2007年08月17日

とある日の夕暮れ、或いは孤独な詭弁家たちの無声曲(2)


茜色に支配された町並みを、一人、歩く。その強すぎる光源に照らされ熱された皮膚が、時折吹く風に冷やされて心地良い。日差しに比べて、気温は低い。この間まで酷暑だ残暑だと騒いでいたのが嘘のように、世界は冷えて澄み切っていた。


腕に巻かれた時計を見る。バイトで苦労して貯めた金で買ったオリエントは、ものの見事に止まっていた。溜息を吐き、空を見上げる。



眼を射るような茜色の空に、棚引く薄い雲が幾筋もの白線を描き、静止している。書割のような空は、引っ掻けば簡単に破れてしまいそうで……それが、この世界の儚さを示しているような気がして、俺は慌てて目を逸らした。



気のせいだ。世界が終わるはずなんか無いし、俺が明日死ぬわけでもない。なのに、どうしてこうも不安になるのか……それはきっと、いつもと違う様子だった、アイツの所為なのだろう。


再度の嘆息を深々と吐き終え、再び時計を見る。血と汗と涙の結晶は、相変らず一定の時間を指し示して動かない。再々度、溜息を吐く。


「ま、逆に考えれば好機、か。時計が止まってれば帰りが遅い言い訳にもなる」


ひとりごち、真っ直ぐ家に向かっていた足の方向を変える。向かう先は駅前の商店街。遠出は出来ないし、其処に行けば誰かが居るだろう。とりあえず、暇をもてあますことはまず無いと言って良い。






さほど時間もかからずに、商店街に着いた。時間が時間だけに人は多く、その賑わいは都会の街にも引けを取らないように思える……思える、だけで、実際の人口密度は半分にも満たないのだろうが。だが、それもまた過ごしやすいというものだ。適度な人ごみの間を縫って、商店街を探索する。


ふと、視界の端を黒髪が過ぎった。次いで、幽かに花のような匂い。振り返ると、俺と同じ高校の制服を着た少女が、長いポニーテールを靡かせて歩き去る所だった。その隣には男子生徒が一人、彼女の歩調に合わせて歩いている。恋人同士、なのだろうか。ぬるま湯に溶かされたような所在無い思考で、そんなことを考える。俺もあんなふうに誰かと、並んで歩く時が来るのだろうか……頭に浮かんだ光景を、慌てて頭を振って振り払う。


(なんで、こういうときにアイツの顔が浮かぶかな……)


こめかみを押さえて、しばし、押し黙る。そうやって気持ちを落ち着かせて初めて、俺は周囲から奇異の視線を頂戴していることに気づいた。慌てて、駆け足気味のその場を立ち去ろうとする、と。





「うわぁー!! にーちゃんすっげぇー! サンキュー、助かったよ!!」




少年の高く弾んだ声が響くのと同時に、こちらに小さい影が向かってくるのを確認した。慌てて避けようとしたが、身体を動かしたと瞬間背中が別の誰かに当たった。結果、三人纏めて衝突の憂き目に逢う。俺と少年と、俺がぶつかった誰かの三人ともに怪我は無く、ただ、三人揃って同時にすみませんといったのが少しだけ可笑しかった。それだけの、一瞬。




「前見て気ぃつけて走れよー! ったく、危なっかしいったらねぇなぁ、あの年頃の餓鬼は」



走り去った少年を、別の声が追った。その声の主を確認し、自然、俺の口からは言葉が漏れる。あ、とか、う、とか、そんな感じの意味なき声。それを耳聡く聞き咎めたのか、声の主が、俺の姿を捉えた。



「お……久しぶりだなぁ、何年ぶりだっけか」

「まだ一週間と経ってねーよ。それよりも黒子、お前一体何してたんだ?」



俺の言葉に、目の前の男――黒子志岐は、満面の笑みを顔に貼り付け言う。



「ボランティア。ただし、一回につき二百円の」

「……それはボランティアとは言わないんじゃないのか」

「利潤を追求してねぇからボランティアで合ってると思うぜ? 俺は。俺自身は。あくまで俺は」

「お前だけかよ……」

「当たり前だ」


何処か噛みあわない妙な会話に、俺は苦笑する。黒子もまた犬歯を剥き出しにして獣の様に笑い、その度に後で縛った髪が揺れた。


「具体的に言うとだな、こいつだ。こいつの手伝い、だな」


言って拳で叩いて見せたのは、クレーンゲームの筐体。顔を上げてみると、ゲームセンターの看板が見える。気づかなかった。


「妹にあげるんだと。プレゼントだ、ってな。この間喧嘩したとかなんとかで、仲直りするきっかけが欲しかったらしい。んで、前に中に入っていたぬいぐるみが欲しいとか行ってたことを思い出して、取ろうとしてた」

「そこにお前が現れて、手柄を横取りしたって訳か」

「人聞きが悪ぃなぁ、他意の無い素晴らしい純真奉仕だ。素直に褒めろ」


クレーンゲームの筐体に視線を移す。一回二百円、とコイン投入口の上に記されていた。成る程、だから『一回二百円で利潤を追求しないボランティア』、ね……。


「しばらく学校来ないと思ったらそんなことやってたのか……」

「いや、流石に俺も四六時中ゲーセンに張り付いてたわけじゃねぇぞ。その辺ずっと駆けずり回ってた」

「何故?」

「色々と。具体的に言えばだな、銃持った黒服の集団を追い回してた」


アグレッシブな人生送っていやがる。


「証拠にほら」

「出すなしまえ! 往来でそんなもん見せようとするな!」


ポケットから覗いた黒光りする何かを、俺は慌てて押し戻す。あらゆる意味で危険すぎる。


「というか何故そんなものを持って……」

「強奪した。一丁でもあれば便利かと思って、二丁拳銃なら格好良いと思って、最終的には十何丁」

「返して来い」

「無理。もう既に壊滅させたからな……俺が」

「……」

「警察の出番は無かった。強いて言えば留置所に叩っ込んで裁判に掛けさせることくらいだな……んで、実際銃撃ってみて気づいたことが」

「……何だ」

「殴った方が早い」


何処の世界に銃を撃つよりも殴った方が早いなんて言う馬鹿が居るのだろうか。此処か、俺の目の前か……ええい、近寄るな! 俺は、俺は一般人だ!!


「ま、戯言はここまでにしといて……っと。お前、悩み事でもあんのか?」


はい?


「そんな顔してるぞ、後で鏡でも見てみろ」

「……で、それにお前がどんな関係を」

「おぅ、狂った日本語だな。これだから平成チルドレンは」

「お前だって平成生まれだろうが……で、何だっていきなりそんなことを」

「んや、なぁんとなくだな。悩みがあれば聞いとこう、出来たら解決してやろう、それが俺のポリシーっぽいものだからな」

「お前はどこぞのピースメーカーか」

「その名前で呼ぶでねぇー」



ははは、二人で、声を上げて笑いあう。終わりを感じさせない、穏やかな空間。人はこれを、聖域などと呼んだりするのだろうか。こんな空間に、俺に、悩みなんてものは存在しない。有るとすれば、それは、この聖域外の何か。例えば。



脳裏に、寂しげな笑顔がフラッシュバックする。世界から切り取られた空間、緋色の教室。穏やかだった空間、変調した世界。



自然、口から溜息が漏れた。



「それだな。言ってみろ」



俺の変化を見逃さなかった黒子が、優しく命令口調でそう言った。それを口にすることに躊躇いや怯えは無い。不思議と穏やかな心境で、言葉を滑らせていた。



「いや……世界が終わることなんて有りえるのか、と」



あの時、アイツの言った言葉が耳にこびりついて離れない。『私とお前の世界が終わる』。それは一体、どういう意味で。


「普通に考えれば、確立としては十分に有りうる。でも、それを考え出したらキリが無い。だってそうだろう、起こりうると言うことは起こりえないと同義で、それはつまり……実際答えがどう有ろうと、『世界が終わらない』という思考を取ることが出来る、ということなのに」


なのに何故アイツは、世界が終わるなどと。


黒子は暫く考え込む素振りを見せると――こういった質問でさえ真面目に聞いてくれるのが、コイツの良いところだと俺は思う――ふと、空を見上げて眼を細めた。


「難しいことは俺にはわかんねぇけど」


言って、長く細く息を吐く。


「見ろよ。もう――夕暮れじゃねぇか」


その言葉に、俺も空を見上げる。







時が流れ薄紅色となった空に、棚引く雲は幾筋か。先ほどと比べ幾分色素の薄くなった其処に、僅かに藍色が侵食し始めている。永久にも思えた一日が、輝きを地に沈めることにより、終わりを告げようとしている。朝には決して思い浮かばなかった一日の終わりが、或いは頑として認めようとしなかった世界の終わりが――そこに、有るような気がした。






空を見つめながら、言う。



「悲しい、な」

「切ないとも言う」

「……なぁ」

「何だ」





空を、終わりを見つめながら、なんと無しに、言う。




「人間って、目の前に示されなきゃ気づけないものなんだな」

「かもな」




暫く夕日を眺めた後、俺は何も言わずに、その場を後にした。黒子もそれについては何も言わず、ただ、一言「頑張れよ」とだけ、言った。



日の暮れた道、歩き去る背中にその声は、深く深く染み入った。









―――――――――――――――――


く・ろ・こ! く・ろ・こ! ヒロインが出ない件については、何かもうホント済んません。


奴は紛れも無く男です。注釈が必要かと。




次で終わるかな、寧ろ終われ。後がつかえてんだ。

clearvoice1989 at 12:42│Comments(2)TrackBack(0)小説 | 夕暮

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この記事へのコメント

1. Posted by マツモト   2007年08月18日 22:29
会話部分がとても面白い作品ですね。
行間にある間が心地良いです。

突然のコメント失礼します。
感想が苦手なんで月並なことしか言えませんが、大変楽しませてもらいました。続き、楽しみにしています。
2. Posted by 夢見月   2007年08月18日 23:12

基本、穏やかな雰囲気(空気とも言う)の世界を文章で作ろうとしているので、間には神経擦り減らしてます(微苦笑)
会話もしかり、せっかくの空気を壊さないように気を。を。


やっぱりコメントもらうとやる気が上昇しますねー。うす、次も頑張ります。

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