進路希望書、勝手に見るなよ」
徹也はダルそうに帰る準備をしながら言う。写真部室の無影燈の前で、卒業前の後片付けをしていた。
「だ〜ってさ、早慶オールA判定で、西経なんてもったいないじゃん」
「西経はデザイン系の勉強をする人が大抵狙うとこじゃない！
私が言いたいのはなんで第一希望が教育学部なのかって事よ！
どう考えても…写真と関係ないじゃない」
「どんな大学でも写真は撮れるだろ？」
「ウソ！最近全然カメラ触ってないじゃない。…なんで？」
一瞬の沈黙。
無影燈の照らす青白い光が一層徹也を意味深にさせた。
「なんか面倒くさくなったんだよ。それだけ！」
「…私の希望も変えたの。早稲田に」
「マジで？夏子どこまでついて来る気？」
「ず〜っと！」
徹也は左頬で笑って、私に背を向けた。
「…もう帰る」
「ま、待ってよ」
徹也がどんな写真展にも興味を示しさなくなったのはいつの頃からだろう。
徹也は昔からそうだった。
徹也はその華やかさや、
軽薄ともとれる優しさからなのか、
全てを話してくれているようで、
実は何も語らない人。
何を考え、
何を感じ、
何を見ているの…
強く抱き締められても水を抱くような虚しさだけが身体に層のように溜まっていく。
無影燈に照らされた写真のように徹也には影がないようにさえ思えた。
………………………
藤堂先生に続くように慎也は言った。
「…藤堂センセは兄ちゃんがやたらウチの高校に就職する事にこだわってたって知ってますか？」
「知ってるわよ。ここ、私立だし…私も徹也について就職活動で来たんだもの」
「オレは兄ちゃんがやってる事は全部一香につながってる気がしてます。
同じ高校だったのは偶然だと思いますけど…」
神妙な顔つきだった藤堂先生は何か清々しい表情をして言った。
「…椎名さんがこの高校に来る事を昔から知ってたとしたら？」
慎也はギョっとした。
「え？…そんなわけないじゃないですか。オレでも受験直前まで知らなかったのに」
私は思わず筒井先生を振り返るといつの間にかいなくなっていた。
「筒井君、とりあえず校舎に戻りましょ。徹也も荷物を置いて帰らないわ。もう向こうに戻ってるかもしれない」
「…はい」
藤堂先生と慎也が校舎の方へ戻って行く。
藤堂先生が一度だけこちらを振り返り少し笑った。
…ドキリとした。
筒井先生、いつの間にいなくなってたんだろう。
校舎に戻ったのかな。
「おーい、椎名」
え！
真上から筒井先生の声がする。
見上げると、筒井先生は楠の上にいた。
先生は白衣の裾をユラユラさせて葉ずれの隙間から夕陽に照らされていた。
「椎名もこいよ。上がれる？」
「は、はい、多分」
結構苦労したけど、どうにか上がれた。
背の高い楠が長い影をつくる。
こう感じたのは私だけかもしれない。
暮れかけた夕陽が長く、永く続いている気がした。
2006年12月12日
過日恋々・24話〜記憶の底に〜
慎也は続ける。
「オレが小さい時に聞いた事、あるんです。『もう撮れない』って」
「それは徹也の事だから気分でいったんじゃないかしら？
大体教師になったのだって、私と便乗してるだけなんだから」
藤堂先生はなぜか面白くなさそうに言う。
「いや、何か理由があるような感じでしたけど…」
慎也は記憶を絞るようにポツリポツリと話し始めた。
―12年前・筒井家―
年の暮れも迫って、慌ただしい空気が巷に広がっていたが、子供だったオレはいたってマイペースだった。
ある日、兄ちゃんが自分の部屋で本棚の整頓をしていた所、
オレは幼稚園でもらって帰ってきたカルタを見せに乱入した。
「お兄ちゃん、遊ぼうよ！僕ね、僕ね、今日幼稚園でカルタもらったの！」
兄ちゃんはオレをあやすように笑い、
「ん〜、後でな」
と適当に流されてしまった。
元々、兄ちゃんは面倒見が良い方で、すごくオレを可愛がってくれたらしく
(覚えてない)
オレは兄ちゃんになついていた。
大学生だった兄ちゃんは何かと忙しいのか、当時あまり家にいなかったせいで、
オレは久々に遊んでもらいたかった。
「え〜お兄ちゃん、またどっか行くんでしょ？今遊んでよ〜」
兄ちゃんの背中に飛びついたり、スリーパーホールドをかけたりして、かなり絡んでみた。
「あれ？兄ちゃん、首に赤いキズがあるよ」
「…ど、どっかで打ったかな？」
んなわけねーだろう。
兄ちゃんはいろんな女の子と仲良くできる性質だったらしい。
「…ぐっ、慎也、マジでハイってるからやめて。片付け終わったらするから！」
兄ちゃんが手からでかいレンズのようなものを落とした。
「あ〜落ちたぁ。兄ちゃん、落としたよ」
「わ〜かってるよ！オラ、慎也どいて」
兄ちゃんは軽々とオレを片手で抱え、落としたレンズらしきものを拾った。
大切そうに収納箱に片付けている。
「兄ちゃん、それ写真のやつ？
片付けちゃうの？
僕に貸して？」
「ダ〜メ。もう兄ちゃん使わないから捨てるの！」
「え〜だったらいいじゃんか〜。僕も写真みせたげるからぁ〜」
今度はチョークスリーパーのために兄ちゃんに飛び付くオレ。
「ちょ、慎也！
痛いって。しかもお前の写真って何！？」
「ん？…こないだのハト組の遠足の時の写真、今日幼稚園でもらったの」
オレはいそいそと鞄から数枚の写真を取り出して兄ちゃんに見せた。
しばらく興味なさそうに写真をみていた兄ちゃんがある写真をみて呆然としていた。
兄ちゃんのそんな顔を見たのは初めてだった。
「慎也…この子、なんて名前？」
そう言いながら兄ちゃんが指さしたのは、
当時となりのクラスのひよこ組にいた一香、椎名一香だった。
「いつかちゃんだよ。すぐ僕の事ぶつんだ。大っ嫌い！」
「…いつか？椎名一香？」
「…知らない。いつかちゃんだよ」
「へ、へぇ…友達なんだ？…慎也が！」
「あんな奴、友達じゃね〜もん。でも他の男にぶたれてたら助けてやるの」
「ぷ…慎也は一香ちゃんが好きなんじゃないの？」
「違うもん！嫌いだもん！」
「わ〜った。じゃ、カルタ、兄ちゃんが勝ったらこの写真兄ちゃんに全部くれ！」
…結果、オレ惨敗。
「兄ちゃん、自分で写真撮れるんだから自分で撮ればいいじゃんか〜。すごい上手いってパパも言ってたのにぃ」
兄ちゃんは淋しそうに笑った。
「兄ちゃん、もうカメラ触らないから無理無理！」
「なんで？」
兄ちゃんはやれやれといった表情だった。
「もう、写真は撮らないの！」
幼いオレにはさっぱり意味がわからなかった。
「なんで？」
兄ちゃんはオレの目の高さまでしゃがんでじっとオレを見つめる。
なぜだろう。
兄ちゃんがこうやってオレと話す時は、
決まってこれ以上オレがワガママ言えない空気になった。
「兄ちゃん、もう写真撮らないんだよ。
…撮れないんだ」
……で、オレの遠足写真は結局、なぜか兄ちゃんの総取りだった。
このあたりからオレは兄ちゃんが一香の話を始めるとやたら胸騒ぎがしてた。
………………………
「だからオレ、兄ちゃんが写真撮るとこ見た事ないんです。
家族からはいろいろ兄ちゃんの神童ぶりを聞きますけど…」
藤堂先生は慎也の話を聞きながら不機嫌そうに言う。
「…結局理由は言ってないわよね？」
「まあ、そうなんですけど」
「徹也は私ですら撮らなかったの。写真に興味が無くなっただけだと思うわ」
藤堂先生は何か考えているのか、私達がいる楠の方をぼんやり見て立ちすくんでいた。
その様子を筒井先生も茂みから見ていて、2人が対峙しているようだった。
まるで互いがそこにいる事を知っているかのように。
「オレが小さい時に聞いた事、あるんです。『もう撮れない』って」
「それは徹也の事だから気分でいったんじゃないかしら？
大体教師になったのだって、私と便乗してるだけなんだから」
藤堂先生はなぜか面白くなさそうに言う。
「いや、何か理由があるような感じでしたけど…」
慎也は記憶を絞るようにポツリポツリと話し始めた。
―12年前・筒井家―
年の暮れも迫って、慌ただしい空気が巷に広がっていたが、子供だったオレはいたってマイペースだった。
ある日、兄ちゃんが自分の部屋で本棚の整頓をしていた所、
オレは幼稚園でもらって帰ってきたカルタを見せに乱入した。
「お兄ちゃん、遊ぼうよ！僕ね、僕ね、今日幼稚園でカルタもらったの！」
兄ちゃんはオレをあやすように笑い、
「ん〜、後でな」
と適当に流されてしまった。
元々、兄ちゃんは面倒見が良い方で、すごくオレを可愛がってくれたらしく
(覚えてない)
オレは兄ちゃんになついていた。
大学生だった兄ちゃんは何かと忙しいのか、当時あまり家にいなかったせいで、
オレは久々に遊んでもらいたかった。
「え〜お兄ちゃん、またどっか行くんでしょ？今遊んでよ〜」
兄ちゃんの背中に飛びついたり、スリーパーホールドをかけたりして、かなり絡んでみた。
「あれ？兄ちゃん、首に赤いキズがあるよ」
「…ど、どっかで打ったかな？」
んなわけねーだろう。
兄ちゃんはいろんな女の子と仲良くできる性質だったらしい。
「…ぐっ、慎也、マジでハイってるからやめて。片付け終わったらするから！」
兄ちゃんが手からでかいレンズのようなものを落とした。
「あ〜落ちたぁ。兄ちゃん、落としたよ」
「わ〜かってるよ！オラ、慎也どいて」
兄ちゃんは軽々とオレを片手で抱え、落としたレンズらしきものを拾った。
大切そうに収納箱に片付けている。
「兄ちゃん、それ写真のやつ？
片付けちゃうの？
僕に貸して？」
「ダ〜メ。もう兄ちゃん使わないから捨てるの！」
「え〜だったらいいじゃんか〜。僕も写真みせたげるからぁ〜」
今度はチョークスリーパーのために兄ちゃんに飛び付くオレ。
「ちょ、慎也！
痛いって。しかもお前の写真って何！？」
「ん？…こないだのハト組の遠足の時の写真、今日幼稚園でもらったの」
オレはいそいそと鞄から数枚の写真を取り出して兄ちゃんに見せた。
しばらく興味なさそうに写真をみていた兄ちゃんがある写真をみて呆然としていた。
兄ちゃんのそんな顔を見たのは初めてだった。
「慎也…この子、なんて名前？」
そう言いながら兄ちゃんが指さしたのは、
当時となりのクラスのひよこ組にいた一香、椎名一香だった。
「いつかちゃんだよ。すぐ僕の事ぶつんだ。大っ嫌い！」
「…いつか？椎名一香？」
「…知らない。いつかちゃんだよ」
「へ、へぇ…友達なんだ？…慎也が！」
「あんな奴、友達じゃね〜もん。でも他の男にぶたれてたら助けてやるの」
「ぷ…慎也は一香ちゃんが好きなんじゃないの？」
「違うもん！嫌いだもん！」
「わ〜った。じゃ、カルタ、兄ちゃんが勝ったらこの写真兄ちゃんに全部くれ！」
…結果、オレ惨敗。
「兄ちゃん、自分で写真撮れるんだから自分で撮ればいいじゃんか〜。すごい上手いってパパも言ってたのにぃ」
兄ちゃんは淋しそうに笑った。
「兄ちゃん、もうカメラ触らないから無理無理！」
「なんで？」
兄ちゃんはやれやれといった表情だった。
「もう、写真は撮らないの！」
幼いオレにはさっぱり意味がわからなかった。
「なんで？」
兄ちゃんはオレの目の高さまでしゃがんでじっとオレを見つめる。
なぜだろう。
兄ちゃんがこうやってオレと話す時は、
決まってこれ以上オレがワガママ言えない空気になった。
「兄ちゃん、もう写真撮らないんだよ。
…撮れないんだ」
……で、オレの遠足写真は結局、なぜか兄ちゃんの総取りだった。
このあたりからオレは兄ちゃんが一香の話を始めるとやたら胸騒ぎがしてた。
………………………
「だからオレ、兄ちゃんが写真撮るとこ見た事ないんです。
家族からはいろいろ兄ちゃんの神童ぶりを聞きますけど…」
藤堂先生は慎也の話を聞きながら不機嫌そうに言う。
「…結局理由は言ってないわよね？」
「まあ、そうなんですけど」
「徹也は私ですら撮らなかったの。写真に興味が無くなっただけだと思うわ」
藤堂先生は何か考えているのか、私達がいる楠の方をぼんやり見て立ちすくんでいた。
その様子を筒井先生も茂みから見ていて、2人が対峙しているようだった。
まるで互いがそこにいる事を知っているかのように。
2006年12月11日
過日恋々・23話〜ほの白い夕陽〜
………！
椎名…
…ぃな……椎名っ！
私を呼ぶ声がする。
どこか遠くからずっと私を呼んでいる。
この声は…
声に導かれるように目をさますと、私はあの東庭の楠のたもとにもたれるように眠っていた様だった。
目の前にははだけた白衣姿の筒井先生が息を大きくついていた。
「椎名…お前、今…その…お戻り？」
あ、頭が混乱する。
…目の前にいるのは先生で。
…お戻り、ってまるで知ってたみたいな。
「…筒井先生？」
とりあえず私が言えたのはこれだけだった。
「…だろ？」
先生が少しだけホッとしたように笑う。
今、目があった瞬間どんなに私が先生を好きなのか分かった。
今も過ぎていった日々も、こんなに愛しい。
先生に会えてよかった。
私、この思い出だけでお婆ちゃんになってもいい。
…私は帰ってきたんだ。
先生が心配そうに私の方に近寄って来たかと思うと、私の頭を撫でた。
「本当にあの時のまんまだな…」
「先生は、その…分かってたんですか？」
「え、うん。
正確には聞き出した。お前のパパと今でも時々話すしね」
「…知らなかった」
「椎名がオレの事大好きなのも、オレは何年も前から知ってるよ。見てればわかるけどさ。まあ、悪い気しないよね」
「…えっ！」
「ハハ、悪かったな。知らないふりしてて」
知ってて私と慎也を仲良し扱いしてたんだ…(涙)
私は思い切ってあの事を聞いてみた。
「私にとってはついさっきの事なんですけど…先生はあの楠の下で何を言いかけたんですか？」
先生があの時と同じ顔をした。
「あ…あれ、ね。」
すると校庭から慎也と藤堂先生が筒井先生を追うように走ってくるのが見えた。
先生は2人に気がついたのか、私の手を引いて東庭の茂みに身を寄せた。
「あの2人に見つかったら、面倒だからなあ」
な、何が面倒なのかさっぱりわからないんだけど…。
身を潜めながらも、
先生のウルトラマリンの香りが私を包むから、膝から崩れそうでヘナヘナの私。
藤堂先生がゼイゼイと息をきらしている。
「ちょっと、筒井君、走るの速すぎるわよ」
「センセが遅いんですよ。あ"〜絶対今、一香と兄ちゃん2人っきりで何かしてるよ」
「何おかしな事言ってんの！徹也はあんな子タイプじゃないわよ」
2人共ヒドい…。
「大体、兄ちゃんが写真部の顧問なんかやってるから接点あってややこしいんだよ。
写真なんかもう撮れないくせに…」
え？…それどういう事？
思わず筒井先生を見たが、先生はあえて私と目を合わせないようだった。
この17年の間に何があったんだろう。
そういえばなんで先生はプロにならなかったんだろう…。
気がつくと、楠から放たれた光の粒が一抹残ったせいか、
ほの白い夕陽が辺りを包み、不思議な景色が広がっていた。
椎名…
…ぃな……椎名っ！
私を呼ぶ声がする。
どこか遠くからずっと私を呼んでいる。
この声は…
声に導かれるように目をさますと、私はあの東庭の楠のたもとにもたれるように眠っていた様だった。
目の前にははだけた白衣姿の筒井先生が息を大きくついていた。
「椎名…お前、今…その…お戻り？」
あ、頭が混乱する。
…目の前にいるのは先生で。
…お戻り、ってまるで知ってたみたいな。
「…筒井先生？」
とりあえず私が言えたのはこれだけだった。
「…だろ？」
先生が少しだけホッとしたように笑う。
今、目があった瞬間どんなに私が先生を好きなのか分かった。
今も過ぎていった日々も、こんなに愛しい。
先生に会えてよかった。
私、この思い出だけでお婆ちゃんになってもいい。
…私は帰ってきたんだ。
先生が心配そうに私の方に近寄って来たかと思うと、私の頭を撫でた。
「本当にあの時のまんまだな…」
「先生は、その…分かってたんですか？」
「え、うん。
正確には聞き出した。お前のパパと今でも時々話すしね」
「…知らなかった」
「椎名がオレの事大好きなのも、オレは何年も前から知ってるよ。見てればわかるけどさ。まあ、悪い気しないよね」
「…えっ！」
「ハハ、悪かったな。知らないふりしてて」
知ってて私と慎也を仲良し扱いしてたんだ…(涙)
私は思い切ってあの事を聞いてみた。
「私にとってはついさっきの事なんですけど…先生はあの楠の下で何を言いかけたんですか？」
先生があの時と同じ顔をした。
「あ…あれ、ね。」
すると校庭から慎也と藤堂先生が筒井先生を追うように走ってくるのが見えた。
先生は2人に気がついたのか、私の手を引いて東庭の茂みに身を寄せた。
「あの2人に見つかったら、面倒だからなあ」
な、何が面倒なのかさっぱりわからないんだけど…。
身を潜めながらも、
先生のウルトラマリンの香りが私を包むから、膝から崩れそうでヘナヘナの私。
藤堂先生がゼイゼイと息をきらしている。
「ちょっと、筒井君、走るの速すぎるわよ」
「センセが遅いんですよ。あ"〜絶対今、一香と兄ちゃん2人っきりで何かしてるよ」
「何おかしな事言ってんの！徹也はあんな子タイプじゃないわよ」
2人共ヒドい…。
「大体、兄ちゃんが写真部の顧問なんかやってるから接点あってややこしいんだよ。
写真なんかもう撮れないくせに…」
え？…それどういう事？
思わず筒井先生を見たが、先生はあえて私と目を合わせないようだった。
この17年の間に何があったんだろう。
そういえばなんで先生はプロにならなかったんだろう…。
気がつくと、楠から放たれた光の粒が一抹残ったせいか、
ほの白い夕陽が辺りを包み、不思議な景色が広がっていた。
