2007年09月21日

とある日の夕暮れ、或いは孤独な詭弁形の無声曲(4)



もしも、という言葉が有る。仮定を表し、今、此処に無い事柄を希う、優しい言葉。

けれどそれは、現実を否定する言葉でもある。こうあれば良かったという願望が、現実と一致することなど……有り得ないのだから。そして空想に溺れる人間は大概、その現実を悲観し、足を止める。停滞すれば未来は無く、そこに有るのは絶望から目を背ける不様な自分、のみ。

だから私は、もしもなんて考えない。考え、たくない。もしも、だなんて、そんなことを考えて、惨めな姿を曝したくない。






でも。それでも、考えてしまう。醜悪なまでに身勝手な願望を。このままでは何も残らないから、今もこれからも無い、から。もしも、を。


もしも、もっと早く自分の気持ちに気付いていたら。もしも、それを言葉に出来ていたら。もしも、もっと一緒に居られたなら。“今”は変わっていたのだろうか。もしも、まだ『貸し』が残っていたら。もしも、泣いて縋れていたら。“これから”は変わっていたのだろうか。もし、もしも。


考えたくない、と私は思う。考えれば考える程、“今”が辛くなるから。“これから”が悲しくなるから。



でも、考えることを止めさせてはくれないのだ。ただ悲しいだけだというのに、この、




恋心、という奴は。




溜息を一つ吐いて、ポケットから携帯を取り出した。アドレス帳から、メールを送る。想いを、振り切るために。




この想いは、胸に仕舞っておこう。その方が、きっと、お互いのためだから。







ふと、顔を上げれば。空は青く、夕暮れはまだ、遠かった。





その空がどこまでも続いていることに、ほんの少しだけ、涙が、出た。











とある日の夕暮れ、或いは(孤独な)詭弁家たちの無声曲こえなきうた







夢を見ていた気がする。それも、酷い悪夢を。シャツが張り付くほど嫌な汗に濡れた背中が、どれだけ酷い夢だったかを物語っていた。額の汗を拭い、深く重い溜息を吐く。……なんだか、途轍もなく気が重かった。


頭をあげ、黒板を見る。が、板書の文字が全く理解できない。見えない訳じゃない。文字は読めるが、その内容と意味が全く頭に入ってこないのだ。だからと言ってノートを取るのをさぼってはいけないと思い、事務的に機械的に手を動かして作業を遂行する。

ノートの上をシャーペンが走る、その音が、頭の中にいやに響いた。

まるで、頭の中が空っぽになったみたいだ、苦笑し、浮かぶ渇いた笑みに空白と虚無を自覚する。空白の原因は簡単に単純に空白、ただそれだけだろう。


笑みの消えた顔を教室に向ける。そこには、たった今俺が自覚したものと同じものが、あった。そう、そこには――





















ただ、空白だけがあった。



















机の上には何も載っていなかった、空いた椅子は虚しく格納されていた、見えない机の中だって空っぽで、そこには当然、人間の姿など見えなかった。存在してもいなかった。



生まれた空白を埋めるように喚起される雨の日の記憶が今を侵食し、五感の全てを過去の日に追い立てていく。今や俺の眼には教室の光景ではなく、雨宿りした喫茶店の外観と……寂しい笑顔が、映っていた。












「思い残すことが無くなったって……まるで、これから死ぬみたいな物言いだな、それ」



暮れなずむ世界で告げた、できるだけ思考能力を落として何も理解しないように努めていた俺の言葉は傍から聞けば酷く滑稽で笑ってしまうくらい震えていて、けれどあいつは笑わずに、ただ、寂しそうに微笑む、だけ。その笑顔が一層不安を呼び、俺はせめて表情には出すまいと、併せるように軽薄な笑みを形作っていた。



「別に……死ぬ訳じゃない。ただ、少し遠くに行くだけで」

「少しって、どのくらいだ?」

「電車で片道5時間半」

「それは……また、随分と近いな。俺はてっきり海外逃亡でもするのかと」

「だろう?」


言って、微笑う顔が俺の浮かべるものと同種のものでは無いとどうしたら思えるのだろう。紡がれる言葉もまた、本心を偽った虚偽でしかない。


「連絡が取れなくなる訳ではないし、今生の別れという訳でもない……今までと大して変わらないさ」

それは、そうだろう。俺とコイツの付き合いは元々、他の友人に比べて少ない方で、それこそ『馴れ合い』と呼べるようなものでしかなく、本来なら今日のように一緒にいることの方が珍しいのだ。なのに……何故、俺達はこんなに悲しんでいるのだろう。悲しませたくない、笑って別れたい等と思い嘘を吐くのだろう。理由は、分からない。分からないままで、良いのかもしれない。分かってしまえば……余計、悲しくなるような、そんな気が、した。


それからしばらく、俺達は色んなことを騙り合った。本当に、色々と、今までの数少ない思い出を、記憶を、鮮明にし、より確かなものへと昇華するように。或いは、何かを誤魔化すように。


騙り合いは、その日、別れてからも続いた。今更だなと冷笑いながら携帯番号とアドレスを交換し「これで離れていても言葉は繋がる」と嘯いて偽笑い、ささやかながら自宅でも連絡を取り合った。学校でも普段通り、特別な何かをするでも無く、お互いの日々を過ごし、そして。





今日、アイツは去っていく。俺の元に微弱で不確かな繋がりだけを残して、この町から、何処か遠くへと。



教室の誰からも見えないように、携帯のフリップを開く。アドレス帳からメールの作成画面を開き『じゃあな』と、一言だけ文面に載せた。きっともう、会うことは無いだろうから。そんな予感がしたし、その予感が的中することは、分かっていた、から。だから、書いたメールを削除し、フリップを閉じて携帯をポケットに仕舞った。




もう、疑いようは無かった。俺は、俺は――――アイツの事が。


理解した、自覚した、けれども少し遅すぎた。今更伝えたってそれは、彼女を傷つける言葉に過ぎないのだろうから。


頬杖を付き、窓の外の青空を眺める。高く深い蒼色は、何処までも何処までも澄み切っていて。










それがずっと遠くまで続いていることに、ほんの少しだけ、涙が出そうになった。















その時、ポケットに仕舞った携帯が、小さく鳴動した。耳を澄まさなければ聞こえないような小さな音を聞き付けた教師が板書する手を止め、俺を睨み付ける。……しまった、電源を切り忘れていた。慌てて携帯を取り出し――硬直する。サブディスプレイに表示された名前が、禁忌を全て忘れさせる。メールを開き、素早く全文に目を通す。そして、


「……なんだ、これ」


呟いた。


気が付けば教師が目の前に立っていて、軋むほど強く握られている携帯を差し出すように言っていて、けれど俺はそれに従わずに、携帯電話を床に、思いっきり叩き付けて、そして。









走り出した。








教室を抜け廊下を全力で走り階段を駆け降りて、そこに、黒子が立っていた。


「朝のうちに手は打っといたぜ。おかげで今日も、重役出勤だ」


そう言って笑った、その隣を駆け抜ける。


「止まれば会えねぇ。駆け抜けろ、馬鹿野郎ヒーロー世界かのじょ主人公おまえを待っている」


言葉は背中に、想いは胸に。黒子の言葉に背中を押された俺は、速度を、上げた。






駆ける、駆ける、静かな町並みを、ただ一つの目的だけを持って、流れ行く景色のその中にたった一人の姿を求め、走る。


『お前は馬鹿馬鹿しいと言うかもしれないが、わたしはもしも、を考える』


頭に浮かぶ、メールに有った言葉。さよならの言葉と一緒に添えられていた、あの、小さな欺瞞ゆめ


『あの日、あの夕暮れが無ければ、わたしたちは普通に別れられたのだろうか、と』


その言葉に――腹が立った。そうして逃げるアイツが、それを黙って見送ろうとした俺が、堪らなく、堪らなく、ムカつく。


「ふざけんな! ふざけんな! 無意味だったって言うのか、無けりゃよかったって言うのかよ!! くそっ! それでお前はいいのかよ! じゃあ忘れようって俺が言うとでも思ったのかよ!」


今にして思えば、あの夕暮れにちじょうは幸せだったのだ。下らない例え話をして、課題写して、奇妙なアイツにビビったりもして。雨の日に偶然一緒になって、コーヒー頭から被って、ふざけあってじゃれあっていた、あの、世界日々は。


「冗談じゃねぇぞ、ああ、冗談じゃ、ねぇ!! それをそんな言葉ひとつで! 無意味にされてたまるかよ!! 終わりにさせてたまるかよ!!」


走りながら、叫んだ。酸欠で頭が痛み視界の端が白くぼやけ、足元はどんどん覚束なくなってくる。それでも足を止めない。止めれば、止まる。この、想いが!



「無意味になんかさせねぇ、終わりになんかさせねぇ!! あの日々を、この――世界おもいを!!」




だから。




「あんまり世界オレを、舐めんじゃ、ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」


駆け、抜けるッ!!



















気付けばもう空は赤く染まり。夕日が一層強く赤く輝き、世界を眩く照らし出す――夕暮れに、なっていた。



そんな、茜色の世界に、俺は――――――

















歪む視界と痛みふらつく足が身体の限界を高らかに歌い上げ、俺の足はついに、走ることを止めた。頭と足と肺が痛い。もう、一歩も動けない。止まった。止まってしまった。この足が。




でも。




「は……はは…………」


壁に手を突き、荒い息を零しながら……俺は、






「はは、ははははははは!!」





笑って、いた。


可笑しくて可笑しくて堪らなかった、笑いを抑えることが出来ないくらいに――――嬉しかった。



だって、そうだろう? 笑わずにはいられないだろう? 何故なら、今、俺の目の前には。





「お前、なんで……っ!」






望んだ世界が俺の好きな人が、有った居たのだから。




「ははははははははははははははははは!!」

「おまっ、なんで家に、なんで、笑って、」

「はは、ははは……げほっ、ごほっ……ふぅ」




ひとしきり笑い終わった後、ふらつく足で、一歩、踏み出した。数歩進んでそして、未だ狼狽えて何も出来ないでいる彼女を、








「――――――っ!!」







有無を言わさず、抱きしめた。傷つけないように優しく、想いの全てが伝わるように強く。腕の中に納まりきってしまった小さな体は、一度だけびくりと体を震わせたあとは動かず、そして何も言わないままに、大人しく俺の腕に抱かれていた。


これで全てが、なんて、甘いことは考えていない。けれど――これで全て、なんだ。


それにしても――はは。こいつ、こんなにも小さかったんだな。小さくて柔らかくて暖かくて少しだけいい匂いがして、そして、それがこんなにも愛おしい。それに今の今まで気付かなかった。馬鹿だな、俺。はは、でも――そんなことも、この温もりの前では些細なことだ。そうだろう?








「――なぁ」

「ん?」



腕の中で、呟きが聞こえた。弱弱しく、震えた声。視界の端に捉えたうなじは、ほんのりと赤かった。



「その……だな。こ、これは……腕をまわしても、いい状況なの、か……?」

「ん」






俺はまた微笑い、彼女の腕が、俺の背中に、優しく触れ。


「……っく」


そして、背中に伝わる温もりと、胸に広がる、温かな、涙。






「う、うわああああああああああああああああああああああん!!」
















これで全てが、なんて。そんな甘いこと、考えても無い、けれど。







「痛いって、おい、何か固いものが……眼鏡か? いや、ちょっ、痛い、痛い痛い痛い痛い!!







それでも、何も言わずに泣きじゃくる彼女が、








「痛いって、だからほら…………いい加減、泣き止め」












きっと、全てなんだろう。













clearvoice1989 at 11:48│Comments(2)TrackBack(0)小説 | 夕暮

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この記事へのコメント

1. Posted by 和紀   2007年09月22日 00:57
 初コメントー!初めまして。待ってました無声曲。
 
 あー名前がわからないとなんと言ったらいいものか。とりあえず、『彼女』を泣かせてくれてありがとう。うん、泣くなって言ってあげたいね(でも泣かせたい)。不器用な二人がすごく可愛らしかったです。

 詭弁家たちはあすぼく。には出ないんですかね…。あの仮定話からちょっと期待をしていたのですけど。
2. Posted by 夢見月   2007年09月22日 20:41
いあ、本当にはじめましてですか和紀さん。それともこれは“夢見月としては”はじめましてなんでしょうか。名前といい文章といいすげぇ見覚えがあるんですが。が。ま、別人でしょうね。


まさか泣かせてありがとうと言われるとは(笑)
正直、あのシーンは最後の最後まで迷ったんですよ。泣かせるか泣かせないか。『平気そうにしてたけど実際無理してた』っていうのを表したかったので泣いて貰いました(笑)


あ、詭弁家ふたり(因みに『彼』はユウ、『彼女』はナギと云う脳内設定が。合わせて夕凪……安直な)はあすぼく。ではなくぺるふぇの方に顔を出す予定です。つか、夕暮れのラストはそのままぺるふぇのラストに繋がります。予定ですが。


まあ、期待せずに待っていてください。

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