2007年08月16日

とある日の夕暮れ、或いは孤独な詭弁家たちの無声曲。


「例えば明日世界が終わるとして」

「・・・・・・またその話か?」



誰も居ない放課後の教室、差し込む夕日が赤く赤く二人を染め上げる。表情を押しつぶす茜色に身を任せながら語りだす彼女に、俺は溜め息を返す、のみ。だってそうだろう? いきなり今日は二人で居ようなんて言われたんだ、戸惑わない方がおかしい。相手が相手なら、甘酸っぱい勘違いをすることもあろうものだが――今回は、その相手が問題だ。こいつがそんなことする訳無い。そしてその予想は見事に的中、奴の言葉は色気の欠片も存在しなかった。だから俺は先程の言葉尻だけを捉え、早々に話を打ち切るロジックを建てる。



「考えるのは自由なんだがな、それに対する俺の評価は何時だって“下らない”の一言に尽きるぞ。今、明日、世界が終わるわけでも、ましてや明日死ぬわけでもない俺たちに終わりに関するどんな真実だって知ることは出来ないんだ。未到は未知と同義で、実際現状誰だって、死後の世界を知りうるものは居ないだろ?」



言って、夢が足りないやらロマンチックにーやら、罵りたければ罵れば良い、そう続ける。現状ありもしない絶望に思考の矛先を向けるなんて、それで知った風な口を利くのも、しないで良い絶望に浸るのも、途轍もなく馬鹿馬鹿しいことだ。



「だろうな、だが」

「あ?」



夕日に喰われた表情のその陰に、何処か切ない、幾許かの笑みを、浮かべて。



「それでも考えずには居られないのだ。未到が未知と言うなら、一瞬先だってそうだろう?」

「それが下らないって言っているんだ。その思考の結果がどうあれ俺たちは今此処に居て呼吸をしてる……それでいいじゃないか」

「……知っているか」



私が、言いかけて、首を振る。微笑みのまま、瞳に悲しそうな色を湛えて。



「私が?」

「・・・・・・私とお前の世界が、もうすぐ終わることを」

「・・・・・・初耳だな」

「私もだ」



瞳を伏せ、顔の陰を濃くする、そうすることで俺から遠く距離を置く、そうやって触れられたくない傷を遠ざける――。その行為はそんな事を意味している、気がした。だから俺は踏み込まない。


「さて、そろそろ俺は家に帰りたいんだが。課題がまだ終わってない。というか手をつけてすらいない」

「なら手伝おう」

「ホントか?」

「ホントだとも。私の学級から落第者を出したくはない」

「・・・・・・其処までは危なくないつもりなんだがな」



茜色に溜め息が、椅子を引く音が二つずつ。向かい合って座る席の茜色に染められた頬が少しだけ眩しい。指示を受けて進めるペンは一人のときより少しだけ、速い。プリント用紙も半分を埋めた頃、不意に、桜色の唇が蠢いた。



「……馬鹿だな」

「あ?」

「何も」

「人を罵っておいて何もは無いだろうが。根拠を説明しろ、でないとお前が馬鹿ってことになる。いいのか?」

「ああ……だから私は馬鹿なのだろう」

「……?」


眼鏡のガラス越しに見える瞳に影が射し、陰り、そして瞼に覆い隠されて見えなくなった。再び開かれた瞳に陰はなく、ただいつものように、意味の読み取れ無い茫漠とした黒色がある、だけ。







茜色が勢力を強め、世界の半分以上を覆うようになった頃。ペンは最後の空白を埋めていた。終わりだ。礼を言って立ち上がり、鞄に筆記用具を、机の中にプリントをしまう。



「今日はありがとよ。おかげで楽に終わらせられた」

「感謝の気持ちがあるなら、また今度何か奢ってくれ」

「ああ、またいつか、な」



言って、踵を返したその時、僅かに聞こえた、息を吸う音。何か、途方も無い何か大切なことの事前準備のようなその行為は、後ろに居る奴が起こしたモノ。その行為は、何を齎すのか。一瞬熱いものが身体を巡り、自然、足が止まる。確かな決意を、後方から感じた。張り詰められた透明な空気、その空気を切り裂くのは、



「約束したんだからね! 絶対、よ!」

「……ハァ?」



その空気を作り出した張本人の、突飛な行動だった。思わず振り返った視線の先、彼奴は何やら眉を顰めて半眼に、しかし眼鏡の奥の目尻に珠が浮かぶくらいの潤んだ瞳で上目遣いの何処か必死さを感じさせる所作、ついでに言えば頬が赤いのは夕陽の所為では無い……断じて。それが余計におぞましいものに感じられ、俺はにじり足で一歩、大いにあとずさる。冷や汗が一滴顎を滑り、茜色の床に小さな染みを作った。



「あんたはいっつもそうやって口先ばかりじゃない! だから、約束するのよ! もし破ったりなんかしたら、針千本飲ませるんだから!」

「ちょっ……お前、何言って」

「いい? 私は本気よ。約束破ったりしたら本当に針千本飲ませるんだからね!」

「わ、分かった……何か知らんが分かったから、だから頼む、帰ってきてくれ……ッ!!」


触れ合うくらいに身を寄せて、俺の眼を真っ向から強い眼光で射抜いてそう言った数十秒後(これは俺が全く動けなかった時間でもある)……今までのものが全て夢だったと言わんばかりに表情と顔の赤みを消し、代わりに皮肉気な笑みを浮かべてで俺からそっと身体を離した。数歩離れてそれから埃を払うようにスカートを叩き、俺の眼をやはり真っ直ぐに見据える。その眼はやはり、名残すら感じられない茫漠とした黒。



「どうだ?」

「……ナニがだ」

ようやく搾り出した声は掠れて、みっともないこの上ない。余裕が無いのがバレバレだ……だというのに、それを全く気にしない様子で、尚も問う。



「今の」

「……そう言われてもだな」



というか何を突然コイツは……って、あれ? 何か引っ掛かる違和を感じる。そう、アレは確か数日前。




『まあ折角だ、一度女らしい言葉遣いで話してみてくれ』



思い当たる節と言えば、これだけ。けれどこの願いは確か拒否されたと、俺の頼りない脳みそは記憶しているはずだが……それが今になって一体何故。


「感想を求めているというのに、だんまりはあんまりではないのか?」

「あー……その、だな……」

「なんだそのはっきりしない物言いは。気に入らなかったのなら気に入らなかったでそれで良い。だからはっきり言ったらどうだ……俺は幼女にしか興味がない、と」

「待てーい☆」


真顔でとんでもないことを言うな、コイツは! 誰かが聞いて間に受けたらどうするつもりだ。話も飛びすぎだし……どうにかしてる、今日のコイツは。


「私とて、今日この日のためにレパートリーを揃えてきたのだが……流石に其処までは対応しきれない。済まないな、私の力量不足の所為でお前を不快な目に」

「何時俺がそんなことを言った! 頼むからいい加減眼を覚ませ!!」


願いを込めて、叫ぶ。これ以上コイツの異常行動につき合わされると精神崩壊を招きそうで怖い。


「で、どうなんだ、実際。『女らしい言葉遣いの私』とやらは。まだ見たいというなら『勝気』『気弱』『ツンデレ』『妹キャラ』の中から好きなものを選ぶが良い」

「『ツンデレ』なんて言葉をお前の口から聞くととんでもない違和感を覚えるわけだが……ああ、いい、止めろ! もうやらなくて良い!」


再び息を吸い込んだ奴を手で制し……というか妹キャラってロリと同じなんじゃないか? いや、問題は其処ではなく……深く深く溜め息を吐いた。本当、今日のコイツはどうにかしてる……。


「見て聞いて自分で感じてよく理解した。お前は、普段通りのお前が一番だ」


馴れ合いを続けていく間にいつの間にか『いつものコイツ』しか受け入れられなくなっているなんて……全く、慣れって言うのは恐ろしい。自衛隊の一番偉い人もこんな風に民衆を慣れさせればやること成すこと全てに文句をつけられずに済むのではないだろうか。


「……そうか」


全てが茜色に染まる世界。その一角に存在する俺達もまた、茜色に塗り潰される外に無く、ただ、夕日を背負う彼女の微笑
だけが、例外的に陰って、いた。何となしに背を向け、今度こそと手をかけたドアの開く音が静謐な落日の園に無機質な音を響かせる。




ふと、体に少し負荷を感じた。見れば、白く小さな手に俺の制服の裾が掴まれている。何事かと思って腕の持ち主を見ると、そいつは、


「……またな」


何事も無かったかのようないつもの表情で、そう言った。だから俺も、「じゃあな」といつも通りの言葉を返して、教室を後にした。



茜色の空の下、不理解な俺は、澄んだ瞳に見送られながら……自分の教室を後にした。







―――――――――――――――――



塊人さんとこの8月11日あたりの日記のネタを引っ張ってみましたがいかに。

分類としては二次創作になるんでしょうか、これは『もし』の世界なので本家とは全く関係ないですよー。と言い訳しておく。うん、あの絵がツボ過ぎたんだ。だからついかっとなってやってしまったんだ。




くーちゃんとこの絵+SSの『もし好感度が一定以上だったら』というif三部作、楽しんでいただけたらなと。そゆことで。




次回はご無沙汰なあの人が登場。地味にぺるふぇにも登場予定の黒子っちが端役で。



clearvoice1989 at 00:27│Comments(0)TrackBack(0)小説 | 夕暮

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字